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始めて立ち入ったスタジオという場所は、何だか予想通りごちゃごちゃしていて、高校ん時の、右も左も前も後ろも修羅場と化してあらゆる指示が入り乱れていた文化祭舞台裏を思い出した。
ただし、撮影する所といえば、実にシンプルだった。
後ろと足下に青い背景を用意しているだけで、後は小道具が必要最小限。
考えたら、後でCGで加工するんだろう。
案外こんなもんなんだな。
…ほいほい安請け合いすんの止めろっつってんのに、聞きゃしねえ。
ごく希にだが、よく行くショップの店長に気に入られちまった手前、気づけばこうしてモデルの緊急代理なんぞ声がかかったりする。
そりゃいつ電話かけても暇なイケメンなんて、そうそういないわな…。

「…ふーん」

首から下げた通行許可証を指で弾いて、邪魔にならない場所を見つけ、スタジオのドア横から改めて周りを見回す。
その途端、すぐ横の出入り口から女性スタッフが入ってきた。
思わず呼び止める。

「あの。すんません」
「はい?」
「KAITO何処にいます?」
「カイト君? 彼なら…。あ、ていうか失礼ですが…」
「ああ…。そーっすよね。すんません。KAITOの保護者です」

首から提げている許可証を指先でかるく持ち上げながら、名前を名乗る。
名を呼べばくると思いますと告げると、スタッフは再度廊下へ出て行った。


your charm




「うわ…!本当にいる!」

スタジオに入ってきたKAITOの開口一番がそんな声だったんで、パイプ椅子借りて座ってた俺はかちんとこめかみ引きつらせながら出入り口の方へ目をやった。
…が。

「…」
「萩原、どうしたの突然。何かあった?」

足早に近寄ってくるKAITOの格好に、苛立ちがどっかへ飛んでいく。
日頃櫛入れるだけの髪とかセットしてもらってるせいか、着ている黒いダークスーツのせいか、随分印象が違った。
…いや、ダークスーツはいいとしても、首んとこのチョーカーと、それ以上にシャツ着ろよシャツ。
何で素肌に上着だ。
歩み寄ってきたKAITOの格好に、思わず半眼で呆れる。

「お前…。何だそれ。ホストか」
「だって今日はこれ着るのがお仕事なんだよ。…ホストっぽい? そーかなぁ」
「…何。シャツ着てねえの? インナーは?」
「着てないよ」

指先を上着に引っかけて軽く手前に引っ張ってみても、やっぱりインナーは着てなさげだ。
日焼けしない皮膚のせいか、黒いスーツ着るといつも以上に肌が白く浮いて見える。
チョーカーも上等品なんだろうが、まるで首輪だ。

「格好いいっしょ?」
「こんなん普段着るやついねーよ。馬鹿じゃねえの? これじゃマジでホストかドラマ衣装だろ」
「ふっふ~ん」
「…? 何だよ」
「実はねー」

やけに得意げに笑うと、KAITOが口元に手を添えた。
思わず俺も身を屈めて耳を貸す。

「…実は、スタッフさんの一人がボカロ好きでさ、"KAITO"好きなんだってさ。俺嬉しくなっちゃって、少し話したんだけど、そうしたら俺のことKAITOに似てるねって、これ特別に用意してくれたんだよ」
「……」
「萩原知ってる? これDIVAの『ACUTE』の衣装でさ、ミクちゃんやルカちゃんとセッ…」

――がんっ!

「…っ、たぁあああ!!」

拳を作ってそれを上から落とすと、KAITOが頭を抱えてよろよろと俺から距離を取る。
周りのスタッフが一瞬ざわついた気がした。

「酷い…。何で殴るのかなあ? DV反対DV反対!」
「お前な…。緊張感無さ過ぎだろ。バレんなっつってんだろうが」

VOCALOIDのアンドロイド型は、まだ世の中にそれぞれ一体ずつだけだ。
コスプレとはまた訳が違う。
一見ぽいっと目の前にそれっぽい顔立ちの男を置いたって、それが歌唱ソフトのキャラクターと似ているだなんてすぐさま連想できる奴は滅多にいないが、それでも危険を冒したくない。

「バレてないのに…」
「半バレだろ。余計なことしてないで、大人しくしてろよ。…そんで、いつ終わるんだ?」
「ん?」
「近くまで来たからな。すぐ終わるんなら、待っててやるから、その辺で夕飯食って帰ろうと思って」
「マジで? やった…!」
「いつ終わるんだよ?」
「えっとね、今日の気分はラーメンかな!がっつりいきたいね!」
「…会話しろ。しばくぞ」
「ラーメン屋でシメに食べるアイスがまた格別なんだよな~。…まあ、一番はコンビニのてがるーな感じのが王道だけどさ……っとと。はいはい。終了時間ね、終了時間。やだなぁ。ちゃんと聞いてるってば…」

俺が拳に息を吐き始めたところで、KAITOが両手を前に出して二歩ほど後退した。

「聞いてくるから、待ってて。たぶん大丈夫だと思うから」
「…ん? おい、KAITO。ちょっと待て。襟めくれてる」
「あ? どこ?」

すぐさま自分の胸を見下ろすが、そこじゃない。
後ろだ、後ろ。
口にするのが面倒で、右手伸ばして立っていた後ろ襟を撫でて直した。

「おおー。ありがとー」
「…」
「ん?なあに?」
「…お前そーしてると、やっぱ顔とスタイルはいいのな」
「へ…?」

俺の言葉に、はた…とKAITOが瞬いた。
数秒後、慌てて片手を前に出して、ぶんぶんと振る。

「な、何急に。びっくりするんだけどそれ…。ぁ…でも、ありがとう…。……いや、ほら。でも別に、俺が何をしたわけでもなくて、身体的特徴設定はそもそも公式で設定されていたからそれを忠実に再現することが求められて加えてそれにダンスやパフォーマンス等の人型特有の性能が必要だから魅せるという視点から単に声質に加え外形も整える必要があっただけでそこをどう活かしていくかは俺じゃなくて萩原の仕事っていうかだから俺が格好いいとか言われたらそれは萩原のカスタマイズが…」

してねーよ、カスタマイズ…。
今の格好は間違いなくスタッフさんだろうが。
大体、一通り素直に照れた後は調子に乗るんで、乗られる前に落としておく。

「無駄にな」
「…。無駄とか…」

プラス一言を受けて、途端に何か言いたげな半眼になり、俺を睨んでくる。
その肩を一度軽く叩き、そのまま向こうへ押し出すように軽く突いた。

「おら。聞いてこい」
「はいはいはいはい」

むすっとした顔で、KAITOは奥にいるスタッフの方へ歩いていく。
残された俺は、その場で腕を組んで後ろの壁に寄りかかり、天井を見上げた。
高い天井には、いくつかの重そうなライトがスタジオ中央を向いていた。
…そう言えば、前回前々回と二回くらい雑誌モデルの助っ人に呼ばれたが、ものは見てねえな。
買ってもなかったし。
…。

「…あの」
「はい?」

さっきとは別の女性スタッフが通りかかり、声をかけてみる。

「これ、今日撮影したのって、いつ発売なんスか?」

…まあ、そんなに活躍するなんてことは無いとは思うが。
帰りに百均でスクラップファイルでも買っとくか…と、小さくため息を吐きながら、スタッフさんから貰ったメモを指先で弾いた。



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兄さんはモデルのバイトとかやってるといいな。
絶対格好いいぞ。
段々親馬鹿になっていくマスター萩原(笑)
2013.10.10





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