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「っ、は…ぁ…。っふぁ……」

黒いシンプルな家具の多い部屋。
ソファに座って、震える両足を左右に開いて…。
煌々と光る蛍光灯の下、痴態に耽る。
やんわりと背後で一つにまとめられて抑えられている両腕の代わりに、腰から伸びた赫子で寛げたパンツと下着の間から陰茎を取りだして夢中で擦る。
殆ど動かす感覚としては腕にちかい赫子は、それでも接触すればやはり皮膚とは違う。
赫子での自慰は視覚的に背徳感があって、あっさり癖になってしまった。
元々、戦闘後でもない限り、自慰行為は苦手だった。
馬鹿にされるかもしれないけど、ベタベタする精液で両手が汚れるのが嫌だったんだ。
…けど、一度赫子で始めてしまえばその心配は一切無くて、だからとてもやりやすい。
弄る速度を速めれば、自然と腰が引けてその分上半身が前へ傾く。

「っ…。ぁ、あ、あ…っあ、わ…っ。だ、めだめもう無理…!」
「…早すぎないか」
「だ、って…っ」
「耐えろ」
「っ~…!」

泣きたくなってる僕の背後から、有馬さんが淡々と告げる。
さっき僕は"ソファに座って"と表現したけれど、正確にはソファに座っている有馬さんの足の間に座っていることになる。
僕が自慰をしている間、彼は僕の両腕を背中で押さえているというわけだ。
そして今の発言に至る。
鬼…!
ひくっと喉を振るわせ、イきそうだった波を、奥歯を噛んでぐっと堪えた。
ドライでいくのはなかなか難しくて、時々できちゃうけど意図的になんて勿論できない。
今のは本当に堪えた感じだ。
有馬さんの言葉よりも快感による暴走が強まる。
苦しい。
むず痒い。
酷い。
体の中を、熱量がぐるぐるしている。
あう、でも気持ちいいから余計に虚しくなる…。
今のは何とか耐えたけど、一度性器を弄りだした赫子は止まらない。
我慢したい気持ちと射精したい気持ちで葛藤し、自分で自分を嬲っては自分で防衛する。
やんわりと抑えられている腕はそこまで全力で拘束されているわけじゃない。
解く気になれば解けるけど、有馬さんに逆らう気はなくて…だからそっちも含め僕が我慢しなくちゃいけなくて生殺し。
辛い、けど…。
正直、ちょっと癖になったりして…。
段々と、本気で頭に血が上ってきてぼんやりしてくる。

「あ、ぅう…」

熱にプライドが削り取られ、ぐずぐず泣き出したくなる。
もう少し大人びた反応ができればいいけど、生まれもっての性癖なのか何なのか、こんな反応しかできない。
だからさらりと「酔い潰れた時と変わらない」とか不名誉なことを言われてしまう。
…うあ。でも無理。
体も頭もふにゃふにゃになっていく。
口の中に溜まった唾液がうっかり膝に垂れそうで、慌てて口を閉ざしてこくりと飲みくだす。
けど間に合わなくて口の端から少し流れた…から、赫子の一本でそれを拭う。

「ん、く…。ひ…、あっ…むりむりむり…!だめだめ、やだやだ我慢できない出させてくださいお願いします…っ!」
「…」
「ッ、――ぁあああっ!」

ふう…と露骨に溜息を吐かれてしまった。
耳元でのそれが引き金になって、無意識にぐっと根本から先端へ押し出すように強く赫子を動かした。
タイミングが良すぎたせいで見事に射精してしまい、白い体液が陰茎から飛び出して、残滓がとろとろと力を無くしたそれに伝って流れる。
全身から一気に力が抜け、切羽詰まっていた呼吸が解放される。

「っぷは…! ふぁあぁ~…」

くたぁ…と有馬さんにもたれかかった。
体があっつい…。
…わぁー。
汗でシャツが張り付いて気持ち悪い…。

「ひゃあぁ~…もー!」
「…思ったより時間はかからなかったな」

そう言って、有馬さんは僕の後ろから目の前のテーブルに片腕を伸ばす。
低めの三脚の上に乗っていたタブレットが、彼の指に触れられて録画を止めた。
…今更撮影されていたことを思い出し、かあぁあと赤くなる。
仕事終わりで明日はオフ。
そんな日の帰りががけに有馬さんに呼び止められて家に呼ばれれば、そりゃあ嬉しくもなる。
料理を作ってそれを彼が食べてくれて…そんな普通のことだけだってとても嬉しいんだけど、食器の片付けをした後に食後の珈琲をソファに持っていってあげたら、珍しく有馬さんに手首を取られて隣に座らされた。
ちょっとびっくりしたけどすごく嬉しかったから、勿論そのままキスして事に及ぶ……かと思いきや。
キスでぼんやりした僕を一度放置して、すたすた奥の部屋から三脚とタブレットを持ち出すと徐にセットして撮影が始まった。
…いや!勿論聞いたよ!?
何ですかこれ?…と。
「え?え…?」と思ったけど、狼狽えたり尋ねたりしても一切応えてもらえず、そのままキスの続きをされてくらくらの頭のところ、耳元で自慰をするよう甘く囁かれた日には応えないという選択肢は僕にはないし、始まってしまえば結局快感が優先で流されまくる。
冷静になれるのは、いつだって終わった後だ。
そしていつだって後悔する。
「我が侭だったかな」とか「うるさかったかも」とか、「何かもっとこー…可愛くさぁ…」とか、いつもくよくよするけれど、だって今日のはそーゆー普通の後悔とは違うし。
撮影って…。
どうした、有馬さん…。

「あ、あの…。そーゆーご趣味でしたか…?」
「…?」
「ハメ撮り…とか?」
「いいや?」

シュル…と赫子を腰に戻し、ティッシュとウエットシートで軽く掃除しつつ乱れた着衣を整えながら真っ赤になってしどろもどろで尋ねるけど、有馬さんはさらりとした顔で否定して、三脚から外したタブレットを片手にソファによりかかった。
音声こそ出さないものの、どうやら僕のすぐ背後で映像の確認をしているらしい。
怖ろしくて微妙に振り向けない。
…てゆーか違うんかい。
ボタンの外れたシャツを着直しながら、数秒後、意を決して背後をちらりと振り返る。

「じゃあ…。何ですか、それ…」
「お前が自慰をしている動画が必要だったというだけだ」
「えっと…。どんな状況下でそれが必要になってくるんでしょーか…?」
「…」

当然の疑問だと思うけど、有馬さんはタブレットの電源を切った手をそのままに、少し考えているようだった。
…やがて、ぽんとソファにタブレットを置くと、目を伏せる。

「極秘事項だ」
「いやいやいや…」

納得できない。
自慰行為を撮られて、それが仕事で使われるなんてことがあるんだろうか。
絶対そんなわけない。
…けど、だからといって有馬さんが趣味で今の動画を撮ったということになるとそれはそれで信じられないから、ちょっと訳が分からない。
必要ならどうして必要なのか、説明してもらわないと困る。
有馬さんの前だからついつい素直にやっちゃったけど、万一流出されたらどうするんですか。
僕が終わりますよ。
僕自身に決して露出癖があるわけじゃないから、やっぱり有馬さん以外に見られるのは嫌だ。

「それ…どうするんですか? …消してくれますよね?」
「…」
「…って、騙されません!頭撫でられるくらいじゃ流石に騙されませんよ!?」

ソファの背に寄りかかったまま、膝の上の僕をこれ見よがしに撫で撫でする。
有馬さん時々「撫でときゃ黙るだろー」みたいに僕のこと扱うから、油断ならない。
自慰行為の動画を撮ったとして、その使い道…。
思い当たることといえば…。
…。
ぽり…と指先で頬をかきながら、おずおず聞いてみる。

「えと…。…今録ったの、見ながら改めてエッチしたいとか…ですか?」
「そういう願望があるのか?」
「や、有馬さんの話ですよね!?」
「僕じゃない。言ったろう。必要だというだけだ」
「い、意味が分からないんですけど…」
「佐々木一等捜査官は、コクリアの喰種どもに人気があるという話だ」
「え…!?」

さらりと言われて、ぎょっと肩を跳ねさせた。
…ちょっとまって。
まさか。

「だ、だ、誰かに…見せるんですか!? 喰種に!?」
「ああ」
「今のを!?」
「それを相手が希望した」

誰だあああそんな馬鹿な条件出した喰種!
頭の中でざっと今まで面接した数人の喰種たちの顔を並べてみるけど、思い当たる人は一人もいない。
喰種だけあって凶暴な人や性格が変わっている人が多いけど、それは人間だって同じだ。
厚い特殊な壁を一枚挟んでしまえば、案外普通に会話も愉しめたりする人達ばかりで……いや、勿論本性は人食いだって分かっているんだけど。。
膝の上で喚く僕をさして相手にせずに、有馬さんはすっかり冷めた珈琲カップに手を伸ばし、そのまま口に運んで一口飲む。
はっと気付いてカップを目で追う。

「あ…淹れ直しますか?」
「いい」

上げた僕の片手をさらりと逃れ、有馬さんが続ける。

「どうも一組織を牛耳っていた喰種らしい。希望を叶えれば叶えただけ、情報を出し仲間を売ると言っている。その希望というのが佐々木琲世だ」
「…てゆーかホント誰ですかそれ。そんな人いたかなぁ…?」
「面接をしていない喰種であっても、どういうわけか中にはお前のことを当初から知っている奴もいる。…最近漸く収容した男だ。長い間捕らえきれなかったがな。そいつが、どうも佐々木琲世に相当な執着がある喰種らしい」
「う…。しかも男なんだ…」
「ああ」

女性ですらない…。
…。
…あ。じわじわえぐり込むように衝撃がすごい。
両手で顔を覆ってみる。
めそめそしだす僕の頭に、さっきの適当な感じじゃなくて慰めるように有馬さんが手を置いてくれる。
けど、それくらいじゃ今の衝撃の事実からは回復できない。

「…何て名前の喰種ですか?」
「…」

顔を覆っていた手を少し下ろして聞いてみる。
有馬さんは僕の視線を受けたまま、数秒何かを考えた。
やがて…。

「"李徴"…とでもしておくのがいいだろう。ここではな」
「李徴…。聞いたことないです。中島敦ですか?」

聞いてみるけど、特に反応してくれない。
"李徴"…。
"隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね――。"
中島敦の『山月記』が、真っ先に思い出される。
…違うかもしれないけど。
一応、凶悪な喰種だったら通り名くらいは知っているはずだけど…これは別に本当の通り名があるけど、僕には教えない気だな。
会ってもいないのに僕のことを知っているなんて、そんな人が喰種にいるのかな…。
しかも一組織の要人ともなればたぶん喰種の中の権力者で、そんな人がどうして僕のことを知っているんだろう。
その上、何故自慰行為の動画を希望するんだ。
女の子のエッチな動画を持ってこいとかだったら分からなくもないけど…。
聞けば聞くだけ変態っぽい。
けど、いくらその人が僕の映像を望んだからって…。

「…。今の、見せるんですか…?」

改めて聞いてみる。
例え僕が直接顔も名前も知らなくて今後会わない喰種であろうと、突然自慰行為を一方的に見られるのは生理的嫌悪感があって普通だろう。
けど、相手は有馬さんだ。
涼しい顔で肯定されてしまう。

「見せる。奴の持っている情報にはそれだけの価値がある。こちらの予想だけでも豊富だからな。実際どこまで喰種たちに中枢情報を握っているのか、気になるところだ。今後の操作に役立つ」
「うう…」
「他の捜査員には見せない」
「当たり前ですよっ!?」

今更駄々をこねたところで彼が行動を変えてくれるとは思わないけど、それでも恥ずかしい。
大体、その喰種だって僕のそんな映像を見てどうしようっていうんだろう。
抜く気なのだろうか。
何故?
そういう趣味なのだろうか。同性愛者?
…けど、何故その対象が僕なのか。
まあ、性癖は人それぞれだけど…それにしたって情けない。
知らないところでコクリアに収容されるような喰種から自慰行為の動画を求められるって…どんなファンの方ですか、それ。
てゆーか本当何で僕なんだろう。
…膝の上でしょんぼりしていると、目を伏せてソファに沈んでいた有馬さんが、薄く双眸を開く。
切れ長の独特な瞳で僕を見ると、ぽつりと口を開いた。

「…最初は、お前に会わせろという話だった」
「え…。なら、そっちで…」
「少しでもいいから匂いを嗅がせ肉を喰わせろと。肉が無理ならば体液を寄こせと。体液が無理なら着衣でいいと」
「え…」
「それが駄目ならばガラス越しでいいから面接させろと。だがそれは無理だと徹底的に突っぱねた。奴が要求してきたことはこんな映像ごとではないが、妥協させて今回の話にさせた。…自慰動画もどうかと思うが、熱意が異常でな。直接お前に会わせる方がリスクが高いと判断した」
「ええええ!? 何ですかその人!思った以上に気持ち悪い…!」
「…使用直後の下着一枚くれてやるのと、どちらが良かった?」
「どっちも嫌です!というかどんな喰種ですかっ、本当に!」
「さあ…。とにかくお前の熱心な愛好家のようだが…あれは変質の部類だな」
「…!」

気がなく言いながら、有馬さんが眼鏡を取ってテーブルに置く。
ただ置いただけのような気がするけど、いつもやる時は眼鏡を外すから、ぴくりとそれに思わず反応し、おずおずと彼を振り返る。
微妙に期待顔でいたのがすぐにバレたのか、彼はちらりと僕を見た。
…ていうか、こんなことされて期待しない方がオカシイですからね!
何か言ってそーゆー流れに持っていけないだろうかと、あわあわ狼狽える。
…あ、でも、疲れているなら全然いいんだけど!
疲れているのなら何よりも休んで欲しい。
でも、抱いてくれる気と体力があるなら、抱いて欲しい…!

「えと…。あの……」
「…。泊まっていくか?」
「…! ハイ!」
「…」
「あっ、ひどい!今溜息吐いた…!」

慌てて顔を上げて素直に肯定すると、有馬さんが溜息を吐いた。
けど、その後で緩く両手を広げてくれた。

「…おいで」
「…!」

ぱっと膝の上から一度腰を浮かせ、向かい合うように両膝を彼の左右に置いて正面から抱きつく。
ぎゅむ~っと子供のように全力で彼を抱き締めると、それだけでもう快感だ。
一応僕は成人男性みたいだし、こんなことする自分は一般的に気持ち悪いんだろうなぁとも思うけど…でも有馬さん相手にちょっとでも遠慮していたら、本当に何もしてくれない。
こうやって僕が動いて、漸く構ってくれるんだ。
抱き締めついでに僕の首の後ろに有馬さんがキスしてくれる。
頭の中がふわふわして、すごく嬉しい。

「ふぁ…」
「要求されたのはお前の自慰行為であって、私が写る必要は本来無い。…今の映像を見て、お前に好意を抱く奴はどう思うと思う?」
「…」
「琲世」
「え…? あ…す、すみません。何ですか?」

ほわほわする頭で有馬さんのシャツの襟ボタンを外し始めていた僕は、よく聞いていなかった。
聞き返してみるけど、彼は言い直してはくれない。
その代わり、またゆっくり溜息を吐いてから僕を見た。

「嫌がらせだ」
「…?」
「心からのな」
「…!」

わ…。
珍しく彼の口元が僅かに緩んで、どきっとする。
話を聞いていなかったからちょっとよく分からないけど…とにかく今日はご機嫌そうだ。
有馬さんが嬉しそうだと、僕も嬉しい。
滅多に笑わないから、たまに笑うと例え微笑程度でも特別な気持ちになれる。
こんなことを思うのは失礼だし生意気だと思うけど、有馬さんは笑うとちょっと可愛いから。
ボタンを半分くらい外し終わった彼に、改めて両腕で抱きついてぐりぐりする。
鎖骨に頬を寄せるて密着すると、心音が聞こえる。
綺麗な指が僕の髪の中へ入り、頭に添えられた。

「大きな飼い犬だな…。ついさっき出したばかりだろう」
「若いから大丈夫です。有馬さんと違って」
「そうか。健康状態は悪くないようだな。何よりだ」
「…えっと。一応、ちょっとした嫌味なんですけど…」
「…?」
「いいです、もう…。けど、尊厳削って恥ずかしいことして貢献するんですから、その分ご褒美にたくさん甘やかしてください」
「ここじゃ狭い」
「…!」

有馬さんが呟いたかと思うと、背中の後ろと膝裏に腕を入れられ、とんでもないことにぐいっ…!と一気に抱き上げられた。
所謂お姫様抱っこだ。
やられたことがないわけじゃないけど、その細身の一体どこにこんな腕力があるんだろうとびっくりする。
そのまま、すたすた寝室へ歩き出す。

「お、重くないんですか…?」
「重い」
「いやぁ~…。全然そうは見え……あ、ちょ…ちょっと待ってください!開けます開けますっ」

そうは見えない足取りで寝室のドアの前まで来たので、両腕が塞がっている有馬さんの代わりに抱き上げられながら閉まっているドアを開ける。
中は照明をつけていないので真っ暗だけど、もうベッドの場所は感覚で把握できる。
ぽいっとその闇の中に放られ、冗談交じりで悲鳴を上げた。
ベッドが軋むその音だけで、期待に胸が高鳴る。
ちょっと疲れたらしい腕をぐるりと回し、有馬さんがサイドテーブルに置いてあるリモコンで照明を一度つけて、それから光力を弱くしてくれる。
再びベッド傍へ戻ってきてくれるのを、放られた場所に正座して待つ。

「…琲世」
「はーい。何ですかー?」
「性的な誘惑は得意か」
「…い、いいえ?」

したことありませんが。
ふるふる首を振り得意も何もと伝えると、有馬さんは首を傾げて意外そうな顔をした。
…いや、何で意外そうなんですか。
しませんよ、誘惑なんて。誰相手にするんですかそんなの。
有馬さんですか?
全然そういうの相手にしてくれないくせに。

「そうか」
「そうかって…。何で残念そうなんですか。…有馬さんがして欲しいのならがんばりますけど…僕がやっても可愛くないと思いますが」
「…まあ、意図的にせずとも、お前の場合は天然で大体こなせるか」
「絶対心にも思ってないですよねぇ?」
「いいや。思っている」
「絶対思ってない。…というか何の話ですか?」
「お前付きになりたがっている喰種は、何故か本当に多いからな。"神父"を始め、お前を面会させると随分べらべらと気をよくしては喋り出す。お前は喰種共を魅了する存在らしい。…連中は嗅ぎ分けるのだろうな」
「…」

包み隠さない有馬さんの発言に、少し胸が痛んだ。
喰種…。
…僕がコクリアにいる彼らに会う機会はあまり無いけど、そういうものを、感じ取るのかもしれない。
ベッドに座り込んで俯いていた僕の傍に、有馬さんが腰を下ろす。
柔らかく肩に手を置かれると、たったそれだけでふわりと気が楽になった。

「…李徴は、巧く使えばお前の腹心に丁度良さそうな程に熱心だ。陶酔しきっている。巧く制御、誘導できるようならあるいは…という話だ」
「嫌ですよ、そんな変態の喰種なんて。今の子たちだって手一杯なのに。…それに、有馬さん以外に興味はないんですからね、こう見えて」
「そうなのか?」
「そうですよ!…あと、何て言うか…普通の方々にあんまり近づきすぎるのは…良くないかな…なんて、思う時もあるし…」
「…」
「あと他の人に裸を見せるのは、やっぱり嫌です。いい体でもないし…。あんまり気持ち良くてぼんやりしてきちゃうと、それはそれで赫子も出ちゃうし…」

片腕で自分の腰を抱き、俯き気味であははと苦く笑ってみる。
自分という存在を許容してくれる人間は、きっととても限られている。
だから、僕はその限られた人達が大好きだ。
大切にしたい。
特に目の前のこの人は、ちゃんと僕のことを叱って殴って、たまにエッグいくらい内臓に響いて骨とかバッキバキ折り砕くような蹴りを入れてきて…そして、いざという時には僕の尊厳を守って殺してくれる、優しい大切な人だ。
だから大好き。
有馬さんが大好きだ。
最初の頃は、こんなに人を愛せるなんて思わなかった。
僕の人生たった二年だけだけど、失っているものが多いからこそ、もう既に一つ悟ったなって感じだ。

「…」
「…えいっ」

動かない有馬さんに焦れて、ぼふ…!とその胸に抱きついた。
極々普通に、有馬さんが受け止める。
…早くしたい。
触って欲しい。
彼の前でなら、この僕の、得体の知れない自分でいられる。
僕というこの醜悪な存在を、今だけでも、優しく撫でて欲しい…。

「あの…。始めていいですか…?」
「…」
「有馬さんが欲しいなぁ…」

ぼんやり言いながら、目を伏せてぬくもりを感じる。
…好きだなあ、この距離。
ほっとする。
ゆっくり、様子を窺うように顔を上げて、そのまま顎を上げて目を伏せる。
冷たく色の無い唇はいつだってぞっとして…だからとても、心地良い。
次にまたくれると分かっていても、離れる瞬間は哀しくなって追ってしまう。
あと何度、抱き締めてくれるんだろう。
あとどれくらい、この人の傍にいられるんだろう。
僕は狂いたくない。
死ぬことは怖くない。
けど、狂って、そうして貴方のことが分からなくなることに恐怖している。
…唇が離れて、伏せていた瞼をゆっくり開けた。
温度の低い瞳が僕を見てくれている。
形だけだっていい。
骨の髄まで騙される自信があるから。
嬉しくて、嬉しさが過ぎて…だからいつも、こういう時はちゃんと笑えず苦笑い気味の微笑になる。
僕にはこれが精一杯なんだ。
…ああ――。

「…」

キスで死ねたら、いいですね…。


僕に花束




大丈夫。
僕が狂っても、きっと有馬さんが殺してくれる。
そしていざ僕が死んだとしたら、彼は毎年僕の死に場所に花をくれるかもしれない。
何の花を持ってくるんだろう…?
有馬さんが花。
想像するだけで笑っちゃう。

今からそれが楽しみで――だから僕は、勿論辛いこともあるけれど――いつだってとても、こんなにも幸せでいられます。



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いちゃいちゃです。
浦に置く程ではないのでこれくらいならいいかなと。たまには。
有馬さんも琲世君もセクシーだから浦書きたいですね。
想像するだけで官能的。
2015.3.25





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