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待ちに待った休日土日。
別に何か楽しみにしてる予定なんてものはからきり無いが、この特に予定もねえ休日ってのが俺は最も良い休日だと思ってる。
必要なもんがあって買い物だ何だで動いてると、あっとゆー間に午前中が経過。
残りの午後だけが休みみてぇな気がして、すげー損した気になる。
午前中からごろっごろ漫画でも読んでんのが一番いい。
ポテトチップ傍らに音楽聞きながら週刊誌広げ、俯せに寝転がってると。

「にーぃー…さん!」
「おわっ!?」

キシ…とフローリングが軋んだ気がしたと思ったら、突然どーん!と背中に衝撃が乗ってきた。


微熱



蛙が潰れるような声が口から出て一度漫画のページに顔面落としたが、飛び込んできた勢いが強いのであって重量自体はそーでもねえんで、すぐ頭を上げて首で背後を振り向く。
人の背中跨って座ってるジンが、ころころといつものように笑っていた。
…どーもこいつは引っ付き癖があって、油断するとすぐ飛び込んでくる。

「おいジン!それ止めろって言ってんだろ。怪我すんだろ」
「兄さん大きいから潰れないよ。潰れたら僕が看病してあげる」
「ちっげーよ、馬鹿! テメェ如きひょろっちい身体でこの俺が潰れるわけねぇだろ。続けてっとそのうちテメェが滑って転ぶっつってんだよ!鈍くせぇからな」
「それって僕の心配?」

細い両肩を少し上げて、ジンが嬉々として尋ねる。
…それ以外に何があんだよ。
普通に聞いてそうだろ。馬鹿かコイツ。
だがそう聞かれると否定したくなる。
はっと鼻で嗤い、俺は目を伏せた。

「バーカ。テメェがドンクセーって話だよ。…おら退け。邪魔くせ……おい!」
「兄さん優しい。大好き」
「っ、めろ!テメ…!」

片手でジンが人の頭わしゃわしゃ明らかにぐちゃぐちゃにする目的で撫でまくり、首を振ってその手を引き剥がす頃には俺の髪はすっかりぼさぼさになった。
…いや、元が整ってたかっつーと今日は休みってことで寝起きのまんまだった気がするが、それにしたって掻き回された後と比べりゃそれなりにキレイだったぞ。
ジンの手首取って横にぶん投げ、もう一度首を振ってから再度背後を振り返る。

「お前、試験勉強どーしたんだよ。休憩か?」

弟は試験前らしくて今日は朝見たきり部屋に閉じ籠もってた。
そのまま昼食くらいまでは出てこないかと思ったが、昼にはまだ時間があり、時計を見ると丁度午前のお茶の時間って感じだ。
飲み物でも淹れに来たんだったら俺が作ってやってもいいかなと思っていると、ジンは首を振った。

「休憩じゃなくて、チャージしに来た」
「チャージ? …携帯の充電でも切れたか?」
「ううん。兄さんのチャージ」
「…馬鹿か」

はあ…と深々ため息を吐く。
どーもウチのは何つーか…あれだ。ブラコンが過ぎる気がする。
他の家がどうなのか知らねえから比較はできねえが、たぶんちょっと引っ付き癖が強すぎるんだろう。
昔っからちょこちょこ後ろくっついてくるんでいい加減慣れたが、そろそろ彼女の一人二人でも連れてくりゃいいのに。
…と昔面と向かって言ったら、じゃあ俺はどうなんだという話にすり替わってあれこれ聞かれた挙げ句返す言葉がなかったので、以降口に出しては言わねえが。
さっきぼさぼさにしやがった俺の髪を両手で左右に流しながら、ジンが小首を傾げて俺の手元を覗き込んだが、その途中で胸ポケットからはみ出てたプレイヤーとそこから伸びるイヤホンに気付いたらしい。
跨ったままごろんと寝転がり、俺の背中へ肘付いた。

「何聞いてるの?」
「これか? Jamison Boaze」
「…誰? 洋楽?」
「聞くか? ほら」

両肘着いて首下げて、一端イヤホンを抜いて片手にまとめ、後ろに回してやる。
受け取ったジンは一つを耳に入れ、もう一つを俺へ返した。

「一本でいいよ。ありがとう」
「そうか?」
「…。何か、すごいメタルな感じだね。頭痛くなりそう」
「俺はスカッとするけどな。…合わねぇんなら無理して聞くなよ。馬鹿んなる前に抜いとけ」
「んー…。もうちょっと聞く…」

こてんと頭を落として、ジンは伏せてしまった。
勉強しろよとつい言いたくもなるが、実を言うと俺的にはし過ぎのように見えるので、このままもー今日は休んでもいいんじゃねぇかと思わなくもない。
暫く放置していると、両腕が左右から胸に回ってやる気無く抱きついてきた。

「…十分だけチャージしつつ寝るから兄さん起こしてー」
「あー? …知るかよ。自分で起きろよ」

とか言いつつ近くに転がってたフォンで目覚ましセットしてやるあたり、俺は何て素晴らしい兄貴なんだ。
親指でぺこぺこ画面押してる途中、分設定のとこまでいってぴたりと指を留めた。

「…」

ちょっと考えてからプラス五分して設定完了を押し、奴を無視して漫画の続きを読むことにした。

 

 

十五分後のアラームと同時にぐわんっと背中を揺らすと、ジンがぼとりと横に落ちる。

「オラ。十分経ったぞ」
「…まだ満充電じゃないー」

眠たげな目元を擦りながら、もう一方の手で俺の袖を掴んで寄ってくる。
何歳児のガキだお前は。
…仕方ねえんで、舌打ちしてから手首を取ってその手を剥がし、軽く頭を撫でてやってから、首を伸ばし、ジンの前髪書き上げて、一瞬目を閉じると額にキスしてやった。
してやって顔を離すと、する前はぼんやりしてたジンの双眸がぱちっと見開いていたので、内心ちょっとビビッた。
顔を離し、ぺちぺち横たわっている弟の頭を叩く。

「ほら。おまじない終了。行け、馬鹿」
「…。もう一回してくれたら起きる」
「あ~?」

あんま何回もやったらおまじないの効果ねえだろーに。
一度眉を寄せて渋ってみせたが、ジンはフローリングに伏せたまま自分の指先で前髪を少し横に流して押さえて完全にスタンバってるんで、その態度に呆れ半分で俺は両肩を下ろした。
…ったく。

「しゃーねぇなぁ…」

甘ったれに付き合ってやろうとさっきと同じく顔を寄せて目を伏せ、額にキスしてやろうと口を寄せると…。
とんっと向こうから対象が口にぶつかってきた。
しかも何か、さっきと違って感触が柔らかい。

「…ん?」

違和感を持ってすぐ目を開けると、目線はジンの髪ではなく、奴の眼鏡越しの双眸だった。
いつの間にか床に肘付いて高さを上げていた奴は、熱がある時測るみたいに俺の額に額を添えて、上目に小さく笑った。
…。
あれ…?
今俺何処にキスした?
…鼻か??

「ふふ。…ちょっと吃驚?」
「…」
「兄さんリップ貸してあげる。唇乾燥してるよ」

ポケットからリップを取りだして広げた漫画の横に立ててから奴が耳からイヤホンを抜いたんで、宙に張っていたコードは俺の服の上に落ちた。
垂れた横髪を耳にかけてから、ジンが床に両手を着いて身を起こす。

「勉強してきます。…昼食は作るから、兄さんはゆっくりしてね」

にこりと微笑んで言うだけ言って、振り返りもせずすたすたとリビングを出て行った。
ぱたんとドアが閉まる音がして数秒間、ぼけっとしてしまう。
…。

「……ん?」

その後で、一人疑問符浮かべながら片手で口元押さえて、ちょっと考え出した。
何か顔が熱い。
熱があるような気がする。

気分的に咳をした拍子に立ててあったリップが倒れて少し転がり、慌てて片腕伸ばして捕まえた。



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一緒に暮らしたらすぐ喰わされちゃうよ兄さん。
素直にしていると可愛いんだけどねえ、ジン君は…。
だがそこが良い!
2013.3.10





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