放課後の部活動開始前。
大体部室に来る順番というものは決まっていて、うちのクラスは結構HRが早い方なのでいつも部室に来るのは一番手二番手なのだが、今日は一番だった。
誰もいない部室で黙々と着替え始め、ジャージの袖を通したところで、ダダダダダダ…バターンッ!!と、それは荒々しくドアが開いた。
それだけで誰が来たのか分かる。
当然音に引かれてそっちを向いたが、走ってきた勢いに乗りすぎたようで、開けた本人である木兎さんの姿は開かれたドアの向こうには無く、一拍置いて明らかに行きすぎたであろう校舎とは反対側の方からガバッと伸びた手がドアの縁にかかり、遅れて漸く姿が見えた。

「あ か あ しッ!昨日誕生日だったってマジ!?」

ジャ…とジャージのファスナーを上げながら挨拶する。

「お疲れさまでーす」
「会話シテ!?」

今日も木兎さんな木兎さんが駄々をこね始める前に、構った方がいいだろう。
この歳になって、しかも女子でもないのに自分の誕生日がどうとかというのはあまり話題に出したくないので意図的に黙っていた感はあるが、どうやらどこからか小耳に挟んだらしい。
友人や先輩の誕生日なら分かるが、自分の誕生日というのはイベントでも何でもない。
何となく白々しく、当日は家でケーキとか買われたが、なるべくならそれも止めて欲しいところだ。
しかし、木兎さんの耳に入ったとしても、もう過ぎているのでいいだろう。
当日前でなくてよかった。

「まあ、一応誕生日でした」
「言えよ!祝い損ねたじゃん!!」

二の句に少し驚く。
木兎さんは俺の誕生日を祝うつもりだったらしい。
けど、祝おうと思いついたそのタイミングで俺の誕生日を調べないところが木兎さんらしくて、自分でもよく分からない感覚ではあるがそういう所が何となく好ましく思う。
今の言葉だけで嬉しく感じ、バッグの中から部活前のおにぎりを取り出してラップを剥がす。

「別にいいですよ。…でも、ありがとうございます。祝おうとしてくれただけで十分なんで」
「だって俺、お前にプレゼントもらったし!何か返したかったっ!」
「自分から言い出すものでもないと思うんっスけど…」

ぱく、とおにぎりに齧り付いた俺のロッカーから少し離れた三年ロッカーの所に荷物を置き、木兎さんはさらりと口を開く。

「つーかさー、付き合ってんだから誕生日は一緒にいてフツーだろ?」
「…木兎さん」

いつ誰が来るかも分からない場所でそういうことを発言するのは控えるべきだ。
大体、"一緒にいてフツー"とか思うんだったら俺の誕生日くらい事前に知っておくべきだろう。
それができている奴の台詞だと思う。今のは。
…いやまあ、木兎さんにそこは期待していないのでいいのだが。
注意するように呼んだ俺の何が不服だったのか、ムッとした顔で木兎さんが俺を見る。

「何だよ。だってそーじゃん」
「それじゃあ、来――」

"――年は期待しています。"
…とでも言うつもりでいたらしい口を、ぴたりと脳が止めた。
来年、という単語は好きじゃない。
本当に好きじゃない。使いたくない。
何をどうしたって無駄な足掻きなのは承知の上で、この人がいない生活を少しでも考えたくない。
極力目を反らしていたい。
急に言葉を止めた俺を、木兎さんが不思議そうに首を傾げて見詰める。

「ン? 今なんか言いかけなかった??」
「いえ…。何でもありません」
「そ? んじゃさ、俺からテーアンなんだけどさ、ウチ今日親いないから」

その段階で嫌な予感がした。
何とも言えない俺の顔と反比例に、木兎さんはいい笑顔で拳にした右腕をこちらに伸ばす。

「泊まり来ーいっ!!」
「…」

因みに、今日は金曜日で、明日は土曜日。
そこにある部室ボードに貼ってある予定表にもある通り、明日は――。

「――練習試合ですよ」

半眼で突っ込む。
だが、木兎さんは「ソレガ?」と首を傾げるだけだった。
…。
考えてください。色々と。
直感体験型プレイヤーで実戦でぐんぐん学んでいくタイプなのは分かっているが…。
部活やっててもたまに思うが、この人に足りないのはイメージ力だと思う。
今もやってないわけじゃないけど、イメトレを取り入れるよう、今度監督にそれとなく告げてみようと思った。

 

 

 

 

木兎さんの家のご両親は、たまにだが家を留守にする時がある。
正確には父親の仕事が忙しく、都内ではあるが職場近くのホテルに長期宿泊プランで泊まっていることが多いらしい。
話を聞く限り、バリバリのやり手のようだ。
希に母親がそこへ様子を見に行きついでに食事と一泊をしてくるということらしい。
二週間に一度あるかないかの頻度なので外したくない気持ちはあるが、かといって翌日練習試合の日に家に招かれても正直――。

「あーかーあーしー!」
「…」

――困るんだよなあ…。
夕食の食器を軽く濯いで食洗機に入れているところを、さっきまでテレビを見ていた木兎さんが後ろから抱きついてくる。
何度か使わせてもらっているので木兎さんちのキッチンは大体把握ができていて、人のお宅の冷蔵庫を開けるのは心苦しいのだが、あるもので夕食まがいのものを作ってみた。
本当に適当なものしか作れないが、それでもコンビニ弁当や買ってきたものと比べるとそっちの方がいいらしい木兎さんは食事係欲しさに俺を呼ぶところもあり、まあそれくらいならとできる範囲で作ったものには一応満足を得られたようだ。
ザアザア流れる水で食器を濯ぐ手を止めず、淡々と背中に張り付いて擦り寄ってくる先輩に注意しておく。

「今日はできませんよ」
「何で? セーリ??」
「…」
「無反応とか止めて!何か返して!!」

最後の皿を食洗機に入れ、蓋を閉めてボタンを押す。
動き出した食洗機の入った引き出しを中にしまい、そこで漸く後ろを振り返る。

「明日は練習試合だって、言いましたよね」
「あー。言ってた。…え?何で? 次の日練習試合だと何かダメなの?? 気合い入ってよくない?」
「木兎さんがよくても俺がダメなんです」

そりゃ木兎さんはいいだろうが、受ける側の俺はコンディション的に無理だ。
腰が怠くて動けなくなるし、万一中に出されてしまうと腹も下すし腹痛もある。あと後処理がメンドイ。
必然的に睡眠不足にはなるし、更に頭痛も出てくるし、試合前に朝から下半身筋肉痛というのはスポーツ選手のすることじゃない。
理由を説明していくと、次第に木兎さんがしょんぼりしてくる。

「え~…」
「日を改めましょう。とにかく今日は無しの方向で」
「俺今日一日ずっと楽しみにしてたのに。せっかく親いねーのに」
「翌日が練習試合や試合の日は期待しないでください」
「…」
「そんな顔したって駄目です」
「うう~。あかーしとエッチしたいいぃ…」
「…」

重い。
むぎゅー…と背中から抱きつかれて、何とも言えなくなる。
通常運行であの通りだから何となく想像はついていたけど、付き合ってからの木兎さんは輪をかけて面倒臭くとにかくワガママで甘え上手というか何というか…。
密着する全身でこういうことされると……って、いやいや。
ここで毎回甘やかすから良くないんだと分かっている。
今日はやらない。
俺の体調不良が、木兎さんの調子も下げることになってしまう。
それだけは避けないといけない。

「ゲームでもしましょう。映画を見るとか、他校の試合のDVDを見るとか」
「…抱っこしながら見ていい?」
「…。正気ですか?」

しょぼん顔でそんなことを言われ、イメージが追いつかなくて一瞬固まってしまった。
抱っこ…。
先輩のはずだが、体が大きいだけの弟でもいるような気がしてくる。
だが、抱っこされるのは確実に俺の方なのだろう。
…俺と木兎さんじゃ、黒尾さんと孤爪とかと違ってあまり身長差はないし、重いんじゃないだろうか。
あと画面が見えないと思うのだが……まあ、それは自分でやってみて学んでもらった方がいいだろう。
俺から言い出すと「んじゃー何ならいいわけっ!?」とかまたいじけ出しそうな気がする。
ここは放置で。

「…別に構いませんけど」
「じゃ、それで我慢する!」

ぱっと木兎さんの表情が明るくなり、何となくほっとした。
機嫌は一気に直ったらしい。

「何か飲み物用意した方がいいですか」
「おお!そだな!んじゃ、俺コーラ!冷蔵庫入ってるから持ってきて。俺DVD用意しとく!」
「…バレーですか?」
「おう!黒尾から最初宮城行って回った時の動画もらった。烏野以外にも色々入ってるヤツ。あと、澤村にも動画もらったな。こっちは白鳥のウシワカ入ってた。あと、ウシワカと別のガッコーに一人すんげえドギツイサーブ打ってくるセッターいんの!赤葦こっちのが楽しいかもしんない!」
「セッター興味あります。木兎さんがどちらでもいいのなら、そっち見せてもらってもいいですか」
「いーよっ!」

携帯片手に大型テレビの前へ行き、大きな背中を丸めて鼻歌など歌いながら用意を始める木兎さん。
俺は言われたとおり冷蔵庫からコーラのボトルを取り出し、グラスも二つ持ってキッチンを出た。
…何だか思いっ切りあれこれ弄ってしまって、木兎さんの母親に申し訳ない気がする。
木兎さんの性格が年齢に不釣り合いのコレなので、相当大らかでミスのない子育てをしてきたんだろうからまともなご両親だろうなと想像はしていたが、会ったことのある木兎さんの母親は俺の予想を裏切らない、のんびりとした穏やかで真っ当な人だった。
程よく使用感のあるあれこれは、病的に綺麗なうちのキッチンよりよっぽど居心地がいい。
セッティングしている木兎さんには悪いが、一足先にソファに座ってグラスに飲み物を注ぐ。

「何て学校ですか? 宮城でよく名前を聞くのは、烏野、白鳥沢の他は…伊達…とかありましたよね、確か。仙台っぽい名前だったような」
「伊達工ってのがあった。でもそのスゲーセッターのは城西ってトコ」
「ああ…。それも仙台っぽいので覚えています。青葉城西ですね」

遠方なので対戦する機会もないし、全国大会に向けて遠い宮城の強豪をあれこれ調べる必要性はあまりないが、興味はある。
似たようなタイプの強豪がウチの東京内で出てくる可能性もあるし、奪えるスキルは奪っておきたい。

「よーっし、OK!」

準備が終わった木兎さんが、動画を再生して立ち上がる。
大きなテレビに映し出される、練習試合独特のざわざわ感の残る映像。
烏野VS青葉城西。
ピー、と笛が響き、選手たちがコートに入って審判に背番号を見せる。
…日向、やっぱり小さいな。
あと月島はやっぱでかいな…。
うちにはいないタイプの可愛い年下と縁ができたことは個人的に嬉しくて、殆ど先輩のような心境で彼を追っていると、木兎さんがたーっと傍まで戻ってきて、滑り込むように隣に座った。
そしてすぐに、がしっと俺の脇から腕を差し込み、俺の腹を抱いて自分の両脚の間に引きあげようとする。

「よいしょ…と」
「…」
「~♪」

随分雑に置かれた。
座り心地が不安定で悪すぎる。
仕方がないので自分で腰を一度浮かせて木兎さんの足の間に座る。
背中が密着しないように背筋を伸ばしていたのだが、腹部に回っていた腕で引き寄せられ、寄りかかる羽目になる。
…。

「…ちょっとこれ……どーなんですかね…」
「ん? 何が?」

殆ど真横から見られ、何も言えなくなる。
これに違和感ないとか、逆に凄いよな…。
他に誰もいないとはいえ何となく抵抗がある俺と違い、木兎さんはストレートなので同調が少し難しい。
…とはいえまあ、勿論嫌な訳ではないので。
逃げに走り、視線をテレビに映っている試合の方へ向ける。
青葉城西。
聞いたことがあるしユニフォームも見たことがある。セッターは確か及川という三年だ。
攻撃のセンスがいい。計算高さが見え隠れする。
バリエーションが広く、的確さと意表を突くスパイカーセレクトの連続で頭の良さが伺える。
直感型じゃないな、こいつ。
かなり考えてる。
俺とスタンスが似ているような気もするが…こんなにあいつこいつに上げていたら、ウチだったらそろそろ木兎さんがもっと俺に寄こせと拗ね出す頃だろう。
そう思って、ちら…と横を見ると、木兎さんと目が合ってしまった。
にんまり、満面の笑みを前に、ぐ…と詰まる。

「…♪」
「…」
「赤葦、イイ匂い」
「汗かいてるんで気のせいだと思いますよ…」

…とか言いつつ、木兎さんがこの手の嘘を吐けるタイプではないことは承知の上なので、風呂前にもかかわらずどうやら本気でそう思ってくれているらしい。
放っておくと頭をこつんと横から当ててくる。
今視線が合ったら絶対キスの流れになるのは分かり切っていたので敢えて視線をテレビに集中させていたのだが、どうやっても自分の方を向いて欲しかったらしい木兎さんは、最終的に強行に出て無茶な角度で俺の顎を掴んで自分の方を向かせた。
…首が痛い。
視線が合ってしまい、ワアワアと試合映像が流れているテレビを無視して、仕方なくどちらからともなくキスをした。
首が痛すぎるので、木兎さんの両脚の間で少し体を捻り、それとなく木兎さんの首横に片手を添えさせてもらい、多少協力してもらって体勢を整える。

「ふ…」

もうキスといえば当然にディープの方なので、相手の熱と唾液を確かめるように舌を合わせて絡めた。
キスだけで息が上がる…というか、一気にそういう雰囲気になってしまう。
唇が離れ、一呼吸をしている間に、木兎さんが甘えるように俺の首筋にキスを移動してきた。
同時にティシャツの袖の中に片手の指先を入れられ、体が熱くなる。
この人は本当に愛情も欲情も隠さない。

「…」

立て続けに何度も首や鎖骨にキスをされれば、自然とぐらぐら意思が揺らいでくる。
いつの間にか俯いていた顔で、ぼんやりと、そろそろ止めておかないとと考える。
止めどころが大切だ。
ここで止めないと絶対雪崩れる。

「…。木――」

木兎さん、と名前を呼んで制止を。
…そう思っていたのに、上げた視線が合った瞬間、体が強張った。
さっきまで普通だった木兎さんの双眸が、ぎらぎらと猛禽類の瞳になってしまっている。
別人みたいに威圧的だ。
反論は受け付けてもらえなそうな。
冷や汗が出てくる…。

「…」
「…触るだけは?」
「いや、だから明日があ――」
「挿れないから!赤葦、触るだけだからっ! …なっ? 部屋行こ、部屋!」

触るだけならここでもできるでしょう……と思うが、聞いておいて俺の返事なんか待つ気がないらしく、テーブルの上のリモコンに手を伸ばしたかと思うと折角再生した映像をぶちりと切った。
片腕引っ張られてリビングを出る時、名残惜しくテレビを振り返る。
…結局、城西の試合は見られずじまいになった。
興味のあるセッターだったのに、残念だ。

 

 

リビングから廊下に出て、木兎さんの部屋へ向かう。
ぽいっと部屋に放り込まれ、視線を上げて部屋の中を見回す。
木兎さんの部屋に入る時はいつもそうだが、まずその散らかり具合が気になった。
毎回それとなく片付けて帰るのだが、次に来たときはいつもこんな感じだ。
…いや、期待はしていないのですけれど。
フローリングの上に投げ捨てられているティシャツをひとまず拾ってベッド端にでも畳もうかと腕を伸ばしてよれているそれを握った直後、ぐいっと後ろから肩を掴まれ引っ張り上げられる。
振り返った時にはまたキスをされていた。
呼吸に乗ってくる木兎さんの匂いに、思わず目を瞑ってしまう。
唇を合わせるだけでは勿論足らず、また舌を重ねる。

「…んっ、…」
「何だ。乗ってこれんじゃん」

少し重ねただけで一度唇を離した。
舌先から垂れる唾液の糸が無言で煽ってくる。
後ろめたさなど何もない真っ直ぐな目に射抜かれて、それだけで呼吸が上がるのだから仕方がない。
…だから。
俺だって嫌というわけじゃなく、適したタイミングってもんがあるだろうという話をしているだけだ。
少なくとも今日はそのタイミングじゃない。
顔を寄せ合ったまま近距離で上がった息を整えようとするが、首の左右に手など添えられたらこの体温からどう逃げろというのか。
一応抵抗として、軽く顎を引いて逃げだそうとしてみる。

「はっ…。いや、ちょ…っと、待ってください。絶対やりませんよ。ぼくと、さ……っ」

ぐいと後ろ頭を抱かれて強引に引き寄せられ、もう一度キスする羽目になる。
度々のキスに頭の中がぼんやりしてくる。
だいぶ力の抜けた俺を腕に抱いたまま、木兎さんがあっさり宣言する。

「じゃ、俺今日は赤葦に挿れてって言わせるを目標にする」
「言いませんけど」
「いーからいーから。ハイ、脱いでー!」
「…」

言うなり、俺の着ている制服のシャツのボタンを上から順にどんどん外していく。
シャツを取り上げると後ろにぶん投げる。
おいおいと思ったが、それは勉強机前の椅子の背に引っかかった。
木兎さんの肩越しにそれを見ている間にインナーで着ていたティシャツの裾を掴んで、次は無理矢理バンザイをさせられた。
ティシャツも同じように投げられ、またもその椅子に引っかかる。
上半身裸になっても季節柄寒いということはない。
屈んで俺のベルトを外している木兎さんの肩に、そっと片手を置かせてもらった。

「…本当に言いませんからね。今日は最後までしませんよ」
「ハイハイ!任せて任せて!!」

何を任せろと…?
自信満々の木兎さんに小さく息を吐き、とはいえぎりぎりまで好きにさせないと拗ねそうだし、仕方ないのでやらせておくことにする。
フェラとか合わせて弄るくらいだったらできるといえばできるしな…。
それで満足してもらおう。
制服のスラックスまで下げようとするものだから、ぴっと片手を出した。

「自分で脱ぎます」
「ん? そう??」

木兎さんからベルトを受け取り、体を前に折って靴下を脱ぎ、その後で自分で下の制服も脱ぐ。
投げられた上半身の服は諦めるとして、今脱いだ一式は畳んでベッド傍の床に置かせてもらった。
それからすぐに木兎さんのティシャツを脱がせようと、さっきとは逆で俺がボタンを外していく。
途中、また木兎さんが抱きついてきて、首の後ろあたりの匂いを嗅いでくる。

「あかーし、イイ匂い」
「はあ…、どうも。…あまり嗅がないでください。口でさせてもらいますよ?」
「んー…」

最終的に口も手も使うことが多いが、どちらが先かはその日による。
とにかく今日は挿れさせない分、触って気持ち良くなってもらい、出してもらうしかない。
俺に挿れたいと言ってくれることは嬉しいのだけれど、今日は諦めてもらうしかない。
まあ、その分感じてもらいたい。
理想は手で一回、口で一回……くらいで満足してもらえればいいけれど…。
俺は煽り方が上手い方ではないので、堪っているのならまだしも、手コキくらいじゃイってくれないような気もする。
などとつらつら考えていると、木兎さんがぶんぶんと首を振った。

「いや、今日はフェラとかいい。やってもらいたいけどいい。我慢する」
「やりますよ。寧ろ我慢しないでくれた方が」
「だって突っ込んじゃダメなんだろ?」
「駄目ですよ。なので――」
「いーよ、いんない!今日は赤葦のこと気持ちよくさせてオネダリさせるから、俺がやったげるっ!」
「え…。いや、遠慮します」
「ハアアアッ!? 何でえっ!?」
「そういうのいいです」

真顔で静かにひらりと片手を振る俺に、木兎さんが大袈裟に突っ込む。
いや、何でも何も…あんた先輩だし。一応。
…というのは建前で、本音は違う。
俺だって男なんで、モノへの危険は避けたい。
失礼承知で言わせてもらえば…。

「木兎さんのフェラは恐い気がします。慣れないことはしない方がい――…っうわ!?」

結構ですと言っている俺の体にタックルまがいの勢いで抱きつき、結果木兎さんと一緒に後ろのベッドに倒れ込む。
体格のいい男子二人に突然飛び込まれ、ベッドが酷く悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

フェラをするのだと主張しまくる木兎さんを何とか説得して宥め、手でイかせてもらうに変更してもらったまではよかったのだが…。

「はっ、あっ…ぁ。…んっ」

びくびくと腿が痙攣する。
俺から何かすることは禁止されてしまったので、ベッドに座る全裸の木兎さんの肩に両腕を回し、言われるままに膝立ちになってみた俺のものを無茶苦茶に扱かれ、量的には少なかったものの、既に一回達した。
ローションの滑りをかりて潤滑なのは分かるが、左手でぎゅっと握られた急所は寧ろ擦られすぎてひりひりし出している。
人差し指を先端に添えられ、引っかかれると同時にそれ以外の手でずちゅずちゅと竿を刺激され、荒くなる息が止められない。
確かに気持ちいいが、痛む。
せめて俺が一緒に撫でればまた速度調節もそれとなくできるんだろうけれど、木兎さんだけにやらせるとこうなるのか…。
ぐんぐん扱く速度が上がっていくので、止まらなくなる。
しかもいつの間にか木兎さんの右手中指がアナルを解していた。
…一応洗浄しておいてよかった。
日常生活において、俺と二人きりになることなどよくあることなので、二人きりになったからといってすぐにスイッチが入るわけではない木兎さんの欲情タイミングはよく分からない時がある。
なので、ひとまず家にお邪魔する時は何となく中を洗っておくことを癖付けておくようになった。
かといって、今日は最後まで許すつもりはないが。
長くて太い指が中のポイントを擦る度、快感が奔って膝が笑う。
溢れるように出てくる先走りの滑りも借りて、更に前の滑りがよくなってしまう。
指くらいならいいかなと思ったが、やっぱりそれも止めておくべきだったのかもしれない。もう後の祭りだが。
生理的な涙が目尻に滲む。
声が上擦って情けないくらいブレる。

「ちょ…はっ…。っ、手、速……止、めてくだ…っ。また、い…っ」
「いいじゃん。何度でもイってたくさん出せば」
「いや、でも…木兎さんま、だっ…~イ――っ!」

ガリッ…と先端を爪が掠め、ビリビリした快感が頭まで突き抜けた。
…が、何とか留まった。
ただ達するのは留まったが、気持ちよさが継続することに変わりはない。
ぎゅっと木兎さんの首を抱き締めて顎を引き、唇を噛む。
息を呑んで耐えた結果、ふーふーと肩で息をする。
衝撃が抜けてって余韻に浸る俺の背中を、木兎さんが撫でた。

「は…。涙目」
「っ…」
「イけなかった? つか、何で我慢してんの? …見てほら。前も後ろもぐちゃぐちゃ。あーあ」
「…後ろ、…いいですっ、て…」
「ん…。ぐにぐにしてる。あかーし、気持ちい?」

熱い呼吸で、得意気に木兎さんが尋ね、それに無言でこくこく頷く。
そりゃあ気持ちいい。
木兎さんに触られているだけで感じる。
今この瞬間はもうこの人以外のことは考えられない。
気付けば強請るようにキスしていた。
何かもう木兎さんの呼吸が食べたいとか、自分でもドン引きするような妙な嗜好がちらっと頭の中を掠めて消えていくを繰り返す。
ぐいっ…と木兎さんの指が二本後ろを弄り、アナルを開く。
空気が通って体内がぞくっと震えた。
咄嗟に、その手首に片手を添えて制止に努める。

「木兎さん…。ですからいいって…」
「な、お尻寂しくない?」
「…」

ぎらぎらした瞳の奥は変わらずににまにまと得意気に笑っている木兎さんの考えは手に取るように分かるし、二つ返事で頷いてしまいそうな自分も確かにいるが…。
生憎、まだ理性は残っているので。
自分を落ち着かせる為にも、はあ…と息を吐いてから答える。

「寂しいですけど…。最後までは遠慮します…って、先に言いましたよね」
「すかすかじゃない? 後ろきゅうきゅうしてるし、俺のちんこ挿れたら絶対気持ちーよ?」
「…。いや、まあ…」
「ガンガン突っ込んでほしくない? 俺の欲しーっしょ? あかーしゴリゴリされるの好きじゃん。指じゃ奥まで届かねーし……ホラっ!ホラ、ここまでで限界!…な、ホントにいいの?? 今日やんないともー来週はチャンスないかも!家帰ってオナっても足りないんじゃない? もー一緒に気持ち良くなっちゃわね?」
「止め…っ、てください…って」

ぐちゃぐちゃ前を撫でられながら耳元でそんなこと言われると、ぞくぞく芯が震える。
遠慮のない言葉に鼓膜から快感が入ってくる。
…誰の為に制限かけていると思っているのやら、だ。
これ以上耳から吹き込まれる前に、キスで静かにしてもらった。
顔を離して、やんわりと俺の後ろを弄っている木兎さんの手首に片手を添え、外してもらう。

「…とにかく、今日は後ろ弄らなくていいです」
「……えー」

今のでいけると思ったのか、目測が外れて途端に木兎さんが肩を落としてしょんぼりする。
俺のものを逆手に持ち直し、ぐちょぐちょと握られてぴくりと震えた。

「…っ」
「こっちはノリノリのバキバキなのに…」
「触られればそうなります。木兎さんもそうでしょう」
「だってあかーしカワイイから!見てるだけで燃えてきたっ!ますます挿れたい!!」
「…。それより、もういいですか、手。やってもらってばかりじゃ申し訳ないんで…」

最初に一度出させてもらってしまったので、俺が木兎さんを触りたいのだが禁止されてしまった手前勝手にあちこち触れられない。
もうそろそろ諦めてただの掻き合いにスライドさせてくれるだろうと思ったのだが、急にふいっと木兎さんがしょんぼりした顔のまま俺を直視してきた。

「…なあ。ホントダメ??」
「駄目です」
「中出ししなくてもダメ?」
「駄目です。…というか主にそれが駄目です」
「突っ込んで揺らすだけで中には絶対出さなくても? イキそーになったら外に出すから。そんでもダメ? 俺とやると明日そんな辛い??」
「………」

捲し立てられ、困惑する。
正直そこまで辛くはない。
確かに腹を下したり筋肉痛になったりはするが、そんなのは俺の体調の問題でそれを気にしていたらいつだって抱き合うことなんてできない。
論点はそこではなくて、何度も言うが明日が練習試合というところだ。
俺の体調が崩れていては、木兎さんの求めるトスが上げられないことも出てくるだろう。
確かにそこまで気にしなくてもいいかもしれないが、体調のちょっとした善し悪しとか、そういうちょっとした差というのは、いつもよりにもよって"ここぞ"という時に顕著な差になって現れる。
そこを逃したくない。
勝利とは、如何に強く巧くの平均値の高さと、如何にミスを少なく機会を逃さずの底地とを算した総合値だと思っている。
俺がその機会を逃すということは、木兎さんもそうだということだ。
俺だけだったら何とでもなるが、この人の成績には響かせたくない。
…ぐらりと来たが、最後の理性を振り絞って短く首を振った。
自分にも言い聞かせる。

「何と言おうと、駄目です」
「…」
「また次で」
「………ううううう~っ!」

ぶるぶる肩を震わせ、捨てられた子犬のような目で見られても駄目なものは駄目だ。
二度拒否ると、抱きついてきてぐりぐり頭を胸に押しつけられた。
丸まった白くて広い背中を宥めるように撫でる。

「挿れたいいいっ!!」
「次回で」
「何でっ!こんなんゴーモンじゃね!? 俺のこのガチガチちんこをどうしたらいいの!?」
「ですからフェラしますって」
「ヤダッ!いんない!!ソコ俺が今求めてるモンじゃないのっ!!」

すっかり拗ねている木兎さんに小さく息を吐いた。
全身で求められるとこちらとしても申し訳ない。
さてどうしようか…と何となく逃がした視線の先で、椅子に引っかかり損ねて床に落ちている制服のタイが目に入った。
…。

「…ちょっと失礼します」
「ん?」

めそめそくっついていた木兎さんから一度離れ、腕を伸ばして床に落ちていたタイを拾う。

「ナニナニ??」
「いや、うまくできるかどうか分かりませんけど…。素股なら挿れてる感あるのかな、と」

木兎さんを跨ぐのを止めて、ベッドに乗り上がらせてもらう。
シーツの上に座り、ひょいと自分の両膝を立てて揃えると、膝裏にタイを通してみた。
そのまま自分の足をきゅっときつく結ぶと、両腿から膝にかけては合わさる。
何とか擬似的アナルにはならないだろうか。
息は上がっているものの、淡々と作業をしている俺の手元を木兎さんが興味津々で見る。

「素股って、足の間に入れるやつだろ?」
「ええ。…まあ、後ろと違って締まりはしないと思いますけれど、試しに。それが好きって奴もいますし、案外いいのかもしれません」
「ふーん…」
「…ッ!?」

眺めていたかと思ったら、ずぼっと木兎さんが俺の股に指を三本突っ込んできた。
急だったので驚いて肩が跳ねる。
ローションの滑りがある上にアナルより大きさがないわけではないので、普通に入る。
玉を指で押し上げられ、今までとは少し違う感覚に驚いた。

「っ、木兎さ――」

急に止めてください、と言いたくて顔を上げたが――。
横から俺を見ていた僕とさんの瞳が爛々と輝いていて諦めた。
…思わず遠い目になる。

「おおっ、穴っぽい…!」
「……」

新しいお気に入りのオモチャを見付けた時の顔だ…。
ずいずいと上半身を寄せてこられ、さ…と引いてしまう。

「今の気持ち良かった? 赤葦カワイイ顔したな。ぴくって顔!」
「半分は驚いただけですけど…」
「何か挿れたくなってきた!寝て寝て!!」

ばっと両肩を掴まれ、そのまま押し倒される。
今日はまだ俺が木兎さんのものに一度も触っていないし、素股にしろ挿れる前に触って俺が勃たせたかった気もする。
一方的にされるのが何となく後ろめたかったのだが、上から押しつけるようなキスをされれば俺の反論など霧散する。
木兎さんがそれでいいなら、いいということにしておこう。
上にある体に、遠慮無く抱きつかせてもらう。
何度もキスをする傍ら、足の間に木兎さんのものが宛がわれた。
自身で勃たせたらしい熱の塊は、ある程度硬くなっているようでほっとする。

「…挿れるぞ」
「どうぞ」

キスの合間のそんな短いやりとりを機に、腿を締めるよう意識する。
膝はタイでまとめたが、より狭い方が勿論いいだろう。
両脚付け根の僅かな隙間を、木兎さんのものがゆっくり押し進んでくる。
両脚の間なのだから当然といえば当然だが、通れば俺のものと擦り合うことになる。
お互い硬さがあって結果は掻き合いかもしれないが、それだけじゃない生々しい快感。
…。
…ああ。結構いいな、これ。
それっぽい。
高が股に擦りつけるだけだが、エロさはある。
圧迫感もあまりないし。内臓酷使してる感もない。
ぼんやりそう思ったのは俺だけではないらしく、鼻先で木兎さんもぎゅっと目を瞑っていた。

「ン…。ぅああ…。スゲエこれ。挿れてねーけど気持ちいい…っ」
「…いいですか?」
「ん。…はっ、赤葦のと当たる…っ」
「ですね…」

気持ちよさそうに目を伏せて赤い顔をしている木兎さんを見ると満足できる。
背中を抱いていた両手のうち片手を浮かせ、それで木兎さんの汗ばんだ頬からセットされている髪へと何となく撫でる。
撫でると、ぱち…と木兎さんが目を開けた。

「なあ…。動いていい?」
「ああ…はい。これなら慣らす必要もないので。…ローション足しますか?」
「…んー♪」

無自覚なんだろうけれど、オネダリモードなのは専ら木兎さんだ。
どうぞというと頬ずりされ、全身で甘えられてから片腕で頭部を包むように抑えられ、もう片方でぐいと結んでいる膝裏を片手で掴まれて押し上げられる。
…いつものことだが羞恥心が凄まじい。
女子との経験がないわけじゃないが、抱く側だった時はそこまで気にならなかった羞恥心は、抱かれる方が凄まじいことに気付けた。
何度やっても下半身凝視されるのは一瞬だけ抵抗がある。
挿れていた木兎さんのものが、ずっ…と、入った時よりは勢いをつけて出て行く。
…で、次にまた入ってくる時はその倍くらいの速度で、徐々に出し入れに遠慮が無くなってくる。
かなり気持ちいい。
ギシギシベッドが軋む。
速度が上がってくるということは、木兎さんも気持ちがいいはずだ。
この人はフリができない人だから。
勢いで体が上に押し上げられていき、自然と口が緩んでいく。

「はっ、は…」
「っ、…あッ…。きもちっ…」

もう既に生理的に涙目だが、滲んだ視界でも木兎さんが感じているのが見える。
目を瞑ってすっかり感じることに集中しているらしい。
気持ちいいらしいのでよかった。
俺も感じ入ることにする。

「んっ…」

何度か揺さぶられ、ず…っ、ぐちゅっと一際大きな音を立てて根本までぴたりと俺の腿裏に着けた状態で、突然木兎さんが動きを止めた。
不思議に思っていつの間にか俺も閉じていた目を開く。
動きが止まると、思わず一息吐いてしまう。

「はっ…」
「…」
「…?」

目を開けると、俺を片腕で抱いた状態で何か考えているような顔をしていた。
眉を寄せているその顔に、息を吐きながら尋ねる。

「木兎さん…。…どうかしましたか?」
「…。赤葦…」
「はい」
「足、邪魔っ!!」
「は? …うわっ!」

カッと木兎さんが叫ぶと同時に、掴まれていた膝裏を急に横に払われる。
勢い任せに横向きに変わった体勢の腰を抱き起こされ、咄嗟にバランスを取るために両肘とまとまってる膝をシーツに着いた。
強引にバックにされ、ぎょっとする間もなくズボッ!と木兎さんのものが再び股下に勢いよく挿入される。

「っ…!!」
「あ、やっぱこっちの方がいい。動きやすい」
「え、いや……っ!」

間にあった俺の足が邪魔だったらしく、バックに変えられてから突然速度が上がる。
ベッドの軋みがさっきの比じゃなくなる。
ベッドヘッドに置いてある目覚ましがカタカタ鳴った。
…速い方が気持ちいいのは確かだが、バックはあまり好きじゃない。
木兎さんの顔が見えないだけでなく、俺の目の前にあるのが拳にしている自分の手と腕と枕くらいで視覚情報が殆ど得られなくなる。
状況が把握できなくてどことなく落ち着かない。
後ろからの一方的な衝撃に、笑いそうな膝に力を込めて耐える。
口を抑えるように、腕に顔を押し当てた。

「はっ、っあ…!やめ…っ」
「止めたいの? ナンデ。もっとやっての間違いでしょ? もっとやってって言って」
「も…」

ぼっと顔が火を噴く。
なん…。
一瞬息が止まった。
咄嗟に背後を振り返ろうとした、が…。

「赤葦」
「いっ…!」

背中から短く名前を呼ばれ、がぶっと耳を噛まれた。
歯形がつくだろうという程ガチで。
素で痛い。
…が、同時に耳からびりびりと快感が頭部に奔っていく。
それまでの出入りを無情なくらいぴたりと木兎さんが止め、その変わりまた闇雲に勃ち上がって硬くなっている前を扱かれた。
腿が緩んで、腰が落ちそうになる。
耐えられなくて自分でやろうと片手を下半身に伸ばしたが、俺のものをがっちり木兎さんが包み込んでしまっているので少しその手の甲をひっかいたくらいだった。

「ちょ…」
「ダメー。さーらせなーい!」
「…っ」

熱い息が口から出る。
…弄りたい。
物足りない。
焦れったい。
寧ろこっちが動いてもいいからさっきの律動が欲しい。
やだ、とか、止めてください、とか…そういう言葉が咄嗟にどうしても出そうになるが、今それを言ったら怒られるんだろう。
ぐっと唇を噛んで色々な咄嗟の一言を耐え、目の前のシーツと自分の腕を見詰める。
…ああ。
噛まれた耳がじんじん痛み出してきた。
何ならこれもちょっと気持ち良く感じるのだから、本当にどうかしている。

「っ…、は…」
「ハイ!もっとやって、って」
「…言わなきゃ、駄目ですか…。木兎さんこそ、動きたいんじゃないですか?」
「当然だろ。だからさっさと言って。早く早くっ」
「……。じゃあ、まあ…。もっと……お願い、します…」
「それじゃダメ!アウト!!」
「…」

……ああ。
めんどくさっ…。
…こんなにも理不尽なのに、どうしてこんなに腹が立たないんだろうか。不思議でならない。
怒ってもいいところだろうに、逆に胸がグッと掴まれる気がする。
まあ…誰が見ているわけでもないし、できないことではないので。
…と言いつつ踏ん切りはつけにくいが。
額を思い切り腕に押しつけ、ぼそぼそ口を開く。

「…。………もっと……って……さい」
「はー? 聞こえなーいっ」
「……。もっとしてください」
「違う!敬語じゃなくていいから、もっとエロく言って!」
「…今のアウトなんですか?」
「アウトアウトっ。ツーアウトだから!スリーアウトでチェンジになっちゃう!」
「…。何と何がチェンジに…?」
「え? 素股が中だしに?」
「…」

ぜーはーしながら何をやっているのか…。
人が渾身の言葉を口にしてみたにもかかわらず、更にダメ出しとか。
…。
…いや。だらだら続けていたらこの羞恥心が長引く。
すぱっと終わらせよう。
中途半端な快感はいい加減耐えられなくなってきた。
掴んだままで構わないからもういっそ俺が腰を動かしそうになるくらい耐えられなくなってきた。
敬語を使わないことに対しては少々抵抗があるが…。
上がった息の中で、ぎゅっと目を瞑り、覚悟を決める。
羞恥で貧血になりそうだ。

「……。も…」
「んっ」
「………もっと、やって――」

"――ください。"……は、無理矢理口を閉じ、心の中で続ける。
言った後も顔が死ぬほど熱い。
まさか俺がこんな台詞を吐く人生を送るとは思わなかった。
だが、羞恥に耐えながら要望に従った甲斐があり、木兎さんが上機嫌で俺の腰を抱いて背中にくっついてくる。
肩胛骨に額を感じて、ぞくりとした。

「くぅうう~っ…! …あー。今のイイ。合格。ぞくぞくキタ。…うんうん。もっとやってほしーよなー?」
「…もうホント勘弁してください」
「仕方ないなー。いーよ。…んー。赤葦、いーこ」
「…っ」

さっき噛まれて痛みを感じている耳を今度は何度もキスされ舐められ、再び木兎さんが動いてくれる。
ほっとして、緊張していた体からまた力が抜けた。
弛緩した体を、熱と快感が出入りする。

「は、はあっ…」
「…はっ。あー…やば、キモチ…っ。ホントやってるっぽい!中じゃなくてもやっぱそっちも感じんの? 赤葦肩震えてる。気持ちよさそ~。カワイイっ。大好き!」
「――…っ!」

男が低い声で喘いるとこ見て可愛いとか、ホント羞恥プレイもいいところだ。
丸くなった俺の背中に、木兎さんが上から張り付いてくる。
ぐちゃぐちゃと広い手で前も扱かれた。
無い胸を触られ、耳のすぐ横で息遣いが聞こえ、ただそれだけでぐんぐん高まっていく。
…いいんだろうか。
今日俺は本当に木兎さんに何もしていない。
木兎さんに勃たせてもらって素股とはいえ気持ち良くしてもらえていること自体、いつもよりぐっと俺の感度を上げている。
もっと擦ってもらいたくて、自然と腰が上がって足を締め、角度をつけるも快感で緩んでいく。
腿が震える。

「木兎さ…っ、は、あっ、っ…」
「…な、ホントは赤葦も俺と本番やりたいんデショ?」
「んっ、っ…。…ッぁ、はっ」

無茶苦茶に腰を使う木兎さんの質問に、ぼやけた頭で揺さぶられながらこくこくと頷く。
…ですから、こっちだって嫌じゃないって何度も言ってるじゃないですか。
ホント人の話聞いてないな、この人。

「もーさ、ヤっちゃわね? ちょっとだけだから。いれてーってオネダリしてみて。見たいんだけど」
「…っ」

一瞬流れで頷きそうになったが、今度は首を振った。
熱に魘されても、理性が抜けきれない。
ここで流されれば、きっと楽だし愉しいんだろう。
だが、そんなのはできない性分だ。
本当に損だなと自分で思う。
木兎さんも喜びそうだし、俺だってその方がいい。
…けど、ここで俺が流されると後々木兎さんの為にならない。
それが分かっているのに、流れに乗れるわけがない。
俺の反応が不満なのか、木兎さんがカッと叫き出す。

「ねえっ、そんっっっなにイヤ…!? こことか流されるトコじゃない!? 何で!?」
「だっ…。木兎さっ…の、打率っ、落とせな…っす、っ…」
「ガンコ!!」

何とでも言え。
わっと喚く木兎さんの反応にも慣れたものだ。
もういい!…と、腰を掴み直される。
本気で諦めてくれたようだ。
思いっ切り口呼吸をしながら、涙目でそこだけ安心する。
ふ…とリラックスした途端、今までと同じ振動なのに突然更に感じるようになる。

「っ…、…っあ、はあッ…」
「赤葦、赤葦…っ。な、バックのがいいの? 挿れてねーのにメッチャ感じてる。…はっ。そういや、あんまバックってやったことないかも…っ。先走りめっちゃ垂れてる。けど、これだと…、顔見れない……なっ!」
「ひ――…ッ!!」
「…ッ、ンンっ――!」

一際深く強く捻り込まれ、勢い着けて擦り合わされ限界だった。
腿にどろりと熱い液体が放たれる感覚に開放感を覚える。
挟んでいた木兎さんのものも硬さが収まっていたので、どうやら一緒に達せたらしい。

「っ、ふあー…」
「……っ…はあ」

深く息を吐く。
いい加減膝が辛くて片腕伸ばして拘束していたタイを取っている途中、上からべたべたと片腕で木兎さんが俺を抱き締めてきた。
押し潰されそうになり、ぐっと肘と膝に力を込める。
タイを取ると一気に足が楽になった。
くっついていた膝を開いて改めて四つん這いになると、汗と唾液でぐちゃぐちゃに濡れてる顎下を拭う。

「…はあ、……は…」
「ふはーっ…! …ああ~っ。素股イイ!採用!気持ち良かった!!」
「あぁ…はあ…。そ、ですか…。よかったです。…拭きますから、一旦退いてください」
「赤葦、大好きっ!」

がしっと顎を掴まれ、無理な体勢でキスをされる。
開始前と違ってキスが熱い。
セックス終わりにするのはいつものことでお約束なのだが、流石に真後ろは首が痛い。
これも正面とは違うところなんだろうな。
比較的短めで離してもらった。

「…はあ。…ありがとうございます。俺もです。けどすみません、後にしてください」
「愛がないッ!?」
「ありますよ」

重い木兎さんを横に退かして、ベッド横に用意しておいたティッシュとウエットティッシュを何枚か抜き取り、精液の残っている木兎さんのものと内股を拭く。

「今日はフェラしてくんないの?」
「いいって言ったじゃないですか」
「でも赤葦やってくれるって言ったじゃん」
「時効です。…それに、事前ならまだしも、また勃たれちゃうと困るので。次回保留でお願いします」
「え、おそーじフェラは別じゃない?」
「次回保留でお願いします」
「今日禁止事項多すぎるっ!」

下着だけ渡しておいて、彼がそれを穿いている間に自分もざっくり拭き、ベッドの汚れを確認する。
ベッドから両脚を降ろし、俺も脱いだ下着を拾い上げて足を通す。
シャワーを浴びに行くのはもう少し後でもいいだろう。
振り返った頃には、木兎さんが早々と片腕を枕にごろごろと寝そべっていた。
不機嫌なわけではなさそうだが、とはいえどことなくしゅんとして見えたので思わず尋ねてしまう。

「…。足りませんか?」
「ん? …あ、お前がってコト? 足りてねーけどだって今日はヤらせてくんないんだろ?」
「はい」
「即答すんなら聞かないで!欲しくなるから!!」
「すみません」
「…んー。素股楽しかったから我慢するけどさー。そーじゃなくて、オネダリ失敗したから、何か赤葦に負けた気分…」
「言わされましたけど」
「ん? …ああ、アレ?もっとってやつ?? 違う違う。イレテって言わせたかったの!」
「ああ…」
「むー。ノルマ達成ならず…」
「だいぶ揺れましたけどね。こうして落ち着くとやっぱり恥ずいです。…ですが、割といいですね。気持ち良かったです」
「俺もっ!」
「負担も軽いですし…。便利だな」
「…!?」

片手を顎に添えて少し考え出した俺に、木兎さんが過剰に反応して慌て出した。
ばしばしシーツを叩く。

「ちょ、でも待って赤葦…!俺、お前ん中に入れるのが一番だかんね!? 全部素股とか禁止!」
「…駄目ですかね」
「ダメに決まってるデショ!?」
「そうですか」

俺だってそんなのは御免だ。
だが本気に取って必死に主張する木兎さんが面白くて可愛らしい気がした。
思わず笑いそうになる口元を抑えて、顎に添えていた手を下ろす。
何となく片腕を伸ばして、後ろで寝ている僕とさんの頭を宥めるように撫でる。
先輩の頭を撫でるとか、後輩として不躾にも思えるけれど、他のタイミングではしないし事後にこうして少しだけ撫でさせてもらうと、木兎さんはとても気持ちよさそうにしてくれる。
体を重ねるのも勿論好きだが、俺はこの時間が一番心を許してもらえた気がしてほっとする。

「何か飲み物持ってきますか?」
「ウウン、いい。……ん!」
「…」

枕にしていない方の腕を無造作に広げられ、一呼吸置いてからのそのそとその腕の中に入っていく。
再びベッドへ乗り上げ、隣に横になるとぎゅっと木兎さんが俺を抱き締めた。
何度かキスをする。
…嗅ぎ慣れた木兎さんの匂いはとても安心できる。

「…挿れられずにすみません。翌日が平日や一般練習だったら構いませんので」
「いーよ。その分、明日いいトス上げてくれれば」
「はい」
「お前抱いて寝るだけでも違うし。…あかーし、あったかい。…でもさー、素股だったけど、泣いちゃうくらい気持ち良かった? 奥ゴリゴリできなかったのに、お前の方が足りた??」

早速眠いのか、どこかふわふわした声だ。
擦り寄ってきながら、片手の平で木兎さんが俺の目元を拭いてくれ……ているつもりで、ごしごしとそれなりの力任せで擦る。
大人しくそれを受け取りながら苦笑した。

「まあ…。一応好きな人と抱き合えてますので」

いつだって気持ちいいですよ、と告げると、何とも言えない笑顔でますます擦り寄ってくる。
思わず少し笑ってしまった。

「俺も赤葦抱いてると、すんごくキモチーし嬉しすぎる」
「…そう言ってもらえると」
「でも次はガチでやらせろよ? あと正面ね!あかーしの顔見れないと何か損した気分になるから。バックだとお前顔隠しちゃうし。今日は足が邪魔だったけどっ」
「結んでましたからね。横にずらせば正面でも素股はできると思いますよ」

……とはいえ。
甘ったるい空気に半分は流されたとしてももう半分が流されることができず、冷静にあれやこれやと考え出す。
本番まで至らなかったとしても、思った以上に腿の筋肉を使った気がする。
明日にならないと分からないが、これでもし支障がでるようだったら以降は素股も前日禁止しよう。
木兎さんには申し訳ないけれど…。

「んじゃさー、次の日が試合の日はこれから素股な!新発見でした!次から遠慮無くできる!」
「あー…。即答しかねます。ちょっと明日の様子を見させてください」
「へっ? …え、何で??」
「何でもです」
「何で!? 新発見は!?」
「新発見を実用するには十分な検討が必要なんです」

驚いて顔を上げた木兎さんの変わりに、今度は俺がこの人の胸に額を添えた。


 


 





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