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秋は、戦が少なくなる。
稲穂が実り、それらを収穫しなければならないと同時に、冬に備える必要がある。
収穫はそのまま向こう一年の潤いの差となる。戦に勝つことも重要だが、同時に、そこを手空きにすると長期的には不利となる。
要は、この天秤の均衡をどの程度に決めるかが、国主の腕の見せ所なのだ。

「…」

開け放った障子から、紺色の空を眺める。
今夜は朔だ。月は見えない。
次に戦が落ち着いている朔の日に決行しようと、もう随分前から決めていた。
だというのに、戦が落ち着いている間は朔はなく、また、朔の日にはそれどころではない政や軍策を練るような日々が続いた。
今夜は、やっと訪れた好機だ。
静かに重ねて決意をし、空を眺めるのを止め、日頃はそこまで気にしてもいない髪へ三度櫛を通す。
いつもは通せばいいだろうと思っているだけのそれを「丁寧に」やろうとすると、己の髪が硬めで、しかも癖があることに気付く。
真っ直ぐで流れるような黒髪だったらよかった。
それが駄目なら色だけでも、もう少し黒みがかっていればよかった。
何故私だけこうして明るいのだろうか。
櫛が途中で引っかかりを覚え、えいと多少無理に押し通してみる。
女を呼んでやらせてもいいけれど、そうなると世話女の趣味によって私の容は左右されることになる。
だったら、何もかも己でやった方がいい。
父上のご趣味は、恐らく、私が一番分かっている。
櫛を置き、傍で焚いていた香を寄せ、夜着の襟を整える。
整えた襟に添えられた己の指先にある鎖骨を見、はあ…と息を吐く。
…薄い胸板だ。
我ながら、地味で貧相な男だと思う。
父上の血が流れているのだから醜男というわけではないのだが、華もなければ、大将に求められる逞しさもない。
兄上たちのように男らしい体であったら、まだ良かったろうに。
…まあ、いい。
物事は一長一短。人もまた然りだ。
きっと聡明な父上は、私では見いだせない私の一長も見いだしてくれるだろう。

「……よし」

ぐっと膝の上で両手の拳を一度強く握ってから、立ち上がった。

 

 

 

 

父上の室の前にいた者を下げ、代わりにその場所へ膝を着き、中へと声をかける。

「父上。隆景です。遅くに申し訳ありません。少々お時間を頂けますか」
『うん? ああ、どうぞ』

のんびりとした返答が襖越しにあって、許しを得た私はそれを開けると体を滑り込ませた。
相変わらず、父上の部屋には書が溢れている。
乱雑に積まれているように見えるが父上なりの分類がされてあり、ここはこれ、あそこはあれ、そこは未読と事細かに分けているだけだ。
積んである順番も大切で、これが入れ替わっているとすぐに気付くのだから、ただ箱や棚に入っていないというだけで、これはもう整理されているも同然なのではなかろうかと思う。
入って来た私を見て、父上が開いていた書を閉じる。

「どうしたんだい、こんな時間に。珍しいね」
「突然すみません」
「いいよ。何の話だい?」

言いながら、文机の端に置いてあった湯飲み茶碗を片手で掴み、口に添える。
寝る前の白湯でも入っているのだろう。

「はい。夜伽を習いに参りました」
「ぶッ――!」

言った瞬間、父上が湯を吹いた。
驚いて膝を浮かせ、懐から布を取り出し父上の傍へ向かう。
私のそれと同時に、父上も抓むように持ち直していた濡れた碗を置き、同じように文机の上にあった布を取り出すと、げほごほ咳き込みながら慌てて正面に積んであった書を拭き始める。

「ああぁっ、書が…!」
「覚えていない内容のものですか?」

一番上に積んである表紙をとんとんと布で拭っている父上の腕と膝と口元を、横から私が拭いながら問うと、父上は正面を向いたまま緩く首を振った。

「いや、内容は覚えてはいるけれど…、私は書の形自体も好きなんだ。濡れるのは困るなあ」
「希少書でしょうか。以前私がお借りしたことのある書でしたら、責任を持って起こしておきます」
「んー……うん、…うん。ああ、大丈夫そうだよ、隆景。濡れたのは一番上の表紙くらいだ。それ以外は、少しだけ横が湿ったくらいみたいだよ」
「そうですか…。よかった」

最も濡れている一番上の書を捲り、その下に積んである書を一通り眺めて確認してから、父上が私を振り向いておっとりと笑う。
私も父上を粗方吹き終わったので、布を懐に収めて再びその場で姿勢を整えた。

「突然話しかけてしまって、すみませんでした」
「いや、今のは私も話を聞こうと思って聞いていたから、突然ではなかったね。内容に驚いただけだよ」
「…? 私が、夜伽を習いに来たことがですか?」

不思議に思って、僅かに首を傾げる。
父上のことだから、逆に私が来ることを予期していたのではないかと思っていたが…。
言うと、父上は書を元通りに積んでから、拳を一度床に着けると体を私の方へと向け、腕を組んだ。
その動作と寄る眉に、今夜父上にはご迷惑だったようだと早々と察する。
意を決して来たが、どうやら退散した方が良さそうだ。
膝の上に置いた手をそのままに、低く頭を下げる。

「申し訳ありません。ご迷惑なようですので、今夜は退かせて頂きます」
「いやいや、ちょっと待ちなさい、隆景。お座り」

一礼して立ち上がろうとした私を、他ならぬ父上が止める。
…であればと、私は再び頭を上げた。

「私には、今夜の君の行動が突飛に思えてね」
「突飛でしたか?」
「突飛だよ。少なくとも、湯を吹く程にはね」

片腕を軽く開き、父上が言う。
その様子が愉快で、小さく笑んでしまった。
聡明な父上が「突飛」に思えることなど、数える程だろう。
そのうちの一つを私が献上できたのは、嬉しいことかもしれない。
私が少し微笑んだことに気付いたのか、父上もにこにこと優しい瞳で問う。

「その理由を知りたい。一体どうしたのかな?」
「…」

一息詰まって、けれど正直に告げることにした。

「…私の名は、この毛利から小早川となりました。小早川家を絶やさぬことも、父上のお考えも重々承知のつもりです。小早川は毛利の為。この先、万が一にも小早川が毛利の脅威となるようなことがあってはなりません。私は、小早川に養子となる話が出た頃から、妻は取らぬと決めました」
「私はそこまで言ってはいないよ、隆景」
「はい。ですが、私自身が決めたことです」

父上の瞳に哀しみが僅かに浮かぶ。
父上には、父としての情があるだろうが、一方で家長としては理解しているはずだ。
その方が絶対にいい。
先程父上も言った通り、家中の争いが世には絶えない。
その中で最も多いのが、跡目争いだ。
私は三男であるし、私に子があったとしてあまり私の子が押し出されることはあるまいが、ないのであれば、尚更不要だろう。
兄上たちに全く子がないというのなら私がつくるが、あるのなら、私は家の為に持たない。
そう決意して養子に入ったというのに…。

「それでも、やはり先々、形ばかりは小早川の女を娶ることになりそうなのです…」
「そりゃあそうだろうね。いいんじゃないかな。可愛い子なんだろう?」
「あまり興味がありません」
「うう~ん…」

父上が目を伏せ、天を仰いで呻る。
その様子を見て、一言加えておく。

「父上が愛でろというのであれば、私なりに情を注ぎます」
「私が言ってどうこうという話ではないよ。…まあ、いいさ。それで?」
「兄上達曰く、どんなに情が薄くとも初夜の契りは結ばなければならない…と」
「うん。娘を持つ親としては、全力で同意するかな。寧ろ、それ無くして婚儀は全うできないよ」

うんうん、と三度父上が頷く。
…やはりそういうものらしい。
いらないと思うのだけれど。
子が不要なのだから、私個人的には妻も不要だ。
あからさまに血のつながりがない、賢い養子をどこからか得れば十分。
こんな男に嫁ぐだなんて、姫にも迷惑な話だろうに。
もし娶った暁には、初夜の契りだけは行うとしても、その後は今夜限りと言ってやろうと思っている。
かといって、情人をおつくりとも言えない。
私の妻となる女には、子を産んでもらっては困るのだから。
だから、せめて最初で最後の一度きりは、誠意を尽くそうと思っている。

「そんな話をしていたら、兄上たちが『自分たちは父上に手解きを受けた、隆景はまだなのか』…と」
「おおお…?」
「初耳でしたので、受けていないと答えたら『まだ早かろうよ』と笑われました」
「……ははあ。なるほどなるほど」

父上は眉間に皺を寄せ、顎を引くと緩く首を振った。
深々とため息を吐かれる。
父上は組んだ右腕を顎に添え、困り顔で何かを考えているようだ。
静かにその様子を待ってから、追って言ってみる。

「私はまだ、童でしょうか」
「まさか」

ハハと笑い、父上が腕組みを解く。
片手で、ぽんと私の腕を叩いた。

「隆景は立派な毛利の将だよ。幼児扱いなんて、するわけないだろう?」
「…」

その言葉に、ほ…と胸の支えが取れた。
…よかった。
気を取り直して、微かに揺るんだ背筋を再び伸ばす。

「では、どうか私にも手解きを」
「それなんだけどね…。私は、隆元たちにそんなことはしていないよ?」
「………え?」
「うん」
「…。……ですが、」
「からかわれたね、隆景」
「…」

にこにこと笑みを向けられ、私は暫し呆けた。
…からかわれた?
兄上たちの、冗談だったのか…。
何てことだろう。全く疑うことなく真に受けてしまった。
兄上たちには夜伽の手解きをして、私にだけしてくださらないのなら、私は父上に一人前の男として見てもらえていないのではないかと、ここ三月程、そんな心配までしてしまっていた。
折しも水面下で縁談の話があり、現実的に女を抱く必要が近づいてきていたし、私にはそちらの知識も疎く正直不安であったが、父上が教えてくれるのならばこんなに心強いことはないとさえ思っていた。
…。
何だか衝撃だ…。
分かってみれば、兄上達にからかわれたのも驚いたし、それに今の今まで疑問を持たずただ不安がっていた己にも驚く。

「…」
「なるほど。だから、こんな香を選んだのか」

ようやく合点がいった、という顔で、父上が笑う。
我に返って、小さく頷いた。

「はい。色々と試し、母上のお好きだった香を基礎に、情を滾らせるものを選びました」
「ああ。良く出来てるね」
「ありがとうございます」
「すぐ分かったよ。…寝る前にしては、髪もいつも以上に梳いてあるようだし」
「はい」
「唇にも何か塗っているね」
「はい。蜜を水で溶いて薄めたものを、少しですが。…よくお分かりになりましたね」
「灯りで光っているから、気になるかな」
「そうですか」
「…勤勉だねえ」

片手の甲を額に添え、はあぁ…とぐったり首を下げてため息を吐く父上。
私は目線を己の膝に下げ、反省した。

「…徒労でした」

兄上たちの戯れに気付かず、父上の趣味の時間を奪ってしまった。
兄上達の話がそもそも嘘八百となれば、父上は我らに手解きなどしてはくださらないのだ。
甘えていた己が愚かしい…。

「夜分に失礼しました。戻ります」

これ以上、父上の時間を無駄にできない。
膝を浮かせて立ち上がりかけたところで――、

「教わりたいかい?」
「え…」

ぽん…と言葉が飛んできた。
驚いて、父上を見返す。
いつもの、穏やかでおっとりした、人を擽るような目で私を見詰めている。
数秒間視線を交わし、再び、私はその場に座した。

「…はい」
「確かに、君の言うとおり、いずれはどこからか知識を得る必要があるだろうからね。でもね、それは私からじゃなくてもいいんだよ?」
「父上がお教えくださるのならば、私は父上にお願いしたいと思っております」
「でもねえ、私が手解きとなると、女相手というわけにはいかないだろう? 一人の時の始末の付け方なら教えられそうだけれどね。…玄人の女を呼んであげるから、そこから教わった方がいいんじゃないかな。まさか、君が女役というわけにはいかないからね」
「構いません。私は嗜みませんが、衆道好みも家中にはありますし、寧ろ、その方が女の扱いには長けましょう」
「やれやれ…。本当、勤勉だね」
「…ものを知らないだけです」

私なりに、夜伽の書もいくつか集めて読んだ。
けれど、どれも子細まで書いていない。
図があるものも見てみたけれど、ピンと来ないし、どこぞの誰とも知らぬ男と女が交わった図を見た所で、どこまでも無関係な他人であるから興味もわかず、ただただ不埒で好ましく感じなかった。
本当にこんなものなのだろうか…。
人は人。
人には男があり女がある。それだけだ。
果たして女の裸体を、美しいと思えるだろうか。無事に事を成し遂げられるのだろうか。
疑問ばかりが頭の中を埋める。
だが父上ならば、無論正しきをご存じだろうと思う。
私の返答に、父上は再び困ったような顔をして笑った。

「まあ、男でも女でも、正直あまり変わらないからね。魔羅か門のどちらかが多いという、体には二種類あるよというだけで。種類が違うからといって、すべきこと自体が大幅に変わるわけではないから…」
「私もそう思います」
「……う~ん」

片腕を上げ、父上が後ろ頭を掻く。
呻った後で、意を決した様にぽんと膝を叩いた。
ふう…と肩を落として気を抜いたようにしてから、改めて私を見る。

「それなら、少しだけ君が望む手解きをしてあげよう。こちらへおいで」
「はい」

一度だけ、誘うように差し出された片手を追って、膝の左右に両手を軽く着いて、座したまま床を滑るように父上の傍へ近寄る。
殆ど真横という程に近づくと、ぽんぽんと父上がご自分の片膝を叩いた。
意図が読めず、思わず首を傾げる。
…よもや膝に乗れというわけではないだろうから、どのような意図であろう。

「おいで。膝の上だよ」
「…」

思案していると、父上にしては珍しくぐいと気短に私を引き寄せ、横抱きにして膝へ抱え上げられてしまい、少々驚いた。
これで合っていたとは…。
膝を折り、居直して父上の膝に収まる。
確かに、幼い頃はこうしてよく父上の膝へ収まっていたものだった。
成人し、もうその胡座の内側には入れまいと思っていたが、思いの外空間があり、存外私くらいの体付きならば収まれるものらしいということにも、また驚く。
視線を上げ、いつもよりぐっと近くにある、父上の瞳を見上げる。

「重くはありませんか?」
「いいや? 軽くて心配なくらいだよ」
「努めて食してはいるのですが…」
「残念だけど、いくら食べたからといって、君が隆元たちのように大きくなれるわけではないよ。骨格が違うからね。…とはいえ、私からしたら十分成長してくれたと思うよ。大きくなったなあ、隆景」

二回、軽く頭を叩かれる。
気恥ずかしいような誇らしいような、妙な気持ちだ。
思わず顎を引いて、視線を下げた。

「頭を撫でられるのが好きかい?」
「ぇ…。…あ、いえ。そういうわけでは……」

背を丸め、こちらを覗き込むようにして問われ、慌てて顔を上げる。
確かに嬉しい。
…が、これは成人男性が嬉しがるべきものでは断じてないだろう。
これではまるで幼児だ。
父上は愉快そうに笑った後、右手の人差し指を立てた。

「さて。何も難しいことじゃない。夜伽の要点は一つだけだよ、隆景。相手を注意深く観察して、相手が悦ぶものを与えておやり。…なあに、見ていればすぐに分かるよ。君は観察眼が鋭いしね、きっと上手くなるんじゃないかな」
「…」

するり…と父上の片手が髪を避け、頬を撫でる。
何がそう感じさせるのか、それだけで体から力が抜けていく。
もっとその掌を感じたくて、無意識に目を伏せていた。
…まだ何も始まっていないのに、胸がとくとくと高く鳴る。
己の体温が低いせいか、父上の手や体が妙に熱く感じ、それが心地よい。
どこかぼんやりとする感情と、つらつらと頭の中に納めた褥の知識を列挙し始める理性。
…きちんと父上の所作を見て、覚えておかなければ。
立てていた人差し指を解き、帯をそのままに、その手がするりと私の懐へ滑り込む。
夜着の内側で脇腹を抱かれ、改めて父上の掌の大きさを感じた。
私へ顔を寄せ、父上が悪童よろしく片目を瞑って笑う。

「…隆元たちには内証だよ」
「はい」

小さな声に、私も小さく返して頷いた。

 

 


失礼ながら父上の夜着を脱がせていただこうと、帯へ伸ばした手が逆に取られる。
ぱちりと瞬いて、顔を上げた。

「こらこら。そんな積極的な女人はいなかろうよ」
「…はい」

笑いながらそう言われ、己が女役であることを思い出す。
なるほど、それもそうだ。
しかし、そうなるともしや、父上にあれこれとさせてしまうことになるのではなかろうか。
私の心配そのままに、父上は私を膝に乗せたまま僅かに床を滑ると、奥にある布団へ私を横たえた。
積み重なった書が、屏風のように周囲を覆って見えなかったが、既に寝床の用意は整っていたらしい。
父上は夜着を身につけたまま、私を膝で跨ぐ。
私もだが、多少合わせが開いて緩んでいるとはいえ、このままでよいものか。
契る際、服は脱ぐものかと思っていたが……そう言えば、いくつかの絵図での女は着物を着ていたままだったか。
次の手が分からず、高鳴る心音が表に出ぬよう努めて大人しく寝転がっている私へ、父上が手を伸ばす。

「じゃあ手始めに」
「ぇ…」

ちゅ、と湿った音と共に、唇が重なった。
びくっと反射的に体が小さく跳ねた後で、それが口吸いだと気付いて、双眸を見開いて驚く。
驚いている私から、存外あっさりと父上は顔を離した。
まるで何事もなかったかのようなその表情に、私ばかりが置いてけぼりを喰らう。

「どうかな?」
「…」
「嫌な感じがしたかい?」
「…、いえ…」

私を包むように置かれた手のうち、片手で頭を撫でられる。
それに促され、何とか形容しようと口を開くが、金魚のように開閉するだけで声にならない。
心音だけが、その音を上げた。

「申し訳ありません…。分かりません…」
「おやおや」
「その…、疎いもので」

愚者のように、半分呆けて返す。
私を見て、父上がふっと微笑んだ。

「じゃあ、もう一回してあげよう」

体を傾け、再び父上の顔が近づく。
何をされるか分かっていなかった直前と違い、今度はきちんと流れを見ておくつもりで、迎え入れた。
私の両頬を軽く押さえ、近づいたお顔が再び私の口を吸う。
他者と合わせたことなどないこの場所を重ねることを、知識として知ってはいたが、実際にやってみると感覚は未知なるものだった。
酒を垂らした時のような水音が響く。

「ん、は…。――!」

その水音に耐性が付いて来て冷静さが戻った頃合いに、ぬるりと熱いものが舌に触れ、再び驚く。
父上と口を重ねているのだから、このぬめりを持つ熱いものが父上の舌である以外に考えられず、まるで絡まるようにねぶるその動きに体から力が抜けていく。
口内に異物が入ったことでつばきが多くなり、あわや口端から溢れるかと思ったそれを、父上が塞ぐように口吸いで掬う。
溢れる心配がなくなると、再び舌が絡んできた。

「ん…、んむ……。ふ…、ふはっ…!」

呼吸が苦しくなってきた頃に、ふ…と息が出来るようになり、大きく口を開ける。
その時になって、私は目を開けた。
見ていなければならぬのに、気付けば目を伏せていたらしい。
肩で息する私の顎を、指の背でツ…と父上が撫でる。

「うん。こうやって、最初は口吸いから雰囲気をつくってあげるといいんじゃないかな」
「……は…、はい…」

父上の声が、いつものように真っ直ぐ頭の中に入ってこない。
大きく胸で息をする。
それが情けなく、左手で腹部の夜着を握った。
着いた腕を伸ばし、父上が一度上体を起こす。

「さて、どうだい? 力が抜けてきたかな?」
「は、い…。全身が痺れて…何と申せば……」
「心地良い?」

頭上で、首を傾げて父上が問う。
良かった悪かったで言えば、前者だ。
ハイ…と口の中で答えれば、父上は再び微笑んだ。

「うん。じゃあ、次だ」
「次…」
「口吸いで相手の強張りが緩んだら、他の場所へも触れていこう」
「わ…」

私の額へ唇を寄せ、わざとらしく音を立てた。
…額?
額への口吸いなんて、何の意味が…。
書の中にも見かけていなかったため、疑問符が頭の中を沸くが、それがはっきりとした問いかけになる前に、父上のその口吸いが私の左の首筋へ移動した。
びくりと体が震えて、なのにまるでその首筋を捧げるように、反対側へと顔を向け、その場所を譲る。
同時に、夜着の内側へ滑り込んだ父上の片手が、私の脇腹へと触れる。
ゆったりと撫でられ、背筋が震えた。
悪寒と似て非なる感覚だ。

「ん…」
「首筋や、鎖骨…肩…。さあて、隆景はどこが好きかな?」
「ぁ…」

全くいつもと変わらぬ父上の口調にはっとして、再び、いつの間にか己が目を瞑っていることに気付いて無理矢理開いた。
おそるおそると見上げれば、目が合ってにこりと微笑まれる。
私の夜着が着崩れ、帯はあるものの、合わせが大きく開いていた。
貧相なこの体のあちこちを、父上の手がゆったりと撫でて回す。
触れられた場所が、はっきりと熱い。
情けない声が出そうで、片手を口元に添え、腕まで落ちてきた袖の先を噛んでみる。
ぎゅっと前歯で噛みしめながら、父上の手元を追って、己の体に落ちるその手の行く末を見詰める。
しっとりと、ゆるやかに。
…と同時に、顔ではあちこちに唇で触れていき、相手の反応を見極めていくものらしい…。

「ぅ…、ん……」
「…ふむ」
「っ…。――っ!?」

ときたま私の方を見ながら愛撫を続けていた父上の片手が、突如夜着の下にある魔羅へ伸びて柔らかく包んだ。
驚いて布団の上で体が跳ね、開けた口から袖が抜け落ちる。
何かの間違いかと思って一度は耐えたが、ゆるりと持ち直されて、袖を噛んでいた震える口を開いた。

「あ…、その…父上…」
「うん?」
「女に魔羅はありません。そこは触れずともよいのではないでしょうか」
「それはそうだけれど、君のはこうして元気なわけだし。全く触れないのも辛いだろう?」
「いえ、辛くは…」

辛くはない。
この甘く痺れる感覚は、辛さに含まれないと思うが…。

「健康で何よりだね。それに、感じてくれているのが分かって嬉しいよ」
「…。嬉しい…ですか…?」
「そりゃあそうさ。男でも女でも、触れてみて全く反応がないのでは悲しいだろう?」

そう言い終わるや、父上は己の中指を口に含んだ。
その手は、つい先程まで私自身へ触れていて幾ばくか湿り気を帯びたように思われるが、父上に抵抗はないようだ。驚く。
ただ舐めるだけではなく、随分深く、ぱくりと己の指を口に含むその意図が分からず、上がった息でぼんやり眺める。

「…何故、指をお舐めに?」
「うん。本当は軟膏や油があるといいんだけど、私も、今は手元にないからね。…ああ、でもこれは女人相手には不要な準備だから、隆景は覚えなくても大丈夫だよ」
「そういうものですか…」
「男は情欲が昂ぶれば魔羅が硬くなり先から雫を零すし、女は昂ぶればここから水が湧くものだ」
「ひ…っ!」

ぐっと親指で会陰の中心を突かれ、今度こそ分かりやすく全身が跳ね上がった。
夜着の内側で、ふぐりのすぐ下、何もないはずのその場所を押され、何故か体が反応してしまう。
袖を巻き込み、己の口を強く覆う。
布の下で、羞恥に参ってもごもごと謝罪する。
変な声が出てしまった…。

「し、失礼しました…」
「いやいや。反応が良くていいね」
「ぅ…、く…」

押される度、迫り上がってくるものがある。
竿が震えているのが己で分かり、羞恥心が頬に出ているのが分かった。
恥ずかしがってもいられないというのに。
やはり無意識のうちに目を伏せては、それに気付いて開け、父上の手元を見るということを、覚えもせず何度も繰り返してしまう。

「君なら承知しているだろうけれど、女人ならここに蕾がある。今からすることは、全てそこに与えてあげるといいよ」
「は、い…」
「さて、濡らしてはみたけれど…。どうだろうなぁ。痛かったら、すぐに言うんだよ?」
「…」

ご自身のつばきで濡らした指先で、私の竿先から雫をいくらか掬い、その手を下肢へ忍ばせる。
速まる息を抱えつつ、観察したく少しばかり上体を起こそうと布団へ片肘を着いた私に気付いて、父上がその手を一度止めた。

「ああ、そうか…。見づらかったね」
「ぇ…。わ…」
「よいしょ」

ず…と、着いた肘と指を残して、布団の上を体が滑る。
一度腰を持って引かれ、見れば座する父上の腰を跨ぐ形で、脚が左右に開かれていた。
夜着を完全に脱いではいないものの、上体も下体も、帯を残して殆ど意味を成していない。
布は腿に張り付いているというのに、高さも得てその中心部だけが開けており、既に横にずらされ解けかけている褌と硬さを得た私自身が露わになる。
流石に、視野に納めると羞恥も違う。
…いや、見ようとしていたのだから、これは矛盾だ。

「さ、これでどうだろう」

目的も忘れ強く目を伏せて肩を上げ縮こまっていると、父上ののんびりとしたお声があった。

「恥ずかしいかい?」
「申し訳ありません…。その…少しばかり…」
「うん。…であれば、君の妻となる姫は、きっともっと恥ずかしい思いをして、君に体を預けてくれるというわけだね」
「…」

確かに…。
男同士、まして親子同士ですらこんなにも火照るのであれば、他人に見せることの羞恥は如何程か。
契りにといて秘部を晒すのはお互いであるはずなのに、上から見下ろすのと見下ろされるのとでは、随分な差がある気がする。
こうして横になる女たちは、嘸かし初めて体を開かれることに抵抗もあろう。
沈黙する私の様子を見てから、父上は再び手をその場所へ伸ばす。
蕾の代わりに、菊門へ濡れた指先が宛がわれる。

「代わりは代わりだけれど、大体同じ場所のはずだよ」
「っあ…、ア…」
「中指の…大体半分かな。腹側に曲げたあたりだ」
「ゃ…」

指が体内へと入り込む。
中を押し広げて進んでくる。
初めての感覚に背を反らし、開きっぱなしの口の端からつばきが零れそうになり、ぐっと口を閉ざした。
両手をどうしてよいか分からず、思わず父上の手首を掴みそうになってしまうところを堪え、腹と胸の上で拳を作り、すっかり着崩れた衣を手探る。
そこへこの奇妙な感覚を閉じ込めようと、強く握った。

「ん、ぐ…」
「痛くないかな?」

のんびりと父上の声が問いかけ、また瞑っていた目をうっすらと開ける。
暗い天井の板目が、微かに見えた。
情けないが、涙で微かに滲んでいる。
呼吸が浅くて速くなる。

「は、い…。はっ…ぁ……ですが…、これ…」
「よしよし」

何か言いたいことがあったわけではない。
言葉を頭の中で整理する前に、無法に何かを言いたがる口が言葉を紡ぐ前に、父上が上体を傾け、片腕私の頭を撫でた。
頬へ音を立てて口吸いされ、逃げたいわけでもないのに思わず肩を竦めて身を小さくしてしまう。

「怖いことなど何もないよ。さあ、力を抜いてごらん、隆景。解すのは大切だけれど、入口だけ弄っていると、余計に辛いものだよ」
「ぁ…」
「ほら、この場所だ」

体内を広げる父上の指が、腹側の内壁を擦る。
魔羅に触れるのとは全く違う甘さが、体の内側に痺れをつくっていく。

「最初は触れるくらいがいいだろうね」
「ん…、っ…」
「いきなり抜き差ししてはいけないよ。相手をよく見ながら――、少しずつ――…」
「はぁ…、ぁ――、」
「――、」

父上の声がどこか遠くなる…。
全てが体内のその場所へ集中していき、耳が音を拾えない。
間違いなく嫌ではないはずなのに、体が父上から逃げようとする。
横たわっていた上体を無理に捻り、横に倒して顔の横で両腕を揃え、ただ震えることしかできない。

「く…、うぅ…」
「――…かかげ。…隆景」
「…!」

父上の声に気付き、慌てて己の腕から視線を向けようとした矢先、ずいと父上が私へと顔を詰めた。
どこかわざとらしく、私の耳へ小声で囁く。

「…痺れてきたかな?」
「…っ」

そのお声も体内に響く。
ちらりと、己の腕の間から盗み見るように父上へ視線を送った。

「…は、い」
「撫でるだけでこれじゃあ…余程泣き所みたいだね。…というか、この様子じゃ、一人でもあまりしてないだろう。腰が浮いているのに、自分で竿に触れようともしないなんて…。辛抱強いね」
「ひ…、必要が…。ないと思っ…」
「ええ? どうして。そんなことはない。真面目なのは君の美点だけれど、遊びも時には必要だよ。そこから学ぶものも多い。…うん、指が馴染んできた。ほら、そうしたらこうして、少しずつ指に力を入れて…」
「あ、うあっ…」

今まで撫でられていた場所が、指の腹で押される。
途端、今までの比にならない強い痺れが下肢に走った。
何か痼りのようなものがその場所にあり、そこを押されると自身が反応し、先からとろとろと雫が押し出されるように滲んでいく。
爪先まで張り詰め、腕に額を押しつけて耐えようとするが、とても耐えられない。

「女だとここまで分かりやすくはないけれど、流れは同じだ。馴染んできたら刺激してあげれば…」
「待っ…、て…。待ってくださっ…、父上っ…」
「隆景、ここだよ。分かるかな?」
「ぁ、ぅ…。わか、分かりま…、あっ…!」
「…はは」

痼りばかりを責められて受け答えも満足にできない私の胸へ、父上の顔が移る。
最早すっかり広がった夜着は私の体など隠してもおらず、露わになっていた貧相な胸板へ顔を寄せたかと思うと、右の乳頭を父上の舌が這った。
新たな刺激にくらりと目眩がする。
確かに、女には乳房があるから必要なことなのは分かる。
今まで改めて触れたこともないという意味では、菊門と変わりない。
そんな場所へ、熱と湿り気が与えられる。
舌で嬲られ、吸われ……それだけで参ってしまう。

「そ、そこは…、んんっ」

父上の舌と掌が上体を撫でて湿らせ、菊門では例の痼りを刺激され続けている。
己の口から出る「そこ」というのがどこなのか、私にすら分からない…。
もう何度目になるだろう。またもや目を伏せている己に気付き、熱い息の合間に、何とか目を開ける。
――と、

「――」

離れた場所にある行灯一つ。
始めた頃から、特に消しても細めてもいないそれに照らされ、暗がりの中で、火照ったような父上の顔が見えた。
無理を言ってこんな時間を取ってもらったとはいえ、多少なりとも熱を持っているように見えた。
いつも穏やかで優しい瞳が、熱い迫力を持って私を見下ろしている。
…見たことがない顔だ。
私の知らない父上に、くらりと、また目眩を覚える。
頭を上げられもしない私へ、再び父上が顔を寄せる。
口吸いだと分かって、目を伏せた。
…ああ。
専ら受け身だ。
学ぶという点ではこれで正しいのかも知れないが、お時間はいただくことになろうとも、こんなにも父上の手を煩わせる気など、私には…。
始めにした舌の絡み合いは覚えたつもりだ。
せめてと思って、父上に呼応して、私より積極的に成してみる。

「へえ…。…うん。流石だ、隆景。飲み込みが早いね」

合間のその言葉が強く耳から奥へ入って来ては、私を痺れさせる。
唇を離し、ついと引いたつばきの糸を父上が指先で切ると、肩で息する私の前で、父上が己の帯を解き、ばさりと中途半端に開いていた夜着を脱ぎ払った。
幼い頃に見て驚いたことのあるいくつかの古傷を、久し振りに目にする。

「さあ、仕上げといこうか。膝を着いて、後ろ向きになってごらん」
「…」
「うん?」

息を整えながらじっと傷を見詰める私に、父上が不思議そうに瞬く。
…無礼を承知で、そっと下から、一際大きく遺っている肩の傷へ触れた。
もっと大きな傷が、背中にあるのも知っている。
土豪だった毛利家。
それが、今や中国の主たる大名だ。
その殆どを、一代で築き上げてきた。
長年のご苦労は、計り知れない。
己の夢を犠牲にしてここまで父上が守り築き上げてきたもの、ここより先は、我らが守り抜かねば…。
恐れ多くて言葉にできないそんな決意を胸に、父上の腕へ両手と頬を寄せ、目を伏せた。

「…」
「……参ったな」

そのままじっとしていると、やがてはあ…と、父上が短く息を吐いた。
億劫に目を開けると、困ったように微笑んでいる。

「そんなに似なくていいんだよ」

父上が何事か呟く。
反応できずにいると、苦笑されてしまった。

「あまり私を、外道にしないでくれるかな」
「……げどう」

ぼんやりと、ただ父上の言葉を繰り返す。
…外道。
誰がだ?
父上が? まさか。
ぐいと両手で腰を持たれ、更に父上の脚の上へと引き寄せられる。
敏感になっている菊門へ、熱く硬いものを押しつけられ、ぎくりと体が強張った。
見れば、私のものよりずっと逞しい雄が見え、血が上っていく。
門の口が、父上の切っ先に吸い着いて、浅ましく欲しがる。
先程まで指で嬲られ続けた痼りが、じくじくと疼いて堪らない…。

「っ…」
「うーん…。股あいで済まそうと思ってたんだけどなぁ…」
「…! ぅ、ぁ…」

父上の熱が、ゆっくりと体の中へ入ってくる。
熱い。
異物が侵入する感覚に驚く間もなく、すぐにあの痼りをかすめた。

「ひっ…」
「っ、と…。…隆景? 苦しいかい?」
「い、いえっ…」

眉を寄せ、短く首を振る。
熱く、呼吸が苦しくはある。肉が無理に広がる音も、体内に響いている。
しかし、ここで「苦しい」と告げては、父上が出て行ってしまう。
それだけは嫌だった。
抑えきれない荒い呼吸に、やっと声が乗る。

「ふ…、あぁ…」
「…ああ、すごい。よく収めているよ」
「ン……く、ぅ…」
「体が柔らかいんだな」

じわじわと進め、時には引き、随分と腹の方まで熱が来ている気がする。
私自身は殆ど触れていないのに、反り返り、雫を次から次へと零して会陰へと流れる。
父上の言う通り、日頃弄ることは皆無な為、まるで少しの刺激も逃すまいとしているかのように、敏感に些細なことにも逐一反応してもどかしそうに震えていた。
触れればすぐにでも達してしまいそうなことを分かってか、敢えてその場所に触れることはせず、父上は抱える私の腰を、左右でゆったりと上下に撫でる。
驚きやら軋みやら痛みやらと、よく受け止めきれなかったこれまでの感情や感覚とは違い、その手ははっきりと心地良いと断言できた。
己で聞いたことがないような、感じ入った甘い息が次々こぼれ落ちていく。
中に馴染ませるような僅かな揺らしも、全身に響く。

「はあ…、は…。ぁぁ…、ぁ…」
「君は、場所ではなく触れ方だね。どんな場所も、ゆったりと撫でられるのが好きなようだ。…うん。愛いなぁ」
「あ…、は……ありがとう…ございま…、す…」
「私もそういう子の方が好きだよ。激しいことは、どうも性に合わなくてね。…ほら、手を貸してごらん」
「…て」
「両手が迷っていたら、己の背に導いてあげるといい」

力任せに夜着を握っていた手を取られ、父上の背に回される。
嬉しいが、握ることも、爪を立てることもできなくなってしまった。
今まで力任せに握っていた両手を添えるだけにすると、そこに溜め込んで耐えていた快感が、また全身に戻って来てしまうように錯覚する。散らすこともできない。
汗ばんでいた頬から、髪を払うように撫でられ、うっとりと目を伏せた。
頬、首、肩、乳頭、腹、反り返り濡れそぼった陰茎、脚…どこに触れられても甘く痺れる。
…心地良い。
くらくらする。ずっと浸っていたいくらいだ。
なるほど…。これが交わす快楽か。
羞恥心さえ我慢すれば、確かに強い誘惑だと、靄がかった思考の後ろの方で納得する。
ゆっくり引き、ゆっくりと挿れられる。その感覚が堪らない。
体内を暴く父上の形がはっきり感じ取れる。
数回繰り返されれば、体内が形を覚え、回を重ねるごとに受け容れやすくなっていく。
父上の愛撫に身を委ね、もはや考えることもしなくなってしまう。
口吸いをされる時にだけ我に返り、そこから暫くは頭を冷まして観察をと思うのに、とても長くは続かない。

「ん…、ぁ…」
「随分と気持ちよさそうだね。よかったよかった。いつでも達していいよ。…とはいえ、こうも緩やかだと、なかなかそれも難しいだろう? だからね、」
「…っ」

座していた父上が膝立ちになり、私へと体を詰めた。
父上の左右に伸びた私の脚は必然的に爪先を布団に付け、腰は詰まった父上との距離で押し上げられる。
…書で見た体位だ。名は何だったか。
朦朧とした頭で思った矢先、ずんっ…!と父上の雄が私の奥を突く。
今までより、もっとずっと深く。
ちかりと視界が白く光った。
背が反れる。

「っ…!」
「佳境はこうして…、少し強めに、深く」
「ち、父上――っあ、まっ…、…っ」

上から抱き竦められ、押しつけられるように挿入を繰り返す。
それまではなかった速度で腰を打ち付けられ、雄を包み込まれ、私の感じ方など置いてけぼりに、先の緩やかな愛撫が嘘のように早々と高みに上らされてしまう。
開きっぱなしの口が、空気を求めて彷徨う。
気付けば、父上の肩をぎゅっと抱いて、目を瞑ったまま駄々っ子のように首を振っていた。
その時は己が何を考えてそうしていたかなど分からないが、恐らく、終わってしまうのが嫌だったに違いない。

「…っ、ふ、っく――…ッ!!」
「っ…と」

唇を噛みしめ、全身を震わせ、本当に久し振りに達する。
白濁を腹に散らせ、余韻に震える私の体から早々と雄を抜くと、父上はご自身の掌にそれを吐き出した。
密着していた上体が離れていくのを、最後まで手をかけていたが、やがて間の距離に腕の長さが足りず、ぱたりと力なく落ちてしまった。
仕方なく…というか、殆ど無心のままに、今度はその代わりとばかりに、横に着かれた父上の腕に手を添える。
べたつく己の腹と父上の片手を、ぼんやり見詰め、胸で呼吸を繰り返すだけで精一杯だ…。

「ふう…。やれやれ。私も随分久しいな」
「…」
「…隆景? おーい。大丈夫かい?」
「…、……はい」

ふわふわとした頭のまま、それでも何とか返事ができた…と、思う。
暫く無言の後、再び、父上が覗き込むようにお声かけくださる。

「まったく…。駄目だよ。褥で、一度きりでそんな可愛らしい顔で呆けていたら。姫君も呆れてしまう」
「……はい…」
「…聞こえていないね。いいよ。後で話そう」
「…」

指先が私の頬を撫で、湿った目尻と口元を拭ってくださった。
最中ほどではないが、それも心地よく目を伏せて感じ入ってしまう。
…疲れた。
眠い。
…いや、いけない。
すぐにでも手記を。文字に起こして…しかし私にそれが可能だろうか。表現の難しさたるや如何せん。結局、子細もままならなず……いや、その前にこの場の始末を――…。
…ああ、だめだ。思考がまとまらない。

「…、父上…」
「ん? 傍に居るよ」
「…」

呆然としたまま、父上を呼ぶ。
横に座するそのお顔を見上げ、返事があったことにほっとして、そのまま、ふと目を伏せた。



秋の夜長に手解き一つ




遠くで、鈴虫が鳴いている…。
…。

「君は、一度相手を信じると疑わないところがあるから、気を付けるといいよ」

布団の上。
横で俯せて体を倒し、頬杖を着いた父上が、私にそう告げる。
連続する未知の体感について行けず、頭がぼーっとしていた。
火照りきった体が冷めるのはもう少し時間が必要なようで、ぐったりと布団に沈んでいた私は、声をかけられて初めて呆けていたことに気付き、はっとして視線だけを上げて父上を見上げた。
遅れて、父上の言うことが頭の中に入ってくる。
…、体が熱い…。
大分収まったが、ぜえはあと、気付いたら肩と胸で息をしていた…。
…結局こうして父上からお時間を頂けたものの、まさか兄上たちに誑かされていたとは思いもしなかったので、深く頷く。

「はい…。その様です…。以後、気を付けます…」
「うん。本当はいいことなんだけれどね。今の時代は、それが命に関わる。我が家中はそうではないけれど、身内で争うような例もたくさんあるから、信じる為にこそ疑う……というか、一度立ち止まって確かめるといいんじゃないかな」
「…」
「矛盾だけどね。確かめれば、その都度大切さも知れるさ」

私の心を読んだかのように、父上がハハと笑って伸ばした片手がヨシヨシと私の頭を撫でる。
つい一瞬前まで身内を疑うようなその発言が腑に落ちないところもあったが、何だかそれだけで、その反論がぱっと霧散してしまった。
きっと、これが私の短所なのだろう。
どうでもいい相手は割り切れるのに、尊敬に足ると一度心を打った相手には情を引きずる。
常に、その己の情も確認しながら歩いて行かねばならぬのだ。
生きるとは、本当に難しい。

「さて。感想は?」
「…。女は大変ですね…」
「ハハハ…!」

声をあげて、父上が笑う。
…まだ頭がくらくらするし、体は疲労を訴えている。
しかし、嫌な気は全くしない。
こんなにも父上に触れたのは初めてではなかろうか。
そもそもこの目眩に似た感覚も、強い快楽故で、悪いものではない……と、思う。
…とはいえ、この手習い、父上であるから良いものの、他人と行うかと思えば顔から火が出る程の羞恥であろう。
小早川の姫は、本当に私にこれを晒すつもりなのだろうか…。
だとしたら、私も余程覚悟をして望まねばなるまい。
折角父上がお時間を取ってくださったので、一から十まで記憶しようと思っていたのに、振り返ってみれば間が抜けているようだ。
室に戻ったらすぐにでも、せめて覚えている父上の所作や言葉を事細かに書に認めておこうと意を決める。
…あぁ。
まだ頭と腹の中が熱い…。
文弱であるかと思われがちだが、父上は私と違い体格が良い。
己にはないその隆々たる肉体を、転がりながらぼうっと見詰めてしまう。

「…」
「疲れたかい?」

ぐったりしていると、父上が私へ布団を掛け直しながら、身を寄せて問うた。
いつもなら「いいえ」で返すところ、思わずこくりと素直に頷いてしまう。

「慣れない間は、夜の営みといえば大事だからね。疲れたと思うのならば、相手にはなるべくそうならないように、努めるといいよ」

父上は手櫛で私の髪を梳き、首の後ろへ唇を添えた。
ただでさえ熱い皮膚の上、そこだけがまた熱を持つ。

「…隆景は特別母似だから、私も想い出に浸ってしまったよ」

控えめな声で囁く父上。
優しい瞳が、私を見守る。
…なるほど。
兄上たちにはなさらなかった手解きを私にしてくださった理由は、どうやらそこにあるらしい。
ならば、父上にとっても私に手解く今夜は、それなりに意味があった時間に違いない。
何とか返そうと、父上を見上げる。

「いつでもお呼びください。私も、為になります」
「今のは笑うところなんだよ」
「…」

苦笑すると、同じ布団の中でも父上は私から身を離した。
すっとそこに風が通り、熱が逃げていく。
本当は、その腕を両手で抱いて、足を絡めて私からも身を寄せたい。
「つかれた」と駄々をこねて、「妻などいらない」「家に戻りたい」と言い切ってしまいたい。
いつまでも父上の……できるなら、最も手のかかる子でありたい。
…けれど、それでは父上のご迷惑になる。
この様に幼い感情、自分でも辟易する。

「…さあ、もうおやすみ。私たちは朝方まで軍策でも巡らせていたことにするとしようか。少し休んだら起こしてあげるから、身支度をするといいよ。兎も角も、まずは休みなさい」
「…はい」

お言葉に甘えて、敷き布団に片頬を付け、体を投げ出す。
…父上の布団で隣で眠れるなんて、一体いつぶりだろうか。
まるで幼い頃に返ったみたいな心境になる。
うつらうつらと睡魔に誘われる私の後ろ腰へ、布団ごしに父上がぽんと手を置く。

「ところでね、隆景」
「はい…。何でしょうか」
「とても良くできているけれど、その香は、もう止めようか」
「…?」
「出来が良すぎる気がするからね。それとも、気に入っていたかい?」
「いえ、特には。…分かりました。後で水でもかけて捨ててしまいましょう…」

重くなった瞼に抵抗しながらも、何とか応える。
お好みではなかったか…。
私はいい香りだと思ったのだけれど…。
眠る直前、再び父上が頭を撫でてくださった。
ふわりとした香りが私を包み、そのまま先に休ませてもらった。

本当は、兄上たちにそれとなく自慢したい。
しかし、父上が「内証」と言ったからには、このことは私と父上だけの想い出といたしましょう。



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2019.12.12





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