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きついタイにきついバトラースーツ。
歩きにくい革靴にお情けみたいなピンバッヂ。

「…」

おままごとみたいな衣装に着替えた自分を鏡に映すと、何というか、本当に馬鹿みたいだった。
…何で僕が。
そう思う度に、ゲーム運のない自分に責任が跳ね返ってくるので心底面白くない。
そうこうしているうちに、馬鹿みたいにベルが鳴る。
初めは無視していたが、連打されるとかなりうるさい。
苛々しながら、弾かれるように僕は部屋を出た。


Tíma Mr Butler er



ポーカーなんて普段やらない。
ニューイヤーの花火が上がる時まではノーレの家にいるけど、邪魔したくないし、花火を見終わったらすぐに自宅へ帰ってくるのが毎年の流れだ。
年末年始は大体そのまま家に引き篭もっている。
第一、真冬の僕に会いに来たいなんて気狂いな奴まずいないし。
実際は、暖流の流れが他の連中と比べて多く流れてくるから、案外寒くないんだけどね。
火山もあるし。
でもイメージってものがあるらしい。
言っちゃえば、ノーレやフィンの方が断然に寒いはずだ。
…とはいえ、大陸か否かによって、会うのが億劫かどうかというのはあると思う。
昔は、よく英国が遊びに来ていたりしたけど、最近は専ら東の島国に首っ丈で馬鹿丸出し。
相手にする必要も時間も無いし、放置気味だ。
家でのんびりしようと思ったけど、今年は思った以上に寒波で、帰りの飛行機が止まってしまい、そのタイミングで露西亜に会った。
別に珍しいことじゃないけど、いいっていうから一晩泊めてもらうことにして、その晩、退屈に負けて簡単なゲームをすることにした。
年明けってことで、露西亜の姉妹もいたから、案外賑やか…っていうか煩かった。
ポーカーのルールは承知してるけど、知ってることと強いかどうかは全く別物。
しかも、日常的にやってもいないから、素人同然で負けっ放し。
負けるに決まってんじゃん…!と声を上げたが、例のかわいげのない捻くれた露西亜妹も負けっ放しで、最終的にどっちが弱いかみたいな話になって、勝負した結果、僕が負けた(て言うか、あいつ絶対何かしら狡い手段を使ったと思うんだけど)。
既に勝率勝ちしてる露西亜と、露西亜の姉さんが罰ゲームを決定することになって、殆ど露西亜のお姉さんの一存で、翌朝は…。

 

 

 

「きゃああああ~!氷島ちゃん、可愛い~!!」
「…」

僕がリビングへ戻るなり、露西亜の姉である烏克蘭が両手を自分の頬に添えて甲高い声を上げた。
女の人の歓声とか嫌い。
耳が痛くなる…。
露西亜の屋敷のリビング中央にはソファセットがあって、そこに三人姉弟妹が座っていた。
一斉に入口一歩入った場所で立ちつくしている僕を見る。
一日限定お手伝い。
それが烏克蘭の出した罰ゲームだった。
渋々了承はしたものの、まさか服装までバトラー服着てがっつり形から入るなんて思わなかった。
ちょこっと何かを手伝えばいいと思っていた僕は、朝から全力で不機嫌だ。

「お洋服もぴったりね…!立陶宛ちゃんがもう少し小さい頃に着ていた服なんだけどね、立陶宛ちゃんてば男性にしてはとってもスリムだから、露西亜ちゃんじゃ着られなかったの。勿体ないねって取っておいてよかったわ~!」
「そりゃどーも…。余計なことしてくれてありがとう」
「ううん、いいのよ~っ、気にしないで氷島ちゃん! やっぱり本当に飛び切り似合うわ!ね、ね、露西亜ちゃん!お姉ちゃんの言ったとおりでしょ!?」
「え…? あ、うん。そうだね~」

横から露西亜の肩に両手を添えて同意を求める烏克蘭に、露西亜が慌てて相槌を打つ。
呆け気味の露西亜と目が合ったんで、特別睨んでおいた。
…て言うか止めろよ。
あんたが一言言えば回避できる罰ゲームだった気がする。
意外だが、家族の中では、彼よりも些細なことに関しては姉妹の方が決定権が強いらしい。
姉妹の中に男一人なんてこんなもんなのかも知れない。
女姉妹とか、仲良くしてる女友達とかいないからよく分からないけど、やっぱり面倒臭そうな生き物だなと思う。
ベルはこっちに背を向けていた白露西亜が持っていて、ソファの背に細い片腕をかけると、一定間隔でベルを押し続けていた。

「ぼーっとしてないでとっととお茶淹れろよ、クズ」
「はあ? 何で僕があんたに命令されなきゃなんないわけ? 一位は露西亜でしょ。気安く話しかけないでよ。鏡見れば、ブス」
「ブ…っ!」

生意気に命令してくる性格ブスの言葉を、片手を腰に添えて一蹴する。
白露西亜は烈火の如くリボンと髪を逆立てて怒っていたが、無視して顔を背けた。
僕らのやりとりを見ていた烏克蘭が、少し慌てた様子で片手を露西亜の肩に添えたまま、まだ緩みきった笑顔で彼に強請る。

「そうよねそうよね。一位は露西亜ちゃんだから、今日の氷島ちゃんは露西亜ちゃんのバトラーさんだものね!露西亜ちゃん、お紅茶でも淹れてもらったらどうかしら?」
「そうだね。それじゃあ、お願いしよっかな」
「…」

露西亜が三本指を立てて紅茶を指示したんで、舌打ちしてから部屋の端に用意されていたティカートへ歩みを進めた。
バトラースーツの長い後ろ裾がひらりと燕の尾のように動きに遅れて広がって、鬱陶しい。
…コーヒーは正直苦手だけど、紅茶くらいなら淹れられる。
こっちの作法とか全然知らないけど、文句言われたら二度と淹れてやらなければいいだけだし。
シンプルなカップに紅茶を注ぎ、見よう見まねでジャムを小皿に取って添える。
茶菓子は既に焼き菓子が皿の上に用意されていたから、ただ乗せるだけで良かった。
テーブルの中央に菓子皿とジャムの小皿を数枚置き、露西亜、烏克蘭に紅茶を置き、最後に白露西亜に多少荒くカップを置く。

「雑!殺すぞ!!」
「やってみれば?」
「まあまあまあ。喧嘩はめ~、よ」

気の抜ける烏克蘭の仲裁で、喧嘩にはならずにお互い舌打ちして終わる。
僕、この女本当に嫌いだ。
砂糖を溶かす烏克蘭の横で、何も淹れずに湯気の立つ紅茶を露西亜が一口先に飲む。

「…うん。おいしい♪」
「当たり前」
「素敵なバトラーさんで羨ましな~。良かったわね、露西亜ちゃん。今日一日氷島ちゃんのご主人様ね」
「うん。そうだね~」
「ふん…。使えなそうなひょろい痩せ犬だこと。番犬にもなりゃしない」
「何もできない白猫よりマシ。…さっさと飲んでよね」

紅茶を褒めるとか時間の無駄だから。
ティセットが用意されたテーブルの傍で腕を組んで、僕は顔を顰めて待っていた。
横から焼き菓子のゴミが飛んできた時は、キャッチしてすぐ白露西亜に叩き返したけど、それ以外は特別何がある訳でもなく、三人とも紅茶を飲みきった。
空いた食器をさくさく片付けて下げるくらいはしたけど、それ以外にやることも無いし、後は自分の紅茶を淹れて壁に寄りかかって飲むことにした。
その他にもあれこれ言われるのかと思ったら、そうでもなかった。
烏克蘭はとにかくテンション高めで暫く僕のことを何か言いながら眺めていたが、やがて僕にお菓子を作るんだとかいってキッチンへ出て行ったし。
リビングでは変わらずソファに座って本を読んでいる露西亜と、その横にぴったりくっついている白露西亜だけだ。
…うざそう。
ブラコンとは聞いていたけど、見ているだけで煩わしい。
露西亜の何がそんなにいいのか全然分からない。
謎だ。
趣味悪…。
思わず鼻で笑ってしまう。
退屈で、カップを片手にしながら、僕は窓の外を一瞥した。
…今日は珍しく晴れている。
冬なのに空が晴れているなんて、珍しい。
そんなことを思っていると、不意に露西亜が口を開いた。

「…あ、そうだ」
「何ですか、兄様」
「確か、小麦粉が切れてたと思うんだよね。姉さん張り切ってキッチンに向かったはいいものの、困ってるかも。倉庫から出して来ないと」
「あ、待って兄様…!」

そう言って、カップを置いてソファから立ち上がる。
露西亜が立ち上がって歩き出した直後、白露西亜も慌てて立ち上がった。
足を止め、小首を傾げて露西亜が振り返る。

「ん…?」
「兄様がお出でになる必要ありません…!ベラが運んで来ます!」
「え~? …でも、ベラには重いと思うよ?」

小麦粉といっても大袋だと結構重い。
話しぶりから言って、この家では大袋で買ってあるんだろう。
露西亜の予想に、白露西亜は息巻いて両手で拳を作った。

「お任せください!姉さんに持っていけばいいんですよね…!兄様はゆっくりしてください、久し振りの休日なんですから!」
「本当? …じゃあ、お願いしちゃおうかな」
「はい…!」

露西亜の言葉に、白露西亜が嬉しそうに笑ってソファセットから離れていく。
出て行く時、両開きのドアの横に寄りかかっていた僕を一瞥すると、何を考えてるのか、得意気に目で笑った後に、んべっと舌を出された。
そのまま、彼女は廊下を駆けていく。
…。
疲れる子だ。
確か、立陶宛が彼女のこと好きなんだっけ。
外見悪くないとはいっても、中身と合わせてプラマイゼロなら僕はやっぱりお断りだ。
バタン…!と勢いよく開け放たれたドアが、そのままの勢いで跳ね返り、音を立てて閉まる。
…暫く無音状態で、間を空けて、僕はちらりとソファセットを一瞥した。

「…」
「うふふ♪」

ソファの横に立ったまま、くすくすと悪戯が成功した子どものような顔で露西亜が笑っていて、呆れてため息吐いた。
腕組みする。

「…わざとでしょ」
「だって、ちょっとだけ外してほしかったんだもん」
「何で?」
「え? だって折角だから、二人っきりがいいじゃない?」
「…最低」

罪悪感無くそんなことをやってのける露西亜から視線を外して眉を寄せていると、彼が馴れ馴れしい様子で傍へ寄ってきては、僕の手からカップを取り上げた。
…内緒話のように小声で顔を詰めて、口元に手を添え告げる。

「すっごく似合うよ。びっくりしちゃった。立陶宛より可愛いかな」
「あっそ。…どーも」
「でも、姉さんたちの前だとなかなか照れ臭くて褒められなかったんだよ~。何か照れちゃうよね」
「別に褒めてもらいたくもないし、できることなら今すぐ脱ぎたいんだけど」
「でも、罰ゲームでしょ? 今日はそのお洋服でいないとね」
「…。ていうか、近い」
「むぎゅっ…!」

馴れ馴れしく横髪を指で巻いていた彼に苛立って、近距離だった顔面を片手で鷲掴むようにして、腕を払う要領で押し退ける。
そのまま数歩離れて、肩越しに振り返った。

「気安く触らないで。僕あんたみたいなの嫌いだから」
「僕みたいなのって?」
「そーゆー、さり気なく周り排除して囲い込もうとする感じ」
「丁抹君みたいで? …ふふ。でも、誰かを好きになっちゃうとみんなこんな感じだと思うよ? 理想高すぎるんじゃない? 諾威君のことは、君最初から諦めちゃってたから傍観してただけでしょ?」
「怒るよ」

追って伸びる手を、再度音を立てて払う。
…本当しつこい。
もう二回三回拒否ってるのに、一向に退く気配がない。
僕がノーレを諦めて以降、相手がいないならってやたら構ってくる。
セフレとかならまだしも、本気で詰め寄られると迷惑過ぎる。
僕に好きな人がいないからって、それがイコール彼の好意の受け皿になる訳ないじゃん。
その辺馬鹿だと思う。
…っていうかたぶん冗談の類だと思うんだけど。

「夕方になったら帰るからね」
「え~?」
「えーじゃない」
「もう一晩泊まってってよ。ぎゅ~ってしたいなぁ」
「嫌」

断言して、完全に背を向ける。
拒絶のつもりでその仕草をしてみても、間を置いて、後ろから突然抱きつかれた。
…鬱陶しい。
苛々する。

「…馴れ馴れしいんだけど」
「僕、結構いい恋人になれると思うんだけどな~? ふたりで仲良く暮らしたいよね」
「はいはい…」
「このままずっと僕のお家にいてくれたらいいのにな」

肩に抱きついている両腕を掴んで、左右にぽいっと開いて捨てる途中で、大型犬がそうするように後ろからぐりぐりと額を耳のところに押しつけてきた。
気まずさに一度ぐっと耐えてから、途中だった両手を左右に開いて腕から逃れる。
…今日帰る予定は外せない。
明日から、一応仕事が入ってるから。
今日泊まって明日の朝帰るとなると疲れるし、予定が合わなくなる。

「…またそのうち会う機会くらいあるでしょ」
「う~ん…」

両腕を組んだまま吐き捨てると、両手を緩く開いたまま、露西亜が首を傾げた。

「でも、やっぱりできれば一緒にいたいなぁ…」
「今日一日はいるんだから、聞き分けたら。子供じゃないんだから。…それとも、何か僕に不満でもあるわけ?」

人が執事服まで着て今日一日手伝ってやるって言っているんだから。
不機嫌さを見せつけるように露西亜を睨むと、彼は慌てて首を振った。

「ううん。それは無いよ」
「じゃあいいでしょ。紅茶くらいならもう二 三杯いれてあげるし。主人は大人しく座ってれば?」

手袋をした親指で背後のソファセットを指差すと、彼もそちらを一瞥した。
近距離で抱きつかれるよりは、傅いて静かに紅茶淹れていた方がよっぽどいい。
少し迷ったようだが、やがて彼は顔を綻ばせた。

「それじゃ、もう一杯もらおうかな?」
「じゃ、大人しく座ってて」
「あははっ。恐いバトラーさんがいる~!」

露西亜の肩を押してソファへ戻るよう促す。
押し出されて一歩歩き出したところで、露西亜が不意にぴたりと足を止め、反転して僕へ向き直った。
ぎくりとする間もなく、角度のいいキスが唇に触れ、すぐに離れる。
…。
ろくな反応もできず、顔を顰めるしかなかった。

「紅茶の香りする?」
「…っ、馬っ鹿じゃないの!」

頬が熱い状態で、バシッ…!と力任せに露西亜の肩を叩き、脛を蹴り飛ばしてやった。
一瞬バランスを崩しながらもソファに座り直してにこにこ顔で待っている彼へ、ティセットで準備した紅茶を、規定時間プラス二分の渋めで淹れてみたが、彼の独特の飲み方である"紅茶をお湯で割る"という意味不明な方法によって、全然堪えてくれなかった。

今日中に次に紅茶をいれる機会があったら、プラス十分にしてやる…と心に誓いながら、音を立てて粗っぽく菓子皿をテーブルに置いた。



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露西亜の執事さんの衣装を目撃する機会がありまして思わず書いたもの。
露西亜ちゃんはらぶ氷君。
なんかもう、逆に本命には奥手なので動いてくれなくて困っています。
2013.5.26






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