一覧へ戻る


チーン!と景気よくオーブンの音が鳴って、食器洗っていた手の水をぱっぱと切ってから跳ねるようにそっちへ移動する。
オーブン皿の上に一定間隔に並べていた生地は思った通りの焼き色で、実にいい感じに色付いている。
皿の上に焼けたクッキーを移していると、いつの間にか鼻歌を歌っていることに気付いてにまにましてしまう。
休日午後。
ラフなシャツの私服の上から黒のギャルソンエプロン。
別段ワインは運ばねえけど、ちょっと前っからキッチンに籠城だ。

「いよっしゃあっ!次は、チョコレートバーガーやっつけんぞー!」

先鋒であるクッキーの出来上がりに満足し、両腕で拳を作って意気込んで鼻息荒く新しいボウルを取り出す。
少し前からカレンダーに赤丸付けて、今日はめいっぱい菓子を焼いてやろうと思っていた。


Søde dag




少し前の話だ。
何気ない雑談の一つに、思春期ど真ん中のアイスがバースデーパティさしてくんねえっつー話がノルから出た。
それは前々から皆一様に思っていたことだったんで、そーだなぃそーですねーって話の流れでサプライズを決行。
誕生日の日にちから大幅にずれた不意打ちだったのが効いたのか、結果的に言えば成功も成功、大成功だ。
怒り照れ七割で随時不機嫌気味ではあったが、ありゃ絶対ぇ喜んでくれてた。
アイスが喜んでくれんのはやっぱ嬉しい。
それこそ生まれた頃から知ってっかんな。
…つーか、誕生日祝わねえとか、普通に考えて有り得ねっぺな。
可愛い可愛い弟分のバースデーが、日にちが違うとはいえようやっと祝えたってのもめちゃくちゃ嬉しいが、も一つ。
ノルがめちゃくちゃ嬉しがってたのが、俺的にめちゃくちゃ嬉しかった。
わいわいしてる空気を端っこの方で、一歩引いて微笑してる顔を見たときはホント驚いた。
久し振りに見た。
ノルが笑わなくなってどれくらい経ったか、多少粘着質に俺は年数数えていたりする。
爆笑は当然皆無で、ほんのちょっとくすりと笑うことも滅多にねえ。
嫌がるアイスに何個目かのケーキを勧めた時だった気がする。
俺もフィンもほろ酔い加減でぎゃははは笑いながら本日の主役の前に次々とを菓子を置いて、逆にアイスに、いい加減にしてだとか落ち着けだとか、みんな何歳児なのとか色々言われてる傍らで…。
微笑していたのだった。
ふんわりと。
…。

「…ふっおぉぁああぁああ~っ!」

奇怪な声を出しながら、いてもたってもいられず、何かもう感情色々オーバーして目の前のボウルの中にある生地をゴムベラで何度もぶっ刺し、沸々湧くラブを何とか霧散させようと暴れてみる。
…ああ、駄目だ。
思い出しただけで溶けそうになるぅう…!

「ふえぁ~。ノル可愛え~…」

絶対ぇ今俺ふにゃふにゃ顔してっけど、気にせずぐりぐりとヘラを回しながら悶える。
あああもう、あの微笑の瞬間でもいいから写真に収めたかった…!
俺の目にカメラ機能があればと本気でで思った。
死ぬほど思った。
今度開発してやんぞ…!
いつもツンとした大人しいタイプに見えっけど、ノルの奴は笑うとめちゃんこ可愛え。
一気に幼くなるから半端なく可愛え。
何かもうその笑顔があるなら世界制覇でもしてくれてやっかな的に血迷うくらい可愛えんだかんな!
久っしぶりに見たから、そん時ゃ瞬時にこんな歓喜やらにやにや笑いやら出てこねえで、ぽかん…と呆けて凝視で数秒。
目が合った瞬間に、シーンが切り替わったみてえにぴた…と微笑は引っ込んで、またいつものクールビューティ(これはこれで美人だけどな!)な顔に戻ってしまい、視線を反らされたが…。
確実に見たんだ、俺は。
もうそっから暫くるんるん気分で仕事できた。
あん時はアイスのバースデーサプライズってことで、ノルの誕生日とアイスの誕生日の真ん中を取ったかんな。
似たよなことやりてえけど、俺らはそうはいかねえんで、暫く記念日的なもんは無い。
…けどまあ、理由なんて後付でええべ。
こーやって山ほどお菓子用意したのだって、大した理由がある訳じゃない。
その一方で、シンプルだが、忘れちゃいけねえ大切な理由でもある。

ノルの好きなもん、山盛り作って驚かして、一緒に茶ぁが飲みたくて。

 

 

約束は三時。
午後のお茶を共有するのは珍しいことでもねえし、まして今日は何かしらの記念日でも無い。
家に来て玄関を入り、ダイニングテーブルを見るなりノルは足を止めた。
クリスマスとか時用の厚いテーブルクロスの上に基本的なティセットと面積いっぱいの焼き菓子&デザート。
チーズケーキ、クッキー、チョコレートバーガー、クリンゲル、バームクーヘンからパンケーキ…。
普通に、ぴょこっとケーキが真ん中に一個あるのとは、ぱっと見が随分違う。
華やかでカラフルなテーブルを一瞥してから、ノルが問う。

「…何かの記念日だったけ?」
「俺とおめえの誕生日真ん中!」
「嘘吐け」

両手を腰に添えて力一杯主張するも、速攻でバレる。
そりゃそうだ。
サプライズ引っかけんなら同じ要領で行ったれと中間日を取りたくもあったが、俺とノルの誕生日の真ん中日…という訳には、残念ながらいかねえもんで。
何故なら、アイスの誕生日が6月17日、ノルの誕生日が一ヶ月早ぇ5月の同じ日。
んで、俺の誕生日は6月5日。
時系列的にいえば、ノル、俺、アイスって順番になる。
サプライズパーティはノルとアイスの中間地点ってことで5月の終わり頃に決行したが、俺とノルの間は、ノルとアイスの間よりも早くに日にちが来ていた。
中間日が過ぎ去った今、こっから俺とノルの間とか言い出すと半年近く待つ羽目になる。
…やー。そりゃちっと長すぎだっぺな。
忘れっちゃーべ。
本当は、アイスのパーティ計画してた段階で俺とノルとの中間日祝ってもええべ!…ってことに気付きゃえかったんだけんど、すっかりアイスの計画に頭ん中がいっぱいになっちまって…。
「は…!そうだ。俺とノルの真ん中ん時も記念日にして祝っちまえばええんじゃねーけ!?」…と気付くのは、事が済んだ後だった。
来年は絶対中間日も祝ってやんぞ。
まだちっと釈然として無さそうなノルの横に立って、その背をぽんぽんと叩く。

「こないだのアイスのサプライズパーティ、えがったべな。そんで、俺もノルとの真ん中日祝いたくなってよお」
「真ん中過ぎてっぺな…」

べっし…!と照れ屋なノルが俺の手を叩き落とし、アウターを脱ぎながら小さく呟く。
釣れねえなあ。
…ま、そこがええんだけど。
多少強引に引っ張んねえと動かねえのは昔っからで、不意打ちで横からがばっと抱きつき、さらさらの細い髪に頬摺りする。
めっちゃ気持ちええさらさら感。
ふわりとシャンプーの匂いがして可愛さ堪んねえ。

「んまあえがっぺぇえっ!おめえとパーティっぽいことしたくてよおぉん!!」
「…うんぜえ」
「ふごっ…!?」

ドゴ…ッと腹に肘鉄を食らい、両手が離れる。
二歩程蹌踉けたところに、ノルが脱いだアウターを投げてきて俺の頭を覆った。
それを受け取り、部屋の端にあるコート掛けの方へ足を進める。

「今日なー、気合い入れておめの好物作ったからよ。たくさん食ってけな」
「…おめえ阿呆だべ。二人分でこんだけ作る奴あるか」

ノルのコートをハンガーに掛けながら頭だけ振り返ると、入口に立ってたノルが自主的にテーブルの方へ歩み寄っていたのを見て、にんまりする。
喜んでる喜んでる。
にやにや笑うとまた怒られっから、素っ気ない感じでいねえとな。

「好物ばっかだっぺー?」
「別に。…しかしよぉやらかしたんな。おめ、菓子作りとかホント好きな」
「時間潰しにええかんなあ」
「こん甘党」

呆れた様子で鼻で笑われるが、俺は別に甘党という訳じゃあねえんだなこれが。
確かに料理は好きだ。
ケーキやパン作りもかなり好きだし、チャリティなんかの企画もよくケーキやらで立てている。
毎年五月に企画してる"ケーキの日"は大盛況だ。
甘いのも好きだが、甘党という程じゃない。
ケーキを食べるよりも、ケーキを作る方が好きだ。
何故かと問われれば簡単な話で、時間潰しに打って付け、善し悪しの結果が速攻で出るし分かる。
そんで、食べてくれる奴を誘える訳だ。
上司も部下も当然いるが、基本的にもう何百年も男の一人暮らし。
そんな俺が、自分のためにケーキワンホールだとかクッキー山盛りとか、作れるってところがすげえと思う。
感動モノにすげえことだ。
自分で大して食わねえのに今尚作る習慣が消えてねえってことは、食ってくれたり食わせたりって奴がいるってことだかんな。
そりゃアイスとかフィンとかスウェーリエとか…今、そこにいるめちゃんこ可愛え幼馴染みとか。
…だから、俺は作る方が好き!

「コーヒー飲むべ?」
「ああ…。…」

テーブル横を通過しながらキッチンに入る。
コーヒーメイカーのスイッチ押して戻ってくると、まだノルがテーブルの傍に立ってじっとデザートの類を見下ろしていた。
気のせいじゃなければ、その表情が些か困惑している。

「…? どしたい? 立ってねえでぶちかれな」
「…ん」
「イス引いてやっけ? …ほれ。どーぞー、お姫さ…」
「うぜ」
「ってええ!」

座る前にバチン!と一発俺の頬を叩いてから、ノルがすとんとイスに座る。
彼の前に白い大きなお皿を一枚置いて、淹れたてのコーヒーを横に置く。
改めてテーブルの上を見回して、ノルが肩を竦めてため息を吐いた。

「…気持ち悪くなりそ」
「たくさんこさえたかんな。残ったらアイスやらフィンにくれてやれっぺな」
「…」

片手でイスを引いて、俺も彼の正面に座る。
どっかであの微笑みを見れねえもんかと思ったが、今の所お披露目は無かった。
…甘ぇか。
ひっそり胸中でため息を吐く。
ノルが人前で笑わなくなってからかなり経つ。
そう簡単にいくわけねえか…。
気落ちとまでは言わねえけど、ちっとばかし残念に思っていると、ノルが静かに目を伏せて息を吸った。
その動作がゆったりとしていて、思わず目が行く。

「…甘ぇ匂い」
「…」
「にしてもおめ…。作りすぎだべ、これ。阿呆か」

これ見よがしにため息を吐く。苦笑しながら。
眉を寄せて。
ほんのちょっと口角を緩めて。
こないだアイスん時に見た微笑と比べりゃもっともっと小さいけど…。
やっぱ、そんなことでもどきっとした。
粗方の表情は見慣れてるが、やっぱ惚れた弱みというやつで、どんな爆撃よりも直に被害が出る。
かっと熱が体内に走った。

「…。ぁ…。えと…」

何でだか、たったそれだけで口が一瞬にして渇いた。
柄にもなく場凌ぎ的に慌てて立ち上がって、ケーキをワンピースノルの皿にのっける。

「ほ、ほれ…!これ、チーズケーキな。おめえ好きだっぺ!?」
「…ん」
「あ、あとな!クッキーもめっちゃ焼いたかんな!帰り持ってけな!あとほらっ、チョコレートバーガーもうめえから!」
「自分で取れんわ」

俺の手からバーをひったくって、ノルが自分の皿に気に入ったケーキを載せていく。
さっきの苦笑はもう消えていた…けど。
…ええもん見たなあ。
ぽやぽやする幸福感に胸がいっぱいになる。
お互い、取り敢えず気に入ったケーキや焼き菓子を皿に置いたところで、コーヒーカップを軽く掲げた。

「ほい。…じゃ、アイスとノル、誕生日おめでとさん!」
「ん…」
「あと俺!!」
「…そこまでいっともう誕生日とか関係ねえし」
「かんぱーい!!」

グラスの代わりに上機嫌でカップを打ち合わせる。
事前に味見はしていたが、それでも味見の時の味よりも二回りほど甘く美味しく楽しくなっている。
でもこれが不思議なことじゃねえってんだから、不思議だ。
一人で作ってテレビ見たり新聞読みながらぼけーっと食べているものと物が同じでも、誰かと一緒に食うだけで驚くほど味が変わる。
大好きな相手なら特に顕著だ。
これだから料理は面白い。

 

 

 

一通り味見をするようなちょいちょいつまみで食べた。
甘いもんは嫌いじゃないが、何にせよ三時のお茶の時間で食う量というのは限界がある。
大量に余った分は小分けにして袋詰めし、ノルへの土産やアイスやらフィンやらにくれてやる用としてラッピングしてみた。
皿が洗い終わり、テレビ前のソファに座っていたノルの隣に腰掛ける。
膝の上にクッションを一つ置いて、画面は…見ているのかいないのか、ドラマか何かが流れていた。

「ふぃー。食った食ったあ~。飲みもん、ワインでもえがったんだけっど…。悪ぃなあ。俺今日ぁ夜に集会があってよ。余ったのそこに小分けしてあっから、帰る時持ってけな」
「…。帰んのたりぃで、泊まってぐ」
「…」

素っ気ない調子でそんなことを言うもんだから、俺の中に雷が落ちた。
思いも寄らない一言に一瞬呆けて、そんで、ば…!と両腕開いて横からノルに抱きつく。

「んノっルぅううううっ!!」
「…」
「ふああああっ、おめホンットかわええなああっ!!」

勢いに任せて飛びついた。
俺のウエイトに負けて、ノルの体が少し傾くが、反対っかわに片手を置いて支えたらしい。
いつもの調子で冗談交じりで喧しく抱きついても、ノルの拳は飛んでこない。
お…?と稲穂色の細い髪に添えていた頬を浮かせてその表情を盗み見ると、明後日の方向を見ていて沈黙していた。
怒るでもうざがるでもなく、じっとしている。
別になんてことはありません、というしれっとした表情にやられて、テンションで抱き締めていた片腕を腰に回して緩く引き寄せた。
耳にちょんとキスをしても無反応。
もう一度同じ場所にキスをすると、少し身動ぎしてから急激に耳が赤くなる。

「…」
「…」

…おお。珍しい。
こっちもこっちで内心多少狼狽えながら、そっと頬に指先を伸ばしてみる。
誘導するように顔をこちらに向けさせる。
テンション落ち着けて、静かに低く、プライド刺激しねえで応えやすいよう、遠回しで無関係そうなぎりぎり答えてくれる質問を、シンプルに聞いてやる。

「…旨かったけ?」
「…。ぼちぼち」
「そっけ。そりゃえがったなあ」
「…」

髪を撫でる。
拳は飛んでこなかった。
顔を詰めてキスをする。


唇だけでも甘かったが、舌を絡めるともっと甘かった。




一覧へ戻る


あまあま小説。
6巻の氷君のサプライズ誕生日を見て「丁諾でもやりたい!」と思ったけれど…。
残念すぎることに、誕生日がもう二人とも氷君の前後過ぎた。
なので、普通にサプライズティパーティ程度のお話。
丁さんはいい男だと思う。
2014.2.27





inserted by FC2 system