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「わあ…。すごい」

パイカルは、素直に感嘆の声をあげた。
そんな彼に、隣に座るシドは今片耳から取り外したピアスを手渡す。
見事な装飾とグリーンの石と透明の石が輝いている。おそらく、エメラルドとダイヤだろう。
きらきらと光り輝く細工の中に、大粒のエメラルド。それを包む数個のダイヤ。
細工はため息をつく程細かい。
気になるのは、ヴァロア家の紋章がさり気なく入っているところだが、紋章自体は美しいので許されるところだ。

「とても綺麗なピアスですね」
「ありがとうございます」

美術品への感動を込めて、パイカルが隣に座るシドを見上げる。
シドは、笑顔で言葉を受け取った。
探偵卿の一人であるネアは、ウァドエバー以上にICPOのオフィスに立ち寄らない。
モナコからあまり出て来ないため、どうしてもオフィスに来なければならないような用事がある時は、彼の執事であるシドが来ることが多かった。
たまたま見かけたので、探偵卿に仕える者同士かんたんに挨拶をしたのだが、パイカルはシドの左耳に付けられたピアスに目が行った。
シドは、いつも右耳に丸いシンプルなピアスをしている。
しかし、今日はいつもは何も下がっていないはずの左耳に、豪華なピアスがぶら下がっていた。
聞けば、ネアからプレゼントされたものらしい。
アクセサリーにあまり興味がないパイカルでも、その細工の美しさは目を惹いた。
デザインからして、明らかに女性向けではない。また、エメラルドを使っているところから見ても、瞳の色がグリーンのシドを考えてザインされている特注品だろう。
彼の興味に気付いて、シドは耳から取り外してもっとよく見せてくれた。

「大変光栄ですが、身に余る品で、少々困っております」

シドは苦笑する。
そうだろうな、とパイカルは頷いた。
嬉しいけれど、こんな高価なもの、扱いに困るだろう。ネア本人にとっては問題にならない金額であっても、もらう方が気にしてしまうのは分かる。

「でも、ネアさんはシドさんに付けて欲しくて贈ったんですよね。それなら、こうして身につけてもらえたら、嬉しいんじゃないでしょうか」
「そうだといいのですが…」

相手が年下であっても、礼儀を持って笑顔で応えるシド。
実際は、ネアはシドに両耳のピアスを贈ったが、頑としてシドが右耳のピアスを外そうとはしなかった。
上手く主を宥め、結局暫くの間は左耳だけに贈られたピアスをぶら下げることにしたのだ。
ネアから贈られたピアスは、シドにとても似合っていた。
何でもすぐにお金や品物に換算しようとする癖がネアにはあるようだが、そこに詰めたシドへの感謝の気持ちは偽りではないのだろう。
掌にのせてもらったピアスを見詰めながら、パイカルがしみじみと息を吐く。
ネア探偵卿といえば、モナコで富豪の名家だ。

「値打ちで気持ちを測るわけではありませんが…。きっと、とても高価なんでしょうね」
「あなたの石ほどではありませんよ」

さらり、と言葉が隣からかかる。
アナタホドノイシデハアリマセンヨ……?
頭の中で反芻しても意味が分からなかったので、パイカルはきょとんとシドを見上げた。

「ぼく、宝石なんて持っていません」
「おや?」

今度は、シドが不思議そうに瞬く。
それから、意味が分かったというように、柔らかく微笑んだ。

「なるほど。お気づきでなかったのですね。…パイカル様、そちらのループタイ、大変お美しい装飾品ですね」

トン…と、シドが自身の胸を指先で示すように突く。
その動作を見て、パイカルは自分が今しているループタイに片手を添えた。
確かに、パイカルはいつも赤いループタイをしている。ブローチにもなる。

「…? これですか?」
「拝見しても?」

ループタイを首から外し、シドへと手渡す。
掌にのった赤いタイの裏表を調べ、彼はすぐにパイカルへと返した。

「ありがとうございます。そちらは、やはりレッド・ベリルです」
「えっ…!」
「通称"赤いエメラルド"。大変希少な鉱石です。カラットで魅力を出すのではなく、表面を丸く滑らかに研磨する手法を、カボションカットといいます。確かに、よく指輪やブローチなどには用いられる手法ではありますが…。多少の濁りがありますので、天然ですね。天然の中では、透明度が高い方だと思います。天然のレッド・ベリル……私も初めて拝見します。しかも、そのサイズとなると、かなりのものでしょう。ネア様から頂いたそちらのピアスは、石もさることながら、周囲の金属装飾にも高い価値があるものですので…」

パイカルの手から、シドがピアスを取り上げ、左耳に付ける。
それから、にこりと改めてパイカルへと微笑んだ。

「石自体の価値で言えば、きっとあなたのタイの方が、高価かと思われますよ」

シドの言葉に、パイカルは凍り付いた。


Marking Jewel




翌日。
不機嫌露わにオフィスのドアを開けて入って来たウァドエバーに、パイカルは驚いた。
威圧感が強い。なかなかないレベルでの不機嫌だ。
普段から、ウァドエバーはあまり怒りはしない。生かしておく価値がないと判断してしまえば、苛立つとか怒る前に、相手を消してしまうことが多いからだ。
また、怒るときは静かに怒る。彼が苛立つだけで、周囲から鳥をはじめ生物は逃げていく。
だが、その威圧は傍に立つパイカルに及ばないことが多い。
それは一応助手として認めてくれているからなのか、それとも傍にいることが多いせいで体が慣れてきているのか(前者がいいなとパイカルは思う)、とにかく、彼の隣にいても、ウァドエバーの気圧が自分に及ぶことはあまりない。
しかし、今日は違う。
周囲に殺気が流れ出ていて、お陰で、街中では朝から彼の周囲にだけ人は少なく、特にICPOビルに足を踏み入れてからここに来るまでは、ウァドエバーは誰にも会わなかった。エレベーターでさえ一人きりだった。
流れ出る殺気を周囲の人間は無意識に察知して、生物として危険を回避しようと、それぞれ理由をやはり無意識に創り上げ、ウァドエバーに会わないようにするからだ。
いつもは気配が薄いスーツ姿が、今は巨大な猛獣のように見える。
パイカルの首の後ろを、冷たい汗が流れる。逃げたいが、逃げられない。ヘビに睨まれたかエルの気持ちが分かった。今なら世界中のカエルと友達になれる気がする。
瞬間的に、パイカルは上司のここまでの不機嫌の理由を探ろうと推理をしたが、至らなかった。
昨日、オフィスを出た時は普通だった。朝一で不機嫌で来られても、理由なんてプライベートタイムでの話だろう。推理は難しい。
そもそも、ウァドエバーのプライベートなんて、全てが謎に包まれている。
諦めて、驚きつつも震える唇で何とか挨拶をする。

「お、おはようございます…ウァドエバーさん…。…その――どうかしましたか?」
「ループタイはどうした」

開口一番、ウァドエバーはパイカルに問う。
表情が恐い。その表情と問いかけに「不機嫌の原因はぼく?」という驚いた顔で、パイカルは上司を見上げた。
ループタイ…。
確かに、今日はしていない。家の金庫に置いてきた。自慢のオリジナルセキュリティ付きの金庫に。
あんな話を聞いたら、今まで通り毎日付けてなんていられない。

「今日は、家に置いてきました…」
「何故だね」

ウァドエバーは眉間に皺を寄せ、腕を組んだ。
何だか分からないが、話題が突然ループタイになっている。
丁度良い、と思って、パイカルも怖々口を開く。

「あ、あの…。ぼくも、聞きたいことがあっ…」
「今は私が質問している。質問を質問で返すとは、感心しないな。答えたまえ。私の時間を無駄にするな」
「…っ」

部下の質問を、一蹴するウァドエバー。
冷たい切り返しに、殺気のせいもあってビクッとパイカルの肩が跳ねる。
その反応を見て、ようやくウァドエバーも自分の苛立ちが周囲に流れ出ていることに気付いた。
いつものように抑えてはいるつもりだったのだが、違ったようだ。
多少流れ出ているだけならまだしも、助手に気を当てないことも忘れていたらしい。
フン…と不愉快そうに鼻を鳴らし、ウァドエバーは眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。同時に、気を抑える。
途端に、いつものように彼の影は薄くなり、パイカルにかかっていた圧が消え失せる。
猛獣と同じ檻に入れられたような汗と震えが止まり、パイカルは慌てて背筋を伸ばし、疲れたように目を伏せている上司へ敬礼した。

「失礼しました」
「失礼だと思うのなら、さっさと答えたまえ」
「はい。タイを家に置いてきた理由は、日常使用するにはあまりに高価だと思ったからです」
「高価…?」

不思議そうな顔をするウァドエバー。
今更過ぎる。もうそれなりの月日、気に入った様子で付けていたというのに。

「……誰だ?」
「え?」
「きみに、そのループタイの価値などという下らんことを教えた者がいるだろう。誰だ?」
「ネア探偵卿の執事の、シドさんです。昨日、ビル内で会いました」

ウァドエバーが眼鏡の奥で目を細めた。
あの執事か…。
ネアが探偵卿ではあるが、実質探偵卿としての仕事の殆どを執事のシドが担っている。頭も切れるし、身のこなしもただ者ではない。あれは表にできないような何処かで、訓練をして身につけた者の動きだ。
余計なことを…。

「ぼく、知りませんでした。あれが、そんなに高価なものだとは思わなかったんです」
「だから付けない、と?」
「はい」

ウァドエバーが静かに首を振る。

「家の金庫に入れてあります。オリジナルのセキュリティプログラムを掛けてあります。マガさんには侵入できてしまうかもしれませんが、一般的なセキュリティとしての自信はあります。あの中なら、大丈夫だと思うんです」
「きみは何か勘違いをしてはいないか。道具は使ってこそ意味がある」
「本当にシドさんに教えてもらった額が相場なら、あれはもうループタイではなく、博物館レベルの美術品です」
「金額などどうでもいい。品性の問題だ。私の助手を続けたければ、スーツやネクタイが似合う歳になるまでは、公の場でせめてループタイくらい身につけたまえ」

不機嫌に発せられたその言葉は、パイカルには懐かしいものだ。
探偵卿の助手になれたのは嬉しかったが、周りから哀れみの眼差しを向けられる"ウァドエバーの助手"になってある程度の期間が過ぎた時、突然ウァドエバーが今と同じことを言って、パイカルにループタイをくれた。
他人にプレゼントをするような人ではないと思っていたから驚いたが、嬉しかった。
"ループタイ"という大人びたアイテムだけで少し認めてもらえた気になったし、それを身につけることで、不思議と少し胸を張れるようになった気がする。
確かにもらった時も箱に入っていたし綺麗な品だと思ったが、まさかそこまでの品だと思うわけがない。

「ですが…、せっかくウァドエバーさんからもらったものです。なくしたり、壊したりしたくありません」
「その私が言っているんだ。明日以降は付けてくるように。忘れたら取りに行かせるから、そのつもりでいるんだな」

ぴしゃりと担任の先生のようなことを言って、ウァドエバーはようやく席に着いた。
命じられてしまえば仕方がない。不本意だが、パイカルは小さく肯定の返事をするしかない。
これまで身につけていたことを思えば今更だが、これも探偵卿になるための訓練だと思い、明日以降、落としたり壊したりする確率を下げる為にはどうしたらいいか、パイカルはその日真剣に思考を詰めていった。

 

 

数日後…。
ICPOビル内のウァドエバー・オフィスがある階の廊下で、パイカルは再びシドに会った。

「こんにちは、シドさん」
「こんにちは、パイカル様」

ネア探偵卿の執事は、相変わらずすらりと背の高い好青年だ。
外見だけは誰しも認めるネアの隣に立っていて引けを取らないのだから、端整な顔立ちであるし、鼻にあるそばかすも愛嬌があって彼の魅力の一つになってる。
シドは用事を済ませ帰るところらしい。ルイーゼのオフィスへ行く途中だったパイカルは、彼の隣へ並んで歩いた。
前回会った時にしていた豪華なピアスを左耳に付けていないことに気付いて、パイカルが尋ねる。

「今日は、あの綺麗なピアスはしていないんですね」
「ええ。元々、お付けするというお約束はあの日一日だけでしたし、少々動きが制限されてしまうので。大切にしまってあります。パイカル様のタイは、今日もお美しいですね」

今日も、パイカルの襟首には真っ赤なループタイが輝いている。
褒め言葉なのだろうが、その言葉にパイカルは表情を曇らせた。

「本当は、ぼくも厳重にしまいたいです。でも、ウァドエバーさんが、マナーを考えて付けろと言うので…。代わりのループタイを僕なりに用意したのですが、趣味が悪い、美しくないと却下されました」
「それはそれは」

これ以上に趣味が良く美しいループタイとなると、世界中探してもなかなか見つからないだろう。
シドが苦笑し、パイカルはため息を吐いた。

「正直、荷が重いです…」
「ですが、送り手の気持ちを、あなたはご理解されているのでは? 先日、あなたは私に仰った。ネア様は、私に付けて欲しくて贈った、なら、こうして身につけてもらえたら嬉しいんだろう……とね」
「…」

シドの言葉を受けて、「ウァドエバーさんがそんなことを思うと思います?」という顔で、パイカルが彼を見返す。
言いたいことが顔にばっちり書いてあったが、敢えて流して、シドはにこにこと笑顔のままでいた。
そのうちに諦めたのか、パイカルは会話を雑談に転じる。

「オフィスには、よく来るんですか?」
「よく、ではありませんね。ですが、ネア様への機密書類がある時は、私が。途中で奪われたり紛失したりしたら、困りますからね。モナコからはニース乗り換えで飛行機で二時間程ですから。本部がフランスで助かっています。もっとも、ネア様より自家用機を使わせていただいておりますので、実際はもっと早いですが」
「すごいですね」
「飛行機のメンテナンスを兼ねているだけですよ。パイカル様は……あまりオフィスに居るという話は聞きませんから、先日と今日は珍しい日と言えるのでしょうか」
「はい。でも最近は、ウァドエバーさんもオフィスにいる日が増えました」

シドは礼儀正しく、穏やかだ。
どこかのドイツの探偵卿のように、子供だからと侮りはしない。一人前として扱ってくれる。
あまり会う機会はないが、以前よりパイカルは好感を持っていた。
探偵卿に付く者同士親しく話して、パイカルはルイーゼのオフィスへ向かう為にシドと分かれて廊下を進んだ。
帰宅の為、シドはエレベーターのボタンを押そうと指を出す。
一瞬、首の後ろにすっと風が通ったような錯覚を覚えたが、予想はしていた。構わずボタンを押す。
人の多いICPOのオフィス。
だが、やってきたエレベーターには一人しか乗っていなかった。
開いたドアの内側から、冷気のようなものが足下に流れる。
シドは中にいた先客に、にこりと微笑んだ。

スーツ姿に眼鏡の、特徴のない中年男。
エレベーターの中に、ウァドエバーが気配なく立っていた。

 

 

 

一礼して、シドはエレベーターへと乗り込み、端へと寄った。
ドアが閉まる。機械仕掛けの箱は、一階へと向かっていく。
普通なら途中の階で止まるだろうが、恐らくこのエレベーターは一階まで止まらないのだろう。

「私の助手が、面倒を掛けているようだね」

背後から、静かにウァドエバーの声がかかる。
シドは胸に片手を添えた。

「いいえ、ムッシュ。私の方が、パイカル様とお話させて頂いている身です。助手様の足をお止めしてしまい、申し訳ありません」
「構わんよ。聞けば、先日もなかなか有意義な会話をしたそうじゃないか」
「発信器の件でしょうか」

シドが投げた単語に、ウァドエバーは答えない。
冷たい目が、眼鏡越しにシドの背を射る。

「電波を拾ってしまったもので…。パイカル様の身に危険があってはいけないと、それと思われるあのループタイを検めさせていただきました」
「…」

眉間に皺を寄せるウァドエバー。殺気がエレベーターの中に充ちる。
しかし、シドは穏やかに続けた。

「仮に盗聴器も仕込まれていたら、そのまま壊してしまおうかと思いましたが、そちらは確認できませんでした。外部組織に付けられたものやプライバシーを害するものではなく、持ち主の安全の為に付けられた機能と納得した為、そのままお返しいたしました。パイカル様にお伝えはしておりません」
「なるほど…。だが、価値を教える必要もなかったはずだ。実に余計なことをしてくれたな。お陰で、きみと会話した後に、タイを付けないと言い出した。彼がそう言い出すことは予想できなかったのかね」
「浅はかでした。申し訳ございません」

慇懃無礼にシドが頭を下げ、ウァドエバーはそれを最後に黙り込む。
エレベーターが止まった。やはり誰も乗ってこなかったその機械箱が開く。
人の多い一階フロアへ着き、一気に騒がしくなる。
開くボタンを押したまま軽く頭を下げるシドの前を、ウァドエバーが踏み出す。

「…命拾いしたな」

冷たい一言を残し振り返りもせず歩いて行く探偵卿へ、遅れてエレベーターから降りたシドは暫く頭を下げていた。

 

 

 

周囲に関係者が誰もいないことを確かめてから、シドは背後を振り返った。
ICPOのビルを見上げ、肩を竦める。

「…なーんだ。天才犯罪者って言ったって、随分丸いじゃないか」

砕けた口調で、安堵する。
シドは子どもが好きだ。自分たちのような不運な子どもを、一人でも救いたいと思っている。
裏で名の知れた元犯罪者であるウァドエバーの助手に、飛び級の大卒とはいえ若干十五歳の少年が配属されたと聞いた時、それはどんな鬼人事だと驚いたものだ。
ウァドエバーの助手で長く続いた者は、今までいない。
酷く虐められてやしないか、虐められているのなら、主人であるネアに頼んで引き抜いてやれればという気になっていたが、いらぬ心配だったようだ。
日頃、ウァドエバーは助手を置いて世界規模で単独行動が多いらしい。
だが、「いてもいなくても構わない」「どうでもいい」…という相手に、発信器など付けないだろう。
あの少年探偵君は戦闘はからっきしのようだし、離れている間に何かに巻き込まれた場合、すぐに捜索できるようにという備えの一つだろう。
しかし、発信器の必要性は一応納得するが、わざわざあそこまでの装飾品として渡すところが、流石はウァドエバーといったところだ。
形を首輪にする辺りの真意を問いたいところだが、美しい首輪――改め、ループタイに使われている石の価値は本物だ。
金具部分に発信器が付いていようがいまいが、あれは正真正銘の希少な"宝石"。
プレゼントを装うと一口に言ったって、どうでもいい助手に贈るそれが、あんな大粒の宝石なわけがない。
これ以上、パイカルの身の上を心配をする必要はないだろう。
シドの胸中が晴れる。

「それにしても、発信器か…。いいな」

ぽつり、と独り言つ。
気持ちは分かる。
会えなくてもいい。ただ、ポツンとディスプレイに反応があるだけで、どんなに離れていても繋がっている気になるんだろうな……なんてことを思うのは、相手に焦がれすぎだろうか。
右耳に穿ったピアスに触れる。

「俺のピアスにも、発信器が付いていたらよかったなあ。あ、あと通話機能。……ま、あいつはあの助手君と違って、滅多なことじゃピンチにはならないと思うから、助けに行ってやる必要はないか」

シドは空を見上げた。
晴れた空。雲もない。
眩しくて、少し目を細める。
この空の何処かに、今日も親友はいる。
次の休暇は、飛行船トルバドゥール捜しを始めよう。どんなに難しくたっていい。動き始めよう。
見つけたら、親友を遊びに誘いに行くんだ。
自分の部屋に招きたい。自他共に認める程度の絶品プチングは、もう作れるようになった。一緒に食べながら、たくさん話をしたい。

「クイーン、か…。…まったく。随分な奴に気に入られやがって」

小さく息を吐いて、肩を竦める。
一呼吸置くと背筋を伸ばし、視線を下ろして、シドは主の待つモナコへと戻る為、空港へと向かった。



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あのループタイは絶対プレゼントだと信じています。
もうウァドさんの唯一の弱点なんじゃないかってくらいの溺愛ぶり。
2020.4.12

※現在、この小説は[貸出中]です。





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