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「なあ、勇馬ー。お前最近服のシュミ変じゃね?」

夜の店。
デフォルトのBGMと光で、まだまだ法律化皆無で違法にならない程度の軽麻薬効果垂れ流しつつ賑わう店内。
カウンターで雑誌読んでるとこ、店に出入りしてるバンドの一人が、楽屋とも呼べないような狭部屋に入る途中、俺の後ろ髪を指先でひょいと払うように撫でた。
舌打ちして、今撫でられた髪を直すように撫でながら振り返ると、そのバンドメンバーである数人が立っていた。

「マジ触んな…」
「時々そーゆーの着るよーになってんじゃん。どしたん。Bっぽかったじゃん、前」
「うるせーな…。ほっとけよ」
「小綺麗になっちゃったじゃーん。シャツとかさー。珍しー」
「おうおう。ジレっすよ、ジレ。かぁーっこいー!ハハッ」
「黒い帽子どしたよ。気に入ってたじゃん」
「つーかアレだろ。髪色気に食わねー的な感じだったんだよな?」
「は? 何で。変えりゃいーじゃん」
「…うぜえ。とっとと行け」

話ながらたらたら歩いてた最後尾の背中を、持っていた雑誌で叩く。
追い立てられる速度でも無いが、連中は笑いながら奥へ消えてった。
ため息を一つ吐く。
…うるせえのが居なくなって、丸めてた雑誌をまた開き、続きを読む。
別に情報として欲しいものなんて何も無いが、暇潰しとしては、雑誌や本は優秀だ。
歌や音楽ほどの速度ではないが、文字と図形を追ってりゃ時間は進む。
ドンドンとボディの内側打つBGMのリズムでメトロ刻みながらだらだらしていると、横に置いてあったグラスを取ったタイミングで、カウンター内側にいたマスターが新しいグラスを横に置いた。
気付いて、ちらりと視線を上げる。

「ああ…。悪い」
「何処か出かけるのか?」
「…あ?」

すぐに雑誌に視線を戻した矢先に追っかけて質問が飛んできたんで、今度は顔を上げる。
たが、上げた先でマスターは背中を向け、誰かの注文したカクテルを作りだした。
…別に答えなくても気にしないんだろうが、何となくぼんやり口を開く。
そう言えば、言ってなかった。

「…明日、朝ちょっと俺出てくるから」
「KAITO君?」
「まあ、他に知り合いとかいないし」

最近、ちょくちょく会うようになったVOCALOIDの先輩はどうやら外出が好きらしい。
…とはいえ、そのマスターとやらはあんま外出を推奨していないらしく、加えて俺もあんま日中は出ないんで、遊び出る頻度はかなり少ないが。
カクテルを作って振り返って、グラスに注ぎ終わってから、マスターが俺を一瞥する。

「そういう方が好きだって?」
「…? 何が?」
「KAITO君。服」
「…ああ」

俺のマスターは口数が少ない方らしく、時々単語羅列みたいな独特の言葉遣いしてくる。
最初何言ってるか分からなかったが、察して、肩を竦めた。

「別に。聞いてないけど。…でもおにーさんサッパリしてんの着てるから。隣歩くんなら合わせるし」
「…」
「…。何だよ」
「なかなか格好いいじゃないか」
「は…。うぜ」

カクテル出来たんならさっさと客に届けりゃいいのに、それを置いたまま、マスターがそのまま数秒俺を見る。
数秒経って、漸くグラスを持った。

「彼と一緒にいる時は、暴れるなよ」
「いや基本暴れませんけど。…やられたらやり返すだけで」

人間じゃないんで、どんなに苛々してようが物に当たろうが、人相手に第一手段として暴力に訴えることは無い。
バグでもない限りは厳格な"リセイ"が働く。
規律。
ルール。
タブー。
全て正常稼働中だ。
注意すんなら、寧ろ俺らの周りの奴らに注意して欲しい。
俺らみたいな鉄格子無い曖昧な理性なんて不安だろうに、よく不特定要素溢れる集団の中で活動してられんなとか思うし。
でも、やられたらやり返す。
当然だ。
当然だが…。

「…嫌われるぞ?」
「…」

去り際、マスターが小さく笑って吐いてった言葉に、少しだけ固まった。



ひとつだけでいい




昼。
駅前。
…別に真夏でも何でもないが、どのみちこの時間は日差しが眩しくてモグラの俺には目が痛い。
右手で軽く目元擦って、携帯の時計を見る。
約束十分前だ。
元々遅刻常習犯だったはずだが、最近どっかおかしいのか、KAITOさんと待ち合わせする時はやたら現場到着が早い気がする。
エラーは出てないんで稼働に何の問題もないはずだが、少し違和感は感じている。
待ち合わせとか、早く来たところで時間の無駄だ。
メリットなんて何一つ無い。
何事も時間ギリギリ、自己の待ち時間は極力少ない方がいいに決まってる…けど。

「…。まあ、いいか…」

悪い気は、不思議としない。
待ち合わせに使ってるオブジェの柵にとん…と背中を預け、少しの間空を見ていた。
天は晴れている。
あの白く浮いているものは「雲」といい、空気中の水分が凝結して水滴になり、それが集まって浮遊している状態だという。
…そんなことは知っていても、ずっと夜にいた俺が、雲の基本色が、夜の空にかかる灰色ではなく白であると認識を修正したのは最近になってからだ。
知ること自体は楽しいが、結構鬱陶しい。
あまり色々なものは必要無い気がしている。
少なくとも、俺には。

「…」

雑踏の中で目を伏せる。
待ち合わせの相手。
知っているあの声が聞こえるまで、余計なものは、俺にはいらない。



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勇馬君はおされさん。
おにーさんラブ。
キャッチフレーズが結構“大和男子”的で、格好いいです。
2014.1.25






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