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お風呂に入って、体を洗って、髪を拭くの面倒くさいけどドライヤーを適当にかけて部屋に戻って、ソシャゲーを少しやって、ハードゲーを着けてプレイしていたら、もう十一時四十五分近かった。
元々、よっぽど夢中にハマれるゲームの発売日でもない限り、おれの年齢にしては基本的に早寝の方で、大体12時には寝るようにしている。
…ていうか、寝てる。
だって寝るの好きだし。
けど、今日はたぶんこの後ちょっと用があるから、がんばって起きてる。
特に約束とかしてないんだけどね。
なんとなく。
…ていうかたぶん、普通にかかってくると思うけど。
ちょっと早いけどセーブポイントに着いたから、セーブしてゲーム機とテレビを消す。
しんとなった部屋の中、膝立ちのまま少し移動して、ベッドの上に両肘と顎を乗せた。
布団の上に投げ捨てたままの携帯を、じっと見つめる。
…さっきゲーム止める時テレビの時計が四十七分とかだったから、たぶんそろそろ。

「…」

じ…とそのまま自分の腕の上に顎を添えて動かない携帯を見つめ続けること……とかいって、たぶん一 二分なんだけど。
不意に、携帯がヴヴヴ…と動き出す。
反射的に、ぺし…!と勢いよく右手で上から携帯を叩くように掴んだ。
ディスプレイに表示される名前に、ほらねっていう気持ちになる。
…ほらね、クロだ。
絶対かけてくると思った。
震えているスマフォの画面を、軽くタップして耳に添える。

『よーっす、研磨ー』
「んー」
『何だよ、シケた声して。寝てた?』
「寝てないよ。ゲームしてて、止めたとこ」
『またゲームか…。飽きねーなお前』
「だって先週発売したばっかりだよ」
『このインドア』
「バレーだってインドアじゃん…」

無線越しのクロの声を聞きながら、腰を浮かせてベッドに座る。
今日は平日。
何でもない日。
けど、あとほんの数分でおれの誕生日に変わる。

あと数分、一分、一秒でで変わる誕生日って何?…とかって、いつも思う。
誕生日の何がおめでたいのか、小さい頃から分からなかった。
今も分かってない。
生まれてきてよかったのか悪かったのか、時々考えるときあるけど、まだよく答えは出せてないし。
時間なんてふわふわした不可逆性の四次元、考えるだけで頭痛くなってくる。
その中に点打たれた誕生日なんて、一体何を根拠にしてるのか分からない。
考えれば考えるだけ怖いから考えない。

…けど、クロと喋って過ぎる時間の境界線は、いつだって楽しい。


Your Color




くだらない日常の雑談を、携帯越しに話す。
科目の担任が教え方がヘタで困るとか、今日の部活は誰々が調子良かったとか、駅前にあるファストフードが安くなっていたCMが流れてたとか、そんな感じ。
そんな感じで、数分は過ぎていく。
おれは、部屋にちゃんとした時計がない。
テレビをつければ右下に時刻が出るし、何より携帯が時計代わりになるから十分だ。
けど、こうして耳に当ててクロと話してると、正確な時間は見にくくなる。
クロと話したりしてると流れ早いし、もっと把握は難しくなる。

『あー。あの先公な。俺も二年の時やられたわー。連発かましてくんだよな』
「ん…。小テスト抜き打ちするの止めてほしい。しかも回収されるからたぶん普通にチェックしてるし」
『答え合わせしてそのまま問題寄こしゃいいのになー。自主勉でいーっつーの。テメェでやるわ』
「抜き打ちテストって、復習もしてないところをやらせるから、努力は見てないわけじゃん。相対評価なのに意味あんのって思う」
『あんま考えてねーんだろ。校内成績とかフツーに頼りになんねぇし、結局模試が――あ、ちょい待ち』

不意にクロが会話を打ちきる。
分かってるけど、聞いておく。

「なに?」
『十秒前。…5、4、3、2、1』

――パンッ!!

「――!」

耳元で爆発音。
びっ…と肩が震え、思わず片手に持っていた携帯を放り出した。
布団の上に落ちた携帯をどきどきしながら見下ろす。

『うぅわ、キッツ…。ハハ。――おい、研磨?』
「…」

放り出した携帯から軽いクロの笑い声。
ディスプレイは耳から離したせいでまた光って、そこに"0:00"と時刻が表示されていた。
時刻の上に日付。
"10/16"。
おれの誕生日。
…まだ落ち着かない心臓を何とか保たせて、再び携帯を耳に添える。
ちょっと呆れた。

「…なに、今の」
『何って、クラッカー。百均で目に入ったから買ってきてみましたー』
「顔の近くでやったの? …危ないよ」
『ヘーキだってこんなん。流石に耳元ですっと思ったより大音量だったけどな。…で?どーよ? ビビった?』
「びびったよ…」

いつもは普通に時間なったら"おめでとう"って言ってくれるだけなのに。
今年は妙なサプライズ練り込んできた…。
クロが、ウェーイとか無邪気に喜ぶ。
…こーゆーとこ、あんまり成長してない気がする。
声も低くなったし、背もすごく伸びたのに。
中身とか、たくさん変わったとこと、あんまり変わってないとこがある。

『俺とタメおめでとー』
「なにそれ」

お互い、小さく笑う。
クロの誕生日は来月だから、一ヶ月間はようやく追いついてクロと同じ歳。
またすぐ一つ分はなれちゃうし、一時の同い年が社会的になんの意味があるのかと問われれば何の意味も無いのは分かってる。
けど、なんとなく嬉しい。
クロと同じ歳…。
ぐんと大きく強く、大人っぽくなれた気がする。

『次の休み、空けとけよ。出かけるぞ』
「いいよ」
『あと、窓空けろ』
「…まど?」

携帯を耳に添えながら、顔を上げる。
まどって…窓、しかないよね。
のそりとベッドを立ち上がり、カーテンの傍に行くと雨音がした。

「雨降ってるよ」
『降ってるねー』

問題はないらしい。
何をする気だろうとカーテンを開けると、半透明のおれが写っている向こうに、向かいの家の二階の窓が見えた。
ていうかクロの部屋の。
よくある設定みたいに、屋根越しにはとてもいけない。
おれんちの庭はそれなりにスペースあるし、クロの家の屋根はちょっと変わっていて広く取ってある。
例えば、クロが家から出たくて自分の部屋から屋根に出てその先まで行っても、おれの部屋にはこられない。
でも、屋根の先まで行けば、ジャンプして塀を跳び越え、おれんちの庭に降りられる…ていうか、小学生の頃とかよくそれでおれんち来てたし。
向こうも向こうでカーテンを開けていて、ちょうど窓を開けるところだったみたい。
おれに気付いて軽く手を振ってきたから、ちょっとだけ左手をあげる。
…こうやって窓越しに向かい合うと、何となく、小さい頃にこの距離で無謀な糸電話実験したことを思い出した。
あんまりうまく繋がらなかったけど、おれの部屋からクロの部屋に伸びてる糸が、なんかちょっと安心できた。

「何するの?」
『いーから窓開けろっつってんだよ』
「…何するの?」

言われた通り窓を開けながら、二回目聞く。
吹き込みはしないけど、やっぱり雨が降っていて寒い。

「さむいよ…」
『もっと開けろ。全開』
「…なんなの」
『いいもんやるよ。退いてろ、お前』
「なに、いいも……」

ちょっと面倒くさくなりながらも言われたとおり片面全開にしてから顔を上げると、同じく開け放たれた窓の向こうで、クロが右手で携帯を耳に添えながら、左手で小さなものを軽い調子で宙に放ったりキャッチしたりを繰り返していた。
よく見えない。
ボールサイズ…のものなのかな、あれ。わかんないけど…。
けど、そのモーションでクロが何考えてるかは分かって引き気味になる。

「ちょっと…」
『退いてろよ』
「まさか投げないよね? 何それ。落ちたらどうするの。雨降ってるけど」
『届くからヘーキだよ。俺のコントロールの良さは野球部エースの折り紙付きだぜ?』
「知らないよ。…ねえ、止めてよ。取りに行くから。落ちたら汚れるよ」
『落ちねーって。昔よく窓キャッチボールしてただろ。落とすのはいつもお前だけだっつーの。…オラ、退け』
「…ちょっと待ってて」

溜息を吐いて一度窓から離れる。
携帯を一旦テーブルの上に置いて、両手で端っこを持ってベッドから掛け布団をずり下ろす。
部屋の中をずりずりやる気無く布団を引っ張って移動し、窓があるその反対側に積んである本の上に置いて広げた。
クッション変わりだ。
…再び携帯を耳に添えると、クロが喉で笑っていた。

『そーだな。それあった方がいいな』
「なかったらおれの積み本が傾れるんだけど…」
『ドンマイ』
「気にするよ」
『んじゃ、改めて退いてろ』
「…」

言われた通り、す…と身を引いてベッドに座ってみる。
左にある窓と、右には掛け布団の広がってる即席ネット。
…何が投げられてくるんだろう。

『いくぞーっ』
「いいよぉ」

よくないけどね…。
クロが携帯を置いたらしく、カタ…という音を最後に携帯の向こうから音は聞こえなくなった。
一瞬の間。
…の、後。

――ビュッ……ボスッ!!

部屋に、窓から一直線上にモノが投げ込まれてきて、広げた布団に当たって布団の下の方へ流れ落ちた。
…本当に届いた。
クロすごい…。
呆れと尊敬が混ざってて、大した反応ができない。
ずっと耳に添えていた携帯の向こうから音がして、得意気なクロの声がまた聞こえた。

『ほらな~。届いただろ~?』
「うん…。クロすごいね」
『だろ? もっと褒め称えろ』
「なに投げたの?」

ベッドから腰を浮かせて、布団の方へ近寄る。
本が詰んであるところから床まで広がっている布団のその下の方に、長方形のラッピングされた紙箱があった。
…拾い上げて、裏表をしてみてからシールを剥がしにかかる。
爪でカリカリとシールの端を引っ掻いてみた。

「…プレゼント?」
『そー』
「くれるの?」
『そー』

シールが取れて、がさごそ箱を広げる。
ちょっとだけ雨に濡れてた包装紙を広げると、中にあったのはスマフォのデザインケースだった。
トンでないシンプルなデザイン。
真っ黒で、後ろの右下に何かセンスのいいマークが入ってる。
…かっこいい。
クロのセンスだ。
おれじゃ選ばないやつ。
何度も裏表して、確認する。
機種もチェックすると、間違いはなかった。
おれの持ってるやつ。

『どーよ。なかなかじゃね?』
「うん。かっこいい。…でも、かっこよすぎるかも。おれのじゃなくて、クロのみたい」
『俺色出てていいだろ?』
「…」

さらりと肯定されて、ちょっと虚を突かれる。
右手に携帯、左手にもらったケースを持って開けっ放しの窓際にそろそろ近寄ると、間に雨の夜を置いた向こう側の窓辺に、クロがいた。
窓の上の方に指をかけているのか、左腕をあげながら笑っているのが見えた。
部屋の中からの照明が逆光になってて、クロの輪郭を幻想的に照らしてる。
…。

『誕生日おめでと、研磨。…じゃあな。やすみ。ゲームばっかしてねーで、とっとと寝ろよ?』
「…、ぁ…」

窓枠から左腕を下ろし、ひらりと一度だけ振ってクロが窓を閉めようとする。
気付けば口を開いていた。
明日は朝練があるし、おれも早いしクロも早い。
そんなの分かってるけど。
…なんかもっと一緒にいたい気がする。

「…クロ」

クロは耳から携帯を下ろしかけてたけど、微妙に聞こえたらしい。
窓を閉めてからもう一度おれの方を見て、携帯を耳に添えてくれた。

『…何? 呼んだか?』
「うん。呼んだ」
『何?』
「うち来れば? 一緒に寝よ」
『…』

距離はあるけど、雨の向こうでクロが微妙な顔をしたのが分かった。

『…来て欲しい?』
「来てほしい。一緒に寝たい」
『据え膳?』
「やらない。寒いし眠いし遅いし親いる。でもキスはする」
『キタよコレ…。拷問のお時間だろ? ホントお前なァ…』
「クロとくっついて寝たい。今日はおれ優先」
『…』

言い放つと、間を置いて、クロがはぁ…と溜息を吐いた。
腰に片手を添えてから、首の後ろを押さえて、ん~…とかウザそうに呻く。

『…ったく』
「来る?」
『行ってやるよ。用意するから、少し待ってろ』

そう言って、シャッ…!とカーテンを閉めてしまった。
もうクロの部屋は見えないけど、灯りとぼんやりとしたシルエットが見える。
でも、灯りもシルエットもすぐ消えてしまった。
その代わりに、携帯の向こうから色々な小さい音が聞こえだす。
クローゼット開ける音とか、階段降りる音とか。

「ケーキあるよ」
『食うっておばさんに言っといて。あとおれ風呂まだ入ってねーから、風呂も借りる』
「わかった。言っとく」
『んじゃー用意したらベル押すから、門開けろよ?』
「ん…待ってる。…クロ」
『あ?』
「すき」

言うと、ガタタ…!と携帯の向こうでクロが何かを落とした音がした。

「…大丈夫?」
『…。なんとかな…』
「気を付けないと怪我するよ」
『…。いや…まあ、いい。今日は躾は止めとく。確かに、今日はお前優先だな…』
「…?」

最後の方意味不明なこと言ってたクロとの通話を、ぷちりと切る。
…クロ、来るってさ。
うれしい。
今日はなるべく一緒にいたい。
抱き締めてほしいしたくさんキスしてほしい。
クロの腕の中で眠りたい。
なんか時々、こんな感じで"どうして今おれたち離れてるんだろう"って思う時がある。
どうしても傍にいてほしい。
今日はそういう日。

「…あ、布団」

思い出して、開けっ放しの窓を閉めて、カーテンをひく。
広げていた布団の端をまた持つを、ずるずる引っ張っていってベッドの上へ戻して広げた。
元通りになった部屋の中で、テーブルの前に座ってクロからもらったケースを開ける。
通話しててほんのり温かくなってる携帯を添えて、ぎゅっと押し込んだ。
カチリ…と四隅がはまる音。
セットされたスマフォを持ち上げて、両手の掌の中で転がして、裏にしたり表にしたり、しばらく見下ろした。
…かっこいい。
深い黒。
でも、不思議と冷たい色じゃない。
クロの色。
いつもおれの傍にいてくれるみたいで、なんかうれしい。

「…」

クロの選んでくれたものを、おれが持ってる。
スマフォを握った手を胸に添えて、部屋を出た。

 

 

 

「…母さん。ねえ、クロ今から泊まり来るって。枕いっこ出して」

リビングへのドアを開けながら母さんに報告しておく。
すぐにスマフォのケースに気付かれたから、クロがくれたと素っ気なく言ってみる。
"鉄朗くんらしくていいわね"って言われて、ちょっと誇らしくて照れくさかった。



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研磨君のお誕生日小説。
こうやって十年くらいクロさんと一緒にいたのかなと思うとほわっとします。
研磨君お誕生日おめでとう。
2014.10.16





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