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「英国さん」

放課後の忙しない時間帯。
不意に呼び止められて、階段途中の踊り場で足を止めた。
声のした上階を見上げると、丁度手摺りに片手を添えて日本が階段に足をかけ降りてくるところだった。
本当はこんな所で時間食ってる訳にはいかないんだが、仕方なく進行方向から身体の向きを変えて振り返り、降りてくるのを待ってやる。
に、日本はとろいからな。
体格も平均全然行ってねえし、別に子供扱いしている訳じゃないが、うっかり転ばないかどうか心配になり、無意識に軽く左腕を浮かせていつ落ちてきてもいいように微妙に構える。
だがまあ、そんなことは当然無く、別に駆け足でも足早でもなく、至って普通に日本は階段を降りてきた。
…落ちてきても全然いいんだけどな。
俺が受け止めるから…っていうか寧ろ落ちてくれると有難いというか…。
いや…!別に不幸を願っている訳じゃないんだが!
胸中で一度首を振りつつ、行動としては小さく息を吐く。
彼が降りきるよりも一,二段上で止まったため、いつもと違って目線が同じ高さだ。

「何だ、日本。どうした? …帰りだったら、悪いが一緒には帰れないからな。今日は月一での教師側と生徒会の会議があるんだ。だから、」
「あ、はい。承知しています。…というか、そもそも自宅が正反対ですから」
「あー。まあ、そうなんだが…」

さらりと受け流す日本の態度が気に食わず、焦りつつ苛つきもする。
確かに俺と日本の家じゃ正反対だ。
校門を出て右か左かくらいに正反対なもんで、一緒に帰るも何も校門までだ。
この間みたいに急な雨が降れば、車で送ってやれたりするんだが、生憎学校があるこの地域は、俺の家の気候のように年がら年中雨という訳でもない。
ぼちぼちに晴れ、ぼちぼちに曇り、程よく雨が降る。
天気予報で先に周知されるとしっかり傘を持ってきやがるんで、できればゲリラ豪雨が理想だ。
先日の雨の日の送迎があったんで、てっきり今日も一緒に帰るかという誘いかと思ったが、どうやら違うらしい。
期待して損した。

「もう部活の時間だろ。新聞部に行かなくていいのか?」
「丁度今から向かうつもりです。その前に英国さんの後ろ姿を見かけたもので、追ってきたんですよ」
「え…」
「これ」

そう言うと、日本は小さくカラフルな紙袋を俺へ手渡した。
持っていたファイルを脇に挟み、両手を空けてその袋を受け取る。

「な、何だ…? プレゼントか?」
「ええ。和菓子なんですけど。受け取っていただけると」
「嬉しいが…。何で急に」
「先日、雨の日に送ってくださったので。些細ですが、そのお礼です」
「へ? …何だ。そんなことでわざわざ用意したのか?」
「わざわざというか…。ちょっとお礼をと思っただけですよ」
「…」

掌に乗った紙袋。
日本の家の和菓子は見た目も綺麗だし、甘さも控えめで好物だ。
謙遜しているみたいだが、たぶんいいものを選んでくれたんだと思う。
いつもそうだし。
嬉しいことは嬉しいが、何となく素直に受け取れず、俺は片肘を階段の手摺りに乗せて呻いた。

「あー…。あのな、日本。前々から言いたかったんだが…。別に俺、お前から何かお礼貰おうなんて思ってないんだよな。ほら、この間だって亜細亜クラスで上位になったから本贈ってやったら、栞とか返してきただろ?」
「え…あ、すみません。ご迷惑でしたか?」
「や、違う違う。迷惑ってわけじゃないんだが…。あー…」

目を伏せて数秒考える。
…何て言えば伝わるんだろうな。
近所にこういう奴がいなかったから扱いが分からない。
普通、贈ったプレゼントに何か返すか?
クリスマスじゃあるまいし。
クリスマスならお互い送り会って普通だが、何でもないただのプレゼントにお礼付けてくるか普通?
俺が贈りたくてプレゼント贈るのに、素直に受け取って貰えないようで何となく哀しくなるんだよな。
できれば止めて欲しいってのに…。
俺の態度に、日本が少し困惑しているように見えた。
困らせたい訳じゃないが、分かって欲しい。
軽く舌打ちした後で、指の間で髪の襟足を流すように自分の首の後ろを掻いた。

「えーっとな…。何て言うかな。俺がしたいことをしてるんだから、それにお礼はいらないんだよな」
「…お気持ちを返してはいけないということでしょうか?」
「いや、いらないっつーか、言葉でいいんだ。お前は返しすぎなんだよ」
「はあ…。…ええと、ですが私の家では何か頂いたりしてくださったりした時は、お返しをすることが普通なので。それをしないというのはちょっと…」

申し訳なさそうに萎縮する日本に、う…と言葉を詰まらせた。
そういう顔されると本気で困る。
まるで俺が虐めてるみたいだろ…。
うう…。苦手だ。
掌に乗っている袋の上を抓んで、反対側の手の指でそれを弾き、ため息を吐いた。
俺的には、できればこのまま、日本のために俺が何かしてやるのが"当たり前"になってくれると嬉しい。
そういう間柄でありたいっつーか…何かこう、あるだろ。そういうの。
勿論、一方的じゃ困る。
何事も駆け引きだ。
俺だってそれなりの見返りが欲しいが、その為に誠意を見せるのは当然だと思ってる。
こいつ鈍すぎるからな。まずは俺から動かなきゃ話にならない。
押さえつけて言うこと聞かせりゃいいとか、そういうんじゃないんだ、日本は。
だからこそ、もっと普通に反応して欲しい。

「和菓子も有難いが…。普通に、"Thank you"っつってキスでもしてくれた方がよっぽどすっきりするんだよな」
「…キス、ですか?」
「あ?」

無意識に呟いた俺の発言を日本が復唱し、その声で自分の発言に気付いて慌てて片腕を上げた。

「…あ、ちがっ。悪い!今のは変な意味じゃなくて…!キスっつっても挨拶の方のキスだ!!普通の方のキス!」

挨拶の方のキスの意味で言ったが、そういえばこいつの言うところの"キス"は基本が唇だって聞いたぞ。
たかが雨の日の送迎一日で俺が口キス要求するような男に思われちゃ心外も心外だ…!
そんな強欲じゃねえしがっついてねえぞ!
俺には大人の余裕ってやつがあるんだっ。
慌てて自分をフォローしていると、日本は小さな顎に片手を添えて、はあ…と軽く首を捻った。
…わ、分かってんのか?
大丈夫か??
こいつ妙なところあるからな…。
…いや、まあそこがミステリアスで魅力的なんだが。

「…頬を添えて音立ててここんとこにするんだよ。挨拶はな」

自分の頬を片手の人差し指で差して教えてやる。
じゃないと勘違いされそうな気がした。
俺の説明を聞いていた日本が、不意に瞬いて俺を見上げる。

「…あの。すみません。私よく分からないのですけど、そちらの方が英国さん的には礼になるということですか」
「あ?…ああ、そうだな。一々品物投げられるよりはよっぽど気楽で助かる」
「左様ですか。…では、遅ればせながらで申し訳ありませんが、そちらにいたします」
「…。へ?」

緩く両手を差し出して俺の肩へ正面から手を添えた日本の言動に、ぎくりと身が攣った。
思わず一歩後退する。
…あ、あれ?
状況を把握する前に、日本が詰め寄って懐に入り込む。

「あの、すみません。ちょっと屈んでいただけると…」
「え…?」

…などと疑問符を浮かべつつ、言われたとおり屈む。
自分の横髪を指先で一度耳にかけたあと、顔を詰めて流れるような仕草で、日本が俺の頬に音のないキスをした。
静かに頬が湿る。
…。
間を置いて、小さな身体が離れた。

「こちらの方が礼になると仰るのでしたら、今後はその様に致します。物も知らず申し訳ありませんでした。教えてくださって助かりました」
「…」
「では、失礼いたします。お時間頂いてありがとうございました。お仕事頑張ってくださいね」

ぺこりと会釈をすると、そのまま踵を返して今降りてきた階段を上がっていく。
衝撃に時間停止させられている俺を残して。
…階段を上りきると、振り返りもせず日本はそのまま廊下の方へ消えていった。
…。

 

 

 

「…んなとこで何分そーしてる気?」

数分後。
偶然通りかかった仏蘭西が、半眼で馴れ馴れしく話しかけるまで、どうやら俺は踊り場に一人立ちつくしていたらしい。
…因みに、生徒会長である俺の遅刻で、会議は十分の遅延開始となった。

Please give me the gratitude in kiss



「はあ…。今日も晴れか…」

放課後の生徒会会長室。
狭くも隔離された部屋のイスで足を組み、デスク背後の窓から校庭を眺めた。
昨日も今日も晴ればかりだ。
舌打ちしたくなる。
送迎通学の俺と違って、日本はバス通だからな。
雨が降ったらまた送ってやってもいい。
そうしたら、またこの間みたいに"お返し"がもらえるかもしれない。
…いや、別にそこまで欲しいって訳じゃないし、たかがあの程度の挨拶でときめいたりとかそんなことは断じてないんだが、それでもいつもはキスしない奴がするとやっぱ珍しいっつーか…。
…。
小さくて温かくて柔らかかったんだよな…。

「…はあ」

イスをくるりと回し、書類が散らかっている机の上に右腕で頬杖を着いてため息を吐く。
何でこの俺がこんなにもやもやしなきゃならないんだと、時々無性に腹が立つ時がある。
自覚はあるが、今の所は一方的な片想いだ。
完全にな。
ラブレターやら告白やら受けたことは何十回とあるが、うざったいくらいのそれを払って流す方法は熟知していても、自分から動いたことがなかったんで、何していいか分からない。
本当は挨拶程度に軽くして欲しいんだが、それは流石にまだ難易度が高いだろう。
第一、家族でもハグすらしないっていうんだから、あいつはクールすぎる。
あいつんちって、愛情をどうやって表現するんだろうな。
気にしたことなかったが、もう少し分かりやすく立ち居振る舞って欲しいもんだ。
…軽く鬱っていると、不意に部屋をノック音が響いた。

「ぃよーっす。英国~」
「あ…?」

入室の許可をする前に、隣の生徒会室と繋がっている一枚ドアから仏蘭西の野郎が侵入してくる。
料理部なんて暇人寄せ集めみてーな娯楽部活にいるせいか、時々招いても以内のにこうして遊びにきやがる。
入ってきた仏蘭西に、俺は半眼で一瞥くれた。

「あんだよ…。勝手に入ってくるなっつってんだろ、髭」
「相変わらず一人寂しく奥まった場所にいやがるなぁ。おにーさんの為に紅茶の一杯でも出して出迎えてみせろって」
「冗談じゃねーよ。…つか、何しに来たんだ。帰れよ」
「ほらよ」
「…あ?」

しっしと野良猫を払う要領で手を振った俺のジェスチャーを無視してデスクに近寄ってくると、仏蘭西は向こう側から身を寄せて両肘着くと、俺へスマフォを差し出した。
大きめのディスプレイに、先日廊下の踊り場でキスしてた時の俺と日本が、斜め上から激写されている写真が写されていた。
ざわ…っと全身が総毛立った。

「おま…ッ!」
「ぅおーっとぉ。誤解すんなよなー。別に茶化す気はないから安心しろよ」

空かさずスマフォを奪おうと右腕振るった俺の手よりも早く、仏蘭西は身を引いた。
空を切りった片手をそのままに、ぎろりと一歩退いた奴を睨み上げる。
見せつけるようにしみじみ自分の携帯を見下ろし、片手を制服のポケットへ入れて得意気に仏蘭西が口笛を吹いた。

「珍しーもん見ちゃったからさーぁ。取り敢えず撮っとかねーとと思ってな」
「ふざけんなよ!しっかり茶化してんだろーが! 消せよな!?」
「あらら~ん?消しちゃっていいの? お前いるかなー?と思って教えてやったのに~」
「ぅ…」

言われて、ぴくっと肩が震えた。
欲しいような気もするが、こいつに頼むのは癪だ。
どういう訳か、別に喋ったわけでもねーのに仏蘭西の奴は俺の気持ちを察してこうして時々からかってきやがる。
何でお前が知ってんだ!と怒鳴ったこともあったが、「何百年越しの付き合いだと思ってんだ」と言われてしまえばそれまでだ。
殆ど意味のない悪友だが、何だかんだで幼馴染みの繋がりは侮れない。

「はん…!そんなもんいらねーよ」

迷ったが、結局プライドが勝って、デスクの向こうにいる仏蘭西に背を向けるようにイスを回し、再び校庭の見える窓を向く。
窓のガラス越しに、仏蘭西がデスクに片足乗せて腰掛けるのが見えた。

「ばーか。後で送ってやるって。安心しろよ。天下の冷徹男な生徒会長様のサポートなんてしてやってる親切なご学友は俺くらいなもんだぜ? …しかし、日本からキスなんて珍しいよなー」
「ただの挨拶だっての…。あいつ一々プレゼント投げてくるから、キス一つして感謝すりゃそれで十分だって教えてやっただけだ」
「ああ~。なーるほど。お前のせいなわけね」
「…?」
「ほいっ」

仏蘭西の物言いが気になって、またイスを反転させる。
デスクに向いた俺の眼前に、ずいっとスマフォが突き付けられた。
そこにはさっき俺たちがキスしていた写真じゃなく、別の写真で…。
…って。

「あああああああっ!?」
「これも見かけたから思わずシャッターきりました~♪」

突き出されたスマフォを両手で握って、思わずイスから立ち上がった。
ディスプレイには背を屈めた和蘭の奴にキスしてる日本の写真が写っていた。
しかも俺たちのキスシーンよりアップで!

「んだこれぇええええ!何であいつが和蘭の奴にキスしてんだよ…!?」
「いやだから、お前が教えたんだろ。挨拶だって。…ここ数日、日本が突然キス始めたからおっかしーなぁと思ったんだよな~」
「あぁんの浮気者おおおっ…!!」
「…いや、まだお前のじゃねえし」
「あちこちにほいほい餌撒きやがって…!温厚な俺だって流石にキレるぞ!?」

ガンッ…!と片手でデスクを叩いて仏蘭西のスマフォを握り、俺はデスクをぐるりと周り、部屋の端にかけてあった上着を掴み取ると腕にかけた。
間延びした声でデスクに座ったまま、仏蘭西が間延びした声をかける。

「おーい。何処行くんだよー?」
「一発ガツンと言ってやる…!」
「何て?」
「他の奴にキスすんなってだよ!決まってんだろ!!」
「おー。はぁ~い。いってら~」

ドアノブを握って部屋に残る仏蘭西に言い返し、荒々しくドアを閉め、隣の生徒会室を大股で通過して廊下へ出た。
どうせ場所なんて新聞部だろ!
襟首掴んで今日という今日は言い聞かせてやる…!

 

 

で。

「…………は?」
「は?じゃねえだろ!? だから!誰の許…。…」
「…。えーっと…?」
「…」

頭に血が上って、そんなテンションで日本を呼びつけ部活棟裏へ引っ張り出した。
"乗せられた"と気付いたのはすっかり言い切った後で、だから俺にはどうすることもできず、我に返った時には目の前の日本がきょとんとした顔で俺を見上げていた。
永遠に、ひたすら続くような沈黙に、だらだらと遅れて凄まじく汗が流れ始めたが…。

それも日本が口を開くまでの間だったから、実際には数分にも充たなかったのかもしれない。



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学ヘタ設定。
あんまり書かないですが、制服と学園設定は萌えますね。
生徒会長様格好いいし。
2013.7.21







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