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日差しの強い夏の午後――。
新しく仕入れた情報とミニヒマワリのブーケを手に、僕は住宅街の一角にあるアジトへの道を歩いていた。
ここ連日猛暑を知らせる報道が続いており、今日という日も相変わらずの日差しの強さ…。
本来ならばこんな日は外出を控えるべきなのだろう。
日差しは元より、恐らく今日は紫外線も強いはずだ。
紫外線は何も美容にばかり悪いのではない、ヘルス面でも十分な脅威。
家の者も、こんな日に出るのは止めた方がいいとこの僕を止めてくれたけれども…ああっ、愛しのカネキくんが僕を待っているかと思えば、刻まれる一刻一秒が惜しい!
それに…!こんな暑い日は例え終日室内にいようとも、発汗により彼の香りが豊かになる!
猛暑!
ニュースでそれらを聞く度、今日もまたカネキくんの香しき芳香を愛しに行かねばと僕の胸の内の情熱が彼を求めていてもたってもいられない!
ああ…っ、カネキくん…!
夏の日の僕の居場所こそは、君の傍に他ならない!!

「…♪」

踊り出したくなるような陽気な足取りでアジトの門を潜り、ドアを開ける。
敵情視察や調査…のみならずショッピングやリフレッシュなどなど、リトルレディやバンジョイくんとそのお友達は時折外出していることがあるようだけれど、基本的にカネキくんはアジトの中で過ごしているので、部屋に入ってしまったりバスタイムでもない限りは会えるはずだ。
尤も、例え部屋にいたりバスタイムであろうとも、出てくるまで待つつもりだけれどね。
玄関から室内に入ると、廊下の先にあるリビングの方から複数人の気配がした。
いつもより賑やかな気がするのは、話が弾んでいるからだろう。
高いせいか、リトルレディの声が最もよく通っては僕の耳に届く。
楽しい話題ならば是非とも混ぜて欲しいものだと、手早く靴を脱いで揃え、廊下を進んだ。

「Bonjour、諸君!」

左腕にブーケを抱え、右腕を軽く挙げてはいつものように挨拶をする。
皆でソファセットに腰掛け愉快な話題で盛り上がっているのかと思いきや、リビングのドアを開けて飛び込んできた光景は僕の予想とは少々違っているものだった。
カネキくんやバンジョイくんはソファに座ってはいたが、バンジョイくんのお友達のうち二人が絨毯に膝を付き、ガラステーブルを挟んで向かい合い、それぞれ出している右手を固く握っている。
握手のような感じにも見えるが、お互いその握手へ力を込めているように見える。
…?

「あ、月山さんだー!」
「何だよお前、また来たのかよ。昨日も来てただろーが」
「どもー」

思わず疑問符を浮かべていたが、テーブルの近くの絨毯の上に座り、向かい合って握手している二人を見ていたらしいリトルレディの声を機に、バンジョイくんともう一人のお友達が僕へ顔を向ける。
彼らに再度片手を上げて挨拶してから、ソファの後ろを通り、奥の一人掛けソファに座っているカネキくんの方へ進んだ。
彼の横に片膝着いて、肘掛けに置いてあったその手を取ると甲へヴェーゼを送る。
それだけで、カネキくんの皮膚の匂いが僕を擽る。
甲へ口を添えたまま、鼻孔で思い切り息を吸った。
…はあ。
甘い彼の香りにくらくらする…。
本当ならば今すぐにでも舌を這わせ皮膚に滲む僅かな汗共々堪能したいところだが、以前それをやって酷くご機嫌斜めにさせてしまった経緯があるので、ここはぐっと耐えざるを得ない。
ただ、少しでも長く触れていようと鼻先をカネキくんの手の甲へ添えたまま、薄く唇を開く。

「Bonjour、カネキくん」
「どうも。…月山さん、最近よく来ますね」
「君に会いたくてね。勿論、手土産は欠かしていないとも」
「…情報、小出しにしてないでしょうね」

彼が僕に求めるものが分かるから、手ぶらではとても来られない。
…が、逆に言えば情報がこの手にあれば、それが貴重であればあるほど彼は接近を許してくれるというわけだ。
名残惜しいがその手を離し、後程告げる情報の代わりとして片腕に抱いていたブーケをカネキくんへ差し出すと、彼は小さく息を吐きながら受け取った。
気怠げだった顔を少し上げ、距離のあったリトルレディに向ける。

「ヒナミちゃん。月山さんがお花持ってきてくれたから、花瓶に入れてくれるかな?」
「…うん!」

テーブルに両手を添えて心配そうに僕らの方を見ていたリトルレディは、カネキくんの言葉にぱ…!と立ち上がってやってきた。
彼からブーケを受けとり、細い腕に抱きながら中を覗く仕草はとても愛らしい。

「わー。今日はちっちゃなヒマワリだ」
「お気に召したかな?」
「うん、すごくきれい。お兄ちゃん、おうち、お花いっぱいだね」
「そうだね。一生懸命世話をしてくれているから、助かるよ」
「えへへ。…けど、そろそろ花瓶が無くなっちゃうかも」
「おや。それでは今度来る時は花瓶も用意するよ、レディ」

ブーケを抱え、リトルレディは洗面台のあるバスルームへと一人向かっていった。
可憐な花は可憐な少女へ任せるとして、カネキくんの座るソファの横で立ち上がると、片手を彼のソファの背に添えた。
今尚、テーブルの上ではバンジョイくんのお友達の二人が握手をしている…が、先程と違うのは、その握手している場所が斜めになっていることである。
それに加え、何故か対峙しえいる二人の腕が小刻みに震えているように見える。
三人掛けのソファを一人陣取っているバンジョイくんが、岩のような顎に片手を添えて楽しげにそれを眺めている。

「おお…。粘るなー、ジロ。頑張れ」
「ぐんぬぬぬ…っ」
「つーかしぶてーよ!粘んな、諦めろ!楽になれ!」
「…ところで、彼らは何をしているのかな?」
「腕相撲ですよ」

何の儀式かと尋ねてみれば、カネキくんがさらりと答えてくれた。
…ウデズモー?
ふぅん…。聞いたことがないね。
初めて見るものだが、どうやら力比べのゲームのようなものらしい。
何となく眺めてルールを把握しようとムッシュのように顎に指先を添えていると、不意にカネキくんがちらりと僕を一瞥する。

「…知りませんか?」
「残念ながら、僕とは今まで縁がなかったようだ。どこかで見かけたことはあるような気がするけれど。ゲームのようだね」
「ああして、利き手を組んで力比べをするんです」
「…!」

何気なく右手の指先で、バンジョイくんのお友達二人の方を示す。
まさかカネキ君が直々に説明してくれるなどとは思わず、少々驚いて彼の横顔を見下ろした…が、クールな横顔はそのままで一瞥した視線もテーブルの方へ戻してしまっている。
それでもこの僕にルールを説明してくれるとは…!
彼のこういった不意打ちの甘さは、いつだって僕の胸を高鳴らせる!
溢れ出る彼への情熱が少しでも抑えられればと、自然と片手を胸に添えてシャツを握った。
カネキくんはとてもシャイであるから、極力この胸の高鳴りを晒すわけにはいかない。
今のようにふわりと水に揺らぐ薔薇の花弁のような優しさを与えてくれることは多々あるのだが、どうやら彼はそれに対して僕からの感謝や返礼を求めていないらしい。
僕が彼の言動に胸打たれ感動していると知れた途端、急に冷たくあしらわれてしまうこともまた多々あることなのだ。
今も無知なる僕へ説明を添えてくれる優しさを前に、本来ならば今一度彼の手を取ってキスし、ハグし、何なら二人で部屋で愛し合いたいところだけれど、恐らくそれを前面に出してはシャイなカネキくんは逃げてしまうだろうから…ああ、心苦しくはあるけれど、彼の説明に頷くだけにしておいた。
…と、そのタイミングで、テーブルの上からズドンッ…!と音がする。
バンジョイくんのお友達の片方が、勢いよく両手をあげた。

「うっしゃあ…!」
「あ~。負けたぁー」
「ウェーイ」
「はははっ。頑張った頑張った!」

バンジョイくんが、テーブルにぐたりと俯せているお友達の肩をぽんぽんと叩いて慰めている。
そんな敗者に、背後のソファに座る勝者が片腕を回しながら告げる。

「んじゃジロ、人数分コーヒー淹れてきて」
「げー」
「へえ…。興味深いね」

がっくり肩を落としてキッチンへ向かうバンジョイくんのお友達を見送り、少し考えてから傍に座るカネキ君を覗く。

「僕もプレイしてみてよいだろうか。ビットは必要かい?」
「ただの遊びですよ」

賭け金が必要なのかと思ったが、どうやらそういう類のものではないらしい。
カネキくんと手を握り合いプレイできるかとも思ったが、僕らの会話を聞いていたムッシュがのそりとソファから立ち上がった。

「よし…。そんじゃ、俺とやろうぜ、月山」
「ムッシュと?」

勇ましく殆ど無いも等しいフィットしているティシャツの袖を捲る仕草をするムッシュ。
彼の行動に、反射的に小さく笑ってしまった。
そんな気はなかったのだけれど酷く気に触ってしまったらしく、ムッシュが顔を真っ赤にして僕に声を張る。

「何だよ、その態度は!人が折角相手してやろうってのに!」
「僕は別に構わないが、ムッシュの腕が折れやしないかと心配でね」

見た目と実際の腕力は必ずしも一致しない。
見かけに反してあまり戦力にならないムッシュでは、僕の相手は務まらないだろう。
まだお友達の方が僕の相手たり得る。
…いや、それよりも。
緩む口元を意識して引き締めながら、軽くカネキくんへ片手を差し出す。

「どうだろう、カネキくん。この無知なる僕にレクチャーいただけないだろうか」
「…」
「テメェはカネキと手ェ握りてえだけだろ!見え見えだっつーの!」
「あー。けど、マジで万丈さん止めた方がいいっスよ」
「ですねー。月山さんとじゃ粉砕骨折の可能性も目に見えますって」
「ぐっ…」

Bravo!
バンジョイくんのお友達がそう言って彼を止めてくれたので、ムッシュは舌打ちして腕を組み、再びソファにどかりと不機嫌露わに腰を下ろした。
彼の様子を横目で見、一度瞬きをして再び我が主へと視線を向ける。
現実問題、僕と似たような力量でプレイできるのはカネキくんくらいだろう。
…ということは、彼にとってもそのはず。
だからこそ参加を控えていたのかもしれないしね。

「…」

間を空けて、僕の差し出した手を流し、カネキくんがソファから静かに立ち上がった。
皆の視線を一身に浴びたまま、す…とソファとテーブルの間の狭い空間へ足を進める。
その場にいたバンジョイくんのお友達二人が空かさず立ち上がって、彼の邪魔にならぬよう移動した。
空いた空間で両手をテーブルに着いてから、カネキくんが足を折って絨毯の上へと座る。
どうやら、僕とのゲームに付き合ってくれるつもりらしい。
そのことが分かり、僕も彼とテーブルを挟んだ場所へ腰を下ろした。
横にいるバンジョイくんが些か邪魔で、少し退いてもらう。
カネキくんが僕と一対一のゲームを…!
しかも彼の手を公に握れるなんて!
溢れ出る狂気を押さえきれず、ハンカチで一度拭ってからいそいそと右腕をテーブルの上に差し出す。
掌を上にしてカネキくんの麗しい右手を取る準備をしていると、呆れたような顔で彼が右手を出した。

「…まず、僕と握手してください」
「…? こうかい?」

さっきは手を上の方で握っていたような気がしたのだが、握手でいいのだろうか…。
不思議に思いつつも、誰かと握手をする時のように手の形を変えれば、ぎゅっ…とカネキくんが無造作に僕の右手を握り、衝撃が背中を走り抜ける。
あああっ…!
柔らかく滑らかなカネキくんの掌が、今この手の中に!!
じぃん…と手で感じる彼という存在が僕に至福をもたらす。
両手で握りしめたいところだが、あいにく片手がルールらしい。

「親指で撫で回さないでください。肘をテーブルにつけます」
「…肘?」

言われて、目の前のカネキくんの姿をサンプルに僕もそれを真似る。
肘をガラステーブルの表面につけることで、自然と握っている互いの手は上に位置する。
ここまでくると、さっき見た二人のゲーム姿に似てきた気がする。

「…なるほど。肘が浮いたら負けなんだね?」
「あと、左手は拳にして…はい、それで。この左手の側面が浮いても駄目です」
「へー。やったことねえってマジっぽいっすね」
「世界共通じゃないんですか、コレ。選手権とか見たことある気がするけどな」
「カネキ、骨折っちまえ」

マナーのない外野の言葉がちらちら聞こえるが、僕を揺るがすものではない。
彼と愛し合ったことは度々あるが、手を握らせてもらえるかといわれると果たしてその回数は愛し合った数よりも少ない気がする。
エスコートとして手を取ることは何度かあるが、それとはまた違う感触。
つまり、実に貴重なことをこの僕は今彼に許されている…!

「レディゴーの合図で僕はこっちに倒そうとしますから、月山さんはこっちに倒します。相手の手の甲をテーブルに着けたら勝ちです」
「Oui」
「んじゃま、コールすんぞー」

僕とカネキくんが握り合っている手の上から、バンジョイくんが不意に手を乗せて僕らの手を少々揺らす。
突然の横やりに些か不愉快になったが、どうやらそういうものらしい。
組んだ手を間に、カネキ君の様子を窺えば、いつも通りの淡々としたクールな雰囲気のまま握り合った手を見詰めていた。
…カネキくんが僕相手に手加減するとは思えない。
重ね重ねになるが彼はとてもシャイだし、僕ら二人だけならまだしも、バンジョイくんやその他大勢がいる前で、いくらゲームルールとはいえ僕と長い間手を握っていようとは思わないであろうことは目に見えている。
恐らく、瞬殺で来るだろう。
…が!僕は可能な限りカネキくんと長く触れていたい!!
となれば、僕は僕で遊びといえど些か本気にならざるを得ない。
いや、寧ろ今この瞬間こそが僕の実力を発揮する時だ!
実際に握ってみれば、関節は男性的であるけれど洗練され凝縮された肉に張りのある強い筋、薄くきめ細やかな皮膚に、整い血の溜まった赤黒い指先…。
ああ…。
その君の指一本でももらえたら…。

「はーい、レディー…」
「…」
「…!」

うっとりと彼の手に魅入っていると、ムッシュバンジョイがそうコールした。
瞬間、ぐ…とカネキくんが手を固く握り直し、僕も我に返る。
どうやらこれは本気でかかる必要がありそうだと、僕も力加減を決める。

「ゴー!」
「っ…」
「…ぐ!」

…とコールされた瞬間、僕もカネキくんも合わせた利き腕の筋肉が動いた。
案の定、爆発的な瞬発力でそれまで覇気のなかったカネキくんの細い腕に力が入った。
一瞬後手に回ったが、彼の力に抗おうと送り込んだ腕力で、思いの外その瞬発力を押さえ込めたようだ。
多少腕はカネキくん有利に傾いているが、そこで止まる。
ぎしぎしと腕が軋む。
思ったよりも随分原始的且つハードなゲームらしい。
ぎぎぎ…と腕が震え出す。

「これは…なかなか…ハード、だねっ」
「…」
「あ、月山さんすげ。カネキさんに瞬殺されてねえ」
「手加減…は、しないか。月山さんだもんなぁ…」
「お前ら瞬殺だったよな?」

バンジョイくんがお友達に尋ね、二人が頷く。
…ふぅん?
ちらりとカネキくんを見れば、やはり表情を変えずに余裕そうに見える。
だが、他二人が瞬殺で敗北しているのであれば、尚更遠慮不要の僕などはそれこそ一瞬で終わらされそうなものだ。
しかし、今こうして力は拮抗している。
…ということは、もしかして――。
ただでさえ精一杯なのだが、更に多少無理して押してみる。

「ふ…っ」
「…っ」
「え…!?」
「ちょ、マジで!?」

ぐ…と送り出した新たな力は、少しずつカネキくんの腕を押していった。
外野がざわりと驚愕の声をあげてテーブルに齧り付いてくる。
一瞬、カネキくんが僅かに意外そうに瞬いたのを、僕は見逃さなかった。
カネキくん…我が麗しき主の力は勿論数ある喰種の中でも長けているが、膝立ちのこの姿勢では完全に上半身勝負で下半身の筋肉はほぼ使えない。
更に、左手はルールで拘束されているというのなら、多少腹筋背筋足筋も使用するであろうが、触れ合っている右腕から肩にかけての、殆ど腕力肩力ほぼ一本の勝負になるのだろう。
そして、日頃使用している彼の美しい赫子は鱗赫で、僕は甲赫。
それぞれがどこの筋力を特別活かすのかは、考えるまでもない。
…つまり!
このゲームジャンルにおいて、僕は、カネキくんに勝てる…!!
左手の拳を強く握り、一気に押し込んでしまおうと腕を傾ける。

「ぐ…」
「…っ、ん…」

その頃になると流石にカネキくんも眉を寄せて、俯くと唇をきゅっと閉じていた。
ムキになって顰める表情と唇から溢れる声が僕の血圧を上げる。
ああっ、レア…!
その顔!その仕草!
カネキくんをもっと困らせたい…!
彼の為に力を尽くすことが僕の喜びではあるけれど、彼の今の表情はとてもSweetなのだから!
日頃は思いもしないそんな後ろ暗い欲求が尚更僕の力になる。

「お、お…。うわわ、カネキ頑張れ!」
「おわ…!?」

不意に、パキ…!とカネキくんが左手の拳を着いている場所にヒビが入った。
圧にガラスが負けたのだろう。
…などと思っている傍から、バキバキ…とヒビが大きくなり、同時に僕の左手の方のテーブルにもヒビが入り出す。
仕舞いにはカネキくんと僕の前に、蜘蛛の巣のようにテーブルに白線が入っていく。

「うっわー…。やば」
「ちょ、待てっ。オイ、お前らやめ…!」
「――」
「…what?」

バンジョイくんがそう制止をかけた途端、ふ…とカネキくんの腕から力が失せた。
拮抗していた片方が不意になくなったものだから、僕の脳が片腕へ制止を送る前に、流れていた腕力がそのままカネキくんの手を巻き込んで左へ倒れる。
結果…。


――バリンッ…!!


テーブルは、僕が彼の手の甲を押し着けた場所から、真っ二つに折れた。
パリ…パキン…と、細かい破片が傾れて床に滑っていく。

「お、おぉぉ…」
「スゲー…」
「何でそこまでやるよ、お前らは!」
「は…! カネキくん!?」

芳醇な香り。
表面に着いてから咄嗟に離したとはいえ、彼の手の甲を下にテーブルを割ってしまった。
傷付いてやしないかと膝立ちを止めて立ち上がったけれど、腕を離したカネキくんは壊れたテーブルに興味無く、片腕をぐるりと回して今さっき僕と握りあっていた掌を眺めていた。
指を開いたり閉じたりしている。
その手の甲には、案の定酷くはないが、テーブルへの殴打による擦り傷があった。
血は流れてはいないが、滲みだしている。
慌ててハンカチを取り出す。
顔が緩んでしまいそうになるのを押さえ、あくまで紳士的に。
カネキくんの血液…。
直接口にしたいだなんて…ああ、そんな烏滸がましいことは今はまだ思うまい!
だが!あわよくば今再びその香り高い赤き雫を、この僕のハンカチに…!
興奮で震える手を何とか抑え、平然を装ってハンカチを彼へと差し出す。

「あ、ぁあ…何ということだ…。すまない、カネキくん。血が…君の香り高い血が…。今すぐこれで!」
「結構です」
「そう言わずに!この僕にのカンカチを使ってくれたまえ!!」
「結構です」
「遠慮は無…!」
「次は言いません。結構です」
「あーあー。馬鹿だなー…。ほらカネキ、ティッシュ」

ところが、僕が差し出したハンカチを断り、カネキくんはバンジョイくんが持ってきたティッシュで傷を拭ってしまった。
ああムッシュ!何ということを!
僕のカネキくんの血が…!
内心ぐつぐつと煮えているところ、音を聞きつけたリトルレディがヒマワリを生けた花瓶を両手にばたばたと戻ってきた。

「ねえ、何今のお……うわあっ!? どーしたの、これ!」

リビング中央の散々な状態に、リトルレディは困惑した。
彼女に心配をかけてはいけないと、片手を腰に添えて説明する。
片付けは、早速バンジョイくんのお友達が始めてくれている。

「少しゲームに熱中しすぎてね」
「腕相撲に? …あっ、お兄ちゃん大丈夫!?」
「大丈夫だよ。ありがとう」

ティッシュで手の甲を押さえていたカネキくんを見て心配したようだが、そろそろ彼の傷は治った頃だろう。
案の定、もう押さえるものは必要がないようだ。
心配そうなリトルレディに見せつけるように、バンジョイくんが溜息を吐く。

「驚かせちまったなあ…。ちょっとテーブルが脆くなってただけみたいだ」
「テーブルが?」
「そうとも!心配ご無用さ、リトルレディ。すぐに新しいテーブルを手配しよう。今度はどんなデザインがいいかな。後で一緒に選んでおくれ!」
「う、うん…。でも…お花どうしよう」

どうやらリトルレディは持ってきた花瓶をテーブルの上に置こうとしていたようだ。
紅一点である可憐なプリンセス。
彼女に残念そうな表情をされてしまえば、場は常に彼女が中心。
カネキくんが、彼女相手にしか見せない柔らかい表情で困ったように僅かに首を傾げる。

「どこでもいいと思うよ。きれいだからね」
「それならば、レディ!」

リトルレディを僅かでも哀しませようことは、我が主たるカネキくんの本意ではない。
であればと、すぐさま彼女の横に片膝を着き、掌を差し出した。

「その可憐に飾ってくれた花は、どうかこの僕に預けていただけないかな?」
「いいけど…。どこに飾るの?」
「玄関にね。今日ここに来た時、少々寂しく感じたからね。ちょうど何かないだろうかと思っていたところさ」
「あ、そうか…!靴置くところの上があいてるね!」
「置きに行くかい?」
「うんっ」
「お伴ましょう、プリンセス」

どうやら心配事のなくなったレディは、ぱっと笑顔で再び大切そうに花瓶を持つと、一足先に廊下へ向かう。
ムッシュバンジョイが、何やら妙に悔しそうな目で僕を睨んだ。

「…お前何気に上手いよな、そーゆーの」
「ご婦人のご機嫌を保つのは、紳士たる者の務めだよ」

彼にウインクし、僕も彼女に着いて廊下へと出た。
長い廊下の先、玄関の横にある棚の空いたスペースの傍へ行くと、リトルレディを抱き上げて彼女自身に花瓶を置いてもらう。
この場所が何か物足りなく感じていたのは決して嘘ではなかった為、アクシデントのフォローとはいえ、より良くなったというものだ。
ご機嫌宜しくなってくれたレディを下ろして、再びリビングへ戻る。
戻った頃には、真っ二つになったガラスのテーブルは部屋の窓際へと寄せられており、バンジョイくんのお友達が細かいガラスを掃除するために掃除機を取りに行くところだった。

「テーブルなくなっちゃうと、広いね」
「ヒナちゃん、危ねーから片付くまでちょっと離れてような」

今にも破片の山へ近づきそうなリトルレディを、バンジョイくんがやんわりと止めて離れた場所にある別のテーブルセットの方へ促す。
そうだね、それがいいだろう。
彼女に傷でもついたら一大事だ。
…せっせと目の前で掃除が進む中、カネキくんだけは変わらず僕とゲームした場所のソファに座っていた。
軽く片手を上げ、彼へ報告する。

「レディに玄関へと飾ってもらったよ。なかなか華やかになったとも」
「そうですか。ありがとうございます。…」
「…what?」

両脚を投げ出し、その間で両手の指を合わせ座っているカネキくんだが、その指が着いたり離れたりを繰り返している。
何かを思案している時の仕草として分かり易いボディメッセージなので、印象に残りやすい。
何かあるのかと彼が反発しない程度の加減で声をかけ促してみれば、ちらりとカネキくんが僕を一瞥し、再び自分の指先を見下ろす。

「…腕相撲、強いんですね、月山さん。驚きました」
「ふふ。そうらしいね。お褒めいただき光栄だよ。…だが、君も気付いたとは思うけれど、このゲームは僕のような甲赫の者が有利そうだ。フェアではなかったね」
「いえ…。それでも、負けるつもりはあまり無かったので」

つんとした表情で、事も無げにカネキくんが告げる。
僕程度では相手にならぬというような、その高圧的な物言い…!
流石はカネキくんだ。
だからこそ、彼の予想を裏切り勝者となれたことが誇らしい。

「けれど、テーブルが割れてしまったのなら、今のはノーゲームだね。それに、最後は君ムッシュの声で止まっただけだろう? 僕の反応が遅かったという話だよ」
「けど、殆ど勝負はついていましたから。…何かありますか?」
「…? 何か?」
「罰ゲームです」
「…!」

カネキくんの言葉に驚いて、思わず硬直する。
罰ゲーム!
つまり、先刻のゲームにおいての勝者たる僕が、もしや敗者たるカネキくんに何か一つしてもらえる…!?
そういえば、バンジョイくんのお友達も、負けた方が命じられて全員分のコーヒーを淹れに行っているところだ。
何気なく流していたが、もしやそういったルールを前提にしてゲームしていたのかもしれない。
となればまさか…!
…固まる僕の背後から、話を聞いていたらしいバンジョイくんが声をあげる。

「おいおい…。止めとけって、カネキ。今のはノーカンだろ」
「いえ、実際僕が負けたようなものです。ジロさんたちがそういう前提でやっていたのに、僕だけ罰ゲームなしというのは狡いですから」
「すごーい。月山さん、お兄ちゃんに勝ったの?」
「…」
「…何ですか」

硬直して動かない僕を、カネキくんが詰まらない者でも見るような目で見上げる。
しかし彼の問いかけに答える余裕など、今の僕には無い!
何かをカネキくんにしてもらえるなんて、今日は何という幸運な日だ!
腕を組み、片手を顎元に添えて瞬間的にずらりと日々彼にしてあげたいことやして欲しいことのいくつかの案が出てくるが…。
…いいや。calmato、月山習!
ここでのミステイクは許されない。
こんな貴重な権利、早々手に入るものではない。
だが、勿論行きすぎればカネキくんの逆鱗に触れてしまうであろうことは目に見えている。
つまり!彼の逆鱗に触れない程度の…しかしギリギリ許されるような、そのボーダーラインを見極めなければならないというわけだ…!
日頃の僕の観察眼と判断力が、今君の為に試されている!
カシャカシャとバンジョイくんのお友達が部屋を片付ける中、その音が僕を促す。

「…………」
「…? 月山さん、動かなくなっちゃったね」
「…何か全力で物凄く長考してるぞ、コイツ」
「分かっていると思いますが、あんまり巫山戯たことを言ったら怒りますよ」
「巫山戯たことしか言わねー気がするが…。コーヒー…は、ジロが淹れてるしなあ…」
「…décidé!!」

僕の中のラインが決まり、パチン…!と指を鳴らして宣言する。
どちらかといえばかなり危険な賭だが、どうやら察するにカネキくんの中では僕がゲームに勝ったというそのことよりも、リトルレディの笑顔を取り戻したことに対する報償のような意味合いが強いようだし、いつもより多少リスクがあってもいける予感がしている。
それならば…!
左手を胸に添え、ソファに座っているカネキくんへ、ばっ…!と右腕を差し出す。

「では、コーヒーを飲む間、僕の膝の上に座りたまえ!!」
「え、お断りします」
「何故だい!?」
「気持ち悪ィこと言ってんなよテメェはよぉおおっ! 鳥肌立ったわ一瞬で!」
「え? 抱っこはだめなの?」

バンジョイくんが少し離れた場所から吠える。
厳選したラインだったのだが、どうやら少し高めに見過ぎたようだ。
残念、見誤ってしまった。
一言で拒否するカネキくんにショックを受ける。
ああ、そのくらいであれば許されると思っていたのに!
僕の求めるものがカネキくんの好みではなかったのか、彼は溜息を吐いて立ち上がってしまった。
キッチンの方へ行こうとするものだから、慌てて彼の片手を取って縋り付く。

「ああっ、待ってくれカネキくん…!」
「離してください。…もうコーヒーでいいでしょう。月山さんの分だけ、僕が淹れます。罰ゲームはそれで」
「今一度っ、今一度僕にチャンスを!!」
「必死か!止めろ、みっともねえな!」
「抱っこが駄目なら、膝枕とかは?」

僕らの様子をムッシュの隣で見ていたリトルレディが、ぽんと言葉を投げ、皆一様に彼女の方を見て停止する。
…膝枕!
思いもしなかったがそれもまた良し!
僕の膝の上に座る気分ではないというのならば仕方ない。
日頃疲れ気味の我が主。この僕が君の枕代わりになろう…!
カネキ君の片手を取ったまま、その場に片膝付いて彼を見上げる。

「ならばカネキくん!それで!!この僕が君のピローとなろう!」
「それで…じゃありません。どうして僕が月山さんの膝に寝なきゃいけないんですか」
「快適な寝心地を約束するよ!」
「嫌です。だったら、まだする側の方がマシです。座ってればいいんですから」
「…!?」
「バカっ、カネキ…!」

淡々と返されたカネキくんの言葉に驚いて再び固まる。
バンジョイくんが彼に注意するがもう遅い。
カネキくんの手を取ったまま、彼の提案に感動してぶるぶると肩が震える。
あくまで僕はカネキくんの剣。
一口に"膝枕"と言えば僕が彼に奉仕する側が当然と考えていたが、まさかその逆を許してくれるとは思いもしなかった。
どちらがハードルとして低いかというのは人それぞれであろうが、どうやらカネキくんはされる側よりもする側の方が安易だと思っているようだ。
何という幸運!

「で、では…。では…!」
「え…。…ああ、本気ですか? …」

そこで、カネキくんが粉砕したテーブルのあった場所をちらりと見下ろす。
すっかり片付けが終了しそうなその場は、細かい破片も取り除かれつつあり、向かい合ったソファと一人掛けソファの間の何とも言えない寂しい空間になっている。

「…まあ、それじゃあ、いいですよ。膝枕で。五分間くらいなら」

信じられないその言葉に、飛び上がるようにして立ち上がり思わずハグしようとしてしまったが、僕の腕が彼を捕らえる前に腹部にカネキくんの見事な拳が打ち込まれ叶わなかった。
その重い一撃から復活できた頃、場はすっかり片付けが終わり、丁度キッチンに消えていたバンジョイくんのお友達がコーヒーを持ってきてくれた。

そんな奇跡的な話の流れになった結果――。

 

 

 

 

「ぁあぁあぁああああっ…!」

感動で喉が震え、感嘆詞しかとても出てこない。
三人掛けのソファの端に座ったカネキくんの膝に頭を置いて、足を伸ばし横になった。
こんな夢のようなことがあっていいのだろうか…!?
カネキくんの膝枕なんて、そんなエリュシオンは考えたこともなかった!

「こんな…こんな日が来るなんて…!カネキくんの膝枕…。夢にも見なかった現実がここに!Tres bien!!」
「…月山さん。俯せて寝るのやめてもらっていいですか」
「Ouch…!」

片手をソファの肘掛けに添えてじっとしている約束のカネキくんが、空いている方の手で僕の後頭部を上から鷲掴む。
どうやら仰向けを想定していたらしいが、ソファに俯せるのは僕の自由のはずだ。
カネキくんの美しい太股が…。
目の前に美味なる血肉があれば、うっかり歯を立てぬよう神経を尖らせる。
しかし香しい彼の香りは格段に高く、それだけで至福だ。
こんな機会は滅多にないと、思いっきり鼻孔で呼吸をしていると、みしみし…とカネキくんが指で頭部を圧迫してくる、が…嫌だっ、退きたくない!
例え頭蓋骨が多少割れようとも構わない!
向かいに座っているバンジョイくんが、呆れた顔でそんな僕らを見ていた。

「ほんっとにお前は…。よーやる…」
「俯せてて膝枕だと、苦しくない? 月山さん」

僕とカネキくんが仲良しなのに混ざりたかったのか、僕の背中に座ったままリトルレディが心配そうに声をかけてくれる。
カネキくんの膝の上に伏せたまま、背後のレディへと答えた。

「心配ご無用!僕は常々伏して休んでいるのだよ、リトルレディ!」
「足に息がかかって相当気持ち悪いんですけど。それに、いつも月山さん仰向けで寝るじゃないですか」
「カネキ…。ヒナちゃんもいるし、その辺で…」

ムッシュが何とも言えない声を横から差し込んでくる。
カネキくんが一つ咳払いしてから深々とした溜息を吐いた後で、片付けが終わったバンジョイくんのお友達が、覗き込むように彼に声をかけた。

「…にしてもカネキさん、珍しいですね」
「そーっすよねー。月山さん相手に膝枕とか、するとは思いませんでした」
「ふ…何を。僕とカネキくんとの仲は、この場にいる誰よりも――」
「いえ、いつもならしないけど…。さっきのでテーブルが無くなったから。…こう」

僕の言葉を遮り、カネキくんが続けた直後…。
バンッ!と割と勢いを付けて僕の頭の上に何かが置かれた。
固いボードのようだ。
勿論このくらいのボードで痛みなどは無いが、自分の頭の上を覆われ、カネキくんの膝共々僕の視界が暗くなる。
更に、背中の肩胛骨下にタブレットや持ってきたファイルをどかどかと置かれる。
…が、カネキくんの膝への密着度が高まりこれはこれで良し!

「ちょっとしたテーブル代わりにいいかな…と」
「~っ」

容赦のないその言葉に全身を痺れが奔る。
この僕をデスク代わりにしようなどと考える人物に今まで会ったことがない。
そんなことを言って僕に言えるのはこの世でたった一人、君だけだ…ッ!
カネキくんが人に甘えることが苦手なのは周知の通り。
そんな中、たった一人僕だけが彼の我が侭を受け止める受け皿足るわけだ!

「うわー…」
「カネキさんのそゆトコ、たまにぐっと来るっす…」
「え…そうですか? ありがとうございます…で、いいのかどうなのか…」
「ああっ、カネキくん…!君が望むのならば僕が君のデスクになろうとも!!」
「なら喋らないでください。五分間は僕の机なんですから」
「最早膝枕でもなくなった、か…」
「勝者とか、誰でしたっけ?」
「…あ。これ昨日月山さんが持ってきた書類っスね」
「ヒナミにも見せて。次はヒナミも手伝うんだよ」
「はぁ…。カネキくぅん…っ」
「月山さん鼻呼吸うるさいんで息止めてもらえますか」

わいわいと見えない頭上が盛り上がる。
僕とてその輪の中に入りたくもあるが、麗しいカネキくんの腿肉に頬ずりできるチャンスなど今しかないかもしれない。
彼の触感を堪能しつつお望み通りデスク役をこなし、こんな極上の時間が長らく続けばいいのにと思ったが…。
五分を過ぎた途端、向かいに座っていたバンジョイくんが怒濤めいた大声で時間の経過を知らせ、僕の上からカネキくんの持っていたボードを取り上げ、あろうことか僕の後ろ襟を掴んで引っ張り上げられてしまった。
…名残惜しいが仕方がない。
元々五分間という時間指定は、カネキくんのご希望だからね。
それに、次はリトルレディがカネキくんの膝をご所望のようだし、他ならぬ彼女にならば譲りもしよう。

「ふ…。次のチャンスはまたある。新しいテーブルが届いたら、セカンドゲームを開催しなければ!」
「甲赫のテメェはもう禁止だ、禁止!調子乗ってんじゃねえ!」
「…」

猛烈にカタログを開いて早々と次のテーブルを頼もうとしている僕へ、横からバンジョイくんが声を張る。
腕相撲ならば、カネキくんに勝てる!
…ということは、麗しの彼に僕の願いを聞いてもらえる可能性が高いというわけだ!!
勿論、勿論"君をたべたい!"などとはまだまだ伝えられはしないし、彼は更に美味たる熟成期が必要だ。
だが、僕が彼にして欲しいことやされたいこどなど、それこそ山のようにある。
夢叶うその瞬間を想像するだけで興奮が収まらない…!
そんな僕とバンジョイくんの様子を、リトルレディへ膝枕を許したまま、カネキくんがぼんやりと眺めていた。
それに気づき、目が合ったので密かにウインクを投げてみると、ふいと顔を反らされてしまった。
…ふ。分かっているよ、君はシャイだからね。
素直に甘えることが苦手なカネキくんだからこそ、"敗北"という二文字がなければいかに僕に甘えたくとも難しいのだろう!
ああとも!僕がその機会をつくってあげよう…!!
そして!今日のようなスウィートな日々を増やしていこうじゃないか…!

――と、思ったのだが…。

 

 

 

 

 

――ドガッ…バリンッ!!
パキ…。

…と、酷い音を立てて新しいテーブルが再び真っ二つになる。
だが、今度の破損は僕の左側ではなく、右側で。
しかも開始数秒。
前戦からたったの一週間だ。
目の前の現実が信じられず、少々ねじれた肘の骨を気にする暇もなく、右に倒れた己の手を見下ろす。

「…what?」
「僕の勝ち、ですね」

握っていたカネキくんの手がそっと離れた。
姿勢を正して澄まし顔をする彼は、気のせいかどことなくご機嫌宜しいようだ。
ムッシュ・バンジョイ曰く、「お前に負けてから、カネキの奴、上半身と腕力すげえ鍛えてたぞ」…とのこと。
ふ…。さすが僕のカネキくん。
では、彼の裸体の肉筋は益々美しくなっただろうね。
折角この僕が優位なゲームであったけれど、元々カネキくんには勝者の肩書きが相応しい。
敗者たる僕は彼の奴隷…。
彼が望むのならば、デスクにだろうがチェアだろうが、何であれ仕えてみせる。

「仕方がない…。では、カネキくん。罰ゲームを僕に与えてくれまいか!」
「そうですね。じゃあ、帰ってください」
「…Hey?」
「罰ゲームです。今日は帰ってください。さようなら」
「…」
「あ、次のテーブル、また注文しておいてくださいね。お願いします」
「よ、容赦ねえ…」

淡々と告げるカネキくんと呆れ顔のバンジョイくんを前に、顎に片手を添え、目を伏せ沈黙する。
…ああ。
愉快なゲームであるけれど…これはよくない。
あまりにリスキー。
敗北の都度追い出されてしまうのでは困りものだ。
膝枕は大変な愉悦であったけれど、彼から離されてしまうのであれば、何もせず普通に傍にいる方がずっといい。



Game




そういうわけで、その日を境に"うでずもうゲーム"はきっぱりと止めてしまった。
カネキくんと手を繋いだり、膝枕をしてもらったりするのは、また別の機会を狙うとしよう。



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下半身力キープされた状態での腕相撲だったら、月山さんの方が強いんじゃないかと思って。
軽くSMですよもう。
お金持ちのひとはMが多いとかいいますものね。
2015.10.25





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