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「…つーか、研磨はよー」

小学生の頃。
土手に座って最近クラスで流行っているカードゲームの話をしていたのに、唐突にクロは話題を変えた。
声がそれまでと違って、少し落ち着いていた。
すぐに声の変化に気付いて隣に座って自分の膝に頬杖着いているクロを見上げると、クロは何もない真正面をただ見ていた。
だから、きっと真面目な話だと思った。
…クロが真面目な話をする時は、いつも、全然関係ないような、何気ないような話しぶりをする。
相手を言い負かそうとか、丸め込もうとか、絶対言うこと聞いて欲しいとか、そういう時は、よくできるなーってくらい真っ直ぐ人のこと凝視するけど、そういうんじゃない真面目な話は、いつもこんな感じの時だ。
何を言われるんだろう。
緊張する。
上手く答えられるかな。
もし意見が違ったらどうしよう。頷いておいた方がいいのだろうか。
けど、クロに嘘を吐くのは嫌だな…。
瞬時に色々な考えが頭を巡るけど、聞かれたのは拍子抜けするくらい簡単なことだった。

「研磨はさ、運動、嫌いじゃん?」
「え? …あ、うん……」

こくりと頷く。
運動は、好きじゃない。
頷きながら、抱えるように両手を添えている膝と自分の腹との間に埋まっているバレーボールを見た。
これを持っていながらこんなことを言ったって、あんまり説得力無いかもしれないけど…。

「何でやってんの?」
「え…?」
「バレー。何だかんだで、俺に付き合って毎日やってたりするだろ?」
「…」
「俺、中学行ったらバレー部入ろうと思ってんだけどさ」
「……うん」

もう一度頷いておく。
クロは相変わらず前を見ていた。
夕方の空に、飛行機雲が右から左へ一本線を書いていく。
クロが、バレー部に入るだろうなということは、予想が付いていた。

「…で、だ。お前、どうする?」
「え…?」
「んー、なんか。中学行ったらどーする気なんかなーと思って」
「……」

おれは膝を抱え直した。
ボールが邪魔で、いつもみたいに上手く丸くはなれない。
クロは、手を置いていた場所の草を千切って、前に投げた。
…。
誘ってくれないのかな…?
おれも、そろそろどうしようかなと思ってた。それ。

「部活始まると、たぶん土日とか完全にそっちになるんだよな。一年間はしゃーねーといても、その後もお前が入らないなら、一緒にいる時間とか、とーぜん減るじゃん?」
「…うん」
「でもお前、運動嫌いっつーし。どーすんのかなと思って」
「…。うん…」
「…」
「…あの……て言うか、クロ」

クロが待ってる気がして、おれはクロの方を向いた。
折っていた両足を伸ばして、ボールを両手で持って膝に置く。
ちら…と、微妙そうにクロがおれを見た。
…ああ、何だ。
やっぱり、クロも待ってるんだなと思った。
きっと今回は、おれの方が先に言った方がいいんだろうな。
その方が、クロ言いやすいかも。
だから――、

「…、誘ってくれないの?」
「…あ?」

言ってみた。
きょとんと、クロがおれを見る。
細い目が、少し開いている。驚いているっぽい。
おれも彼を見る。

「あの、おれ…。クロが、誘ってくれるの…待ってるとこ……なんだけど」
「…」
「…」

数秒、沈黙。
…。
ガン見…。
クロが相手でもさすがに視線に耐えられなくなって、さっと反らした。
…もしかして、違ったかもしれない。
クロがおれを誘おうかどうか迷ってるとか、そういうのじゃなかったかもしれない。
ちょっと慌てる。
ボールを見つめた。

「あ、でも…。邪魔になっちゃうとか、そういう感じなら、おれやめるから…。中学行って、忙しくなって、他の友達とかできて…。時々、休みの日に遊んでくれれば、それでいいし。おれ――」
「バカか!」

ばこ、と頭が揺れた。
勿論、クロが叩いた。
…喋っている途中だったから、舌噛まなくて良かった。
叩かれた場所を押さえながら振り返ると、クロはふんぞり返っていた。
さっきまで自信無さそうだったくせに…。

「テメェな、舐めんなよ? そんなワケあるか。お前と一緒にバレーやりたいに決まってんだろ!」
「そ、そう…なんだ……」
「おうよ。お前が上げてるボールどんだけ打ってると思ってんだよ。今だってお前のが一番打ちやすい。…でもお前がなァ、運動嫌いとか言うから。本当は嫌なんじゃねーかとか、寛容なこの俺はお前のこと気ぃつかってやってんだよ。分かるだろ、そこ」
「う、うん…」

こくこく頷く。
たぶんそうだと思った。
一生懸命頷くおれを半眼で睨んでから、クロは、はー…と大きな溜息を吐いた。

「…んじゃまあ、確認だけどな?」
「うん…」
「お前、まだ運動嫌いなんだよな?」
「うん…。あんまり、運動神経も良くないし…」
「でも、バレー部入ってもいーとか考えてんの?」
「…うん」
「…。何それ。何で?」
「え? 何で?」
「いや、こっちが質問してんだろ」
「…? だって――」

何でって聞く方がおかしいと思う。
クロはバレーが好きみたいだけど、おれは別に好きでも嫌いでもない。
そんなの、前からずっと言ってある。
それでもやる理由は一つだ。
それも前から言ってある…と、思う。
疑問符浮かべて瞬いて、軽く首を捻ってクロを見る。
嫌いな運動の一つであるバレーボールで遊んでるのも、外に出るのも、学校行くのも、こうして学校終わってから、土手で二人で遊ぶのも、全部――…。

「おれ、今もクロとあんまり離れるのとか、やだし…。その、できれば一緒に、ずっといたいし……」
「…」
「…――。…あの……って、感じだけど…。中学とか部活とかは…今までの理由じゃ、なんかダメなの?」

 

 

 

うかうかしていたら日が沈んでしまった。
母さんに怒られる。
一気に帰りにくくなった…。

「つーかお前さァー…」

前を歩くクロが、前を向きながら面倒臭そうに言う。
脇にボールを抱えて。

「ホント面倒臭ぇな。バレーは大して好きでもねーとか言っててマジ部活入る気?」
「うん…」
「まあ好き嫌いは個人の勝手だし、どーしよーもねーけど…。お前上手い方だし、俺はいいと思うんだよな。…でも三年間だぞ、三年間。着いてこれんのかよ」
「…がんばる」
「棒読みだっつーの」
「がんばる」
「いや、変わんねーよ」

烏が鳴いていた。
猫が道の前を横切って、反対側の塀の上に器用に登った。
三毛猫だった。
つい目で猫を追ったけど、ぐんっと繋いだ手を引っ張られて視線を外される。
転びそうになって、慌てて前を行くクロの背中を見た。
今ではあまり繋ぐことはなくなったけど、前は結構繋いでた。
自分を引っ張る手は、いつでも強くて熱くて、おれの手をすっぽり包むくらい広い。
だからおれは、クロと手を繋ぐのが好きだった。
母さんには、クロが口添えしてくれた。
だからおれは、あんまり怒られなかった。
いつも凄いな、と思う。
クロの傍にいると安心する。

Good thing


中学に入り、クロはやっぱりバレー部に入った。
クロと離れた一年は長かった。
やっぱり部活で忙しくなって、やっぱり土日殆ど会えなかったけど…。
土日部活が終わってからとか、それまでみたいに遊んでくれた。
一緒にいる時間はぐっと減ったけど、その分一緒にいる時間はすごく楽しかった。

一年後、おれもクロに誘われて、バレー部に入った。
クロは友達をつくるのが上手だから、当然のように輪の中心にいた。
リーダー気質のクロがそれまで通りおれのことを相手してくれるから、周りの奴らもおれのことをそれなりに相手にしてくれる。
中学は、ちょっと楽しかった。
相変わらずバレー自体は別にどうでもいいけど、小学の頃よりクロと一緒にいる時間は増えた。
部活が違っていたらと思うと、今でもぞっとする。
クロがいなかったら、おれはきっと、本当に世界に一人みたいだったろうなと思う。
ヘタをしたら、たぶん死んでいたかなとかも思う。
リスカとか、クスリとか、不登校とか。
よく聞くような、あんな感じ。
中二になって、クロが第一志望の高校をだいたい決めた。
まだ一年だったけど、おれも何となくそれに便乗することを決めた。
バレーがそこそこ強い高校らしい。
クロが好きそうだ。
名前は忘れた。
何か猫っぽかった気がする…。

「…。つーか、お前なァー」

チャリにニケツして、ペダルを漕ぐクロの肩に手を置いてぼーっとしてると、クロがぼやくように言った。
風の音が大きかったけど、何とか聞こえた。

「…なに?」
「あんま俺に寄っかかってっとなー…。喰うぞ。そのうち」
「え…」

ぎくっとした。
クロはおれの方を振り返って言わなかった。
いつも冗談言う時みたいに、こっちを見なかった。
独特の、気のない喋り方。
だからきっと、これも真面目な話だと思った。
ちょっとひやっとして、クロの寝癖頭からさっと目を反らす。
落ちたら嫌だから、目を反らした分、クロの肩に添えている指に込めている力を、少し増やす。

「う、うーん…。どうだろう…。たぶん、まずいと思うけど……」

人肉って、そういえば食べられるとか聞いたことある。
でも、美味しくないはず。
ちょっと人肉食べてみたいとか、そんな感じなのかな。
もうちょっとレベル下げて欲しい。
せめてワニ肉とか、カンガルー肉とか、犬肉とか。
そういう合法的なところから始めたらいいんじゃないかな。
きっと世の中には、まだ食べたことない種類の肉が、たくさんあると思うし…。
どきどきしていると、ペダルを漕ぐ足を緩めもせず、クロが意地悪く笑う声がした。

「ヘーキ。旨くしてから喰うから」
「え…」
「悪ィけど、すんげーグルメだから、俺。…あーもーマジめっちゃ煮詰めて柔らかくして俺好みに味付けしてから喰うわー」
「え…。やだけど…」
「骨の髄までしゃぶってやるよ。はははっ!」
「…」

笑いながら、チャリは速度を速める。
風が気持ちよくて、思わず目を細める、けど…。
最後まで、クロはおれの方を振り返らなかった。
おかげで、家に帰ってからもちょっとどきどきが続いてて、クロに会うのが少しだけ怖かった時もあった。
…何か、そう言われれば中学に入って、時々クロの目が何だかいつもと違う時もあったし。
でも結局、クロに会わないと朝が来ないのと一緒みたいな感じで、だから次の朝も一緒に朝練に行った。
けどいつか、我慢できなくて、おれは殺されて喰われるかもしれない。
クロ、頭いいから、たぶん完全犯罪とかできるんじゃないかな。
そういうの上手そうだし。
殺されるくらいだったら、小指一本とか、先にあげた方がお互いいいかもしれない。
クロも、おれ全部なんて食べられないと思うし。
せめてまずは味見にして欲しい。
だって絶対マズイと思うし。
…なんてことを、時々思い出しては、微妙に離れた場所からクロの様子を窺っていたりすることもあって、そんな感じで中学の時は、ちょっと不安に思いながら過ごしていた。

 

 

 

だからおれが高校に入ってすぐ、初めてクロがキスした時、"ああ、喰うってこういう意味か…"と思った。
気が抜けた。
全然予想と違った。
大きくなってからはあんまり手繋いだりとか髪ぐしゃぐしゃされたりとかなかったけど、その時はキスと一緒に、久し振りに髪をぐしゃぐしゃされて、久し振りに手に触った。
体温の高い、大きな掌で髪とか首とか撫でられると気持ち良くて、何もかもどーでもよくなって、眠りたくなる。
…。
…本当に食べるんじゃなかった。
本当に、食べられなくてよかったと思って…。

――だから全然、嫌じゃなかった。



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黒研です!宜しくお願いします!
人気投票で研磨君より上位に黒さんがいて吃驚した。
勿論格好いいけど、研磨君の方が人気は上だと思ってた。
2014.5.25





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