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佐々木一等と有馬特等がキスをしていたところを見たことがある。
以前から、有馬特等は佐々木一等の処遇に些か甘い気がしていた。
…そういうことかと、妙に納得をした。


世の中は下らない人間ばかりでできている。


ぬるい灰色




「今日も居たたまれないねえ」
「…そうですね(どの口がいう)」

薄暗いバーのカウンター片隅で、居心地悪くソフトドリンクを飲む。
流石にこういう場所で双方ともアルコール無しというのは怪しまれるだろうということで、佐々木一等の前にはカクテルが置かれているが、勤務中の為口はつけていない。
繁華街の地下バーだ。
追っている喰種が出入りしていると聞いている。
調査ということでクインケが入店するのは今回で二回目だが、このバーは少々特殊で、先日も俺と佐々木一等だった。
所謂ゲイバーというものだ。
男同士で愛し合える遺伝子的に希な連中の溜まり場というわけだ。
こういった店に複数人で来るのは怪しまれるであろうし、二人という人数が適切なのは分かる。
他のメンバーでもいいように思うが、トオルは見目が良く中性的過ぎて俺の目から見ても危険であろうと思うし、××は論外だろう。雰囲気的に合わない。
よって、俺が適任という話になり、佐々木一等と来ている。
…佐々木一等は慣れているかもしれないが、俺は本来こんな場所とは縁など無い。
居たたまれないのは俺の方だ。
仕事とはいえ何故俺がこんな場所に、しかも一等と出入りしなければならないのか。
今回のターゲット、襲撃時にはこの憤りをぶつけなければ割に合わない。
カウンターに頬杖をつきながら、ちらりと佐々木一等がフロアの方へ目をやる。

「今夜は来ないかなぁ…」
「入口で待つのはどうでしょう。わざわざ店内にいる必要は無いかと」
「んー。けど、この間話していた相手が気になるし…」
「…」

ふう…と脱力気味に佐々木一等が息を吐く。
彼の視線を追ってフロアを一瞥すれば、狭い店内のあちこちで野郎同士がやけに密着して語り合い酒を飲み交わしている。
こうしてカウンターに座る分には隣の席以外に選択肢は無いにしても、仮に四人がけの席に案内された際にああして俺と一等で隣に座らなければならないというのは苦行以外の何ものでもない。吐き気を覚える。
…とはいえ。

「…」

フロアを眺めている佐々木一等の隣で、ちらりとカウンターの先を見る。
俺たちと距離がある場所に腰掛けてはいるが、先程からカウンターに座る別の男が度々一等を見ていることに気付かない程鈍くはない。
ぎろりと睨みを利かせれば、慌てて男は視線を外す。

「…? 瓜江くんどしたの?」

一等からすれば妙な方角を見ていたことになるのだろう(俺はアンタほど鈍くはないんだよ)、佐々木一等が隣でグラスを片手に緊張感のない、いつもの間抜け面で俺を見る。

「…いえ。何でもありません」
「そう? 一口飲む?」
「…」

一等がグラスを俺に差し出す。
無視して顔を背け、改めてフロアを見る振りをすると、一等はへにゃりとカウンターに伏してしまった(やる気のない学生かアンタは)。
いかにも酔った人間のように、腕の中に顔を埋めてめそめそと肩を揺らす。

「シカトかぁ~。酷いなぁ、瓜江くんは~。恋人にはもっと優しくしなきゃいけないんだよー?」
「…慣れないもので」
「若いのによくないなあ。…さあっ、おにーさんに甘えていいよ!抱いてあげようか!?」
「…」

突然がばっと身を起こしたかと思うと、佐々木一等は俺に向かって両腕を広げる。
部分部分で異様にノリが良すぎるのがこの人の悪い癖だ……が、その発言に違和感を感じ、真顔で尋ねた。
何が"抱いてあげようか?"だ。
本気か、コイツ。

「役割の相違が見られます。俺が男役でしょう」
「え、何で? 僕が彼氏でしょ?」
「…」
「…」
「…」
「…っていやいやいや!何で真顔でドン引く!? 僕が彼氏役でしょ!年上だからね!?」

佐々木一等が自分の胸に片手を添え、身を乗り出して力説する。
…本気で言ってんのかこの人。
有馬さんを誑し込んでいる下卑た売春婦のくせに、今更何を口走る。
付き合い切れん。
目を伏せて溜息を吐いた。

「俺と佐々木一等なら、俺が彼氏役の方が妥当かと思われます」
「ちょっと何言ってんのこの子…!まさか僕がネコのつもりだったの!?」
「…"ネコ"?」
「あ、瓜江くん知らないな? ネコっていうのは男性の同性愛者で抱かれる方のことをいうんだよ」
「よくご存じですね」
「ここに来ることが決まって、本で勉強したからね!何でも聞いてね!」
「…そうですか」
「因みに、抱く方は"タチ"っていうんだってさ。歌舞伎での成人男性役が立役って呼ばれてるからそこから来たらしいよ。ネコはね、寝子じゃないかって。衆道って知ってる? 昔はそう珍しいことじゃなかったし、男の子は中性扱いだったみたいだから、きっとその名残なんだろうね」

得意気でほんわり語る佐々木一等。
知るかよ。
いらんクソ知識だ。
要は俺と一等と、どちらが男性的かという話だろう。
どう考えても俺だろ。アンタじゃない。

「では、俺がタチですね」
「違うって~。僕でしょ、どう考えても。どーしてそーゆーコト言うかなぁ~?」
「何も年齢が全てではないでしょう。雰囲気ではないでしょうか。年下もおかしくないでしょう。俺よりもお似合いだと思いますが」
「いやもうホント全然違うからっ。僕はクールな年上が好――…!」

「――どうかしましたか?」

俺たちの会話を一刀両断する声と同時に、俺と佐々木一等の間に一本の腕が伸びてカウンターに手をかけた。
俺の鼻先には見知らぬ男の肩と袖が入ってくる。
一等との間に割り込むような形で入ってきた男は、こちらに背を向けたまま一等へと語りかける。
…ナンパか。
露骨だな。
まあ、場所がそういう場所な訳だが。

「喧嘩かな? …よかったら、向こうでご一緒にいかがですか?」
「へ…!?」
「…」

男の背中で見えないが、佐々木一等が間抜けな声を溢す。
一瞬、俺たちが偽のカップルだとバレてしまったかと思ったが、口論が聞こえてしまっただけだったようだ。
入る隙間があると思ったのだろう。
ここで重要なのは、ナンパをされている方が俺ではなく佐々木一等であるという現実だ。
…ざまあみろ。
少しは痛い目を見ればいい。
放置して、目の前のグラスに口を着ける。

「気分が落ち着いてからここに戻ってくればいいでしょう。どうですか?」
「え、いや、あの…っ。こ、困ります、僕――っ」
「連れは気にしていないようですよ?」
「…」

妙に得意気な顔で、名も知らぬ男が俺を一瞥する。
佐々木一等が悪趣味な男にテイクアウトされること自体はどうでもいいし俺には関係ない。
しかし、問題が二点ある。
一つはここでターゲットを待つということが任務であること。
もう一つは、その男の目が俺を見下しているのに我慢がならないことだ。
…下衆が。
ぶっ飛ばせばいいものを、素人相手に手を上げることに抵抗があるらしい佐々木一等は腕を引く手を強く払うことができずにカウンターのイスから腰を浮かせた。

「や、ほんとに困――…」
「…、離れろ」

右腕を軽く上げ、ヒュッ――と、前から後ろへ空を切る。
手刀のように放たれた手の側面が、的確に男のノドを突いた。
それなりに体格のいい男の体が、派手な音を立ててフロアに転倒する。
周囲の客が一斉に俺たちの方を見る。
…男が転倒したのを機に、俺はゆっくりと席を立った。
咳き込む男を見下す俺の横で、佐々木一等が慌てた様子で同じように立ち上がる。

「…」
「ちょっ…、待って瓜江くん、暴力――ッわ!?」

俺の片腕に手を添えた佐々木一等の腰を、ぐいと引き寄せる。
目の前の男に劣等感を与える為に必要な行動だ。
視界に収めるにも嫌悪感が生じる男を、淡々と見下す。

「コイツは俺のだ。…消えろ。目障りだ」

 

 

 

 

 

ああいう場所ではあの程度の騒動、何の問題でもないように思うが、佐々木一等は急いでその場からの退却を命じた。
ぐいぐいと俺の腕を引いて店を出て離れてから、唐突に電柱へと片手を付いて背中を丸めている。

「あぁぁあ~もぉおおお~…」
「…。ターゲットを待たないのですか?」
「待てる状況じゃないでしょ、あんな派手に注目浴びて!」

丸まっている背中に尋ねると、曖昧な顔で一等が俺を振り返る。
その目が妙にじと目で、何とも言えない表情をしていた。
完全に怒っているわけではなさそうだが、呆れた顔をしてやがる。
男に軽くナンパされるアンタの方にこそ呆れるだろ。
愚図。

「…。見送った方が良かったですか?」
「いや、それはそれで困るんだけど…」
「…」
「…。…そうだね。うん、まあ…ありがとね…。助かったよ。瓜江くんはホントしっかりしてるねえ。かっこよかったよ」

両手を後ろで組んで待機していると、一等はくしゃりと表情を崩して笑う。
…が、その後溜息を吐き、再度めそめそと電柱に抱きつき始めた。

「てゆーか、どーして僕がナンパされるし…」
「…(アンタがぬるいからだろ)」

無言のまま胸中でのみ理由を述べる。
佐々木一等はぬるい。
一応年上であるはずの背を傍観しながら何度も思ってきたことを繰り返す。
捜査もぬるければ部下の把握もぬるく、性根も甘さが抜けない。
この無能な男の下で動くのは苦労する。
第一…。
…と、そこで首だけで今出てきた店の方を振り返る。

「…」

第一、何故自分に声がかかったのか不思議に感じているようだが、客観的に見たところで、あの店にいた中で最もマシなのが一等だった。
同性を抱くという話がそもそも念頭に無いが、あの店の中で強制的に誰か一人を選出しろとなれば、どう考えてもマシなのがコレだろう。
特に他意はない。
目の前にある現実を述べただけだ。
電柱に抱きついていた佐々木一等が、溜息を吐きながら立ち上がる。

「はあ…。もう今日は帰ろうか」
「…分かりました」

直立不動の体勢で頷いた。
…結局今日も収穫は無し、か。
無駄足ほど時間の浪費はない。
…が。

「今夜はお疲れ様。別の日に、また付き合ってね」
「…」

ふにゃりと抜けた顔で一等が笑う。
上手くは表現できないが、一瞬、何か見えないものが止まった気がした。
なるべくなら肯定はしたくないが、何故かその時は否定も生じはしなかった。

 

 

 

 

 

俺の尊敬すべき上司は有馬特等だ。
あの人に色恋で近づいているのだとしたら、俺は佐々木一等を許さない。
無能な上に特等の贔屓を受けている彼の立場は見るに堪えない。
俺と佐々木一等、どちらが有能かという話だ。
一刻も早く手柄を立て、この俺が一等となりクインケを任されそして――…。

「――」

夜の自室。
ガッ…とハードタッチで描いた絵筆をそのまま止め、ふと思い至る。
目の前のキャンバスを見詰め、筆を持つ手をぶらりと下ろした。
胸中、自分で続けたその一文に静かに驚愕する。
手柄を立て、一等となり、クインケを任され、俺は…"ササキハイセを支配下に置きたい"。
…。
あれを服従できたら、爽快だろう。
そんな気がする。

「…」

目を伏せて、息を吸う。
鼻を突く画材の匂い。
絵の世界は美しい。
この俺が創造主でいられる。
全て俺のものだ。
全てそうであったらいい。
そうすれば、全てが上手くいく。完全な世界を創れる。
…ゆっくりを目を開け、目の前の夜の絵に灰色を足すべく筆を持ちあげる。
仕事のできない男だ。業績は乏しい。
使えない佐々木一等。
佐々木琲世。
アンタにはもっと相応しい場所がある。
それは俺の上じゃない。

 

夜の絵。
ふわふわと脳天気でぬるい灰色を、整った俺のキャンバスの中に無言で描き入れた。



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瓜江くんと琲世くん。
友人が瓜江くんのことを好きで、せがまれました。
こんな感じでいかがかな?
2015.7.3





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