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「カネキってさ、何処の大学が第一?」
「僕? …えっと、上井?」

高校の帰り道。
何気なさを装って聞いてみた。
それは担任が俺に推してきた一つ下の滑り止めの大学だったけど。

「マジで!? 同じじゃん!」
「え…」
「俺も俺も!上井だろ!?」

大袈裟なリアクションで即時反応できた。
ヤベ…。ちょっと大袈裟過ぎたか…? …とか、ちらっと思ったが…。
親友は驚いた時のちょっと間抜けな顔の後、じわじわと探るように控えめに俺を見た。

「…嘘。本当?」
「マジマジ」
「え、でも…。ヒデもっと上じゃない?」
「あー。だったら良かったんだけどなー。なーんか後半、成績落ちててよ、実は」
「…。へえ…」
「んだよもー。上井かよお前ー。それならもっと早く言っときゃ良かったな。これは成るか、中高大同校!」

ふざけて言うと、「なるかもね」と、愛想笑い以外は滅多に笑わない親友が隣で笑った。
ほんのちょっとくすぐったいような、まるで居もしない周りの人間に気を使って出されるような控えめなコイツの本当の笑顔が、俺は高校二年の頃から特別好きになっていた。
だから翌日、担任に早速第一志望変更の話をしに行った。
…頭オカシイと言われるかもしれないが、その時のことと今と、大した違いはないと思っている。

親友が喰種になりました。
喰種は人間を喰べるとても危険な種族です。
だから見つけ次第通報しましょう。
世の為人の為、法律に則って駆除しましょう。

――なんて。
超絶一般常識を、「誰がするかよ、バーカ」と思う程度に惚れていた。
常識と呼べば大きく聞こえるが、常識だって何だって、こうして一つのちみっちゃい"文章"に起こせるわけだ。
だから、分析して展開できる。

親友が喰種になりました。
人間を喰べるとても危険な種族が喰種です。

『Q:では、"危険な"と呼ばれない為の絶対条件を挙げ、尚且つ確実に"管理でき有益である"と周囲に思わせる為の環境の必須条件を挙げ、数年以内に整えなさい。以下にその具体的案を書き出し、必要プロセスをあげなさい。』

 

「…」

暗い自分の部屋でゆっくりと瞼を開ける。
壁一面のコルクボード。
新聞記事や自分で撮った写真、メモ、その他ありとあらゆる事が書かれた紙の壁。
冗談で小説で、漫画みたいな真実の切れっ端。
『助けたい』
『一緒にいたい』
『また話をして笑って欲しい』
そんなたった三行に表現できる気持ちが、ありとあらゆる事や組織をチェスの駒のようにに見せてくれた。
時の流れを巧く読む。
…大丈夫だ、たぶん。
自分でもホントビックリなんだけど、喰種とかいうだけじゃ全然引けねえっぽいし。
もう既に、何回か命張ったりもした。
"ここを乗り越えればお前に会えるかも"…とか思うだけで、全然平気だった。

"できる"と思った。
だって俺、こんなにお前のこと好きだから。


xとyによる瞬間継続的最大幸福について




「ただいまーあ」
「あ、おかえりー」

タイを緩めてシャツのボタンを外しながら、借りているマンションの玄関を開ける。
約束はしてたから余裕で予想が付いた返事でも、やっぱ実際聞こえてくるとスゲー嬉しくて、思わずそれだけで小さく笑った。
にやにやしながら靴を脱いでると、奥から灰色の髪をした、すらりと細身の青年が出てくる。
どこか間の抜けた穏やかな物腰。
噂のCCG一等捜査官、"佐々木"が、帰ってきた俺を出迎えにトタトタ脳天気に歩いてきた。
時々顔は見ていて、でも声をかけたのは俺からで、案の定すぐに親しくなって、だからこうして俺が遅くなる時に「料理得意ってマジ? 頼む、メシ作って!コンビニメシとかもう無理飽きた!」と強請れるくらいの仲になるのに時間はかからなかった。
まさか家から持ってきたのか、腰に巻く丈の短い黒エプロンをしていて、その家庭的な様子(野郎に家庭的ってどーかと思うが)に口端が思わず緩んだ。
俺と似たようないかにも仕事帰りの服だが、着ているパンツもシャツもやたらめったらいいブランドな気がするのは、何でもあの有馬さんのお下がりをよく貰っているかららしい。
羨ましい限りだ。
けど、それを着こなせる美麗さを持っているのはコイツの才能。
だーからさぁ、ずーっと言ってんのに。
"基は悪くねえのに"…ってさ。
苦笑して、軽く片手を上げる。

「ウィーッス」
「遅くまでご苦労様ー」
「ホントだっつーのも~!」
「おっと…」

佐々木に鞄と上着を投げる。
放られたそれを特に驚いた様子もなく両手でキャッチして、あははといつものように笑った。
律儀にスリッパ履いてるコイツと違って靴下で廊下を踏み、リビングまでの短い距離を並んで歩く。

「悪いな、遅くなって。暇じゃなかったか?」
「大丈夫だったよ。DVDとか見させてもらってたし」
「あー。押し入れの?」
「あ、押し入れか~。良い事聞いた。どーしよっかな~と思ったけど家捜しはしないでおいてあげたよ」
「お。善人~。別にいいぜ、漁っても」
「そう? じゃ、次来た時はそっちを漁ろうっと」
「漁っとけ漁っとけ。…帰ってきて家あったかいとか、それだけでもう素晴らしいわー」
「あー、一人暮らしってそうかもね。僕は部署の子たちと同棲だからな~。…永近のいる部署って、いつもこんなに遅いの?」
「んー。波はあるけど、ここんところはやけに忙しいかもな。あー、マジ腹減った~。メシ何?」
「ハンバーグにしてみたよ。この間食べたいって言ってたでしょ? デミグラスソースのやつ。レシピ本通りに作ったから、たぶん問題は無いと思うんだけど…」
「おおっ!佐々木偉……ん?」

廊下の途中にあるバスルームの灯りが着いていることに気付いて、歩みを止めないままそこを見送ように肩越しに振り返る。
いつも冷え冷えしている風呂場が、ほんのり熱を持っているのが前を通るだけで分かった。

「何お前、風呂入ったの?」
「ふっふっふ…。入ってないけど入れておいたよ。永近すぐ入るかなって思って」
「マジか!」
「だってお風呂先でご飯って人もいるでしょう? どっちタイプなのか聞いてなかったから。偉いでしょ? もっと褒めてもいいんだよ?」
「ぶっ…!」

俺の鞄を脇に抱えたまま、えへんと佐々木が胸を張る。
そのわざとな子供っぽい仕草がツボに入って、思わず吹き出しゲラゲラ笑った。
こういうところは、スゲー可愛い+αだと思う。
佐々木には、俺の知らない部分もたくさんあるから、本当に飽きない。
もっともっと一緒にいて知りたくなる。

「お湯溜めたの?マジ風呂? うわはぁ~っ。シャワー以外とか久し振りなんだけど俺。入浴剤…!入浴剤選ばせて。俺めっちゃ持ってんの入浴剤!」
「あ~。あの洗面台の下の袋、やっぱり全部入浴剤? お風呂入らないのにあんなに買い集めてどーすんのさ」
「いーんだよ。楽しいだろ? 今日は何入れよっかな~とかさ」
「とか言っといて久し振りのお風呂なんでしょ?」

佐々木が楽しそうに後ろで笑う。
そんなやりとりをしながらリビングに着くと、本当にテーブルの上に食事の用意ができていた。
並ぶ食器。
ラップがかかっているが、野菜が添えてある広い皿と、空のスープ皿。
日頃あまり使っていないキッチンにはフライパンと蓋のしてある鍋が置いてあった。
…ハンバーグは今から焼いてくれる気なんだろう。
焼き上がったそれが皿に乗れば完璧だ。
殆どが外食かカップ麺かインスタントの俺からすれば、そりゃあ感嘆の声も出る。

「ほぉおお~」

目を輝かせ、大股でキッチンの鍋を覗きに行く。
蓋を開けると、アレだ、えっと…ミネストローネ!
一人暮らし用の小さな鍋に、湯気を立てるスープ。
うわ…。
ほんとスゲーわ。
有難い。

「超イイ匂い…」
「一応スープも作ったんだけど…。美味しいといいな」
「イヤこれ絶対ェウマイって。匂いで分かる」
「あはは。そう見えて塩辛かったりするのかもよ? …うーん。味見できないってほんと不便なんだよねぇ。…口に合わなかったらどうしよう」
「…」

少し離れた場所から、そんな何気ない言葉が苦笑混じりに聞こえる。
軽く言っているその言葉が陰っていることにすぐに気付けるから、右袖を捲って鍋の手前に置いてあったお玉を持つとスープを掬った。
そのままズズ…と啜る。

「…ん!ウマイ!」
「え? …あっ!永近行儀悪い!」
「ん~。いい味してますね~」
「いやいや、お皿使おう。お皿使おうよ。しかもまだ手洗ってないよね?」
「あ、やべ。そーだ」

思い出して、流しでそのまま両手を洗う。
タオルで手を拭いていると、また声がかかる。

「ぁ…。ていうか…味、平気?」
「あ? おう。ウマイけど? …何だよ。お前何かミョーなの入れたの?」
「え…! い、いやっ。入れてないけど!」

振り返って、テレビ前のソファ傍に立っていた佐々木をじと目で見れば、慌ただしく片手を振って否定する。

「…よかった」
「…」

その後、少し俯いて、気が抜けたように、安心するように微笑する。
その顔が、今もホント好き。
俺も何となく幸せみたいなものを感じながらそれを見届けていると、こっちの視線に気付きもせずに、思い出したように佐々木は持っていた俺の鞄をソファの端に置いた。
ふと、腕にかけてくれていたはずの上着を持っていないことに気付いて尋ねる。

「あれ? お前、俺の上着は?」
「あ、ハンガーにかけたよ。皺になっちゃうから」

部屋の端を見れば、いつの間にやらしっかり上着はハンガーに掛かっていた。
キッチンのレンジに片肘を掛け、呆れ半分で距離があるそれを見詰める。

「佐々木…。嫁に来い」
「あはは。え~。どーしよっかな~?」

くすくす笑いながら、佐々木はテーブルの上のリモコンを取るとテレビをつける。
俺がいつも帰ってきてテレビをつけるのを、よく知っているからだろう。
溜息を一つ吐いて、俺はビールを取りだそうと冷蔵庫に手を掛けた。
再び背を向けた先から、佐々木が声を飛ばしてくる。

「まあ、そういうわけで…どうする? すぐ焼こうか? それとも先に入っちゃう?」
「んー? 何がぁ?」

冷蔵庫を閉じ、取り出したビールの口を開けながら、わざとらしく聞き返す。
何の違和感も無く、佐々木は続ける。

「だから、ご飯にする? お風呂にする?」

よし来た。
間延びした声に双眸を伏せ、祈るように強く願い、ぐっとビール缶を握る。

――言え。


「そーれーとーも~…ぼ く? …なーんちゃって~!」
「…。はは…」

自然と口端が緩んだ。
せっかく開けたビール缶を、一口も着けずにすぐ近くにあったレンジの上に置き、さっと回れ右。
片手の人差し指を頬に添えていかにもそれっぽくのほほんと笑っていた佐々木の傍に行く為に、つかつかと真っ直ぐリビングに戻る。
突然一直線にやってきた俺を、流石に少し驚いた顔で佐々木は見上げた。
その顔を見て、一歩後退される前にがしっと腕を掴む。

「お ま え」
「え~? あははは、どーし……っうわ!?」

ふにゃりと笑ったその足を唐突に払う。
とはいえそこは天下無敵の佐々木捜査官。
突発的な俺の足払いに、見事に受け身を取って見せた。
…ま、ソファの上じゃなかったら役に立ったろうぜ。
一応受け身を完成させたが、落ちた先は柔らかいソファ。
ギッ…!と安いスプリングが鳴る頃には、丸い瞳をぱちくりさせた佐々木が俺の下に横たわっていた。
…やべ。
嬉しくって、笑い出しそうだ。

「…やっと言ったな?」
「…。へ…?」

にやりと悪戯っぽく笑う俺を、目を白黒させて見上げる。
状況が把握できない佐々木は、仰向けに横たわったまま片手を自分の胸に添えた。
コイツの驚いた顔は、昔からなかなか可愛い。
…つーかそのさぁ、片手を胸に添えて鼓動確かめる感じとかさ、結構そーゆーの素でやっちゃうんだよな。
昔は服とか見た目とか全然気にしなかったから冴えなかったのに、ちょっといい服のお下がり貰って髪を整えて身長が伸びさえすれば、やっぱり顔のつくりは良かったんだなと改めて思う。
何度か瞬きをし、佐々木が丸い瞳で俺を見る。

「び、ビックリした…。え、ごめん。何?」
「俺な、お前がソレ言ったら、今みたいに"お前"って返して、告ろうと思っててさ」
「……。…え?」
「うん」
「…」

にっこり笑う俺と、曖昧な笑みのまま強張る佐々木とで見つめ合う。
じわじわと俺の発言が嘘でないと分かると、さっきまでの冗談言う余裕は何処かへすっ飛んでいったらしく、急に気弱になって狼狽え出した。
組み敷いている男の下で、それは実に効果的だ。
片膝をソファに乗り上げると、びくっと露骨に反応して細身の体がソファの奥へ少し逃げる。

「え…。あ、えっと…」
「無理?」
「…。ほ、本気…?」
「本気と書いてマジ」
「…。うーん…ちょーっと古くないかなぁ、それ」
「何だとぅ?」

ソファの背に片手をかけ、片膝と自分の体で佐々木の動きを封じたまま、その辺に置いてあったリモコンでテレビを消す。

「や、やめてよ…。何で消すの…。僕見たい番…」

ははは…と笑いながらリモコンに手を伸ばしたので、その指が黒い長方形に届く前に、ぺいっとソファの向こうに放り投げた。
益々双眸見開いて驚く佐々木に、にっこり笑いかける。

「…。…え」
「…」
「え、いや…だって…。……うそぉ?」

急に静かになり、佐々木はますます不安そうに眉を寄せて俺の腕に片手をかけた。

「あ、あの…。…永近って、僕のこと好きだったの?」
「おう」
「えーっと…。い、いつから? だって、仲良くなったのってほんと最近…」
「高二の時から」
「え…」

佐々木が、急に顔色を変えて俺を凝視する。
強張るその頬を、優しく撫でた。
指が滑らかな肌を滑る。

「恐くないだろ? …お前、俺なら平気だよ。絶対」
「…」
「俺、男は初めてだけど…。まあ、色々用意はしてあるんだ、実は。シミュレーションバッチリ!」

びっと親指立てて真顔で戯けてみせる。
そんな俺を、佐々木は真顔で凝視した。

「…。…貴方は、誰…ですか?」

数秒の沈黙の後、縋る子供の目で、佐々木が俺を見上げる。
コイツからすれば心からの質問なんだろうが、俺からすれば間抜けに聞こえて思わず笑った。
…けど、メチャクチャ嬉しい。
ようやく、名乗れる。
明るく笑いかけて言ってやった。
一番最初に、会った頃のように。

「永近だよ。永近英良」
「…」
「まだピンと来ないか…。じゃ、"ヒデ"」
「…"ヒデ"?」

ぴく…と佐々木が唇を動かして瞬きする。
探るように俺を見上げるけど、鋭さはない。
当然だな。
お前がいくら強くったって何だって、俺に敵対心なんて、無いもんな…?
腕に添えられたその手を握る。

「そ。…よーやくここまで来たよ~…ったく。死ぬほど長かったっつーの!」
「…」
「でもいいや。ここまで来れたら。…よかったな。会いたかったよ、"カネキ"」
「…!」
「お前が今そーやって笑っててさ…つか、生きてて?」
「……ぇ?」
「やっぱ生きてねーとさ、笑えねーじゃん? 当たり前なんだけど、最低条件っつーか…。ホント、良かったって思うわ」
「? …?? あ、あれ…? ……っ、ゃ…。あ、何…これ、痛っ……」

握った手の指先にキス一つ贈ってる間に、ガタガタとその体が震え出す。
ソファの上を横向きになり、俺に掴まれてない方の手で頭を抱え、苦しそうに背中を丸めていた。
その頭をそっと撫でる。
灰色の髪の毛は癖があって柔らかい。
"佐々木琲世"には暴走の危険性がある。
一定以上の上等捜査官なら知っている内部極秘常識。
皆、穢いものでも見るように、そうでなければ腫れ物を扱うようにコイツに接する。
与えられる優しさはニセモノではないだろうが、切り捨て前提使い切り。
いつ暴走するか分からない。
暴走したら、周りにいる大概の人間に訪れるのは"死"だ。
それくらいの危険人物。
…けど、俺には絶対にその危険は来ない。
自信があるから、震えるその背中をごくごく普通に撫でて、体を近づける。

「頭痛いか? …いいよ。あんまり深く考えるな。取り敢えずこっち向けって。キスしようぜ」
「…っ」

頭を抱えて蹲ったまま、いやいやと佐々木は首を振る。
子供のようなその抵抗を、可愛いと思う余裕があった。
嫌がるその体の下に片手を入れて、無理矢理仰向けにさせる。
抵抗はされなかった。
重いけど、何とか返す。
腰下に片腕いれてひっくり返したせいで、少し仰け反った細身が晒される。
灰色の瞳に溜まる涙が、狂喜まがいの感情を寄こして俺の胸を締め付ける。
ハ…と吹き出すように笑いかけて、親指でその涙を拭ってやった。

「コラ泣くなー。男だろーが」

ぼろぼろと空気が抜けたように涙を零す佐々木は、俺の指に目を伏せた。
されるがままになりながら、改めて俺の両腕に左右の手をかけると震える唇を開けてくれた。
目を赤くしながら、弱々しい声が並ぶ。

「っ…すみ、すみませ…。貴方が…」
「ヒデな、ヒデ」
「…ヒデ、が…。何を言ってるのか…僕……」
「分かってる。解らないんだよな? いいよ」
「違…っ。…な、何か、それがとても…重要で、世界をひっくり…返す くらい、嬉しい…のは、解る……けどっ」
「うん」
「…それ、で…僕が…。僕が、全然…全然!わかってない、のがっ……すごく、解ります…っ!」
「うん」
「ご…っ、ご、め…なさい…!」

突然声を張り上げ、カネキがぼろぼろ泣きながら謝る。
怯えて壁に追いつめられたネズミのような、そんな様子に優しく言い重ねた。
責める気なんか、更々無い。
お前のせいじゃない。
お前のせいだったことなんて、何一つない。
唇を寄せて、佐々木のこめかみへ口付ける。

「いいって」
「あ、うぁ…。ごめ…なさい…。ごっめ、なさ…っあ、あぁ…っ」
「いいから。お前のせいじゃない。…だけど二人でいる時は、こっからは俺のことヒデと呼ぶように」
「ごめんっ、ヒデ…!ご、め…!!」
「よしよし」

俺の片腕に額を添えて、意味も分からず泣きじゃくっている佐々木の頭を撫でてあやす。
それとなくソファに浅く座り直して、横たわったまま自分の腕に縋って無く親友を、とても幸せな気持ちで見守った。
泣いて、笑って、冗談言って、触れ合って…。
またこういう、フツーのことができている。
ここに来るまでどれだけ辛かったんだろうと思っても、計り知れない。
だからこそ、今ここから、俺も含めてスゲー愉しく幸せな日の連続にしてやりたい。
泣きたいのなら、泣いているところを見ていてやろうと思った。
泣き終わった時にちゃんと俺が傍にいることを、ちょいちょい弄られ可能な記憶なんて曖昧なものではなく、髄まで残る、本能の方で解って欲しいから。

 

 

 

 

感傷的になるからこそ、敢えて明るく冗談めかす。
この後色々使うだろうし、腕を伸ばしてテーブルの下にあるシークレットスペースにぶん投げてあるティッシュ箱をテーブルの上に出した。
何枚か適当に抜いて、佐々木に渡してやる。
大体涙が涸れてきて佐々木がぐずぐず鼻を啜りだした頃に、肩から力を抜いてこれ見よがしにため息を吐いてやった。
そろそろいいだろうと、さくさくと仰向けに転がっている佐々木のシャツを広げて下げる。
所々が涙で濡れた。
袖んとこなんかびっしょびしょ。
無防備に晒された素肌が想像以上に白くて、内心スゲェと驚いた。
好きは好きなんだけど、男の体を抱けるかどうか正直半々だった…けど、全然平気そうだ。
寧ろエロく見える。普通に。
…ていうか返って女よりエロいような気がするのは何でだ? 背徳感?
喉が鳴るなんてみっともないことにならないよう、理性をフル動員させる。

「…。…あの、でも…あの」

まだまだ赤い顔で涙目で、ぐしゅぐしゅしながら鼻を啜っているカネキが弱々しくしゃっくり途中で唇を開く。
不安そうな顔してるくせに、逃げないところが予想通りで面白い。

「んー?」
「いや…でも…。いきなりヤっちゃうのはどうかと…。男同士だし、それに――」
「体のこと気にしてんの? ヘーキだって。お前が半喰種なの、俺も知ってるし」
「…!?」
「全然ヘーキ。許容範囲。ここでいきなり俺のこと喰いはじめるとか、ねえだろ? お前がモノ食えないのは何でかってのも知ってる。…つーか、それでもあんだけ料理上手ってのがスゲーよな。流石本の虫。レシピ本見るだけであんな作れんの? お前からすりゃ工作みたいな感じか?」
「…」

"半喰種"とドストレートに言い放った俺に驚いたのか、佐々木は双眸を見開いた。
ボタン外してるシャツの向こうで、体が強張ったのがよく分かった。
ボタンを外し終わり、シャツを開いて硬直している白い上半身を蛍光灯の下に晒す。
両手を晒された左右の脇腹にぴたりとウエスト掴むように添えて、顔を覗き込む。
皮膚が滑らかだ。
ホント白い…。
まるで誰かに触れられるのを長い間待ってたみたいに、少し低めの体温が俺の掌の温度を奪っていく気がした。

「…気持ち悪ィ?」
「…。ううん…」

どこか呆けた顔で、俺が触ってる場所を見下ろしながらふるふると佐々木が首を振る。
自分でも相当疑問に思っているらしい。
出会って一ヶ月も充たない同僚に、突然告られてキスされて触られても全然イヤじゃないっつーんだから、そりゃあ本人にしたら謎だろう。
しかも、そいつは自分が半喰種であることも知った上で迫ってるわけだ。
疑問符があちこちに浮いて見える。
その困り顔がキョーレツなんだよな。
思わず手を差し伸べたくなる。
昔っからそう。

「んじゃ、気持ちいーんだ?」
「あ…いや、気持ちいいというか…。あったかい、かなぁ…」

シンプルな角度斜めの感想。
思わずまた少し吹き出した。

「あったかいって…!何だそれ。そんな体じゃさ、お前セックス経験とかあんま無いんだろー?」
「…!」
「もしかして童貞か?」
「や、だ、だって…!そんなの無理に決……ってイヤイヤ!関係ないじゃん!放っておいてくださいぃ!」
「大いにある。さてはお前オナマニアだな!?」
「偏見っ!? 違いま……むぐっ!?」

少しだけ顔を上げた瞬間を見逃さず、体を低くして顎を取ってキスをする。
隙は突いたはずなのに、佐々木がすんばらしい反射神経によってバッチリ口閉じやがったおかげで、触れるだけの幼稚なキス。
思わず内心舌打ちして、予想外に自分が焦れていることに気付けた。
慌てていつの間にかヒートアップしてそうな欲情を落ち着かせる。
強引だったが、案の定、抵抗らしい抵抗はされなかった。
名残惜しいが唇を離すと、一呼吸置いてから、怖々と佐々木が目を開けた。

「…。ぅ、わぁ…」
「うわって何だ、うわって」

それどころか、顔を離すとどこの乙女だと突っ込みたくなるくらい耳まで真っ赤にして、いじけた犬のように腕の間に顔を半分隠すようにしてソファに伏せる。
今時こんな反応する奴、女にもいねーよ。
あまりにあまりな反応に、何か…俺の方まで照れ始める。

「いやいや…。顔赤すぎだろう、お前。止めろよ、そーゆーの」
「酷っ。何で僕っ? ヒデが悪いよね!?」
「お前のその反応が恥ずいわ」
「普通でしょ!だって、急にこん――」
「…ん?」
「っ…」

反論しようと勢い付いたらしい佐々木が、それでも目が合えば、さっと俺から目を反らした。
そのままソファの上を横向きになったかと思えば、組み敷く俺の下で背中を丸めて両腕で思いっきり顔を隠す。

「…オイ」
「ちょ、ちょっと待って…!」
「はあ?」
「ごめん、ホントちょっと待って!恥ずかしくて、ヒデの顔が見られないから…!」
「…」

灰色の髪の間から覗ける耳が、赤く熟れてて呆れ返る。
…お前なあ。
深々と溜息を吐いた。
胸の中のくすぐったい感情が、溢れかえって笑い出したくなる。
…必死に顔を隠しているらしい腕の手首を取り上げて、また仰向かせようと引っ張る。

「誘ってるんだよな、それ」
「え…!誘ってないよ!? 何で!どこが!?」
「じょーずだわー。ガツンとクる。なかなかやるなぁ、お前」
「うわっ…!ちょ…ね、ホントちょっと待って待って止めてくださいせめて顔洗わせ…っていうかお風呂!お風呂入らせてください!!」
「無ー理ー」
「違っ…僕今日汗かい――」
「ハイハイ、今日も一日お疲れ様でしたー!」
「うわわわわ…っ!」

両手を取り上げて、煙でも出てきそうに赤い顔をした佐々木を改めてソファに押し倒し、上からキスをする。
――ああ。
この日のために、命はってた。俺。
今夜はとことん甘やかす。
離れてた数年分を圧縮して、明日怠すぎて動けなくなるくらいどろどろに甘やかす。
両手で抱く親友は、文才の無い俺じゃ表現できないくらい、綺麗で愛しい。
触れる掌が、マジで痺れた。

 

 

 

運命はいつだって残酷だ。
時には足場すら脆く崩れ去り、ちっぽけな人にはどうにもできなくなる。
俺たちの知らない地獄がまだまだこの現実にはたくさんあって…。
だから取り敢えず、俺とお前で得られる今日の幸福を、行けるところまで行こうと思った 。



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ヒデとカネキ君の再開。
アニメは見ていないのですが、ヒデ君が超格好いいらしいですね。
新刊まだ買っていないので原作設定まだ知らないから、永琲書くなら今だと思って。
2015.3.22





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