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「仲、いいんだね」
「…ん?」

バーベキューの後片付け。
水道まで持ってきた網をたわしでわしゃわしゃ洗っていると、水道横で今さっきまとめて紙皿の上に集めた焦げ炭と化してる食材をゴミ袋に入れながら、海が言った。
…何の話?
唐突過ぎて、ピンと来ない。
一瞬遅れてピンと来たのは、うちの研磨と烏野のチビちゃんのことだった。
顔を上げて遠くにいる二人を捜すと、今はそれぞれ別の場所にいる…が、確かにバーベキュー中は仲良く腰を下ろして食べてた光景を見た気がする。

「そーだなー。よかったよな、研磨に他校の友達ができてさ。ちょっと意外だけど、すげーハイスピードで仲良し。しかも、クロ公認。めっずらしー! …あ、でもさ、リエーフのことうざがってるよな、研磨。チビちゃんと一緒にいるとすぐアイツも飛んでくるから」
「研磨もだけど、夜久もさ」
「へ…?俺? 誰と?」

…などと自分で口にしてから、思い至る。
きっとスガくんのことだ。

「あー、分かった。スガくんのことだろ?」
「烏野の第二セッター君。ここんところに泣き黒子の。…何か、結局名前聞くタイミング逃しちゃったけど」
「ああ、うん。そうそう、スガくん!」

自分の左の目元に人差し指を当てて言う海に、こくこくと頷く。
海も、今日は一緒にスガくんとちょっと話したもんな。
ちょーいい奴だもんな。
も、見るからに優しげで、うちにはいないタイプ。

「話めっちゃ合うんだよなー」
「バーベキュー中、ずっと話してたよね。俺も少し話したけど、穏やかな人だね。落ち着いていて、一見そうは見えないけど近くで話しているととても大人っぽい。メンバーのことよく見てて、あれこれ気を使ってたし…本当にセッター向きだなって、一発で分かる」
「あははっ、いい奴だろ? だからなんとなく俺も行っちゃうんだよな~」
「へえ」
「前の練習試合からL友でさ、頻度低いけど。滅多に会えないから、今日はすげ嬉しーんだよね。もう少し近ければ、一緒に遊んでみたいんだけどさ。宮城とか、遠すぎだろって話。遠距離遠距離」
「…」

笑いながら、焦げの残っている網に向き直る。
他愛もない会話。
…のはずなのに、何故かそこで突然会話がストップしてしまい、そこからの数秒間、沈黙だった。
わしゃわしゃと網を擦る手元のスポンジを見下ろして…そろそろ、違和感を感じ始める。
…?
あれ?
なんだ、この沈黙…。

「…よいしょ、と」

この空気をどうしようかとどきどきし始めた頃に、屈んでいた海がゴミ袋の左右を持って立ち上がった。
空気が緩んで、ほっとする。
…なんだ、気のせいか。
海が右手に持っていたトングを、そのまま俺に差し出した。

「これも、洗ってもらっていい?」
「おう。任せろー」

勿論いい。
袖捲りし、泡の付いた手でそれを受け取……ろうと思ったら、トングが海の手から抜けなかった。
疑問に思って、顔を上げる。
悪戯かい。珍しい。
ところが、上げた視界でにっこり、海が笑ってた。
妙なタイミングに思えた。
…??

「…3年5組、夜久衛輔さん」
「…、ハイ」

突然のフルネーム呼び。
しかも学年クラスまで。
何となく、呆けた感じで畏まった返事が口から零れた。

「今年は、部活の他に受験もあります。どちらも手を抜くわけにはいきません。とても忙しい一年です。それを見越しての提案なのですが…」

笑顔だった海が、少し目元を崩して微笑に変わる。

「良かったら、俺とお付き合いしませんか?」
「…」
「お互い、いい意味で励みになれたらなって、思うんだけど」

――。
間。
……。
…………で。

「……ッ!!?」

一瞬で頭に血が上って、真っ白になる。
足下がぐらついて、でも足より先に、気付けば思いっきりトング越しに繋いでいた手を、払うように振っていた。

――ガシャァン…!!

…と、俺が思いっきり手を振ったから、盛大にトングは飛んで地面に落ちた。
その音で、一斉に近くにいた何人かがこっちを向く。

「オイ。何やってんだ」

離れていたクロが、音源が俺だと気付いてこっちに歩いてくる。
え、いや…ど……。
…え、何?
どうすればいいんだコレ!?
だめだヤバイ、頭がパニック…!
近づいてくるクロがめちゃ怖ぇ!

「い、いや…!悪い!落と、トン…」
「ああ…大丈夫。悪いね、クロ。俺が急に声をかけたから、夜久がびっくりし過ぎただけ」

苦笑しながら、隣で海が難無くそう告げる。
ついでに、ぴっと片手をクロの方へ軽く出して、何気なく制していた。
無意識コントロールってやつなのか、クロがその場でぴたりと足を止め、肩を竦めた。

「何だよ…。気を付けろよな」
「ごめん」
「わ、悪い…!」

クロが背を向けて去っていくのを、呆然と見送る。
その間に、海が飛んでったトングを拾い上げると、戻ってきた。
水道の端に、そっと砂利で汚れたそれを置く。

「ここ、置いておくね。宜しく。…返事は、いつでもいいから」
「…」

それだけ言って、ゴミ袋の口を縛ると何でもない感じで袋を集めている場所へ向かっていく。
振り返らない背中をこれまた見送って、うるさい心臓を抑え込んだ。
のろのろと蛇口を捻り、トングについた砂利を洗い流す。
水が冷たい。

「…」

…こんなことって、あるんだろうか。
俺たちは、クロと研磨じゃない。
幼馴染みでも何でもない。
相手を完全に理解しているとも言い難い。
普通有り得ないだろ。
でも、海が冗談を言うようなタイプじゃないことも、分かっている。
だからこれは…。

「夜久」
「わあっ!?」
「…!」

(俺にしてみれば)突然声を掛けられ、飛び上がって振り返ると、びっくりした顔の研磨が立っていた。
お互い、どきどきしながら微妙に距離を空ける。

「な、何…!?」
「エ、ん…。網、あっちで集めるって…」
「え? あ、そ、そう? …ああっ、てかごめん!ごめんな研磨っ。今超ビビッたよな!」
「…ていうか夜久、顔すごく赤いけど。…熱中症?」
「いや…。熱中症っていうか…」
「…。クロー」

間髪入れず、研磨がクロを呼ぶ。
大して声も大きくないはずなのに、研磨の声ってだけでかなり距離あるくせにクロが振り返る。
…ああ、せっかくクロの奴遠くに行っていたのに。

「どうした?」
「夜久が顔赤い」
「あ? …ああ、マジだ。どうした、お前」
「…!」

無造作に俺の額に手を添えてくるクロにびくっとして、両肩を上げ首を縮める。
ああもう…。
こいつらのこのナチュラルスキンシップ何とかしろ…。

「熱はなさげだけど…。今日とか暑ィからな。一応お前日陰で休んどけ。片付けとかいいから。…おーい、海ー」

そしてそこで海を呼ぶか…。
くらっとした。
実際倒れそうになって、慌てて研磨が背中から俺を支える。
そんなことをしている間に、海が来る。

「どうかした?」
「夜久、調子悪いみてーだから、日陰んとこで休ませとけ。ここは俺らがやっとくわ」
「分かった。…大丈夫? 今日暑かったしね」
「…」

やんわり俺の手を取って、海が歩き出す。
…。
いや…お前…。
何だそのフツーな態度…。
冷や汗が首の後ろを流れる。
パニクりすぎて、もう何も分からない…。
クロたちに礼を言うのも忘れて、ふらふらと海に連れられて日陰に向かう。

宜しくお願いします




前を歩く冷静すぎる背中を、複雑な心境でちらりと見つめる。
…こいつと比べると、俺ってすごく幼稚なのかも。
いまさっきの一言は幻聴?
…なんて、そんなわけねーし。
けど、告られたからには返さなきゃならない。
俺だって男だし。
ノーにしても、イエスにしても。
…というかぶっちゃけ、有り得ないと思っていたからリアル想像はしてなかったけど、答えはもう決まってる。

「…」

赤い顔のまま、俯いて歩く。
日陰に入って、二人になったら…。
……。
言えるか? 俺…。

それでも、一歩一歩足は進む。
覚悟の場所まで、もう少し。



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海夜久。
夜久さん絶対可愛い人だよ。
リエ夜久も気になっています。
2014.10.8





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