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本人達は有り得ないと全否定するだろうけど…。
お兄ちゃんがいなくなってからの丁抹の落ち込みようは、瑞典のそれととてもよく似ていた。
芬蘭がいなくなって瑞典がずっと引き篭もって落ち込んだ時みたいに、部屋に閉じ籠もって顔を覆って嘆いて、時々詩とか小説を書いてまた覆って…。
暴君も見る影無しって感じ。
喪失感のつもりか何だか知らないが、南の連中がかなり喜んでるのにそれだって完全放置。
ちょいちょい突かれてた英国のはしゃぎ方なんか半端じゃない。
仏蘭西に取って代わるつもりなのかは知らない。興味もない。
それよりも、その喪失感気取ってる無気力な男が腹立たしかった。
だって、何その親友面…て言うか恋人面。
自惚れすぎてるし。
お兄ちゃんが昔から瑞典が好きだったのを、僕は知ってる。
同盟だって、最初は彼としてたのに、それを根本から邪魔して無理矢理引っ張り出して拘束してた奴が、取られたから落ち込むとか…何?
意味分かんない。
例えその後に相愛になったとしても、始まりが歪んでずっとそうなるようし向けられた檻の中に入れられたら、常識も感情も曲がってしまって当然だと思うから、そんなの非道だと思う。
曲げられた感情なんかに価値はない。
なのに、まるで最初から自分たちは恋人で、お兄ちゃんが全てでしたってその空気。

「…ほんと、何様のつもりなんだろうね」

廊下の途中で足を止め、閉まったままの丁抹の部屋のドアを見詰めながら肩を竦めた。
右肩に乗ってた友達が、一声小さく同意して鳴く。
…すごく嫌い。
とても嫌い。
だからもっと落ち込ませてやりたくて、部屋に戻って宝箱に鍵を差し込み、次の日からお兄ちゃんとお揃いの髪留めを横髪に差してみた。
これだって、本当はすごく嫌い。
馬鹿がずっと昔に神様からもらった、血の中に輝く白いクロス。
みんなに分けてあげたのは好意からだとしても、自分が所有者だリーダーだって言われてる気がして、本当に好きじゃない。
お情けで貰った僕は一度も付けなかったけど…。

「…」

鏡の前に立ってみる。
友達がタオルケットの上で低く小声で、やめとけば…?って、一声鳴いた。
でも、程遠いけど、面影くらいはあると思ってる。
だって兄弟だから。


Fyrsta manneskjan



「…なあ、アイス」

折角ここ最近の辛そうな顔を見て見ぬ振りをしてたのに、一週間くらい経ったある日、とうとう面と向かって声をかけられた。
庭にある丸テーブル。
午後のお茶の時間が終わって、イスに座ったままクロスを畳んでやってた僕の向こうの席で、立ち上がって片手でテーブルを拭いていた丁抹がぽつりと呟いた。
反対の手に持ってるトレイの上で、カップやら食器やらがカチャカチャ鳴ってて危ない。
落として怪我でもすればいいのにと思うが、器用にバランスを取りながら小さな声で尋ねてくる。

「それよー…。ワザとけ?」
「それって何」

言うと、それ以上続けず黙り込んだ。
聞く勇気もないみたい。さっきから目も合わせない。
臆病で弱虫。
思わず心の中で鼻で嗤う。
…畳み終わったクロスをテーブルに置いて、席を立った。

「ワザと以外ないんじゃない。普通」
「…」
「ごちそうさま」

一言残してやってから部屋に戻ろうとその場を離れて玄関へ向かい、ちょっとドアを開けたところで肩越しにちらっと振り返った。
泣いてればいいなと思ったけど、食器片付けるの中断してぼーっとイスに座ったまま遠い目で庭の端っこ見てた彼は、別に泣いてなかった。
…そのまま帰ろうと思ったけど、ちょっと馬鹿の所まで戻ってみる。

「…。ねえ」

彼の座ってるイスの背に片手を添えると、漸くちらりと顎を上げてこっちを見上げた。
無理して笑う笑顔が余計に苛立つ。

「ん…? どしたい。部屋戻んねんけ?」
「別に、キスくらいさせてあげてもいいよ」
「…。あ?」
「いいんじゃない。思い出振り返るくらいしたって。…最近あんた鬱っぽいし。いい加減浮かないと、潰されるよ」
「…」
「でも、する前は絶対歯磨いてきてよね」

言い切って回れ右すると、今度こそ振り返らずに部屋に向かう。
急に庭の風が強くなって、その日の夕方は通り雨が降った。
別に雨期でもないのに、その日から一週間近く毎日雨が続く。
異様な天気だった。
でも、雨雲は西から流れてきてるらしくて、お兄ちゃんが泣いてる訳じゃないから単なる偶然だと思う。
…そもそも、当事者2人が黙っていれば露見なんかしないし。
事実なんてものは、表に出なければ事実じゃないし。
誰も知らないことなんてものは本当は世界にいくらでもあって、みんな自分の汚い所隠してるから何とか円滑装って生きていけてるだけでしょ。
全然可笑しくないと思ってる。
そのまま2回3回って繰り返しても良かったけど、何か次の日から丁抹は更に沈んで更に鬱に入ったから、結局関係は続かなかったけど。

馬鹿の傷を剔れて、僕は結構気分が良かった。

 

 

 

 

それから数日後。
今まで保護者面してあれこれ世話してたくせに、丁抹は突然僕のいる離れに顔を出さなくなった。
彼の暮らす本城にはそもそもこっちから滅多に行かないから、あっという間に交流はなくなる。
一緒にお茶を飲むことも本を読むことも、話すことも、顔を見ることもなくなった。
こっちもそこまで顔見たくもないから避けるのは別にいい。
傷が深い証拠だし。
そのうちなあなあになってこの離れは僕のものになるだろう…っていうか、そもそもお兄ちゃんの離れだったし。
多少困ることといえば、掃除とか食事の支度とかお茶の用意とかが面倒臭いことくらい。
でも別にできない訳じゃないから。
…とは言え、時間を割く程食事とかに執着もないし、魚が釣れない日は何も食べずに庭の木陰でぼーっとすることが多くなった。
そもそも釣りに出るのも面倒臭い。やる気が起きない。
温泉で遊ぶにも相手がいるし、火山は僕が落ち着いてるから今はとっても静か。
みんなは、最近どうやら険悪ムードらしい。
でも、それすら僕には関係ない。
みんな大勢の方が楽しいって言うけど、一カ所が一度崩れるとそれが連鎖してみんな一気に仲悪くなるから、僕はどちらかというと独りの方にメリットを感じている。
お兄ちゃんとは一緒に暮らしてもいいけど、だって今はおまけで瑞典とか付いてくる。
瑞典自体は嫌いじゃないけど、彼と一緒にいると周りとの喧噪に巻き込まれるから今は嫌。
毎日何もない。
とても静かだ。
日は昇って沈んで、そして次の日が来る。

「……」

時々、友達のパフィンが横で小さく鳴いたり。
頭の上に乗って短い翼をぱたぱたしたり、地面に降りて嘴でスラックスの端をくわえて立つよう促されるけど、あんまり立ちたくなかった。
特別何もせず、指定席となった木陰で風にそよぐ花々と山と空を見送る。
ちょっと歌いたくなったら鼻歌歌って、うとうとして眠くなったらごろ寝して、また起きて…。
そんなことを繰り返していると、不意に。

「見ぃ~ちゃった☆」
「…」

木陰の下、することもなくて芝生の上でごろ寝してる僕の視界に、反転した嫌な顔がぬっと出てくる。
直後、ぼふ…っと顔面に垂れ下がった彼のマフラーの端が落下してきた。
…鬱陶しさを前面に出しながら、片手の甲で払って改めて相手を睨み上げる。
露西亜は、いつ見ても人を馬鹿にしたようなぽやっとした間抜け面してる。
でも、あんまり長い間見ている価値もないし、一瞥くれただけでまた目を伏せてちょっとだけ浮かせた頭を腕枕に置いてごろ寝を続けることにした。
何を見たのか具体的に指摘された訳じゃないけど、何でだか確信めいたものがあって彼が何を指しているのかすぐに分かった。
結構時間経ってるのに何で今更報告しに来たんだとか、どこからどう見てたとか。
色々聞くのすら面倒。
見たっていうなら見た事実は覆せないし、仕方ないと思う。
…僕に何を期待してたのか、露西亜は僕の無反応にきょとんと瞬き、首を傾げた。

「あれ…? あんまり驚かないんだね」
「だって別に驚く程のことでもないし」
「ふーん。そうなの?」
「何。あんたまさかキスとかセックスが珍しいの? 冗談でしょ」
「ああ。そう言えば君ってそういうの平気なんだっけ」
「…ねえ。何で隣座るの」

もそもそ芝生に腰を下ろす音が聞こえてまたちょっと顔を上げると、許可も得ず勝手に露西亜が隣に座った。
少し待ったけど退く気はなさそうで、だから僕の方がずずずと横に移動して彼と距離を取ることにする。
僕と彼との間にパフィンがてちてち移動し、丁度中央に垣根代わりみたいにしてすとんと腰を下ろしてくれた。
降ろした後で、ヴォー…って、自慢の低い声で鳴いて露西亜の方を向く。
たぶん僕を守って警戒してくれてたんだろうけど、そのうち露西亜がにこにこしながら指先で友達を突っつきだしたから、仕方なしにやめてよって、半身を起こして友達を膝の上に戻した。
…っていうか、得意じゃないし。普通。
変な悪評流さないで欲しい。

「…何しに来たの。帰れば? 喧嘩で忙しいんでしょ」
「うーん。えっとね…。どんな顔してるんだろうな~って思って」
「僕? …普通だけど」
「うん。みたいだね。残念。…僕人の泣き顔好きなんだ。集めててね、だから一応羊皮紙持ってきたんだけどなあ~」

ちらっと露西亜が僕の庭から道の方へ視線を移して片手を振る。
確かに柵の外に…何だっけ、彼は。
名前忘れたけど見たことがあるような露西亜の取り巻きが1人いて、目が合うと小さく慌てた様子で頭を下げた。
どうでもいいので半眼で一瞥してからまた目の前の田舎者に戻る。

「悪いね。期待に添えられなくて」
「うん、本当。今から泣いてくれてもいいよ?」
「望み薄だと思うからさっさと帰った方が賢明なんじゃない」
「家族ってそんなに大切? だって置いてかれたんでしょ?? 君みたいな子でもやっぱり無くなると寂しいの?」
「…」

こっちの話完全スルーで、ずぱっと露西亜が聞いてくる。
…本当うざい。
何でこの手の話がそんなに好きなのか全然分かんない。
両目を伏せて深々と息を吐いた。
そんな訳ないし…って。
言おうとしたけど、急に意地を張るのが馬鹿馬鹿しくなって、軽く俯いた。
…本当は誰かにそう聞いて欲しかったっていうのも、結構前から自分で気付いてたし。
ここは素直になってあげることにする。

「…まあね」
「…」
「寂しい…のかな。よく分からないけど。…何だかぐるぐるしててよく分かんない」
「丁抹君と一緒にいなくていいの? 一人でいると狼さんが来た時とか、君非力だから一発で食べられちゃうよ?」
「どうでもいいよ。…第一、ダンはそこまで僕に興味ないし」
「あ、ねえ。ところでご飯食べてる?」
「…」

気まぐれだけど、膝を抱えて少し正直に吐いてやってもいいかなと思って背中を丸めてやってたのに、速攻で無関係な質問が飛んできて半眼になった。
人の話聞かないにも程がある。
…こいつ相手に相談とか弱音とか、馬鹿だった。

「…あのさ。あんたどれだけ人の話聞かない気」
「聞いたよ~。聞いたからご飯食べてるのかな~? って」
「意味分かんないんだけど」

だってお腹空かないし、ご飯とかどうでもいい。
もう苛つく気力も起きなくて、抱えている両膝に額を当てて蹲る。
蹲った僕の隣で、座ってた露西亜が立ち上がったのが分かった。
でも顔を上げる程興味はなくて、俯いたまま垂れる横髪の隙間から揺れるマフラーを一瞥してまたすぐ目を伏せ、膝に目元を擦り寄せた。
…庭を通り過ぎて門の方へ向かったから、てっきり帰ったのだろうと思った露西亜が戻ってきたのはそれから僅か一分足らずだった。

「はい!」
「…。何」
「おやつだよ♪ ピロシキって知ってる?」

目の前にぶらりと、指で抓まれた無地の袋が下がる。
それをじっと眺めてから、顔を上げてその向こうの露西亜を睨み上げた。

「いらないし…」
「そう? じゃあ捨てといて。中身リンゴとかのフルーツ系だから、僕あんまり好きじゃないんだ」
「何で買ったの」
「普通に挽肉とかのやつだと思ったんだよ~」
「…馬鹿なんじゃない」

メニュープレートくらい見るのが普通でしょ…って、両目を伏せて思いっきり呆れたため息吐いてやった。
とにかく、露西亜はそれを今まで自分が座っていた場所に置く。

「ここ置いとくね。僕のゴミでよければ食べてもいいよ~」
「ああ…。たぶん喜ぶと思うよ。ゴミ箱って好き嫌いないし」
「…ふふ」
「…。何なの」

間を置いて、露西亜が不気味にも一人で小さくにぱにぱ笑い出す。
マフラーに顎を埋めて笑いながら、馬鹿っぽく両手を軽く広げて数歩後退した。

「君って落ち込んでてもあんまり可愛くないんだね。普通の時の方がマシかも」
「…喧嘩売ってんの?」
「え? まさか~。だって君買うお金なんてないでしょ? 売るだけ損だよ」
「…」

不愉快がリミット振り切って、この場から立ち去ることを決める。
苛々が募って、無言のまま立ち上がると少しだけ汚れた腿の後ろやお尻を両手で叩き、最後に背を屈めて友達に片手を伸ばす。
手に乗ったパフィンを左肩に移動させると、立ち上がった僕の足下に置かれた紙袋を無視して、回れ右をし背を向ける。
庭にいるの好きだけど、絡まれるなら引き篭もっていた方がずっといい。
別れの挨拶もせず振り返りもせず、数歩歩いた所で。

「早く元気になってね」

…って。
そんな声が聞こえてきた気がして、思わず振り返った…けど。
振り返った先には、何の興味も残さない歩き出した露西亜の後ろ姿と風にそよぐマフラーだけで、僕らの間の距離的に考えてもとても呟いた一言が聞こえるようなことはないと思う。

「…」

空耳か…。
嫌な空耳で、自分に腹が立つ。
最近、僕も丁抹の鬱が移ってきたのかも。
…僕はそのまま家の中に入ろうと歩き出したんだけど、まだ数歩も歩かないうちに肩に乗っていたパフィンが急に短い翼を広げて僕の肩を蹴り、ぽてっと背後に落ちた。
そのままぺちぺちさっきまで僕が座っていた方に歩いていくと、さっき露西亜が残していった紙袋を嘴に咥えてずずずと一生懸命引っ張り出す。
…。

「何。持ち帰るつもり? いらないから」
『バーロ!おめぇ顔色悪ぃんだよ。何日食ってねぇと思ってんだ。作る気起きねぇんならあるもんだけでも食ってろ!』
「…だって別に僕がいたっていなくたって誰も」
『だー!!ッたくうっるせぇな! いーから運べ!』
「…」

パフィンが言うから、仕方なくとぼとぼ木の下に戻って紙袋を拾い上げ、再び彼を肩に乗せて玄関に向かった。

「…僕食べないからね」
『へーへー』
「絶対食べないから。絶対毒とか入ってる」
『へーへー』

ドアノブを回して家の中に入る。
誰もいないダイニングに久し振りに腰掛け、紙袋を置くと、中から少しさめ始めているピロシキを取り出して友達のためにテーブルの上に広げてあげた。
指先で小さく食べやすい大きさにぽろぽろ崩してあげると、暫くカツカツ突いてたけど、あっという間にお腹一杯になったらしい。

『俺様ぁもういらねえ』
「良かったね。お腹膨れて」
『おめえも食えよ』
「…いらない」
『いーから食え!』

頬杖着いてそっぽ向いた僕の頭に器用に乗り上げると、翼を広げてちょっと煩く鳴く。
あんまり煩いから、仕方なしに一口だけ齧ることにした。
頬杖着いたまま、やる気鳴く手を伸ばす。
…パフィンが食べても平気っぽいから、毒は入ってなさそうだけど。
甘い汁で煮たリンゴが綺麗に光っているけど、具を食べる気はなくて、生地の端の方だけ小さく齧る。
サク…と冷え切って静かな部屋にその音が大きく響いた。
大きさ的に咀嚼する必要なんて無いけど、無意味にもぐもぐ噛み砕いてみる。
食べたのは生地なのに、具であるリンゴの甘みが移っていた。
…。

「…美味し」

無意識に唇から溢れた形容詞を残して、じわじわと身体から力が抜けた。
頬杖を解き、広げたピロシキの横にずるずると沈んでいき、テーブルに俯せて両腕を重ねた上に額を添える。
頭上に乗っていたパフィンが少しバランスを崩したみたいだけど、やがて落ち着いて滑り落ちるように僕の腕を下ってくると、テーブルに立って僕の髪を軽く噛んだ。

『うじうじしてんなって。ノーレが迎えに来ねぇのはスヴィーの野郎が外出禁止してっからに決まってらあ。今だけだって』
「…」
『それはそうと、人と喋ったのは久し振りだったんじゃねえか?』
「……そうかもね」

今顔を上げると不細工になってそうで、俯いたまま僕は更に背中を丸めて応えた。
本当に久し振りかもしれない。

僕が独りになって最初に来るのは、お兄ちゃんか英国だと思っていた。



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諾威さんが瑞典さんに連れて行かれた頃、王子様は丁さんと一緒でした。
でも育児放棄気味。
瑞西さんもですが、自律が強いのは苦労してきた証拠ですよね。
2013.5.6






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