消化サイクルの早い人間と違い、我々喰種は基本的に一ヶ月に一度の食事で事足りる。
カネキくんとの食事の時間は僕にとって最も愉しい時間の一つで、厳選に厳選を重ねて用意させた美食を前に、日頃外出しないカネキくんにここ20区での近状や"あんていく"に務める彼の知り合いの話などを伝える時間でもあった。
この辺りの治安や知人の話ともなれば日頃陰っている彼の表情も少しばかり明るくなるので、僕としてはその表情の変化だけでとても悦ばしく思う。
難を言えば、僕と同じ分だけ用意した食事をテーブルの上にコースで出しはするものの、相変わらずカネキくんが口にするのはスープのみ。
臓器を好む味覚は素晴らしいけれど、スープを口にしてくれた以上、後見人の僕としては次は肉や目玉など少しずつ彼の食せる幅を広げていきたいと思っているし、そうしなければいけないと思っている。
…まあ、いつぞやのように拒食症状態に陥っている時よりは随分回復したのだ。
こういう事は焦ってはいけない。
きちんと受け答えが出来る…という、それだけで今の僕にとっては十分さ。
いつの日にか僕と出会ったばかりの頃のように笑ってくれればいいけれどと思うけれど、それは時間をかける必要があるのだろう。
この屋敷の外での近状を伝え終えたところで、いつものように声をかけてみる。

「カネキくん。何か欲しいものやしたいことは?」
「いえ…。別に何も」
「あれば遠慮無く言ってくれたまえ。君の望みであれば最善を尽くすと誓うよ」
「ありがとうございます…」

棒読みの返答に、ふぅ…と内心溜息を吐く。
せめて彼がもう少し強欲であればよかった。
物で釣ろうなどとは考えていないけれど、彼に欲しいものの一つでもあれば、僕はそれをプレゼントすることで好意を示せるというのに。
今まで様々な物を贈ってみたが、結局今の所最も悦んでくれたものといえば、やはり隣室で飼っている飼い人の"ヒデくん"だろうか。
カネキくんの彼に対する溺愛ぶりには嫉妬を覚えてしまう…が、飼い始めて暫く経つというのに、カネキくんはまだヒデくんを一撫でたりともしていないようだ。
触れるのが怖いというのであれば調教師に躾けてもらうのがいいだろうと提案もしたのだが、それは嫌だと断られてしまった。
観賞用にしても触れるくらいはしたいと思って普通だろうに、カネキくんが飼い人をどうしたいのか、僕にはよく理解できない。
ナプキンの端で口元を拭い、両腕をテーブルの上に置いて尋ねる。

「君は、まだヒデくんを触ってはいないのかい?」
「…」
「知り合いだったんだろう? 話したいと思うのが普通なのでは? …飼い人というわけではないが、僕も放し飼いにしている者が一人二人いるが、案外逞しいものだよ、人間は」

指先でワイングラスを取りながら尋ねるが、カネキくんは俯きがちに膝の上で組んでいる手元をじっと見詰めているだけだ。
僕がメインを食べ終わったことで、使用人が食器を下げていく。
手着かずのカネキ君の食器も、そのまま下げられていくのがとても哀しい。
今日もまた、スープ以外は一切口にしてくれなかった。
どれも一流のものを取り寄せてあったというのに…残念だ。
…いや、しかし無理強いはすまい。
カネキくんの気持ちが動くまで、無理強いしては逆効果だろう。
僕にできることといえば、美味なるものを極力美味しそうに彼に見せることくらい。
そこに全力を注ぐべきだろう。

「席を変えようか。珈琲を楽しもう。これなら君も口にできる」
「…月山さん」

席を立ち、珈琲を飲む為に別のテーブルへ移動しようとした矢先、カネキくんが僕の名を呼んでくれた。
ぴくりと反応して、行動を止めて逸る気持ちを抑えて冷静を装いテーブルの上の手を組み直す。
何か希望があるのだろうか。

「何かな?」
「あの、お願いです…。ヒデを返してあげてください…」
「ふぅ…。またその話かい?」

特別な注文がくるかと思いきや、いつもの下りでがっかりと肩を落とす。
目を伏せ、片手の指先で前髪を撫でて溜息を吐く。

「その台詞は聞き飽きたよ、カネキくん。記憶しているだけで十数回目になる。それでもこの芝居がかった受け答えを君が待っているというのであれば勿論付き合おう。答えは"Non"だ!」
「僕、ちゃんと食べますから…!」
「今夜もスープ以外に何一つ手をつけなかった君では、残念だが説得力がまるで無いよ」
「…」
「それに、飼い人のことはあんなに気に入っているじゃないか。どうして今更逃がそうとするのか、僕には理解できないね。いい加減に撫でるくらいはしてあげたまえ。飼い人だって何の刺激も無い毎日よりはいいだろう」

カネキくんがひとまずの食事をしてくれるようになった以上、僕は飼い人に興味はない。
この屋敷の中で放し飼いをしたいというのであれば構わないと思っているのだが、実際彼を部屋から出さないようにしているのは全てカネキくん自身の計らいだ。
逃がすつもりはないが屋敷の中なら放し飼いを許している僕と、部屋から出したがらないくせに逃がすことを望むカネキくんとでこの議論は平行線上というわけだ。
残念だけれど、この件について譲る気はない。
僕の提案には返すことをせず、カネキくんは両手を膝の上で組んで深く俯いてしまった。
…ああ。
その表情を見ていると僕まで哀しくなってくる……が、同時に堪らなくもなってくる。
緩んでしまいそうな口元に片手を添えて一度咳をし、静かに立ち上がると俯いたまま動かない彼の傍へ歩み寄る。
片手を椅子の背にかけて僅かに背を屈め、柔らかく右手を俯く彼の視界に入れるよう差し出した。
ぴく…と一度彼の肩が揺れ、右手で自分の左腕を抱くような仕草をする。

「…」
「さあ。珈琲を、カネキくん。君の食後は一等の珈琲で締め括るのが相応しい。…その後は、僕の甘美なデザートだ」

彼が来てから、自宅でとる僕のコースからデザートが消えた。
理由は講じるまでもない。


after day




「あの…。ちょっと待っていてください」

部屋に戻ってすぐ、カネキくんは急ぎ足で奥の壁へと向かって行く。
今から僕との甘い時間だというのに、何かと思えばまた"ヒデくん"のようだ。
…まったく。
不満の一つでも言って然るべきだろう。
後ろ手にドアの鍵をかけ眉を寄せながら彼の後を追えば、カネキくんは例のマジックミラーの前で隣の部屋を眺めていた。
今夜は僕とのディナーがあるからと、いつもより早めに料理をしては作り置いていたらしいけれど…。

「ヒデくんがどうかしたのかな?」
「最近食欲が無くて…。心配なんです」
「君の手料理を食べないのかい?」

これには流石に驚いた。
カネキくんが毎日どれだけあの飼い人のメニューに時間を費やしているのかを知っている手前、食べないなどという行動を取ること自体が信じられない。
片手を腰に添えて溜息混じりにミラーの向こうを見れば、テーブルの上の食事には一切手をつけておらず、奥のベッドで眠っているようだった。

「それはそれは…。困ったchienだね」
「こんな環境じゃ、気持ちは分かるけど…」
「医者が必要であれば診てもらえばいいさ。ただの運動不足か軽鬱だろう。やはり運動が必要だと思うけれどね。気分転換がなければ。けれど…ああ、まったく。君をこれ程不安にさせるなんて。やっぱり一流のブリーダーは必要かもしれないよ?」
「…!」

白い首筋にぴたりと右手を添えて背後から抱き締めると、カネキくんが小さく肩を跳ねさせ、慌てたように僕を振り返った。
左右で違う色の瞳が、怯えたように僕を見上げる。
その表情と仕草がたまらなくて、親指でゆっくり色の薄い唇を左から右へと撫でる。

「どうだろう。少し手元を離してみてもいいと思うけれどね。ヒデくんの為にも」
「ぁ…。え…すみません、月山さん。すぐバスルームに移動しますから、ちょっと待ってください。カーテ…」
「おっと」

腰を抱く僕の腕に片手をかけ、もう片方の手を伸ばしてミラーの横に括られているカーテンの紐を取ろうとするが、その細い手をやんわりと遮る。
手を取った瞬間、さあ…とカネキくんの顔色が面白いくらいに変わった。
ダンスのように腰と手を取る僕を、途端に彼が睨み上げる。

「何を…!」
「気にする必要はないだろう? どうせ向こうからは見えないのだから」
「嫌です…!止めてください!そういう問題じゃな……っ!?」

ヒュッ――!…と風音を立て、カネキくんの左頬を掠めて赫子が僕の背から伸びる。
彼の髪を擦って伸びた赫子は、目の前のミラーに勢いよく突き刺さり見事な罅が入った。
…とはいえ、特注で硬質のそれはこの程度の衝撃では罅こそ入るが割れはしない。
このガラスを壊すには僕でも多少骨が折れるが、それでも蜘蛛の巣のように広がった白い罅はカネキくんに静かにしてもらうには十分だった。

「大丈夫。向こうからは見えはしないさ。…割れでもしない限りはね」
「…月山さん」
「…そんな顔をしないでくれたまえ」

泣きそうな顔で顔を背ける彼の唇の割れ目に、親指を差し込む。

「すまないね、カネキくん。けれどもう、我慢も利かなくなりそうだ。君の為に僕はすっかり小食になってしまった。僕の餓えは君のみで充たしたくてね。いつだって気が狂いそうだ。渇いた僕を潤せるのは…分かるね? 君だけだよ…」

舌の熱に触れると、ガリ…っと前歯が僕の指を思い切り噛んだ。
押し潰される皮膚と骨、滲み出る血よりも、指に絡む唾液が悦ばしい。
顎を取ってそうするように、口内の上顎に指をかけ、く…と彼の顔を内側から持ち上げる。

「っ…」
「はあ…」

うっとりと、苦しそうなカネキくんを見詰める。
この、手の中に彼が存在する感覚に酔ってしまう。
彼という存在の、殺生与奪は僕のものだ。
…その鼻先に音を立てて触れるだけのヴェーゼを、丁寧に。

「良かったらそのまま僕の指を召しあがれ。あんなスープでは、すぐに消化してしまうだろう?」
「か、は…っ」

ぐるりと熱い舌の回りを絡ませるように一周させ、一度指を引き抜く。
十分にカネキくんの唾液が絡んだ指を唇に運んで舐めれば、蜜のような甘さと香りがふわりと広がる。
彼自身ははいくらか咳き込んでしまったけれど、それが収まれば、僕から一歩後退してミラーに背を着けた。
距離が離れてしまったので僕も一歩踏み込めば再びぴくりと肩を震わせ、垂れ下げた両手の掌をミラーに添えて揺れる瞳で精一杯僕を見上げる。

「ぁ…。あの、ここで僕を食べると血で部屋が汚れます。掃除の人が大変で……だから、バスルームに…行きませんか…」
「君を食するのは後だって構わないさ。まずは君の甘いシロップとミルクで喉を潤したい」
「で、も…」

甘く囁けば、カネキくんが一度音のない言葉をいくらか口にしたようだが、すぐにまた一文字に閉じてしまった。
やがて、恐る恐るという様な上目が僕を見上げる。

「…お願いです、から…。ベッドで…してください…。あの、いや、です…ここじゃ…」
「ああ…。カネキくん…」

そんな台詞に困ってしまい、眉を寄せ苦笑してしまう。
愛おしすぎて、震えている指先にそっと触れると彼の片手を取った。
可愛い僕のカネキくん。
君を哀しませるつもりは、いつだって微塵もありはしない。
それだけは分かっておくれ。
だが――。

「今のはいけない。…今の言葉で、そんな気は無くなってしまったよ」
「…!」

僕の言葉と同時に、カネキくんの赫子が背中から飛び出す。
…が、理性ある彼の赫子はとてもお行儀がいい。
暴れ狂うことをしてみても、暴れきれない。
そもそも、鱗赫はここまでの接近用に適しているとは言い難いしね。
そして、いかに赫子があるとはいっても、カネキくん本人に喧嘩慣れは程遠い。
そうとも、彼に強さなどは一切必要無い…!
左右に伸びて僕を叩こうとした二本の赫子を腕で払って流し、うち一本は根本近くから下から上へ赫子で切断する。
すぐに癒されてしまうだろうが、一瞬の痛みに顔を顰める僅かな時間の間に、彼の足を払った。

「っ…!?」
「おっと」

かくん…!と糸の切れた人形のように前に倒れ込むカネキくんを、正面から抱き込むようにして支える。
転んでしまってはいけないからね。
すぐに僕から離れようとした彼の頭上で片腕を振り上げ、ナイフ型にした赫子でもう一度、目の前のミラーを突き刺す。
ガンッ…!という衝撃に、僕の腕にしがみついていたカネキくんがぎょっとして顔を上げてそれを見た。
ミラーを歪める罅が、先程よりも随分深くなる。
もう一度突き刺す振りをして振りかぶると、血相を変えたカネキくんが勢いよく僕を抱き締めてくれた。

「待って…!待ってください月山さん!!すみません!」
「おや。気分が変わってくれたかな?」
「変わりました!お願いです止めてください!!」
「勿論さ」

お望み通り赫子をすぐに体内へと戻してみせる。
赫子が消えた片腕を軽く開いて見せてから、僕を見上げるカネキくんの頬に片手を添え、顔を詰める。
少し喉を反らしただけで抵抗など勿論されはしない。
音を立てて唇にキスをして、僕のシャツを掴んでいる細い手を握る。

「ベッドでの君はとても大人しくて愛らしいけれど、たまにはスパイスが必要だろう? …さあ、口を開けて」
「…っ」

硬く目を伏せ、カネキくんが僅かに口を開ける。
だがキスをするには距離があり、彼の背に添えていた片手を後ろ腰に添え、ぐっと体を引き寄せて唇を重ねる。
色の良い彼の舌に、表面を合わせるようにして自身の舌を絡ませ、深く口付ける。
…ああ。
甘い…。
まるで薬物のように僕を虜にするこの優しい味わい。
舌の弾力と唾液の甘さにすぐに夢中になり、歯の内側に堪った唾液を舌先で掬い取っては飲み下す。
ディープキスが終わる頃には、カネキくんは息を切らせてどこかくたりと僕の肩に力ない両手を添えた。
少し焦らすように腕を伸ばし、腰を抱く僕と上半身の距離を取る。

「ふ…ぁ…」
「そんなにヒデくんが気になるのかい?」
「んっ…」

身を引いた一瞬、ちらりと背にしているミラーを一瞥したことに気付き、カネキくんのシャツの襟ボタンを外し、喉の凹凸に鼻先を寄せて香りを愉しみながら尋ねてみる。
返答無く、彼は目を伏せて俯いてしまった。
顔を上げて欲しくて、白い喉を下から上へと舐めあげながらボタンを外していき、晒された白い裸体に片手を添えると、じわりと低めの彼の体温が掌に移る。
その下に流れる赤いワインの如き血潮と肉へ今すぐにでも食らい付きたいけれど、彼の言うとおりそれを行ってしまえばこの場が汚れてしまう。
…家具や絨毯の汚れなど気にする必要はないと分かっていても、やはり場を考慮せずがっつくのは行儀の悪い行為には違いないからね。
できるだけ避けたいものだ。
特に、愛しいカネキくんの前では。
留め具のなくなったシャツを左右に開いて、両手で肩から腰にかけて体のラインを確かめる。
流れるような脇腹の曲線と傷のない白い皮膚に満足し、目を細めてから改めてキスして鎖骨や色の薄い胸の飾りを愉しむ。
じわじわと自分の中に熱が広がっていくのが解っていた。
…はあ。
何度吐息を吐いても吐き足りない。
僕の中にある情熱は、呼吸如きではとても発散できない。

「は…。会いたくないのに長い時間見詰めていたり、部屋から出したがらないが逃がしたがったり……君の考えが、僕にはいまいち理解できないのだけどね…」
「…友達、なんです…っ」
「知っているよ。…けれどもう、過去の話だろう? ペットとは友人になれない。君がなれるのは、ヒデくんの理想的な"ご主人様"さ」
「…!」

体を密着させ、胸の突起を舌で転がしながら忙しなくならぬよう気を付けつつカネキくんのベルトを外す。
ファスナーを下げ、緩んだパンツのウエストへ背中の皮膚を辿るように片手を入れると、柔らかいヒップを手にする前にガタッ…!とカネキくんが怯えるように一歩後退してしまった。

「ぁ…」
「ああ…。性急すぎたかな。…そうだね。先にこちらを濡らそうか」

怖がっているようならば先に思考を溶かせてあげなければ。
再び息を呑み込むようなキスを繰り返しながら、ショーツの間から愛らしいカネキくん自身を取り出して掌で握る。
熱いそれは既に僅かに硬さを持っていて、それが悦ばしい。
ゆっくりと数回撫でるだけで、過敏性の彼はそれはそれは理想的に染まっていく。
…とはいえいつも以上に反応が早いのは、やはり背後のヒデくんの存在だろう。
カネキくんを煽るという点で、彼の使い勝手はいいのかもしれない。
…妬いてしまうけれどね。
飼い人に嫉妬なんて…馬鹿な男だと自身で思うけれども、胸に渦巻くジェラシィに嘘は付けない。
希に唇を離すと、ぴちゃ…と水音がしてシロップが口端から零れてしまう。

「…っ…、ふっ…!」
「気持ちいいかな? …ああ。いいね。瞳の色が鮮やかになってきた。もっと感じてごらん、カネキくん…」
「はっ…ぁ…」
「おっと!」

ぐらりとカネキくんの体が腕の中で揺らいで、慌てて抱き留めて支える。
どうも膝に力が入らなくなってしまったらしく、少しでも負担が軽くなればとふらつく彼の背をひび割れたミラーに預けるよう詰めよってはみたが、そのままずるずるとしゃがみ込んでしまった。
乱れた着衣のまま、浅く熱い息を吐きながらぐったりとする様子がキュートで、思わず小さく笑ってしまう。
ああもう…。
どうして彼はこんなにも愛らしいのだろう…!
頭から人呑みにしたいくらいだ!
…と、何百回と再認識しおえたところで、彼の隣に片膝を着いて屈んだ。
本当は、この燻る嫉妬心を鎮める為にもヒデくんが見えるこの場でカネキくんを愛したかったのだが、流石に彼を床で抱くなどという行為はしたくない。
僕の嫉妬心などより、勿論カネキくんが優先だ。
ぼんやりしているカネキくんの首を撫で、少し湿りはじめている額にヴェーゼを贈る。

「ふふ。やはりベッドに行こうか。そちらなら、足が立たなくても心配無いからね。君に負担はかけたくない」
「ぁ…。ぉ、お願い、します…」

当初カネキくんが望んだように、近くを垂れ下がっている紐を手にして、マジックミラーを覆う深紅のカーテンを引く。
ひび割れたミラーがカーテンの向こうに消えると、目に見えてカネキくんがほ…っと息を吐いた。
気が抜けたようなその表情に嬉しくなってしまう。
愛を深めるのに多少のスパイスは必要だと分かってはいるつもりでも、やはり僕には性に合わない。
甘く熱くどこまでも愛し抜き、とろけさせる方が好きだ。
心身共にリラックスさせ、素直に快感を与えたい。
その方が肉も美味になるしね。
カネキくんの靴を脱がせ、膝あたりでまとまっていたパンツやショーツを取り除く。
熱を帯びた彼の体を横向きに抱き上げ、奥にある天蓋付きのベッドへ向かった。
片膝をベッドへ乗せて中央あたりにカネキくんを下ろし、抱き締めてキスをする。

「さあ、これで心配事は綺麗さっぱり無くなったというわけだ」
「…はい」
「気が散ってしまう君の気持ちはよく分かるよ。…意地の悪いことをしてしまったね」

直前までと打って変わって、とても大人しくキスを受けてくれた。
頭を撫でる時、少し顎を引く癖が愛しくて堪らない。
ついでなのでベッドヘッドの引き出しへ手を伸ばす。
いくつかある引き出しのうち一つだけある鍵付きの引き出しへ、胸ポケットからキーを取りだして差し込めば軽い音を立ててロックが外れた。
…以前、鍵のない引き出しへそういった用具を入れておいたら、いざ使おうとした際にシャイなカネキくんに全て破棄されてしまっていたからね。
こうしておけば破棄される心配はないし、シャイな彼も"開けられないから捨てられない"という理由ができるというわけだ。
カタ…と音を立て開いた場所から、ローションを手に取る。
口に入ることを想定しての喰種用のものだ。
存分に愉しめる。

「脚を開いてごらん」
「…、ぁ…」

後ろに手を着いて、ゆっくりカネキくんが左右へ脚を開く。
頬どころか耳の先まで赤くして、今にも泣き出しそうな……ああまったく、そんなに煽られると理性が飛びそうで困ってしまう。
いつだって緊張で硬くなってしまう彼を落ち着かせるため、キスの間を置かぬよう気を付けながらローションを手に取り白い腿へ片手を添えて脚の間を手で撫でる。
期待に震える先端には敢えて触れずにアナルへと指を添えると、びくっと細い肩が震えた。
片手の甲で口元を覆い、頑なに目を伏せるカネキくんを見詰めながら、ゆっくりと指を進めていく。
硬く閉ざしているように見えても、度々愛し合ったことのある僕の指を、彼の体は思いの外すんなりと食べてくれた。
傷付けぬよう、丁寧に柔らかい中を、彼の快感を重視しながら解していく。

「っ…。はあっ…」
「痛みはあるかい?」

人差し指と中指が深くまで入ったところで尋ねてみると、震えながらカネキくんがうっすら瞳を開けた。
朦朧とした眼差しで見当違いの方へ顔を背けてしまう。
ここまで来ると、彼を気遣うというよりは自分が相手に食らい付かぬよう意を留める必要が出てくる。
特にカネキくん相手にはなかなかの苦行だ。

「…っ痛く、は、ない、です…けど」
「いいね。…では、動かすよ?」
「っ…!」

ず…と指を一度先を残して引き、締まって僕の指を名残惜しそうに引き留めていたアナルへ再び勢いよく挿れれば、カネキくんが僕の肩にしがみついてくる。
びくびくと震える彼を片腕で抱いて支えながら、様子を見て少しずつ出し入れする速度を速めていく。
奥まで差し込んだところで指を折り、彼の好い所を押し上げると耳元で悲鳴があがり、彼の内臓が僕の指を味わうように締める。

「ぅ、あっ…ん!」
「ああ…。カネキくん…」
「まっ…やだ!止めてくだ、あ、ぁあ……っ!」

泣き顔が堪らず、狼狽する彼の顎を上げて多少強引に口付ける。
零れる唾液が勿体ないと全て飲み干すつもりで息も絶え絶えにキスをしながら指を出し入れし、前を素早く撫で上げれば、既にすっかり溶けていた彼の体はあっという間に絶頂へ至ってしまった。

「――っ!…」
「おっと」

残念ながら僕が口に含む前に可愛いペニスの先端から彼のミルクが放たれてしまったけれど、予兆を感じ取って片手の掌でそれを受け止めておいた。
カネキくんを抱き直し、とろりと掌に着いたそれを口元に運んで舌で舐めては口を抑えるようにして顎を上げ、喉に流し込む。
甘く熱いミルクが喉を通り、体内に溶け込む感覚。
本当ならば直に飲みたかったところだけれど、まあいいだろう。
喉の奥で飲んでしまえば風味が口の中にまで広がらない。
味を愉しむのならば先を咥えるかこうして手で受け止めるかだ。

「はあ…。美味しい…!」
「っ…。はーっ…、は…ぁ…。は…」
「とても濃くて実に美味しいよ、カネキくん。…ふふ。久し振りでは疲れてしまうだろうが、快感も一入のはずだ。辛くはないかな? 時間をかけないといけないね」

腕の中でぐったりと体を預けつつ泣いている彼の顔が愛しくて堪らない。
頬に片手を添え、遠い目をしている彼を自分の方へ向ける。
この瞳の色と香り。
達したことによってより深い香りがこの場に満ちていて、気が狂いそうになる。
目が合うと慌てたように僕の腕から逃れようと身を捩ってはみるけれど、本気で逃げだせるなどとは考えていないだろう。

「君は実に魅力的だ」
「ん…、っ…」
「けれど素直になりきれない。ヒデくんを逃がすつもりがないのは、本当は君の方だろう?」
「……違」
「見ていれば分かるよ。…ねえ、カネキくん。僕は君の後見人のようなものなのだから、言ってしまえば身寄りのない君にとっての家族のようなものであると思っているんだ。僕の前で嘘を吐く必要も、善くあろうとする必要も一切無い」

甘い唇へキスをして、頭を撫でて横たえる。
カネキくんがストレートな優しさに弱いことは、誰だってすぐに見抜けることだ。
悲劇の中にいる自分を甘やかしてくれる人に辛く当たれはしないはずだし、実際、当初散々警戒されていた僕だってそうだった。
大人しい幼子のように自主性のない。
輝く道徳と善意の世界の中にいる。
喰種から最も遠いところだけれど、そんな喰種がいてもいいだろう。
まるで絵に描いたようなプリンセスだ。
塔の上の姫君。
庇護欲が絆されて仕方ない。
途中から喰種になってしまったらしい彼の生い立ちや隻眼はレアで、手元に置いておきたくなるのは仕方がないし、何よりカネキくん本人が僕の愛を多分に奪っていく。
僕しか頼りがないというのであれば、僕が何だって彼の為に用意をしてあげなければならない。
居場所がないというのならつくってあげるし、人が恋しいというのなら飼い人だっていくらでも用意をしよう。
彼の身の回りを整えることが、今の僕の娯楽のようなものだ。
我が侭であればあるほどいいし、望めば望むだけいい。

「人は本来、利己的な存在さ。生き物は総じてそのようだ。僕は君の全てを許そう」
「…」
「可哀想に…。急に人間から喰種へと、その種すら変じるのはとても辛いだろうね。旧友の一人二人欲しいと思うのは当然だ。…ヒデくんは暫く僕が預かるよ。君に相応しいペットにするために、やはりある程度の躾は必要だと思うからね」
「…! で、でも…あのっ」
「ん?」
「痛いこととかは…!」
「ああ…。勿論しないよ。君が望むのならばね」

ばっと顔を上げて僕の腕を掴むカネキくんの肩を撫で、落ち着かせる。
何度目かのキスをすると、彼の体からふわりと力が抜けていくのが分かった。

「変わってしまった自分を見せることが怖いのかい?」
「だ…。だっ…て、まさか、喰種に、なるなん…て……っ」

震える声でそこまで言って、横たわったまま両手で顔を覆ってしまう。
泣き顔を見せまいと横向きになる彼に、小さく笑いかけた。
横になるカネキくんに添い寝するように隣に肘を着いて、艶のある黒髪から覗けている耳へ上から口付ける。

「勿論、最初はヒデくんも困惑するかもしれない。…けれど、人間が一匹生きるのに僕は何不自由なくさせるつもりだよ。危害を加えるわけじゃなし、きっとじきに慣れてくれるはずさ」
「…っ」
「確かに、我が家の外に出てしまえば君たちの関係を継続するのはとても難しいことかもしれない。だが、ここにいる間は君とヒデくんの安全は僕が月山の名に賭けて保障しよう。…それとね、いつまでもそう頑なに食事を拒んでいなくていいんだよ、カネキくん。他の生物の肉や臓物を、人間も食べるじゃないか。それと何が違うというんだい? 冷静に考えてみたまえ。誰にも君を責めさせない」

諭ながら布団の上に横たわる白い裸体のラインを、片手で撫でて愉しむ。
自分の手を視線で追い、うっとりと目を伏せた。
年齢はあまり違わないはずなのに、あまり運動をしないせいかどこか幼さの残る体の手触りはとてもいい。
ぐずぐずと鼻を啜りながら頑なに自分の腕に顔を埋めて振り返らないカネキくんが可愛い。
どうにも放っておけなくて、シーツに手を着く。
横から身を乗り出して彼の頭部の左右に肘を着き、包み込むように照明から塞ぐ僕の暗い影の中、彼の耳へ再びキスしてねっとりと耳の凹凸を舐める。
齧るのは後に取っておく。
今は彼の快楽こそが最優先だ。

「考えたまえ、mon trésor。今の君を心から愛し、力になっているのが誰なのかを。…さあ、顔を上げてごらん。それとも、僕のプリンセスの瞼を開けるにはやはりヴェーゼが必要かな?」
「……」

戯けるように告げる。
…と、鼻の先でカネキくんがまるで盗み見るように、腕の間からほんの少し瞳を向けてくれた。
両の目に溜まった涙が、そんな僅かな仕草でダイヤでも零れるように横へ流れていく。

「僕は君の素晴らしいその血肉が欲しい。決して長くはないけれど、ありとあらゆる者を食してきた僕の人生で最高の美食、それが君だ!だが、如何に治癒力が高くとも僕の食欲は君に痛みを伴わせる。…となれば、僕はいつだってそれを埋めるだけの快楽を与えるつもりだよ。しかしこれが罪悪感からだけでないことは…分かってくれるね、カネキくん?」

確かに最初は彼の味だけが目的だったかもしれない。
けれど今やそれは二の次……とはいかないながらも、それと同格にカネキくん自身が僕の心を掴んでいる。
曇り続ける彼の顔が少しでも明るくなるというのなら、何だって用意してみせる。
今更それを伝えることが難しいことは承知している。
恋は後から気付けば常に後手に回るしかないからね。
…が、本心だよ。
彼の感情を探りながら顔を近づけ、額に額を合わせて目を伏せた。

「Je t'aime à croquer…」

心が乱れ続けているカネキくんへ甘く愛を囁いて、音を立てて触れるだけのキスを。
今夜が僕に食される気分でないというのなら、諦めるつもりはないが先延ばしにしたっていい。
そう思える程、カネキくんの気持ちが僕の中では大切だ。
ヒデくんに嫉妬して彼を困らせてしまうくらいには。
…いやまったく、我ながら幼稚なことをしてしまったものだ。
あとでミラーは直さないとね。

「…今夜はここまでにしようか。君に時間が必要だというのなら、僕の仕事は待つことだ」
「――」

頬にヴェーゼを添えて伝える。
シーツに手を着いて詰めていた顔を離し起きようとした先に、ふ…とカネキくんが僕を追うようにして僅かに腕から顔を浮かせた。
――と。

「――!」

意外に思う間もなく、再度唇が重なる。
キスをしたことは何度もあるが、"彼から"というだけで、まるで全身を雷に打たれたような衝撃だった。

 

 

 

 

 

 

「…カネキくん。無理は」
「無理、させて…ください…」

僕の肩に両手を置いて、俯きながら聞こえないような声量でカネキくんが応える。
ベッドに腰掛ける僕の膝の上に向かい合うように腰を下ろそうとしているカネキくんが信じられなくて、行き場のない両腕がやんわりと彼を支えてみるも、本当にそれで良いのかどうか分からずすぐに手放してしまいそうになる。
あぁあぁああ、夢にまでみた積極的なカネキくん…!
僕を拒むどころか進んで擦り寄ってくれた時のあの衝撃。
先刻の彼からのキスから思考が落ち着かず目眩がしそうだ。
滅多に無いことなのだが、顔が熱い気がする。

「そのまま座ってごらん」
「…でも、僕の…が、月山さんに当たってしまうし…」
「是非そうして欲しいね」

当ててくれたまえ存分に。
…という言葉は殺しておいてキスをすると、ゆっくりカネキくんが膝に座ってくれた。
彼の硬いものがシャツ越しに腹部に当たりとても興奮する。
両手の指を組んで彼の後ろ腰を抱き、その先端で臍を刺激すると、ぞくぞくと快感が背中を駆け抜けていく。

「ふふ…」
「……月山さん」

暫く俯くように自分の下半身を見下ろしていたカネキくんが、意を決したように息を呑んでまだ涙の残る顔を上げた。
縋るように僕を見る。
けど、いつもの瞳とは少し違う。
爛々と輝く左目が、今日もルビーのように美しい。

「何かな?」
「ヒデ…。ヒデを……絶対に…絶対に逃がさないでください…!ずっと、ずっと僕にください!」
「勿論だよ」

ちゅ…と彼の首に口付ける。
すっかり彼に与えたはずのものを受け取ることさえ戸惑っていたのだろう。
促すような僕のヴェーゼに、彼が思いつくかぎりの我が侭が連なって発せられる。

「僕…僕は、彼がいないと困るんです…っ。彼が唯一の友人なんです!例え喰種になっても、ヒデだけは失いたくないんです…っ!」
「彼は今だって君の可愛いペットじゃないか。そうとも、逃がすなんて馬鹿げている。大丈夫。彼はずっと君の傍にいてくれるよ」
「それから、次の食事は僕も貴方と同じものを食べます!もう…もう本当に、そうします!しますから僕…!スープ以外の、何か…何か色々!人間だって、他の生物を食べるんです!僕だって食べます!僕は喰種になったんだから…!」
「本当かい? ああ…それは嬉しい!」
「あと本もたくさん読みたい!小説…わくわくしたりはらはらしたりするフィクションや美しい詩や、紙の匂いが恋しいんです!たくさん欲しい、読み切れないくらいの…。お願いします月山さん。文字に埋もれたい。嫌なものはもう見たくないんです。美しく広い活字の世界が恋しい。コーヒーの勉強もしたいし、道具が色々欲しくて…。あと、あとは…」

詰まった呼吸で精一杯自分の殻を破るつもりでいるのだろうけれど、彼の欲望は少なすぎて、あっという間に尽きてしまうようだ。
微笑ましい気持ちでそれを聞いていた。
震える声を感じながら両手を下へスライドさせ、彼の柔肉を掴んでローションの残る蕾へ人差し指を差し込む。
先程解したおかげもあって、すんなりと指が入っていく。
ぴくっとカネキくんが跳ねて、僕に体を預けてくれる。

「っ…!」
「何だって叶えてあげるよ。あとは…そうだね。ペットはヒデくんがいることだし、愛し合える恋人なんて欲しくはないかい?」
「…。食料じゃなくて…ですか…?」
「おや。証拠を見せろというのであれば、今日は君を愛するだけで食事は結構。…どちらとしても君は魅力的という話さ」
「わ…っ」

唇の端から零れる唾液がやはり勿体なくて、ぺろりと舐め取った。
音を立てて指を抜き差しする度に、臍をカネキくんのもので擦られてとても気持ちがいい。
僕の指を根本まで、難無く食べてくれる。

「痛かったら言いたまえよ?」
「ぁ、う…」
「はあ…。分かるかな? ここが君の好い所…だね」
「…! はっ…っ、ぁ、や…っあ、あ」

カネキくんのアナルの形は大体覚えたつもりだけれど、それを確認すべく出し入れを繰り返し奥へ指を進め中で開いては広げていく。
ああ…。
柔らかいカネキくんの直腸…。
ペニスと同じでいつか一度でいいから食してみたい。
夢中になって彼の体内に酔っていると、ふ…とカネキくんが熱い息の途中で僕を見上げた。

「…。月山さん、その…」
「ん?」
「月山さんの、が…当たって、て…」
「愛するカネキくんの感じる顔をこんなにも近くで見ているのだから、当然こうなってしまうよ。今日は君からヴェーゼをもらえたから、いつも以上にね」
「…」
「クールに見えるかい? だとしたら、褒めて欲しいくらいさ。僕は君なしじゃいられない」

小声で囁くだけで、カネキくんが真っ赤になる。
俯くことはあっても顔を背けることはない。
前回までと違うその反応に、くらりと世界が反転しそうになった。
…最高だ。
夢じゃないだろうか。
夢だったらこのまま死んでも構わないから覚めたくない。
もし僕が寝ているとして、今僕を起こせばその者を殺めてしまう自信がある。
現実であることを確かめたくて再びキスをする。
舌が逃げない。
嫌々捉まるのではなく、寧ろ合わせてくれる。
それだけで溶けきってしまいそうだ。
…唾液を絡め合い、カネキくんが苦しそうな顔になる頃にようやく糸を引いて舌を離す。

「ん…」
「…カネキくん。いいね?」

指を抜き、彼のヒップを下から支えるように持ち直す。
腰を僅かに浮かせて溶けたアナルに僕の熱を添え、先端を擦り付ければ吸い付くように先が埋まっていく。
いつものように彼が控えめに頷くのを待っていたのだが、今日のサインは頷くのではなくそろりと首に擦り寄られ、そんな彼の行為に驚いてしまった。
自分の首に身を寄せたカネキくんが不安そうに僕を見上げ、その視線が合った瞬間に何かがすっかり外れてしまい、ぐっと彼の腰を落とさせてもらった。

「っ、あッ――!」
「…っ」
「うあ…っ」

ず…と多少の引っかかりは仕方がないとして、指を入れている時に感じた柔肉が僕を迎え入れる。
はあ…。
狭くてとても心地が良い。
僕にしがみついてくれるカネキくんの指が背中と首の後ろにかかり、その場所が酷く熱い。
むっとする汗と精液の香りがまた堪らない…。
抱えている彼の体重も僕のものだ。
膝の上で何度も彼を突き上げて貪るように愛してしまう。
こんな抱き方があるだろうか、彼を労らなければと思うのに、体が言うことを聞かない。
がくがくと揺すられるカネキくんが哀れでならないのに、それをしているのは紛れもなく僕なのだ。

「ぁ、つ、きっや…」
「っ…」
「熱…、ぁ あ……月山さん…っ」
「っは…。あぁ…愛してるよ、カネキくん――!」
「っ――!!」

名前を呼ばれる度に小刻みの波が生じていて、耐えていたがやがて達してしまった。
身勝手な僕のリズムに合わせさせられていたカネキくんも、同じく今一度精を吐き出してくれる。
…ああしかし、次は飲もうと思っていたのに。
未練がましく見下ろせば、彼のミルクがシャツの腹部にどろりとかかり早速吸収を始めている。
…あとで味わおう。
射精した途端、くたりと僕に倒れ込むカネキくんを抱き直し、甘い香りを堪能しながら深く息を吐き出す。

「ふう…」
「…、はぁ…は…」
「…大丈夫かい? すまないね、カネキくん。無茶を――」

頭を撫でようと片手を彼の後頭部へ添えかけたところで、す…とカネキくんが僕の肩から顎を浮かせた。
まだ熱の残る体を僕から離し、乱れた呼吸を何とか落ち着かせようとしながらも、僕の頬に片手を添える。

「……僕も」
「…。…what?」
「僕も、月山さんが…好き、だと…思います……。…ごめんなさい。ずっと…騙す気なんだとか、食べる気なんだとか……そんなわけないって、疑ってて…。…でも」
「…」
「僕が暴れても、泣いてても…変わらず、たくさん優しくしてくれて…。…たくさん、ありがとうございます。あの…何ていうか、本当…――好き、です。……月山さんが、僕で、ぃ…いい、なら」

…カネキくんが恐る恐る僕の髪を撫で、頬を撫で、首筋に一度擦り寄ってから唇にヴェーゼをくれた。
…。
本日二度目の雷に打たれて動けない数秒の間、僕を抱き締めてくれたカネキくんにろくな反応ができず、数秒を経て彼を抱き締めながらベッドへ押し倒させてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で?」

引きつった笑みで、ヒデくんがソファに腰掛ける僕を見下ろす。
彼の私服はカネキくんと出かけていった先日の買い物で買ってきたものらしい。
まあまあ、悪くないセンスだ。
彼は自分に合う色を分かっているらしい。
少なくとも、午後の優雅なティタイムを邪魔する風体ではないからね。

「えーっと…。何、お前…。そんで、コレに堕ちたの?」
「えっと…」
「失敬なペットだね、君は」

親指で僕を示すヒデくんの腕を、払うようにして下げさせる。
僕に腕を払われ、大して思ってもいないくせに大袈裟に怯えた振りをし、彼は向かいに腰掛けているカネキくんの隣に滑り込むように座った。
調教師に頼んだヒデくんは、思ったよりも随分早くこちらの注文をクリアして返却されてきた。
一流の調教師を選んで頼んだのだが、その人物曰く彼はとても理解が深く許容も広く状況の呑み込みも早いらしく、しっかりと自我を戻した彼に事情を説明すればあっさり状況を理解してくれたらしい。
何の問題も無かった…と、早々に返されてしまい、あまりの手応えの無さに半額でいいとまで言ってきたが、それを知ったカネキくんがとても感動していたので、料金とは別にチップを与えたら呆れた顔をされてしまった。
「なっちまったものは仕方ない。話を聞く限りお前の責任じゃないし、食物連鎖が生き物の業で、罪なのは他生物を食すことでなくて必要以上に狩り捕ること」というのが彼の考え方のようで、堂々とそう言ってのけた。
ヒデくんを手元へ返されてもどう面会すればいいかと三日三晩本気で悩んで不眠症になりつつあったカネキくんとの差が大きすぎて、寧ろカネキくんが哀れだったくらいだ。
…まあ、「どうしたらいいでしょう…」と不安げな彼も大変に魅力的であったからそれはいいのだけれども。
最初は口だけのイデオットかと思ったけれど、どうやら本当にその言葉を支える為の犠牲のことも考えての発言だったようだし、再度僕と一対一で話した時も家族や友人などを捨てる覚悟を見せてくれたので、改めて彼にカネキくんの飼い人という地位を与えることにしてやったというわけだ。

「いっつつ…。あーもーカネキー!月山さんが腕殴ったー。折れたかもしんねー!」
「本気で折って欲しいのならご期待に添えられるよ?」
「大袈裟だよ、ヒデ…」

これ見よがしに肩に肘をかけて痛がってくるヒデくんに苦笑しながら、カネキくんが控えめに笑う。
以前の僕ならば、目の前で僕のカネキくんに抱きつくなんて我慢がならなかっただろうけれど…。
ふ…。まあ黙認しようじゃないか。
ヒデくん程度ではこの僕が揺らぐ必要もない。

「別に、堕ちたっていうか…。今まで仮だったけど、行く当てもないし…月山さんの所に落ち着けるようにしてくれたというか…」
「カネキくんがとうとう僕の愛に気付いてくれたというわけさっ!」
「愛とか言ってるけど?」
「え、いや…。まあ…」
「ふぅ…。いいかい、ヒデくん」

ティカップを片手に席を立ち、二人の視線を受けながらテーブルをぐるりと回ってヒデくんとは反対側のカネキくんの隣へ腰掛け直す。
足を組み、ヒデくんの肘をピシリと払ってカネキくんの肩を抱き寄せた。
カネキくんが一瞬肩を震わせるが、逃げるようなことはない。
真っ赤な顔で汐らしく俯いてしまうだけだ。

「そもそもね、僕らは随分前から愛し合っていたのさ。ただ…可哀想に、数奇な運命の道が用意されていたカネキくんの心が落ち着く時間が必要だったというだけで」
「数奇なら俺も十分数奇だと思うんスけどねえ…?」
「今となってはどれも良い想い出だね、カネキくん」
「いや、まだそんなに一緒にいませんし…」
「ハイハイ。俺のご主人サマとイチャつくのは二人きりの時にしてくれ。流石に痛いわ、見てて」
「…ん?」

カネキくんから離れてソファの背に身体を預けたヒデくんの襟の中で光るものが目に入り、思わずカネキくんを片手で抱き寄せながら彼を覗く。

「おや。ヒデくんに首輪を付けたんだね、カネキくん」
「あ、はい。気に入ってくれたみたいで…」
「あー、コレね」

襟を開いて、ヒデくんが指先でそれを持ち上げる。
メンズのレザーネックレスだ。
長さが短めなので、ネックレスよりも短くチョーカーよりも長い。
我が家がいつもオーダーするアーティストに特注で造らせたものだが、実物を見るのは始めてだ。
トップにシルバープレートがかかっており、"L'oeli(隻眼)"と掘ってある。
それから…。

「ふぅん…。君もルビーがそれなりに似合うじゃないか」
「げ…。やっぱモノホンなのかよ、これ」
「だから言ったのに…」

プレートを縦断するようなデザインで組み込まれているルビーはピジョンブラッドだ。
カネキくんの美しい隻眼には程遠いけれど、ヒデくんにはこれくらいでModerate!
何故か妙に苦い顔でネックレスを抓むヒデくんに、カネキくんが小さく笑う。
ヒデくんに首輪を付けるのを長々と延ばしていたけれど、こうして形になるとあまり興味の無かった僕でもそれなりに嬉しく感じるものらしい。

「似合ってるよ、ヒデ」
「そーだろ? デザインなかなかいいしな」
「カネキくんへは僕が今指輪を造らせているからね。あと少し待っていておくれ」
「…え?」
「うわ…。カネキ結婚する気だぞこいつ」
「何を言ってるんだい!決まってるじゃないか!!」

驚くカネキくんの腰を抱き直し、額にキスする。
ここまで来るとヒデくんがいる手前、シャイな彼は逃げだそうとする素振りこそ見せるけど、分かっているよ本気でないことは!
カネキくんを抱いたまま、近い将来を思い描いて空いている片手を空へと伸ばす。

「可愛いペットもいることだし、あと僕らに必要なのは気候の良い場所にある白亜の邸宅、薔薇の美しい庭くらいのものだ!プライベートアイランドも別荘に欲しいところだね。僕が君を世界一幸せにしてみせるよ、カネキくん!暫くは二人きりでいたいが、やがては君に似た可愛い子どもと…」
「いやできませんよ!」
「おや、知らないのかなカネキくん。できるよ」
「ああもう…。何言ってるんですかまったく…。ねえ、ヒデ?」
「…いや。確か遺伝子的にはそろそろとか何とか…」
「…。…え?」
「アメリカの企業や学者にも我が家の知人は多いから安心したまえ。法律化を待つつもりはないよ。そうだ、代理母は松前に任せよう。僕の子どもの乳母を早くやりたいと言っていたしね」
「うーわ。スゲエ、そこの当ても既にあるんだ…」
「…」
「…? カネキくん?」

気分でも悪いのか、ふら…とカネキくんが急に力なく僕へもたれかかった。
そのままじわじわと背中を丸めて、両手で顔を覆うと俯いてしまう。
驚いて、慌てて彼の背へ片手を添えるとソファから腰を浮かせ、彼の足下へ片膝立てて屈み込む。
顔を覆ってしまっているので顔色が分からないが、蹲っている以上何かしらあるのだろう。

「どうかしたかい? 気分が悪く? 何てことだ!今夜はディナーの日だというのに…! ああ、今すぐ横になった方がいい。僕がベッドまで運ぼう!」
「……」
「…カネキ。お前たぶんホントぶっ飛んだ幸せゲットできるわ。…受け入れるんならな?」

ご主人様が体調不良だというのに、隣で深々溜息を吐きながら平然とヒデくんが言う。
彼に言いたいことは二言三言では足りないが、今はカネキくんが優先だ…!
抱き上げようと足と背に手を添えた途端、片手だけ顔から離し、「いいです…」と制するように僕の胸へ軽く手を添えたので、反射的にその手を取って指へヴェーゼを添えた。
片手が離れたことで覗けたカネキくんの顔色は確かに少し青白いような気がしたが、耳が酷く赤かった気がする。

尚もあれこれと案じていたが、困ったような顔で「心配しなくても、ディナーは一緒に食べますから」と笑うカネキくんに、無理はしないで欲しい、体調が悪いようならば明日に延期しようと伝えると、彼はやっぱり困ったようにふんわりと微笑した。


 


 





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