一覧へ戻る


「KAITO」

歩きながら呼びかけると、公園の一角にあるベンチに座って和んでいたKAITOが顔を上げた。
大型デパートの隣にあるこの公園は無駄にでかい。
池もあれば噴水もある。
買い物中あちこち連れ回すのも面倒だし、何より微妙に引っ付き癖のあるこいつと一緒に回るのは面倒臭いんで、時間を決めて待ち合わせをこの場所にしたが、考えたらかなり不特定な場所を指定してしまった。
俺はてっきり入口近くの時計オブジェの傍に立ってりゃすぐに分かるだろうと思って数分間待ってみたが、時間を過ぎても一向にKAITOが来ない。
割と待ち合わせ時間には正確な奴なんで、もしかしてと思って公園内を彷徨いてみれば案の定だ。
公園中央にある池が見渡せるベンチに、のんびり両足を投げ出して座っている青い影を見つけた。
まだ距離があるんで、階段を降りながら声をかけた俺へ、KAITOがひらひらと手を振る。
その足下を、鳥たちがたむろっていた。
足下は愚か、座っているベンチ上や腿の上にも数羽乗り上げている。
ものによっては暖を取るとばかりに無駄に長いマフラーの端の皺に挟まっている奴もいた。
鳩よりは小さい。
…雀か?
よく分からないが、俺が近づくと当然、瞬く間にその小鳥たちは逃げていった。

「はーい、萩原ー。やっほー」
「やっほーじゃねえよ。お前なんでこんな奥にいるんだよ」
「え、だって公園でしょ? 待ち合わせ」

確かに指定は"公園"だったが。
…自分に非があることは承知してるんで、強くでられずにそのままため息を吐いた。
遠くなる羽音を聞きながら、鳥が飛んでいった木々の方へ目をやる。
大きな木の間に入っていってしまうと、もう鳥の群は見えない。

「…鳥、今乗っかってたな」
「ん?」
「足んとこ。…逃げないんだな」

片腕に買い物袋提げたまま、顎で座っているKAITOの膝を示す。
自分の膝を見下ろしてから掌で撫で、不思議そうに奴は首を傾げた。

「何か変かな?」
「変じゃねえけど…。普通、鳥は逃げるだろ。んな足に乗ったり肩に乗ったり、滅多にしねえだろ。お前よっぽどなめられてんだな」
「えー? 酷いなぁ。そんなことないよ」
「いや、ある。…ぼけーっとしてっから集まってくんだよ」

悪態吐きながら隣に腰を下ろすと、KAITOが少しスペースを空けて横へずれた。
帰る前に一休みと、スーパーの袋を横に置いて、買っておいた缶コーヒーの口を開ける。
温かいコーヒーからは薄い湯気が立った。
横に座る俺を覗き込むように、KAITOが両足を前に伸ばして身を乗り出す。

「僕は彼らに害を与えないからね。ちゃんと分かってるんだよ」
「俺だって与えねーよ」
「あはは。でもほら、雀も鳩も、昔は食べられちゃっていたでしょ? …あ、ていうか今も食べる所あるのか。人間は他の動物に嫌われてるからね。萩原は人間だもん。仕方ないよ」
「…」
「ところで、俺にはアイスとかはないの?」

両手を前に出して催促するKAITOの掌に、片腕を袋に突っ込んで探り出したアイスをぺいっとぶん投げる。
嬉しそうに鼻歌歌いながら、アイスの袋を開け始めた。

…何か言いたいことがたぶん俺の中であったんだろうけど、声にして口から出すことをせず、そのまま覆うようにまたコーヒーに口を付けた。



Blue Bird




別の日。
やっぱり買い物に来て、やっぱり別行動をして、やっぱり待ち合わせをする。
前回のことがあったお陰で、今度はばっちりと場所を指定することにした。
俺の中で待ち合わせ場所としてスタンダードだったオブジェから、KAITOが最初に選んだ池の畔のベンチへ場所は変わった。
考えたら、こっちの方が待ち合わせしてる他人の数も少ないし、行き交う人並みも視界に入らないからゆっくりできる。
買い物袋を提げてたらたらと公園へ入っていき、池へ向かう為に少ない階段を降りる。
そこを降りている途中で、待ち合わせのベンチを見ると、やっぱり今日もあいつが先に来ていた。
周辺とベンチと、足下と肩に雀を始め、やっぱり小鳥が集まっている。
まさか鳥と喋れるなんてことはないんだろうが、微笑して膝の上に乗る小鳥の喉を指先で撫でる姿を目の当たりにすると、少し驚いて足を止めた。

「…」
「…ん?」

暫く階段の途中で両手をポケットに入れて遠巻きに眺めていたが、やがてKAITOの方が気付いて手を振った。

「萩原~。遅かったね。どうしたの?」
「…ああ。いや…」
「ごめんねー。萩原が来たから、俺はあっちに行くよ。…またね」

膝に乗ってた小鳥を両手で包んで足下に下ろすと、ベンチを立ってマフラーを泳がせ、こっちへ歩いてくる。
奴が立っても歩いても逃げるどころか後をくっついてきそうだった鳥共は、KAITOの向かう先に俺がいると分かるやいなや、逃げるようにまた一斉に池の水面を走るように飛んでいった。
羽音が遠くなる。
鳥が遠離るのと反対に、緊張感のないKAITOが歩いて来た。
…。

「買い物終わったみたいだね。それじゃ、帰ろうか」
「…」
「…? どうかした?」

いつもの調子で脳天気さ丸出しで問いかけるKAITOに、それでも俺は一瞬沈黙した。
得も言われぬ罪悪感…じゃないにしても、妙な感覚が背中を襲う。

「…。なあ。お前さ」
「ん?」
「あんまり俺に懐くなよな」

ぽつりと呟くように発した俺の意味不明な言葉に、KAITOが瞬く。
間を空けて、顔を顰めるように苦笑した。

「え?何それ? 言ってることが全然分からないんだけど。…っていうか、それお払い箱宣言じゃないよね? 泣くよ?真面目に泣くよ俺は」
「いや、何か…。マジで。…上手く言えないが」
「懐くなって言われても、俺は萩原のVOCALOIDだしなー」

足を止めたままだった俺の所へKAITOが並んだんで、そのまま反転して、降りてきた階段を上ることにする。
…何か、気分が沈む。
嫌な感じだ。
初っ端タメ口だし馴れ馴れしいし脳天気で常識知らないし天然丸出しで一緒にいると疲れるが、一応、こいつの中では俺が"マスター"ってやつで、一緒に生活していく上で、徐々に個別マスター用に修正がかかっていくらしいということは、同封されていた薄い取説で読んだ。
できれば俺は、そんな機能は、いらない。
こいつがこいつなりに、俺みたいな下らない相手に染まらずに、そのまま…例えば、空を見て鼻歌を歌ったり、鳥に警戒心抱かせないくらいぼーっとしてたりとか…。
そういうのを、大切にして欲しい。
…。
…とか口にしたら、流石にキモイが。

「…」

別に持ちにくかった訳じゃないが、何となく紙袋を持ち直した。
その腕に、不意に横から片手が添えられる。
寄りかかってこないだけマシだが、それでも一瞬ひくっと腕が引きつった。
荷物を持つ俺の手に指先伸ばして、KAITOがいつものように微笑む。

「半分持つよ」
「…」
「早く帰ろうか。暗くなるよ。…でも、暗くなると夕陽や星が綺麗だよね。俺、両方好きだよ」

階段を上りきったところで、無言のまま、俺はKAITOへ袋の一つを手渡した。
素直に受け取ってくれた分、腕が軽くなる。
空いた片手で、何気なくKAITOの頭を軽く叩いた。
叩かれた場所を押さえ、擽ったそうに笑う。

「痛いなぁ。なあに?」
「別に。…なあ。お前、鳥とか好きなのか?」
「好きだよ。俺の歌を喜んでくれるし。第一、空を飛べるなんて凄いよね。俺も音になって空を飛べたらなー」
「音になって…?」
「そう」

独特な感性だ。
俺にはちょっと分からないことを、当然という調子で、KAITOは小さく肩を竦めた。

「本当は、物体としては何も無いのがいいよね。歌も声も、本当は鳥よりずっと速いんだよ。…歌を歌うためにはプログラムが必要だけど、ボディは重くて飛べないからさー。ソフトウェアだと、そもそもパソコンの外部へ出られないしね。リアルな空は飛べないね。だから、こうしてボディあった方が空に近いから、俺は嬉しいよ」
「…」
「でも、鳥も好きだけど、萩原と一緒に地面にいる方が好きだから、気にしなくていいよ。…なんちゃって」
「…うざ」
「うっそ、今すごくいい事いったのに…!」

急に戯けて告げるKAITOの言動にいつもの調子を取り戻し、鼻で笑いながら肘で横を小突く。
下らないじゃれ合いをしながら、ぶらぶらと家に帰ることにした。

例え枷だとしても、こいつに足があって良かった…と、馬鹿みたいなことに安堵して、小さく息を吐いた。
肌寒い風が僅かに染めた息を横に流した。



一覧へ戻る


マスカイ小説。
マスターの名前「萩原」はKAITO好きな友達から拝借。
KAITO兄さんは素敵ですよね。
2013.7.8





inserted by FC2 system