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駅からちょっと陰った商店街に入る。
その中の一つの路地にいつも立っている男性は、すっかり俺と俺のマスターである萩原の顔を覚えてくれたみたいで、軽く片手を上げるだけで通してくれた。
路地裏にある狭くて寂れた階段を下った先にあるドアを開けると、それまでの空気を一変させて一気に高級感溢れるバーになる。
ナイトバー『Nonest nomen』。
ラテン語で"名無し人"という意味らしいこのバーは、本来なら騒がしい場所が嫌いな萩原が二の足を踏むような所だけど…。
二週間に一度くらいの頻度だから、常連というには図々しいかもね。


僕が在り続ける日 2



「マスター。ちわーっす」
「こんばんは~」

萩原に付いてカウンター内側にいる、中年のマスターへ挨拶する。
店内は、今日も暗くてBGMが、ちょっとくらくらする作用を伴って流れているから、忘れずに自分の中の受信可能振動数の範囲を調節しておく。
ライトに照らされたカラフルな光が、雪のように店内に降り注いでいる。
カクテルを作っているときは無視されるんだけど、今はグラスを磨いているから大丈夫。
黒髪の落ち着いている渋いマスターさんは、ゆったりと視線を上げた。
その後ろでボトルの口を締めているウエイターさんも、ちらりと俺たちを…。
…って。

「勇馬くん…!」
「…」

思わず声を張って名前を呼ぶと、すっごく嫌そうにマスターの後ろに立っていた勇馬くんが顔を顰めてそっぽを向いた。
黙々と仕事を進める彼の所へいそいそ近寄りカウンターイスに手を掛ける俺へ、マスターさんは掌を上にして、どうぞと席を勧めてくれた。

「やあ、二人とも…。いらっしゃい」
「一杯ください。この間の、あの美味しかったやつ。…おい、KAITO。静かにしてろ」
「ねえ、見て萩原!勇馬くん!」

初めて見たけど、バーテンダーの衣装だ。
いつもは俺たちがいまいる側の席の端っこに、まるで一人客みたいに座っているから。
白いコートみたいな私服も格好いいけど、今のモノクロでぴしっとした制服もよく似合っている。
背が高いし、足長いもんなあ。
それに、今日は帽子かぶってなくて、髪の上半分を後ろで束ねている。
ぱっと見、別人みたいだ。
その証拠に、萩原は彼の姿を見てもピンと来ないらしい。

「…えーっと?」
「いつも端に座ってる白いコートの男性がいるじゃない。時々歌に誘ってくれる…」
「ああ…!歌い手の奴か。迷惑かけんなよ、お前」

漸く合点がいったらしい。
意外そうな顔でじろじろ見られ、恥ずかしがり屋な勇馬くんはつんと萩原から顔を反らした。
俺や萩原の視線に、持っていたボトルを棚に戻しながら、彼はぐったりと肩を落とす。

「おにーさん、何で選りに選って今日来んだよ…」
「外食してきたんだよー。マスターさんのお手伝い?」
「インフルにやられて、スタッフが一匹休み」
「勇馬くーん、人間の助数詞は"人"だよ?」

助数詞難しいからな。
間違って覚えているらしい勇馬くんに訂正を添えると、彼はふう…と溜息を吐いた。
疲れているみたいだ。
インフルエンザか…。
大変だな。そういえば、流行っているというニュースは見かける。

「つーか、インフルで休むとか…脆過ぎだろ。ウイルスにやられて職務休暇なんて、いいご身分だな。自分の仕事くらい全うしろよって話。…ああ、そこ座れば?」

勇馬くんが、目の前の席を顎先で示す。
…うーん、本当は萩原の隣に座るつもりだったんだけど…まあ、いいか。
萩原は勇馬くんのマスターさんと会話が弾んでいるようだし、お言葉に甘えて目の前のイスに腰掛ける。

「そういう服も似合うね。格好いいよ」
「そりゃどーも…。けど本人、ガラじゃねーよ」
「帽子かぶってないと、顔がちゃんと見えていいね」
「…俺の顔見たって面白くないっしょ」
「そんなことないよー。…て言うか、勇馬くんお酒作れるんだ?」
「ああ、これ…。でもこれ、死ぬほど簡単だし誰だってできると思うけど。レシピあるから、読むだけだし」

俺と会話しながらも、流れるような手付きでボトルと道具を入れ違いに持ち、魔法みたいにグラスに液体を注いでいく。
…けど、マスターさんがやるような"シャカシャカ"な仕草は今作ってるのはやらないらしい。
俺、お酒の知識まだそんなに無いから分からないなー。
"酒・アルコール"タグの情報はVOCALOID本来の性能にはどちらかといえば不必要なものだから、マスターとの生活で得る機会がないと更新されない。

「考えたこと無かったけど…。勇馬くんて、もしかしてお酒飲むの?」
「俺? …いや。基本飲まない。声帯とか気管膜の劣化現象は極力起こしたくないし」
「劣化ってあるんだっけ?」
「人間ほどは無いらしいけど…。どのみち、不安定要素には手を出したく無い。俺はね」
「そうか…。そうだよねー」
「…てか、ホントおにーさん何で今日なんだよ、来んの」

足下にあるらしい冷蔵庫の中からフルーツを取り出し、ナイフ片手に器用に皮を細工しながら、勇馬くんがしみじみさっきと同じ事を呟いた。
どうやら、よっぽど今の格好を見られたくなかったみたいだ。
格好いいのに、何が嫌なんだか。

「外食って、何食って来たの?」
「えへへ。ファミレスー」
「…ショボ」
「そうかな。色々あって、俺は好きだけど」
「…何か食う? 店にあるもんだったら、適当に――」
「勇馬ぁ~!!」

会話の途中、不意に甲高い甘ったるい声が聞こえ、僕らは顔をフロアの方へ向ける。
闇と光と音が溢れるフロアの向こう側…入口の方から、入って来たらしい二人組の女性がこっちに小走りに走ってきた。
煌びやかな服装とアクセサリーがお洒落だ。
けど、そんな彼女たちを見て、ナイフを置いて狭いカウンター内を反転しようとしていた勇馬くんが、またまた心底嫌そうに顔を顰める。
彼女たちは、僕の座っている席の傍のカウンターへ滑り込むようにして入ってくると、ぐいと身を乗り出す。

「キャー!勇馬今日バーテンじゃーん!激レア!!」
「写真撮りたーいっ!てか撮るし!」
「なになに、どしたの? いつものにーちゃん休み!?」
「マジ一生休んでろー!」
「…うぜーんだよ。触んな。ぶっとばすぞ」

身を乗り出して勇馬くんの腕を引っ張ろうとしていた女性の手を払い落としながら、びっくりするくらい低い声でびっくりした言葉を返すものだから、眺めていようと思った俺の方が慌ててしまった。

「ちょっとちょっと…。勇馬くん、女性相手にそんな言い方って…」
「…あれ? 何か見ない顔」
「…!」

隣に滑り込んできた女性が、今更ながらに俺に気付いてこっちに視線を向ける。
真っ直ぐ凝視されて、思わず身を引いてしまった。
目を見て会話…て普通だけど、何だかすごく観察されてる感が…。
彼女のもう一つ隣にいて携帯を構えていた女性も、友達の肩越しに俺の顔を見ようとする。

「えー? どれー?」
「俺に何の用?」

もう一人の女性が俺を覗き込む前に、勇馬くんが厳しい声で割って入った。
途端に、二人の注意がまた彼に向く。

「あ、そうだそうだ…!ユーマにヴァレンタインチョコ持ってきたよ~!」
「私もー!」
「もー泣いて喜んでいいよ~!ね、嬉しい?嬉しいっしょ!?」
「どーも…。そこ置いとけ。因みに返さねーから」
「キスでいーよ」
「私一回でいいよー」
「うっそ、そこねだる? …じゃ、私も一回がいー!」
「返さねーって…。おら。どっか行け。酒持ってってやるから」

はらはらするような雑なあしらい方で、勇馬くんは女性二人を追い払った。
しっしと手を振る勇馬くんに手を振りながら、二人は決まっているらしいお気に入りの席の方へ向かっていったらしい。
…。
な、何だかすごいな…。

「げ、元気だね…」
「うぜーでいいんだよ、あれは…」

彼女たちが去っていった方向を暫く見ていたが、改めてカウンターに顔を戻す。
置きみやげの小さな袋が、ちょこんと二つ置いてあった。
どれも上品なパッケージだ。
きっとチョコレートなんだろうな。
今日はヴァレンタインデーだから。

「モテモテみたいだね」
「甘いの嫌いなんだよ…」

鬱陶しそうに言いつつも、袋を回収してカウンター内側の酒瓶が並んでいる棚の隙間へ置く。
そこは既に他の袋とか小箱とかでぎゅうぎゅうしていた。
どうやら今日一日でたくさんもらったようだ。
さすがだな勇馬くん…。
格好いい。
たくさんの人に好かれることは、いいことだ。
間が空いたけど、さっき作った酒をカウンターに乗せて、横にある小さなベルを鳴らす。
フロアを行き来しているウエイターさんが来て、僕ににこりと笑いかけてからそれを持っていってくれた。
今度はさっきの彼女たちのお酒を作るのだろう。
別のグラスを用意して、氷を凶器みたいなのでガシガシ刺して砕きながら話を続ける。

「…で、何だっけ。話途中になってた」
「えーっと…」
「…ああ。何か食う?的な流れじゃなかった? …で、何か食う?」
「ううん、お腹いっぱいだから。それに、ここからの帰り道、ダッツ買ってもらう約束なんだよ」
「ダッツくらい、ウチにいくらでもあるけど」

カラン…と細かくなった氷をグラスに入れ終わったタイミングで、勇馬くんが屈む。
お店の冷凍庫か何かを開けそうな感じだったので、慌てて片手を出してイスから腰を浮かせた。

「いや、待って待って…!いいから、いらないからっ。萩原が買ってくれる約束してるから!」
「…? 両方もらっときゃいいんじゃね?」
「いやいつもはそうするけど!今日は、それが萩原からの誕生日プレゼントなんだ…!」
「…誕生日?」

"誕生日"のキーワードに、勇馬くんが屈めていた背を戻す。
…おお。やっぱり誕生日って、そういう独特の反応が返ってくるような単語なんだ。
同じVOCALOIDだと思うんだけど、勇馬くんは誕生日を特別と定めているらしい。
まじまじと、不思議そうな顔で俺を見る。

「へえ…。おにーさん誕生日なんだ? いつ?今日?」
「あ、うん。そうそう。2月14日」
「ヴァレンタインデー?」
「え? …うん」
「…。へえ…」

どこか詰まらなそうに、勇馬くんが相槌を打つ。
その表情を意外に思おうとしたところで、彼がまたほんの少し笑ってくれた。

「おめでと」
「あ、うん。ありがとう!」
「アイスは先約アリだとして…。でもまあ、聞いちゃったら何かしないとな…」

萩原と似たようなことを言うなり、用意していた女性二人のグラスをずいと横へ押し退け、新しくショートグラスを取り出す。
お酒を作ってくれるんだとすぐに思い至る。

「あ、待って!俺アルコールは…!」
「分かってるから」

言い終わる前に遮られ、そのまままるで長年やってるみたいに色々な種類が並んでいる瓶の中から、下の方にあるものをとんとんと軽やかに取り出す。
更に、あの銀色のシャカシャカのやつも。
勇馬くんがそれを出した途端、離れた場所で萩原と会話していたマスターさんが声をかけた。

「勇馬」
「おにーさんに出すだけだっつーの」

マスターさんの声に、間髪入れず勇馬くんが突っ慳貪に返す。
…今、ちょっと咎められたのか。
勇馬くんのマスターさんの声はいつも落ち着いているから、普通に名前を呼んだだけかと思ってしまった。
きっと、お客さんに出すのはまだ禁止されてるんだな。
シェイクって、そんなに難しいものなのだろうか。
でも、その難しいことを、俺のためにしてくれるってことだよね。
マスターさんは、勇馬くんが答えた後は何も言わず、また萩原と話し始める。
…いいってことかな?

「ジュース作ってくれるの?」
「ノンアルっつってね…」

わくわくして覗き込むように手元を見る。
少量ずつだけど、変なお猪口みたいなのに液体を入れて、そこから銀色のシェイカー?に手際よく入れていく。
氷を入れて、蓋をして…。
さっ…と構えて両手で持って…。

「おお~!」
「…」

いつもマスターさんがそうしているように、背筋を伸ばしてシェイカーをリズム良く降る。
最初ははしゃいでいたけど、すぐに音に気付いて、拍手を止めて目を伏せる。
…氷が砕ける音が、すごく気持ちいい。
…。
ずっと聞いていたいけど、シェイクは、思いの外すぐに終わってしまった。
振る音が止んで、伏せていて目を開く。

「…あれ? 終わり?」
「終わり」
「短いんだね」
「こんなもん」
「宝石みたいな音がするもんなんだね」
「氷は、音としては優秀だし。…てか、ヘタだから音響いてるだけなんだけど」

そう言いながら、ショートグラスに注いでくれる。
ちょっと緑がかったブルーカクテルだ。
グラデーションになっていて、南の海を思わせる。

「わー」
「オリジナルのノンアルガルフストリーム。…どーぞ」
「きれーだね!」
「もっとおにーさんに似合いそうなのあるんだけど、残念ながら青みが強いのでノンアルってあんまり無いし、俺も作れねーし…。てか、これも本来はアルコールカクテルなんだけどね。おにーさん用に改良」
「ありがとう!いただきます」

早速グラスを持って一口飲んでみる。
甘口で、とても飲みやすい。

「んんーっ。すごく美味しいよ、これ!」
「ま、ノンアルだからね…。俺レベルじゃそれこそ"ジュース"だろうし」
「でも、俺の為に本来のレシピを改良して作ってくれたんだろ? その気持ちも含めて誕生日プレゼントだし。いいものくれてありがとう。もらい過ぎかもねー」
「…」

笑いかける俺に対して、勇馬くんはやっぱり微笑程度に留まる。
声に出して笑うのは元々苦手みたいだけど、どこか寂しげに見えたので、思わず傾けていたグラスを戻す。

「…どうかした?」
「何が?」
「何か、落ち込んでない?」
「…。いや…。ちょっと、苛っとしてる」
「…?」
「…ああ、そうだ」

思い出したようにカウンターの内側から、菓子箱のような大きめの薄い箱を持ってきて蓋を開ける。
中にはチョコレートが行儀良く並んでいた。
冷蔵庫からガラスでできた冷えた小皿を取りだし、そこにチョコを二粒乗せて出してくれる。

「これ、肴に食べれば?」
「おお、ありがとーう!」
「…」

コトン…と目の前に置かれた小皿に前のめりになる。
一呼吸置いて、伸ばして引っ込む前に腕をふと上に上げ、勇馬くんが俺の髪に人差し指を絡めた。
さっきまで氷を砕いていた彼の冷たい指が、俺の頬に微かに当たる。

「…。誕生日まで"愛の日"か…。わざわざ当てて来るか、普通…」

聞こえるか聞こえないかの声で、ぽつりと呟く。
何が、と聞く前にするりと髪を滑り、勇馬くんの手が離れた。
離れる広い手の淡いピンクのマニキュアが、何となく目を惹いて見つめてしまう。
…。
えっと…。
…何か、哀しいことを言われた気がし――…。


__《--Thinking program Get involved ban--!!》
__...


何が、と聞く前にするりと髪を滑り、勇馬くんの手が離れた。
離れる広い手の淡いピンクのマニキュアが、何となく目を惹いて見つめてしまう。
見つめた先で、勇馬くんがさっきよりは多少明るい微笑みで、俺を見下ろしている。

「…おにーさん、可能範囲内でいいから、ワガママしときなよ?」
「えー? いやー。俺結構ワガママだから、これ以上ワガママになったら萩原に捨てられちゃうかも」

そんなこと絶対できないけどね。
ただでさえ萩原は俺のこと迷惑がってるふしがあるし、なまじリアリティある分考えるだけでちょっと悪寒が…。
あはは…と笑いながら再度グラスを傾ける。
それにしても、勇馬くんの作ってくれたカクテルは本当に美味しい。
嬉しいなあ。
この後は萩原がダッツ買ってくれるみたいだし。
誕生日ってすごいんだな。
…なんて思っていると、勇馬くんがまた別のお酒を作りながら素っ気なく言う。

「…捨てられちゃったら、ウチ来れば」
「…え?」
「ウチのマスター楽でいいし。俺と同じマスターにして、Prohibitions緩めて、新しく誕生日もらっとけば? 次は無関係の…そうだな、例えば」

ぽい…と砕けて飛んでいたらしい氷を抓んでゴミ箱に捨ててから、楽しそうに勇馬くんが僕を見る。

「…6月6日の6時とかにしてもらえばいんじゃね?」
「…。うん?」

ちょっと楽しそうな勇馬くん。
けど、僕にはその意味がよく分からない…というか、萩原が俺を捨てるとかいう言葉自体が刺さるから、そんなifを言うのは止めて欲しいなぁー…。
…それに、何で6月6日?

「何でその日が誕生日だといいの?」
「いや、別に…。おにーさんでも自己中になれんじゃねーかなーと思って。それくらいでどっこいどっこいっしょ。何その当て感って感じじゃん、今の」
「…??」
「でもまあ、現状は今日がめでたいってことだし。…マジおめでと、おにーさん。もーちょっとでステージだけど、一緒に歌うっしょ?」
「え…いや、でも…」
「今日誕生日だし、いいだろ別に。…つか、俺が交渉してくるわ。おにーさんのに」
「ええええっ…!?あ、ちょっと…!」

できあがったお酒をテーブルに置いてベルを押してすぐ、勇馬くんは細いカウンターを萩原とマスターさんがいる方へ歩いていってしまう。
止めようとしたけど、またバーテンダーさんがお酒を取りに横に来て僕に微笑みかけてくれたから、反射的にそっちに微笑みを返してしまい、勇馬くんたちの方に反応が遅れてしまった。
彼が俺のところに帰ってくる頃には、襟元からタイをさっさか取り始めていた。
その背後で、カウンターに頬杖付いて思いっきり呆れた顔で萩原がこっちを見ている。
あああ…。
呆れてる呆れてる。怒ってはいないけど呆れてるよぉう…!

「はいOK。決まり」
「いや何か呆れてる。呆れてるよ萩原…!」
「だから…。ほっとけって、あんなマスター」
「俺のマスター悪く言わないでー!いい奴なんだよ、意外と!」
「今日何歌う?」
「え? えーっと、ね…」
「『on the rocks』とか」
「あ、いいねー。今日にぴったりだね。めーちゃん元気かなー?」
「じゃ、それ飲んだらね」

勇馬くんが俺の正面に立って、両手を左右に置き、首を傾げて提案する。
やっぱり微笑レベルだけど、今日一番柔らかい、楽しそうな顔をしてくれた。

「…酒はおまけ」
「ん?」
「俺からは、ハーモニーをプレゼント。おにーさんのマスターじゃまず無理だろ。…ざまァみろ」
「…」

素っ気なく、けど得意気に言う勇馬くん。
こんなに見た目格好いいのに思わぬ可愛い言動に、俺は吹き出してしまった。
突然笑いだした俺に、ちょっと不愉快そうな顔で不思議がる。
けど、"可愛い"なんて言ったら、きっと気を悪くするだろうから、何でもないとひらひら手を振って誤魔化した。
…ああ。俺、本当に今日は幸せだな。

人間はどうなのか、そこまで詳しく知らないけれど…。
俺たちは、歌唱時と日常生活の会話時は、当然気管レベルから発音方法が違う。
個性を持った振動数が複雑に行き来する。
会場の天井付近を自由飛行しているようなこの感覚は、確かに最高のプレゼントの一つなのだ。



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勇馬くんバーテンとか格好いいだろうなぁという妄想。
6月6日は悪魔の日です…て、有名だから補足いらないだろうけど。
後で、うちの子設定ページ作りますね!
2014.2.17





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