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春になったら、今年こそある程度君に優しくしよう。

――とか。
冬が溶け出すと、半ば恒例行事のように窓辺に立った時にふと思い早数百年。
もう無理だべな…と思いつつ、今年も例に零れず人知れず決意し、腕を組んでため息を吐いてから、携帯を取りだして耳に添えた。

 

 

 

「うぃーっす!ノルー!!」

相変わらず喧しい声の後、クラクションが二度鳴らされる。
家の前に到着したのは窓から見とって分かったんで、鳴らす必要は一切無い。
町外れに住んでてご近所さんまでキロ単位の俺ん家だからええとして、街中でやられちゃクレームもんだべ。
…ため息吐いてから、春物の上着を着て財布と携帯だけ持って玄関を出た。
庭の正面に車を停めた丁抹が、開けた窓に片腕をかけてひらひらと気の抜ける顔で手を振っている。

「Godmorgen!」
「…God morgen」

いつもなら無視か、喧しいと張り倒すテンションへ、挨拶くらいはまともにしてみる。
玄関に鍵を掛け、車体をぐるっと回って助手席に乗ると、運転席の阿呆は腕時計を見て笑っていた。

「時間ぴったし!」
「普通だべ」
「ははっ、まあな!…しっかし、ノルからデートのお誘いたぁ珍しいんじゃねーけ?」
「買い物つってんべぶっ飛ばすかんな」
「おっしゃー!んじゃ、行ぐべか!」

代わり映えのしない愛車のエンジンをかけ、街へ向かう。
何てことの無い、買い物へ。


Fordi våren er kommet




一瞬で過ぎ去るくせに、人は春を待つ。
長い冬が終わって風がほんのり暖かくなるこの季節、街はどこか浮き足立っているように見えた。
ショーウィンドウに並ぶ小物も、青や赤などから、パステルの色へと変じていく。
毎年毎年変わらないことではあるが、それでも街のカラーが変わってきたことで雰囲気も随分変わってくる。
冬が嫌いな訳じゃない。
ただ、花が咲くから春は好き。

「やーっとノルんとこも春っぽくなってきたなあー」
「…二週間もすりゃしまいだけどな。俺んとか北とかまだ寒ぃし」
「何かよ、日本のとこは二ヶ月とか三ヶ月くれえあんだと、春」
「んな訳ねえべ…」

下らないやりとりをしつつ、車をパーキングに預けて表通りをぶらぶらする。
日用品の買い出しというよりは、季節柄の小物を買いたかった。
荷物を持つのが面倒で、更に運転すんのも面倒で、結果こうして呼びつける。
…という建前の下でしか、一緒にいられない自分が嫌になり、小さく息を吐いた。
気温が高くなったせいで、今まで白く横に流れていた息は色を得ず、可視できない。
いくつかの店を冷やかして出た際に、ふと丁抹が思い立ったように口を開いた。

「お、そだ。後でガーデニング用品見てかねーけ?」
「ああ…」
「春だかんなー。庭キレーにしねえとよ」
「…おめえ意外とそーゆーん好きなんな」
「あったりめーだっぺー!限られた面積にテーマと空間を創り出す…!っかー!燃えるー!!」

ぐっと拳を握り、ドン引きするような満面の笑みで、ボリューム大きめに阿呆が笑う。
…そーゆーとこが、微妙にやっぱ英国やら和蘭やらと似てる気がした。
俺も勿論庭は整えるが、あくまで自分の為であって、人に見せてどうこうとかいう気はあまりない。
もっとも、やっぱ一番褒められて嬉しいんは家の庭とかインテリアだが…。

「おめえもやんべ?」
「やっけど…。別にやたらめったら公開する気はねぇし」

庭を整えるのはかなり好きな休日の過ごし方に入るが、あんまそれを競おうとは思っていなかった。

「あっはっは!そーけ? ノルは謙虚だなぃ!」
「…」

何故そうも好感的に受け取るのか…。
あっけらかんと笑ってのけるこの男が、時々酷く嘘っぽく見える時があった。
…第一、俺と一緒におって楽しいと思えるその性根が既にオカシイ気ぃすっし。
歩いている歩道に飾られた木が、白い花を付けているのに気付いて、少しだけ顎を上げてそれを見上げた。
花が咲くから立ち止まる。
春が来るから振り返る。
…。
去年もさんざ殴る蹴る張っ倒す吹っ飛ばすのオンパレードだった気がする…。
途中、たまには優しくしてやるかと何回か思ったはずだが、実行はできなかった。
根本的に、もう無理なんだろう。
こいつに優しくするのは。
…昔は、もっと容易かったはずなのに。

「…!」

…などと考えていると、ぴんっ…と髪の毛先が左へ引っ張られ、頭が少し傾いた。
一瞬遅れ、半眼でぎろりと横を睨むと、くるんと一本丸まってる癖っ毛を抓んで丁抹が不思議そうな顔で俺を見下ろしている。

「ほーれ。ぽけーっとしてっとぶつかっちゃーぞー?」
「…っ」
「お…!」

瞬間的に苛っとして、いつもの反射が出てくる。
ぶんっと大きく腕を振るってその手を叩き落とし、ついでに勢いよく突き飛ばす。
どん…!と押し出された丁抹が三歩分後退し、何故か即座にファイティングポーズで構えた。
そのまま数秒が経過する。
…。

「…何しとん」
「お? 今日はでけー友達呼ばねーのけ?」
「…」

んないつも呼んどるイメージけ…。
半眼でため息吐いて、顔を背け歩き出す。
俺に遅れて、丁抹も後ろを付いてきた。

「…なあ。ノルおめえ今日なんか変じゃねーけ?」
「なんが」
「んー。なんか…大人しくねーけ?」
「…。相手すんもうざい」

なるべく低い声で、冷たく言い放ち、歩を早める。
そして言い放ってから後悔する。
何処までもいつも通りで、何だかやけに疲れてしまった。
街には折角、春が来たのに。

 

 

 

「お、ノル。イチゴイチゴ!」

目的もなくぶらぶらし、いくつかの雑貨を買い、そろそろ帰るかという頃に、街角にあるフルーツの露店を見つけ、丁抹が馴れ馴れしく俺の肩を数回叩いた。
音を立ててその手を叩き落としつつ、さっき買ったファーストフードの飲み物ストローに口を付けながらそっちを一瞥する。
…街角に並ぶ露店は珍しくない。
一年を通して並んでいるが、そこに出ている品物はというと、年がら年中ある程度揃っているスーパーなんぞと違い、季節に因んだ旬の物が並んでいることが多かった。
コイツの言う苺もそうだ。

「…おめえイチゴ好きだったん?」
「んー」

好き嫌いあんましねえ奴なのは勿論知っている。
だが、好物はと聞かれると、どっちかっつーと肉とかの印象のが強いんで、フルーツで足を止めることは些細な意外だった。
店先を彩る苺の山から二つ三ついいのを片手で取りながら、丁抹が俺へ笑いかけた。

「イチゴっつーか、おめえのイチゴスープが好き!」
「…」
「しっかし春だなー。俺買ってぐべ。ケーキでも作っか。…おーう、おばちゃーん!」

周りの目も気にせず、大声発する奴の声で店の奥から中年の女性が来た。
山積みになってる苺のよさげな場所を指定し、店員が袋へ苺を詰めていく。
たった二つ三つの会話の間に店員に気に入られ、指定したグラム数よりもプラスアルファが付いて、袋は丁抹に渡された。

「すっげーもらっちった。おめに半分やっかんなー♪」

本気でてんこ盛りな袋から半分、空いてる買い物袋を見つけて、頼んでもいないのに歩きながらその中に移していく。
きっかり半分にしたんじゃ、おめえが当初買ったよりも随分損する気がするが、それについては特に何も思わないらしい。
つくづく損をするタイプだ。
馬鹿じゃねーのと思う。

「うし。これおめえのな!」
「…」
「ケーキ作ったら持ってってやっから。…あ。んでもこんなにあんじゃケーキよりタルトのがええかな? ノルどっちがええ?」
「…どーでもええ」
「どっちもうめえもんなー!どっあー。迷うぅううう~!」

横で叫く存在を無視し、すたすたと街並みを歩く。
ストローに口を付けて吸っても中身は既に空になり、日は傾いて風は寒くなってくる。
面白くなくて、苛々して、結局そのまま帰ることにした。

 

 

 

 

 

その日の晩。
当然、その日の夕食は料理が上手いだけが存在価値九割くらいの阿呆に作らせ、あんま長時間一緒におんの鬱陶しいんで、先にバスルームに放り込んだ。

「ふぃ~…。お先さーん」
「…」

ぱたぱたと片手で自分を扇ぎながら出てきた丁抹がリビングのソファに座ったのを見て、冷蔵庫で冷やしてたショートグラスにスプーン突っ込んで、そっちへ向かう。
頭にタオル被ってソファ中央に座ってた奴の前に、カシャン…!と雑に、テーブルの上に叩き置いた。
目の前のグラスに入った赤いデザートスープを見て、阿呆が阿呆面全開で瞬く。

「…。…ほえ?」
「…んじゃ、次俺風呂入っから」
「え…!? …ってオイ!こりゃイチゴスープじゃねえけ!? ぉおぉおおおおあっれ!?いつの間に作ったんノル!? …え?くれんのけ!?」

瞬間置いて、がばっとテーブルに前のめると、両手でグラス持って丁抹が一人大騒ぎする。
完全無視して足早に一度部屋に戻り、着替えを持って風呂場に入り、後ろ手にドアを閉めようとしたところを、がし…!とそのドアに手が掛かった。
ぎょっとして振り返る。
今現在ここには俺とそいつしかいねえんだから当然んといや当然だが、丁抹がドアと壁にそれぞれ手をかけ、両手で閉めるのを遮っていた。
ぐっ…とドアに添えてた片手に力を入れて閉めようとするが、敵わない。
ぎぎぎ…とドアが軋んだ。

「っ、の…!放せな…!」
「ノル、おめちっと額貸せな」
「あ?」
「いや、絶っ対ぇおめえ今日熱あるって。挨拶普通にしたり、今日はまだ一発も殴られてねえしよ。…ちっと計ってやっから。朝っからなーんか変だっぺな?」
「…!」

壁の方押さえてた手を片足に変えると、空いた手をそのまま俺に伸ばしてくる。
真剣に心配してそうなその顔に苛っとして、顔が赤くなったのが分かった。
片手で持っていた着替えを床に放り出す。
その手を叩き落として両手でドアを持ち直と、ぐっと力を入れ直した。
少しずつ、開き押さえられていたドアがじわじわ閉まる。

「お、お…?」
「…っん、なの」

我ながらムキになっていた。
妙にプッツン来て。
苛立ちと気恥ずかしさと、僅かな好きと多大な嫌いと、何よりそれを上回る膨大なウザさがごちゃ混ぜになってて、本気で顔が熱かった。
たぶん赤くなっていただろうから、それを見られるのが嫌で、俯いたまま足下踏ん張って改めて両手に力を込める。

「…春だからだべ!!」

万感込めた一言を叫んで、バァン…!!と、力尽くでとんでもない音を立ててドアを閉めた。
一瞬家が揺れたような気がしたが気のせいということにしておく。
空かさず鍵を掛け、内側から"黙ってろよ"の意を込めて、思い切りドアを一度蹴り付けたのが効いたのか、しつこくドアを叩かれるようなことは無かった。

 

人が折角たまにゃ優しくしてやってもええかなと思うとこれだ。
…もう止めた。
今年は止めた。
…つか、何で俺があん阿呆相手に優しくしてやる必要があるのか。

「…」

珍しくバスタブに溜めた湯の中に口まで浸し、沈黙を続ける。
風呂から上がる前に、もやもやした胸の内をぶつけるように、片腕で湯を壁に叩き付けた。




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思い立って春小説。
他人がいないので珍しく素直にツンデレ。
諾さんは「可愛い人」で書きたいと思っています。
2013.3.21





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