「…ねえ」

合宿中。
森然高校の体育館での練習が終わって、やる気がある人は今から自主練でそれぞれ移動…ってところで、目の前を横切ったリエーフのウエアを、きゅ…と指先で握る。
すぐに体育館出て行きそうだったリエーフが、ちょっとビックリした顔で足を止めた。
そわそわと落ち着きない。
目が泳いでる…けど、それには気付かない振りをして続ける。

「あ、な…何ですか? 研磨さん」
「翔陽は?」
「え?」

虚を突かれた顔で、リエーフが周りを見回す。
はた…と泳いでいた目が意外そうに瞬いた。
体育館、翔陽の姿はない。

「あれ? さっきいたけど…。もうどっか行っちゃったんスかね?」
「…」
「翔陽と何か約束でも?」
「…バボカ。合宿中に教えて対戦しようって言ってたけど、なんか忘れてそうだから」
「ばぼか? 何スか、ソレ」

リエーフが首を傾げる。
…対戦式カードゲーム。
口には出さずに、胸中でだけ答えておく。
リエーフ、RPGもあんまりやらないんじゃカードゲームとか知らないだろうし、言っても意味ない。
中途半端に興味を持たれて説明なんてことになったら面倒だし。
…それに、足止め時間としても、もう大丈夫そうだ。
夜久がずかずか歩いてくるのが、リエーフの向こうに見える。
ふい…と顔を背けて周りを見回す。

「…やっぱりいい」
「え…! 何っ、ばぼかって何スか!? 気になる!」
「リエーフ!お前何もたもたしてんだ。さっさと第二体育館行くぞ!」
「ゲェ…!夜久さん!?」

おれの方に手を伸ばしていたリエーフを、少し離れた場所から夜久が呼ぶ。
夜久に名指しされて、猫背を更にしょんぼりさせてとぼとぼリエーフは体育館を出て行った。
横目でそれを確認してから、正面を見る。
…うん。
なんか、逃げだそうとしてたように見えたし、足止めできて良しとする。
けど…。

「…」

駄目元だけど、もう一度体育館を見回す。
合同練習が終わって、もうみんなばらばらに動いている。
いる人もいれば、いない人もいる。
…。
カードゲーム…。
翔陽教えてっていうから、一通り持ってきたけど……やらないかもしれない。
寝る前とかに烏野の部屋に行けばいいのかもしれないけど、翔陽以外の人がたくさんいる部屋とか、やだ。

「研磨」

ぼんやり体育館の端に立っていると、クロが気付いて寄ってきた。
にやにやしながら俺の額に痛くないデコピンをひとつする。
鬱陶しくて、その腕をべしっと叩き落とした。

「どーした。珍しいじゃん、残ってんの。練習してくか?」
「やだ。しない。翔陽探してた」
「チビちゃん? さっき出てったぞ」

そう言って、クロが肩越しに体育館のドアを親指で示す。
…やっぱりもう出て行ったんだ。

「便所じゃねーの? ほっとけば戻って来るだろ」
「なんで?」
「昨日もここで俺らとスパイクとブロック練習してっから、チビちゃん。そりゃもー嬉しそうにボール追っかけてたから、今日も混ざるだろ、たぶん」
「ふーん…」

翔陽、クロたちと練習してたんだ…。
その二人だけとかだったらおれもほんの少しなら一緒にやってもいい気がするけど…。
そこで、ちらりとまた横目に体育館端を見る。

「うおっしゃああ!今日はトータルで黒尾に勝つぞー!」
「…勝ち負けとかありましたっけ、昨日」
「あんのよ、心の勝ち負けが。打つのも防ぐのも、俺のが上手いってとこ見せて凹ませたいわけ。チーム音駒でかかられると他の連中邪魔で黒尾と直接対決とかできねーじゃん。分かる?」
「いいえ全然」

少し離れた場所で、柔軟しながら大きな声で喋っている梟谷高校の主将と、あんまりやる気がなさそうに見えるセッターの副将が柔軟をしているのが見えた。
…クロと梟谷の主将は仲いいらしいのは知っているけど、おれはうるさいからあの人苦手。
柔軟してるし、きっとあの人達と一緒なんだ。
あと、また別の端の方でぽつんと立っている烏野の眼鏡の人。
あれも、ちょっとやだ……し、ソシャゲーでやりたいのとかあるから、自主練はやっぱりしたくない。
トイレだったら教室への帰りがてら寄れるし、やるかやらないか、やるとしたら何時頃ウチの教室に来るかどうかを聞くだけだから、待っているよりも動いちゃった方がいい。

「…じゃ、おれ部屋戻る」
「へいへーい」

スポドリ飲みながらひらひら手を振るクロに背を向け、体育館を出た。

…けど、結局トイレに行っても翔陽には会わなかった。
夕食も微妙にズレちゃったみたいで、食べ終わるまで会わなかったし。
だから、ごはん食べ終わった頃、携帯を持って部屋を出た。
翔陽がいない烏野の部屋に入る度胸はないけど、部屋の前でメールしてみて、翔陽が中にいれば入ろうと思って。
でも――。

 

 

 

「…タイミング悪かったね」
「なー」

人気のない夜の学校廊下。
階段を上がってすぐのところの端に膝を抱えて座るおれの横で、同じく座っているクロがどこか楽しそうに同意する。
…絶対タイミング悪かったとか、思ってない。
翔陽に会いに行こうと廊下を出て、けどその前に空き教室の確認をしようと階段を一つ上がった。
翔陽とバボカやるとして、やるんだったら烏野の人がいっぱいいる部屋になんかいたくないし、かといって俺たちの所に翔陽を連れてくると、絶対リエーフとか犬岡とか絡んでくる。
夏休みの教室とか、使いたい放題だし。
どこか空いているところで二人で遊ぼうと思ったのに、うっかりその人気のない廊下を歩く二人組を見かけてしまった。
烏野の主将と、副将だ。
名前知らないけど。
空き教室に入って行ったから、なんかどうしようって思って帰ろうとしたら、クロが階段を上がって来ていて、そのまま掴まって連行された。
クロも階段を上っていく二人組を見かけて、どうかしたのかと思ったらしい。
…どうしてみんなでこんな時間に出歩いているのかと思ったら、ついさっきまで主将と副将は会議があったみたいだ。

「まあ、半分はババ抜きという名の会議だったんだが」
「仕事しなよ」

寄りかかっている壁の向こうの教室を気にしながら、クロが言う。
なんでも、途中からトランプをやりだして収拾がつかなくなったっぽい。
ついさっきそのトランプ会議が解散になり、クロは部屋に戻ろうと廊下を歩いてた。
けど、今そこの教室にいる烏野の副将は先に帰ったはずなのに、なんでまた廊下を歩いているんだろうと気になったらしく着いてきてしまったらしい。
人気のない空き教室に移動して、わざわざ窓際で空を見たりして何か話している。
深刻そうかなと思ったらそうでもなくて、お互い時々笑うし。
…まあ、そういうことなのかもしれないし、違うのかもしれない。

「いやー。あの澤村がねー…。しかもタメの泣き黒子クンか。やるなあ…。エロいよな、チョイスが。何だっけ名前。菅原?」
「そういうのやめなよ。…ていうか、普通の相談とか気晴らしかもしれないじゃん。副部なんでしょ、あの人」
「んなワケねェだろ、あの空気じゃ。…にしてもこれ、夜久が知ったら泣くな。泣き黒子クンと仲いいし」
「泣かせないであげて」
「このまま楽しくお喋りで終了か? 小学生じゃねーんだから、ヤんねーのかね? せっかく人気ねえのに」
「やらないでしょ、普通は」
「そうか?」
「そうだよ」
「ふーん…。…けど、キスはするかもな」
「するんじゃない。それくらいなら。付き合ってるならね」
「あー。だよなー。…んじゃ、見届けてやるかね」
「…悪趣味」

ぼそぼそ小声で話していた会話が一段落して、場が静かになる。
一階違うだけで、人の気配が全然無い廊下は別世界だ。
耳が痛くなりそうな静けさの中で、時々教室の中から二人の細い声が聞こえてくる。
何話しているかは全然聞こえないから、楽しそうな雰囲気だけ。
時々軽く笑ってる。

「…」
「…」

沈黙。
クロとの沈黙とか、全然平気なんだけど…突然、チリ…と首の後ろに違和感を覚えた。
透明な手で、産毛だけを撫でられた感じ。
…何となく嫌な予感がして、そろ…とまだ教室の方を見てるクロと距離を空ける。
クロが座り込んじゃったから何も考えず隣座ってたけど、考えたらおれ翔陽のとこ行くし。
そのまま両手を着いて四つ足になり、音を殺して階段へ向かう……が。

「…!」

ざわざわした一階下に戻ろうと立ち上がりかけたところで、ぐい…!と腕が引っ張られてビックリする。
振り返ると、クロが意地悪い顔でおれの腕を掴んでいた。
何考えてるかすぐに分かって、首を振る。
…けど、聞いてくれなくて、せっかくおれが降りた数段を引っ張り上げると、足音を殺して教室とは反対側の廊下の奥へ奥へ連れて行かれた。

 

 

 

廊下の一番端。
突き当たりは更衣室っぽかった。
鍵はかかってなくて、中は殆ど空の鍵無しロッカーが並んでいるだけ。
お風呂屋さんの脱衣所みたい……ていうか、更衣室いっこしかないみたいだし、たぶんここ女子の更衣室だと思う…。
ぽいっと放り込まれ、慌てて振り返る。

「…ちょっと」
「無理。当てられた」

クロが、ドアを閉めながら笑う。
ガララ…と音がするけど、けどさっきの階段のとこから随分離れたから、気付かないだろうとは思う。
けど…。
そのままじりじりと端に追いつめられて、クロが伸ばした両腕の間に閉じ込められてしまう。

「何考えてんの。…だめだよ。学校ではやめるって言ったじゃん」
「ウチの高校では止めるっつったけど、他のガッコの約束してたか?」
「ん…っ」

背中を向けて拒否感出してみるけど、指先で髪を分けられ首の後ろを舐められて、結局ぞくぞくする。
…ああ、もう。
すごくダメだと思う、これ。
俯いて、自分の足下見ながらぽつりと呟いてみる。

「…翔陽のとこ行きたい」
「ほほぅ。3Pしたいと」
「言ってないし。…っゲームやるの。カードゲーム」
「後にしろ」

顎を掴まれて後ろを向かされ、ちゅ…と口にキスがくる。
顔を離して、クロが指先の背でおれの唇を撫でた。
ゆっくり頭も撫でてくれる。
思わず顎を引いて、クロの指を顎下に軽く閉じ込めてから、は…として慌てて解放する。
にんまりクロが笑った。
思わず半眼でさっと目を反らす。

「気持ちいいんだろ」
「…別に」
「顔赤いし、目ェうるうるしてますけど?」
「気のせいじゃない?」
「嘘吐け。撫でてもらいたかったんだろーが。大人しーし期待顔。…連中いるから、単純にベタベタできねーしな。合宿はスゲー楽しいけど、やっぱ溜まるよな」
「溜まらないから……て、…ねえ。ちょっと」

耳元でのクロの呼吸と声に呆れていると、密着した体のところでジャッ…!と勢いよくクロがおれのジャージのファスナーを下げた。
静かな夜の学校で、銀色のその音がやけに大きくてびっくりする。
クロが背を屈め、片手でインナーを捲り上げてお腹に顔を寄せてくる。
熱い舌で肌を舐められると、やっぱり気持ちいい。
力がどんどん抜けていく。
ロッカーに両手を添えたまま、肩越しに中途半端な体勢で後ろを向いているおれの体を、クロが抱き竦めて両手と舌で撫でていく。
吐き出す息が少しずつ熱くなって、上がっていく。

「はっ…、はぁ……」
「…チビちゃん、エッチとか興味あんのかね?」
「…」

不意にクロが言う。
…何で今翔陽?
意地が悪い。
そう思うのに、何故か心臓はどきどきしてくる。
頭の中に、翔陽の笑顔全開な顔とか浮かんできて、何となく自分の腕に顔を隠した。
ぴちゃぴちゃ肌を舐める合間に、楽しそうなクロの声が続く。

「今度誘ってみるか? チビちゃんだったらいいだろ、お前も」
「…やめて」
「お前がエロ過ぎてショック受けるかもな。どう思う?」
「別に…どうも思わない、し…」
「そーお?」
「…。ていうかもう止めようよ…」
「止めるワケねーだろ。そんだけわくわく顔されちゃ」
「してないから」
「してんの。…ほら、舐めろ」
「…ん」

目の前に指を差し出され、人差し指と中指を言われたとおり口に含む。
唾液を絡ませるようにクロの苦い指を舐める。
上手に舐められると、口内の二本の指が褒めるように舌を柔らかく挟んで前後した。
舌を撫でられて、思わず目を伏せて顎を引く。
気持ちいい。
クロの指はすき。

「んむ…ぅ…」
「よし…。もういいぞ」
「ん…。ぁは…」

たっぷり湿らせたところで口を開ける。
クロの手が後ろ腰に回る。
おれの唾液で濡れた指先が皮膚の上を滑るようにジャージと下着の中に滑り込んできて、びくっと肩が震えた。
…あ、そうだ。
突然思い出して、今更少し顔が赤くなる。

「…」
「…ん?」

俯いてたおれのアナルに指先が含まれ、体が強張る。
少し意外そうな声の後、クロがにやりと笑って屈ませていた背を起こすとおれの顔に顔を寄せた。

「…いつの間に解したんだ、お前」
「…っ」

入口が柔らかくなっているのを察して、ぐ…とクロが中指を入れてくる。
奥まで入れて一度抜いて、今度は二本にしてぐにぐに弄られて、思わずクロのジャージにしがみついて顔を押しつけた。
…絶対、寂しくて一人でやってたと思ってる。
全然違うから。
そーじゃないから。
案の定そう思ったらしいクロが、わざとらしくこれ見よがしに目を伏せてしみじみおれの瞼にキスをする。

「あーあー…。誘うのちょっと遅かったか。寂しい思いをさせたな~…」
「違うし。別に、したかったとかそういうんじゃないからね」
「おやおや、そうですかー?」
「本当に違うから。…だって、合宿の終わりの時、クロ絶対やるじゃん、いつも」
「まあな。我慢できなかったって話だろ?」
「違うってば」

一週間くらいある遠征とか合宿とか、そういう最終日で東京に戻ると、絶対クロはやろうって言い出す。
…ていうか「やろう」なんて同意とか求めて来ないじゃん。
普通にクロんち泊まらされて、ぽいって部屋に放られてそのままよく分からないうちに始まる。
別にクロがそうしたいならそれでいいんだけど、体力的にはおれの合宿とか遠征とかって、クロとのセックスまでセットな感じだから…。
疲れる。
すごく。
時間も取られるし。
そこまでやって、ようやく終了…みたいな。
家帰ったら、クロの家に泊まるのはいいけど、おれは早く普通に寝たい。
だから…。

「今から慣らしておけば、帰ってすぐできるし…。クロもおれもいいかな…って」
「ぶっ…!」
「…」

ぽつりと呟いたおれの言葉に、クロが肩のところで吹き出した。
そのまま俯いて、くつくつ喉で笑っている。
…。
…まあ、爆笑されるところかもね、やっぱり。
やるんじゃなかった。

「…もうやらない」
「いやいや待て待て待て」

ぷい…とクロに背中を向けると、片腕でまたぺいっとクロが反転させた。
一回転してまたクロに向き直る。
不機嫌顔が収まらないおれを、ぎゅむっとクロが抱き締めた。
ごろごろおれにくっついてくるから、クロより身長のないおれは閉じ込められたみたいになる。

「よしよし。いい子だなー、研磨」
「…なにそれ」
「だが一人で慣らすくらいなら俺の前でやりなさい」
「それたぶん本番に直結するから意味ない……っわ」

腿の所までずり落ちていた下着とジャージに手を掛けて、クロが一気に下げる。
足首のところまで落ちれば十分だと思ったけど、それらをクロが自分の爪先で押さえつけて、俺の足から脱ぎ捨てる。
下半身が裸にされてしまった。
夏とはいえ、ちょっと寒いしやっぱり恥ずかしい。
自然に足を閉じて、残った上ジャージの裾を手で少し下へ引っ張る。

「…クロ」
「お前のができてるなら俺の準備だろ」
「…」

おれの両手首を握って、目を伏せて左右の掌にキスしてから、その手を自分の下半身に添える。
クロの、少し硬くなってるけど全部は勃ってない。
指先の熱さにどきどきしてくる。
少し諦めてため息を吐いてみた。

「…フェラがいいの? 手の方がいい?」
「素股は選択肢にないの?」
「…どれでもいいけど」
「俺もどれでも。お好みでドーゾ」
「…」

…じゃあ選択肢広げる必要無かったじゃん。
笑うクロを見上げて少し考えて、結局膝立ちになる。
少し指先で擦ってから、ぱく…と歯を立てないようにして口に咥えた。
そのまま、ゆっくり喉の奥へ進めていく。
…クロの、熱い。
じわじわと喉が占められていく。

「っ…ん……」
「フェラのがお好みですか。そーですか」

立ってるクロの手が、笑いながらふわりと髪を撫でてくれる。
フェラしてあげると自然と頭撫でてくれるから、顎痛いけど割とすき。
…けど、今日は好みとかじゃなくて、ローションないし濡らした方がいいって話。
歯で擦らないように気を付けながら、目の前のクロのジャージに両手を引っかけて、目を伏せてぐぽぐぽと何度か喉の奥から出し入れする。
少し喉が引きつる時もあるけど、クロにはそれが気持ちいいらしいから、それはそれでいいことにする。
苦しい。
けど、妙にハマる。

「ん…、ぐ……」
「…研磨。フェラの時は?」

――"クロを見てやる"。
うまく喉の奥に入れないと出されたとき苦いから、そればっかり考えてて忘れてた。
クロに言われて、伏せていた目を開けて見上げる。
俺の髪に手を添えたまま、クロが熱っぽい視線で俺を見下ろしていた。
…嬉しそうなのが、ちょっと嬉しい。
そのまま数回フェラして、もういいよの合図に首の横を撫でられて、あ…と口を開けた。
たくさん糸を引くクロのものを口から抜く。
射精はしてないけど、それでも口の中に残っているドロドロを、唾液と一緒に呑み込む。
液体が、喉を通っていく。
奥に出してくれれば味しないんだけどな…。
生臭い。
まずい。
…でも、濡れたしいいや。
手の甲で一度口を拭ってぺたんと床に座り、一息吐いた。
顎痛い。
両手を両足の間に垂らしてクロを見上げる。

「…ごめん。見てなかった」
「だな。…ま、いーけどな。気持ちいいよ。サンキュ」
「…」

上から柔らかく髪を撫でられる。
それまでと違って、よしよしって感じの手を、目を伏せて顎を引いて受け入れる。
耳の後ろをこしょこしょされてから手が離れるから、その手を追ってまた顔を上げた。

「挿れるぞ。…立て」

片腕を引っ張られて、ふらつきながら起きあがる。
やんわり支えてくれたクロの腕にしがみついて、はあ…と息を吐いた。
額の汗を、クロがぺろりと舐める。

「…まだチビちゃんのとこ行きたい?」
「…」

低く小声で尋ねるクロの言葉で、翔陽のことを思い出した。
…忘れてた。
クロがこんなことするから。
思わずため息を吐く。
…はいはい。
分かってるよ。
こう言って欲しいんでしょ、クロは。

「…翔陽は、もういいよ」

熱に魘されながら、クロの胸でぼんやり言う。
にっ…と得意気にクロが笑ったのを、鼻先で見詰めてキスをした。

 

 

 

ドア以外の殆どがロッカーだけど、辛うじて壁になっているとこに背中を押しつけられ、右足をぐいと持ち上げられる。

「あ…」

腿を下から持ち上げたクロが、体を密着させた。
身長差があるから、多少屈んでくれるとはいっても、クロに合わせるとつま先立ちになる。
熱いクロの先端が、唾液で濡れてるおれのアナルに添えられて、少し中に入って思わずぶるりと震える。
…あったかい。
クロの肩に添えてある手を、ぎゅってして、次の衝撃に構えてびくびくしてしまう。

「…は…っ、あっ」
「研磨」
「……な、にぃ…?」
「もっとしっかり掴まってろ」
「…?」

今更なんだろう…。
ぼんやりしながらも、言われたとおり添えていただけの手をクロの肩に回してしがみつく。
ジャージが皺になるくらい強く握ると――…ふわ、と残っていた左足の爪先が浮いた。

「え…」
「んっ」
「…! ぅ…っあ!?」

びくっ…!と全身が震える。
クロに両足を持ち上げられて、体が宙に浮いた。
不安定で、背中の壁に体重がかかる。
おれの足から手を離し、ドンッ…とクロが両手を壁に添えて更に体を近づける。
手を離されたおれの足は、膝裏がクロの腕にひっかかってる感じで、どうやっても体が滑り落ちそうになって、慌ててクロを抱き締めた。
クロと壁とに挟まれて、何とか留まる。
…うわ。
すごい。
串刺しみたいになってる…。
両足を一度に持ち上げられたのははじめてで、一瞬びっくりして分からなかったけど、すごく苦しい。
クロのジャージに爪を立てて、必死にしがみつく。
お腹いっぱいすぎて、なんか気持ち悪い。

「ぁ、や、だこれ…っ。落ち…っる、よ…!」
「しー。…あんまでけー声出してるとバレるぞ?」
「…!」

クロの声に驚いて、ぐっとクロの首のところに口を押しつける。
勢いよく目を瞑ったせいで、ぱたぱた涙が出た。
クロが横から顔を寄せて、涙を舐める。
…舐めるくらいならやらないでほしい。
なんかもっと、普通でいいじゃんって思う。
苦しくて、けほっ…と咳が出た。

「クロ…っ、くるしい、から…っ」
「っ…奥まで挿るだろ? 喰ってる感覚強いんじゃねーの?」
「ん…。あっ…はっ…、ふぁあ…」
「根本まで呑んでる。…やっらしーなぁー、研磨。人に見せらんないな~?」
「は…ぁ? なに、それ…。だって…、クロが、そーして…っるんじゃん…っ」
「そ。恥ずかしくて他所様に見せられない仕様にしてんの。…嫌いになるか?」

乱れた息の合間に、クロが聞く。
涙で濡れてた目を開けると、すぐ目と鼻の先にクロの顔があった。
…そういう当たり前のこと聞くの、きらい。
めんどくさい。
たぶんここで無視すれば、ちょっとはクロ懲りるかもしれない…けど。
だって。
…そうできないんだから、しょーがない。
ぱくぱく、金魚みたいに口を開きながら、なんとか応える。

「なら、ないよ…」
「あっそ」
「ぁ…。くろ…」
「…」

ぎゅっと抱き締めて、へろへろになってる舌で名前を呼ぶと、それより強い力で抱き返される。
嬉しそうな顔に頬を擦り寄せた。
しやすい角度で何度もキスする。
疲れたら、唇から逃げて鼻先を合わせてみたり、頬をちょっと出した舌で舐めたりしてみる。
擽ったそうにクロが顎を引いて笑った。
…クロの匂いはすき。
ちょっと苦しいけど、顔を近づけて甘えていると、長いキスの後、よいしょとクロがおれの左右で両手を壁に着き直す。
ぎゅっといっぱいいっぱいのアナルが締まって、一気に夢見心地から覚める。

「…さーて。動きますよー」
「え…。やだ、やめて。死ぬ」
「よし、死ね」
「…!?」

ぎょっとしてクロにしがみついた直後、壁におれを押しつけるようにクロが腰を進める。
いつもみたいな速さはないけど、その分、ず、ず…と内壁が奥へ擦れていく。
靴下の中で、思わず爪先に力が入った。
…ていうか落ちるから。
こんなに気持ちいいのに、指先に力なんて入るわけないから。
クロにうまくしがみつけなくて、怖くてびくびくする。

「や、あっ…。く…ぅっ…!」
「はっ…。っまえ…、ヤバ…」
「…っ!」

ドンッ…!とクロがおれの体の横に肘から上を壁に押しつける。
ぐっ…と奥が熱い棒で擦られて、腰から痺れが全身に行き渡った。
声が我慢できない。
ぎゅっと目を瞑って、吐き出される息に声が乗る。

「ひっあ――…!」

大声で悲鳴を上げそうになったおれの口を、ばくっとクロが塞ぐ。
快感の悲鳴はクロが食べた。
そのまま、キスして湿らせてから、唇を離す。
ぷは…!と口を開ける。
…叫ぶかと思った。
ばくばく心臓がうるさい。

「は…、ふぁ…。ぁ…っ…」
「はは…。あっぶねー…」
「はぁ…っ…、ちょ、と…。やめて…よ…っ」
「だな。夜はお静かにィー」
「…」

汗ばんだ額で笑うクロを、近距離でじっと見詰める。
…たぶんおれ、今すごいぐしゃぐしゃな顔してる。
涙とか、とまんないし。
…翔陽には見せられない、かな。
瞬きしたら、そんな気がなくても少し溜まっていた涙が零れた。
クロが舐める。

「なーに。どうした、泣く程良かったか? さすが俺」
「違うし…。…まあ、気持ちいい…けど、苦しい…から」
「おー。目ェ真っ赤ー」
「ん…」

鼻をすするおれに意地悪く小さく吹き出して、でもその後に両手が使えない分、クロが頭を押しつけるように額を添えてくる。
額に額を添えて、おれの鼻先で、クロは嬉しそうに目を伏せた。

「研磨…」
「…」

ただ名前を呼ばれるだけなのに、体の内側がぞくりとした。
…クロって時々狡いと思う。
柔らかく名前を呼ばれたり嬉しそうな顔されると、いいよもうすきにすればって思う。
言うほどイヤじゃないし、おれも。
はあ…と熱い息を何度かして、ゆっくり瞬きして、目線を上げる。
待ってましたとばかりにクロと目が合ってにんまりしたから、目を伏せてキスを強請ってあげた。

 

 

 

 

 

「…ああ、何だ。黒尾か」
「よう」

もう真夜中近い。
お風呂場のドアをクロが開けると、中に烏野の主将の人がいた。
こっちはいま出たとこみたい。
ほこほこ湯気が立っているし、着ているのがジャージじゃなくて違うウエアだ。

「今からか? 遅いな。俺が最後だと思ってた。トランプ終わってから何やってたんだ?」
「そーなんだよなー。何だかんだやってたらいつの間にかこんな時間でビビったわ」

自然に返しながら、ぽいぽいとクロがお風呂セットを棚のカゴに入れる。
こっそりその横に着いていって俺もお風呂セットを置くと、主将の人が俺に気付いた。
視線を受けて、こそ…とクロの影に隠れる。

「ん? …ああ、孤爪…だったか? …も風呂入ってなかったのか?」
「…」
「こいつ入ったんだけど、さっきウチの連中がうるさくて入った気しねーんだと。…で、俺が行くっつったらついでにもう一回ってわけ」
「ああ…。確かに、賑やかだと入った気はしない…」

黙っているとクロがフォローしてくれて、主将の人が眉間に皺を寄せて遠い目をする。
思い当たることが烏野でもあるらしい。
…ウチはそこまでうるさくないけど、たぶん烏野の方がうるさそう。
クロがおれを振り返って、一言言う。

「挨拶くらいしろ」
「…。こんばんは…」
「こんばんは」
「…」
「悪ィな、澤村。人見知りなんだわ、こいつ。大目に見てやって、ウチのセッターくん」
「ああ、大丈夫。知ってる。日向も言ってたから。…いつも日向と仲良くしてくれてありがとな。あいつ音駒との練習試合、いつも楽しみにしてるから」

一見人のいい笑顔で笑って、自分の荷物を持つと主将の人は片手を上げた。

「じゃあな。お先」
「おー」

ガララ…とドアが閉まり、主将の人がいなくなる。
ほっとして息を吐いた。
…よく知らない人と、脱衣所みたいな狭いところで少人数のまま一緒にされるの苦手。
服を脱ぎながら、クロがドアの方を見ておれに聞く。

「…結局やってないんかねー、あいつら」
「普通はやらないんだよ」
「いやいや、分かんねーだろ。ああいう真面目そうなのが案外ムッツリだったり束縛家だったり大人のオモチャ大好きだったりドMだったりドSだったりするんだよ」
「時間考えてもやってなかったと思うよ。今出たわけだし、あの人。…それにやってたら相手の人も来てただろうし」
「なるほど。俺たちの方が上というわけだな。…ま、同年代でなかなか俺らのレベルに並ぶ奴はいねえよなー」
「上とか下とかじゃないよ。常識のあるなしの話だよ」

顎に手を添えてわざと感心したように言ってるクロにため息を吐く。
脱衣所の端に鏡があるのを見つけて、タオル一枚もってそっちに行くと、肌に跡がないかどうかざっと確認する。
…うん。今日はあんまり食べられなかった。
どうやら無さそう、だけど…。

「…関節と背中いたい」

体中が軋んでいる気がする。
ちょっとどころじゃなく疲れた。
せっかく自主練やらなかったのに。

「マジか。大丈夫か? …あー。俺も腕痛ェわ。明日筋肉痛だったらどーすっかなー。スパイク打てねーわ」
「…」
「いって…!」

べし…っとタオルでクロの背中を叩く。
クロは笑ってお風呂場へのドアに手を掛けた。
それに付いていく。

「洗ってやるよ」
「やだよ」
「中一人で洗えんの?」
「洗える」
「いやいや、洗うって。後始末くらいやってやるって」
「近寄らないでよ」

これ以上されたらたまらない。
数個ある洗い所のうち、クロが座った場所から一番離れた場所に座ってプラスチックの桶を置くおれを、クロはにやにや笑いながら眺めていた。
自分もお風呂の道具を用意して、お湯を出しながら面白そうに笑う。

「ギャップー」
「意味分かんないから」
「そーゆートコいいよな、お前」
「別にうれしくないし」
「ウソだな」
「ほんとだよ」
「ちょっとキュンときただろ?」
「きてないし」
「ウソだって」
「ほんとだから」

すごく間の空いた洗い場で、お互い体を洗いながら不毛な会話を続ける。
おれは二回目のお風呂だけど、誰もいないから、すごく楽だった。
すごく楽すぎて、部屋に戻るのが億劫になったくらい。
中は自分で洗ったけど、髪は乾かしてもらった。

 

 

結局、せっかく持ってきたカードゲームを翔陽に教える機会は無かった。
…けどまあ、いいか。
まだ今度、一緒に遊ぼうっと。


 


 





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