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「…ん?」

いつもの店。
薄暗いバーの店内でカウンターに飲み物取りに来たら、入口付近で変な男がいた。
きょろきょろ辺りを見回して右往左往みたいな。
こんな店にはあんま相応しくない、白と青基調の小綺麗な格好してますけど…。
ちらりと横目で俺も周囲を見回すと、その男の方見て常連がぼそぼそ何か話しているっぽいのを見つけてしまい、何か危ない気がして彼の方へ接近してみた。

「こんにちは、お兄さん」
「え…? あ、うん。こんにちは」
「…」

好青年…って感じの男だけど、目が合って声をかけた途端に、少し戸惑いつつも礼儀正しく返される。
あらら。
不釣り合いな奴来ちゃったね…。
眼が青いし、髪も青いような気がするのは気のせいだろうか…って、確実に気のせいじゃないと思うんだが。
近くで見れば見ただけ端整というか、無駄に整ってて、ちょっと見ないくらいの美青年ってやつだ。
自分の格好と比べれば、俺とかちょっとハシャイじゃってる感じなんだろうけど、それに対して特に尻込みする様子もない。
…天然だな。
ますますヤバイと思うんだけど。
何となく予想を付けつつ首を傾げて尋ねてみる。

「一人でどしたの? ここって、あんまおにーさんみたいな小綺麗なのが来る所じゃないと思うんだけど。悪いけど、浮いてるよ」
「いや、迷っちゃって…。マ…あ、や。友達を迎えに来たんだけど…」
「ふーん。こんな場所にお兄さんみたいなの呼ぶとか、ひどい友達だね。特徴とかは?」
「特徴…。と、特徴ぉ~?」

よっぽど特徴のない友達なのか、聞いた途端にお兄さんが顎に片手を添えて悩み出した。
…まあ、女よりは男の特徴あげる方が難しいとは思うけどさ。
少し考えたが、結果大したものは出てこなかったらしい。
片手を上げて、俺の背丈に右手を水平にして高さを合わせた。

「君くらいの身長で…」
「そんなのいっぱいいるけど」
「だよね。…ああ。視界にちらっとでも入ってくれればスキャニングできるから一発で分かるんだけど」
「…。ちょっとゴメン」
「え? おあ…!?」

思うことがあって、ずいと身を寄せて急接近し彼の目を覗き込んだ。
青く、無駄に無駄なく澄んだ双眸の奥に金属の光沢が覗ける。
それが確認できて、びっくりしたまま寄せていた顔を引いた。

「…ねえ。何、おにーさん。もしかしてVOCALOIDシリーズ?」
「うわ、一発でバレた…!」
「名前何? 個別名じゃなくてシリーズ名」
「俺? KAITOだよ。宜しく」
「"KAITO"…!うっわ…。マジ?」

初めて他のVOCALOIDに会ったかも。
好奇心前のめりだけど、それでも同胞との出会いにそれなりに感動。
しかも"KAITO"とか。
超先輩なんですけど。
男声ボーカリストでは一際有名人じゃん。
遅ればせつつ、俺は帽子を取った。
長めの髪がパサリと耳元で音を立てる。

「ごめん、ちょっと失礼だったかも。…俺、"VY2"っての。俺もVOCALOIDっすよ」
「え…!そうなの!?」
「でも、何か呼びづらいっしょ。だから"勇馬"ってので通ってるんだよね。おにーさんの好きなように呼んでよ」
「…。VY2?」

KAITO兄さんが俺の名前に少し首を傾げる。
…ま、聞き覚え無いよね。

「俺あんまり表出ないから、知らないかもね。お兄さんみたいにメジャーステージ立たないし。…こーゆーとこで唄歌いしてるシリーズって、結構多いんだよ。なんかドブネズミみたいっしょ」
「…何それ。例え悪いよ。自分のことそんな風に言っちゃ駄目だろ?」
「…。は?」

そんな気無く語りかけた俺の言葉に、お兄さんが半ばマジ顔で眉寄せながら指立てた。
…。
…え、何か、反応が新鮮すぎて瞬間的に対応できなかったんですけど。
数秒固まってしまった俺の前で、お兄さんが改めて周囲を見回す。

「でも、困ったな…。どうしよう。お店の名前は合ってるはずなんだ」
「友達って、友達? 他のボカロが来てんの?」

KAITOさんの友達って誰だろ、興味ある。
もしかして、MEIKOさんとか双子とか巡音さんとか、ひょっとしてひょっとしたら初音……さんは来るわけないな、こんなとこに。
あの人こそ空飛ぶ小鳥みたいな人だ。
こんな地下には来ないだろう。
…てか、この人が来てること自体が奇跡なんだけどさ。

「さっきは友達って言ったけど、マスター探してるんだよね」
「マスター?」
「そう。俺の歌聞いてくれないマスター」

ははは…と、冗談半分の苦笑気味にお兄さんが笑う。
何となくその言葉に違和感を感じて、俺は首を傾げた。

「別に…マスターが聞かなくてもいんじゃね? 自分の歌いたい時に歌えば」
「でも…。やっぱりマスターが聞いてくれないと哀しいし…」
「…」

"マスターが聞いてくれないと哀しい"…?
…何だ、それ。
それってすげー境地的過ぎない?
所有者ってだけじゃん、マスター。
もっと言えば、起動の為の登録さえしてくれればそれでいいし。
"パートナー"ではあるかもしれないけど"ご主人様"じゃないんだからさ。
その後起動中もずっとマスターの為に動くとか、感覚信じられないんですけど。
マスターに聞いてもらえないと存在価値見いだせないんじゃないの、それって。
…ああ、でも"KAITO"って、もしかしてその辺の縛り強いのか。
俺なんかシリーズ新しめだから結構自由だけど、その辺。
フツーより改造もちょいとされてるらしいし。
興味にかられて、じ…と相手を見据えた。

「…」
「…?」

青くて澄んだ目が、怯みもせずに俺を見返してくる。
…あれ?
縛り強い…ってことは、このおにーさんソフトウェアバージョンは1stの方か。
通りでお堅い感じがする訳だ。
3rd使ってるKAITOもいるけど、この人は違うのね。
尚のこと先輩過ぎじゃん。
…でも、何だかゲージの中入りまくってて、狭そうに見えるな。
…。

「…あ。そうだ」
「どうしたの?」

突如思いついて、ぽんっと古典式に手を打った。

「俺、協力してあげる。マスター見つかるように。要はおにーさんが目立てばいい訳だし」
「え?」

ぶらりと垂れ下がっていたKAITOさんの手首を握る。
…うわ、なんか細。
ちょっと引っ張ったらどっか飛んでいきそう。

「ステージ行こ。丁度俺もそろそろ歌いたかったし、ハモらせてよ。俺、結構おにーさんの歌カバーしてたりして」
「へ…?」
「やっぱ『裸の月光』とか? それとも『LOVELESS×××』とかいっちゃう? 普通に歌って。俺下入る。衣装はそのままでいいよ。カッコイイから」
「わわわ…!」

転けそうになるおにーさん連れて、カウンターの奥隣、バックヤードへ入るドアへ向かう。
入る直前、カウンター内側にいる無愛想な、店長にしては若いバーテンダーへ顔を向けた。

「"マスター"。歌うから、俺」

一瞥くれて頷くだけの反応を待たずに、そのままカンターの端に座ってる数人のメンバーの背中を順々に叩いて促す。
叩かれた方は肩越しに振り返り、のろのろと席を立った。

「お。勇馬歌うのー?」
「そーだよ。準備してね。今日は連れもいるから」

俺が連れてるおにーさんを見て、何人かが口笛を吹く。
やっぱ全身から漂ってる清潔感みたいなのが物珍しいんだろう。
それらを無視して、わたわたしてるおにーさん連れて奥へ入った。

 

 

 

数分後。
店内のBGMが抑えられ、バラバラと店内にドラムやらギターやらの音合わせが響く。
ステージが始まる前の独特の空気に、ざわついていた客たちも徐々に静かになっていった。
ステージ前の準備なんて大したものは無いけど、脱いでた帽子だけ、頭に被り直す。
…これないと、どうも落ち着かないんだよね。

「…今から歌うの?」
「そーだよ」

ステージ脇に投げやりな感じで掛かっている鏡を覗き込み、ざっくり髪を手櫛で整える。
振り返って、気分的におにーさんの髪も手で撫で梳いた。
ストレートで羨ましい。
俺の髪とか、ぱっさぱさで櫛とかいらないんだけど、おにーさんみたいなストレートだったら櫛あった方がやっぱいいんだろうな。

「マスターさん店内にいれば、向こうがおにーさんのこと一発で分かるっしょ」
「でも、いいのかな。許可無くこんなことしちゃ悪いんじゃ…」
「何で? いいじゃん」

まさか、歌うだけでもマスターの許可がないと駄目とか思ってるのだろうか。
ウソだろ、そんなの苦しすぎて息も出来ない。
そんなきゅうきゅうに束縛されてたら機能停止しちゃうって。

「一緒に歌うと楽しいよ。それでいいじゃん。おにーさんみたいな有名人とハモるとか、滅多にないんだから。気持ち良くてぶっ飛んじゃったらゴメンね」

やがて、ばらついてた楽器の音色が、徐々に徐々に集まっていく。
誰とも無しに曲の前奏になり…。

「ほら。行こうよ」
「でも…」
「…あ、でもそのコート、前開けた方がいいかも」
「え? …うわっ!?」

両手を伸ばして右手でおにーさんのジップに手をかけると、そのまま一気に下まで降ろして左右に広げた。
白い生地に青いライン。
中はおにーさんの瞳よりではないが、彩度の高いブルーのティシャツだった。
衣装としては結構いいじゃん。

「ちょっと俺とおそろい」

フード付きの自分の白いジャケットを軽く開いて見せて笑いかける。
まだどこかきょとんとしてるおにーさんの手を取って、今度こそステージへ飛びだした。
泥沼のような薄暗い店内。
その中でステージだけが、光と音に溢れていた。
歌うことは気持ちがよくて楽しいけど、でも同時に孤独でもあったから…今日は隣の青い光が、まるで戦友に背中預けるみたいに心地良かった。

…でも、あんなに尻込みしてたくせに、ソロで発した飛び切り澄んだ声には、流石に吃驚したかな。
泥沼の水が、一気に清水に転じた気さえした。



Meet you




「こぉんの…、馬鹿!!」
「いでっ…!」

ごん…っと、やっぱり古典的な音を立てて、マスターさんの拳がおにーさんの頭に落ちる。
それをカウンターのイスに座って頬杖着いて眺めていた。
…マスターさんは、なるほど、さして特徴のない人だった。
確かに身長は俺と同じくらいだが、外見華やかなおにーさんと比べると地味過ぎて目に留まらない。

「痛い~…。DV反対DV反対!」
「うるせえ!来ねえ来ねえと思ったらいきなりステージなんかに出やがって」

ひーんとわざとらしく弱声上げるおにーさんは、何だかそれまでと違って突然幼く見えた。
よっぽどマスターと会えたことが嬉しいんだろう。
…何か、変なの。
ぼけっと眺めていると、地味マスが俺の前に寄ってくる。

「悪かったな。サンキュ、こいつに付き合ってくれて」
「あー…。いや、別に」
「マスターも、すんません。騒がせて」

カウンター内側のマスターへも一声かけるが、こっちは目を伏せて小さく両肩を上げる程度で言葉では返さなかった。
…無愛想過ぎ。
いつものことだけどさ。

「おら。帰るぞ、KAITO」
「あ、うん。…じゃあね、勇馬くん」
「…」

歩き出すマスターさんの手前で、おにーさんが俺へ片手を上げ、信用度100%の笑顔で俺へ笑いかけた。
…と、気付けば反射的に俺は片手を伸ばし、さっきバックヤード連れ込んだ時みたいに、細い手首を掴んでいた。
おにーさんがきょとんとする。

「…おにーさん、綺麗でカッコイイけどさ、ゲージ狭くて疲れてそうだよね」
「え…? 何が?」
「今日気持ち良かったでしょ? 店の中にいる間は、俺が安全は保障するから。おにーさん的にちょっと悪いこととかさ、したくなったら…またおいでよ」

ゆっくり握っていた手首を解いて、青いマニキュアの生える手の甲を撫でるようにして指先から離れていく。
そのまま手を引くつもりだったのに、不意に、がっ…!と、逆に俺の手をお兄さんが握った。
握手し、ぶんぶんと軽く上下へ振られ、何つーか…やっぱ新鮮すぎて目を丸くする。

「俺もとっても楽しかったよ。今度は、俺たちのライブに遊びに来てよ。こことはまたちょっと雰囲気違うけどさ」
「…え、あ…」
「ね。…それじゃ、またね、勇馬くん!」
「あー…。……うーん。またねー…?」

反応に対応できないまま、それでも相手の笑顔に釣られて、首を傾げつつも、にこ…と久し振りに笑顔で笑いかけてみた。
上手く笑えてたかどうかは、分からないけどさ。

店の出入り口まで見送って、おにーさんとマスターさんが揃って店の階段を地上へ上がっていくのを、何となく見送った。

 

 

 

 

 

「ねえマスター。KAITOだってさ。すっごいねー。レア過ぎ」

おにーさんの帰った店内で、カウンターの端に伏せてごろごろする。
内側では、相変わらずマスターが黙々と注文のカクテルを作っていた。
ああ…。途端にまた詰まらないし。
また来てくれないかなー。
…って、あの人がこんな地下にちょこちょこ来るとは思えないけど。
俺のハモリどうだったかな…。
あの人、色んな人と歌ってんだろうから、俺とちょっと歌った程度じゃ記憶にも残んないかな…。

「…勇馬」
「んー?」

ぼけーっとしていると、マスターが不意に名前を呼んだ。
顎で示され、そっちへ目をやると、店の入口に数人の男たちが入ってきていた。
いかにも"モメに来ました"的な風貌にげんなりする。
ため息一つ吐いてから、横に立てかけてあった愛刀を片手で掴むと、てくてくとそっちへ向かう。
…折角唄歌いとして珍しくいい夜だったのに。
こんな日は、用心棒的な方の仕事はしたくなかった。


「…こんちは。お兄さんたち」

招かれざる客お断り。
事情を聞いて頷きながら、するりと刀を構えてみせた。



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VY2の勇馬くん×KAITOが好き!
でも誰も勇馬くんなんか知らないみたい…。
ええーい!余所様で読めないのなら仕方ない書いてやるぅうう!!
…の産物(笑)
勇馬君、カッコイイです、普通に。
2013.9.26





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