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「おい、研磨」

朝早い通学路。
不意に名前を呼ばれて、けど今ゲームいいところだから振り返れない。
手にしたSPSをカチカチ素早く操作しながら声だけで後ろにいるクロに答える。
朝早いから、クロが鼻声。

「なに?」
「ピンバッジ落ちたぞー」
「ふーん…」

バッジが落ちたらしい。
おれあんまりそういうの付けないけど、思い当たるものといえば背負っているリュックについたやつだ。
おれが付けたんじゃなくて、元々デザインの一つとして買ったときから三つくらい付いてた。
けど、あんまり気にしてない。
壊れたら壊れていいし、落ちたら落ちたでいい。
落ちちゃったらドンマイって感じで拾うつもりはないけど、どうやらクロが気付いて拾ったみたいだ。
歩きながら、ばふ…っと背中のリュックにそれまではなかった少しの重みを感じる。
ゲームを続けているおれのリュックに、クロがもそもそその落ちたバッジを付けてくれた。
歩きながらだから付けにくいだろうなと思ったけど、手早く終わったらしく、最後にぽんとリュックを叩いた。

「ほいよ」
「うん…」

クロはおれの落としものとか忘れものに、よく気付く。


となり




朝練が終わって、部室で着替える。
朝早いと体が起き切らなくて、放課後の練習と違っておれなんかは怠いけど、福は朝は強いし、虎とかは練習始まる前はおれより寝てるのに、ストレッチ終わってボール触り出すと突然起きて朝からすごく動く。
結果、朝練が終わって着替える頃にはやっぱりおれが一番気怠げに見えるらしい。
並んで着替えていると、用事があるらしいクロと海は先に出て行った。

「…お。そーだ、研磨。これやる!」

着替えが終わってバッグの中を弄っていた虎が、おれに掌を差し出した。
シャツのボタンを締めていた途中で、ちらりとそれを見る。
…。
サンマの塩焼き…?
虎の掌の中、お皿に乗った小さなサンマの塩焼きがあった。
ちゃんと網焦げがついてて、お皿の端に大根おろしもある…。

「…なに、これ」
「ガチャガチャ。"今日の晩飯"シリーズ魚編」
「いらない」
「いれよ!」
「ちょっと…」

虎が勝手に横から腕を伸ばして、おれの前にあったリュックに付ける。
普通の丸バッジが三つ不規則に集まってるその場所に、サンマが追加される。
見るからに変。
その一つだけういてるし。
ところが、虎は自分でセットしたそのバッジからそっと手を離し、わなわなと震えた。

「おおっ…。超、イイ!」
「…どこが?」
「隣、猫のバッジじゃん。狙ってるっぽくね?」
「全然。サイズ違うし。サンマだけ妙にリアルだし…」
「おい、山本。嫌がってんなら止めてやれ」

少し離れた場所で着替えていた夜久が、おれたちの様子を見て虎にそう声をかける。
注意は全然聞かないで、虎は夜久にも見せようとおれのリュックを棚から持ち上げた。

「夜久さん、ほら!見てください!スゲーリアルじゃねーっすか!?」
「あ? …どれ」
「…」

丁度着替えが終わっていたらしい夜久は、タイを首に引っかけながらおれたちの間にやってくる。
虎が持っていたリュックについてるサンマを見て、おー…と妙に感心したらしい声をあげた。

「へえ…。ホントだ。思ったよりリアルじゃん」
「でしょー!?」
「焦げ目とか、すごいな」
「最近、ガチャとかめっちゃ流行ってますよねー」
「集めてる人、僕の友達にもいますよ!」

更に、隣のドア側にいた犬岡や芝山も入ってくる。
確かに、ガチャガチャのクオリティとしてはすごいけど…。
リュックにバッジが何個ついてるとかデザインとか、全然気にしてなかったけど…でも、これは何かやっぱりやだ。
すごいと思うけど、おれのリュックにつけるものじゃないと思う。
今付けられてもいいけど…あとでこっそり外そう。
そう思って放置しながらボタンを締め終わった頃、虎が何かに気付いてガチャガチャとおれのリュックを上下に振った。

「…あ? オイ研磨。これ一個壊れてんぞ」
「ああ…。なんか、今朝も取れたっぽかった」
「外しちまえ」

どうやら元々付いてるうち一つは壊れているらしい。
辛うじて引っかかっている感じだ。
たぶん、朝クロが拾ってくれたのはこれだと思う。
虎がリュックから引っかかってるそのバッジを取り外したのを見ながら、ぼんやり口を開く。

「落ちたの、クロが拾ってまた付けてくれた」
「な…。先言えやゴルァ!」

引っかかってたバッジを取り外した虎が、慌ててまた付け始める。
…別にそれはどっちでもいいけど、サンマは外して欲しい。
虎が奮闘してるのを静かにしている福と一緒になって見ていると、夜久が苦笑いした。

「サンマとかバッジ無くなったとか、クロの奴ソッコー気付くだろうからな。研磨も、そろそろ歩きゲーム止めろよな。特にクロがいない時は絶対止めろよ? 危ないだろ」
「…?」

夜久の言葉に少し違和感を感じて、ぴくりと耳を立てて彼の方を向く。
今、どうしていきなり歩きゲームの話に飛んだんだろう…?
別に首を傾げたわけじゃないけど、疑問が顔に出ていたのかもしれない。
夜久が、おれの顔を見て微妙な顔になった。

「ああ…そっか。研磨、もしかして気付いてないのか」
「…? なにが?」
「何がって、クロさんがお前の後ろ歩いてやってることだろ」
「ついでに道側な」
「お前がほいほい迷子になっから…って、あー!ダメだ!つかねえええ!!」
「…」

リュックと壊れたバッジを持ってる虎が、天に向かって吠える。
…。
後ろ…?
虎から視線を外してまた夜久の方を見ると、片手を腰に添えて溜息を吐いていた。

「ほら、お前仙台行った時、ゲームやりながら歩いてて迷子になっただろ。まぁ、前々からそーゆーとこあったけど…あれ以来クロの奴、基本的にお前のちょい後ろ歩くことにしてるらしいからさ。後ろ姿とかバッジの数とか、違和感すぐ気付くだろって話」
「…」

夜久の話を聞いて、ふいと隣の福を見上げてみる。
こく…と無言で頷かれて、ああ…そうなんだと思った。
全然気付かなかった。
そう言われれば、狭い道でもない限り、前は隣を歩いていた気がするけど、最近はそういえば隣じゃないかもしれない。
おれだけ気付いてなくて、みんなは気付いていたらしい。
クロのことは、よく分かってるつもりだったけど…いつも傍にいるし、絶対どっか行かないと思うからか、あんまりそういう細かいところは見てないかも。

「ゲームは程々にな」
「…」

結局、壊れたバッジが元通りに付けることはできなくて、それは燃えないゴミにして、代わりにサンマがリュックについた。

 

 

 

 

 

放課後の練習が終わって、みんなバラバラと帰る。
駅組は何人かいるけど、クロと監督が何か話していたから、おれとクロだけは遅くなった。
もう辺りはすっかり暗くて、部室の中の端に座ってカチカチ時間潰しにゲームをして待ってた。
やることやって、ショルダーバッグを肩にかけたクロがおれの方を振り返る。

「…おし。研磨ー。帰んぞー」
「んー…」

立ち上がって、おれも部室を出る。
電気を消すと一気に夜で、鍵を閉めるクロの横でゲームの電源を落とす。
鍵を閉め終わったクロが背を戻しておれの方を振り返り、お…という顔をした。

「どうした。今日はゲームやんねーの?」
「やらない」
「何で。詰まった?」
「別に」

ぽーんと掌の中で鍵を放りながら、クロが歩き出す。
おれも歩く。
じっと意識していると、校内までは普通だったけど、学校の前の道に出てから確かにクロはそれとなく道側の方を歩き出した。
あと、一歩二歩おれより遅い。
会話するのに支障はない横の感じだけど、斜め後ろと言われれば確かにそうかもしれない。
さっきまで逆の側にいたし隣だったのに。
…。

「…お。サンマー」
「…」

ぶに…と指先でクロがおれのリュックについてるサンマのバッジを押す。
少しだけ振り返り、肩越しにクロの指に押し潰されてるサンマを見た…ってゆーかサンマはもうリュックの生地の中に押し込まれてて見えなくなってた。
…やっぱり気付いた。

「どした、これ。朝付けてなかったよな?」
「やっぱり一個壊れてて、代わりに虎がくれた」
「ああ、今朝落としてたやつな。…ほー。イイ趣味してんじゃん、山本。無駄に高いクオリティ」
「変だよ」
「美味そうでいんじゃね? …つーか、お前今日携帯もやんねーのな」
「うん。やらない」
「…。何かあったか?」

いつもの口調でクロが尋ねる。
何か深刻そうに受け取られそうだったから、ふる…と一度首を振った。

「別になにもない。…ただ」
「ただ?」
「今日、おれが道でゲームやってると、クロが後ろ歩くって話になって」
「ああ…。迷子と轢死防止な」

何でもない調子でクロが納得する。
…本当にそうだったんだ。
夜久とか虎の話を信用してなかったわけじゃないけど、おれ自身が気付かなかったことだから、なんだかびっくりする。

「別にいいぞ。やってても。道はずれたら後ろ襟掴まえて連れ戻すし、轢かれそうになったら突き飛ばしてやるよ」
「今日はやらない。から……クロ、こっちでいいよ」
「あ?」

リュックの紐を何気なく持ってた両手のうち、片手をクロに伸ばす。
両手をポケットに入れてたクロの袖を引いて、隣に来てもらう。
狭い道ならこうはいかないけど、今歩いてる道は歩行者道路割と幅あるし…横並びくらい平気だと思う。
暗い道を、隣に並んで歩く。
…うん。
真横に並んで歩くの、確かにちょっと久し振りかもしれない。
クロが横を歩くのを見計らって、そっと袖を掴んでいた手を離す。
意外そうなクロの顔をちらりと見上げてから、ふいと前を向いた。
…最近、歩く時ずっとゲームしてたから…手持ちぶさたで困る。
リュックを背負い直してみたり、垂れてる紐を弄ってみたり、今日のご飯なんだろうなとか思ってみたり、今日の部活中のみんなのこと考えてみたりする。

「…」
「…」
「お前…そーゆートコいーわー。マジで」

暫くそのまま話題もなくてくてく歩いていると、クロがぽつりとよく分かんないことを言う。
横目で、ちらりとまたクロの方を見る。
別ににやついてもないし怒ってる感じでもないし…極々普通の顔してる。
…横歩いてると、当然だけどクロのこと見やすい。

「なにが?」
「グッとくる」
「…? ふーん…」
「キスでもするか?」
「公道だよ」

こんなとこでキスとかしないよ。
おれの反応に、クロは顎を引いてくつくつと笑った。
それから、とんっ…と強く無さ過ぎない力加減で、おれの肩にぶつかってくる。
クロには大したことない力なのかもしれないけど、とはいえ横からの力にふらつく。
家までの道のりを、ぽつぽつクロと話しながら帰った。
いつもはあんまり話さない。
ゲームやってるから。
話さなくても別にいいかなって思うし、話すことがあったらゲームやりながらでも話すし。
たくさん話すと疲れるけど、クロとなら疲れない。
毎日ゲームやらずに登下校しろっていうのはちょっと無理だけど、五日に一度くらいはクロと話ながら帰るのいいかもしれない。
けど――…と、頭が考えてしまう。
この登下校の時間レベル上げできれば、ゲーム進捗には雲泥の差がつくんだよね…。
そう思うと、やっぱりちょっと惜しいから、一切やらずに帰るっていうのは無理かもしれない。

…なんて、思ったけど――。

 

 

 

 

家の前で門に入る直前、クロが左手でおれの髪を撫でて、頬にキスした。
別れ際とか、髪を撫でることはあってもあんまりそういうのしないから、少しだけびっくりする。
クロがそうするのは、本当にもっとおれと一緒にいたい時だけだから。
…てゆーかたぶん、ここうちの防犯カメラに写ってる。
まあ別にいいけど。

「また明日な、研磨」
「…。うん…」

手の甲でぺちっと頬を一度だけ叩いて、妙に機嫌良く笑ってクロが背を向ける。
クロの背中を見送って、見えなくなってから家の中に入った。
ぼんやりしながら、靴を脱ぐ。
…。
なんか…クロが嬉しそうだったのが、今更になっておれも嬉しくなってくる。
だから…。
靴を脱ぐために座っていた玄関で、膝の上にリュックを置く。
中からゲーム機を取りだして、じっと見下ろした。

「…」

…三日に一回にしよう。
さっき、五日に一回くらいはクロと話しながら帰ろうと思ったけど…三日に一回はゲーム止めようかな。
だってその方が、たぶんクロは嬉しい気がする。
だからその分、今日はレベル上げまくる。
そう思いながらリュックのチャックを締めて、取り出したゲーム機片手に立ち上がって部屋に向かった。

クロがおれのこと見ていてくれるのは分かってる。
クロがいるから、おれはおれでいいしって思えるし。
だからおれも、クロほどしっかりはしてないけど、クロのこと見ていたいから…やっぱり歩く場所は隣がいい。



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漫画の中の表紙絵で研磨君とその後ろを欠伸しながら歩いているクロさんの絵を見て。
後ろ&道側を歩いてるんですよクロさん。男前。
そして研磨君は彼のツボを的確に突きます。
2015.11.10





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