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夏はあんまし好きじゃない。
寒くなく一番過ごしやすいっちゃやすいが、白夜がある。
一日は突然長くなり、生活リズムが崩れるんで必然的に体調も崩れてくるし…。
一晩中沈まない日とかは特に最悪に思うものの、長い一日を面倒くさがっているのは俺だけらしい。
氷島や阿呆や、芬蘭に加えて瑞典まで…ちゅか、恐らく瑞典は芬蘭に付き合ってるだけっぽいが。
平日の夜に夕食やアフターを一緒にする機会が今の時期しかないのは分かるが、それにしたってぐるぐる持ち場を回して毎晩毎晩プチパーティとか…。
…。

「…めんどくせ」

嘲笑含めたため息ついて、庭に立って家の中へ繋がる裏ドアに背を預けたまま、腕を組んで朱色と紫色に染まった空を見上げた。
…今日は俺ん家の番で、言われた通り庭にテーブルとイスを用意してみた。
クロス敷いて花生けて。
ビールを始めアルコールも一通り揃えたつもりだ。
客を迎えるのは嫌いじゃない。
自分の家のアンティークやインテリアを披露できる楽しみもあるし、食事の方も着けっぱなしのオーブン料理が途中って以外は速攻でできるメニューを除いて粗方用意してある。
ケーキだって昼間ん時作って冷蔵庫の中だ。
もう少し経ったら阿呆が仕事終えてそのままこっち来るってんで、2人でさっさか作りゃそれで準備は終わりっちゃ終わりだが…。
…。
別に揃っての食事が嫌いな訳じゃねえけど…どうにも気乗りしない。
組んでいた両腕のうち右手を上げ、ちょっぴり背伸びして肩の関節鳴らしながら目を伏せて軽く後ろ髪を梳く。
…寝不足で体調悪ぃのかもしんねえな。

もう一度小さく一息吐いて、そんで家ん中引っ込んでオーブンを覗き込んでる途中、ベルが鳴った。

Jeg hater ikke midnattsola. Men,sa...



「なーに。もう結構支度終わっちまってんじゃねーか」

手荷物をリビングのソファに放り投げ、上着を脱ぎながら仕事帰りの丁抹がキッチンの方を覗き込みながら言った。
こいつん家の方じゃ仕事開始が早い分夕方くらいには既に業務終了なんで、手伝うっつーレベルじゃなく殆ど一緒に作るという形でもある。
奥にあるクローゼットからハンガー持ってきてやって、それをやる気なく手渡してため息を吐く。

「…終わってねぇよ」
「そけ? 何か焼いてんと違うんけ」
「魚焼いてっけど…。まだ他にすることあっからよ。…それよか肉とか持ってきたべな」
「おー。持ってきた持ってきた。おめどっちかっつーと魚介派だもんな~。肉料理は任せとけな。…っし!やるかー♪」

人差し指でタイを解いてから袖のボタンを外し、腕まくりしてキッチンへ歩いてく背中を他人事のように見送る。
上着はハンガー通してコート掛けにひっかけたが、放り捨てられてるタイやらが哀れで、それを上着かかってるハンガーに通してからカバンをソファの肘置きに立てかけ、少しずれたクッションを元の位置に戻してから俺もそっちへ向かった。
黒のギャルソンエプロンまでしっかり持ってきたらしく、手早く結んで手を洗い、早速持ってきた食材をまな板の上へ並べていく。
鼻歌歌いながら楽しげに料理してるあたり、こいつもそろそろ飽きたとか疲れたとかは全く思ってねえらしい。
…よく連中は体力気力続くな。

「あと何作ん?」
「…パスタとか。…あんま作ったことねえけど」
「お~。そりゃええなあ~! アイスの奴ぁ結構他んトコのメシ食うの好きだかんな。たっぷり作ってやんねえと。…昔っからデザート少ねかったり不味ぃとキレっかんな~。俺も何か2品くれえ作っか……って、おいノル。これもう出してえがっぺ?」
「…ん」

慣れた手付きでオーブントレイの上に切り筋入れた分厚い牛肉を乗せ、胡椒やスパイスをいくつも振って周りにごろごろした野菜を並べていく。
手早く一品目の下ごしらえを終えると、オーブンに入れっぱなしで焼いてた大エビをミトン填めた手で取りだしては、代わりにまだ余熱の強いその中に入れる。
キッチンが狭いって訳じゃねえけど、男2人して忙しなく動くには邪魔臭え気がして、壁際に設置されてるダイニングテーブルに後ろ腰を寄りかからせ、すぐ横にある壁にこつん…と頭と左肩を添えて遠巻きにぱっぱと動く丁抹を横から眺める。
…何か、その光景にふと無意味に昔一緒に暮らしてた時を思い出した。
包丁の持ち方も買い物もできなかったあの時と比べると家事はかなりできるようになったんで、別に手伝ってもらわなくても全然ええんだが、如何せん肉料理が未だに苦手でよく分からん。
ラム肉くらいしかあんま弄らんし。

「アルコールぁどーすん?ビールと…ん。やっぱアクアビットもねえとな。…あ。おめはミードがええけ?」
「…。楽しげなんな」
「そりゃあな! んだって平日そろって食事できるんはこの時期だけだっぺな♪」
「…」
「…ん?」

まるでクリスマスを前にした子供みてえに嬉々としてボウルに卵を割ってったが、俺からの返しが数秒間ない沈黙が続くと、流石に気になったらしく肩越しにこっちを振り返った。
少し首を傾げ、泡立て器でちゃっちゃか混ぜながら改めて身体をこっち向ける。

「何だあ…? どした、ノル。今日あんま乗り気じゃねえんけ?」
「別に。…ちゅか、こう連日やらんでもよかね」
「ああ~? えーべな~。俺ぁめちゃくちゃ楽しんでっぞ。帰り連中と飲むぞーっつって仕事とか頑張れっしよ。…おめえだってアイスとメシ食えんの嬉しいんと違うんけ。なかなか誘えねんだっぺ?」
「…そりゃそーだけどよ」
「お…。ちょ、ノル。ちっとこっち来てボウル持っててくろな」

会話の途中に片手で手招きされ、仕方なしに壁から頭と肩を浮かせてテーブルを離れ、ぺたぺた摺り足でキッチンへ入ってく。
泡立ててたボウルを一端置くと、コンロ傍の壁に掛かってたスライサーを手に取り、一端その場を離れて持ってきた荷物の中から大きめの固形チーズを取りだし箱を開けた。
その間にボウルの中を覗き込むと、卵黄と卵白が均等に混ざった綺麗なクリーム色した卵の水面に自分の顔が逆さに映る。
…オムレツだろう。
昔からよく作ってる得意料理だ。
単純極まりないが俺も氷島も嫌いじゃないし、こいつのオムレツは朝昼晩食べても正直飽きない。
チーズを右手、スライサーを左手にして戻ってきたんで、擦り入れるんだろうと予想を付けながら置いたボウルの左右を上から軽く押さえるようにして持ってやる。

「チーズ多めと少なめなんどっちがええ?」
「…多め」
「あいよ。…しっかし何でおめ今日そんなテンション低いん? 何ぞ嫌ぁなことでもあったんけ」

しゃかしゃかチーズを持つ手を動かしてスライスしながら、丁抹が問いかける。
細かく薄く切られたチーズが次々と卵の海に沈んでいくのを俯き気味でぼんやり眺めながら、浅く息を吐いた。
別に、ここ最近特別嫌なことなんてない。
普通に毎日だ。
間違えて欲しくねえが、食事会だって楽しいことは楽しい。

「…別にやんなっつってる訳やねえけどよ…。んだって毎日だべ。やっぱ飽きっし、疲れっべな」
「んー? そーけ~?」
「ん…。第一、あんま寝れんし」

結局の所時間が増える訳じゃない。
活動できる時間が増える反面確実に睡眠時間が欠けるに決まってる。
ただ日が沈まないってだけで感覚に任せて活動してると、やっぱ気力体力共に落ちるっぽい。
体力なくて疲れ始めてるのが俺だけっつーのが気に食わねえからあんま言いたくねえけど…連日じゃなくて、少なくとも一日置きとかにしてもらわねえと。
…とかぼんやりしてる間にチーズが擦り終わったらしく、スライサーをボールの縁に2回程当てて丁抹が相槌もつかねえまま引っ付いてる分を振り落とす。
この手の汚れもんは水に浸けておかねえと後々洗うのが面倒なんで、使ったらすぐ流しに置いとかねえと。
シンクに近いのは俺だったもんで、スライサー受け取ろうとボウルから片手を離して何気なく差し出した。
不意に差し出したその手首を握られたんで、疑問符浮かばせながら顔を上げた…直後。

「…っ!?」

ぐ…っと一度強く引っ張られ、上げた顔に問答無用でキスが来た。
挨拶の頬を合わせるキスじゃねえで突然口に来たもんだから、反射的にボウルに置いてた左手を素早く浮かせて相手を引き剥がそうと正面から肩を押し返す。
結構力入れて押したんで、バランス崩した阿呆から一瞬唇が離れた。

「ちょ…、おめな……っ!」
「…」

すぐ罵声吐いてぶん殴ろうかと思ったが、吐き出す前に追って踏み込んで来られた。
ぐわしっと片手で顎を鷲掴みにされて持ち上げられ、そのまままたキスしてきたんで対応が追っつかなかった。
思わず後退した一歩も、いつの間にか後ろ腰に添えられてた片手を引かれれば大した意味をなさない。
…僅か数秒とはいえ訳も分からずパニクってたが、両足の爪先に力入れると相手の肩に添えていた左で拳を作る。
左じゃいまいち威力ねえけど…。
一度脇腹横まで落とし、それで思いっきし正面からド阿呆の腹部を打った。

「ぶう゛ぉ…!!」
「…!!」

キスしたまんまだったんで、逆上した阿呆の呼吸が一気に俺にまで流れてきて最悪。
何とも言えない気色悪い感覚に両肩上げて鳥肌立つ。
手探りで近くにあったトレイを持ち上げ、そのまま横っ面をひっぱたく。
グワワァアアン…と響いた金属音と共に漸く阿呆が離れた。
呼吸が止まってたもんだから、自由になった口で慌てて一度大きく息を吸う。
2人揃って咳き込んでる中で何とか顔を背けると、同時に片手で口を押さえ、追い打ちで空かさず右足を上げて足の裏を今打ったばかりの腹部に当てて力一杯蹴り飛ばす。

「んのわ…ッ!?」

妙な悲鳴をあげながら、蹴り飛ばされた阿呆がいくつかの器具とマットを巻き込んで阿呆がキッチンの端っこに尻餅ついた。
怪我しようがしまいがホント心底もうどうでもいい。
それよりも俺は冷蔵庫へ駆け寄るとミネラルウォーターに飛びついて速攻で口を濯いだ。
座り込んだまま阿呆が眉寄せた顔を上げ、腹部ではなく今さっきぶつけたらしい後ろ頭を押さえながら悲鳴をあげる。

「ふおぁああ…っ!ひっでえええおめええ! 濯ぐこたなかっぺよーっ!!」
「うっせえ!!」
「どわ…っ!」

カウンターの端に積んであった使ってねえボウルを引っ掴み、腕を横に振ってパァン…!!と数個いっぺんに投げつける。
バラバラに床に散るボウルを無視して、シンクに両手着いて両肩上げて目一杯俯く。
勿論苛立ってっからだけど、顔がすげえ熱くて死ぬほど嫌んなる。
見られるといいように勘違いされそうだから、微妙にそっぽ向いたまま腕で口元拭って怒鳴ることにした。

「おめいきなり何さらす…!!ぶっ殺すぞ!」
「へ…!? い、いきなりって…。んだって寂しくさせてたんじゃ気ぃ回んねえで悪りかったなーって思ってよ…」
「ぁあ…!?」

全っ然意味分からん。
ぜーはー乱れる呼吸を少しずつ整えながらそこでようやっと顔を上げ、思いっきり顰めっ面で阿呆を睨み下ろす。
立つ気はまだねえのか、床の上に散ってるボウルやらお玉やらフライ返しの中央で胡座かいてる阿呆は打たれて蹴られた腹部のホコリを払いながらぶつぶつ小声で理由らしきものをいくつか述べてから、最後にちらっと俺の方を見上げた。

「や、だからよ…。“寝れねえ”っつーから…。そーいやそーだなーっつって…」
「…」
「ここんとこ食事会ばっかだったしよ、確かにいつもと比べっと白夜ん時ゃあんま2人で過ごすっつーんはねえし…。実際やってねえから、そんでおめえが拗ねてんなら俺が悪ぃ訳だっぺ?」
「……………………」
「ん…? お、おわっ!ちょ…待て待て待て!!」

プッツンとかいう音は特別しなかったが、無言のままゆらり…と俺がシンク脇から包丁を片手にしたのを見て、阿呆がばたばた片腕を突き出して上下に振る。
逆手に包丁持ったまま仁王立ちし、目の前の勘違い野郎をこのままぶっ殺したくて自分の呼吸抑えるんが大変だった。
鬼気迫る俺の様子に阿呆は顔色を変えて狼狽していたが、青筋立てながら冷や汗だらだらかいてる中で漸く自分の馬鹿さに気付いたらしい。
突然双眸瞬きながら声を張った。

「あ…。お、おめあれけ…! 寝れねえってフツーに寝れねえって意味け…!?」
「…それ以外に何ぞあんなら言ってみ」
「いや、だからよ。俺ぁてっき…」
「ねえよな」
「へ?」
「ね え よ な」
「…。…………ハイ」
「…ん」

片手を腰に添えて睨みながら鼻を鳴らす。
…阿呆ばっか相手にしてっと嫌んなる。
持ってた包丁を元あったスタンドに立ててから両手洗ってミネラルウォーター冷蔵庫に戻して、改めて阿呆に一瞥くれると、野郎は背を向けて女座りしてエプロンの裾を握るとそれを目元に添え、まるでオペラの一片みてえによよよと泣き崩れていた。
大の男がそんなのしてっと気色悪いことこの上ない。

「うう…。俺今絶対ぇ誘われてっと思ったのに…。思ったのによお~…っ。むちゃくちゃ嬉しかったのによお~…!」
「阿呆なんと違うけ」
「しかもキスん後速攻で口濯ぎやがったしよお…っ」
「…うっぜえ」
「あでっ」

その辺にあった小さな飾りの置物をおまけで最後に投げつけてから、改めて自分の足下から阿呆が転がってる辺りまでの散らかりようを見下ろした。
阿呆も俺の視線に気付いて、合わせるように目の前の惨状へ目をやる。
…最初阿呆が持ってたチーズはいつの間にか手元を離れ、床に転がっている。
勿論スライサーもだ。
後はボウルが数個にお玉やらトングやらフライ返しやら…。
…。

「…おめ片付けろな」
「何で!? ダメだっぺな!俺ぁオムレツ焼くんだって…!」

ぽつりと呟くと、即座に阿呆が涙目で突っ込む。
無視してちらりと横を見ると、カウンターの上に奇跡的に無傷の溶き卵があった。
真横で今の喧噪してたのに、よく倒れなかったなと感心する。
卵は掃除が面倒なんで、倒れんでよかった。
…しかし、この惨状の掃除とオムレツ作んのどっちが楽かと問われれば確実に後者だ。
どう考えたって大ボケかまして悪ぃんは阿呆の方だし、俺が重労働すんのはおかしな話だ。
なので、俺はフライパンと床に散ってるんとは別のフライ返しを棚から手にする。

「こりゃ俺がやっから…」
「ずっけえ!!」
「おめえが悪ぃんだべ」

まるで極悪人を示すみてえに、ずびし…!と阿呆が人を指差したんで、軽く片足上げてその手元を蹴り飛ばしてやった。
持ったフライ返しをフライパンの上に乗せ、それをコンロの上に置く。
取り敢えずバターだけ冷蔵庫から出してそこで回れ右してリビングの方へ爪先を向けると、漸く腰を上げて床に散らばっていたボウルを集め始めてた阿呆が背を伸ばして顎を上げた。

「あ…? 何処行くん。作んねえのけ?」
「うっせ。作るっつってんべ。…ちっと用足し」

鬱陶しさに顔を顰めて見せてから、キッチンを抜け出しリビング突っ切って奥にあるバスルームへ引っ込んだ。

棚からタオル一枚引っ掴みながらドアと鍵を閉め、横にあるトイレを無視して顔を洗う。
水の流れる蛇口から両手で掬い、数回洗った後でゆっくり深く呼吸した。
それからタオルで軽く拭いて上げた顔は、気のせいかもしれねえけど、やっぱりいつもより多少赤い気がして嫌んなった。

「…」

隣にあるバスタブの縁に腰を下ろして少し落ち着こうと時間を取る。
…デリカシーの欠片もねえ。
どんな勘違いだ。
何度か体内の熱を吐き出すように深々ため息吐いては肩を落とす。
少し経って手の甲を二度三度頬に当てて頬の体温を確認してから、もう一度深く息吐いて立ち上がるとキッチンへ戻ってった。

…あんま長い間ぼーっとしてたつもりはなかったが、戻ったら例の惨状は粗方片付いてて、阿呆は他の料理の材料を切り出してたが、オムレツの溶き卵だけはそのままそこにあった。





やがて時間になって、明るい夕暮れ時みてえな空の下、夜の食事会が始まる。





片付けと料理は何処ぞの阿呆をフルに使った結果、何とか間に合った。
瑞典と芬蘭の来客人は各々自分の作った一品だけ持って遊びに来て、庭に設置したテーブルセットでビールの入ったグラスを打ち鳴らし、ここ最近と同じように食事を始める。

「わあ…。これ美味しい…!」
「…そけ」

クロスを敷いた長方形のテーブルの端。
俺の左隣に座ってた芬蘭が用意した魚介のスープを一口飲んで好意的な感想を溢してくれたんで、どう反応していいか分からず、思わず俯いてフォークの先でジャガイモを潰した。
もこもこした花何とかっつー白い子犬はフィンの近くのテーブル上に座って大人しく飼い主が持ってきたドッグフードを静かに食べている。
こんなちっちぇえのに、なかなか躾の行き届いた品のある子犬だ。
数口食べた後、芬蘭は懐からこそこそと慌ててメモ帳とペンを取り出すと膝の上にそれを置き、俺の方へ身体を傾けてこっそり耳打ちしてきた。

「あの…。ねえノル君。できればレシピとか…教えてほしいんですけど…」
「…おめんとこ料理担当はスウェーリエっつーことになっとんと違うんけ」
「で、でもさ…。いつまでも任せきりだと悪いじゃない。日替わり分担とかして、僕も手伝おうと思って…」
「…」

囁かれる小声に少し固まる。
…懸命な姿勢はええと思うけど、どうなんかな。
こいつの料理センスはちっと…どこぞの眉ガキと張るもんがあっかんな…。
瑞典の奴が面と向かって不味いと言えねえからキッチンから遠ざけてんのは明らかだし。
ちらりと斜め前を一瞥すると、口元でグラス傾けて見ぬ振りしてたらしい瑞典が静かに両目を伏せて本当に一瞬だが小さく首を振った気がして、浅くため息吐いた。

「おめは掃除とか…他の家事に専念しとけな。それが上手ぇから任されたんだべ」
「え、ええ…? そ、そうかなあ…」
「…」

両手を頬に添えて照れてる彼の正面でこくこくと小さく頷いてる瑞典を半眼で眺める。
…この根性無しが。
昔っから芬蘭甘やかし続けてっから、自分の料理音痴全然自覚してねえあたりが眉ガキよりタチ悪ぃ。
欠点だって把握しとかねえと、まず直そうって意欲すら起きねえだろうから、言ってやった方がええと思うんは俺だけなんか…とか思っていると。

「…ねえ。オムレツ形悪いんだけど」
「…」
「…」

芬蘭とは反対隣に座ってた氷島が目の前の皿を見下ろしながら小さく言ったのが聞こえた。
ジャガイモを意味無く突いてた俺は一瞬だけフォークの手を止めたが、瑞典と空席一席空けて氷島の正面に座ってた丁抹はシチューを掬ってたスプーンをぴたりと露骨に止めやがった。
…氷島がナイフの先でオムレツの側面を軽く持ち上げる。

「これあんたが作ったんでしょ」
「ん、んん~…? あー…っと、だな…」
「…」
「何でこんなに変な形してるの。いつもはもうちょっとマシなのに。あんまりふわふわじゃないし。…あとここ焦げてる」
「そ、それよりアイス…!ほれっ、これほら!ノルが作ったフリクル旨ぇよなあ~!?」
「…何で話逸らすの」
「…」

隣で黙って聞いていたが、居たたまれなくなった俺は席を立つことにした。
タイミング的にもそろそろデザート1つ出たっていい頃だ。
…一応、1番形ええんを氷島に置いたつもりなんだけっど。
内心呟きながら、横髪を指先で耳に引っかけながらテーブルを離れ、裏口から家の中へ向かった。

冷蔵庫に入れてたコンポートの瓶をいくつか取り出してから、奥にオーブンプレートごと入れて冷やしておいたスクエアケーキにも片手を伸ばし、手前に引き寄せる。
スポンジの上に生クリーム挟んで塗ったりして、上にいくつかベリーとハーブを落としただけだが…シンプルでええべ。
両手で持って一端キッチンカウンターに置こうとしたが、ついさっき取りだした瓶が微妙に邪魔して置くスペースがなかった。
無意識に数秒前の自分に舌打ちしたところで…。

「ぅおっと。だいじけ?」
「…」

裏口から入ってきたらしく、リビングに顔出した丁抹が慌てて足早に来るとその場にあった邪魔な分の瓶をひょいひょいと持ち上げ、ダイニングテーブルへ移動させた。
…空いたスペースに改めてケーキを置く。
カウンターに片腕をかけ、にっと阿呆が俺に笑いかける。

「コーヒー淹れんだっぺ? 手伝ってやっから」
「…アイスから逃げて来ただけだべ」
「5人分一度に運べっかな~…っと」
「…。……難しんだよ」

人のこと無視して戸棚から勝手にカップを取り出す彼にため息吐いてから、俺はコーヒーメイカーに豆を入れることにする。
黙ってりゃ良かったんだろうが、氷島はいつも通りこいつが作ったと思ってっから、形悪ぃとか焦げたとか…そういうクレーム被らせちまったんは、多少悪いと思っちゃいる。
思っちゃいるが、素直に謝る程人も良くねえんで、言い訳がましい呟きを発する程度しか抵抗できなかった。
ポットからお湯をカップに流し、温めながら阿呆が苦笑する。
別に自分が不器用とは思わないが、俺の方が上手い料理もありゃ阿呆のが上手い料理もある。
…味に違いはねえだろうが、やっぱ形も大切だかんな。
メイカーのスイッチオンにしてから水で洗って冷やしておいたハーブの葉を指先で茎から離して、ぱらぱらケーキの上に散らせていくが、それが終わると冷蔵庫に近寄ってまたミネラルウォーターを取りだし、一口飲んでそのまま背中を冷蔵庫へと寄りかからせた。
庭にある食卓で食べたり話したりしてる分には別に何ともないが、明るいその場を離れると途端に疲れる気がする。
軽く息を吐いた俺に気づき、丁抹が振り返った。

「んで、どうなん? やっぱ疲れっちゃーけ?」
「ん…。明日は俺行かんわ。家におっから」

明日は芬蘭の家で食事会だったか。
どうせ半分は瑞典が作るんだろうから料理はそれなりなんだろうが、旨い不味いはおいといても少しひとりでリラックスしたい気がする。
そもそもあんまし外出好きくねえし、如何に昔馴染みの家とはいえ、やっぱり自宅に勝る落ち着きはない。
…俺の返答に丁抹は少し眉を寄せ、やれやれという顔をしてからこっちに数歩分寄ってくると、親指立てた片手を軽く上げてウインク飛ばしてきた。

「んじゃあ、俺がパワーチャージしてやっから!」
「…あ?」

聞き返したのと同時くらいに、ペットボトル持ってた片手首を緩く握られる。
一呼吸遅れて垂れ下げてた反対側の指先も握られ、ぎくりとして肩を攣らせながら顔を上げると穏やかに笑う阿呆と目が合った。
完全にキスの空気に入ってて滅入る。
…思わずそのまま釣られそうになったが、相手の影の中に入ってあと数センチっつー所で。

「…。やっぱねえわ」
「んご…っ!」

触れる直前で掌上げると、下から阿呆の顎を真上に持ち上げた。
両手首を軽く振って掴んでいた手を離させ、すっとその影から離れてケーキ用の皿を取り出すことにする。
背後で阿呆が涙目で顎を押さえながらめそめそ嘆きだした。

「ひでえええ~っ。何でねえん! 今めっちゃ空気読んだっぺな…!」
「読んでるとか読んでねえとかと違ぇし」
「あ?」
「…ダメだわ、俺。…明りぃとそんな気起きねえ」
「んああ?? …明りぃ……って」

顎を撫でながら、丁抹がキッチンの窓から庭を眺める。
テーブルセットがある方とは違ぇから、別に誰に見られる危険があるっつー訳でもねえけど…。
けど、それにしたって時間に合わない明るい空はよく分からねえ罪悪感が付きまとい、とてもじゃねえけどそーゆー気分にはなれねえらしい。
やっぱある程度夜っぽくねえと。
…。
…よく分からんけど。

「…」
「…」
「……あー」

窓の方を向いてた丁抹が、顎を撫でるのを止めて後ろ首掻きながら視線をこっちに戻した。
数秒の沈黙の後、ぴ…っと人差し指立てる。

「んじゃあ、略式」
「別にええべな、せんでも。さっきしたべ。…ちゅか、略式なんぞ大して」

意味なんてねえべ…って。
言う前に横から肩に片手を置かれ、両目を伏せて身を寄せ、阿呆が目を伏せてぴとっと片頬を合わせてくる。
…呆れ半分で顎を上げて視線を反らし、小さく息を吐く。
阿呆か…。

「…」
「…」
「…」
「…………長げえ」
「いでっ」

いつまでもくっつけてんで邪魔臭く、いい加減右手を上げて阿呆の顔を横から押し退けた。
バランス崩してよたつくのを無視して、コンポートの瓶を開けてちょっとした中皿に移す。
それらをトレイに乗せ、ミルクやナッツなどのトッピング系も、重いのは全部そっちに乗せる。

「おめちっとこれ持てや。…俺ケーキの方持ってくからよ」
「ほいよ~」
「コーヒーはもちっと後でな。取り敢えずこれ持ってっちまうべ」
「ケーキのが重くねえけ? 俺持つけ?」
「おめに任すとすっ転びそーでおちおちいらんねえから触んな」
「…酷ぇ」

両手で顔を覆ってしくしく泣き真似する阿呆のケツ叩いて持たせてから、一緒に裏口のドアへついて行く。
両手ふさがってるもんで俺がドアを開けてやり、ストッパーでドア足留めてから俺も一端キッチンに戻ってケーキを抱えると、追って裏口から庭へ出た。
…別に先行ってりゃええのに、すぐ外で丁抹が立って待ってたんで、並んで少し離れた庭端のテーブルの方へと歩いていく。
庭の木々や草花が静かに揺れる。
そよぐ風はそれなりに冷たいっつーのに空は相変わらず明るく、俺は何気なく顎を上げて薄い雲とオレンジ色の空を見上げた。
…。

「よおよお。あんな~、俺ぁ昔っから白夜大っ好きでよ~」
「…ぁあ?」
「何でかっつーと、おめえと遅くまで遊べっからでよ。…チビん時ゃよくその辺で遊んでたっぺな。特に一日沈まねえ日とか、明け方まで遊んで上司に怒られて、首根っこ掴まれてよ。ガキのくせに朝帰りしてんなっつって…」
「…何なん」

また唐突に真横からへらへらした顔で丁抹が話しかけ、ちっとばかし黄昏気分に浸ってた俺は思いっきり水を差された。
面倒臭さ前面に睨み上げるようにして一瞥くれると、微妙に照れ臭そうに笑う小さな笑顔が返ってくる。
両手がふさがっていなければ、癖で首の後ろを掻いていたんだろう。

「いや、何っつーか…ほれ。…白夜だろーが極夜だろーが、俺おめえと一緒にいる時間増えるんなら何でもええわ。別に何もしねえでもよ」
「…」
「ん、ああ…。んでもキスしまくって寝たいっつーんならリクエストにゃ何でも応えてや…」
「言っとる意味が分からん」

突然冗談交じりで笑いかけてくる阿呆に努めて冷たく言い放ち、それ以上会話が続くのが嫌で素知らぬ顔で歩幅を広げる。
ケーキをテーブルの端に置くと待ってましたとばかりに氷島も芬蘭も近寄ってきて、軽く胸を撫で下ろした。
コーヒーがそろそろできる頃だと言うと瑞典が席を立って取りに向かってくれ、俺は氷島と芬蘭に促される形でケーキにナイフを入れ、丁抹はというと少し離れた場所で片手を腰に添え、愉しそうに笑っていた。

食事会は相変わらず深夜と呼んでいい時間帯まで続き、今から帰るんじゃあれだべっつって氷島はうちに泊まることになったが、それ以外は明日の仕事もあるんで日付が変更した後に帰って行った。
因みに、阿呆だけは最後まで片付け手伝わせたんで他2人より更に帰るのが遅くなった。

別れ際。
当然だが空は変わらず明るく、玄関先で見送る時不意に片手の指先絡められ、ため息混じりにそれを見下ろした。
つっても疲れてたし…振り払うのも面倒で仕方なしにそのまま極めて普通な挨拶のキスだけして即座に追い出し、さっさと戸締まり確認してリビングのソファで寝ちまってる氷島に薄毛布をかけた。
欠伸をしながらコーヒーを入れ、氷島を起こさないよう離れたソファに座ると、寝る前に一杯だけ飲む。
…賑やかな時間が終わった後の、この何とも言えない寂しさがあんまし好きじゃねえから…だからやっぱ好かん。

「…」

肘置きに片腕を乗せ、ソファの背に深く沈む。
目を伏せてゆっくり息を吐いた後、何となく左肩を上げて今さっき阿呆と交わした左頬を肩で拭った。
…確かに阿呆の言ってた通り、昔はぶっ通しで遊べるからっつって毎年この時期を楽しみにしていたが…。
関係は、変わるもんだから。
今は夜がねえと…まあ、困るって程でもねえが、あった方が多少は都合がいいらしい。
…。

…ほんと、早く追わりゃええのに。

声に出さず口の形だけで呟いて、そんでコーヒー飲み干してその場を離れた。



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何だかんだで丁さんが恋しい諾さん。
明るいのは嫌な人は可愛い。
2011.12.13






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