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もう結構昔。
当時、俺たちがまだ普通に親しくて、ただの幼馴染みでただの親友だった頃。
上司どもが会議だ何だのやってる間暇すぎて、広い中庭で追いかけっこしたり装飾品を自慢し合っていたりして時間を潰すのはいつものことだが、その時は会議が酷く長引いて、とうとう夕暮れになった。
絵を描いてどっちが巧いで喧嘩になり、一発ぶっ叩いて粗方奴が痛がり終わるといい加減することもなくなり、噴水の縁に並んで腰掛けて紫色に染まる空を見上げ、ぼーっとする。
…いつまでも幻惑の空を眺めずにさっさと室内に入ってお茶でも飲めばよかったと、今でも後悔している。
“黄昏の魔法”にかかり、奴が一足先に最近好きな奴ができたとかほざき出すから、恋愛に疎いと思われるんが妙に嫌で張り合い半分に、そんなん俺もおるわと白状した。

「まじけ!?おめえが…!?」
「…何なん、そん反応」
「まさかたぁ思うがおめえ…。何処の独逸な騎士団じゃなかっぺな」
「阿呆か…。ガキどもなんざ興味ねえわ。…近所だ近所。東隣」
「んー? 東隣っつーと…」
「スウェーリエ」

誰だと聞かれて渋らず速攻で教えてやったんは、奴が親友だったからだ。
聞いた後も特段変わった様子はなかった。
顎に片手を添えてへーだとかほーだとかそんな相槌を打ち、最後は趣味悪ぃと苦笑していた。
ほっとけ、と舌打ちして応えた。

「んじゃあ、俺ぁ後方支援すっから。おめえとスウェーリエが一緒にいられるよーによ」
「は…。おめえに何ができるっつーんだ」
「ばっかおめ…。こーんな強力な味方いねえぞー?」

夕暮れ時。
片手首掴まれて無責任で無理矢理な、馬鹿みたいなひとつの幼い約束を交わして指切りした。
そんな約束を忘れた頃に俺が病弱になり、嫌だっつってんのに奴の家で養生することになった。

それから間もなく。
阿呆がへらへらしながら、スウェーリエとおまけを連れてきてやったぞと言ってきた。
また阿呆なこと言ってらと思いながら二階奥の部屋から階段へ出て行くと、本当に玄関ホールに繋がる段下にスウェーリエとおまけ呼ばわりのフィンがいた。
スウェーリエの奴が、自分の方が怪我してるっつーのに先に震えているフィンを部屋に通せと言うから通してやって、それから彼の方を簡単に手当してやった。
…手当が終わって部屋を出ると、そこに壁に寄っかかって腕組みしてる、得意気な顔した阿呆が立ってた。
ウインクが飛んで来たんで、瞬時にばっし!と手で払って飛んできたウインクを叩き落としてった。

そん時も間違いなくスウェーリエが好きだった。
そん時は相変わらず阿呆は阿呆で親友だった。

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  __ねえ聞いて!Danmarkが負けて来るわよ。

俯いていた鼻先を嬉しげに、小さく可憐な羽持ちエルフの友人たちが光と共に舞う。

  __Sverigeが出て行くんですって。勿論Finlandもよ。
  __あらあら。とうとう駆け落ち…?
  __冗談じゃないわ。SverigeはNorgeの想い人なのよ。ね、Norge?
    だから皆で邪魔しに行きましょう、邪魔しに。
    迷子にしましょう。

窓際のソファで本を読んでいた所を踊る彼女に引っ張られ、追って上げた視界。
テーブルの上でティーカップに腰を下ろし、横から本を眺めていた年老いたニッセがやれやれとため息を吐いた。
部屋の中央でくるくる花弁と霧を生みながら踊る彼女らや、それに合わせて不器用にリズムを取るトロルたちを一瞥してから、またページを捲った。
…区切りのいい所まで読み終わって栞を挟んでから、本を閉じてテーブルに置く。
残ってたお茶を一口飲んで席を立つと、たらたら部屋を出た。




「…! ノル…!!」

玄関ホールへ降る階段の上に立つと、眼下で丁度帰ってきた丁抹が入ってきた所だった。
擦り傷切り傷で多少血が出てたが、どうせ大した怪我じゃなかろ。
連れてる数人の部下のうち一人に支えられていたが、俺を見つけて声を張ると同時にそいつを押し退けて切れたマントを情けなくそよがせながら妙に血相変えてこっちへ向かってきた。
傷んだ甲冑と装飾が歩く度にカチャカチャ音を鳴らし、腰に提げてる自慢の長剣は何をどーやったらそうなるのか、真ん中から先が綺麗に折れていた。

「あ…な、なあ。ちっと待ってろって…!」
「…」

階段に片足かけて上がってくるつもりらしいんで、俺の方は数段降って足を止めることにした。
赤い絨毯が泥と血で奴が上った分だけてんてんと汚れていく。
肉刺のできた汚れた右腕を軽く広げ、ボロクソなその様子を見下ろすのは無意味に気分が良かった。

「今回はちっと油断しただけでよ。あんにゃろ暫く大人しくすっかと思ったら突然暴れ出すから不意打ちくらっちまって…。でもよ、連れてくっから! またすぐスヴィーの野郎ぁ連れ戻してくっからよ、んだからまだもちっと俺ん家にい…ぶぇ!?」
「…やがまし」

薄汚れた阿呆が近距離まで近づいてきた所で右腕を上げ、ぐわしっ!とその口元を掴んで黙らせた。
本当は触りたくもない汚さだが、それ以上にあーだこーだみっともない発言なんざ聞きたくなくて、今更何言ってんだコイツと呆れ半分に目線を反らしてため息付いた。
…両目を瞬かせて固まる丁抹を、顔を反らしたまま一瞥し、もう一度重い息を吐いてからその手を下ろした。

「そん以上寄んな。汚ぇな…。とっとと着替てき」

汚れもんに触った右腕を軽く払って上げたまま部屋に帰ろうと、降りてきた数段分上がるつもりで背を向けた途端。

「ッ…、出てぐな!!」
「…!?」

腹から発する、耳鳴りがする程の大声と共に背を向けてた状態で唐突に背後から左手首を引っ張られ、全身が傾いた。
危うく階段何十段もすっ転ぶとこで、傾いた瞬間は全身の血液が一瞬にして凍り付くあのスロウな感覚が味わえたが、まさか本当に転がり落ちたら洒落にならないんで、反射的に片足を二段下に降ろしてバランスを取り踏みとどまった。
…が、勿論突っ込みはする。
こんな場所で危険なことすんじゃねえ…!と、目付きを変えて手首掴まれたまま身体を捻って振り返りつつ、ついいつもの癖で空いてた右腕の肘で横っ面に一発喰らわせた。
結果。

「お…おわ、わ、わ…おおおっ…!?」
「…! ば…っ!」

反射的に片手を伸ばしてやったが後の祭り。
…伸ばした片手がスカった辺りで、もう色々諦めた。

「どわああぁああぁあああぁぁぁぁあ…!!」
「……」

長い半アーチ描く階段を転げ落ちていく丁抹を見下ろし、片手で多少乱れた横髪を耳にかけながらこの短時間で三度目のため息を吐いた。
喧嘩帰りの丁抹は複雑骨折し、即日ベッド上の怪我人になった。
だが物事全てに善し悪し両面があるように、今回のケースも言ってしまえば悪いことばかりではない。
全ては起こるべくして起こり、大なり小なりそこに物事が起こるからにはそれなりの変化が生じてくる。
今まで調子こいてた阿呆が阿呆で間抜けでグズで喧嘩に負けて怪我してる所にさらに追い打ちかかって怪我人になり、しかも後日傷が熱を持ってそれが発端で発熱し、+病人になってひたすら面倒臭い手のかかる存在になったことで、精神的弱者を労る同情心っちゅーもんが働いた。
その日の夕方、多少俺が素直になれたんはそのせいだと思ってる。


告白された。
…数日間疲労と怪我と発熱で眠り続けてた丁抹は寝ていた時間を換算せず、意識が浮いた瞬間、まだ数日前の玄関先でやったくだらないやりとりの世界にいて続きを始めた。
出て行くな。
スウェーリエが好きでええから、連れてきてやっから出てくなと言われ、苛っときて、水に浸していたタオルを絞らずそれで顔面をぶっ叩いた。
べちゃ…!と思いの外重い水の衝撃を喰らったことで漸く今現在の時間軸に戻ってきて、そっから少し話した。
いつまで経ってもスウェーリエがスウェーリエが言ってっから、スウェーリエを追って出て行くつもりはないと告げてやると、恐らく一度衝情から俺のことを抱き締めようとしたんだかどーだか知らないが、微妙に勢いよく、しかも中途半端に両腕を広げてから固まって、意味不明なうちに布団の上にそれを降ろした。
ここ最近は全く見てなかったが、こいつが曖昧な顔で項垂れてると叱られた大型犬に似て笑えるから気に入っている。

「あー…なんだ、その…。…ええんけ?」
「…何が」
「スウェーリエと一緒に暮らせねえと…詰まんねんじゃねえかなー…ってよ」
「ああ…。別に。…何か最近スウェーリエにも飽いたわ」
「へ…?」

言ってやると、ベッドの上で丁抹が瞬いた。
数秒経って、つつつ…と背を屈めてはべちょべちょの顔を広いベッドの端っこに腰掛けて足組んでた俺に寄せてくる。

「…飽きたん?」
「ん…」
「…」
「何。悪いん。…おめえにゃあ関係ねえべな」

その一言を言ってやって、漸く釣れた。
後ろ頭を片手で掻きながら弱々しく阿呆が切り出し、切り出したはいいものののろったらのろったらしとる態度に苛々しながら聞いていた。
…昔から俺のこと好いとったんは知ってたし、それを知ってて流してきたことも言ってやると狼狽して笑えた。
昔の指切りの時にもそれを知ってて、お前は誰が好きなんだ?と敢えて聞き返さなかったことも言ってやると、珍しく顔を赤くしながらも調子こいて叫きだしたんで流石に鬱陶しくなってきた。

「おぉんめ…いっくら何でも最悪だろそりゃよー!!」
「よう言うわ。おめえそん時何も反応せんかったべな。気のせい思うんが普通だべ」
「…っのな! つったっておめあん時ゃ人がどんだけショックだったか…!」
「それに、そん時好いとったんはほんにスウェーリエだったしよ」

鼻で笑って組み足を変え、横目でちらりと寝室の壁に掛かってる高そーな絵画を見遣った。
横で阿呆がむっとした顔をする。

「…そんで。今は?」
「知らん」
「知らんくねえべ!今俺が告ったべな!!」
「受理しとらん」
「しくされ!」
「何で好いとう奴やめたらおめえに転ばなきゃなんねん。意味分からん…ちゅか触んな」

何度か腕を伸ばされ、その度にぱしぱしと叩き落としながら軽い口論を続けていたが、やがて痺れを切らした阿呆が怪我やら熱やらを無視して本腰入れてかかってきたんで、叩き落とそうとして振り下ろした手首を逆に取られた。
引き寄せられて阿呆の方へ傾いたんはいいものの、阿呆の方も病み上がり…っちゅーか病み真っ直中なんで目眩でもしたらしく、寄りかかる俺の体重を支えきれず揃ってベッドに倒れ込み。

「ぃ…っ!!」
「…阿呆」

些細なその振動でも複雑骨折には利きまくったらしく、横になって俺を両腕間に挟んだまま背を丸めて自分の足に片手を添えた。
肩の上、耳の裏に近い位置に鼻先が寄り添い、首を上げる。

「うう…。痛え~…」
「…えーから寝てろ」
「や、もちっとこのまま痛がるわ。あー…いてえいてえ」
「とごゆんな。俺が嫌っちゅーと……おい!」
「もーちっとーっ!」
「おめえええ加…!」

更にきつく背中を丸めるんで、いい加減にしろよ…と。
続ける前に両腕が震えてることに気付いた。
それに遅れて吐く呼吸が震えてるのにも気づき、更に微かとはいえ鼻とか啜られちゃ顔上げろとも言えなくなる。
…ガキか、と内心吐き捨てながら目を伏せ、別に意味はないが相手にするんも疲れて眼前の腕へ額を寄せてため息を吐いた。
鼻水付けるか、場所が場所なだけにいきなり押し倒されでもしたら全力でぶん殴ぐるつもりで密かに袖のボタンを外して手首まで捲っておいたが、どちらも杞憂に終わり、ただ静かで温かいだけだった。
挨拶のハグとはまた違う無駄な強さ。
小さい頃、遊びで鬼ごっこやら何やらした時に捕まえた捕まえないの類で抱き締められたことはあったが、成長すりゃ当然そんな機会はなくなる。
…だと言うのに、告白を受理した覚えのないまま一方的に捕まったハグは妙に違和感なく、何だか今まで度々そうしていた気さえした。

気が済んだのか、喉の震えが収まった頃に愛してるの台詞が来たが、当然無視しておいた。



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気付けばいい関係。
丁諾は不安定で強い幸せがいいな。
2011.12.3






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