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僕は弟が欲しかった。
姉さんがいて妹がいて、どっちかって言うと僕が兄さんの方がいいから後は弟が欲しかった。
小さくて可愛くて弱くて(でも白露西亜みたいにあんまりしつこくない程度に兄さん兄さん…って、いつも後ろから付いてくるような弟が欲しかった。
最初はね、良登美野でいいかなって思ってたんだけどね。
でも彼ちょっと生意気な所あるし陰口多いし、もっと良い子を見つけたからそっちにしたいなって思ったんだけど、その子にはもうお兄ちゃんがいてね。
…うん。
ね。いらないよね?
だからね。

次にみんなで喧嘩する時があったら、一番に彼に銃口を向けよう…って。
もうずっと前から思ってたんだ。


Добро пожаловать



不幸とか戦渦とか、そういうのはいつも突然訪れる…とかよく言うけど、実はあんまりそんなことはなくて。
暖炉に火を入れるには薪がいるでしょ?
薪が乾燥を必要とするように、気長に強かに、練って温めて後は火を着けるタイミング。
しっかり乾燥していれば、あっという間に燃えるから。
乾燥の経過とか、見てればいつ火を付ければいいか分かるでしょ?
そこだけ見間違わなければ、赤い戦火は青い大地にあっという間に広がりを見せるし、案外管理できたりする。

「綺麗だね~」
「…」

欧羅巴全土に広がる戦渦の速度は惚れ惚れする程早かった。
次にみんなで喧嘩するときは、殴り合いじゃなくて経済的で陰湿な感じの裏喧嘩になるかな~って思ってたんだけど…。
まるで昔に戻ったみたいにあちこちで口論があって、あちこちで殺戮があって、あちこちで徒党を組んで、あちこちで裏切る。
そんな可愛い風景を、僕らは揃って小高い塔の上から遠巻きに眺めていた。
こんな殺伐とした世界には、本当に夕日がよく似合う。
銃声が遠くで聞こえる。
何だかんだで誰も核を使わないから、熱くなってそうに見えても思ったよりみんな賢くて冷静みたい。
片手を額に添えて遠くを見ていたけど、そろそろ準備した方がいいかなと思って肩に提げていた銃の弾倉を開いて確認しておく。
いつ誰が襲ってくるか分からないもの。
それなりの用意はしておかないとね。
確認が済んで、音を立てて弾倉を戻す。
カチャ…という音を聞いて、お人形みたいにぼんやり長い間塔の縁に腰掛けてた氷君が顔を向けた。
何か言いたげな顔してるから、軽く首を傾げる。

「…? なあに??」
「…どっか行くの?」
「ううん。誰かが来てないか見回りに行くだけだよ」
「…。…あんまり喧嘩しないでね」
「あはは。そうしたいけどね、僕だって怪我したくないから頑張るところは頑張らないとね」
「…」

景色に背を向けて塔の端にあるドアの方へ歩き出すと、無言のまま氷君も立ち上がって付いてきた。
少し前まで彼の傍には常に黒くて「ぐもー!」って変な低い鳴き声する黒い鳥がいたけど、あんまり可愛くないから鳥籠の中に入れちゃった。
まさかあんな鳥が本気で一番の友達なんてことはないだろうけど、それを籠の中で飼い始めた途端、何だか彼は急に大人しくなっちゃった気がする。
それに友達とか、いらないしね。
友達になって裏切られたら可哀想だもん。
…ドアを引いて、ひやりとした階段を一段一段降りていく。
きっと足音の抑え方とか知らないんだろうな。
僕が歩く度に後ろから僕より冷たくて大きなブーツの足音が追ってきて、ちょっといい感じ。

「危ないから部屋にいてね。怪我しちゃうから。…短銃の使い方くらい分かる?」

聞くと、無言のまま彼は小さく首を振った。
知ってはいたけど、こうして改めて否定されるとちょっと困っちゃう。

「君本当に喧嘩できないんだね。腕相撲で姉さんやベラにも勝てないなんてちょっとかっこ悪いかも。…でも、うん。まあいいかな。安心して。誰も中に入れないから大丈夫だよ。君はテラスから軍歌を歌うのを忘れないでいてくれればそれでいいから」
「…。…ねえ」

カツ…というよく響く音を一つ残して、背後から付いてくる足音が止まった。
置いてけぼりにするとまた僕の家で迷っちゃうから、数段降りたところで僕は背後を振り返り、彼を見上げた。
窓のない冷たい石壁に左手を添え、ぼんやりと彼の目は振り返った僕を受け止めた。

「何か…。おかしくない…?」
「おかしい?」
「…何か…おかしい気がする…」

ぶらりと下げていたもう片方の手をこめかみに添えて、氷君が緩く俯く。
…肩越しに振り返っていた身体を、回れ右して彼の方へ向き直る。

「おかしいって、何が?」
「…よく分かんないけど」
「最近みんな喧嘩ばっかりしてるから、ストレスになっちゃってるんじゃない? …大丈夫だよ。ここには来ないから。今は陸海空三軍に減っちゃったけど、でもまだ空は強いんだよ。英国君なんかには負ける訳ないよ」
「空? …ずっと海戦が得意なんじゃなかったっけ」
「…」
「……あ、れ…?」

頭痛でもしたのか、急に目を瞑って顔を顰めると、よろけて片手を付いていた壁に身を寄せた。
そのままずるずると沈み、その場にしゃがみ込んでしまう。
僕は降りた数段分、彼の所へ戻った。

「大丈夫?」
「うん…。…ごめん。平気」
「急にたくさん階段上ったから、疲れちゃったんだね。誘っちゃって悪かったかな。夕日が綺麗かな~って思って」

彼の向かいに同じように屈みながら尋ねると、彼はまたふるふると小さく首を振った。

「おんぶしようか?」
「…いい。一人で歩ける」
「そう?」
「ん…。最近体調いいから」

まだ顔色が青い彼に片手を伸ばすと、素直にその手を取って立ち上がった。
深く数回深呼吸して、居たたまれない様子で顎を上げる。

「ありがと。…ごめん。いつも」
「ううん。気にしないでいいよ」

取った手をそのまま握って、繋いだ手を緩く引いて階段を降りていく。
石壁の階段は深く長く、時折僕らの意識を暗闇の何処かへ持って行こうとするみたい。
でも地上は危ないから。
そこまで下ろす気はなくて、彼の部屋がある階で階段下りるのは止めるけどね。
まして地下とかは絶対行かないように気を付けなくちゃ。
何が切っ掛けになるか分からないもの。

「外、うるさいけど…。ダンと喧嘩してるの?」
「うん。まあね」
「何で? 別にここまで本気にならなくてもいいんじゃないの。…あいつ浮気でもしたの?」
「うん。まあね。でももういいんだ。彼に興味なくなっちゃったし。やっぱり、最終的に君がいればいいみたい」
「…」
「ん…?」

ゆっくりとした歩幅で下りていた石段。
前を見ながら歩いていた途中、突然背後から付いてくる足音が止んだから、繋いでいた手がぴんと伸びた。
それに引き留められるようにして僕も足を止める。
どうかした?って聞こうとして背後を振り返ると、ぼんやりと呆けた彼の顔があった。

「…。…ほんと?」
「え…?」
「今の。…本気?」

ずっと寝起きを維持してるみたいに覇気のなかった目に、ほんのり蛍みたいな光が宿る。
すぐに返事ができなくて僕が沈黙してると、彼は急に我に返って、慌てて目線を下げて俯いた。
細い前髪がぱさりと音を立てて顔に落ちて表情が見えなくなるけど、その代わりに繋いだ手の指先がぎゅ…って、ちょっと強くなった気がした。

「…」

だから僕も、痛くないよう気をつけながらほんのちょっとだけの力で握り替えした。
導くように、歩き出す。

心がほわほわする。
…美味しい紅茶を用意させよう。
あとお菓子を付けないとね。
外の喧噪が届かない温かい部屋で、僕らはのんびり過ごすんだ。
綺麗な庭にしか面していないテラス。
ヒマワリはずっと昔に枯れたけど、そこから見る雪景色は理想的でとてもよく声は通る。
彼が歌う軍歌は全然軍歌らしからぬ透明さで、澄み切ったテノールは北風が遠くまで運んで赤い空に響いていった。










場所を上階に移したリビングから階段を降りて玄関まで行くと、部下が今日の分の手紙を持ってきてくれた。
もう僕は興味ないから、これ以上今回の喧嘩には参加しないよって言ってるのに、何だか勝手に敵視されてるみたいで、毎日不幸の手紙みたいなのが来て嫌になっちゃう。
特に、英国君と丁抹君なんかはよく分からないけどすごく怒ってるし。
英国君なんかは紅茶飲んでればいいし、丁抹君は諾威君の手当してればいいのにね。
早く返さねえとそのうち殴り込みに行くからな!って喧嘩腰の手紙を指で抓んで、千切っておいた。
足下にパラパラ、冷たくない雪が落ちる。

「うーん…。別に何の問題もないと思うんだけどなあ…」

グローブに付いた残りの紙もぱっぱと払いながら、小さくぼやいてみる。
僕はずっと弟が欲しかったし、彼はずっと兄さん独り占めしたかったみたいだから…いいと思うんだよねえ。
何かダメなのかな…?
そりゃ、思い出しちゃったのなら話は別だけど、でもこのままならこのままが、一番いいんじゃないかな。
一度に二人の願いが叶っちゃうんだから、とっても良いことだと思うのに。

「丁抹君も諾威君お嫁さんにできて喜んでくれると思ったのに…」

最初は彼の願いも叶うから絶対味方してくれると思ってたのに、予想に反して反対されちゃった。
しかも何だか怒ってるし。
…よく分かんないや。
気分屋過ぎて困っちゃう。
氷島君は随分落ち着いてきたけど、まだ時々妙なノイズが入るみたい。
何かブレーカーみたいなのがあるみたいで、ちょっとブレると歩いてる途中でもお茶の途中でも突然眠り込んじゃうから、危なくてなかなかほっとけない。
諾威君を目の前で撃ったのが悪かったのかもしれないけど…でも、結果的に記憶を再構築したってことは、その新しくできた方が氷島君が楽で幸せってことだもんね。
“お兄ちゃん”が好きなことしか覚えてないのなら、別に特別諾威君じゃなくても良かったんじゃないかな。
ずっと中身が空なキーワードに縛られてたなんて可哀想。
せめてここからちゃんと意味持たせて、楽しく過ごさせてあげないと。
だからみんなと喧嘩する気は全然ないけど、来るなら僕は頑張って家を守らなくちゃ。
…。
…うん。

「…兄さんだしね」

肩にかけてたドラグノフの取っ手に手を添えて持ちながら、ぽつりと一人で呟いてみる。
…ほんとは、まだちょっとこの単語は嬉しくて照れ臭いかな。
だって本当に兄さんだもんね。
夢みたい。

「…ふふ」

油断するとへにゃへにゃ頬が緩んじゃう。
誰が見ている訳じゃないのは分かってるけど、照れ隠しに軽く俯いて、カシャ…っと弾を装填した。
…取り敢えず、見回りでも行こうかな。
まあ敵視されるのは別にいいけど、勝手に僕ん家の庭に入ってきたら……ね?
向こうが悪いもんね。
ドラグノフっていうと最近はちょっとバレル短めだけど、僕はやっぱり長いのが好きだな。
狙撃銃らしくて、格好いいと思うんだ。

「~♪」

さっき弟が歌ってくれた軍歌を口ずさみながら、玄関の扉を開ける。
北風にマフラーが泳いで、僕は降り立つように軽く庭に出た。



来るなら来ていいんだよ。
そうしたら、段々人が少なくなって静かになるよね。
僕の弟はうるさいのよりも静かな方が好きだから、その方が、きっと喜ぶと思うんだ。
彼の知ってる人がいなくなったら、一緒に外に散歩したりするんだよ。

Добро пожаловать
__おいでおいで。みんなおいで。
в мой бросок!
__僕の射程圏内へ。



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露氷は結構甘くなります。
やっぱりいい感じにバランス合うCPだと思う。
2012.1.14





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