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「へ、ぷしゅ…!」

昼休みの屋上。
不意にくしゃみが出た。
隣に座って同じように壁に寄りかかってたクロが、横目でちらりとおれを見る。

「風邪か?」
「うーん…。分かんない」
「噂か」
「どうだろうね」
「…。日陽行くか?」

やっぱりちらりと、横目でクロが日陽の方を見る。
今、おれたちがいる所は屋上は屋上でも、日陰だ。
出入り口の真裏。
あんまり人がいなくて、日陰で、静かだ。
今日は日差しが強い。
おれが暑いの嫌いなのを知ってるクロは、日差しが強い日はいつも場所をここにする。
昼食取るのは部室でもいいけど、部室はちょっと埃が多くて嫌らしい。
その点、この場所はそこまで埃があるわけでもないし人は来ないし涼しいし、快適だ。
確かにちょっとひやっとしすぎるかもしれないけど、どのみち日陽へは行きたくないので弄っていた携帯を横に置いて、ずっと膝の上に放置していたパンの袋を開ける。
パンというか、アップルパイ。
…弁当忘れたからいいやと思ったけど、今日は購買だったクロがたまたまおれの分もいっこ買ってくれてたからラッキーだった。

「別にここでいい」
「体冷えてんじゃねーの?」
「分かんない」
「もっとこっち来てろよ」

言って、クロがおれとの間にあったパンの袋とコーヒーの紙パックを反対側に寄せてくれたから、丁度咥えていたパイをそのままに、床に片手を着いて腰を浮かせ少しクロの方に寄る。
空いていた距離がちょっと詰まるだけで、ほんのりあったかい。
人肌ってバカにできないから好き…。
戯れに、ぴとっと片足をクロの伸ばしてる片足に、長さを測るように側面くっつけてみる。
身長が違うせいで、当然足の長さも全然違う。
当然のことだけど、時々、おれもクロも他の人達も同じ人間なのに、変なのって思う。

「…そう言えば、今日は夜久たちは?」
「さぁな。別に毎日合わせて来てるわけじゃねーしな」
「へー」
「もしかしたら日陽の方にいっかもしんねーけど。どーせお前、こっから動く気ねぇだろ?」
「うん。やだ。暑いし」
「あいつらが俺らのこと見つけたら合流させりゃいいだろ。…つーか、夏来んなー」

クロが顎を上げて空を見上げる。
日陰だけど、屋上だ。
空は晴れてる。
青が明るく、雲が大きく、全てを呑み込むように高々とそこに存在している。
…夏、やだな。
夏自体は好きでも嫌いでもないけど、暑いのがやだ。
暑いのきらい。

「毎年恒例、夏バテの季節だな、研磨」
「うーん…」
「体調管理しっかりしろよな。マジ今潰れちゃたまんねーから。体重もそれ以上落とすなって夜久に言われただろ。昼抜きとかフツーに有り得ねーし。土産買っといて良かったぜ」
「ナイスチョイス、クロ」
「けど栄養にゃなんねーだろ。デザートだっつーの。こっちだってその気で買ってきてやったんだ。なんか食えって。好きなのやるし」
「別にいらない」

クロが購買で買ってきた袋にはまだ三つ四つのパンが入っているみたいだけど、食欲があるわけじゃないから魅力は感じない。
クロはため息を吐いた。

「帰りにみんなで牛丼でも寄って食わせるっきゃねーな。…おら。飲むか?」

片手に持ってたコーヒーのパックをクロが差し出す。
飲み物は欲しい。
あ、と口を開けて顔を寄せ、曲がってるストローを咥えて少しもらった。
…冷たくておいしい。
思わず目を伏せて喉が潤される感覚を味わってから、ぷは…と口を開く。

「ありがと」
「…」

クロを見上げてお礼を言うと、クロが数秒じっとおれを見下ろした。
その後で、唐突に片手でわしゃわしゃ髪を撫でられる。
変なタイミングだなと思うけど、別に嫌じゃないので放置する。
おれの頭から片手を退かせついでに、親指で口元を拭われる。
離れていく指に小さなパイ生地が着いていて、遅れて自分でも腕で口を擦ったけど、もうきれいになっていた。
隣を見ればクロが指に着いた生地をそのまま口に運んで食べていたから、元々クロが買ったものだし、飲み物もらったし、あげようかなと思ったところで、鼻がふわっとする。

「ふぇ――、っぷしゅ…!」
「…」

もう一度、くしゃみ。
人体の小さな反射的反応の衝撃に震えるおれを、クロがまた横目でちらりとおれを見る。
それから、はあ…と溜息を吐いた。

「お前、ぜってー芯冷えてんだって。涼しいとこいんのはいいが、あんまいんならベストくらい着とけ」
「痒くなるからやだ」

一蹴する。
確かに、クロとかはいつもシャツの上に夏用の薄い指定ベストを着ている。
…けど、おれはそれが好きじゃない。
何かもそもそするし。
いつもティシャツとかインナーの上に白シャツだ。
確かにもう一枚、ベスト分はクロより薄着かもしれない。
嫌だと言ったのに、少し間を置いて、クロは食べていたパンを一度袋の上に置いた。
それから、無造作に自分が着ているベストを脱いだ。
おれの膝の上に、捨てるようにそれを放る。

「…」
「着てろ。部活ん時返せ」
「えー…。やだー…」
「んじゃ、今食ったパイ、吐いて戻せ」
「…」

思わずむすっとしてしまう。
無理だし。

「…食べてからでいいでしょ?」
「絶対着ろよ」
「…クロ横暴」
「俺の前で二回くしゃみしたお前が悪い」

吐き捨てて食事を再開するクロ。
澄ました顔が何となく面白くなくて、ずっとくっつけていた片足の先で、隣の脛あたりを突いてみた。
三回突くと一回やり返してくる。
それが面白くて、昼休み中話ながらもずっと続けて遊んでた。


don't know at all




「…。サイズ合ってなくね?」

教室への帰り道。
たぶん二人で学食にでも行ったのかもしれない。
階段のところで、偶然虎と福と会った。
階段下から昇ってきた二人のうち虎が、おれを見るなり挨拶スルーで呆れた顔でそう言った。
何がとは聞かない。
だって分かるから。
だぼっとしている、この、クロのベストだ。
指先で、でかすぎるベストを少し下に引っ張る。

「うん…。合ってない」
「珍しくベスト着てんなと思ったが…。お前サイズMだろ。つーかMでも縦幅ゆるゆるだろ。薄っぺら男子だろ。どー見てもLだろそれ。バカじゃねーの、研磨。自分のサイズくらい分かれよ」
「いや分かるし」
「つーか腰下まであんだろそれ。ワンピか。つーか女子か。女子かお前。女子なら鉄板でソーキュートだがお前がやってもトキメキなんかねぇんだよラァ」
「おれも好きでやってない」
「…」

おれと虎が会話している間に、福が黙って近づいて来て、横からベストに触ってきた。
少し背を屈めて、垂れているベストの下の方を折ってくれる。
もそもそ二 三度内側に折ってくれて、少し離れて、一度こくりと頷く。
どうやら、見られる程度にはなったらしい。

「誰のだ?」
「…クロさん」

虎がおれに聞いて、その質問には福が答えた。
虎が福に向く。

「クロさん?」
「匂いが。…たぶん」
「何でお前がクロさんの制服奪ってんだよ」
「クロが着ろって」

答えながら、止めていた足を教室へ向けて進ませる。
虎も福も着いてくる。

「何で? シャツでも濡らしたん?」
「うーん…何でだろう…。たぶん…くしゃみしたから?」
「はァ?」
「…クロの匂いする?」
「する…」

福に聞いてみると、頷いた。
ふーん…と思って少し引っ張って匂いを嗅いでみるけど…。
…。

「…さっきまで一緒にいたから、全然分かんない」

 

 

けど、まあ…。
思ったより暑くもないし、放課後までは、着ていようと思う。



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ブレザー&袖無しベストの音駒高校。
制服資料が欲しいです。
2014.7.16





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