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「丁抹」

だだっ広い自室…と言うか室内自体がはあんまし好きじゃないんだが、その日は大切な来客があることを予想して朝からずーっとそこにいた。
椅子に座ってんのが退屈になって窓際に立って窓の外を眺めていた俺の背に声がかかり、肩越しに振り返ると、開けっ放しにしていたドアから一歩踏み込んだ場所に諾威が立っていた。
本当なら速攻で茶の用意でもしたいところだが、今日は笑顔でお茶会ってノリじゃねえんで残念だ。
せめて初めだけでもと、いつもの調子で返事をしとく。

「ちっとええけ」
「おー。何だべ」
「因みに、何の話だと思うん?」
「条約~」
「中身変だべ」

片手に持っていた書類を軽く振って、ノルがため息を吐いた。

「勝手に俺んとこの上司丸め込むの止め…。つか、おめえんとこの部下、とーとうちに送んの止めてくれっけ」
「まあぶちかれな」

片手で室内のソファセットを示して座るよう促してみるが、話にワンクッションいれる気もないらしい。
つんとしてる冷えた目は少しも外れることはなく、真っ直ぐ俺を睨んでいた。
…諦めて一息吐いてから、背を向けて窓を向く。
とても真っ直ぐ見返せない。

「…神聖羅馬にイス取られたらどーすんだ。あのクソガキの所になんか行ぎたくねーべな」
「あんな聞かねぇクソガキんとこなんざ靡くわきゃねえべ。おめえと条約組むんは別にええけ。内容が変じゃねーかっつってんだ」
「おめえと条約組むなら対等なのは許さねーって、俺の上司が」
「阿呆か…」

ばさ…っ!と片腕を振るってノルが書類を投げ捨てた。
はらはらと落ち葉が落ちるように、絨毯の上に白い紙がノルの周りに綺麗に散る。

「でれすけ。…こんなん押し通すんなら喧嘩しかねえわ」

吐き捨てるようなノルの言葉に、目を伏せて俯いた。

「…やんねえよ」
「んなら止めな。中止。直し」
「止めね。それは通す」
「んなら戦争だべ」
「それは絶対やんねえ」
「何で」
「…おめぇじゃ俺に勝てねっぺな」
「…。なんそら」

声が途端に低くなる。
久しぶりに聞く怒りを押し殺したような声に胸が締め付けられた。
…昔はよく喧嘩したっけなあとか、ぼんやり思う。
今じゃ洒落にならないから嫌になる。

「んなこと、やってみねえと分かんねえべ」
「おめぇもう…そんな資金も力も、ねえべな。知ってんだわ」
「のぼせんな」
「知ってんだって。…俺が押さえてんだから」

言った瞬間、場が凍った。
一瞬が一瞬でなく、時間は限定的に限りなく緩やかに進み出す。
たった数秒が数分に感じ、俺から切り出さなきゃならないと分かっていても、なかなか言葉にできず、頭ん中は真っ白ちかちかで、この凍った時間にこれから言わなきゃならないことを頭の中で考えることすらできなかった。
…乾燥した口の中で何とか声を紡ぐ。

「悪ぃなぁ、ノル…。頑張ってんのに…ハンザだってそこまでじゃねぇはずなのに、何で経済が上手くいかねぇのか不思議だったべ。…もうずっと前からな、そーすんべって、ウチの連中が計画してたんだわ。…力尽くってのは…嫌だかんな。嫌なら何とかしろって言われりゃ…内側から埋めてくしかなかっぺな」
「……。いつから」
「…」
「…俺が黒死病に寝てたんより前 後、どっちなん」

真摯に答えてやんなきゃと分かっていても、この期に及んで自分のしてきた最低な愚行を口にするのは躊躇われた。
少し黙り込んでから、話を今後のことへ移す。

「暫く俺ん家に使用人として仕えてもらう」

途中で喉が震えないようかなり頑張った。

「もうおめぇ1人じゃいれねぇべな。…俺げ来ちろって。…ちっとでええんだ。気が向いた時にちょろっと皿洗いとか…。ほれ、おめぇ掃除とか庭弄り好きだべな。そんなのでええから。肩書きだけ付けさしてくれれば。…な?」
「…」
「一応俺も交渉して、おめん所の議会は尊重させるって上司に言っ……ノル?」

言ってる途中からカツカツ足音が遠くなって行き、ちょっと躊躇ってから振り返った頃には部屋から出て行くノルの小さな後ろ姿だけが見えた。
それもやがて角を曲がって見えなくなる。
それから数分も経たないうちに…。
陶器が割れる音が次々と、この部屋まで響いてきた。

「デンさん…!!やろぁキッチンの食器全部割っちまってんぞ!止めてくろや!」

遠く細い破壊音を背に、部下が一人顔を憤りで真っ赤にして飛び込んできた。
片手を腰に添え訴えに一瞥してやるが、小さく息を吐いてすぐまた窓へ向く。

「ええって。やらしとけ」
「はあ…!?つってもあれ…っつーか誰があらげんだよ!」
「フィンかスヴィーがその辺にいっべな。今に場ぁが落ち着いたらやらしとけ。…それより、あいつの部屋ちゃんと用意しとけな。あと羅馬のクソガキにノルは俺と組むんで、もうこれ以上ちょっかいかけんなって手紙出しとけ」

言い捨ててから、漸く俺も部屋を出た。
暫くは俺に会いたくないだろうと、俺の部屋から一番遠い客間に通すよう命じといて、苛々しながら廊下を歩く。
力差なんでどうでもいいべなと思いつつも、他の奴と親しくなってどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかとリアルに想像するとこれが正しいような気もしてくる。
そんな器の狭い自分に心底腹が立つ。
泣いて怒鳴りながら頬を一発ぶん殴られた方がずっと良かった…なんて思うこと自体が、傲慢なんだろう。

Trap og karlighed



卑怯者と呼ばれたって恨まれたっていい。
…ただな、ちょっとな。
ずっこいけどな。
最低だけどな、それ以上に単にただ一人。
面と向かって、おめえとだけは喧嘩したくないんだわ。
…なーんて言ったら、殴ってくれっかな…とか考えてる辺り、救いがない。
加えて、 ちょっぴりどころじゃない嬉しさもあっちまうから、嫌になる。
心底に。



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束縛外見つくっておいて守護します。
リアルでは始めの頃丁さん素で酷いんですけどね、諾さんにも。
2011.11.20

余談:黒死病

別名、ペスト。
ペスト菌によって起こる感染症。
昔欧羅巴に大流行した。
腺ペストと肺ペストが同時に流行した為に爆発的に流行り、欧羅巴人口の1/3が死亡したといわれ、各国が農業人口の不足、食物不足、賃金高騰など大混乱。
最初は烏克蘭や土耳古、希臘といった黒海周辺で発生。
その後、伊太利、仏蘭西、海を渡って英国…。
そして北欧へ及ぶものの、時間差で端っこの諾威が丁度かかってピークの時には、既に他の国々は治りかけており、元々の弱国化もあって、神聖羅馬や丁抹の経済人や政治家が経済・政治を牛耳り始める。
王様であるホーコン王も黒死病により病死。
王座が空いてしまう。
諾威王家と丁抹王家が親戚であることもあり、息子で丁抹王だった若いオーロフ王が諾威王を兼任することにより、同君国となる。

その7年後。
丁抹・諾威連合が成立。
「瑞典の王が良いので、彼を我々の王としても迎えたい」と言って離れようとしてみたところ、経済・政治の裏を握っていた丁抹が手放そうとはせず、半ば強引に正式に条約を結んでしまう。
それまでは形として従属を取ってなかったが、ここで丁抹の従属国としての諾威が誕生する。
最初、条約内容には「対等であること」や「今は貴方でいいとしてもそのうち国王を自分で選任します」というものがあったにも関わらず、実際丁抹に溶け込むとそれらの自由は得られなかった。
当時強国であった丁抹には海域、港、木材、働き手などはあればあるほど良い。
対して諾威は経済はほぼ丁抹に頼っていた為、支えられないと飢餓状態に陥る羽目になる。
最初は反発していたものの、文字や文化がじわじわ染み入り、やがて安定してくる。
特に政治面では、丁抹の首都コペンハーゲンからの支持を待って、それを目安に政策をとっていく。
やがて「我が国諾威は丁抹が所有する他の全ての土地と同じように丁抹のものである。我々はこの隣国を愛し、愛され、共に歩んでいきたい」と言わせるまでなる。






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