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周りの、違和感に気づいたのは、いつの頃だっただろう――。

みんな笑っているのに、笑っていない。
楽しそうなのに、楽しそうじゃない。
笑顔のペルソナを、ずっと着けてるみたい。
知らない人が時々会いに来て、でもあんまり知らない人と話しちゃいけませんよって教えてくれる人もいる。
けど、その教えてくれる人は本当は悪い人で、そこにいるのはボクのためにならないから、こっちへおいでっていってくれる人もいる。
でも、その人も本当は悪い人だから、何を言われても気にしないことにしなさいっていう人もいて……けど、人の話はちゃんと目を見て真剣に聞くようにって、教わった。
いろんな人がいろんなこと、いう。
でも、どんな人が相手でも、笑顔でいないといけないから、ボク、いつも笑顔。
頭の中ぐるぐるでも、ボクが笑顔でいないと、みんなもっと笑顔じゃなくなる。
たまにつかれちゃうけど、つかれちゃいけないから、ガンバらないと…。

 

 

『――で、愈々以て、ボクの声が聞こえるようになってしまったというわけだ』

そう言って、目の前に座るカエールが、ふう…とため息をついた。
お城の中の、ボクの部屋。
厚い、ふわふわした広い絨毯の上に、大きなクッションがたくさんある。
今は夜で、月もまんまるに近いから、カエールはおっきくなれる。
身長も見た目も、ボクとそっくり。
金色の髪に、ちょっとパープルが入った珍しい瞳。ボクとおんなじ。
着ている寝間着もおそろい。双子みたい。
本当に双子だったら嬉しかったのにな。
そうしたら、ボクはカエールのお兄さん。
…けど、何でかこうやって一緒にいると、カエールの方が、ちょっとお兄さんな感じ。
落ち着いていて、ちょっとクール。
いつも慌てないから、とっても頼りになる。知らないこと、いっぱい知ってる。
おっきくなれる日のいつもみたいに、いくつかのクッションを積んで、寄りかかったり寄りかからなかったりしながら二人で本を読んでいたけど、周りに人がいなくなったから、ちょっとカエールとお話しした。
急にそんなことを言うから、首を傾げる。

「カエールの声、前から聞こえるよ?」
『本格的に、という話だ。こんな風に…しかもこんなに早く会話ができるようになるとは、ボクも思っていなかったからな』

少し前から、カエールはお話しするようになった。おっきくなる時間も増えた。
最初に本当に声を聞いた時はびっくりしたけど、もらった時からきっとカエールは本当はお話できるはずってずっと思っていたから、びっくりの後はすごく嬉しかった。
ボクは、勝手に友達、つくっちゃダメだから…誰かとずっと一緒にいたり勝手にお話したりするのは、いけないこと。周りのみんな、困らせちゃう。
けど、ぬいぐるみのカエールなら、傍にいても、一緒にいても、そんなにダメって言われない。
ぬいぐるみや人形は、長い間月の光に当てておくと、話したり動いたりできるっていうから、毎晩こっそりカーテン開けて一緒に寝ていたのがよかったのかもしれない。
けど、確かに前は、ぽつぽつって感じだった。
声が聞こえた気がして振り返っても誰もいなくて、カエールが座っている方向だったから、今のカエールかな?みたいな感じ。
今みたいに、こんなに一緒にたくさんお話しできるようになったのは、最近。
双子みたいにそっくりな姿になるのも、最近。
目の前に座るカエールに笑いかける。

「カエール、お話上手になったね。おっきくもなった。おそろいイッパイ、いつも一緒!たくさんお話できて、ボク、嬉しい!」
『うむ。それはボクも嬉しい。だが、良いのか悪いのかでいうと、どうかな』

片手を顎に添えて、少し考えるカエール。
大人みたいな仕草がすごく、カッコイイ。
…けど、カエールはボクとお話できるの、嬉しいって言ってるけど、本当はあんまり嬉しくないみたい。
ちょっと残念。
ボクはすっごく楽しいから。

「カエール、ボクとお話、楽しくない?」
『ああ…、いや。勿論楽しいとも。ピエールはボクの大切な友達だからな』
「ボクも、カエール大好き!」
『ボクもだ。…だが、楽しくて嬉しいから、イコール"良い"ってわけじゃないことが、世の中にはあるものだ』
「…? 楽しくて嬉くて、ダメなこと? そんなのある?」
『たくさんな。不思議な話だが』

カエールは得意げに言うけど、よく分からなくて、首を傾げて考えてみる。
けど、やっぱり思い当たることを考えつかなかった。
ボクがカエールとお話できるようになったことは、絶対に良いことだと思うから。

『だがまあ、海外留学まで今少し。もう暫しの辛抱だ。それまでは、私との会話を楽しむのもいいだろう』
「…日本に行くと、カエール、お話しなくなるの?」
『少しは落ち着くだろうと思いたいな。…いや、まあ。ひょっとしたら助長される可能性もあるが、少なくとも今よりは――』

カエールがそう言った直後、コンコン、とドアがノックされた。
びく…!と肩が震えて背筋を伸ばしたボクの耳に、カエールがそっと顔を寄せてナイショ話する。

『…案ずるな。ボクの姿は他の者には見えない。普通にしているんだ』
「うん…」

ドキドキしながらドアの方へ顔を向けると、ドアの向こうにいる黒服さんと、ドアのこっち側にいる黒服さんが何かお話して、一度ドアが閉まった。
その後で、失礼します…って、ボクの生活のことを色々手伝ってくれているたくさんの人のうち、女の人が一人入って来る。

「ピエール様、夜更かしは体に毒ですよ。そろそろお休みになられた方が宜しいかと存じますが、いかがでしょうか。ご用事はお済みですか?」
「あ…、うん。今、寝るとこ…」

すぐ寝るよって立ち上がると、ほっとされたのが分かった。
これ以上ボクが起きていると、この人が怒られちゃうの、知ってる。
だから、早く寝ないと。
部屋に入ってきて、寝る支度のためにベッドの方へ女の人は行く。
クッションの前に座っているぬいぐるみのカエールの体を両手で抱き上げた。

「カエール、一緒に寝ようね」
『うむ』

おっきいカエールは、自分ですっと立ち上がる。
ボクがぬいぐるみカエールをぎゅっとして、奥のベッドへ行く前に、ドアの内側のところに今夜も立っている黒服さんのところへ行って、ほっぺたを合わせておやすみを言う。
それから、改めてベッドへ向かった。
小走りで大きなベッドへ駆け寄っていくと、ベッドサイドにある長椅子に、ポットの用意がしてあって、ぱっと目を輝かせる。
横には、たっぷりのミントもある。
ナイトキャップだ…!
よく眠れるように、寝る前に飲む飲みもの。
ミルクとミントのやつ、大好き!
テーブルの上に置いたカップにたっぷりのミントと、ショウガをひとつまみ。
そこに、あつあつのミルクがポットから注がれていく。
わくわくしながら、膝の上にぬいぐるみカエールを抱いてソファに座った。

「ミントのナイトキャップ? ボク、大好き!」
「ええ。ピエール様がよくお休みになれますように」
「ありがとう。おやすみ!」

用意をしてくれてから、彼女にもおやすみをする。
一礼して出て部屋を出て行くと、遠くにあるドアがパタンと閉まった。
それを見送ってから、早速両手をカップに伸ばす。
いつも傍にいてくれる黒服さん以外には誰もいなくなったから、これでまたカエールとお話しできる。

「ミント~。カエール、半分こに――」
『ピエール』
「う?」

前屈みになったボクの横に立っていたピエールに呼ばれ、顔を上げて見上げる。

「なあに?」
『今夜、これを飲むのは止めておこう』
「え…。どうして?」
『既に今夜は、いつも寝る時間より遅いからだ。飲んでいたらもっと遅くなるからな』
「でも…。せっかく用意してくれたのに…」
『なに、できた女だ。理由は察するだろう』
「えっと…」

カエールとテーブルの上のカップを見比べて迷っていると、カエールがぐっとボクの手を引いた。
そんなに強くないけど、何となく立ち上がってしまう。
…でも、ナイトキャップ…。
ボクが飲んでないと、かなしくなっちゃうかもしれない…。
テーブルの上に残されたカップを見詰めていると、ふ…って、声が聞こえた。

『カンプが…』
「…?」

その声に振り返ると、ボクの手を取っているカエールが、ずっと向こうにある部屋のドアの方を見ていた。
"カンプ"…ていう、聞いたことのない言葉に首を傾げて聞いてみる。

「カエール、カンプって何?」
『何がだ?』
「…? 今、カンプって言わなかった? カンブ?ガンプ?」
『ボクが? 言っていないよ。空耳だろう。…さあ、休もう。ボクはもうくたくただ』

取っていた手を一度離して、きゅっと手を繋いでくれる。
みんな、あんまりボクと手を繋いでくれないから、誰かと手を繋ぐの、大好き。
ぎゅ~って、ボクもその手を握り返した。
片腕にぬいぐるみカエールをぎゅっと抱いて、一緒にベッドに上がる。
大きいたくさんの枕、ふかふかでちょっと重いくらいの掛け布団、両手両足を伸ばしたって全然余裕のある広いベッド。
いつもはちょっと寂しいけど…カエールが一緒だから、平気。
ボクが横になった隣に、カエールも座って布団を整える。
それから横になると、ゆっくり息を吐いた。

『…ふう。今日も一日疲れ――…ん?』
「えへへ~!」

横から、ぎゅーってカエールに抱きつく。
ぬいぐるみとおっきいカエールセットで。
ぬいぐるみカエールにはいつも寝る前にぎゅってするから、今日はおっきい方もする!

『まったく…。いつまでも無邪気で困った奴だ。…さあ、もう眠るんだ。睡眠時間を絶対に今以上に削ってはいけない。君は今や綱渡りの状態だからね』
「つなわたり?」
『とてもとても疲れているということだ』
「ボク、疲れてないよ。全然、だいじょーぶ!」
『ほぅ…。ずっと一緒にいるボクに嘘が通るとでも思っているのだとしたら、随分な侮辱に値すると思わないか? ピエールから見れば、そんなに察しが悪く見えているというわけだね、ボクは』
「えっ…!」

少し困った顔で言われて、慌てて首を振った。
ボクが首を振ると、カエールは「そうだろう?」って、つんと目を伏せて得意げになる。
わざとそうやってから、小さく笑ったから、ボクもくすくす笑った。

『ピエールが頑張っているのは、ボクが一番知っているよ。…この城を離れれば、おそらくボクはあまり話さなくなると思うが、ボクだけはいつだって傍にいるし、どんな時だって君の味方だ。一緒に海の向こうを見に行こう。日本は治安がいいと聞くし、国王はいるようだが政治を行ってはいないようだ。多宗教で国内の争いもないと聞く。きっといい国だろう。だからこそ、君の留学先に選ばれたわけだしな』
「うん…」
『安心しているといい。平和な国ならば、心許せる人にも、きっと会える』
「…ん。ありがとう、カエール。…おやすみ、ね」
『ああ。おやすみ。…ピエール、君が幸せでありますように』

おやすみの挨拶の代わりに、カエールが片手を伸ばしてボクの髪を撫でてくれた。
さらりと一撫でされただけで、まるで魔法みたいに一気に眠くなっちゃって、そのまま―…。
――。

 

 

 

 

 

 

「――…エール。…ピエール。起きろ」

トントンって膝を叩かれて、閉じていた目を開ける。
…うー。
俯いて目を擦っていると、頭上で小さく笑う声がした。
顔を上げると、左に座ってた恭二がいる。

「…?」

頭、ぼーっとしてるけど、だんだん、思い出してきた。
ここ、飛行機。
お仕事で、ハワイ行く途中…。
…。
ふわ~…とあくびをして、両手両足をぐーっと前に伸ばす。

「う~…。おはよー、恭二…」
「おはよ。ぐっすり寝てたな。そろそろ着くから、起きといた方がいい」
「ピエール起きた?」

恭二の向こうに座ってたみのりが、ひょいっと顔を覗かせた。
目を擦っていた手を下ろして、顔を上げる。
ちょっとノド、からから。
声、はなごえ。

「ん…。起きたぁ…。おはよー、みのりぃ…」
「うん、おはよ。…ふふ。機内食もおやつも食べたし映画も見たし、あとは寝るだけだもんね。三人ともぐっすりだったな」
「俺、起きてたっスよ」
「え、本当に? 何で?」
「あ、いや…。誰か起きてた方がいいかなと思って…」

恭二とみのりがお話してる横で、膝の上を見る。
ボクの両腕の内側で、いつもみたいに、カエールがオギョーギよく、ボクの膝、お座りしてる。
その頭を片手でなでなでする。

「カエールも、おはようね」

カーエル、いつものキュートな顔。
昔みたいに、「おはよう」も「おやすみ」も、カエール、言わなくなった。
お城でカエールが言ったとおり、日本に来てから、カエールほとんどしゃべらなくなった。
それでも前は、ちょこちょこお話してたけど……うん、みのりと恭二と会った頃にはあんまりお話しなくなって、アイドル始めてからは、全然おしゃべりしてない…。
夜にカーテン開いて、お月さまの光にたくさんあてても、ダメみたい。
国から離れちゃったからかな…。
…けど、前みたいに、たくさんお話もしなくなったけど…。
ぱっちりおめめのカエールと見つめ合う。

「…」
「…? ピエール?」
「カエールがどうかした?」

カエールを見てじっとしているボクに、恭二とみのりが声をかけてくれる。
ぱっと顔を上げて、二人にカエールを差し出した。

「あのね、恭二、起きてた。カエールも、ずっと起きてた。だから、ボクとみのり、ぐっすり、眠れたね。ありがと、恭二。カエールも、ありがと」
「ああ、うん。そうだね、ホントホント。ありがとう、恭二、カエール」
「俺は好きで起きてただけだって。けど、確かにカエールはいつもピエールのこと守ってくれてるのかもな。…ほら、シートベルトのランプが付いたから」

恭二が横からボクのシートベルトをつけてくれる。
カエールもしなきゃだから、シートの間を横にずれて、ボクの隣に座らせ――ようとして、一度両手で持って、カエールとぎゅ~ってして、ほっぺたを合わせた。

いつも一緒でありがと、カエール。
大好き!

ぎゅ~ってしてから、カエールをボクの隣に座らせる。
ちゃんと、シートベルトの内側。
窓から見えてる陸地を見て、みのりが両手を合わせる。

「俺、海外初めてだ。楽しみだなー♪ 審査で職業聞かれたら、pop idolって言うんだよね? 理由はライブ…あ、ワークでいいのかな?」
「ハワイ程度だったら日本語通じるから、そんなに気にしなくてもなんとかなるだろ」
「そうなの? あはは、恭二もピエールもいるから、心強いなー」
「うん、ボク、英語もだいじょーぶだよ!」

日本から出るの初めてのみのりは、色々なことが楽しそう。
みのりと恭二が楽しいと、ボクも楽しい。

「頼りにしてるよ。俺と恭二とピエールとカエール、あと虎牙道の三人とプロデューサー、八人でいっぱい楽しもうね」

そう言って、みのりがカエールの片手を握って、ちょいちょいって動かす。
それがとっても嬉しい。
ぱって、胸の中に太陽がかがやくみたいになる。
ボクも、カエールのもう片方の手を繋ぐ。

「うん…!みんなで一緒に、いっぱい歌っていっぱい踊って、ファンの人もボクらも、いっぱいハッピー!」
「頑張るぞーっ。えい、えい、おーっ!」
「おーっ!」

みのりと一緒にカエールをバンザイさせて、もう片方の手をあげる。
間に挟まれた恭二が、ごほん、と咳払いをした。

「…二人とも、もうちょい静かにしとかないか」
「恭二も、おー!」
「え…」
「そうそう。おーっ!」
「…お、おーっ」


カエルの王子様




飛行機が着陸して、機体から降りる。
空港に踏み込むと、まだ外に出てないのに、空気が違うのが分かる。
色々な国の、色々な空気。
でも、どんな場所に行ったって、ボクは大丈夫!
ガラガラの荷物持ってない右腕に抱えたカエールを、もう一度抱え直す。

「カエール、行こうね♪」

初めての土地、初めての人たち。
けど、恭二とみのり、事務所の仲間、それに、一番の友達、カエールがいればどんな場所でも楽しいになれる。
楽しみだけを胸にだいて、恭二とみのりと、ぐっと歩みを進めた。



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ピエール君と捏造カエール。
カエールちゃんは結構オレ様な雰囲気があるので。
ピエ君をいつも守ってくれていると思うな。
2017.5.17





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