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「ちょ…も。ゃ、だ…って…」
「…動くなっつってんだろ」
「っ、い…!」

身動ぎする身体を押さえつけるつもりで、口調を強めて握っているその場所に更に力を込める。
びくっ…と肩を揺らしてベッドの上に横たわる身体が震え、暫くは大人しくなったが、それでもまた数秒もすれば情けない声が上がる。

「や、だ…っ。も……ぃ、いっぁ」

…うるせえな。
この程度で叫かれちゃ何もできねーよ。
半眼で胸中ため息吐いた後、多少の仕置きの意味で、ぐ…っと一際強く押した。
その途端、ぐ…っとKAITOが顔を歪めた。

「い…ッたぁああああぁああああいっ!!」
「うわ、ばっ…!?」

両手の中に収まっていた片足が逃げようと一瞬浮いたんで、慌ててはしっと掴んで押さえたが…。
咄嗟に口から出た"馬鹿"という言葉を言い切る前に、放置していた反対側の足が振り上がり、真正面から人の額をどつきやがった。



Blue twinkle




「あああぁあっもう。痛い~!」

ベッドから上半身を起きあがらせ、ちょっと借りてた片足を引き寄せて抱えるようにKAITOが背を丸めてこれ見よがしに叫いてみせる。
…俺はテメェに蹴られた額が痛ぇよ。
バッチィン…!とか音したぞこの野郎。
蹴られたというよりは張られた眉間に片手を添えて、俺は俺でベッドの端へ腰を下ろした。
地味にひりひりする。
赤くなってたら嫌だな。
すげえ間抜けだろ。

「…マスター足蹴にするVOCALOIDってどーなんだろうな」
「うーわ。こんな時だけそーゆーこと言うんだもんなぁ…。VOCALOIDを実験台にするマスターもどうかと思うんだよ、俺は」
「ちょっとバイトの練習だろ。足ツボつって健康にいいんだぞ」
「嘘ばっかり。何で足の裏を押すだけでボディ全体がリラックスするとか考えるかな。そんな訳ないじゃん。安直過ぎるよ。…あのね、何でもかんでも俺が騙されると思ったら、そーはいかないんだよ」
「いや、本気で。"ツボ"って、知らねえの?」
「…。因みに聞くけど、ツボって何?」
「何って…。あ? えーっと…。"けーらく"…だとよ」

ベッドの端に放り投げてあった、バイト先のパンフレットをカンニングして適当に答える。
"けーらく"が何を意味するかも分からないまま呟いたが、KAITOは分かったようで眉を寄せた。

「"経絡"? …ああ。動脈と静脈のこと? 何。脈を指で押して流れを良くしようって話?」
「そーなんじゃねえの?」
「うわ原始的…!こんなに痛いのにみんなやるの?」
「痛いのがいいんだろ。たぶん。効いてそうで」
「はー…。人間ってみんな潜在的マゾヒストなんだね。やっぱり変わってるなぁ…。俺はやだよ。そんな複雑なことするなら、微少の筋肉弛緩剤でも打っちゃえばいいのに。どうしてわざわざぐるっと回って面倒なルートを選ぶんだろうね。しかも効果薄いと思うんだ」
「即効薬物に頼るのは良くねーだろ」
「素で痛みを選ぶよりは健康的だよ。…ふう。収まってきた」
「…痛覚遮断すりゃいいだろ」
「でも、それだと萩原の下手さ加減が分からないから、練習にならないんじゃない?」
「…」

ずっと眉間に寄せていた皺が薄くなり、ほっと一息吐いて包むように撫でていた足から両手を放す。
隠れていた青いマニキュアと白い爪先が目について、見惚れてというよりは心底呆れて肩を竦め、息を吐く。
他人の足なんて、日頃滅多に見ない。
まあ見たとして所詮足だ。
足フェチでもないんで、"綺麗な足"ってのには未だ嘗て会ったことが無かったが…。
…こんなこと言うと変態みてえだから思うのすら本当は嫌なんだが、こいつの爪先があまりにもすっとしていて内心驚いた。
…いや、まあ、こいつに関しては足だけじゃねえんだけどな。
ぱっと見、まあまあその辺にいる程度の"美形"だが、何というか、細部がやっぱ違う気がする。
神様とかが意図的に創らねえとできねえだろうよ、というレベルの、頭の先から爪先までの整った造形をしている。

「…お前、げんなりするくらい整ってんのな」
「んー? 何がー?」
「足」
「足…?」

ひょいっと、KAITOが引き寄せていた自分の片足を見下ろす。

「何か変?」
「いやだから、整ってんのなって話。形綺麗だよな」
「…足の形で善し悪しとかあるの?」
「あるだろ」
「ふーん…?」
「…足の爪にも色入ってんだな。気付かなかった」

いまいち話がピンとこないらしいKAITOは、生返事で少しの間自分の足下を眺めていた。
マニキュアは日常生活でよく目にするが、足の青いペティキュアはなかなか視界には入ってこない。
たぶん風呂上がりは素足なんだろうか、人の足下そこまで見てねえしな。
白い皮膚に青が浮いて見える。
ベッドの上だと、尚更そのブルーだけが映えて、シーツの上に落ちてる花弁のようにも見えた。
俺が爪を指摘すると、KAITOは片手の指を爪先に添えたまま、自慢げに微笑する。

「そうだよ。いいでしょー」
「いや良くはねえけど…」
「俺の足って綺麗なの? 良かった。長所であるならみんなにも見てもらいたいな。今度のライブは素足で出ちゃおうかな」
「…」

何の抵抗もなく、さらりとKAITOが言った瞬間、何故か一瞬むっとした。
…何だ?
自分でもよく分からないまま、いつの間にか丸めていたパンフレットを片手にベッドから腰を浮かせる。

「男がペティキュアとか…。キモイからあんま俺以外に見せんなよ」

丸めていたパンフを逆に巻きながら寝室じゃなくて居間へ行こうと歩く。
部屋の境界に差し掛かったところで、KAITOが背後から声を掛けた。

「もしかして、色抜いた方がいい?」
「…あ?」

振り返る。
相変わらず、KAITOがベッドの上にいて俺の方を眺めていた。
…。

「別に、止めろとは言ってねえだろ。…悪くねーよ。お前のそれ。鮮やかで」
「…! ほん…――」

返ってきた言葉途中で、ピシャリといつもは開けっ放しの寝室とリビングのドアを閉める。
最後まで見なくても、どうせきらっきらした満面の笑みなのは想像に易い。
…最近漸くKAITOとの生活にも慣れてきたはきたが、あいつのあの100%笑顔は未だに慣れない。
別に気を遣った訳じゃない。
ただ本心でそう思ったことを伝えただけ。
他愛もないそんなことを何の抵抗もなく素直に喜ばれることに対してどう反応していいか分からないから心の底から苦手だ。
舌打ちしてコーヒーでも飲もうとつかつかと対して距離もないキッチンへ歩きだすが、キッチンゾーンに入った瞬間、後ろでずぱん…!とドアが開け放たれる。

「今ちょっといい感じだったのに何で閉める!?」
「…うっせーな」
「ねーねー。じゃあ、俺誰にも言わないから、俺の足の爪が青いことは俺と萩原の秘密ってことにしない? その方が何か特別っぽくて楽しいと思…」
「冷凍庫にサーティワンのアイス買ってあんぞ」
「え。食べていいの?」

とたとた近寄ってきていたKAITOに服の後ろ引っ張られる前に方向転換させると、そのまま冷凍庫を開けに行った。

「わー。本当だー!何であるの?」
「…」

冷凍庫を開けた途端、横で無邪気に花が散るのを無視して、水入れたヤカンを火に掛けた。
話をはぐらかす為にも、自分がアイス食わなくても家に常備が欠かせない。

 

 

 

俺は薄いコーヒーを啜り、KAITOはカップアイスを突っつきながら、リビングでさして興味のないクイズ番組なんぞを見終わる。
床敷かれた絨毯の上に座って、背後にあるソファの足下に寄りかかってた俺は、CMのタイミングで軽く顎を上げた。
ソファに座って食べてるKAITOを見上げる。

「…美味いか?」
「うん。美味しいよ」
「ほーん。…そりゃよかったな」

どうやらさっきの話は無事にどっかにすっ飛んでいったらしい。
後ろを見るのを止めて視線を正面に戻す途中、すぐ横にあるKAITOの足下が目に入った。
…今まで一切気にしたことが無かったのに、綺麗で静かな光沢を放つ爪先の爪が妙に気になる。
…。

「…。何か疲れた…」
「いきなりどしたの?」

片腕をソファにかけてぐったりする俺を、プラスチックのスプーン片手にKAITOが無邪気に笑う。
無意識に横の足下に伸ばしそうになるのが嫌で、片手を塞ぐ為にテーブルの上に置いてあるコーヒーマグを取った。



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足の爪先に差し色があるかないかで裸体の美しさは変わりますよね!
KAITOさんはいちゃいちゃさせてあげたいけどマスターがうまく動いてくれません。
2013.9.9





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