一覧へ戻る


流れで、KAITOさんがうちに一泊することになった。
…意外な展開で気持ちがついてこない。
なんとなく、ぼーっとする。
本当なら明け方、店閉めるまでいてマスターと一緒に帰ってくることが多いが、今日はおにーさんがいるからってんでかなり早めに追い出された。
携帯の時計を見れば、日付が変わったばかりだ。

「勇馬くんとマスターさんの家で、すごいとこにあるんだねー」
「…店から駅三つだから」

所謂、高級住宅街のサイドネームがある駅で降りて歩き出すと、間を置かずにKAITOさんが周囲を見ながら間延びした声で言った。
高級住宅地と言えば聞こえはいいが、ベッドタウンと何が違うのか、ぶっちゃけよく分からない。
本当に金と時間的余裕があれば、こんなとこ選んで住むとか無いし。
金と時間あって本気で都心のこの場所選んでるとしたら、精神どっかイってるとしか思えない。
深夜の住宅地なんて静かなもんだ。
店の周辺にあるザワザワ感が一切無い。
雰囲気が、夜の海に近い。

「…そういえば、おにーさんってどこ住んでんの。あいつの持ち家?」
「俺のマスターはマンションだよ」
「ああ…。じゃあ、一緒だ。うちもだから」

庭付き一戸建てとかだったら、狭いマンションじゃ申し訳ねえなーとか思ったけど、それなら大丈夫だろう。
…って、あの地味な男がそんな華やいだ暮らししてるとも思えないから、そうじゃないかとは思ってたけど。
そんなことを話しているうちに、すぐマンションの入口に着く。
駅からはかなり近い。

「え…!ここなの?」

門を潜って、玄関前にある数段の階段を先行して上がると、後をくっついてきていたKAITOさんが段下で足を止めて目の前のマンションを見上げた。

「…? そうだけど…」
「でか!」
「…そう?」

あんま気にしたことないけど、背後を振り返って居住してるマンションを振り返る。
静か、駅に近い、朝日が見える…の三点が、うちのマスターの家決定な条件だったらしい。
実際、確かに目の前のこれは高さのあるマンションで、マスターの部屋は上層にある。

「…おにーさんちよりでかいの?」
「ぜーんぜん違うよー」
「そう…。…まあ、行こうよ」

促して、俺は奥のドアで使うカードを取り出しながら、一枚目の自動ドアをくぐった。



song for you




「ほわあー…!」

部屋の鍵を開けてすぐ、入室よりも先にKAITOさんは足を止めてそんな妙な感嘆の声を出した。
ドアを開けて押さえたまま、隣でそれを聞く。
遅れて、KAITOさんが見ている視線の先……俺たちの家の入口の風景を改めて見てみるが、特に大したものはないように思う。
リビングに続くフローリングの床に、面白味のない白い壁…に、小さい絵画が一枚。
ドアがちょいちょいに観葉植物の鉢がひとつ。

「すごーい。広いねー!廊下とかあるんだー」

いや、まだ入口っすけど、にーさん。
廊下見て広いって…。
…変な人だ、相変わらず。
見ていて面白い。

「…どうぞ。立ってないで入っていいよ。なんも無いけど」
「お邪魔しまーす!」

漸く玄関に入ってくれたんで、ドアを閉めて鍵をかける。
すぐ横の靴棚上に置いてある銀のピアスかけに鍵を引っかけ、兄さんに遅れて床に上がる。
俺のスリッパは足下にすぐあるが、客の分がない。
不意打ちだったんで仕方ない。
先に俺だけ履いて、リビングへ案内した。

「おおー。やっぱ広ーい!」
「…そう?」

リビングに出ても、KAITOさんは興味津々という顔で周りを見回した。
リビングとキッチンがくっついてるスペースだ。
まあ、それなりに広いのかもしれない。
物も無いし。

「座って。スリッパ出すから」

テレビの前のソファを示しながら、自分は物置代わりの戸棚を開ける。
滅多に使わない客用のスリッパを出して、片膝着いてソファに座ってきょろきょろしてるKAITOさんの足下に揃えた。

「はい…。使って」
「ありがとう。…人の家にお邪魔するの初めてなんだ。なんか新鮮だよ」
「面白いものはあんま無いと思うけど…。時間が時間だけど、何か飲む?」
「勇馬くんと同じもので」

笑顔でさらりと言われると困る。
片手を首の後ろに添えて、少し迷った。
…えーっと。

「…俺、あんま家では飲まないんだよね。店で結構がぼがぼ飲んでるし」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、俺もいらないかな。色々もらっちゃったし。マスターさんにお礼言わなきゃ」
「あ、そう…」

それでいいならそれで。
…でも、そーすっと、やること無いんだよね。
場持ち的な意味で。
どーすっかな…。

「…」
「…? 座らないの?」
「…ああ。うん」

ソファの横に突っ立ってた俺に、KAITOさんが尋ねた。
いつまでも立ってちゃうざいか…。
俺の家のはずだが、何となく落ち着かない。
変にそわそわするのは何だ…?
うちに客とか、マジで初だから、こっちもこっちでどうしていいか分かんないんですけど。
…取り敢えず、促されるままにKAITOさんの座っている長椅子の斜めに置いてる一人がけのソファに腰を下ろして足を組み、帽子を取る。
微妙に落ち着かない俺とは違うのか、KAITOさんの方は至って普通に俺を見てくる。

「勇馬くんって、あんまりテレビは見ないの?」
「ああ…。うちはあんまりかけないかな。朝、マスターが見てるくらいで」
「へー」
「見れば。見たければ」
「ううん。今はいいや」
「…おにーさんちはよく見んの?」
「うちはいつもかかってるかなー。色々見るよ」
「面白い?」
「うん。結構。ものに因るけど」
「ふーん…。…俺、あんま好きになれないんだよね、テレビ。特に芸能とかバラエティとか駄目。つーか、意味分かんねえ。他人がどうこうとか、興味ないし。会ったこともない奴が結婚離婚したから何?みたいな。全然関係ねーし。バラエティも馬鹿らしくて着いてけない」
「うーん…。まあ、俺もそこまでじゃないんだけど…。でも他にすることも無いしさー。勇馬くんいつも家帰ったら何してるの?」
「風呂入って寝る…かな」

面白味のカケラもない奴で悪いけど、マジでそんくらい。
朝方帰って、軽く何か作って食べて、後は風呂入って爆睡する。
店が休みの日は、マスターが何かするから、それに便乗するくらいで、便乗しない時はやっぱ寝てるかも。
何気なく率直に応えると、KAITOさんは壁にかかってる時計を見上げた。

「え、じゃあもしかしてもう眠いんじゃない?」
「あー…いや。普通もっと店いるし。そりゃ、帰れば風呂入って寝るけど。…でもいいよ。今日はおにーさんいるし」
「お風呂入ってきちゃえば?」
「いや、入るならおにーさん先に使ってって言わないとオカシイっしょ」

一方的に泊まりに来たとはいえ、客だし。
風呂使うならそっち先でないと道理が立たない。

「入るなら、温度上げるけど」
「あー…。えーっと…別にいいかなーん」
「…?」

風呂の温度を上げてこようかと言ってみると、KAITOさんが妙な反応をした。
急にさっと視線をそらし、明後日の方向を見る。
どこか焦っているようにも見えたが、今の流れで焦るとことか無いし。

「…何。ケッペキ?」
「いやいや、違うんだけど…」
「寝間着だったら、ジャージ貸すけど」
「いやいや、じゃなくて…」
「…。何」

よく分からなくて首を傾げる。
間を置いて、KAITOさんがため息を吐いた。
曖昧な顔のまま、言いにくそうに告げる。

「…俺、お風呂嫌いなんだよねー」
「…」

風呂が嫌い?
おにーさんが?
…それは少し意外だった。
軽く呆けたまま、聞いてみる。

「…何で?」
「何でって…。まず意味無く毎日定期的に濡れるのがよく分からないしあんまり好きじゃないし、ソープの薬品臭い匂いもぬるぬるする感じも好きじゃないし…。大体、洗ったくらいじゃあまり綺麗にはならないじゃない。それに、俺たちあんまり汚れないしさ。抗菌だし自己衛生システムは通常稼働中だしぃー…」

間延びして、子供の言い訳っぽくつらつら並べてみる。
…まあ、確かに普通の人間よりは菌もウイルスも着かないし、見た目着いた汚れだけ拭えば十分っちゃ十分だけど。

「まあ、洗う洗わないはいいとしても…。臭いとかどーしてんの」
「…臭い?」
「付くっしょ。臭い」

確かに、KAITOさんの言うとおり、アンドロイドな手前汚れとか不衛生とか、そーゆーことはあまり気にしなくていいのかもしれない。
勿論、俺らもコンピューターウイルスにはかかることがあるんだろうが、種類が全く別だ。
皮膚やられることもあるかもしれないが、それにしたって人間ほど抵抗力が無い訳じゃない。
菌?ウイルス?
微生物とか、そんなんで死ぬほど体調崩すとか、何ソレウケるとかそーゆーレベルだ。
薬品付けて身体を洗うのが苦手ってのも分からなくはない。
システム的に常に清浄を保っているから、定期的に、毎晩自ら湯に入ってわざわざ濡れる習慣があるってことに対して、妙に感じるのも分かる。
でも、実際の清潔さにかかわらず、臭いってものがある。
自分でやらなくても、俺なんかは毎晩、帰ると自分が煙草と酒、香水臭いのが分かる。
KAITOさんだって、今日はいつもより随分長い時間店にいたはずだ。

「煙草の臭いとか、移ってると思うけど」
「服でしょ? 服変えればいいんじゃないの?」
「皮膚も吸うっしょ、普通」
「ええー。嘘ぉ。本当ー?」
「いや、知らないけど。俺はね。…おにーさんは違うなら、それでいいんだろうけど」

俺の言葉に、自分の右手の甲を鼻に添えて確認した後、KAITOさんは首をかしげた。

「…自分じゃよく分かんないな。そう言われれば臭うような気もするし、気のせいな気も…」
「シャワーだけ浴びれば」
「ええー…」
「…いや、無理にとは言わないけど」

そんなに難色を示すなら、勿論無理強いはしない。
…つか、普通にしない。
別に衛生的に良くないわけじゃないから、風呂入るも入らないも、好きずきだ。
嫌なら入らなくても構いはしない。
…とはいえ、俺は特別嫌いなことでもないので、KAITOさんが入らないというのなら入らせてもらおうと思って、席を立った。

「…じゃ、俺シャワーだけ浴びてくるから。良かったら、おにーさんも着替えだけしとけば。寝間着渡しとく」
「あ、うん。ありがとー」
「ちょっと待ってて」
「…あ!ちょっと待って!部屋行くなら付いてっていい!?」

部屋にジャージ取りに行こうとすると、おにーさんも慌てて席を立って、歩き始めた俺を引き留めそう言った。
目とか、すげーきらきらしてんスけど。
恐らく尻尾とかあったらぶんぶん振っていることだろう…とか、想像しやすそうなあたりどうなんだ。
何でこの人、身長あんのに可愛い系で見えんだろ。すげー不思議。
…俺の部屋見たって、何も面白いものは無いと思うけど。

「…。まあ、いいけど…」
「いえーい!」

万歳してから、とたとたと俺に着いてくる。
…何か、やばいもんとか出してなかったよな。
特にこれといって無いはずだが、それでも今日家を出る前の部屋を必死に思い出しながら廊下へ出る。
そもそも、どうせ寝てもらう時はベッド使ってもらうつもりだし。
玄関からリビングに至るまでにいくつかのドアがあったが、その一つが俺の部屋だ。
別に鍵は無い。
ドアノブ捻って普通に開ける。
ざっと一瞥するが、やっぱ特別妙なものは置いて無くて安心した。
ドアを開けた俺の背後から、ひょいとKAITOさんが中を覗く。

「へー。綺麗にしてるね」
「寝るだけだし…」
「ちょっとサッパリしてる吸血鬼の部屋みたい」

何だそれ。
別にデザインとかコーディネートとか気にしたことは無い。
好きな物を適当に置いただけだ。
日常的に使っているのは、壁に埋め込まれてるクローゼットと部屋の端にある、革ソファ型のベッドだけだ。
あとは窓向いてる一人用のリクライニングチェアくらい。

「椅子、座っていい?」
「いいよ」

KAITOさんは興味を持ったらしい窓際のチェアにどかりと座って、楽しそうに足掛けに足を乗せた。
…えーっと。
ジャージ、ジャージ…。
クローゼットを開けて、寝間着代わりに使ってるジャージを一組取る。
…サイズ絶対ぇ一回りでかいけど、まあ寝るだけだしいいよな。
自分の分も取りだして下着を用意したところで、はた…と気付いて肩越しに背後を振り返る。

「おにーさん、下着どーすんの」
「えー? 別に今のでいいよ。そこまで着替える必要無くない? 何なら脱いじゃってもいいし」

チェアに座ったまま、窓の向こうを眺めてKAITOさんが応える。
普通、毎日取り替えるもんだって頭ん中入ってるから俺も毎日着替えてはいるけど、ぶっちゃけ汚れない。
人間は排泄があるし発汗量も多いから、それを吸う役割があるらしくて他の服より汚れるらしいけど、それも無い。
服の一部ってだけだし、中に身につけるのなら無くてもまあ実質問題は無いだろう。
でもそれは変態に部類されるんで止めるべきであることは承知しているが…。
…世の中変態じゃない人間なんていねーだろーよとかも思ってんで、それも大したことじゃないと俺なんかは踏んでいる。

「…じゃあ、それで」

自分の分の下着だけジャージの上に乗せて、屈んでいた背を直してクローゼットを閉めた。
座ってるKAITOさんの横に立って、伸ばされている膝の上にぽいっと黒に黄色ライン入ってるジャージを投げる。

「…はい。あげる」
「ありがとー。お借りしまーす」
「…。イス、気に入った?」

立ち上がる気配も無ければ、窓の外から視線を外す気配も無い。
リビングのソファに座って、すぐに俺と会話を始めた時とは随分反応が違う。
よっぽど気に入ったのかと思ったら案の定で、兄さんはころころと笑った。

「うん。とってもいいね、これ。座り心地いいし、夜がきれいに見える」
「…?」
「ほら、月」

青いマニキュアが輝く指で、窓の向こうの黒に浮いてる月を示す。
…ああ、うん。
月。
今夜は三日月という程細くもなく、満月と言うほど円形でも無いが、それなりに太っている月だ。
俺の部屋の窓は大きく、深いワイン色のカーテンはいつも開けっ放しなんで、常に外の様子が見える。
高層にあるこの部屋からは、同じく高層の建物の頭や上半身が見えるていどで、下のごみごみしたのは視界には入らない。
…いつも帰ってくんの朝方だから、俺も夜景なんて久し振りに見た。

「…遊びに来て良かったー」
「…」
「一人で留守番とか、ほんと、ぞっとしちゃう」

不意に、KAITOさんが間延びした声で呟く。
何となく、俺はそれを横で聞いていた。
少し、心が動く。
…くるりと一度首だけ振り返り、部屋の端のベッドを見た。
いい感じに乱れていて、枕とか布団とか、微妙にずり落ちそうな勢いだが…広さは結構あるにはある。
…。
リビングのソファんとこで寝ようと思ってたけど――。

「…。おにーさん」
「んー?」
「それ、人肌好きっぽく聞こえるけど…。狭くて良ければ、俺一緒に寝た方がいい?」
「…え?」

何気なく聞いてみると、KAITOさんが数秒瞬いた。
それから、見る間にさっき部屋に付いてくる時みたいに目をきらきらさせて俺を見上げる。
予想斜め上の反応だった。
真上を見るようにして、KAITOさんが顎を上げる。

「え、ホントに? いいの?」
「別に。俺は構わないけど」
「うざくない?」
「あんまりうざかったら、おにーさん寝たあと引き剥がすから、平気。…ただ、マジで狭いと思うよ」
「いいよいいよ。うわー、やったね~」
「じゃあ、着替え終わったらそこのベッド寝てていいから。部屋にあるものは適当に使って。飲み食いしたければキッチンの冷蔵庫とか開ければ、何かあるから。…俺、風呂入ってくる」
「行ってらっしゃーい!」

満面の笑顔で見送られ、俺は廊下に出た。
後ろ手にドアを閉めたところで、息を吐く。
…今さっき見た笑顔を思い出し、小さく吹き出した。

「なんか、犬みてぇ…」

聞こえないよう一人でしみじみ感想呟いてから、すぐそこのバスルームへ、片手に持ったジャージを軽く放りながら向かった。

 

 

 

 

ざっくりシャワー浴びて髪拭いて、いつものようにタオル頭に被ったまま部屋に戻る。
KAITOさんはベッドに寝転がって、既に布団に入っていた。
面白い雑誌でもあったか、今はペラ本を捲っている。

「あ、お帰りー」
「お待たせ」
「あれ…? 勇馬くん上は着ないの?」
「寝る時は上は何も着ない。楽だし」
「風邪ひかない?」
「いや、ひかないから」

風邪とか無いわ。
頭に被ってたタオルを首に下げて、小さなテーブルに投げてある櫛で適当に髪を梳く。
本当はドライヤーした方がいいんだろうけど、めんどい。
俺が髪を梳かしていると、KAITOさんが読んでいた雑誌を閉じた。

「それじゃ、もう寝る?」
「ああ…。ちょっと待って。柔軟するから」
「柔軟…?」

そのまま床に座って、開脚する。
前屈したり捻ったり、足の筋を伸ばしたり…。
風呂上がりの日課になってるそれを黙々としてると、ベッドの端までやってきて両手を添え、KAITOさんが興味津々という様子で凝視する。

「…。なに?」
「それ、いつもやってるの?」
「ああ…。大体は」
「へえー…」
「…」

何が面白いのか、一通り終わるまでKAITOさんはひたすらにこにこと眺めていた。
だからなんも面白いのとか無ぇって…。
やり辛かったが、取り敢えず終わって、首にかけてあるタオルを放り、リクライニングチェアの背にいつものようにひっかけてから、立ち上がった。
主電源ある壁のスイッチに手を添える。

「…じゃあ、電気消すよ」
「はーい」

カチ…と小さな音を立てて明かりは消える。
部屋の灯り元から消しちゃってるけど、基本カーテンが全開なんで暗くはならない。
現に今も、窓の形に月明かりと夜景明かりが室内にくっきりと差し込んでいて、視界に問題はなかった。
ベッドに近寄っていくと、先に入ってたKAITOさんが嬉々として布団をまくる。
着替えたらしい黒のジャージはあまり似合ってはいない。
…というか今更だが、マジで狭いと思う。
サイズ的に問題は無くても、気分的に。

「はい、はい。こっち!」
「…。マジちょっと狭くない?」
「え、駄目? 俺は狭い方が好きなんだけどな。…あ、でも勇馬くんが辛いならいいんだけど」
「…」

そんな困り顔で気遣い付け加えられても、あんま意味ないんで。
一瞬考えた挙げ句、大人しく横に入ることにする。
俺が布団片手にめくって片足乗っけると、KAITOさんが奥にずれた。
…近。
体温が傍にあって落ち着かない。
希に、体温が傍にあった方が眠りやすいとか、おにーさんみたいなのいるけど、俺なんかは無理だわ。正反対。
横とかでもぞもぞ動かれると、気が散って仕方ない。
仰向けになったまま、そっと距離を取る意味で、片足折ってベッドから下ろす。
…ああ。そうだ。枕。
思い出して、頭の下の枕をKAITOさんの方へずらした。

「枕。やる」
「あ、俺枕いらなーい」
「…あ、そ」

ベッドの下へ捨てる。
スペース的に邪魔。

「髪、濡れてるけどいいの?」
「いつもこれで寝てるから」
「寝癖すごくない?」
「帽子かぶると大体直る」
「へー」

会話終了。
…なのに横からの視線が痛い。
我慢しようかとも思ったが、耐えきれなくなって半眼で横を見た。
それで察してくれても良さそうだけど何も変化なさそうなんで、片肘付いて掌で頬を支え、俺も兄さんの方を向く。

「…あのさ、おにーさん。何でこっち向いて寝てんの」
「え? …あ、ごめん。気になる?」
「気になる」
「勇馬くんこんな近くで見るの初めてだからさ」
「…趣味悪くね?」
「そーかな? …勇馬くんてさ、目が黄色なんだね」
「…」

逐一人に興味あんな、この人。
…別に、全然嫌いとかそゆーんじゃないが、落ち着かないからさっさと寝て欲しい。
喋って歩いてる"KAITO"を見るのは面白いけど、この人の寝てる所はあまり見たことがないから、見たいってのもある。
動いていると落ち着かないっていうのもある。

「…眠れない?」

聞くと、KAITOさんが擽ったそうに身動ぎした。
いつもマフラーでそうしているように、ジャージの襟に顎を埋める。

「いつもと場所違うからねー。それに、人とこんなに近寄ったの久し振りかも。もうちょっと心音聞いてたい。寝るの勿体ないよ」
「俺、心音無くない?」
「俺たちはね。…でもほら、何かあるじゃない、ここに。メトロノームみたいな一定音。何ていうんだろうね、これ。でも、やっぱり心音でいいと思うんだけど」

KAITOさんが自分の胸に片手を添える。
言われて、俺も精神集中して耳を澄ますと、目の前のボディからとくとくとあまり聞かない音が聞こえてくるような気がした。
けど、めちゃくちゃ小さい。
…これ意識すんのってすげえな。
これが好きなのか。
…分からないでもないけど。

「人の心音聞くの好きなんだ。勇馬くんの音もいいけど、人も好きだな」
「ふーん…」
「集めたくなっちゃうよねー。できないけどさあ。取ったら止まっちゃうもんねー」

ふにゃりと笑いながら何気ホラーなこと言ってる。
ま、集めるのは無理だろう。
だから聞くしかないってことか…。

「肌じゃなくて、音が好きなわけか」
「肌も好きだけど、ちょっと変態っぽくなっちゃうから自粛。ホントはこう…ぴと!ってくっついて音聞きたい!」
「へ、へぇー…」

ぐっと拳を握るKAITOさんに冷や汗が出る。
…積極的っすね、おにーさん。
意外。
まあ、そゆいうことなら軽くその辺の女とかに声かければ、兄さんのルックスとボイスだし、服脱いで抱き合うくらい余裕なんじゃね?
…とかは、何か良くないことのような気がするので教えないことにする。
KAITOさんの性格がどういう設定なのか、またマスターを設定してからどう変化しているのか、詳しいことは俺には分からないが、見た感じ天然そうだ。
天然はめんどいからな。突っ走ると。
妙なことは植え付けないでおこう。

「…おにーさんの地味男はやらせてくんないの?」
「マスターにやったら間違いなくはっ倒される気がする」
「ふーん。…まあ、いいんだけどさ、おにーさんのマスターとか。あんま興味無いし。…そろそろ寝ない?」
「えー。寝たくなーい」
「…」

駄々をこねるKAITOさんが、俯せに転じて両手を前に伸ばす。
困った人だ……と思ったのは一瞬だけで、すぐに別の遊びが頭に浮かんだ。
我ながらなかなか面白い遊びを思いついた気がした。

「…ねえ、じゃあさ」
「ん?」
「眠らせてあげる。俺の声で」

言うが早く、体内でカチリとモードを変更する。
日頃使わないモード"Alpha"でα波を引っ張り出し、振動数をヘルツ8~13へ限定する。
日頃、マスターが疲れてる時しか、あんまやらないけど。
面白そうな遊びを思いついて、頬杖解いて、ずい…と肘一つ分KAITOさんの方へ詰め寄ると、察したらしく比較的細い身体が後退した。

「え…。ちょ、ちょっと待って何かそれ狡くない!? 俺も歌う方やりた……あ、あ、待って!だったら俺が勇馬くん眠らせてあげ――」
「無理。俺が先に思いついたから」
「ぎゃああー!? 暴力反対暴力はん…っむぐ!」

腕を伸ばして、片手でKAITOさんの口を塞ぎ、もう片方の手で軽く肩を拘束する。
そこまで本気で暴れているわけでもないが、もがもが芋虫のような小さな抵抗はくすぐったくて楽しい。
…どれくらいで眠るもんなんだ。
つか、利くんかな。ボカロ同士でも。
興味がある。
KAITOさんの向こうが壁なんで、正面から口と肩押さえて壁に押しつけるように追いつめる。
特に抵抗はしないものの、真っ青な目が上目に俺を見上げた。

「へふふはひほー」
「寝てとこーって。睡眠不足はお肌に悪いらしいよ。…あんま関係ねーけど」

鼻で笑って、肩を押さえている部分を肘に代えて、空いた片手の指先で空を切ってライトグリーンが走るパネルを表示する。
他人には見えないらしい俺のプレイヤーを取りだし、ぱぱっと指先でコードを打つ。
…α波入れやすい曲とか、俺もあんま持ち歌無いけど。
マスターに歌ってるのならいくつかある。

「おにーさん、どんなの好き? …ああ。民族系とか結構好きなんだっけ」
「はんへほひひほー」
「んじゃ、それで」

ボードを操作し、脳内に表示されるリストから曲を選択。
音量は低めでいいだろう。
…ぽんと指先で"Enter"押せば、どこからともなく前奏が、音小さめで流れる。

――♪

たぶん耳にしたことありすぎな有名曲に、ぴくっとKAITOさんが耳を立てて改めて俺を見た。

「…!」
「これいいよね。…俺好き。『千年の独奏歌』。∞っぽくて。…何かもう懐メロの域かもしんないけど」

シーツの上で肘を着き直し、肩を押さえていた肘を浮かせる。
口だけは相変わらず上から押さえていた。
途中でおにーさんに歌われたら困る。
混ぜるの嫌いじゃないけど、元々この人の歌だし、たぶん力負けするだろう。
…ようやく、空いた片手で邪魔な髪を耳にかけて、身体から力を抜く。
KAITOさんは抵抗するのを止めたらしくて、困ったような曖昧な顔で見上げていた。
でもまあ、嫌がってなさそうなので、試させてもらうことにする。
宿代代わりに……って、俺の家じゃねーけど。
…出す時に切った方向とは反対側に片手を振って、宙に映ってたコントローラーをしまう。
KAITOさん組み敷いたまま、その指先で邪魔そうな前髪を少し横に流した。

「音量低め、テンポ半で。…Are you ready?」

ちょっと調子扱いて、バーのノリで言ってみる。
かなりスロウペースな曲調に鼓膜を振るわせるよう意識して、揺れる小舟のイメージで声を出した。
――。

 

 

 

 

 

十五分後。

「…」
「…ぐう」

ベッドに伏せて、すぴすぴと寝息を立てているKAITOさんの顔を、横からそろそろと覗き見る。
睫が青い。
気にしたことないんだけど、もしかして俺の睫って桃色してんかな…。最悪なんだけどそれ。
…てか、マジ寝てるか?
寝てるよな?
指先でちょいとKAITOさんの鼻先をつっついてみるが、無反応だ。

「…」

寝てるな、これ。
マスターと比べると、やっぱある程度の耐性があるのか結構時間かかった。
結局、一曲じゃ寝落ちしなくて他二曲歌う羽目になったが、結果としては俺勝ちってことでいいだろう。
…のろのろと身を起こして、ベッドの上で胡座をかく。
もう一度、確認の意を込めてKAITOさんの頭に手を伸ばして、少し髪を混ぜてみても、もにゃもにゃするだけでやっぱり起きない。
それは、結構な満足感だった。

「…」

ぐ…っと、無言のまま小さく、人知れずガッツポーズをした。
よっしゃ。
KAITOさんを眠らせた事に対して誇らしく思っていると、玄関ドアのドアが開く音が聞こえた気がした。
ベッドを立って、廊下と繋がっているドアを開けると、丁度帰ってきたマスターがリビングの方へ歩いていく背中が見えた。

「よう。お帰りー。…早くね?」
「ああ…。ちょっとな。…KAITOくんは?」
「俺んとこで寝てる。…ねえ。てかさ、ちょっと聞いてくんない」

今さっきのことを自慢してやろうと、部屋から一歩廊下に出てドアを閉める。
…ああそうだ。
KAITOさんが、でけーマンションとか言ってたことも教えてやろう。

そのまま眠るつもりだったが、結局、部屋を離れてマスターを追う形で俺もリビングに出た。



一覧へ戻る


勇馬君は部屋がきれいそうな気がする。
こう…ぐちゃぐちゃしていても何となく整っている的な。
KAITOさんも勇馬君も好きだ。
2014.1.16






inserted by FC2 system