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『はぁい、パイカルちゃん。お元気? ウァドエバーちゃんはいるかしら?』
「こんにちは、ルイーゼさん。ウァドエバーさんなら、二週間ほど前から音沙汰がありません」

ポケットで鳴ったスマホを耳に添えて簡潔に答えるフレーズも、何だかもう慣れてきて滑らかだって自分で思った。
スマホの向こうは陽気な中年女性のスマートな英語だ。
いつも綺麗な発音だから、ぼくはルイーゼと話をすることが好きだ。
それに、ぼくの周りにいる他の色々な人よりも、比較的真っ当に会話らしい会話ができる気がするし。
スマホの向こうで、彼女がため息をついた。

『二週間も? …もう。相変わらずの困ったちゃんなんだから。お仕事の話をしたかったのだけれど、いいわ。それは誰か他の子にお願いしましょう。それより、二週間音沙汰がないってことは、パイカルちゃんは一人でお留守番しているの?』
「はい。…あ、一応、世界各国の過去の犯罪資料を読んで分析くらいはしていますが」
『あらあらあら』

突然、ルイーゼが驚いた声を出した。
通話しながらテーブルの上のノートに適当なライオンをらくがきしていたぼくは、彼女のその反応に少し驚いて、手を止めた。
驚くような部分が、今の会話の中にあっただろうか?

「何か?」
『何か、じゃないわパイカルちゃん!二週間も可愛い助手を放っておいて留守なんて、上司失格じゃない!』
「…」

ウァドエバーが二週間連絡なしなんて、いつものことだ。
そんなことで上司失格なら、もう随分昔にウァドエバーはぼくの上司ではなくなっているだろう。何故最初の数回の時にそれを言ってくれなかったんだろうかと考えてしまう。

『一人でお留守番が長くなると、詰まらないわよねえ?』
「いえ、別に」
『あんまりお留守番が長いと、学校にでも行きたくなっちゃうんじゃない? パイカルちゃんの歳だと中学生かしら』
「大学は出ていますから、今更です。それに、一人でもできることはありますし、ウァドエバーさんはウァドエバーさんにできることをしているはずです。ぼくが必要になる時は、連絡が来るでしょうし」
『偉いっ。偉いわ、パイカルちゃん…!飴ちゃん食べる?』
「ありがとうございます。でも国を渡って取りにはいけないので、お気持ちだけいただきます」

目の前で、何回か会ったことのある程度のルイーゼが飴を差し出してくる幻が見えた気がした。

「それに、ぼくは留守番は結構好きですから、大丈夫です」

一人でいる時は、知識を蓄えられる。
経験は実際に身体と五感で感じないと得られないけれど、その経験を豊かにするための知識や訓練というような土台なら、寧ろ一人でいる時間にできるかぎりやっておいた方がいいと思う。
それに、留守番はウァドエバーにこのホームのことを任されているようで、少し気分がいい。
勿論、本当は一緒について行ってもらって、傍で色々なことを見聞きして見識を広げたいけれど、実際にはまだ未成年のぼくでは足手まといになってしまうこともあるだろう。

『でもねえ、二週間でしょ? そろそろ帰ってくればいいのに、ウァドエバーちゃんたら…。父の日も近いのにねえ?』
「…父の日、関係ありますか?」
『あら。ないかしら?』

緊張感のないルイーゼの声に、小さく息を吐く。
スマホの向こうで、彼女がくすりと笑った。

『まあいいわ。ウァドエバーちゃんには別件も頼みたかったし、私もちょっと探してみましょう』
「ぼくが伝えましょうか?」
『大丈夫よ。それに、彼電話に出てくれないでしょ?』
「はい。選り好みしますから。たぶん、ルイーゼさんがかけても出ないと思いますけど…」
『そーねえ。通話には出てくれないかもしれないわね。…まあ、見つかればいいなくらいに思っておくわ。パイカルちゃん、留守番頑張ってね』

一方的に通話が切れる。
いつもながらに、朗らかで賑やかな人だ。
これで国際刑事警察機構の元探偵卿なのだから、やっぱり探偵卿になる人はみんなどこか変わっていると思う。
ぼくは真っ当な探偵卿になろうと、百何回目かの決意をしてスマホをテーブルの上に置いた。
そのまま、ちらりと窓際の書棚へ目をやる。

「…何で分かったんだろう?」

上から三段目の本棚に、ちょっとした包みが置いてある。
6月17日はもうすぐだ。
けど、別にそういうわけじゃない。
ただ街中に成人男性へのプレゼントが溢れる時期だから、単に日頃お世話になっている上司にプレゼントするのもいいかなって思っただけで。
ウァドエバーがその日に帰ってこないなら、それはそれでいいと思っている。
寧ろ、帰って来たら奇跡だ。

 

 

ところが、予想に反して6月17日、ウァドエバーは帰って来た。
物凄く不機嫌だったけど。
そろそろ何か食べようかなと思っていた夕方、不意に家のドアが開いて彼が姿を現した。
彼が"帰ってくる"のは、本当に珍しい。
大体、気づくと全く別の国や地域にいて、ぼくがやっとつながった電話で居場所を聞くと「どこどこにいるからなになにを持って来い」とか、そんな感じでぼくが移動し、その場所が次のホームになることが多いから。
だから、留守番をしておいてこう言うのも何だが、今回もそうだと思っていた。
けど、まさかウァドエバーが戻ってくるとは。

「お帰りなさい、ウァドエバーさん」
「…」

テーブルイスに座っていたぼくは、立ち上がって彼の元へ歩いて出迎えた。
この時期用のコートや少ない手に持つをぽいぽいとぼくに押しつける。
それらをいつもの位置に置いていると、大仰な様子でお気に入りのイスに座った。

「ルイーゼから連絡が来た」
「ああ…。ぼくのところにも電話がありました。探していましたよ」

ルイーゼから連絡があったらしい。
それなら、ぼくと話をしたあの後、ルイーゼは本当にウァドエバーを探し当てたのだろう。
基本的に連絡を受け付けない人なのに。一体どうやったんだろう。
やっぱり、彼女は油断がならない人だ。
そういう人だから、探偵卿の取りまとめなんてできるんだろうけど。

「彼女に何か余計なことを言っただろう」
「ぼくですか? いいえ?」

ぼくは、ウァドエバーの邪魔はしたくないし、二週間くらい平気だ。
彼女に伝えたことといえば、そういった正反対のことばかりだったはずだ。
ウァドエバーにとって余計なことは、言っていないと思う。
けど、ルイーゼのことだ。
きっと言葉巧みに、本当のことを織り交ぜた、嘘にならない程度の言葉を選んで使ったのだろう。
本当に言っていないけど、ウァドエバーは信じていないみたいだ。
冷たい目でぼくのことを見て、やがてそっぽを向いた。
苛々と足を組む彼へ、コーヒーでも淹れようとキッチンへ向かう。
用意をしていると、バサバサと紙の音がして振り返った。
テーブルの一角に、出しっ放しにしてあった犯罪資料や捜査資料、推理メモ、タブレットなどがが置きっぱなしだった。
その中の一つを手に取り、一瞥して、邪魔だとばかりにウァドエバーがテーブルの端へ押しのける。

「…」
「あ、すみません」

一度テーブルに戻って、出しっ放しにしてあった色々を片付けることにした。
資料の類いは厳重に保管するために、特別な鍵付きの本棚へしまった。
分厚い何冊もの世界の法律を重ね、タブレットのデータを保存してスリープにする。
機密性の高いものから片付けていく結果、ぼくの適当なメモが一番最後に残った。
そのメモノートを片手に持ってひらひらさせていたが、やがてウァドエバーはそれを放ったので、テーブルの上に落ちたノートへ手を伸ばし、片付ける。
コーヒーができたので、マグカップに入れて持っていく途中、思い出して途中に本棚に寄った。
プレゼントを手に取る。
まさか、本当に今日渡せるとは思わなかったけど。
コーヒーと一緒に、白い包みをテーブルへ置いた。

「ウァドエバーさん。これ」
「何だ?」
「えっと…」

「プレゼントです」――で、受け取ってくれるのかな?
「安かったので?」――いや、それは失礼だし。
「何となく」――絶対受け取ってもらえない気がする。
「父の日なので」――…て、別にウァドエバーは父ではないわけだし、第一家族ですらない。
よく分からなくなってきた。
そもそも、彼はこういうことが好きではない気がする。

「そうですね…。何て言えばいいんだろう」
「何だ。はっきりしろ。ルイーゼからか?」
「違います。ぼくからです」

眉を寄せて、ウァドエバーが包みを片手で取り、裏表する。
包みがシンプルすぎたかもしれない。
けど、いかにも父の日デコレーションされるのも嫌だったから、「いいです」って断ってきてしまった。
お陰で、本当にシンプルな包みだ。
プレゼントだと言われないと、確かに「上司からの面倒な郵送物」でも通ってしまいそうなくらいに。

「何だ?」
「ちょっとしたプレゼントです。いつもお世話になっているので」
「誰に」
「ウァドエバーさんにです」

言うと、お前は馬鹿か、みたいな目でウァドエバーがぼくを見る。
プレゼント、嫌いだったかな。
そうかな、とはちょっと思ったけど。
身につけているのもいつも、子供のぼくから見たって立派なものだろうなって分かるようなものばかりだし、ぼくのお給料で買えるものはあまり彼の趣味には合わないかもしれないとは思っていた。
勿論、一般のぼくと同年代の子供はお給料なんてもらっていないし、普通の大人と比べたってそんなに悪いわけではないと思うけど、探偵卿のヴァドエバーと比べたら差はある。
けど、いいんだ。
こういうのは気持ちだと思うから。
ウァドエバーのことだから、このあと「必要ない」と目の前でゴミ箱に捨てられたとしても、多少ショックだろうとは思うけど、やっても不思議じゃないなと思っているところも実はある。
その一方で、絶対にそんなことをしないってことも、分かる。
それに、一般的にはプレゼントはもらって嬉しいものだと思うけど、何が必要か嬉しいかなんて、人それぞれだ。
ぼくがあげたいから、あげてみただけだ。
「いつもお世話になっています」…が、少しでも伝わればいいんだと思う。
冷めた目で、彼はぼくのプレゼントをさっきのノートみたいに、テーブルの上へ軽く放った。

「ふん…。馬鹿馬鹿しい。何故君の上司である私が、君に施しを受けなければならない」
「施しじゃありません。プレゼントです」
「同じだろう」
「全然違うと思います」
「くだらないな」
「そう言うだろうなとは思っていました。いいんです、ぼくがプレゼントしたかっただけですから。この時期、町に色々並んでいて、似合いそうだなって思っただけです。けど、不要だったら捨ててください」
「そうだな。もし不要だったらそうしよう」
「ちなみに、タイです」
「誰も中身など聞いていない」

プレゼントを開けもせず、彼はそれにはもう興味を失ったみたいだ。
コーヒーを飲みながら、スーツの内ポケットからぼくに読めない外国語で書かれたメモを広げて何かを確認する。
あとで勉強しておかないと。今度は何語の文字だろう。
ぼくも一応数カ国語は読めるし、会話くらいでいいのならもう少し数は多い。
助手としてはウァドエバーのメモくらい読めるようにならないとと思うけれど、やっと予想読み程度ができるようになった頃、彼はメモに使う言語を変えてしまうから本当に困る。

「ルイーゼさんは何て?」
「今夜連絡を寄こすから、ここにいろと」
「連絡ですか? …何だろう。ただの連絡なら、どこだって受け取れるのに。変な命令ですね」

…と、そこまで言って気づく。
夕飯どうしよう。
一人だったら適当に済ませてしまうけど、ウァドエバーがいるのなら何か作らないといけない。

「夕飯どうしますか?」
「君の不味い手料理はお断りだな」
「前回が随分前じゃないですか。今は少し上達しました」
「お断りだな」

傾けていたカップを再びテーブルに置くと、ウァドエバーは立ち上がった。
再び上着を手に取る姿を見て驚く。

「出かけるんですか?」
「食事に行く」
「ルイーゼさんの命令はどうするんです?」
「地球の裏側にいたところで探し当てられるのなら、数メートル範囲の店で食事を取るくらい、移動にはならないだろう」

それもそうかもしれない。
けど、ウァドエバーが出かけるのなら、念のためにぼくはここにいた方がいいだろう。
ドアを開ける背中に「行ってらっしゃい」を言おうとしたところに、彼が苛々と振り返った。

「私の荷物を用意したまえ」
「え?」

荷物?
今まで彼が座っていた場所を振り返ると、テーブルに放られたぼくのノートやプレゼントの傍に、革製のしっかりとした長方形のカードケース兼財布、それから腕時計が置きっぱなしになっていた。
それらを手にとって渡そうと再びドアを振り返ると、もうウァドエバーの姿はない。
出て行ってしまったみたいだ。

「待ってください、ウァドエバーさん!荷物…!」

取るように言っておいてそれはないだろうと、慌ててぼくもホームのキーを持って後を追って外に出たけど、もう彼の姿はなかった。
困り果てて、ドアに鍵をかけ、ひとまず推理…という程でもないけれど…をし、彼の気に入っている近くの店へ爪先を向けて足早に移動する。
黄昏の町中は少し怖い。
早く追いつければよかったけどなかなか姿は見つけられず、やっとウァドエバーを見つけたのは、今まさにその店に入っていってしまったところだった。

「ああ…」

店の入口で一度足を止める。
入って財布や時計を渡す以外の選択肢はないのだけれど、目の前のお店はいかにもウァドエバーが好きそうな、静かで洗練された雰囲気だ。
少なくとも、入口にウエイターではないボーイが立っているくらいのレストランで、流石に少し躊躇う。
けど、足を止めたぼくを見ると、そのボーイさんに見つかって笑顔で中に促されてしまった。
…いいや。
物凄く場違いだけれど、荷物を届けてすぐに帰ろう…。
ウエイターに案内されて、ウァドエバーの席へ向かう。
一番奥の、入口から見えない場所に彼は一人静かに座ってメニューを見ていた。
荷物を届けにきただけなのに、ウエイターにイスを勧められてしまう。
どうやら、連れだと思われてしまったらしい。

「いやでも、ぼくは帰らないと…」
「他の客に迷惑だだ。座りたまえ」

必死にウエイターに説明をしているぼくに、ぴしゃりとウァドエバーが言い放つ。
何の邪魔になっているのかと思ったら、ぼくの背後にある一枚の絵画だった。
有名な画家の絵画で、この店の名前にもなっているその一枚がとウァドエバーの間に、ぼくが立ってしまっている。
そう言われてしまっては仕方なく、ぼくは黙って席に着いた。
持って来た彼の荷物をテーブルの上に置くと、ウァドエバーはそれを無言で受け取り、スーツの内側と左の手首にそれぞれ収めた。

「遅いな。話にならない」
「ウァドエバーさんが歩くのが速いんです!どうするんですか、ぼくまで座ってしまいましたよ。ルイーゼさんから連絡が来たら……わ、わ。すみません」

ウエイターに笑顔でメニューを差し出されてしまえば、受け取るしかない。
細長くてしっとりと手に馴染むメニューを開きそれで口元を隠しながら、ぼそぼそと文句を言う。

「ルイーゼさんから連絡がきたらどうするんですか…っ」
「そんなこと、些細な問題だな」

言っても、ウァドエバーは全く意に介さない。
先に注文していたのか、ウエイターがワインボトルを一本持って来た。
ワインの口をソムリエが開け、グラスに注がれていく様子が綺麗でじっと見詰めていると、目の前でウァドエバーが片手を上げた。

「彼にアップルジュースでもくれてやってくれ」
「え…。一緒に食べていいんですか?」
「今君がそこで立ったら絵が鑑賞できない」

首を捻って、再び後ろを振り返る。
確かに綺麗な絵だ。
けど、ということは、ぼくもここで食事をしていいということだろう。
そうしていいのなら、作る手間も省けるから嬉しいけど……ルイーゼからの命令は本当にいいのだろうか。
まあ、もし怒られたとしてもウァドエバーの命令で追行しましたと言えば、きっとぼくのせいにはならないだろう。
遅れてやってきた少し小さめなジュースのボトルを、それでもウエイターがワイングラスに注いでくれた。
ジュースだけど、これもまるで白ワインみたいにとても綺麗だ。
お礼を言って一口飲んでいる間に、ウァドエバーが勝手にいくつかを注文してしまった。ぼくの好みも少しくらいは聞いて欲しかった。
ウエイターが去ってから、ウァドエバーがグラスを持つ。
…何だか、こうして向かい合ってウァドエバーを見るのはとても久し振りな気がする。
いつも気づけば行方知れずになっている人だから、ついて行くことで精一杯で、なかなか追いつけないことが多いから。
一緒に食事なんて、本当に久し振りだ。
けど、「父の日」に一緒に食事ができて嬉しいなんて言ったら、きっと眉間に皺を寄せて怒るだろうから、言うのは止めておこう。
とはいえ知っているかどうか気になって、こっそり聞いてみる。

「そう言えばウァドエバーさん。今日って、何の日か知っていますか?」
「確か、ドイツの統一記念日だったな。それとも、アイスランドの方を答えて欲しかったか?」

いつもの鉄仮面の表情のまま、ウァドエバーがワイングラスを傾けながら言う。
絶対、分かっているくせに。
何だか面白くて、思わず吹き出して笑ってしまった。

「当たりです。物知りですね」
「誰に向かってものを言っている」

ウァドエバーの眉間の皺が、ぐっと深くなる。
どっちにしろ不機嫌にさせてしまったけれど、まあいいかと思ったところに、携帯の着信音が鳴った。
正確には、鳴りかけた。
鳴ったけど、最初の一音に充たないうちに、目にも留まらぬ速さでウァドエバーが自分の携帯の電源を落とした。
きっと、ルイーゼからだったんだろうな。

「いいんですか、取らなくて」
「食事を邪魔されたくないのでね。それに、マナーがない」

そう言った矢先、今度はぼくの携帯が鳴る。
静かな店の中では随分大きく響いてしまったけど、ぼくも同じように電源を落とした。
少しもたついてから顔を上げ、久し振りに悪戯をしたような気持ちでウァドエバーを見ると、彼は目を伏せてため息を吐いた。
さっきまでの眉間の皺が、一本か二本くらいは減ったみたいだ。
お店の料理はとても美味しかった。


Father's Day



「ルイーゼさん、すみません。電源が切れてしまって…。さっきの用件をお伺いします」
『ううん、いいのよ。もう済んだと思うから、気にしないで』

食事の帰り道、ルイーゼに折り返すとそんな返事だった。
切れた通話。
スマホをバッグにしまいながら、いつの間にか数歩前を歩くウァドエバーを追いかけて隣に並びながら、報告する。

「もう用事は済んだそうです。たぶん、携帯の電源を入れても大丈夫だと思いますよ。…何だったんでしょうね?」
「興味がないな」

疑問を残したまま、ホームに戻る。
長い足でかつかつと歩くその歩幅に合わせるのは少し大変だ。
殆ど小走りで後をついて行くけど、途中爪先を石畳に引っかけた。

「うわっ…!」

足を取られて前に転びそうになった瞬間、同時に、くんっ…と身体が止まった。
転びかけみたいな体勢のぼくの後ろ襟を、数歩前を歩いていたはずのウァドエバーがいつの間にか目の前にいて、振り返って掴んでいた。
片腕一本でぼくの体重を支え、お陰で、まるでつまみ上げられた猫みたいにびろんと後ろ襟が伸びている。
ぼくが両足を着けると、掴んでいた後ろ襟を離してくれた。

「あ、ありがとうございます…」
「…ふん」

どこか呆然としながらお礼を言うと、ウァドエバーは不愉快そうに眼鏡を指先で持ち上げて、また歩き出した。
慌てて後を追うけど、今度はさっきよりも少しゆっくりな気がする。
本当に少し、だけど。
結局は早歩きなんだけど。

「…」

夜道を、ホームに向かって歩く。
"一緒に帰る"のも、随分久し振りだ。
どことなく嬉しい気持ちを抱えて、見えてきた明かりの付いていないホームのキーを、バッグから取り出した。



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怪盗クイーンのウァドパイ。
あの探偵卿と助手君が大好きです。ケニア編の素晴らしさよ。
仲良しでいてほしいです。
2018.7.11





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