「ほら研磨。やんぞー」
「…」

言いながら、部屋に入ってきたクロが、ベッドに寝そべっていたおれの頭を片手でもしゃっと上から軽く押さえるように叩いた。
今さっきお風呂に入ってきたクロは上は裸で、一度ベッドの横を通過して首にかけていたタオルを勉強机のイスに適当にかけた。
ベッドに俯せに寝転がって、肘着いて携帯でゲームしてたおれは、クロに頭を叩かれてぺそっと顎を目の前の枕に落として、携帯をシーツに落とした。

「…どーしてもやんなきゃだめ?」
「ダメ。今日はセックスするって決めてただろーが」
「…」

情け容赦無い断言に、憂鬱になる。
顎を乗せていた枕に顔を沈めた。

 

 

 

高校に入って、おれが二年になって、クロがおれを好きだと言った。
おれもクロは好きだから、そこに相違は無くて、だからたぶん、一応付き合い始めたんだと思う。
けど、元々ずっと一緒にいるし、あんまり関係は変わらなかった。
たまにキスするようになったくらいで。
「なんだ、全然変わらない。これならもっと早く付き合っておけばよかった」なんて思っていたのに、やっぱりそこで収まってはくれなくて…。

「そろそろ一ヶ月だなー」
「…?」
「付き合って」
「ああ…。うん」

学校帰り。
唐突に、クロが横で言った。
最初、"一ヶ月"って言われても、何が一ヶ月なのか分からなかったけど、続けて付き合ってって言われて、"ああ…"ってなる。

「もうそんななる? …二週間くらい前じゃなかった?」
「先月だっつーの。日にちくらい覚えてろよ。言っとくけど、俺記念日とかうるせーからな」
「別にいいじゃん。いつも一緒にいるんだし。…でも、あんまり変わらないよね」

ずっと一緒にいるから。
…そう言った後、空気が少し、ピリ…ってしたのはよく覚えてる。
首の後ろが、ぴってなった。
違和感を持って、横を見ると、クロが何気ない感じでおれを見ていた。
一瞬目が合って、でも、すぐクロがぷいっと前を向く。

「そーなんだよなー。変わんねーんだよなー」
「うん。いいじゃん」
「いや、よくねーだろ」
「何で」
「変わらなきゃつまんねーだろ」
「別につまんなくないけど」
「…。日にち決めねーとダメだな、コレ…」

無造作に、クロが制服のポケットから携帯を取り出す。
年季の入ったガラケーを縦に開いて、カチカチと操作している指先に興味もないから、おれもおれで携帯見ようとポケットからスマフォを取り出……そうとして、ずいっ!と鼻先にディスプレイを突き付けられ、ビックリして動くのを止める。
歩いてるとその携帯にぶつかるから、足も止めた。
…縦長の小さいディスプレイ。
そこに、カレンダー画面が写っていた。
クロのスケジュール。
部活とか遊ぶ予定とか、歯医者とか入ってる。
…じっと見て、それからちらりと横を見る。
やっぱり何気ない感じで、クロがおれを見下ろしてる。
何かおれに言って欲しいんだと思うけど、ちょっと意味が分からない。

「…何。急に」
「今日がここだろ?」

携帯持ってない方の手で、クロの指先が、今日の日付を指す。
間違いなく今日なので、頷いておいた。

「うん」
「で…そうだな。二週間ありゃいいだろ。お前、この日俺んち泊まり来い」
「…テスト休み?」
「そ。丁度いいだろ」

クロが示したのは、二週間後に始まる期末の準備期間の一日目だ。
この期間、部活動は禁止になる。
試験の為に、勉強しろって言われる…けど、おれとかクロは結局自主練みたいなのするから、結局おれとかクロは家に帰る時間は部活がある日より少し早いかなというくらいだけど。

「勉強するの?」
「いや。セックスすんの」

おれに突き付けた携帯を手元に戻しながら、クロ。

「初日くらいいいだろ。潰せ。どーせ勉強しなくても一桁取れんだろ、お前。日にち決めとかねーと無理そうだしな。いいだろ?」
「えー…」
「嫌なら延ばしてやってもいいぜ。どのみち遅いか早いかだけどな」
「抜いてくれるの?」
「いや、突っ込む。セックスっつってんだろ」
「…男同士って、リスク高いみたいだよ。女同士と違って」
「らしいな。気を付けねーとな。…ま、割と調べてあるから任せろ。あんま負担はかけねーよ」
「…」

半眼になって、ため息を吐く。
セックスとか、想像するだけで面倒臭そう。
時々クロに抜いてもらう時とかあるけど、それだって面倒なのに、その先にいかなくちゃいけないらしい。
アナルセックスとか、普通に無理だと思う。
…。
まあ…クロがしたいなら、付き合うけど。

「忘れんなよ?」
「…うん」
「…オイ。何だその死ぬほどメンドクセーって顔は」
「だってめんどくさい。けど、クロがしたいなら付き合うよ」
「んじゃ、付き合え」
「分かったって」

帰り道の、そんな約束。
"次の休みに遊びに行こう。ちょっと遠くまで"。
そんな感じだった。
二週間なんて、まだまだ先だと思ってたのに…。

 

…気付いたら、今日だし。
まあ、当然か。
時間はずっと昔から止まらない。
はあ…と溜息を吐いていると、戻ってきたクロがイスにタオルをかけて、片膝ベッドに乗り上げてから、俯せに寝転がっていたおれを片手でひっくり返した。
部屋の照明がクロの肩の向こうにあって、眩しくて目を細める。
その間に上から伸びてきた右手が、ざっくりおれの髪を撫でて整えた。
その腕を辿るように、一度下から首のとこをぎゅっとすると、ぶらりと背中が少し浮いた。
クロも、片腕でおれの背を一度抱いて、額にキスした。

「無理はしねーから。ダメだったらダメで」
「…。本当にそう思ってる?」
「いんや。あんま思ってねえ」

流れるように、クロが早速自分の言ったこと否定する。
…うん。
何かそんな気がする…。
背中を支える腕が緩んだから、おれも手を離して、またベッドに横たわった。
じっとクロを見上げる。
何かもっと、いつもみたいににやにやしてるかと思ったらそうでもない。
…楽しそうな顔してないと思うんだけど、楽しいのかな。

「…。何だよ?」
「下から見ると、クロっていつもより大きく見えるよね」

おれが言うと、クロはようやく少し微笑して肩を竦めた。
転がってるおれを跨いで、腿の上くらいに一度乗り上げると、シャツの裾を指先で引っ張る。

「ウチ親、今日帰ってくんの遅ェらしいから」
「ふーん。よかったね」
「まーな。つーか泊まりで二人してベッド使ってたことなんざザラにあるし、明日同じベッドで寝ててそこ目撃されたとしても、そこまで驚かれねーだろ。…ほらよ、バンザーイ」
「んー…」

おれの方が先に風呂入ってて、パジャマ代わりに着ていたティシャツの裾をたくし上げられて、言われた通り少し腕を上げると、クロがシャツを脱がせた。
上半身が裸になると、一気に寒くなる。
…ああもう。
なんかもう既にめんどくさい。
このまま布団かぶって寝たい。
されるがままにベッドに沈んでいるおれの左の脇腹に、クロがぴたりと手のひらを添える。
クロの手のところだけ熱い。

「つーか、細。ウエスト何センチだよ」
「今更何言ってんの? 部室で着替えるし。…ていうかさむい」
「はいはい。すぐ熱くなっから。…つーか、抜く時と途中まで流れ大して変わんねーしな」
「じゃあ、上脱がなくてもいいんじゃないの?」

やる気無く告げる。
少し離れた場所に捨てられたシャツに手を伸ばそうとすると、その手首を取って持ち上げられた。
捕まった手の指先に、クロがキスする。

「いーじゃん。見せろよ、裸くらい。減るもんじゃねーし」
「だから、いつも部――…え、わっ!」

足下に押し退けていた掛け布団を片手で取りながら、それをまとってがばっとクロがおれに抱きついてくる。
咄嗟に逃げだそうとしたけど片腕に捕まって、視界が暗くなった。
布団の中に引っ張り込まれそうになり、何とか水中から飛び出すみたいに、ぷはっ…!と一度肩まで脱出する。
片手をシーツに置いて伸ばして、半身を起こす。
おれの腰を片腕で抱いてるクロを振り返って、その腕に片手を添えて下に押し返してみる。

「ちょ…なに。やだ。クロ重……ぶっ」
「こーら。暴れんなー。黙って捕まえられろーい」
「携帯落ちる」
「置け」

せっかく頭出しても、またすぐ布団に引きずり込もうとする。
おれが暴れてクロが抱き押さえて、携帯がベッドから落ちそうになって、慌てて伸ばした手は届かなくて、代わりにクロが落ちそうになっていたおれの携帯を掴んでベッドヘッドの棚に置いた。
そんな感じで、頭までかぶった布団の中で、暫くぎゃあぎゃあ騒いでた。

 

がんばって先延ばしにしてみようと抵抗してみたけど、結局、下着の中に片手を入れられてしまえば、諦めもつく。
じっと身を小さくして、言われたとおり大人しくしている。

「…ん」
「おいコラ。腕に爪立てんな」

クロの大きい手が、下半身を緩く扱く。
結局、布団の中で落ち着いて、同じ方向向いて背中から抱き締められた。
クロの片腕は下だけど、もう片方はさっきから胸元を撫でられてぞわぞわする。
しかも、足は動けないように押さえ込まれてるし。
…逃げないのに。
注意されて、いつの間にかぎゅっと爪立てて握っていたクロの腕から両手をそっと離す。
両手をそっと合わせるように添えて、口の近くに置いた。
体を縮めて丸くなる。

「だって…。ぞわぞわする…」
「ぞわぞわじゃなくて、気持ちイイんだろ?」
「ああ…うん。たぶん、気持ちいい…」
「たぶんかよ。しっかり勃ってんだろーが」
「…ぁ」

硬くなったおれのを、根本から先まで一度ゆっくり擦り上げる。
クロの手は広いから、おれのなんて片手で全部握れる。
でも、まだ完全に勃ってはなさそう。
じわじわ顔が熱くなってきた。
体が汗でぺたぺたしてくる。
それでなくても、密着しているクロは風呂あがりだし、水気も熱気もある。
ソープの匂いがする。
いい匂いで、少しうとうとしてくるけど、今寝るとたぶんクロ怒るし、それに実際は熱くてべたべたして眠れそうにもない。
始める前と後はいつも億劫だけど、最中は案外嫌いじゃない。
クロに触られること自体は好きだし、勿論、射精自体が嫌いなわけじゃない。
射精の事後処理と疲労感が面倒臭いだけで。

「んー…」

いつまでも撫でるだけみたいな動作に、ちょっと焦れる。
クロにやってもらうのは珍しいことじゃないし、実際、クロにやってもらう方が速く終わるし気持ちいいから短時間で終わるんだけど、時々わざとゆっくりにしかしない時もある。
長い間気持ちいいんだけど、じりじりして変な感じになる。

「…クロ。ねえ」
「んー?」
「もっと速く擦っていいよ」
「やだね。今日はゆっくりやんの」

首の後ろにクロが鼻先をつけて、遅れてその場所をじっとりと舌で舐めた。
ぞわぞわが強くなって、軽く後ろを見上げるように振り返る。

「…何で?」
「ハイスピードでやるとお前がヘバるから。お前も、なるべく出さねーように気を付けろよ?」
「何で? …出さないと終わらないじゃん」
「後ろも使うからに決まってんだろ」

言って、顎を取られると、そのまま微妙に開けていた口にキスされた。
酸素が奪われる。
…ああ、アナルね。
そうだ。アナルセックスするんだっけ。
ついついいつもの気になってしまう。
舌を少し引っ張られて、頭がぼやっとする。
…。
やばい、ねむい…。
クロの匂いが口の中に残る。
ずっと首回して後ろを向いているのは辛いけど、口を離して上がった息で、ぼんやりクロを見た。
おれの鼻先にキスして、クロがベッドヘッドに着いてる小さな引き出しに手を伸ばして、小さなチューブみたいなのを取り出した。
ハンドクリームみたいに、蓋を外して指先に透明なジェルが滴るのを、じっと見つめる。
…ローションってやつなのかな。
何か、おれが知ってるのとちょっと違うタイプだけど、そもそもおれの知識も怪しいもの。
いつか使わせてもらったオナホールも、クロの持ってるの以外見たことも検索したこともないし。
あんまり興味がないから、知らないことが多い。
…ていうかクロ、本気なんだって今更思う。
仰向けに体を返して、一連の動作を見上げる。

「…おれ、何したらいいの?」
「寝てりゃいいよ。いつもみてーにイイとか悪ィとかやだとか痛ェだとか、クロ超カッケーとかだけ言っとけ」
「言ってないけど」
「だがその前に」
「…?」

右手の指に乗せたジェルを混ぜるように指先で擦り合わせながら、クロが不意におれを見下ろす。
何も着ていないおれの胸元中央に、ぴとっとそのねぱねぱした人差し指を置いた。

「ハジメテだよな?」
「何が?」
「セックス」

示された指が動いて、左の乳首をぐりぐりされる。
…くすぐったい。

「女子としたかってこと? してないよ」
「男は?」
「あるわけないじゃん…。それ必要?」

あんまり下らないこと言うから、さすがに呆れる。
今の質問いらないと思う。
ちょっとむっとした。

「クロ、おれが浮気してると思ってる」
「違ぇよ。浮気は疑ってねぇけど、過去歴あるか確認」
「その質問、何か意味あんの? 過去歴あったらどうなの?」
「こっから先のお前優先な優しさの割合が決まるな。割合減って俺優先開始になる可能性もあった」
「痛くしたら止めるよ?」
「安心しろ。いい答えだったから変動してねーよ。…ほら、足開け」
「ん…」

言われた通り、パンツと下着を蹴るように脱ぎ、布団の中で足を少し引き寄せると、膝を浮かせて左右に開く。
やりかたとか何となく解るし、クロ相手なら別にいいやって思ってたけど、実際やってみると結構恥ずかしいかもしれない。
手で出してもらったり口でしてもらったりとかは恥ずかしさのジャンルが違う。
足の間。いつも触ってくれる前の更に奥を探るように、クロの手が入り込んで、中指がその場所に触れる。
意図せず、ぴくっと眉が寄ったのが自分で分かった。
ローションのせいか、冷たくてぬめっとした。
…いつもは触られない場所をぐにぐにされるの、変な感じ。

「…」
「かーわい」

微妙な顔をしているおれを、クロがにやにや笑って見下ろす。
半眼で、ちょっと睨んだけど、その前にクロが顔を寄せて髪にキスしてくる。
少し触れたクロの髪が、かなり湿っていた。
つめたい。

「…髪、濡れてるよ」
「風呂上がりだからな」
「ドライヤーしなよ」
「めんど」

だから寝癖つくんだよ…。
頬を擦り寄せて、猫みたいに甘えてくるクロの頭の後ろに、おれも片手を添えて髪を撫で返す。
湿っているクロの髪に手を入れたから、手がしっとりした。
障害物が何もない体を、顔とか首とか胸とか肩とか、何度もキスしたりするクロは、何だか落ち着かなくてそわそわしてる気がする。
よしよしって、首の後ろを撫でてあげる。
…ちょっとは落ち着くかな。
そんなことを考えていると、ぐに…と異物が体内に侵入したのが分かった。

「…う、ぁ…。指…」
「おう。やっぱ一本は何とかなるな。…気持ちいいか?」
「全然。…なんか、気持ち悪い」
「いや、気遣っとこーぜそこは」

笑いながらクロが顔を寄せてくるから、あ…と口を開いてキスをする。
舌を合わせて絡ませて、与えられる唾液をこくりと飲んだ。

「…止めるか?」
「ううん。もう始めちゃったし」

顔の横に着かれているクロの片手に額を寄せて、擦り寄る。
もう始めちゃったし、先っぽとか濡れてるし。
体ももう汗とかでぺたぺたしてるし。
こっから先は片付ける手間とかどうせ同じだから、寧ろ続けて欲しい。
そっか…と呟いて、今まで入っていた指が一度抜けた。
いつも指なんか入れない場所だから、今さっきまで入っていた指が抜けたせいで、きゅっと入口が締まったのが分かった。
おれとクロの体の間にある空洞を見下ろすように、ちらりと布団の中を一瞥する。

「もう挿れるの?」
「そう簡単に入るか。次は指二本な」
「うん。…」
「気持ち良くねーんなら、自分でシコってていいぞ」

冷静すぎたかもしれない。
クロがそう言って、ローションで濡れた手で、おれの手を掴むと勃ってる下半身に導いた。
自分で扱けってことらしい。
でも、あんまり射精するなって言われたし、第一、おれヘタだし。
自分のツボが、今でも自分でよく分かってない。
一人でやったって、なかなかイけないし疲れるだけだから、本当に滅多にやらない。
眠れなくなるくらい溜まったらクロにお願いするくらい。
自分でやったってもやもやして効率悪い。

「…うーん」
「初っ端じゃ、よっぽど才能ない限りはケツで気持ち良くとかムズいらしいから。好きにしてていいぞ。あんまヘバらない程度に」
「でも…今クロいるから、できれば、前もクロにやってほしい。クロに触ってもらう方が気持ちいいし」
「…。よく言った」
「…? っわ…!」
「んじゃー、横向き!」

お願いしたつもりだったけど、おれの言葉にクロは少し固まった…ように見えたのは一瞬で、突然動き出したと思ったら、最初みたいにまたがばっとおれに抱きついてきて、自分もごろんとベッドに横たわった。
ベッドが軋む。
身長が違うから、本気で抱きつかれると腕に沈む。
横向きになったクロが、おれを腕の中に閉じ込めるみたいにしてぎゅうと抱き締めた。

「急に抱きつかないで。びっくりする…か、っ」

批難しようと思ったのに、横向きになって添い寝した途端、ぎゅっとクロがおれのものを握った。
同時に、片足がおれの両足の間に入って、閉じられなくする。
長い腕に押さえられながら、何度か扱かれる。
ある程度勃っていてとくとく脈打っていたおれのは、それでもクロの手の大きさと比べると丁度いいか、ちょっと小さい。
人差し指で先っぽをぐりぐりされたりされると、くすぐったくて気持ちいい。
ぴくっと肩を上げて、右手の人差し指の背を、軽く歯で噛んで耐える。

「ん…、っ…ぁ…」
「お前、先っぽ好きだもんな」
「は…。う、ん…。すき、でも……っ!」

話している途中なのに、アナルにまた異物感を感じて息を詰めた。
指がまた入ってくる。
内側から、ぐにぐにと内壁を押し広げて、準備を始める。
…気持ち悪い。
気持ち悪い感覚だけど、クロが前を気持ち良くしてくれるから、快感の方が増してる。
おれのツボを押さえてるクロは、たぶん手加減しているんだと思うんだけど、それでもやっぱり的確に快感を与えてくれるから、すぐに完勃ちしてしまう。
とろりと先走りが溢れた感覚がして、クロの指が濡れる。
そろそろ我慢もつら――…

「っ…!?」
「お」

ビクッ…!と不意に横たわった体が攣った。
反応した体に送れて、脳内を疑問符が埋め尽くす。
…。
…何、今の。
体に走った反応がよく分からなくて固まっているおれの腿を、少し溢れてた先走りで濡れた手で、クロが撫でる。

「当たったか?」
「…? なにが?」
「今の。前立腺ってやつらしーぜ。野郎同士で気持ち良くなれるとこ」
「…あ、おれ…今、気持ち良かったんだ?」
「おいおーい」

クロが耳にキスしながら、また手を動かし始める。
腿を撫でていた手はまた前に戻って、後ろの指もぐにぐにとさっき気持ち良かった場所の周辺に当ててくるようになった。
ぴちゃぴちゃと聴覚を犯されて、体から力が抜けていく。

「…ん、…ゃ…熱…」

体はもうすっかり熱かった。
クロにあちこち触られて、もうそれだけで限界。

「はぁ…。…ねえ、クロ」
「んー?」
「もうむり…。出したいから、早くして…」
「何だよ。あっけなさ過ぎだろ。この後フェラしてやろーと思ってたのに」
「そんなのい――っ!」
「ん。あった…。ココだろ、さっきの」
「っ…!?」

自分でもびっくりするくらい肩が跳ねた。
反射的に足を閉じるけど、クロの手が邪魔で無理。
今度は、はっきり自分で"気持ちいい"のが分かった。
でも、それは気持ち良すぎてただ跳ねるくらいしかできない。
メーター振り切る感じ。
スパークする。
今まで感じてた快感とは、また全然違う別の切り口の快感。
慌てて両手を下肢に伸ばして、足の間にあるクロの手首に指をかける。
指を抜いてもらおうと下にひっぱってみるけど、クロの手はぴくりともしない。
根本まで入った指先が、こりこりと何か硬いところに触れる度、電気が走ったみたいになる。
体を小さくして、びくびくと快感に身を縮こませた。
指先でクロの手首を引っ掻く。

「ゃ、ちょ…。待って、やだ、そ…っ」
「へぇ…。やっぱ腹の方にあるのか。…そんなに違ェの?」
「…っ! く、クロ…。やめ、やめてそこ…変、な……ッ!!」
「お…?」

ビクッ…と体が震えて、あっさりクロの手に射精してしまった。
少し自分の手にもかかった気がする。
精液が出る感覚と同時に、一気に体力を失って、もうどうでもよくなる。
…つかれた。
くたりと枕に沈むおれの後ろで、クロが笑う。
体育で、百メートル走したみたい…。

「は…、ん…。はあ…ぁー……」
「おう、どうしたー? 早いな。そんなに良かったか?」
「…うん。…よかった……」
「我慢できなかった?」

さっきのポイントには当ててこないけど、ぐにぐにと腸内で遊ぶように指を折って動かしながら、腕におれを抱いてクロ。

「…がまんできなかった」
「そ? そりゃよかった」

顎で髪を梳くみたいに、頭を擦り寄せてくる。
たぶん、両手が汚れてるから。
精液付いた手で髪触られるのとか、あんまり好きじゃない。
…布団からそっと自分の両手を取り出すと、案の定、少し付いてた。
左手の親指のとこと人差し指に、少し。
肩越しに少し背後を見て、左手を後ろに上げる。

「…ついたから舐めて」
「んー」

ぱくっとクロが精液かかってるところに口付けた。
キスするようにして、舌を出して舐めてきれいにしてくれる。
最初、目の前で精液舐められた時、人生で二番目くらいにびっくりした。
おれの手を舐めながら、またアナルに入れたままの指をぐにぐにされる。
出したり入れたり、相変わらず変な感じ。
さっきの気持ち良すぎる場所をまた触って欲しいって思うのと、触って欲しくないって思うのが半分ずつある。
くちゅくちゅと音がする。
…おれの手がきれいになると、今度はクロが前を弄っていた方の手を、見ろとばかりにおれの前に出した。
白くてぬとぬとしてる。
粘度の薄めの液体ボンドみたい。

「…シーツ、ごめん。汚れたかも」
「いーって。…つかドロドロ。濃過ぎだろ。お前、ちゃんとやってるか?」
「やってない」
「病気になるぞ。マジで」
「だって、自分じゃうまくできない…。クロじゃないと」
「滅多にやらしてくんねーくせに」
「そう? …抜くだけなら結構やってると思う」
「お前の月平均がオカシイ」

応えてから、あんまり汚れてない指先のところを、目を伏せて口に含む。
第二関節くらいがせいぜいだけど、咥えて、しゃぶって、一度口から出してキスするみたいに舐める。
射精してすごく疲れてるけど、手のひらの真ん中のべたべたしているところは避けるとして、指フェラくらいならお返しできる。
あんまりうまくないけど。
中指をぺろぺろ舐めていると、不意にクロが口内に入ってる指先で、く…と上の歯を下から押した。
あ、と口が開く。

「…?」
「…かーわい」
「…」

に…とクロが笑う。
見慣れた笑顔のはずなのに、何か怖い。
…目が、ぎらぎらしてる。
クロも汗かいてて、熱気を持っていた。
部活の時の熱気とは、また違った感じ。
あぐっと小さく指を噛んでみた。
不意に、始める前の質問を思い出して、噛んだ指から歯を浮かせる。

「…クロは、セックス初めてじゃない?」
「ですよー」
「…。怒るとこ?」
「ははっ。そーかもな。怒るか?」
「別に。クロの自由だし」
「寧ろ怒れ」

アナルから指が抜ける。
動けるようになって、体の向きをクロの方に変えた途端に、腰を引き寄せられて腕の中に入る。
…クロの、触ってあげようかな。
勃ってそうだし、おれ、一回イったし。
ぼんやりそんなことを思って手を伸ばしてみたけど、触れる前にまるで止めるように手を掴まれた。
布団の中で何となく指先を弄られながら、顎を上げて、目を伏せておれの髪にキスしてるクロを見上げる。

「…。女子?」
「女子」
「何人?」
「んー…。三人?」
「へー。何回?」
「さあなァ」
「可愛い子だった?」

考え為しに何気なく言った途端、棘になって胸に刺さってきた。
…"可愛い"、なんて。
男のおれが、どうやったって適うものじゃないこと、分かり切ってる。
法律では、婚姻しない限り恋愛は自由だ。
体の関係だって自由。
そこに両者の同意があれば何の問題もないから、クロが誰かとセックスしててもおれに止める権利はない。
クロが他の女子とそういう関係を持ってるんだろうなっていうのは、何となく日常の中で想像が付いていた。
女子と廊下の窓際で立って話しているのも、何度か見かけたことがある。
だから、あんまりショックでもないはずだし、おれがそう感じるのもおかしな話なのに、遅れて胸が痛くなる。

「んー…そうだなァ…。レベルは高かったと思うな、ぶっちゃけ。他校だったりもしたし」
「…」

クロの胸に額を添えて、ちょっと擦り寄る。
くっつけた額が、互いの汗でぺたりとした。

「…俺がヤった奴はさー、大体細くてよー」

布団の中で、するりとクロの手が下から上へ、おれの脇腹を撫でる。
ぴくっとしたけど、そのまま上へ上ってきた手は、おれの髪を梳いた。
指は精液で濡れてはなかったけど、おれの髪をすこしべたつかせる。

「髪が、これっくらいの長さの…。流石に金髪はいなかったが、明るい髪色の方がよくてー、女子にしてはまあまあ背が高めの奴で…。なるべく胸はねー方が良かったね」
「…」
「いつだってお前を抱いてる気になってたよ?」

指先で顎を持ち上げられ、密着した体で真上を見上げるようにクロを見る。
悪戯っぽく笑う顔に、ぎらつく眼。
けど、目元は優しい。
おれのこと、ほんとうに好きなのが、すごく分かる。
嬉しいけど、時々、クロの悪趣味が心配。
おれなんかのどこがいいんだろう。
…。
嬉しいけど。

「…」

珍しくクロの目が見られなくて、視線を下げてクロの喉を見る。
場しのぎに右手人差し指の爪でその喉をカリカリと掻いてみてる間、クロは黙って見守ってた。
…まあ、いいんだけど。
喜ぶとこなんだと思うんだけど。
人としてどーなんだろう、それ…とかってのも、思う。

「…クロさいてー」
「うぃー。自覚してまーす」

また胸に飛び込むように額をくっつけて抱きつきながら言うと、クロは鼻で笑って抱き留めてくれた。
そのまま暫くぴっとりしてた。

 

 

 

「っ…、はぁっ……ぁ」
「…ヨくなってきたか?」

少し駆け足でクロがおれのものを擦る。
さっき出したばかりなのに、弄られるとまたすぐ硬さを取り戻した…けど、そのくせイきそうになるとぎゅっと先を親指の腹で押さえられて手を止めて、射精できなくする。
前が気持ちいい状態で保たれると、慣らされている後ろの方も、何かそんな気になってくる。
一度思いこむと人間なんて簡単なものだから、出し入れされるのも、中をぐりぐりされるのも気持ちいい気がしてくる。
滑りがあるせいか、変な感じはするけど、指が増えるくらいなら思ったより痛くない。

「…しつこすぎ?」

しつこすぎ。
でも、口を開くとひゅうひゅうという呼吸と甘めの声しか出ないから、涙目でこくこく必死に頷く。
クロの手から逃げたくて身を小さくするけど、勿論逃げられるわけもないし、嫌なわけでもない。
体中、熱くて溶けそう。
指を抜き差しされる度、前をぐちゃぐちゃ弄られる度、その場所場所が全部火傷みたいに熱を持つ。
今まで体触られたことは何度もあるけど、表面とか外側だけじゃなく体内触られるって…なんかすごい。
裏技っぽい。

「ん、く…クロ……っや、それ…。そこ、へん…な…ァ」
「…目が終わってんなー」
「はぁ…、ぁ…。ぁ…っもち…」
「お。気持ちーか?」

急に声のトーンを下げて、クロがおれの前髪を指先で梳いた。
…汗で髪が張り付いてて、すんなり左右に分かれてくれない。

「とろーんてしてんよ。…眠ぃか?」
「…く、な…っ、ふぁっ…ァ、待っ…ゃ」
「…。なぁ、挿れてい?」

ぼそ…と低くて小さい声で、クロが囁く。
声の後に、はぁ…と熱い息が肩にかかった。
ちょっとびっくりする。
いつもおれの抜くときとか、余裕だから。
余裕ないクロとか、初めて見る。
…てゆーか、気持ち良すぎて今ちょっと存在忘れてた。

「悪ぃ…。もっと時間かけるつもりだったが、マジでちょっとキツくなってきたわ。…"いい"って言っとけ。じゃねーと無理矢理ねじ込みそーだ」
「…。すまたじゃだめ?」
「やだ」

真顔でやだとか言った…。
首のところに、縋り付くように何度もクロがキスする。
おねだりしてるみたい。

「…」
「…な?」

同意を求める声。
不意に、昔、とびきりの内緒事を囁く時のクロを思い出した。
友達がたくさんいるのに、自分の秘密の宝物とか、秘密基地とか…いつもおれに教えてくれてた。
内緒のことを共有する時、"…な?"って最後に必ず言ってた。
尚のこと、とろんとする。
…クロすき。
最初に会った時から、ずっと時間が経っている。
どうせ、どこかでこの年上の友達との関係は終わるだろうなと思ってた。
クロが中学上がった時とか、クロが高校行った時とか。
そろそろ、おれ、ほっとかれるかなって、いつも思ってた。
距離取った方がいいかなって思ってそうしたりすると、いつも追いかけてきて捕まえてくれる。
今も一緒にいられて、すごく嬉しい。
クロもそうだとして、その延長線でクロがおれを欲しいのだとしたら、おれをあげるくらい、何でもない。
目を伏せて、クロの肩に手を伸ばして、自分から少し背を浮かせてキスを強請った。

「…ん、いいよ」

静かなおれの返事に、クロがおれの両手を取りながらキスをしてくれる。
ふわふわ。
口とか舌、熱い。
上がった息で視線を少し上げたけど…いつもと違って、恥ずかしくて、ちょっと目が見られない…かも。
顎を引いて上げた目線を下げた。
クロの喉を、何となく見る。

「好きだ。研磨」
「…、うん…。おれも」
「好き過ぎてマジでもーどーにかなりそー」
「…付き合ってセックスしようとしてる時点で、男同士にしてはどーにかしちゃった方だと思うよ…」
「…。お前、」

クロの声が降る。
上から。

「今日のこと、一生覚えてろよ?」
「…?」
「俺がお前の一人目だからな」
「…」

一本指立てて、指先でちょんとおれの鼻を突く。
ふざけてるみたいなのに、強迫じみた強い声。
…ばかみたい。
そんな心配してる。
視線を上げて、真っ直ぐクロを見て告げた。
なんか恐いけど、可愛い顔してる。

「…二人目なんてつくらないよ、おれ。…クロじゃないもん」
「ははっ、確かにー」

おれの言葉ににんまり笑い、大きな手がぐしゃぐしゃと汗ばんだおれの髪を雑に撫でた。
首を縮めて軽く振り、その手を避けようとするけど無理で。
おれの髪がぼさぼさになった頃、クロがベッドヘッドの小さな引き出しからゴムの袋を取り上げた。
準備してる間、ちらりとクロのものを見ちゃって、見なきゃよかったと後悔する。
おれはそんなにクロの体触ってないけど、それでも勃ってくれてるならそれはたぶん嬉しいことなんだと思うんだけど…。

「…。ていうか入らないと思う…」
「いや。挿れる。意地と根性で」
「…!」

言ってる傍から、ぴとっとクロのものがおれのアナルに添えられた。
突然顔が熱くなる。
指なんかより何百倍もリアルで…なんかすごい。
怖くて、クロの腕に指をかける。

「…」
「下は見なくていい」
「ぁ、うん…」

硬直していると、クロがそう告げた。
顎を引いて、きゅっと目を閉じる。
注射の時みたいに、身構える。
閉じた瞼の上に、ちゅっとクロがキスをした。

「取り敢えず挿れるだけな。今日のノルマ。一応解したつもりだけど、半分いけば上々」
「うん…」
「怖ェ?」
「…、ううん」
「何で?」
「クロだから」
「ですよねー。んじゃー、目ェ開けてみましょーかー」
「…」

閉じたままはいやなんだ…。
不思議に思いながらも目を開けて、じっと真上のクロを見る。
クロは満足そうににんまり笑った。

 

 

 

結局――。
クロは本当に色々調べていたみたいで、勃ってるクロのを挿れても思ったよりも痛くなかった。
息吸ったり吐いたりを繰り返して、深呼吸する時の筋肉の動きで少しずつ進ませる感じ。
…こんなにゆったりでいいのかな。
初めてのセックスは、イメージしていたのと随分違ってた。
いつも抜いてもらう時とか少し前の方が、ずっと運動量ある気がする。

「…。なん か…。セックス…っぽく……ない、ね」

シーツに仰向けになって、熱い息でぽつりと呟く。
吐く呼吸は、全部が全部、はあ…と熱く重くなる。
全身が汗でべたべた。
いつだったか、クロに無理矢理サウナに五分間入れられた時と同じくらい汗がでてる。
…ていうか、繋がってるのが分かる。
じっとしてると、お腹の中でどくんどくんと鳴っているクロの脈が分かるくらい。
呼吸は苦しいし圧迫感はあるけど…結構余裕かもしれない。

「もっと、激しいかと…思ってた…。この間、見た…AV、みたいなの…とか…」
「ああ…。盛ってるからな、あーゆーのは。女が積極的だったし」
「…。おれ、上に乗る?」
「止めろ…。そーゆーこと言うな。プッツンくるから」

この間見たAVが騎乗位だったからマネしようかと思ったけど…。
おれの折った片腿に手を添えて、クロが低い声で言う。
顔が真面目くさい。
楽しいのかどうか、心配になってくる。

「…相変わらず、体は柔らかいな。…筋肉ねーから、滑る」
「ん…」
「ぷにぷにー」
「っ、ぁ…」

折り返している俺の腿をゆっくり下から膝の方まで撫であげて、クロがおれの胸にキスする。
ぴくっと全身が痺れた。
いやじゃないけど、男の胸とか…何が楽しいんだろ。
…。

「…クロ、たのしい?」
「んー。…楽しいっつーか、すげー浮かれてる。…つか理性がヤバイ。ちょっと話しかけんな」
「…。狼にはならないの?」
「…」

首のとこにキスしてくるクロに、顎を上げながら聞いてみる。
一瞬、クロが苛っとしたのが気配で分かった。
…何で怒るんだろ。
黙ってた方が好きなのかな。
圧迫感に体内を馴染ませながら黙っていると、数秒後、クロが聞いてくる。

「なっていいのか?」
「…ん?」
「狼」
「ああ…。うん…。クロのすきで、いい…よ」
「…」
「せっかく、やるんだし…。クロが楽しいなら…おれも、嬉しいし…」

元々、クロがしたいっていうから付き合って始めたことだし。
おれはクロと一緒にいられればそれでいい。
キスで濡らされて、ちょっと痒くなった場所を気にしながら応える。
また妙な間が少しあって、ぺろっとクロがおれの頬を舐めた。

「…狼になるのは、次に取っておくわ」
「そーなの?」
「おう。お前が痛ェのとか、俺もヤだしな」
「ふーん…。…」
「何?」
「なんか…むづかしいね」
「…? 何が。ヤんのが?」
「うん。…自分と相手のこと、うまく折り合いつけて考えなきゃいけないんだね」
「ああ…。本命はな。確かにその辺メンドイな。相手気持ち良くねーと話になんねーし」
「クロ、気持ちいい…?」
「すげーいい。…お前もだろ?」

おれもだよって言う前に、確信めいた目でクロが言った。
舐められた頬が熱い。
実際、熱いけどすごく気持ちよくて、目を伏せてクロにしがみつく。

「…。あのさ、クロ」
「んー?」
「すき」
「んー。おーれーもー」
「うん。…こーゆー時って、そういうの言った方がいいんでしょ?」
「そりゃ、言われて悪いこたァねーよな」
「…ん」

ぎゅっとして、密着していた体を少し離して、深くキスをする。
けど、皮膚が離れているのが寂しくて、キスしたまま、またクロを抱き締めた。
クロの腕の中が一番好き。
狭くて落ち着く。
クロの両手両足の間にいるのが好き。
…暫くぎゅっとしてて、クロがおれの頭を撫でる。

「これでガチもんのネコだなー、研磨」
「…? なにが?」
「野郎同士で突っ込まれる方を"ネコ"っていうらしーぜ?」
「ふーん…。なんでだろ」
「さァ? "寝子"なんじゃね?」
「…ていうか、おれって猫っぽいの?」
「いやいやいや。自覚ねーとか…」

いつもは長いおれの前髪を左右に分けながらクロが苦笑する。
…ねこ。
あんまり褒められている気がしないんだけど、褒めてるのかな。
…でもまあ、クロが笑ってるからどうでもいいや。

「…にゃー」
「よしよし」

鳴いてみると頭を撫でられたから、目を伏せて顎を引く。
ちょっと嬉しい。

「つーわけで、授業を続けます」
「ああ、うん…」
「取り敢えず、やっぱ全部は挿んねーんで、今日は突っ込んだまま扱く。前でイってみましょーか」
「え…。まだ全部入ってないの? …結構おなかいっぱいだけど」
「全っ然。ここで止まれる俺が紳士過ぎて惚れ惚れするわ。泣けてくるね」
「クロの大きいもんね。…もっと小さいと楽なのに」

呟くと、むにゅっとクロが俺の左頬を軽く引っ張った。
痛くはないけど、嬉しくはない。
むにむに数回引っ張った指を離して、クロがにやりと笑う。

「俺のが挿ってれば気持ち良くなるよう、パブロフのわんこ目指して特訓開始」
「…えー」
「なんのかんの続ければ余裕だって。人間なんてそんなもんだぜ? アナルも慣れさせねーと広がんねーし、結局回数だろ」
「そーかもしれないけど…」
「嫌か? 一応挿れたし、無理はさせたくねーから、嫌なら止めて俺便所行くけど?」
「…」

それは、何か寂しい気がした。
確かにいつもはそうだけど…それって、なんかひどい気がする。
久し振りに自分がいじけているのが分かって、自分で珍しいなと思いつつも、クロの片腕に両手をかけて額を添える。

「…。やだ」
「やだ?」

にまにまクロが笑う。
…もういいよ。
乗ってあげるよ。
クロの手首に額をぐりぐり押しつける。

「うん…。やだ」
「何がやだ?」
「クロがどっか行くの。…特訓していいよ」
「そ?」
「うん。…え? だって、挿れたままってだけで、前触ってくれるんでしょ?」

シーツに垂れる髪の間から、肩ごしにちらりと上にいるクロを見上げる。
少し距離があったけど、浮いていた体を寄せて、クロが耳にキスした。
同時に、片手で俺の、また少し勃ってたモノを握る。
もうそれだけで、ぞくっとして、また硬くなった。

「溜まってるモン全部出すまで終わさねーかんな?」
「…おばさん帰って来ちゃうから、それは無理だと思う、よ…っ」

クロが手を動かして、ぞくぞくに負けて肩を上げて縮こまる。
それでも、いつもと違う圧迫感がずっとあるし、クロの脈を体内で感じる。
それだけで、随分違う気がした。
中、少し濡れてきた気もするし。
少しずつ、押し広げられて腸壁を擦られるアナルも、気持ちいい気がしてくる。
…。
思うんだけど…。
ただでさえ自慰行為が面倒臭くて少ないのに、これでクロに挿れられて擦られないと気持ち良くなれなかったらどうしよう…。
ちょっと不安に思ったけど、ひとまず今はいいや。
考えるのやめよう。
クロが触ってくれるの、すごく気持ちいいから…今はそれ感じるのだけでいいや。


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翌日は学校を休んだ。
微熱が出たから。
どうせ試験期間で午前中で授業終わりだし、いいやってなって、クロの家にそのままいて、おばさんに冷えピタ貼ってもらってクロんちの留守番をしてた。

「おーっす。体調どうだ、研磨」
「うん。平気」

昼を少し過ぎて、クロが帰ってくる。
ただ単に熱が出ただけだから、咳とかは出ない。
…けど、喉がいがいが。
クロのベッドで丸くなって、大人しくアプリをしていた。
アナルがまだ変な感じだけど、取り敢えずたくさん眠れてよかった。
ベッドの横を通りながら、クロがおれの頭に軽く片手を乗せる。
荷物を机の上に置いて着替えを始めるから、携帯のディスプレイに視線を戻す。
…昨日、SPS持ってくるんだった。

「熱下がったか?」
「うん。さっき測ったら戻ってた」
「そんな激しくなかっただろーが。めっちゃ手加減しただろー。中出ししなかったし。微熱とはいえ、どーして熱出すかね?」
「しらない」
「やっぱ、負担になんのかねえ?」
「そーなんじゃない? 元々セックスで使う場所じゃないし」
「そっか。…まぁ、そうだよな。悪ィ」
「…? 何で。別に。おれもクロとやれてよかったし、どうせいつかやらなきゃいけなかったし。クロにぎゅってされるの、好きだし。…いやじゃなかったよ。面倒臭いけど。クロに触られると、気持ちいいから」
「…」

着替えの音が、一度止んだ気がした。
けど、一呼吸置いてハンガーの揺れる音が再開する。

「メシは?」
「まだ。クロ来たら作ってもらえって、おばさん言ってた」
「おー。お前そのまま寝てろ。持って来てやるから」

画面タップを繰り返していると、ふと手元が陰る。
制服シャツを脱いだクロが、ティシャツとスラックスの部屋着姿でベッドのすぐ傍に滑り込むようにやってきて座る。
片腕をおれのいるベッドにかけ、見ている目の前で自分の携帯をぱかりと開く。
クロのスケジュール。
…。
何言い出すか想像が付いて、半眼でクロを見る。
にやにや、上機嫌のクロ。

「…で、次いつにする?」
「…」
「何だよ、その顔。きもちーんだろ? もっと慣らして気持ち良くしてやるよ」

片手を伸ばし、クロがおれの頬をむにっとつねる。
…やっぱりちょっとめんど。
黙っていると、クロが開いたままの携帯をおれの前のシーツにぽんと置いた。
腰を浮かせて立ち上がり際、顔を寄せると今自分で抓ったおれの頬をぺろりと舐めて、むにっと片手で頬を挟むように顎を取られ、顔を顰めた俺の口に音を立ててキスする。
くすぐったさに目を伏せて背を丸めた。

「決めとけよ?」
「…勉強しなよ、受験生」
「やってますぅー」

おれの言葉を鼻で笑い、クロが部屋を出て行く。
仕方なく、クロの携帯を片手で取ってシーツに置くと、全開だった画面を折って見やすいように立てた。
画面を見るため、顎をシーツにぺそりと着けて、伸ばしていた足を引き寄せシーツの上で足だけ正座するみたいにして、布団に丸まる。
両手を軽くぐーにして、じっとディスプレイ上のカレンダーを見た。

…次はいつがいいかな。
めんどくさいけど、クロがかわいいから、またやってもいいかもしれない。
それに喜んでくれるみたいだし。
おれもそこまで嫌いじゃないかも。

クロみたいにちゃんとスケジュールとかしてないから、覚えてる予定を頭の中で思い出しながら、指先でぽちりと慣れない携帯の十字ボタンを押した。


 


 





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