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珍しく、月山くんから連絡が来た。
「写真を撮って欲しい」という至極真っ当なその日の話題に、どこか頭でも打ったんじゃないかと二言三言彼の身を私なりに案じてみたけど、どうやら本当に極々普通に写真を撮って欲しいらしい。
…とはいえ、彼の写真は高校時代から取り溜めていて結構あるし、食事中の彼こそ被写体として興味の対象ではあるけれど、ぶっちゃけ平素の人間ぶってる月山くんに興味ない。
あとレンズ向けるとポーズ取るから腹が立つ。
顔立ち整ってるからってイコールいい被写体じゃないんだけどなー。
…ってことで。

「月山くんの写真は撮り飽きたよ。ご飯食べてる時以外は撮りたくないなぁ」
「ふふ。相変わらず趣味がいいね、堀。安心してくれ。君の興味を惹くものに間違いは無いさ」
「ならまた月山くんの食事中の写真ってこと? 別にそれならいいけど。今度のご飯はどんな人?」

久し振りにラインで呼び出されたカフェで、もくもくとジャンボパフェを食べながら首を傾げた。
月山くんという喰種が人間を襲って喰べている姿や映像は、とても斬新で新しく、生と死や明暗のモノトーンとか弾ける赤の美しさとか内臓のグロテスクさとかエロティックさとか、本当に色々と刺激的。
襲われちゃった人は可哀想だし、ドンマイって感じだけど…まあ、人間いつか死ぬし。
癌とか交通事故とか自殺とか…色々な終点があるだろうけど、選ばれちゃったのなら、たまたまその人の終点が月山くんだったって話だ。
せめて写真に収めてあげないとねってことで、私は随分月山くんの過去のご飯な人達の写真をストックしているわけだけど…。
当然な話で、いつだって"本日のメニュー"は千差万別で同じものは二度と無い。
月山くんが人間を食べるタイミングで招いてくれれば、勿論私としてはカメラに収めたい。
…ところが、月山くんは人差し指を立てて反対の手の指先を額に添え、軽く首を振った。
ぶん殴りたい。

「生憎だが違うんだよ。…ああ、子鼠。勿論君に対しての愛情が薄れたという話ではないのだが…」
「別にいいよ、薄れても」
「実は最近、新しいペットを飼ったのさ」

ほほぉ…。
思わぬ月山くんの言葉に、もくもくと食べていたパフェのスプーンを止めた。
それはそれは…興味深いや。
両手をテーブルに置いて、向かいに座る彼を見上げる。
コーヒーカップを前に、月山くんは両手の指を組んで悦に入っていた。
見るからにご機嫌で、自慢したくてしたくて堪らない感じだ。
人間のペットかぁ…。
背徳的だなぁ。
私も、月山くんからすれば愛玩動物の一匹らしいけど、彼がよくそう口にするように"子鼠"だ。
たぶん感覚はハムスターとかモルモットとかで、基本放し飼いの野良のようなもの。
特に閉じ込めたりとかされる様子は無いし、かといって食料にされる感じもないから、我ながら実にいいポジションに落ち着いてくれたなと思う。
新しい子はどんな子で、どんなポジションだろう。

「放し飼い?」
「いや。自宅から出していないよ。少々人見知りなところがあってね」

あらら、益々珍しい。
ということは、室内ペットじゃないか。
可哀想に、それじゃあきっと外に出してもらえてないな。
俄然興味深い。

「へええ~。どんな子? ロリ? ショタ? それとも老け専?」
「あまり歳は離れていなくてね。彼は大学一年らしいから…僕らよりも3つ下かな?」

彼…てことは、男だ。
うーわー。
年下男のペットとか、引くわー。
月山くんさすがぁ。
その可愛いペットくんの姿でも思い出したのか、悦に入って饒舌にその可愛さを語り出すけど、その辺は聞き流してメモ帳を取りだし、被写体の特徴をメモしていく。
黒髪らしい。
血とか内臓の赤が映えていいよね。黒髪好きだよ。
中肉中背で細身。
運動が苦手な文学少年…か。
いいねいいね、私も早く見たい。

「じゃあ、その新しいペットくんの写真を撮って欲しいって話?」
「まあ、そういう事だね。自然でいるところも勿論だが、できれば食事中を」
「ああ…。つまり、ペットがご飯食べてるとこを撮って欲しいと」
「Non!」

グルメというかもう殆どシトフィリアな月山くんだから、可愛いペットがご飯食べてるところを写真に収めてにまにまはあはあするのかと思ったら、否定があって少し瞬いた。
違うの?…と聞き返す間もなく、彼は続ける。

「僕が彼を食べるから、その様子を収めて欲しいんだ。きっと堀も満足する美しさだからね!」
「…」

きらきらしながら得意気に断言する月山くん。
…ああ。
ホント壊れてるなぁ、この人。
そういう歪なところを撮るのが、すごく面白いんだよね。
二つ返事でOKした。


beautiful pic




たまーに来たことあったけど、月山くんちに入るのは久し振りだ。
門から玄関までかなり距離がある。
うちらが通ってた学校の敷地以上に距離があるから、車に送迎されて月山くんエリアの建物の玄関まできちゃうと、何ていうかもう海外の気分だ。
一応この国にある法律とか常識とか、そんなものはここには及ばない。
上野公園なんか足下にも及ばない広さと豪華さの廊下を、彼に着いててくてく歩いていく。
大理石の廊下や並ぶ甲冑とか花瓶とかはいいんだけど、相変わらず絵画とブロンズ像の趣味は悪い。
首から提げているカメラの重さはもう慣れたものだけど、今日はちょっと気合い入れて、その他の色々な機材をリュックと特注ショルダーに入れてきた。
…で、それらは更に私の後ろから荷物持ちで付いてきてくれている叶くんが持ってくれている。
私を見て相変わらずむすっとした顔してるけど、月山くんがいる手前、今日はあれこれ言ってこない。
ざまあ。

「月山くん。その新しいペットって暴れる?」
「そんな日もあったね。けれど、今はもうとても大人しいよ。ただ人見知りをするから、堀を怖がるかもしれないが」
「カメラも嫌いかなぁ? だったら、セットだけさせてもらって別室撮りにしてもいいけど」
「まあそう焦らず。まずは彼の美しさを見てくれたまえ」

どうやら自慢第一らしい。
仕方ないから着いていくと、私も行ったことがない部屋に着いた。
大きな白亜の扉に金の取っ手。
たぶん月山くんのことだから小綺麗にしているとはいっても、日の光があんまり当たらないような部屋をイメージしていた私にとっては意外なドアだ。

「もしかしてペットの部屋?」
「いいや。僕の寝室さ」
「へえ…」

寝室で飼ってるのか。
それは何というか…思ったよりも溺愛なんだなー。
ぼんやりそんなことを思っている間に、叶くんが前に回って扉を開けてくれた。
キィ――と、微かな音を立てて扉が開く。
…で。

「うっわ…」

目の前に広がる絵に描いたような"女王の寝室"というような風体に遠い目をしてしまう。
寝室だけあって、私がいつもお邪魔するような客室程の広さはないけど、それはあくまで"月山くんちでの中では"という話であって、当然ながら当然に広い。
細かい刺繍びっしりな厚い絨毯とか部屋の端にある甲冑とか絵画とか暖炉とかシャンデリアとか……いいや、止めよう。羅列すると切りがなさそうだから。
でもこれは特記しとく。花瓶に生けられた薔薇が多くてうざい。
とにかく、お約束の如くちょっとした西洋屏風の向こうに、天蓋付きの広いベッドが鎮座していた。
馬っ鹿じゃねーの?くらいの広さがあるベッドと、垂れ下がる赤いカーテン。
そんないんねーだろレベルでぽこぽこあるレース付きの枕やクッション。
…あそこに誰かいるのだろうか?
何となくカメラを両手で持ってそちらへ注目していたけれど、月山くんはベッドではなくて少し離れた場所にある、窓際のテーブルセットの方へ爪先を向けた。

「カネキくん。ただいま」
「…え?」

月山くんに倣って私もそっちを向く。
全然気配しなかったけど、丁度イスに座っていた少年が読んでいたらしい本に栞を挟んで立ち上がった所だった。
中肉中背の黒髪。右目の眼帯。
運動とは縁が無さそうな華奢で柔らかそうな体の男。
テーブルを離れてふらふらと夢遊病者のような足取りで歩き、歩み寄っていた月山くんの元へ行くと、そのまま小さい子供のようにぎゅっと月山くんに抱きついた。
…おお。
意外だ。
あの変人月山の胸に自ら飛び込む輩がいるとは。
変人月山が当たり前の顔して暑苦しいハートを周囲に飛ばしながら彼を抱き締めて髪に頬擦りしやがる。
わー。
気持ちわるーい。

「いい子で待っていたようだね。寂しかったかい? すまなかったね」
「――」

思わずシャッターを切ると、その音に気付いたようで、少年がちらりと私を見た。
…なるほど。
先に聞いていた通り、左目が真っ赤。
喰種の目だ。
でも白目もちゃんと白い。
酷く中途半端なんだなあ。
思わず、小さく笑ってしまう。

「へええ…」

正直、そこまで造形的に美少年というわけではない。
それなのに…目の色のせいかな?…雰囲気が特殊な子だ。
明度の低い服を着ているせいもあってか、爛々と輝く左目にどうしても目がいく。
黒の中に浮く深紅…というカラーリングに色気を感じる。
あっさり壊れるぎりぎりの切羽詰まった美しさ…"儚さ"だ。
いいなあ、この子。
絵になるー。
続けて何度かシャッターを切ると、音とレンズを嫌がるように"カネキくん"は月山くんの腕の中に隠れてしまった。
月山くんがこっちを振り返る。

「すまないね、堀。やはり些か抵抗があるらしい」
「えー」
「カネキくん。僕の友人の堀だ。…大丈夫。人間だよ」
「――」
「もしかして喋れない?」
「実は声が出なくなってしまったようでね。以前喉を押し潰してしまったからかな? …声帯自体は治っているはずなのだけれど、何故だろうね。彼の治癒力は僕よりも高いというのに」
「ほほぅ。傷付け放題というわけだ。何、言うこと聞かないと虐めてたの? 月山くんサイテー」
「ふ…。もう調教の必要は無いさ。プロに依頼して少し前に帰ってきたばかりでね。今では逆に甘やかしすぎないようにとアドヴァイスされてしまったよ。だが彼相手にそれは無理というものさ。…ねえ?」

言葉無く伏せているカネキくんの体や顔をべたべた触ったりキスしたりしながら月山くんが嬉しそうに言う。
…可哀想になあ。
けど、飼い人の飼い主としては、月山くんはたぶん悪い方じゃないと思うから、この子はまだマシな方なんだろう。
今従順に懐いている風に見えるということは、つまりそのプロの調教だか何だかで、彼個人の尊厳としての何か一つを突破してしまったということだ。
溺愛するペットを片腕に抱きながら、月山くんが気色悪い優しい声で、もう片方の手を私に向ける。

「彼女も僕のペットのようなものでね。放し飼いなのだけれど、仲良くしてあげてくれ」
「どーもー」
「――」

片手を低く挙げる私をまた覗くように一瞥し、カネキくんは少し躊躇った後、控えめにぺこりと軽く頭を下げた。
…おお。
いい子っぽい。
そうそう。私はペットの先輩だからね。
敬え、年下。
…で、私はこの子が月山くんに食べられるところを撮ればいいわけね。
…。
ん…?
あれ、でもこの子も喰種で月山くんより治癒力高いってことは…。

「ねえ、月山くん」
「何かな?」
「もしかして、"カネキくん"っていくら食べても回復するから死なないの?」
「その通りッ!」

急に熱っぽい調子で、月山くんが拳をつくり語り出す。

「堀も知っている通り、一度に大量の出血をしたり脳を損傷したり、肉体の治癒がダメージに間に合わなければ勿論我ら喰種にも死はあるとも。だがね、節度と加減を持って切り取れば、彼はいつまでもこの美肉を僕に与えてくれるというわけさ!」
「あー。…しかも美味しいんだ?」
「それはもう!!どの部位であっても僕が今まで食した中でも最高ランクだ!」
「ありゃりゃ…」
「いいかい、喰種の隻眼というだけでも都市伝説並にレアなのに、彼は半喰種なんだよ!? 彼独特の旨みの秘訣はここにあるのさ!この貴重さが子鼠には…あああ子鼠!分からないのだろうねっ!希少さに見合う素晴らしい味なんだ。君にも味わわせてあげたいものだよ!」
「やーもーそれは遠慮するけどさぁ…」
「けれど諦めてくれたまえ!彼は僕の!僕だけのものだ!!誰にも分け与えるつもりはないッ!」
「いらねーよ」
「はあ…。ご覧、この皮膚。皺が少なく甘くて薄い。ネックに、ノド…カタ、肋骨周りのリブロース、サーロイン…。ランプやモモ、スネに至るまで…彼を愉しむには時間がいくらあっても足りないよ。まだ下半身は食していなくてね。僕は暴飲暴食するような愚者とは違う。舌の感度を保つ為にも体の為にも、一度の食事はしっかり量を管理しているんだ。上から下まで、これから時間をかけて少しずつこの体を味わうのさ。ああ…今から愉しみで愉しみで…」
「おえぇ…」

部位を言いながらその場所を執拗に撫でる月山くんが気持ち悪くて、片手を胸に添えて声が出た。
けど、実際触られている本人は僅かに表情を曇らせるだけで月山くんの手を払うとかご自慢の顔をぶん殴るとかタマキンを蹴っ飛ばしてヲワらすとかそういうことはしないらしい。
少年の体をべたべた触った挙げ句、一方的に興奮状態の月山くんが彼の顎を取ってキスをする。
一応写真に撮ってあげた。
後で高く買ってくれそうだから。

「ふふ。カネキくん…。君は僕の最も愛しい宝物だよ」
「――」
「すっかり骨抜きなんだ?」
「そうとも!もう彼無しの人生なんて考えられない…!」
「じゃあ、そろそろ彼を食べる? 今日はどこを食べるの?」
「は…っ。いや、待て。しまった。カネキくんが可愛すぎて君にお茶を淹れるのを忘れていた!」
「いや、別にそこはどーでもいいんだけど…」
「そうはいかない。待っていたまえ、子鼠。君の為に作らせたケーキがあるんだ」
「あ、そう? それは食べたい」
「お茶を愉しみながら僕とカネキくんの出逢いを話してあげよう!」
「うーん…。それはいいかなぁ…」

妙なところで形式ばったな月山くんが、ベルを鳴らして叶くんを呼ぶ。
珈琲を別の部屋に用意するよう命じてから、月山くんも一度席を外す。
私と"カネキくん"二人きりになったところで、私はぐるりと改めて月山くんの寝室を見回した。
おおよそ成人男性の寝室には見えない趣味の悪い華やかさ。
ベッドに近づいていって、天蓋裏の模様を見上げたり、まとまっている厚いカーテンの紐を解いてみたりする。
ベッドで食事が始まるとして…カメラはどこから構えるのがいいかな。
あんまり色々豪華な家具が在りすぎて、気になるものがたくさんある。
けど光源が心配だな。
ライト持ってきてよかった。
でも私が持ってるやつ小さいし、この際だから月山くんに強請ってやれ。
カネキくんとお前を綺麗に撮るためだって言えば、絶対買ってくれるし。
…布団の端を捲ってみたり枕の位置を直してみたり、あれこれしている途中で、少し離れた場所から私の方をじっと見ているカネキくんと目が合った。
ひらひらと、無造作に手を振ってみる。
どう反応していいか困っているらしい彼に、口を開く。

「可哀想にね。でも仕方ないよ。君、月山くんの理想そのものだもん」
「――」
「月山くんもよく見つけてきたなあ…。まあ、気持ち悪いし変人だけど、そこそこ悪い人じゃないから。興味がある人に対してはね。上手く甘えることを覚えたら、絶対面白いと思うよ? こーんな馬鹿みたいな富豪が、君の虜とかほざいてるんだからさ。…それに君」

言いながら、カメラを構える。
レンズ越しの不安げな顔がとてもいい。

「すごーく似合ってるよ。この部屋。…ご主人様よりずっとね」

アンティーク調の部屋に覇気のない小綺麗な眼帯少年。
レンズ越しに見る彼は、とてもよく風景に融けている。
極々普通に、彼が赤く濡れて泣いて痛がるところを見たいなと思った。
私がそう思うんだから、月山くんがどれくらい彼に溺れちゃっているのかは想像しやすい。
多分溺死してしまえるレベルなんだろう。

 

 

――"猫"だな、と思った。
私が子鼠なら、彼はきっと猫なのだろう。
室内飼いで思いっきり愛玩用。
食料にもなるというのなら優秀すぎだね。
飼い主はその魔力にやられて何だかんだで猫ちゃん第一。よくある話だ。
男性同士の恋人だと、抱かれる方の呼び名も同じだし。
きっともう外には出してもらえないだろうけど、できるなら、馬鹿な飼い主を振り回すくらい自由にこの部屋で生きていって欲しい。
…なんて。
そんな無責任なことを思いながら、もう一度カメラを構えた。



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堀江ちゃんから見た月カネ。
ちえちゃん、可愛い顔して悟っているのでくせ者ですよね。
でも何だかんだ月山さん気にしてあげているという。
2015.6.20





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