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夏の暑い日。
KAITOさんと海に行った。
青い海。
青い空。
青い風。
焼けるような砂浜も、死ぬ程暑い太陽も情け容赦なく光を注ぐから、あちこちきらきらして目が痛くて、唯でさえ青い世界が乱反射して塗り潰される。
ふと我に返って周りを見回すと、雑踏の中、急に何かを見失ったようで、くらりと目を回す。
遅れて、慌てだした頃…。

「勇馬くーん!」
「…」

溢れるくらいの人混みの中。
片腕を振って笑う顔を見つけて、人知れずほっと安堵した。



君が溶ける夏




「…おにーさんってさ、こういうトコいると溶けるよね」

休憩中。
パラソルの日陰の中でぽつりと呟くと、隣でラムネを飲んでいたKAITOさんは不思議そうな顔をして傾けていた瓶から口を離した。
カラン…と、角度に遅れて中のビー玉が揺れる音が心地良い。
海なんてぶっちゃけ興味無いし、暑いし人は多いし雑音はすげーし、何より日光が目に痛い。
夜の世界に慣れてると、日中動くのはどうしても億劫だし慣れない。
いいこと何て大してないけど、それでも強いて上げるとしたら"夏"を象徴する環境であるとうことなのだろう。
春夏秋冬を感じるのは、それなりに大事じゃないかなとは思ってる。
今回、海に来たのは偶然だ。
俺のマスターの知り合いが海の近くに住んでいて、お中元を渡しに来ただけ。
その間待ってなきゃなんないんで、「そんじゃ海で時間潰すか」の流れだ。
出発前に近くのデパートで買った水着は、着慣れないせいか心許ないが、KAITOさんも海とか始めてらしいし、水着選ぶ買い物ん時からいつも高めのテンションが何というか一種フィーバー状態にある。
俺ほどではないけど、身長それなりに高いはずなのにそこまで高めに見えないのは、やっぱ持ち前の雰囲気なんだろう。
特に、感知する側の俺が、より人間らしく実際の視覚認識よりもフィーリングで感受するようできているんだから当然だ。
KAITOさんがどうかは、知らないけど。
…入れ違いに、今度は俺が手に持っていたラムネに口を付けて一口飲む。

「何が?」
「んー…。何か、青に。…さっき一瞬見失った」
「えー? 何それ。人多いからじゃない?」

俺の感慨を軽く受け流し、KAITOさんがけらけらと笑う。
…まあ、端から伝わってくれるだろうとは思ってないんで、いいんだけど。
諦め半分で話をスライドさせ、小指を片耳に突っ込んだ。

「…つーか、ノイズありすぎ。耳痛くなんない? 方向感覚狂うんだよね…」
「あー。確かにね。基本振動数決めておかないと、迷子になりそう。…ねえ。でもほら。この音、すっきりするよね」

そう言って、俺の耳に、手にしたラムネの瓶を軽く振って寄こす。
カランカラン…と、中でビー玉が揺れる音が響いていた。
…ですよね。

「やっぱそー思った? 俺も。これ好き」

そう言って、同じようにラムネの瓶を振る。

「あはは。だよねー」
「…。ねえ、おにーさんさ、もう帰んない?」

言ってみる。
…海は嫌いじゃないけど、海に群がる音はうるさい。
あと、青が多い。
ここではぐれたら、俺おにーさん見つけられない気がするし、何ならそのまま溶けて連れ帰れない気がする。
…しかし、俺の繊細な内心は一切伝わらず、KAITOさんはバラソルの下で寝そべった。

「嫌だ!帰らなーっい!」
「…。何で」
「だって楽しいから」
「…おにーさんあんま泳げないじゃん」

俺は泳ぐ気になれば泳げるけど、KAITOさんは…言われるの嫌だろうけど……ボディが初期型だから、対海水加工は弱いはずだ。
塩水はやばいと思う。
実際、今日だってやってきてすぐ腰下くらいまでは海入ったけど、あとは足首程度の海水でちゃぷちゃぷ遊んでいる程度だ。
泳いではいない。
もし泳ぐなら真水でないとダメっしょ。

「俺、もっと静かなとこの方が好き」
「そう?」
「あと女がうぜえ」

言い放って、ちらりと目線を投げる。
少し離れた場所で群がってこっち見てた二、三人の集団が、目があった途端に何やら甲高い声で一声二声鳴いて手を振ったりなんかする。
…うぜーんだよ。
睨んでんだっつーの。
餓えてる男とそうじゃねーのくらい判別できねえのかよ。マジ腹立つ。
…って言ってる傍から。

「やっほ~♪」
「…」

ひらひらと、俺の隣でKAITOさんが女どもに脳天気に手を振ったりするからタチ悪い。
片手を額に添えて、げんなりと溜息を吐いた。
誰かこの人に警戒心っつーもんを教えとけよ…。
…あー。ほら見ろ。
来るし。
舌打ち一つして、俺は立ち上がった。
急に立ち上がる俺を、隣に寝そべってたKAITOさんが不思議そうに見上げる。

「どしたの、勇馬くん」
「…帰る」
「え…!?」
「おにーさんはもう少しいれば」

シートの上に置いてあった財布と飲みかけのラムネだけ掴んで歩き出すと、大慌ててKAITOさんが立ち上がる音が聞こえた。

「うえっ。ちょ、ちょっと待ってよ…!あ、ねえっ。パラソルとかどうするのこれ…!」
「畳んで持ってきて」

無視してさくさく進んで行く。
砂浜を抜けた所で足を止めて振り返ると、大急ぎで後を追ってきたKAITOさんが見えた。
人混みに詰まってるようなんで少し待つ。
傍に来たところで、抱えていたパラソルとシートを受け取り、持って並んで歩くことにした。

 

 

 

 

一応、KAITOさんのマスターってことになってる野郎の友達?…の持ち物らしく、成金趣味全開で"別荘"の建物は居心地も設備もそれなりだった。
帰ってきて庭でバーベキューとかありがちなことして、日が暮れた今ではそれぞれ好き勝手に動いている。
生物的に"人間"は、俺んとこのマスターに酒作ってもらってるみたいだし。
俺とKAITOさんはというと、庭にあるプールに改めて入ることにした。

「ひゃっほー!」
「あぶねっ…」

ざぶん…!と水しぶきがあがる。
…ガキですか、にーさん。
せめて準備運動……は、いらないか。俺らは。
ここの持ち主はそれなりにVOCALOIDの知識があるらしく、プールには真水を張ってあるということで、嬉々としておにーさんは泳いでいるというわけだ。

「きもちー!」
「へえ…。良かったね」

ざば…!と音を立てて水の中から顔を出したKAITOさんに、プールサイドに座ったまま声をかける。

「勇馬くん入らないの?」
「俺あんま興味無い。見てる」
「見てるって…。何を?」
「おにーさんを」
「…?」
「見てないと、どっか行きそうだから」
「ええ~?」

結構マジな俺の言葉に、KAITOさんはへらへらと砕けて笑った。

「何それ。変なのー」
「…ねえ。KAITOさんの"カイト"何。どっからきてんの? 海?空?」
「あはは。どこだと思う?」
「…海」

あんまり気にしたことはなかったが、今日はやけにそれを考える。
プールという限られた目の前の敷地内でも、何だか一回潜ったらそのまま水に溶けてどっか消えそうな気配があった。
迂闊に目が放せない。
だから海だと思ったが…。
KAITOさんは、ちっちっちと指を振った。
それから、ちらりと室内でわいわいと雑談しているマスターどもを一瞥してから、こっそりと声をひそめて秘めやかに告げる。

「…俺も、あんまりちゃんとは分かってないけどね。今は俺、マスターが呼んでくれる名前が俺だし。…でも、これじゃないかなっていうのが、あるよ」
「何?」
「快い音を与える…で、"KAITO"」
「…」
「だから、水にも空気にも溶けないって。俺を溶かすのはね、ただ一つ。快音」

水に濡れた姿で、内緒話のように唇に青いマニキュア栄える人差し指を添えて、ばちんとウインク一つ投げる。
…うわ。
そんなくっさい仕草が、信じられないくらい様になってて呆れてしまう。

「勇馬くんも、時々溶けそうに見える時あるよ」
「…は?」
「桜の中にいると、見失いそう。…でも、そんなことないだろ? 綺麗なだけで。…ね?」

呆気に取られて瞬く俺の前で、KAITOさんはまた潜ってしまった。
前屈みでプールを覗きこむと、内側に設置されているライトに影だけが映って、まるで水の中を一匹の美魚がゆったりと泳ぐようだった。
…。
…うわー。
頬を冷や汗が流れる。

「やっぱやばいな…。この人…」

何故そうも澄んでるんだ。
ますます危機感が募る。
…この人、マジで放し飼い止めた方がいいんじゃないか?
何となく本気で思っていると、ふ…と自分の視界が陰った。
首を上げて振り返ると、背後にここの持ち主である成金マスターのVOCALOIDが立っていた。
紫の髪の。
何つったっけな…。
今日紹介されたけど、あんま興味ないから覚えてらんねーわ…。
クソ長ったらしい髪を、簪一本で丸めている。
何となく和風趣味な感じは、悪くないとは思うけど。

「…。KAITOは?」
「…そこ」

ぴっとプールの中を指差す。
浸水時間がやたら長い。
水がよっぽど楽しいらしい。
簪の男は深々と溜息を吐いて、俺の横に屈み込むと、何か懐中電灯みたいな小さな機械の先を水の中に入れた。
…何だ?
と、思って間もなく――。

「…!?」

キーーン…!と耳を突く音が微かに鼓膜を刺激して顔を顰めた。
…うわ、すげー嫌な音!
思わず片手でおっさん側の耳を塞いだ。
直後。

「ぶっはッ…!?」

ざば…!と、唐突にKAITOさんが水中から飛びだしてきた。
両手で耳を塞いで、ふらふらと目を回しているように見える。

「ああああっ、耳がめちゃくちゃ痛い…!ちょ、がくぽん何それええぇ!」
「水中専用超音波発生機、でござる」
「うわぁ…目が回るぅうー…。酷いよぉー!」
「…」

イルカ扱いか…。
イルカより受信可能範囲広くねーし、辛いだけだろう。
頭を抱えたままでいるKAITOさんが出てきたのを見て、簪のおっさんが立ち上がって片手を腰に添えた。

「そろそろ上がって来るように、お前のマスターが言ってたでござるよ。勇馬殿のマスター殿がカクテルを作ってくれるとのことなので、皆上がるようにとのことだ」

あ、このおっさん俺の名前覚えてんじゃん。
やべーな。
…あとで兄さんに聞いとこ。

「勇馬殿も、そろそろ」
「ああ…。うぃーっす…」

素っ気ない態度で頷くと、おっさんは室内に戻っていった。
嵐の去ったプールサイドに、よろよろとKAITOさんが寄ってくる。

「ああ…。ひどい…。くらくらするぅ…」
「…平気?」

寄ってきたKAITOさんの腕を掴んで、プールサイドに上がろうとするその身体を引っ張り上げる。
ザバ…と水を脱いで、KAITOさんが空気に出てきた。
まだくらくらするのか、とんとんと片手で自分の耳を叩いている。

「…戻る?」
「うーん。喉渇いたし。…でもさ、誘い方酷くない?」
「確かに。…はい、タオル」

その辺にぶん投げられていたタオルを拾って手渡す。
受け取ったそれを頭から被って、KAITOさんは人差し指で眉間の間を押したりしていた。
さっきのお陰で、まだ少し頭痛がするらしい。
撓った青い髪に溶けていた水が滴って、ぱたりと白い首に落ちた。
プール内のライトが逆光になっているせいか、その横顔が、驚くくらい色強い。
…。

「…おにーさんさ」
「んー?」
「今、超キレー」

冗談めいて言ってみる。
きょとん、とKAITOさんが奥まで青い目で俺を見た。
照れるか拒否るか、さてどーなるかと思ったが――。

「あっはは。ホントー?」
「…」
「やったね、綺麗だってさ。惚れるなようっ」

朗らかに笑って、小首を傾げてみせやがる。
…ああ。
ホントダメだな、この人…。

苦笑するしかなくて、室内に戻る硝子戸をくぐった兄さんの後ろに従者のように従って、一度背後を振り返り、プールの電源を消し、俺も室内に入った。



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夏話。
去年とかに書いた物ですが(笑)
兄さんの季節が来ますねー。
2014.5.15






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