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「眠り姫」なんて例えられるのは心外だけど……。
火山の大気汚染が原因でちょっと体調が悪くなって休んで、目が覚めたら百年経っていた。
ちょっとした技術とか、みんなの関係性とか微妙に変わったみたいだけど、でも高々百年で特に何が変わるわけでもないし。
だから僕は僕のまま。
僕の意思で動いてる。
…て言っても全然人の話聞かないしね、みんな。
本当、馬鹿みたい。
そこまでじゃないのに。
百年なんて高が知れてる。
言うほど、僕は何も変わってない。


Eilíft blundar



その日は天気が良かった。
カーテンを開けて差し込んで来る朝日が気持ち良くて、暫くカーテンを片手で掴んだまま、窓辺でぼんやりと佇んだ。
…やっぱり、気のせいとかじゃなくて、こっちは温かい時期が僕の家よりも長いらしい。
真夏は暑すぎるから絶対来たくないけど、春とか秋とかはやっぱりこっちの方が気持ちいい。
でも、聞いた話じゃ真冬はこの家、地面から壁から窓から、全てに氷が張るくらい寒いらしい。
蔦が微妙に窓辺に絡んでいる今の様子からじゃ想像はできないけど。
まあ、寒いの平気だし大して気にしてないけど。
…っていうか、窓まで凍るとか普通無い。
部屋の中で暖房取れば、どんなに寒くても氷なんて張らないし。
この間聞いた話だから、冗談なのかもしれない。
人が完全に使ってないとか、暖房殆ど焚いてないとか、そういうことがあったらもしかして館の下半分を氷が張るくらいのことはあるのかもしれないけど、この家ではそれはないだろう。
僕の部屋の他も、案外綺麗にしてるみたいだし。
寝起きして、予定のない日々をリラックスして過ごすには理想的だ。
寝起きの頭でぼーっとしていると、やがて広い部屋にノックが響いた。

『アイスく~ん…。起きてるー?』
「…」

変に間延びした、リトの小声がドアの向こうから響いてくる。
…その怖々した声止めて欲しい。
毎日この調子だ。
折角爽やかっぽい朝なのに、一気に滅入る。
もうちょっと颯爽と声掛けて欲しいんだけど。

「起きてるよ」
『えっと…。入っていいかな?』
「そんなにびくびくしなくても、露西亜ならいないよ」

彼が気にしていることを率直に告げてやると、案の定、大した間を置かずに控えめにドアが開いた。
随分前に立てられたらしいこの家の扉は、殆どが両開きだ。
年代物過ぎ。
両開きのドアの片方が僅かに空き、空いたその隙間に滑り込むようにして、ひょっこりと立陶宛が顔を覗かせる。
ざっと部屋の内部を一瞥すると、胸に手を添えてあからさまにほっと安堵の息を吐いた。

「ふう…。…あ、おはよう。アイス君」
「おはよ…」
「珍しいね。まだ寝間着なんだ。…シャワーは浴びる? 洋服用意しておくよ」

露西亜がいないと分かると、リトはてきぱきといつものように僕を主軸にする雑用を消化していく。
バトラーとか例えると流石にアレだけど、僕が眠っている間のたった百年間でも色々あったらしく、何故か彼は再度露西亜の家にいて、僕の世話をあれこれしてくれている。
眠っている間の管理とか国民の受け容れとかは露西亜がやってくれていたらしく、何でも僕が眠っている間も火山の噴火活動とか大気汚染を調査してたメンバーだったようだから、その延長線だとは思うけど。
それでも、変にうるさい奴じゃなくて助かってる。
それなりに気も合うし。
…ただ、何故か必要以上に露西亜に対する恐怖症が抜けないみたいで、いつもびくびくしてるけど。
寝て起きて暫くぼーっとしていたから、今はまだ彼の言うとおり寝間着だ。
こんな格好でだらだらしているのは良くないって分かってるけど、別に他人が見ているわけじゃないし。
シャワーは後で浴びるとして、それよりも先に紅茶を一杯飲むことを優先した。
部屋の奥にあるベッドからちょっと離れた位置にあるソファセットに腰を下ろして、横でカチャカチャ紅茶の用意してくれてるリトを見上げる。
…彼が怯えてこの部屋に入ってきたということは、露西亜と彼は今日まだ会ってないってことだ。
リトが僕の経過を見てくれている一方で、やっぱり露西亜の手伝いあれこれしてるから、この部屋の外で彼と露西亜が会わないって、あんまりないと思うんだけど。

「はい。紅茶だよ。ジャムもいるよね? 朝食はシャワーの後でちゃんと用意するからね」
「…露西亜いないの?」

差し出されたティカップを受け取りながら何気なく尋ねると、リトも困った顔をしながら遅れてジャム瓶を差し出した。

「いえ、それが今朝はまだ会ってないんですよ。だからここかな~?と思ったんですけど…」
「来てないけど」
「ですよねえ? …うーん」
「…何か最近こそこそしてるよね」

あいつの行動が意味不明なのは今に始まったことじゃないけど…。
それでも最近、妙に行方不明になることが多い気がする。
ちょくちょく様子見に来ると散々キスしてハグしてお茶に引っ張られるか出て行くかだけど、前はここにいる以外は、食事時を除いて応接室か書斎か図書室って感じだったのに、その何処にもいないケースが増えてきた。
部屋数はかなりあるけど、使っている部屋自体は少ないみたいだから、いる場所なんて予想がついてたのに。
もしかしたら直で何処にいるのか聞けば案外あっさり答えてくれるのかもしれないけど…。
…。

「リト、今度あいつに何処にいるか聞けば?」
「ぅええ!僕ですか…!? 無理です無理ですっ。それはアイス君の方が絶対答えてくれる質問だよ!」
「…別に。そこまで興味無いから」

両手をぶんぶん振って拒否するリトの言葉に、僕も肩を竦めて手に持っていたカップをテーブルに置き、リトの手からジャム瓶を受け取る。
正直に言えば、あいつが何してるのか気になるけど…。
何か、それ直で言うのもむず痒い。
何していようが、露西亜の自由だし。
今はシーズンオフって訳じゃないけど、連休だからいいとしても、いつも仕事ばっかりしてるのはそれなりに承知してるし。
久し振りの休みで何か夢中になってることがあるなら、邪魔したくない。

「それにしても、朝食もまだだと思うんですよ。…何処にいるんでしょうね? 気になりますよね」
「……うん」

小さく呟いてから、ジャム瓶の蓋を開ける。
結構硬く閉まっていてちょっと力が必要だったけど、開いた瓶の中からブルーベリーの果肉の多いジャムを掬って、スプーンごと紅茶の中に入れた。

 

 

 

シャワー浴びて着替えて、朝食を取って、さて何しようと廊下を歩いて部屋へ戻るタイミングで、廊下の向こうから行方不明の人物が歩いてきた。
僕が彼に気付くのと同じく、露西亜も僕に気付いてぱたぱた手を振る。

「あ。アイス~!」
「ああ…。はいはい。おは……って、ちょっと!」
「Доброе утро!今日も可愛いね~♪」
「わ…っ」

途端に歩く速度が足早になり、近距離になる頃には満面の笑みで両腕を広げ、殆ど勢いに任せてそのままハグされる。
まるでぬいぐるみでも抱くみたいな力任せのハグに思わず避けた顔をぐわしと捕まり、両頬包まれるようにしてキスに繋がった。
それまでしてた呼吸のリズムが瞬く間に狂って相手のそれに無理矢理合わせられるから、息が詰まった。
口キスの挨拶自体にもう違和感はないけど、普通音立てて軽く啄んで終わりなのに、露西亜のは癖なのか何なのか、長いから苦しくなる。
一、二秒経って離す気無いの分かると、両手で彼の肩を力任せに押し返した。
…僕の力じゃ何てことないの分かってるけど、たぶんそれで拒否は伝わるだろう。
案の定、それやってすぐに顔は離れた。
一気に顔が火照った気がする。

「…っ、はい!終わり…!」
「終わり? 短くない??」
「全然。て言うか長いでしょ」
「そう? いつももっとずっと長いよねえ?」
「ただの挨拶を夜ノリでやられても困るの…」

ちょっと大きな声出したから疲れた…。
ため息を吐いて、少し乱れた髪を左手で梳きながら一歩後退する。
ついでに、皺の寄ったシャツも手で払って直す。
別に嫌って訳じゃないんだけど…頼むから場所と時間弁えて欲しい。
僕が洋服を整えるのをにこにこ見てた露西亜に気付いて顔を上げると、くるんと小首を傾げる。

「お部屋に戻るの? 朝ご飯は食べちゃった??」
「…。探したけどいなかったから、食べたよ」

普通に「食べ終わった」と返そうとしたけど、瞬間的に思い立ってそんな切り返しに変更してみる。
もしかして何処にいたのか教えてくれるかなと思ったけど、露西亜は眉を下げて曖昧な表情をつくるだけだった。

「そっかぁ。残念だな。明日は一緒にご飯食べようね。…じゃ、僕は食べてくるね!」
「…」

そう言って、軽く片手を上げると長いマフラーの尾を揺らして僕の横を通り、歩き出す。
廊下の真ん中を歩いていくその後ろ姿を黙って振り返った。
…どうしょう。
今直で言ったら、答えてくれるんだろうか。
だって仕事だったら隠れてする必要ないし、読書も同じく。
ひょっとしたら隠れてしなくちゃならないような変な趣味でも持ってるのかもしれないけど…。
だとしても、夜一緒に寝てたはずなのに朝行方不明ってどうなの?
別に毎回って訳じゃないんだけど、朝起きて横にいたはずの人がいないと結構寂しい。
…とかは、相手にも都合があるから間違っても言わないけど。
…。
言わないけど、人としてどうなの。

「…。ねえ。ロッサ」
「ん?」

広い背中に呼びかけると、すぐに振り返った。
ふわりとマフラーが遅れて揺れる。

「なーあに?」
「最近何処にいるの?」
「…え~?」

ずばっと聞いた瞬間、切り返しはいつも通りだけど、本当に一瞬だけ妙な間があった。
目が泳いだし。
そんな気はなかったのに、その反応を見た瞬間、ぴきっと何か変なスイッチが入る。
半眼で、じーっと露西亜を見詰めた。
僕の視線に気付いたのか、ちょっと身を引いて両肩を持ち上げると無理してふわふわ笑う。

「やだなあ。別にどこにも行ってないよ。僕の部屋だよ~」
「へー」
「本当だよ?」
「…。…じゃあもういい」
「え? …あ」

あくまで白を切るつもりらしい。
じと目で見詰めた後でその反応を見て、僕は彼に背を向けた。

「悪いことはしてないよー?」
「…」

間を置かずすたすた歩き出す僕にそれなりに慌てたらしく背後から声はしたが、珍しく追っては来ない。
…これやると結構釣れるんだけどな。
何。本気で追ってこない気?
最初は芝居だったけど、段々本気で苛々してきて大股になっていく。
角を曲がってちょっと待ったけど、やっぱり追ってこない。
…。

「……何だよ」

壁に背中を預けて腕を組み、思わず舌打ちしてぽつりと呟く。
何だよ。
追って来ればいいのに。
そこまでして突っつかれたくないことを隠してるってこと?
何それ。
日頃散々くっついてきて、信用ないわけ?
…くしゃりと胸が潰された気がした。
そんなつもりはないけど、いつの間にか俯いて沈黙していた僕に、丁度そこにある階段から下りてきたリトが気付いて声をかける。

「あれ、アイス君? そんなところでどうかしたの?」
「…。もういい」
「え?」
「リト」

きっと八つ当たり気味にリトを睨むと、ぎくりと肩を揺らした。
そんな彼へ、真っ直ぐ右手を差し出す。

「マスターキー貸して」

 

 

 

 

かなり慌てて渋っていたリトからマスターキーを借りて、片っ端から部屋という部屋を開ける。
一階の端から、目指すは屋根裏まで。
あと地下。
確かに部屋数はたくさんあるけど、見て回れない程じゃない。
序でに言えば、時間は腐るほどある。
僕の上司は勿論今もいるらしいけど、露西亜の上司と一緒に仕事しているせいで、露西亜が一人対応すれば僕まで動く必要はあまりないらしいから。
…朝食が終わって部屋で少し待ってみたけど、遊びに来る様子もないし、リトが言うには庭にも姿は見えなかったって。
だから、また何処かに潜んでいるに違いない。
馬っ鹿みたい。
いい歳して隠れてこそこそ何してるのか知らないけど、僕に秘密事とか。
百年間の間に世界情勢がどうなったかなんて、今の僕にはよく分からないけど、少なくとも今一緒にいるのに。
僕に出来ることは少ないかもしれないけど、理解し合うことくらいできる。
あんまりぶっ飛んだ趣味してたら無理だけど、それだって努力するし。
第一、秘密にしたいなら隠し通すべきでしょ。
中途半端に隙持った露西亜が悪いんだから、もうこの際暴いてやる。
大体、人に違和感持たせる程度の秘密がどんなものだっていうの。
絶対大したことじゃない。
何より許せないのは…。

「僕に秘密にしておこうっていうその根性…!」

バンッ…!と勢いよく開けた部屋は、またしても空振り。
マスターキーで開け放った部屋は、典型的な倉庫っぽかった。
当然無人だ。
…ハズレか。
小さくため息を吐いて、今開け放ったばかりのドアを閉める。
…何か、軽くストレス解消の手法になってきたような気がする。
知らなかったけど、ドア開けながらものを言うのって結構すっきりする。
…とはいえ。

「一階には居ないか…」

廊下の端にある今開けたドアが、一階にある部屋の最後。
片っ端から開けてきた廊下の出だしの方である玄関の方を、ぼんやり眺めてみる。
…まあ、一階は人の出入りもそれなりに多いから。
多いと言っても、この家には今僕と露西亜とリトしかいないけど。
どうやら、この家は別荘扱いのようだ。
使用人もいない。
真冬になったら完全に使い物にならないというのは、もしかして本当なのかもしれない。
もう少し時間が経って真冬になったら、僕も露西亜の首都へ行くか家に帰るかするつもりだけど。

「二階かな…。外って感じじゃ無さそうだし」

右手の指を顎に添え、窓から庭を見回す。
脳内にぱっと家の断面図を広げてみるけど、実はちょっと把握しきれていなかったりする。
だってあんまり彷徨いていないから。
でも、取り敢えず隠し部屋でもない限り一階にはいないんだから、あとは二階か三階か。

「…あ。でも地下があったっけ」

階段を上る直前、ふと思い出す。
日常生活では滅多に足を運ばない、ストーブ用の薪とか食料庫とかが詰まっている所だ。
あと、地下への階段がある所は裏口とも近いから、肥料とか園芸用品が積まれているのを、いつだったか見たことがある。
…でも埃っぽいし、あんまり行きたくない。
地下へ続く階段の上で佇み、手摺りに片手を乗せて数秒間考えてみる。
けど、一度三階まで見て回って最後にまた降りてきてっていうのは、効率が悪いし…。

「仕方ないなぁ…」

ため息を吐いて、とん…と一歩階段を踏み込んだ。
階段には絨毯が敷き詰めてあるので足音を殺す必要はあまりない……て言うか、それ以前に、階段を降りきった所で脱力した。
地上と比べれば随分細い廊下の一番手前のドアノブの所に丸っこい文字で書かれた『使用中☆開けないでね!』のプレートがあまりに間抜けで、さっきまで持ってた苛々が、何処かへ飛んでいった。
…。
どこまで馬鹿なんだろう。
本気で素なのかな。

「…」
「わあっ…!?」

数秒間そのプレートを半眼で見詰めてからため息混じりにのろのろドアを開けると、狭い室内で木造の椅子に座って吃驚してるる顔の露西亜を見つけた。
部屋の片隅には薪の山。
足下には酷くたくさんの木屑が散っていて、予め用意していた最悪な想像のだいぶ斜め下で、やっぱり脱力しかできなかった。

 

 

 

「隠れて何してんのかと思ったら…」

応接室に場所を移し、向かい合って座る僕らの間にリトが微妙な顔をして紅茶を置く。
いつもより端に置かれた紅茶の隣には、木造のドールハウスと小さな家具、そして複数の小鳥の人形がころころ転がっている。
どうやら、ストーブ用の薪を削って、暇潰しに人形を彫っていたようだ。
確かに無駄に器用で、確かにそれなりに可愛いけど…。
テーブルの向こうで、製作者の露西亜がクッションを膝に置いて気落ちしていた。
絵に描いたようにしょんぼりと肩を落としている。

「も~…。折角内緒にしてたのになぁ…。"開けないでね"ってプレートもかかってたのに~…」
「こそこそしてるからでしょ」
「悪いことしてないって言ったじゃない」
「人形なんて普通に造ればいいじゃん。何であんなに薄暗いところでやってたの。目が悪くなっても知らないからね」
「まあまあ、アイス君…」

少し声を大きくした僕を宥めるように、リトがティカップの隣にクッキーの乗った小皿を添えた。
先日、リトが焼いたやつだ。
結構美味しかった。
好物の登場で、そのまま捲し立てようとしていた言葉が、一旦止まる。

「露西亜さんも何かお考えがあったからこそ、地下で作業してたわけですよね?」
「うん。そうだよ。アイスにプレゼントしてあげようと思って!」
「…。僕?」
「うん!」

不意に出てきたプレゼントという言葉に、クッキーから視線を上げると、正面に座ってた露西亜がぱあっと朝に見た笑顔の3倍くらいの勢いで笑った。
その後で、身を乗り出すと、テーブルの上のドールハウスの屋根へ片手を置く。

「これが僕のお家で、これが僕だよ」

そう言って、その辺に転がっていた木造の小鳥のうち、一匹の小鳥を指で掬ってハウスの前に立たせる。
特別色が着いている訳じゃないからぱっと見分からないけど、よく見るとその小鳥はマフラーをしていた。
それに気付いてざっと他の小鳥を見る。
倒れていたり後ろ向いていたりするけど、カチューシャしてたりリボンしてたり、それぞれ微妙に違うことに気付けた。

「これが姉さん。…で、これがベラね」
「…それそこでいいの?」
「…うん。いいの」

ちょっと声のトーンを下げた露西亜によって、カチューシャした小鳥はマフラーした小鳥の隣に置くのに、リボンの小鳥は随分遠くへ追いやられた。
…まあ、いいけどさ。
白露西亜って…妹だった気がするけど。
仲悪いんだっけ。
僕まだ会ってない。

「これが立陶宛で」
「え…!僕のもあるんですか…!?」
「もちろんだよ。君も僕の友達だもの。もう家族みたいなものだよね」
「は、ははは…」
「愛沙尼亞、良登美野…。で、これが君!」

すとん、と一匹の小鳥がテーブルの真ん中に置かれる。
他の小鳥たちより一回り小さくて、首の所にリボンらしきものが立体で彫られている。

「可愛いでしょ? …ね? 僕たちのお家だよ」
「…」
「僕たちは仲良しだから一緒のお部屋ね」

ハウス内の二階にあるちょっと大きめの部屋に、小鳥が三匹入る。
マフラーしたのとカチューシャのと、僕の小鳥。
部屋の真ん中に丸テーブルがあるから、それを囲むように三匹が並ぶ。
…で、やっぱり頭の上にリボンしてる小鳥は隣の部屋に置かれた。

「…。それそこでいいの?」
「…うん。いいの」

また微妙に声のトーンが下がってる。
気を取り直して、リトらしき小鳥がキッチン、その他の小鳥も別の部屋と廊下に並ぶ。
ハウスも人形も、木の色一色だけど賑やかだ。
どの小鳥も一つ屋根の下。
…本当に家族みたい。
…。

「気に入った?」
「え…」

気付けば、いつの間にかソファの背から身を乗り出していたらしい。
それに気付いて、慌てて身を引く。

「…別に」
「そう? 気に入ってくれると嬉しいな~。本当はちゃんと包装しようと思ってたんだけど…。これあげるね」
「え? ちょ…っ」

そう言って、両手でハウスを押し、テーブルの上を僕の方へ、結構勢いよくスライドさせる。
うっかり押しすぎて落ちそうな気がして、思わずはしっと両手で受け止めてしまった。
僕が両手をハウスに添えたのを見て、露西亜がそっと手を離す。
…でも、本当によく出来てる。
案外器用…。
テーブルぎりぎりの所にやってきたハウスの中から、自分の分らしいリボンの小鳥を指先で取り上げ、まじまじと眺めてしまう。
…あ。リボンの真ん中にクリスタル入ってるし。
何だろう。この無駄な器用さ、誰かを思い出すような…。
…誰だっけ?
両足の間に両手を落として、何気なくころころ小鳥を転がしていると、露西亜がリトへ顔を向けた。

「立陶宛。クッキーもいいけど、僕今プリャーニクが食べたいな」
「プリャーニクですか? 確かにペーストはありますけど…。でも、作り置きが無いから型抜きしてオーブンで焼かないと」
「うん。早く作ってね☆」
「今からですか!?」
「急いで作ってくれたら、午後の予定は無しにしてあげる」
「…え?」
「どぉしてアイスがマスターキー持ってたのかな~? 管理は君なのにね~??」
「えええ…!? 僕のせいですか!?」
「…」

にっこり笑って頬に指先なんか添えてる露西亜の笑みに、リトが真っ青になって一歩後退した。
さっと視線で助けを求められたけど…。

「…頑張ってね」
「ああっ!酷い…!アイス君フォローは!?」
「焼き上がるまでに大体30分だよね~。…じゃ、そのくらいは待ってあげるね」
「ぅわぁああああん…!」

リトは大慌てでトレイ片手に、勢いよく部屋を駆け出して行った。
露西亜が呆れて、開け放たれてゆっくり閉まっていくドアの方を眺める。

「もう。元気だなあ、立陶宛は」
「…」
「ね。気に入った?」

一緒になってドアの方を見ていると、閉まりきったところで、露西亜が再度僕へ同じ事を聞く。
彼を一瞥してから、また掌の小鳥に視線を落とした。
…別に、リトがいるいないで何が変わるわけじゃないけど。

「…。ちょっとね」
「本当? 良かった~!」

一度笑顔を向けてから、露西亜がソファから腰を浮かせた。
何となく来るんだろうなと思って、横長のソファを横にずれると、案の定。
…まあ、向こう側じゃハウスの内側見られないし。
隣に腰を下ろすと、露西亜もハウスの中に手を伸ばし、自分の小鳥を取った。
横から僕の手首を取って持ち上げると、そのまま僕の小鳥と自分のをカチカチ…と、リズム良くぶつける。

「リボンのとこのスワロフスキー気付いた?」
「…気付いた」
「可愛いでしょ。僕よりもちょっと小さいんだよ♪」
「烏克蘭がお母さんで、ロッサがお父さんってことでしょ?」
「ええ~っ!止めてよ~!…僕は君の兄さんだよっ」
「兄さんねぇ…」

そのワードが鼓膜を着いた瞬間、脳の奥の方で何かがチリ…と熱くなった気がした。
兄さん…。
まあ、歴史的に言えば諾威だ。知ってる。
…でも、だから何?って感じ。
今更言われてもね…。
移民のこと言いだしたら、人類皆兄弟なんじゃない?とか思うし。
持っていた自分の小鳥をテーブルに置き、露西亜は首を傾げてこっちを見た。

「アイスは兄さん大好きだもんね。諾威君にべったりだったもん」
「前はね。…今は別にどうでもいいし。あんまり興味ない」
「だよね。新しい兄さんの方がいいでしょ??」
「…!?」

横から唐突に、露西亜が笑顔のまま抱きついてくる。
危うく落としそうになった小鳥を、取られてる左手にそのまま握りしめた。
うっかり落として、リボンの所のクリスタル取れたりしたら嫌だし…!

「ちょっ……っぐ」

文句を言おうと上げた顔に間髪入れずキスが来る。
そのままソファの上に仰向けに倒れそうになった身体を、空かさず横に後ろ手着いて支えたけど、いつの間にか腰の後ろに手が回ってたから結果逃げられない。
…。
…だから!

「っ、長いの…!」
「わっ…」

反対の手で肩を押し退けて、唇が離れると同時に声を張った。
微妙に隙間が空いたところで、呆れて相手を見上げた。
隙間は空いたけど、まだ前髪がかかる距離を、半眼で睨む。
このキス魔何とかして欲しい。

「何それ。癖? …挨拶は普通一瞬でしょ」
「じゃ、挨拶じゃない方」
「は…?」
「挨拶じゃない方♪」

二回言うか…。
…ていうか、そっちか。
今更な気はするけど、宣言されると流石に恥ずかしい気がする。
曖昧な顔で沈黙していると、露西亜が小さく笑った。
僕の手首からグローブした手を上へ移動し、圧死させそうな勢いで握っていた僕の小鳥をやんわり救出する。

「家族っていいよね~。僕もずっと弟が欲しかったけど…」

取られた小鳥を指先でちょん…と、先に置いたマフラーの小鳥の隣にぴたりと並ばせた。
それから、横目で擽るように僕を見る。

「恋人にもなれてずっと一緒にいられたら、もっと素敵だよね」

緑でも青でもない、不思議な色した目に縫い止められ、拒否ろうとしていた手が止まる。
遅れて、ひくりと喉が震えた。
それでも視線が動かない。
何か言わなくちゃと思うけど、何も出てこない。
…目を反らせず動けもしない僕の眼前で、にこーっと露西亜が笑った。
その笑顔に全然釣り合わない落ち着いた低声が、内緒事のように先に耳へ囁く。

「…挨拶じゃない方ね」
「…」
「できるよね?」

促すような励ますような優しい声に言われるまま。
肩の上にある顔を特に見もせず、真正面に見える窓の方を見ながら、"já"で答えた。

 

 

 

 

たった百年で劇的に国民性が変わると、みんな本気で思っているんだろうか。
文化の上塗りが、そんなに簡単に仕上がるとでも?
…寝起きは確かに錯乱してたけど、実の所もうだいぶ思い出してきた。
勿論全部じゃないけど。
でも、全部眠りの中に忘れてこないと、ちゃんと狂っていないと、自分に広げられる腕を抱き返せない。
絶対誰にも言わないけど、彼の傍は、今までよりずっと居心地がいい。
ちゃんと僕を見てくれるから。
馬鹿みたいに。
僕が好きなんて、本当趣味悪いと思うけど…。
今更僕の意思だって言っても誰も信じてくれない。
勿論、自分で主張もできない。
だからずっと狂ってなくちゃ。
その方がお互い都合がいいでしょ?
…眠り姫が目が開いたって、覚めているとは限らない。
だって寝床はとても心地良くて温かい。
いつまでもいつまでも微睡んでいたい。

 

角度を考えて、舌を絡めて口付ける。
熱い粘膜越しのキスが温かくて、気付けば無意識に相手の首に両手を回したけど…。
…バレないよね?
これくらいなら、大丈夫だよね…。



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カウント3500番取得者様へ。
リクエスト「露氷、眠り姫の続き」、ありがとうございました。
単品でも読める仕様にしてみましたー。
王子様が折れれば、彼らはらぶらぶになれますよね、きっと。
これでろさまも実は気付いていたりすると燃えますが(笑)
露氷は丁諾と同じく、氷君に主権があるようで実はその斜め上でろさまが持ってるようなイメージでいます。
これからも当サイトの露氷をどうぞ宜しくです。
2012.10.1





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