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腰から肩胛骨が空いている服がいいと頼んだ。
そんな風変わりな服が本当にあるかどうか怪しいものだったけれど、月山さんだったらたぶん的確に用意してくれるだろうと思ったから、取り敢えず言ってみたんだ。
そして案の定、的確に用意してくれた。
サイズも気持ち悪いくらいぴったりだったけど、あんまり考えるのは止めることにする。
体に張り付き汗を吸い、運動筋を補うライン素材の入った戦闘服…。
服だって何だっていいんだ。
少し補ってもらわないと、弱い僕じゃこれから何も成し遂げられない。
用意してくれたお礼の言葉だけ投げて、袖を通してみた。
僕は、僕の知らない僕にならなければいけない。

「…」

動かすのに邪魔じゃないかな…と、赫子を四本、腰から出してみる。
一応、今の所つっかかりは感じない。
…けど、動いたらどうかな。
あとで月山さんに相手をしてもらおう。
数日後に、喰種レストランを襲撃する計画がある。
本番で、ここぞというときに動きにくかったら困るから。
ザリ…と低く赫子を動かして、うっかり床に擦り傷を作る。
硬質で鮫肌のような僕の赫子は人を殺すにはとてもいいけれど、こうやってすぐに何でもない身の回りも傷付けてしまう。
赫子を少し浮かせるよう気を付けながら、視界に一本収めた。
友人の手を取るように、それにそっと指先を添える。
硬質で鮫肌のようだけど、傷付かずに触る方法を僕自身だけが知っている。
この赫子は、僕の大切な協力者の一人だ。

「…リゼさん」

赫子の先端を見詰め、ぽつ…とその名を呼ぶ。
同じ赫子を持ってみても、あの人の様に強くもなければ魅力的にもなれない。
赫子の先に額を添えて、目を伏せて数秒じっとしている。
心が、少し落ち着く。

「…」

けど、瞳を開ければ切り替えて、すぐに赫子を体内に引いた。


一輪挿しの美しさ




「月山さん。ありがとうございます。動きやすそうです」

部屋を出てすぐの廊下に立っていた月山さんに、今後戦闘服となる黒衣を手渡す。
試着しようとした時、最初さも当然という顔で一緒に部屋に入ってこようとするから、拒否したんだけど、しぶとく廊下で待っていたらしい。
手渡すと、彼はそれを両手で持って広げた。
新品だった服は、一度袖を通されて少し柔らかくなっていそうだ。
硬いめではあるけど、熱に反応して徐々に柔らかくなる素材のようだから。

「サイズはどうかな?」
「ピッタリです。気持ち悪いくらいに」
「それは良かった。特注で作らせた甲斐があるというものだ」
「服の匂いを嗅ぐのは僕のいないところでお願いします」
「おっと…。これは失礼」

物凄く自然に手に持った黒衣を顔に近づけ、目を伏せていた月山さんを振り返り一言言っておくと、彼は態とらしく気付いた振りをして片手を口元に咳をひとつし、鼻先から服を離して折り畳むと腕にかけた。
僕がリビングへ歩き出すと、彼もついてくる。

「後で実用性を見たいので、付き合ってください」
「喜んで」
「…」

返事ついでに、片手が後ろから取られる。
手首を握られて、足を止めると肩越しに後ろを振り返った。
月山さんは相変わらず人の喰えない穏やかな顔で、僕を見詰めている。
何かもの言いたげに見えた。

「…。何ですか?」
「友人としてのアドヴァイスをひとつ」
「聞きましょう」
「あの女の名前を、あんなに感情的に呼んではいけない」
「…以前、覗き見は止めてくださいと言いませんでしたか」
「とても万感の隠った声だった。嫉妬してしまうのも当然だろう?」
「嫉妬?」

鼻で嗤ってしまう。
でも、愉快になる。
面白い人だ。
自分がリゼさんと同格だとでも思っているのだろうか。
だとしたら、とても理想主義で甘いものの考え方をする。
不覚にも、少し可愛く思えてしまった。
掴まれた手を、少し上に上げる。

「いつもありがとうございます。色々な人に嫉妬してくださって。きっと、とても大変でしょうね」
「カネキくん…。冗談だと思っているね? 僕は――」
「頑張って、僕を手に入れてみてくださいね」

彼の視界の中で、一本一本、僕の手にかかっている彼の指を柔らかく剥がしていく。
全部剥がし終わり、いつもとは逆に取るように持った彼の手を、最後にぽん…と跳ねるように放った。

「貴方の手に落ちた僕に、僕も、少し興味があります」
「…」
「きっと案外、幸せを感じるのかもしれない。目隠しされたみたいに。そういうの、上手そうですもんね、月山さん。…けど、残念ながら、今はそういうの、必要ないと思っています」

最近、よくそんなことを考える。
彼が僕を喰べたがっていることは知っているのに、そう考える。
僕にしては、随分絆されている方だと思う。
…けど、どれもこれも、全てが終わった後だ。
ゆっくり瞬きをして、再び彼に背を向けて歩き出す。

「レストラン襲撃後は、たぶん体が昂ぶっていると思いますので…。その時は、すみませんがそちらの相手もしてくれれば助かります。忙しいようならそれでもいいですけど」
「カネキくん」
「触らないでください」

再び手が伸ばされた気配を察して、鋭く拒絶する。
今は誰にも触らないで欲しい。
ヒナミちゃんたちにも会いたくない。
誰とも、あまり触れたくない。
相手が利己快食主義の喰種共であったとしても、数日後、僕はとてもひどいことをするから。
…僕に着いてきていた月山さんの足が止まったのを察して、一度として振り返りもせずそのまま階段の方へ歩いていく。
このまま、部屋に行くつもりだ。
…けど、何を思ったか、僕の足が僕を止め、僕の首が僕を振り返らせる。
月山さんが、馬鹿に真剣な面持ちで距離を開けて僕を見ていた。
心配そうな、情けない顔が珍しくて、思わず少し表情が緩んでしまう。

「…すみません」

何より先に謝罪が出た。
彼をそんな顔にさせたい訳じゃないからだ。
彼の為にも、今は逃げたい。

「こんな僕じゃ、月山さんの好きな"僕"じゃないですよね。…今喰べても、きっと不味い」
「君はいつだって香り高く魅力的さ。例え憂いを帯びていても、揺らいでいても」
「は…。嘘ばっかり。誰より気にするじゃないですか」

お互いくすりと笑って、でも距離は詰めさせない。
間を置いて、肩から力を抜いた。
一度自分の足下へ目線を下ろして、また上げる。
僕と月山さんとの間の、高々三メートル程度。
手が届かない、そんな距離。
とても、丁度良いと思う。
…ふと気が軽くなって、彼に笑いかけた。

「このくらいの距離が方があった方が、燃えるんじゃないですか?」

本質は、覆い隠されていた方がいい。
幻滅はされたくない。
見えないから、手が届かないから欲しくなる。
何だってそうだ。
事実、月山さんに裏切られたら困ってしまう。
必要があれば彼を殺す覚悟はいつだってできているけれど、こんなに使える人は滅多にいないから。
それに、血と屍で飾られている僕の道についてきてくれる人も。
だから、魅力のない僕は、彼に少しでも興味を持ってもらうように振る舞わないといけない。
…みんなはいるけど、一緒に歩けるのは、結局この人なのだ。
笑む僕を見て、月山さんが困ったように苦笑いして溜息を吐いた。
軽く片手を放って、首を振る。

「…comme vous voulez」
「何て?」
「"お望みのままに"…だよ。本当ならば傍に寄り添っていたいけれど、君がそう望むのなら、今夜は身を引こう」
「ありがとうございます。月山さんのそういうところ、大人だなって思います」
「…君は言葉巧みだね」

素直に伝えると、月山さんが肩を竦めてまた溜息を吐いた。
何か僕に聞こえないように小さく呟いたみたいだけど、気にしないことにする。
どんなに拗ねていたとしても、今夜の孤独は譲れないから。
…その代わり、赫子を一本黒いシャツの下から、彼へと伸ばす。
僕の赫子の先を、月山さんが片手を自らの胸に添え、もう片方で恭しく取る。

「お休みなさい」
「bonnenuit、カネキくん」
「レストランの時は、宜しくお願いします。…月山さんには悪いですけど」
「君以上に大切なものなど、今の僕にはないよ。…良い夢を」

そう言って気障ったらしく僕の赫子にキスをする彼を見ると、何だか安心した。
赫子の先が、ほんのりと温かくなる。
引いてしまうのが惜しいけれど、するり…と音もなく体内に戻すと、今度は腰の部分にその微熱が残った。
挨拶を終わりに、くるりと背を向けて、振り返りもせずに廊下を進む。
だって、その方がきっと、彼の好きな僕だから。

 

 

 

物が良く見えるのは、いつだって周りに何も無いからだ。
一輪挿しの美しさとはそういうもので、貴方の好きな僕はそういう僕だと、僕はよく知っている。



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何だかんだで月山さんには弱さを見せているし甘えていると思います。
ほんとカネキくんって色気で溢れてる。
2015.3.15





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