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ふ…と意識が浮いて、布団の中で身動ぎした。
目を開けるのが億劫だけど、手探りでスマホを探して電源を押す。
遅れて目を開けると、液晶の明かりが目に痛い。
顔を顰めてもう一度目を瞑り、ゆっくり開けると午後の二時半ちょっと過ぎ。
…今日はお休み。
部活も休み。特に予定はない。
さっきお昼食べてちょっとゲームしたけど、眠いから昼寝をすることにした。
冬、きらい。
寒い。
洞穴暮らし止めて家を建てて、布団とか暖房発明したの、すごいと思う。

「…」

携帯は捨てる。
…三時になったら起きよう。
それから、冷蔵庫にあるアップルパイを食べる。
昨日かあさんが買ってきた、吉祥寺のお店のやつ。
昨日の夜にも食べたけど、一個あまってたのは忘れてない。
今日のおやつにする。

もぞ…と動いて更に丸くなって目を伏せた。
浅く息を吸うと、そのまますぐにまた眠れた。


甘いキスと春のやくそく




ちゅ――…って。
不意に慣れた感覚が口に触れる。
違和感を感じながら吸った息に匂いがのってきたから、相手が誰で何してるかとか、目を開けなくても分かる。
けど、今はちょっと鬱陶しい。
寝てるから。
寝てる時にいじられるのきらい。
それとなく顔を背けると、手の甲みたいなのがするりと首のところを撫でる。
…うん。
それは気持ちいいからいいけど。

「おーい。研磨起きろー」
「…ん~」
「お前人が遊びに来てやってんだから起きろよ。…つか一時間前からいたかんね俺、下に。おばさんとっくに出かけたぞ?」
「んー…。しってる…」
「そろそろ構えよ」

ずし…と身体に重みがかかる。
布団越しの中和された重みであっても重い。
ますます目を瞑って身体を横向きにして眉を寄せる…けど、ぐわしと顎を掴まれて、顔をあげられる。
また勝手にキスする…。
しかも、さっきと違ってちゃんと角度つけてる。
口開けろ…って、舌先を唇のとじ目に押しつけられてなぞられるから、仕方なく少しだけ開ける。
キスするから、したら今は離れてほしい。
重い。

「ん…」
「…」

舌が入ってきて絡みつく…けど。
いつもと違う味のキスにぴくりと身を捩る。
ゆっくり目を開けると、すぐ鼻先にクロがいた。

「お。起きた?」
「…。…おいしい」
「あ?」

おれの第一声に、クロのにやにや顔が少し曇る。
布団の中で丸くなったまま、少し目を擦る。
キスがおいしい。
甘い。
歯磨きとかしなければ、キスすると結構相手が最後に食べたもの分かる。
今のキスだって、すごくよく知った味だ…ていうか――。

「…クロどいて」
「何で」
「下行く」
「何。急にどした?」

上半身を起こそうとすると、クロが上から退いてくれた。
ベッド横に立つクロを無視して立ち上がると、そのまま部屋を出て階段を降りる。
後ろからクロの足音が付いてきた。
一階に降りて、まっすぐキッチンへ。
冷蔵庫の前に立って、中を覗く。
…。
うん…。
やっぱりない。
おれのアップルパイ…。

「腹減ったのか? メシ食ってから寝たんだろ?」

おれの後を着いてきたクロが、母さんの趣味が多分に反映されている食器棚に片腕をかけて、近くにあったシリアルの袋を取ると箱を開けながら不思議そうに首を傾げる。
パタン…と冷蔵庫の扉を閉めて、ため息を吐いた。

「おひるは食べたよ。…起きたらおやつ食べようと思ってた」
「何かいいのあんの?」
「アップルパイがあったよ。過去形だけど」
「あ?」

そこで気付いたらしいクロが、手に持っている袋を開けるのを止める。
数秒沈黙で、それから露骨にクロがごほんと咳をした。

「あー…悪ィ。ソレ食ったかも。おばさんが出してくれたんでフツーに」
「うん。匂いと味したから知ってる。確かめただけ」
「…」
「おいしかった?」
「ま、うまかったな」
「そう…」

片手を冷蔵庫に添えたまま、もう一度溜息を吐いておく。
おれのアップルパイ…。
吉祥寺のやつ。
小さな円形のパイで、温めてから上にアイス乗せて食べるのがすき。
すごく楽しみにしてた…。

「…」
「…」
「……」
「…買って来いって空気?」

棚に片腕かけたまま、クロが微妙な顔で尋ねる。
…別に買ってこいまでは思ってないから、首を振る。

「別に。クロ悪くないし、吉祥寺ちょっと距離あるし。勧めたのは母さんで、最後に一個残ってたのは誰のものかっていうのは決めてなくて、おれが勝手に楽しみにしてただけ。…ちょっと残念だけど」
「あっそ。スマンね。んじゃ、お詫びにココアでも淹れてやるよ。鍋でつくるやつ」

手に持っていたシリアルの袋は、結局開けずに箱ごと棚に戻す。
そのまま食器棚を開けておれのマグを出そうとしているクロに、冷蔵庫から手を離して近づく。
服に指をかけると、クロがおれを振り返った。

「何?」
「ん」

振り返ったクロに、顎を上げて口を開く。
すぐに背を屈めたクロがキスしてくれた。
ふわ…と口内にアップルパイの香りが広がる。
…おれのおやつ。
ぺろ…とクロの歯の裏を舐めると、まだ甘さと香りが残ってて、おれの好きな味。
おれがクロの口の中を舐めてる間、クロは何もせずじっとしてた。
あ、と口を開けて唇を合わせたまま、目を伏せて大人しくしてる。
数秒で満足して口を離す。
つ…と一本白い糸が延びて、自然に切れるよりも早く指先で切った。
唾液の糸、すきじゃない。
蜘蛛の糸みたいで気になる。
…舌を少し出したまま、指先を払うように振っていたおれを、クロが呆れた顔で見下ろした。
何か半眼だし。

「…満足か?」
「うん。あきらめる。ココアでいい」
「そうしてくれ」

ぽん…とおれの頭を叩いて、クロがココアの袋を出す。
冷蔵庫で見つけた板チョコを適当に切って、コンロの方に歩いていって下の棚からソースとかチャイとか作る時用の小鍋を取り出すと、片腕伸ばして反対側の冷蔵庫を開けて、牛乳を注ぐ。
弱火の火にかけたところで、何となくその背中に張り付いた。
クロの背中から、覗き込むようにコンロの火を見る。
赤い火よりも青い火の方が好きだから、コンロの火はきらいじゃない。

「上に生クリームとナッツのせて」
「あー? ナッツはそこにあんの知ってっけど…。あんのかよ、生クリーム」
「たぶん。先週、母さんが思い立ってシュークリーム作ってた。失敗してたけど。…余ってるとしたら、そろそろ賞味期限だと思う」
「へー。…んじゃ、豪華にすっか」

袖を折り上げながらクロが言う。
ゆっくり温める牛乳の中にココアの粉を入れて、それだけじゃなくてチョコレートを刻んだやつも入れた。
バニラビーンズを少し削って入れて、お湯であたためてたカップに注いで、生クリームを上に乗せて最後にナッツを散らせて…。

 

 

「…おいしい」

リビングのソファ。
両足ソファにあげて踵を引き寄せたまま、あったかくて甘いココアを飲む。
ゆっくりね。
じゃないと舌、やけどするから。熱いの苦手。
…それにしても、ココア、お店で出すやつみたいにできた。
おいしい。
まだちょっと寝惚け気味のぼんやりした頭の中のまま、両手でカップを持って目を瞑りながら、喉を通っていくココアを感じる。
隣に座って、さっきまで見ていたらしいずーっと昔の企業バレーの試合の続きを再生してから、クロがまたおれの首を横から撫でる。

「クロは飲まないの?」
「あんまドギツく甘いのはいんねー」
「ふーん…」
「お前が飲み終わったら分けてくれりゃいいわ。味見程度で」
「いいよ」

煙をふーと吹きながら、あっさり応える。
クロはキスがすきだ。
おれもきらいじゃないからいい。
二人しかいないタイミングを計ってしなきゃいけないのとか、前にやってた秘密の合い言葉の延長線みたいな感じで。
しばらくは、テレビから流れる試合の音だけが響いていた。
ふと思って、その映像を見詰めながらぽつりと呟く。

「…アップルパイとココアって、普通一緒に食べないよね」
「おー。甘党でもない限りはな。なかなかハードだろそれ」

クロが応える。
…だよね。
小さく頷いて、目の前のココアを見下ろす。

「お互い食べてキスすると、気分的に特…かも」
「…」
「…え?」

ソファにもたれていたクロがのそりと背を浮かせ、無言のままおれの手からカップを取り上げる。
あまりに自然な動作だから、為す術もなく取り上げられたカップを見送り、テーブルの上にそれが置かれたところまで見て――。

「…! わ…」

おれの身体を掴まえて、がぶっ…!とクロが吸血鬼みたいに首のところに勢いよくキスしてきてビックリした。
急に抱きつくのびっくりするから止めてほしい。
けど、頭の後ろ押さえられていつもより深くするキスは甘くておいしかった。
…うん。
やっぱり、特な気がする。
じゃあ、今度クレープとかでどっち食べるか迷った時とか、片方クロに食べてもらおう。
そうしたら、おれ両方味見できるし。
…大体口の中を舐め終わって顔を離す。
クロは上手だから糸作らない。
わざとでもない限り。

「…甘」

口を抑えて、ぐったりクロが呻いた。
どうやらクロには甘過ぎるらしい。
あんまり露骨に甘いものは好きじゃないのは知ってる。

「おいしいじゃん」
「胃がもたれそー。パイのが好きだわ、俺」
「おれだってそうだよ」
「…」

クロがソファにかけた片腕の内側に収まりながら改めてテーブルのカップを手に取っていると、俺の横でクロはちらりと時計を見た。

「…。買い行くか?」
「吉祥寺?」
「そこのなんだろ?」
「…うーん」

カップで両手を暖めながら考える。
外は寒い。風冷たい。
もう午後だし、ほんと寒い。
…パイ食べたいけど。
楽しみにしてたんだけど。
…。

「…いい」
「いいの?」
「いいの」

言いながら、クロの横に寄りかかる。
…いい。
せっかくあったかいんだから、寒いところ行きたくない。
家の中でくっついてごろごろしてるのが一番すき。
腕をソファの背にかけたまま、クロがおれの耳の後ろを擽る。
気持ち良くてうとうとしてくる。

「あったかくなったら行こうぜ。店教えとけ」
「いいよ。…ていうか、行ったことあるよ、クロ」
「あったか?」
「あった」
「記憶にございません」
「行けば思い出すよ」

下らないやりとりをしながら、一口ココアを飲む。
…アップルパイ食べられたの残念だけど、冬はクロの隣すき。
あったかいから、クロいないと困る。

春になったら、クロとアップルパイ食べに行こう…。
しっかり頭の中のやることリストに書き込んでから、改めて目の前のココアに息を吹きかけた。



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たまには露骨に甘甘をと思いまして。
休日とか二人でごろごろしてそうで想像するだけで可愛い。
2015.1.17





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