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年末に近づき、段々寒くなってきた。
朝練にゃ辛い季節だし、寒さに負けて研磨が俺の片腕にくっついたまま半寝で登校し、その途中で夜久に見つかると「ハイそこっ、離れる!」とか言ってべりっとひっぺかされるのも、逆に寒さに震えるリエーフと会って研磨を見つけハグしに突っ込んでくるのをアイアンクローで寸止めしたり、そういうのが見慣れる季節だ。
…そこいくと山本とか福永とかは普通なんだよな。
自分がしてたネックウォーマー研磨にかぶせてやったり、ホッカイロやったりとかその程度だ。
とはいえ、基本的に"冬よりも夏がいい!"奴が揃っている俺らのメンツは、寒くなるとなんとなくまとまりがよくなる。
特に研磨は顕著だ。
暑いからと距離を取ろうとする夏とは正反対。
故に――。

「…寒い」
「あー…。なー」

休日といえども、予定がなければやたらめったら俺にくっついてくる。
…つーわけで俺は、冬は割と嫌いじゃない。


冬は嫌いじゃない




部活が終わって帰宅を済ませた休日。
外はもうすっかり寒くて、コートにネクマ、手袋必須になっている。
帰ってきて温かい部屋でメシ食って、やっぱり流れで一緒に午後を過ごすのはもう殆ど日常習慣だが、いつもならすぐさま携帯かゲームを始める研磨が、ここ最近は随分な甘えようだ。
程々に満腹になった腹を落ち着かせようと、部屋のベッドで仰向けになり、一応参考書なんぞ開いて読んでみる俺の腹の上に右の頬を乗せ、べったりと研磨が目を伏せて添い寝をしている。
部屋は勿論暖房ついてて暖かいが、研磨が張り付いてる部分は特別暖かい。
食後の一休みのつもりが、放っておくとマジで寝始めかねない雰囲気だ。
真夏とのこの差。
「あんまり近づくと暑いよ…」とか、真顔でしかも本気で言うようなあの季節の研磨と比べると雲泥の差だ。
冬の研磨は抜群に可愛い。
…いや。その素っ気ない夏があるからこそなのかもしれねえが。

「ゲームやれよ、ゲーム」

いつもは言わないようなそんな言葉を投げてみる。
案の定、面倒臭そうな小さな呻き声が腹の上で起こった。

「うーん…。めんどうくさい…」

もぞもぞと人の腹の上で身動ぎし、パーカーの袖から少し覗かせている両手も、ぽて…と人の腹の上に置く。
その仕草に、何となく片腕を伸ばして後ろ頭を抱くように髪の中へ指を通して撫でてやる。
安心しきって俺に委ねてるその顔がすげえ好き。
微妙に痛んでる髪を撫で梳きながら、敢えてぶっきらぼうに口を開いた。

「寝るんならせめて人の腹に乗って寝るなよな。俺が起きらんねーだろ」
「だって、クロあったかいんだもん」
「んなことばっか言ってっと襲うぞ」
「いいよ。別に」

でも寒いから上は脱がないよ…なんてさらりと返されると、ただの冗談のはずが一瞬ぞくり血圧が上がりそうになる。
こんなことで一々欲情してたらやってらんねえことは分かっているが、誘われれば襲いたくなるのが男ってもんだろう。
天井との間に開いて読んでいた参考書に赤シートを挟み、ぱたんと本を閉じる。
髪を撫でていた片手で、研磨の肩を抱きながら上半身を起こした。
俺が起きたんで、研磨も伏せていた目をぼんやり開いて俺を見上げる。

「おし…。じゃーやるか」
「いいけど…。上は脱がないからね」
「ふははは。熱くて着てらんねーようにしてやる」

折れそうな腕を引っ張って胡座をかいた膝の上に乗せていると、ベッドの上に放り出されていた研磨の携帯が不意に鳴った。
何の飾り気もない初期設定のコール音。
その音がメール着信であることは知ってるが、LINEの音とはまた違うんで少し意外に思った。
今時、メールなんて珍しい。
俺はまだガラケーなんで逆にめんどくてコイツとのやりとりはメールだが、逆に言えば山本だとか他の連中とのやりとりは全てLINEのはずだ。
音に気付いた研磨が携帯に片腕を伸ばしたが、その肩を後ろから抱き締めてホールドする。
伸ばした腕は届かず、諦めるかと思ったが今度は足を伸ばして布団の上の携帯を引き寄せると、改めて腕を伸ばして取りやがった。
…タイミング悪ぃ奴がいるもんだ。
研磨をホールドしたまま、その手元の携帯を肩越し…つーか頭の上越しに覗き込む。

「…誰だ?」
「翔陽だよ」

聞いておいて何だが、スマホのディスプレイに「翔陽」の文字が既に表示されていた。
メールボックスの受信トレイに、その二文字がはっきりと出ている。
…チビちゃんか。
まあいいだろう。
タイミング悪ぃが。
そのまま、研磨が読んでる最中、俺も何となくメール本文も見とく。
内容はありがちで、"最近寒いね"とか"雪めっちゃ降ってる"とかいう雑談だった。

「ほー。仙台は雪ですかー。流石北国」
「おれ、雪きらい」
「つーかお前、チビちゃんとそーゆー雑談もしてんのな」

俺が言うと、研磨はちらりと腕の中で俺を振り返った。

「…雑談以外になにかある?」
「バレーのことオンリーかと思ってた。チビちゃんの頭ん中、九割方バレーだろ?」

研磨にちょっかいかけてくる相手でチビちゃんを許可してやってんのは、その辺りが大きい。
悪意無し。
人畜無害。
妙な感情とか挟む気は更々なさそうで、そんでバレーには全力で前向き努力型才能アリ差別ナシ。
俺の中のチビちゃんへの評価はなかなか上等だ。
合宿中も、チビちゃんと一緒にいるのを結構見かけるが、その点に何の心配もしていない。
だが、チビちゃんと極々普通に話してるのを見て、"へー。お前そんなフツーに他の奴とも話せんのな"と思わなかったわけでもない。
早速返信をしている研磨を、後ろからぎゅっと抱き締めて頭の上に顎を乗せる。

「お前よく懐いたよなー、チビちゃんに。一緒にいて楽しいか?」
「え…。…うん。まあ…」

一瞬詰まりながら、ぼそぼそと研磨が答える。
小声なのは照れているからだろう。
最初、研磨が迷子になって捜しに出た時、一緒にいるチビちゃんのこと見てどこの馬の骨が研磨にちょっかいかけてやがんだと思って軽くガンつけちまったが…まあまあ。今となってはいい想い出ってやつだ。
俺にとってもチビちゃんは可愛いしな。
チビちゃんとだったら、チビちゃん含め3Pしてもいい。
気心知れるトモダチってやつが珍しく他校にできたせいか、そのことでちょいちょい照れるらしい研磨をからかおうと、抱き締めてる腕を伸ばして内側から太股擽りながらにやにやと聞いてみる。

「チビちゃんのどこが好きだ?」
「え…?」
「チビちゃんの好きなとこ。割合でかい理由をひとつあげよ」
「…うーん」

文字入力する手を止めて、研磨が一瞬考える。
上下関係気にしないとこなのか、話しかけてくれるとこなのか、バレーが好きなとこなの……って、そりゃねえか。
研磨自身は、今尚特にバレーが好きな訳じゃねえ。
…俺が研磨を迎えに行った時にはもうある程度会話ができるくらいにチビちゃんと仲良かったからな。
第一印象で研磨に警戒心を抱かせなかったっつー話なんだろうが、その理由が何なのかは俺的にも興味深い。
暫く考えて、再びメールの返信を始めながら研磨が理由を見つけてくる。

「えっと…。クロと似てるとこ?」
「…あ?」
「翔陽、クロと似てるから」

思わず腕を緩めた。
こっちを気にせず携帯を見下ろす研磨の後ろ姿を、瞬いて見下ろす。

「…俺とチビちゃん? どこが?」
「え…。バレー大好きなとことか、翔陽から話しかけてくれるとことか、学年の上下とか気にしないでくれるとことか…髪の毛ちくちくしてるとことか。携帯、まだガラケーのとことか、ごはんいっぱい食べるとことか…。翔陽、小学生の頃のクロみたいだから。…あと、匂いがクロと似てるよ。日陽の匂い」
「…」

研磨を緩く抱き締めたまま、黙って聞いとく。
弄っていた携帯画面に「送信しました」が表示されたところで――。

「わっ…!」

がばっと抱いてた研磨を横にしながら自分もベッドに倒れ込んだ。
高校男児二人分の体重をかけて倒れ困れ、安物ベッドがギシッ…!と悲鳴をあげる。
…研磨にすれば唐突だったのだろう。
目を見開いてぱちくりしているその顔を胸に押しつけ、にまにまとにやける顔を隠さず浮いてくる声のまま尋ねる。

「こーゆー匂い?」
「…」

横たわった俺の腕の中から、真上を見上げるようにして研磨が俺を上目で見上げる。
さぞかし俺の上機嫌の顔が観察できたろう。
まだ自分が言ったことがどんな爆弾なのかよく分かってないらしく、不思議そうな顔で、けどセックス前の少し気怠げで甘えたがりの顔で、ごろごろと喉を鳴らし俺に擦り寄ってくる。

「うん。似てる」
「そーかそーか。それじゃ仕方ねーなー…。全面的に許す!」
「なにが?」
「お前がチビちゃんに懐くのが。チビちゃんのこと好きなんだろ?」
「…クロも好きだよ」

俺としては有頂天なのだが嫌味に聞こえたのか、急に心配そうな声色で研磨がフォローに入る。
面白くて吹き出した。
無防備に伸びている研磨の足を、寝転がったまま両脚で挟んで絡める。
抱き心地最高のフィットサイズ。
どうしようもない離れがたさに笑えてくる。
顔の距離が近くなり、自然とキスをした。
舌が熱くて気持ちいい。

「あったかいか?」
「うん。…冬はいっぱいやってもいいよ」
「夏場にとっといて欲しいもんだわ、その台詞」
「夏はやだよ。暑いから」

くつくつ笑いながらもう一度キスをして、片腕で腰を抱き寄せた。
…ほんと冬は嫌いじゃない。



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冬の研磨くんは可愛いはず。
猫玉が見られる季節ですからね。
朝庭に出ると、毎日猫が車のフロントに乗っていて人の顔見るなり逃げていきます。
2015.12.10





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