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KAITOさんのマスターが死んだ。
交通事故だったらしい。
葬式が終わったその日、KAITOさんも停止した。
パーソナリティを形成する中枢チップを取り出して、マスターと一緒に埋葬することを、本人が望んだらしい。



Chant




「…。意味が分かんないんですけど」

だだっ広い庭園の如き庭の端。
金持ち過ぎる大邸宅の裏に、その墓はあった。
人間が死ぬことは知っていても、死んだ後どうするかなんてあまり考えたことがなかったが、土に埋めたり焼いたりするらしい。
ウチのマスターが「二人に会いに行くか」などと口走るもんだから、もしかして俺が知らないだけで死んだ後の人間にもてっきり本人に会えるのかと思ったが、何てことはない。墓だ。
石でできた墓標。
一回か二回くらいしか見たことがないが、寺とか神社とか、そういう場所に集団で埋められるのかと勝手に思っていた。
…が、金持ちは自分の家の庭に墓があることもあるのだと、マスターは言う。
貧乏学生かと思いきや、なんとあの冴えないにーちゃんは金持ちの家出次男坊だという話だ。
黒いスーツを着て持ってきた花を墓標の前に置いたマスターが、ゆっくり立ち上がって、振り返った。

「…何がだ?」
「いねーし、本人」
「萩原君?」
「それ。その石、おにーさんのマスターと何の関係があんの?」

いつも通り呟いたつもりでも、意図せず語気が強くなっていることに、自分でも気付いている。
マスターは曖昧に口元を緩め、目を伏せて一度頷いた。
イエスでもノーでも無い。
元々、超現実主義者なウチのマスターに、死後の話なんてお門違いのはずだ。
どうせ本人も、10%程度の割合で馬鹿らしいと内心思いながら花を置いているのだろう。

「自己満かよ。きめー」
「そう言うな」
「何で人間の自己満に、KAITOさんが道連れにされなきゃなんねーんだよ。チップ取り出そうぜマジで。こんな石くらい斬れますけどー」
「勇馬」
「おにーさんまだ動けんじゃん。ボディは無傷であんだろ? 何でマスターが死んだからって、ボカロの俺たちまで停めさせられなきゃなんねーんだよ。次のマスターに変えりゃいい話じゃん」

言い切ってから、はっと我に返って自分の発言を見直す。
隣で、俺のマスターが黙って俺の言葉を聞いていた。
…違う。
マスターが嫌だとか変えりゃいいとか、そこまで思ってねーけど…。

「…。マスターが、KAITOさんのマスターになりゃいいんだ」
「私が提案しなかったとでも思うか?」
「…」
「私だけじゃない。萩原君のお兄さんも、VOCALOIDの試作品を一体預かっているらしい。彼も、KAITO君に自分をマスターにしないかと、提案したという話だ。両方とも、振られたがね」
「…。何でだよ」
「何でも何も、現実があるだけだ。私たちの存在と私たちの好意を総合した数値よりも、萩原君一人の存在の方が勝るというだけの話だ」

そう言って、マスターは墓を振り返る。
風が吹いた。
…。
後追いとか、どんだけだよ…。
不毛過ぎて理解ができない。

「…俺、マスター死んでも、後追いとか絶対ェしねー自信あんだけど」
「結構じゃないか。私はお前に後追いなんてして欲しくないからな。…だがまあ、仮定は仮定。実際にそういった状況にならなければ、当人の気持ちなど現実に理解できないだろうな」
「…。つーかホント、何で…。おにーさん…」

まだこっちには、俺がいるのに。
俺といると楽しいって言ってたじゃん。
俺が知らないKAITOさんの知り合いだって、それなりにいただろうに。
それらを統合した数値がたった一人、マスターへの数値に負けるって、どんだけだよ。
何て言っていいか分からない。
とにかく、胸部に何かが詰まっている。
むしゃくしゃする。
苛々するけど、この苛々を外にアウトプットして表現する意欲が起きない。
何だこれ。
気持ち悪い。

「…俺、おにーさんのチップが欲しいんですけど」
「我が儘は止めなさい」
「何で。取っても別に支障無いだろ。ボディに戻して、ちょちょっとマスター登録弄ればいいじゃん」
「…心配するな、勇馬」

マスターが空を仰ぐ。
丁度、鳩の群れが横切っていった。
羽音が気持ちいい。

「人間は外面で人を見る。内面なんて不確定で目に見えないものは、その対象人物を確定判断する証拠としては信用ならないからだ。それに、お前は実に見事なアンドロイドで、感覚が非常に人間に近い。だから…」

マスターが、視線を戻し、皮肉に笑う。

「最初は違和感があるだろうが、新しいチップを入れた動く"KAITO"君を見れば、すぐに寂しくはなくなるだろうさ。…私も、お前もだ」
「…。何それ。何かそれ、駄目な気がすんだけど」
「そうか? そんなものだ。案外、お前たちが想定しているよりも、人間は単純で流されやすく、残酷だ」

僅かに、マスターが口端を緩める。
横目でそれを見て、俯いたまま、目の前に置かれた花束を見下ろす。

「しかし、初期の試作品が予想外なことをしたものだ…。これはあっちの内部が荒れるだろうな」
「…」

マスターの声を無視して、息を吸う。
不意に、歌いたくなった。
何か、おにーさんに歌を捧げたい。
…けど、そんなのに意味はないはずだ。
聞く相手はもう耳も疑似感情も持っていない。
今歌ったとして…俺は、誰に為に歌うことになるんだ?
自分?
てか、自分以外無いだろ。この現状。
聞く相手はもういないんだから。
それこそ完全な自己満だ。ふざけてる。
でも…。

「――、」

息を吸う。
胸の支えを少しでも取りたくて、声を出した。
どうせおにーさんには届かない。
誰へでもない、自分の為に、"届けばいいな"なんて、確率零の自己満で歌う。
…馬鹿らしい。
反吐が出る。
馬鹿らしくて、愚かしくて…喉まで涙を持った感情の塊が上って来たから、死ぬ気で堪えた。

 

 

堪えたけど、その晩、かなりの時差があるにもかかわらず、不意に家のリビングで涙が出た。
本当に唐突だった。
雑誌膝に置いて、ぼーっとソファに座っていただけだったのに。
…男型だから、俺。
女は武器でも、男は恥辱だ。
人に涙見せるとか、有り得無いから。
寧ろ、俺に涙腺は無いと思っていた。
雑誌を床に捨てて立ち上がり、大股で部屋に向かおうとした俺の腕を取って、マスターが再度ソファに座らせた。
隣に腰掛け、俺の肩を抱く。
ぽんぽんと二度叩かれれば、線が切れたように涙が溢れ、俺は顔を覆うしかなかった。
マスターや他者への好意が極まれば極まる程停止に繋がるというのなら、好きな人や大切な人なんて、つくらなきゃいいって話になるだろ。
こんなにごっそり何かを剔られるくらいなら、やっぱり、最初から誰とも親しくならなきゃいいんだ。
でも。
だけど。
…KAITOさんとの時間は、俺の歌のジャンル範囲と声域を変化させる程、楽しかった。
停止したということは、もう彼から何の影響も受けられないということだ。
人は響き合って生きている。
彼からの反響は、もうこの先ずっと得られない。
あの人の響きを、もう二度と受け取れない。
"死"って、そういうことなのか…?
ただ停止するってだけじゃ、余る周囲への影響力。
どうして、俺たちVOCALOIDに"死"なんてものがあるんだ。
ふざけんな。
今までおにーさんが起動してた感情とか経験とか時間とか、すげーあるだろ。
停止したからって、死んだからって、その溜まってたもん何処に捨てる気だよ。
誰が捨てるんだよ。
捨てるくらいだったら俺によこせ。
…。
俺によこせよ…。

どうしていいか分からないと、マスターに嘆いた。
泣き入ってる顔見られるの死ぬ程イヤで、フードを目深にかぶって両手で下に引っ張る。
"お前は本当に良くできたアンドロイドだ"と、頭を撫でる手はマジでいらないから、俺を叩き伏せるだけの、明確な論理と答えが欲しい。



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chant=聖歌らしいです。
たまには死ネタなどを。
ボカロはみんな後追いしそう…。
2014.5.22






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