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近年話題になる温暖化。
今年も例年に倣い気温は記録を更新し、5月末でも真夏日が観測されることとなった。
そこで――、

「ヴェ~。もうビーチやっちゃおーよ~。暑いもん、俺泳ぎたいよ~。可愛い女の子の水着見たいよ~」

…という、一部生徒(匿名希望)の要望があり、生徒会議題に上がった結果、WWW学園所有のビーチを来週より使用解禁しようという運びとなった。
ついては、海難救助兼避暑対応係として例年選出された生徒で運営する、ビーチ中央に置かれている所謂「海の家」が、ビーチ解禁と共に設置されたのである。

 

 

 

 

「氷島くん、やっほー!」「今日も来てるんだね~!」
「かわいー!」「オーダー決まったらアイスが取りに来てよー」
「うるさい。挨拶くらいまともにできないの?」
「こんにちはー、アイス君。今日も可愛いねー。中等部なのにお手伝い偉いなー」
「ボランティアがそんなに偉く見えるの? 社会奉仕が根付いてないのバレるから発言気を付けた方がいいんじゃない?」
「よおっアイス、差入れやる!」
「気安く話しかけないで。あといらない。僕、それ好きじゃないし、そもそもあんたとそんな親しくなった覚えないんだけど」
「おー。相変わらず誰にも釣られてないなぁ…。ほら、せっかく綺麗な顔してるんだからさ、笑顔笑顔。もっと愛想良くしてくれたら、たーっくさん注文してあげるんだけどな~?」
「は? じゃあいらないから帰れば? 学校全体で食品ロス減らそうって言ってる最中に何ソレ。程度が低すぎて引く」
「ぐ…」「いいなぁ、お前…」

「おお…。相変わらず見事な切れ味ですね、氷島さん…。素晴らしいです。何でしょう、ちょっと私も言われてみたい好奇心がこう、うずうずと…」
「いや、まあ…。アイツ何故か高等部にファン多いからな…」

生徒で切り盛りする「海の家」のスタッフは、当番制。
勿論、一番の目的は生徒がいざ危険になった時の海難救助なのですが、元々生徒に開放するくらい安全性の高いビーチなので、事故はそこまで頻繁には起きない。
故に、どちらかというと、避暑地としての対応の方にウエイトを占めていた。
先々週が私の班。先週が、英国さんたちの班。
そして今週は北欧クラスの皆様で、更にその中に兄上がいらっしゃる中等部の氷島さんもお手伝いに来ているという話だった。
生徒会長の英国さんはそれをボランティア活動として許可したものの、本来は高等部生徒でやるものだからと心配されていて、私にお声かけいただき、散歩がてら一緒に様子を見に来たというわけです。
実際、様子を見に来てみれば、最早「看板娘」ならぬ「看板息子」状態の氷島さんが、来る客来る客に逐一好意的な声をかけられ、その都度バッサリ切り捨てていた。
心配なさっていた英国さんが、顎に片手を添えて少しほっとしたお顔をなさる。

「ん…。まあ、大丈夫そうだな。中等部のアイツが絡まれて参ってやしないかと思いもしたが…」
「ご心配されていましたものね」
「は!? いや、べ、別に心配って程じゃ…!」
「ですが、実際問題がなさそうでよかったじゃないですか。…それにほら」

言ってた矢先、不用意に氷島さんの頭に手を伸ばそうとした生徒の手を、肩に乗っていた蝶ネクタイが可愛らしい黒い鳥がぴょんと跳ね、情け容赦なく嘴で突っついていた。
ギャー!…と、ちょっとした悲鳴があがる。
どうやら看板息子にはお触り禁止のようです。

「ガードの硬さには定評があります。あの鳥さんは立派なSPですね」
「…まあ、な」

遠い目をして英国さんが同意する。
ご自身もやられたことがあるのかもしれない。突っつかれた生徒に対する哀れみの眼差しだ。

「そう言えば、お前の班の時はどうだったんだ?」
「私ですか? 特に問題はありませんでしたよ。気付いたら伊太利亜君がいませんでしたが、私と独逸さんで回せましたし、独逸さんが休憩時間に伊太利亜君を見つけて連れ戻してくれましたし…」
「そ、そうか…。お前らは本当に偉いよな…」
「英国さんの班はいかがでしたか?」
「仏蘭西が消えやがったよ、仏蘭西が!あぁんの髭ーっ!あと米国はマニュアル通りに料理作らねーし、全部ビッグサイズになるしで最悪だ!」
「目に浮かびますね…」
「しかも変に混みまくったぞ!クソッ、何で俺たちの週だけ!」

英国さんは不運だと嘆いているけれど、それはそうでしょうと思う。
英国さんの班は、この学園の人気者揃い。
係の制服である夏用ポロシャツと黒の前掛けという姿は、誰しも一度は見たいと思う。
かく言う私もしっかりスマホに納めましたが、秘密にしておきましょう。ええそうしましょう。
しかし…。
再び、少し距離のある海の家へと再び視線を戻す。

「今週も、随分混んでいますね」
「氷島がボランティアしてるのもあるし…今週は北欧の5人だ。アイツらなら、そんなに問題児ってわけじゃないから大丈夫だとは思うんだが…」
「皆さん落ち着いていらっしゃいますから、心配ないんじゃないですか?」
「うーん…。連中自体には問題はないんだが、変に隠れ人気みたいなのがあるのは氷島だけじゃねーからな…」
「…?」

英国さんの仰る意味がよく分からず首を傾げた矢先、またお客が海の家へ歩み寄っていく。
フロアを担当している一人の、諾威さんが涼しい顔で彼らに歩み寄り、オーダーを取っている姿が見えた。
様子を見ていると、氷島さんがお客にしっかり言い返しているのに対して、諾威さんは中身のない無駄な声かけはガン無視状態。
接客としてはいかがなものかと思いもしますが、ガン無視された方は何故かそれはそれで満足そうですし、第一いざという時の救護が主旨なので、まあそれはそれでいいのかもしれません。
…とか言っている間に、またちょっかいをかけたらしい一つのグループがガン無視されている。
あれはあれでちょっと好奇心が…。
注文されたいくつかの飲み物とソフトクリームを二つ運んで行き、立ち去ろうとした彼を、二人組のお客が呼び止める。

「ちょっと待って、諾威」
「…? なん」
「これ一本やる。奢り」
「…」
「ソフトクリーム嫌いじゃないだろ? お疲れさんってことで。仕事の合間に食べてよ」
「そんな暇ねぇし…」
「まーまー」「いいじゃん、もらっとけよー」

何だかやりとりをされていたかと思うと、今運んだソフトクリームを一つ諾威さんに押しつけているようです。
あげるいらないとやり取りをしているうちに、持たされたソフトクリームが溶け出し、諾威さんが嫌そうな顔をしながら反対側の手で持ち直し、今さっき持っていた方の指に着いたクリームを舐める。
その瞬間、黄色い悲鳴(どちらかといえば男子っぽい声)があがり、バシャシャッ!とあちこちでスマホ撮影が始まる。
…わあ。
いえ、気持ちは分かりますけれども。
なるほど、隠れファンは多いようですね…。
しかし、ろくに撮影もできない秒数のうちに、さっと諾威さんのお隣に片脇にスイカ玉を抱えている丁抹さんが寄ってきた。
からからとした爽やかな笑顔は、いかにも夏が似合う。

「なーに、ノル。ええの食ってんじゃねーけ?」
「…欲しいんならやっけど?」
「ええんけ!?」
「溶けてっけど…」
「ええってええって!」

ぱっと無邪気な笑顔で溶けたソフトクリームを片手で受け取り、器用にコーンの底を中指だけで支え、大口でサクサクぺろりと平らげてしまう。
ごくんと最後の一口を呑み込んだ頃には、さっきまでスマホを手にしていた大半の者たちは青い顔をしてそれらを仕舞い込み、視線を外して他人の振りを決め込んでいた。

「ん~。うまい!やっぱ夏はアイス外で食うとうんめえなあっ!…――で?」

ガンッ!!――と、凄まじい音を立てて、鷲づかみにされたスイカ玉が二人組のテーブルに置かれる。

「くれたのぁどっちだっぺー? お礼に、うーんとサービスしてやっからよ~!ん?」

言った矢先に笑顔の丁抹さんが手を添えていたスイカがミシリと音を立てて軋み割れ、二人組が真っ青な顔をして震え上がった。
氷島さんの声が飛ぶ。

「ちょっとダン。テーブル汚れるから止めてよ。やるなら外でやって」
「ん? …おおっ。んだない!…よっしゃあっ!外行くべ、外!!」
「ぎゃー!」「ああっ、ちょっ…悪かった!悪かったって!!」
「あ、スウェーリエ!それ、スイカ切っといてくろや。サービスで店内にいる客らに分けてやってくれな」
「……ん」
「…」
「ノーレ、立ってないでよ。窓際のオーダーお願い」
「…おー」

くるりと諾威さんは再び仕事に戻り、丁抹さんに後ろ襟を掴まれ二名の男子生徒はずるずると裏へ連行されていく。
途中、我々の傍を通った。

「よおっ、英国に日本!今日もあちーなぁ!」
「…よう。お疲れ」
「こんにちは、丁抹さん。今日も暑いですね。お互い熱中症に気を付けましょう」
「んだない!」

引きずられている二名が悲鳴をあげてもがくも、何の抵抗にもなっていない。
丁抹さんが物陰に消えて見えなくなるまで、英国さんと黙ってそれを見送った。

「…ガードの硬さには定評がありますね」
「…。そうだな…。……しかし、まだいるんだな。諾威に声かける奴」
「お美しい方ですから。諾威さんと氷島さんと言えば、我が校きっての麗しきご兄弟ですし、たくさんいらっしゃるんじゃないでしょうか」
「命知らずな…」
「氷島さんのファンと違って、隠れファンにならざるを得ない理由は、何となく分かりましたが…」

――ガシャーン!

「わわわっ!ご、ごめんなさーいっ!」

丁抹さんに連行された二名を案じてふと海の家から目を離した隙に、今度は大きな音が飛ぶ。
見れば、店の入口付近で飲み物の食器がひっくり返っていた。
落としてしまったのはお客の方のようですが、その原因はというと、お客の足下にいる小さな子犬のようです。
大きな麦わら帽子を被って、氷島さん諾威さんと同じくフロアを担当していた芬蘭さん。
彼の飼っている白くてふわふわの可愛い子犬さんが、どうやら芬蘭さんに付いて回っているようで、その子犬さんにお客が驚いた…という話のようで。
零れた飲み物の一部が、お客のシャツとパンツにかかってしまっている。

「あーあー…。濡れたー。こんな所に犬がいるなんて思わないって」
「ごめんなさい。だめだよって言ってるんですけど、付いてきたいみたいで…」
「フィンちゃん拭いてよー」
「ふぇ? …あ、はいっ。ちょっと待っててください。タオル持ってきますね!」

かかってしまったといっても、見るからに大したことがなさそうですのに…。
小者は昔から言うことやることの相場が決まっておりますね。
健気にタオルを取りにカウンター内に芬蘭さんが入って行かれる。
眺めていた私の隣で、英国さんがザ…と一歩踏み出した。

「…あ、英国さん」
「あ? 何だよ。あの手の奴は気分が悪い。一発ぶん殴ってやる」
「私も同意いたしますが、心配ないと思いますよ。…ほら」

タオルを取りに行った芬蘭さんと一緒に、威圧感を多分に背負った瑞典さんがカウンターの外側へと出てくる。
のそのそと眉間に皺を寄せた無言の瑞典さんが真っ直ぐ歩み寄ってくる姿は、まるでクマのような印象で、先程まで芬蘭さんに甘えていた輩の顔色が変わる。

「……フィンさ、テーブルど食器頼めす」
「は、はいっ。すみません、スーさん…!」
「ぇ、いや…。お、俺はフィンちゃんに拭い……ぅ、うわわわわーっ!いいですいいです!!自分でやります自分でぎゃああああーっ!!」

「……。ガードの硬さには以下略で」
「もういい…。取り敢えず心配はなさそうだ…」
「それはそうと、英国さん」

ふいと隣に立つ彼を見上げて、疑問を口にする。

「泳がないんですか?」
「え? …あ、いや。一応水着は持ってきたんだが、お前が着替えに行こうとしないから、今日は泳ぐ気はないのかと思って…」
「私のことはお気になさらず、どうぞ涼んでください。一眼レフ持って来たので、私」
「は?カメラ?? 何でだ? …というか、俺だけ泳ぐのおかしいだろ。お前水着は? 持って来てんのか?」
「いいえ」
「何でだよ!ビーチ行くぞって約束なら、普通持って来るだろーがっ!一眼レフがいらねーよ!優先順位考えろ!!」
「はあ…。とは思いますけれど…」
「泳ぐの嫌いだったか? 島国で泳ぐの嫌いって珍しい気がするな」
「いいえ、好きですよ。暑いですし。ですがその…何というか、皆さんと比べると貧相な体ですから…。ここで泳ぐのはちょっと…」
「は…?」

生徒の中では小柄な方に属するので、ポロシャツやパーカーを着ているならまだいいのですが、水着ともなると少々抵抗が…。
誰も爺の裸なんて見たくないでしょう。
誰得ですか。公害に他なりません。
ああ、私もガチムチになりたい。
独逸さん……いえ、せめて米国さんや英国さんくらいであれば、堂々と泳げたでしょうに。
ビーチの主役的な肉体美など、私には夢のまた夢…。
恥ずかしながらぼそぼそと理由を告げると、英国さんは一瞬きょとんとされた。
…間を置いて、私を見詰めながらぼんやりと告げる。

「ぇ、じゃ、じゃあ…。…俺んちのプライベートビーチ来るか?」
「え…。宜しいんですか? ですが、今日はここのビーチの様子を見に来たんじゃ…」
「よし、行こう。車を呼ぶ。来い」
「え? …ちょ、ちょっと、英国さん。あの、見回りは――…」


海の家



 

結局、その週も恙なく学園ビーチでの怪我人や事故もなく、海の家は大繁盛だそうで。
何よりです。


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学ヘタ設定の北欧組。
氷島君は皆のアイドル。
北欧いいですよね。並ばれると破壊力が強い。
2019.10.30






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