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「うーん…」
「うぇ…」
「なんか、たぶん好きな人は好きなんだろうけど…」
「あれー? ダメっスかー?」

放課後。
部室に来てすぐにるんたった気分で披露したものが、そこまで受けいれられなくて意外。
えー…。
みんな喜んでくれると思ったんスけど…。
一口サイズだし食べやすいかなーって。

「お袋の焼き菓子、結構うまいと思うんスけどねー…。そんなキツいかな?」
「ごめんね、リエーフ。せっかく持ってきてくれたのに」

苦手っぽかった芝山が、食いかけのカップケーキを片手に哀しそうな顔をする。
いやいや、ダメなら仕方ないって。
好みってもんがあるし。
その手から、ひょいと食べかけのケーキを奪って一口食う。
…うーん。うまいと思うんだけどなー。

「ヘーキ。まだみんな来てるわけじゃないし」
「コレは食うけど…二個目は俺もパス。悪ィな。好きな人は好きかもしんねーから、後で聞いてみ。研磨とか招平来るだろ、そのうち。…てか、クロさんとか海さんとかイケそーじゃね?」
「あ、イケそーです!」
「強そうですよね!」

猛虎さんは殆ど無い眉を寄せながら、無理に一個食ってくれた。
…確かに、クロさんたちはイケそうだ。
けど夜久さんとか無理だな、きっと。
予想だけど。
うんうん一人頷いて、部室の端にある小さな折りたたみ式テーブルに、焼き菓子の入った箱を置く。

「けど今日、三年は進路相談の説明会あるだろ?」
「遅くなるって言ってました!」
「じゃあ今日ってフリーダムっスね!うひょーっ。気が楽ー!」
「コラ、本音」
「だぁーって、夜久さん最近軌道が顔面狙ったり俺のケツ狙ってくんスもん。恐くって」
「でも、まず夜久さんのサーブ取れないとダメだと思うよ。いつも打たないから、レギュラーさんたちの中ではたぶんレベル1って感じのサーブだし」
「芝山暴言」
「え…!? スミマセン!どこがですか!?」

わいのわいのと先に部室を出て体育館へ向かう。
三年のセンパイたちがいないのちょっと寂しいっスけどリラックスできんのは事実だし、たまにはそんな日もいいでしょう!


Sweets of liquor




HRが終わったクラスから着替えてつらつら体育館に集まるわけだが、今日はなんだか人数が少ない。
三年は説明会があるとしても…。
ぽーんとパスされた犬岡からのオーバーを、両手でぽすんとキャッチした。
突然アップがてらのパスを止めた俺を、犬岡が不思議そうに見る。

「どーした、リエーフ?」
「あのさ、なんか人数少なくない?」

そう?と犬岡は首を捻るけど、どう見ても少ない。
三年は来ないとしても、研磨さんも招平さんもなんか来ないし。
…あー、でも研磨さんはひょっとしたらクロさんとかいないからサボってるかもしれない。
『今日はクロいないからいいや~』とか。
そんな感じのタイプじゃないように思うけど…うーん、どうだろう、微妙だな。
バレー好きでやってるわけじゃないらしいし。
猛虎さんも同じ事を思っていたのか、タイミング良くネット傍で同じようにパスしていたボールをキャッチして止めた。
ボールを小脇に抱えて、体育館の出入り口の方を見ている。

「つーか、研磨ら来ねェなオイ」

不機嫌そうな猛虎さん、顔恐いっス。
けど、そーなんスよね~。
いつもならもう全員集合の時間帯だ。
この後に行う練習メニューが、三年生プラス二人いないだけでかなり少なく感じる。

「HR長引いてんスかね?」
「こんな長くねーだろ。もう部活時間だっつーの。…アイツ、クロさんいねーからってサボってんじゃねーの?」

やっぱそこ疑いますよねー。
研磨さん自由人だから。

「けど、招平さんもまだ来てないですよ? もしかして何かあ…」

何かあったんじゃ…という芝山の言葉を肯定するように、渡り廊下の方から少しだけ足早の音が聞こえた。
誰か来たと思って一斉に出入り口の方を見ると、招平さんがスポーツバッグ肩に引っかけたまま、制服姿で姿を現した。
まだ着替えてないのか。
…喋るの苦手な招平さんだけど、なんか微妙に呼吸乱れてるし。
急いでる? 慌ててる?
そんな感じで、彼のそんなとこ見たことない俺らはちょっと驚く。
へえ…。
招平さんでも、慌てる時とかあるんスね。
常に沈着冷静の極みみたいな人なのに。
ちょっと意外な一面?
先輩の可愛いとこ見たっス。ラッキー。
招平さんはざっと体育館を見回し、猛虎さんを見つけると手招きした。

「…」
「おう、招平。どうした? そんなに慌てて」

両手の中でボールを回転させながら、猛虎さんが近寄っていく。
やっぱ慌ててるんだ、あの無表情でも。
近距離まで来た猛虎さんに、招平さんが顔を寄せて何やらぼそぼそ耳打ちする。

「――」
「――はあっ!?」

間を置いて、猛虎さんが露骨に声を上げる。
なんだなんだと、俺らも何となく集まって距離を空けて先輩二人を見た。

「どうしたんだろう?」
「さあ?」
「何かあったっぽくね?」
「…オイ、お前ら!」

さわさわしている俺らを振り返り、猛虎さんが声を張る。

「俺らちょっと出てくっから、いつものメニューやってろ。サボるんじゃねえぞ!」

猛虎さんの喝に、みんなビッと背筋を伸ばして短く返事をする。
俺も勿論それに加わっていたが…。

「リエーフ!」
「へ? …ぁ、ハイッ!」
「お前、一緒に来い!」
「はへ!?」

親指で体育館の外を指差し、そんな命令。
しかも、言うだけ言って招平さんと一緒に猛虎さんはさっさか体育館を出て行ってしまう。
残された俺は悲鳴を上げた。
だって何か今の感じ絶対いい知らせじゃないっしょ!

「えええ~!? 何で俺!俺何かやった!?」
「知らないけど早く行けよ!」
「そうだよっ。先輩待たせちゃダメだよ!」

嫌がる俺の背中を、ぐいぐいタメ二人が押す。
まあ、そりゃ来いって言われて行かなかったりとか、殴られそーっスけど。
うう…。何かヤな予感…。
でも行かなくっちゃって話っスよね…。
ドナドナされる気分で、俺も体育館を駆け出た。
出て、二人とも何処行ったんだ!?と一瞬慌てたが、考えられるところといえば部室しかないし、そこに行くことにした。
もう他の部活も活動を始めていて、部室が並んでいるボロい棟は案外人気がない。
遠くに野球部のノックオンを聞きながら、小走りで来た足を部室前で止める。
よく聞こえないけど、部室ん中から会話。
猛虎さんの声っぽいから、やっぱ中にいるんだな。
いつもはしないけど、ノックしておく。

「失礼しまっス。リエーフでーす。入りまーす」

言ってからガラリ…と引き戸を開ける。
半分以上畳みの部室。
靴を脱いでそこに上がり、立っていた猛虎さんと片膝付いて屈んでいた招平さんが同時に俺を振り返った。

「リエーフ、ドア。ドア締めろ!」
「え? …あ、ハイっス」

いつも気にしないくせに、何で今ドア?
疑問に思いつつ後ろ手に締める。
立て付け微妙に悪いんで、ちゃんと締まったかどうかちらりと横目で確認して、再び二人の方に視線を戻すと、さっきは見えなかった人影が見えた。

「あれ…? え、研磨さん?」

一瞬前まで猛虎さんと招平さんで見えなかったが、二人の向こうに制服姿の研磨さんが横たわっていた。
決して部員分は無い微妙な数の座布団の一つを折って、それを枕にしてぐったり研磨さんが仰向けに寝ている。
タイは横に折り畳まれていて、シャツの襟も開いていて、目元は誰かのタオルで覆われていた。
貧血の時みたいだ。
…てか、もしかして貧血?

「え、研磨さんどしたんスか。大丈夫っスか?」

慌てて靴を脱ぎ捨てながら俺も畳に上がる。
近寄って膝に手を当て前屈みで覗き込むと、隠れている目元の下で薄い唇が僅かに空いていた。
気分悪くなっちゃったんスかね…。
大丈夫かな…心配っス。
横に立ってる猛虎さんへ顔を向けてみる。

「貧血っスか?」
「うるせえっ」
「暴力!?」

問答無用で掌でバァン!と一発ビンタされる。
軽くとはいえ、いきなり叩かれてちょっとビックリした。
一発くらった左頬に片手を添えて涙目で猛虎さんに聞く。

「ちょ、聞いただけなのにいきなりビンタって何スか!」
「研磨グラついてんのお前のせいだっつーの。見ろ、アレ」

そう言って猛虎さんが指差す先は、部室の端にある小テーブル…の上にある俺の持ってきた焼き菓子。
ロシアの焼き菓子、バブカ。
さっき、部活前にみんなが一口食って微妙~って言ってたやつだ。
部活が始まる時に残りをきれいに揃えて箱に詰めておいたそれが、蓋が開いて空のカップが三個ばかりなげやりに置いてある。
…?
叩かれた頬をさすりさすりしながら考えるも、よく分からない。

「え…すんません。意味が分かんねーっス…」
「だぁから、テメェの持ってきたケーキ食って研磨が酔ったんだろ!」
「…。うぇええっ!?」

仁王立ちの猛虎さんの言葉が信じられない。
…が、研磨さんの横に屈んだ招平さんを見ても、こくりと静かに頷かれるだけだ。
ウソ!
マジで?
だって酒使ってるって言ったって、お菓子なのに!?

「いやいや…。冗談ですよね? ちょっとフレーバーって話じゃないっスか。だってラムですよ、ラム。どんなんでも使いますって!」
「お前…マジで言ってるのか? 結構キッツイだろ、それ。めっちゃ酒じゃん」

俺の発言に猛虎さんがドン引くが、俺だってそんな彼の反応にドン引く。
そりゃ、ラム酒を使っているが、そんなのちょっとだ。
俺、この作り方知ってるけど、焼いた生地を酒の中に浸してじっくり染み込ませるだけじゃないっスか。
確かに焼く後に酒使うから飛ぶことはしないけど。
匂いだってそこまでじゃないし、そりゃ…噛めばじんわりアルコール滲みだしてくるけど…。

「けど、フツーにお菓子っスよ?」
「家庭内ロシアンテイストで俺らと話すんじゃねえ」
「う…。ヒドイっス猛虎さん…。止めてくださいよー。地味にヤなんですって、ロシア人扱いされんの」
「お前、さては酒強いな? …あーもー。研磨の野郎、たぶん何も考えず一気に食ったな。何気スイーツ男子だし。けど、普通匂いで気付くだろ。バカか」
「あ…。そう言えば、昼会った時鼻詰まってるって言ってたかも…」

今日のお昼、自販機コーナーんトコで偶然研磨さんに会った。
その時ちょっと話した時、鼻を啜ってたからティッシュあげたよーな気がしなくもないような…。
…うん。あげた。
チーン…って鼻かんでるの超可愛かった。
写真撮んなかったの今も後悔してる。

「じゃー何か。コイツ匂いに気付かなくて、そのままぱくりか」
「えーっと…。可能性は高いんじゃあないっスかね…」
「クロさんにバレたら殺される…」

眉間の皺に右手の指先を添えて猛虎さんが呻く。
…うん。
そっスね。そんな感じっス…。
仰向けに寝ている研磨さんを囲んで、男三人、ひやっとした空気が流れた。
先に現実に返った猛虎さんが、深々とため息を吐く。

「ま、なっちまったもんは仕方ねー。水分取らせて濃度下げつつ便所行かせときゃいいんだろ? あとは…。柑橘系のジュースだっけ?」
「…果糖」
「ああ、そーだ果糖だ」
「果糖って、果物のことっスか? 流石にモノはないっスけど、俺100パーオレンジ持ってますよ。パックのやつ」
「おう、出せ出せ。アルコール分解って糖いるんだよな、確か。肝臓だっけ?」
「…吸収率」
「やっぱスポドリか。結局そこだよな」

猛虎さんと招平さんが何気に高レベルな会話をする。
招平さんが肩にかけたままだった自分のバッグの中から、スポーツドリンクのペットボトルを取り出した。
片手にそれを持ったまま、研磨さんの目元からゆっくりタオルを取る。
ぐったり目を伏せた研磨さん。

「おい研磨。大丈夫か? 起きれっか?」
「……んー…」

招平さんとは反対側に屈んだ猛虎さんが、片腕引っ張りながら背中を支えて研磨さんの上半身をゆっくり起こす。
まだ目を開けず、されるがままの人形のようなぐったり加減で研磨さんの軽い身体は簡単に起きた。
…あー。
言われてみれば、ほんのり顔赤いっスねー…。
てか、本気でお菓子で酔うって…どんだけっスか。
けど、そんなぼーっとした顔が特別可愛かったりして。
起こされて数秒後、ぼや~…とようやく研磨さんが半分くらい目を開ける。
その首のところに猛虎さんが手の甲を添えた。

「…」
「やっぱ何か熱ぃ気ィすんな…。マジで酔ってんのか、これ。熱じゃねーよな?」
「研磨さん、真っ赤でなんかカワイーっスね~。ね、ねっ?」
「どこがだ。厄介なだけだろーが。…つーかとっととジュース出せ!」
「ウィーッス!」
「招平、それ貸せ。…オラ研磨、スポドリ。無理でも飲んでろ。…あ、テメ。オイ!ヤじゃねーの!こっち向けオラッ。口開けろ口!あ~っ」
「きょ、強行的っスね…」

何か微妙に嫌がってる研磨さんの顎を鷲掴んで、猛虎さんがその口にボトルを押しつけようとする。
…て、俺もジュース出して来ないと。
自分の荷物の中を漁るために割り当てられているロッカーへ向かおうと背を向けた。
直後。

――ガタガタタッ!!

「…!?」

急な物音が背中からして、ビクッと反射的に振り返った。
…と、振り返った先の光景が、一瞬前とは随分変わっていてちょっとぎょっとする。
研磨さんがふらつきながら上半身を起こしていつものように微妙に頭を下げていて、その肩を背中から招平さんが支えている。
…が、猛虎さんは一瞬のうちにその二人から数メートル離れていた。
何ていうか、飛び退いた感じだ。
顔の前に片手を添えて、ガードするみたいにして硬直している。
…?
固まっている猛虎さんから視線を外し、ちらりと研磨さんたちを見る。
自然と、普段はあんまり目の行かない招平さんを見た。
研磨さんの肩を抱いたまま、よく見れば彼も彼で微妙に硬直しているように見える。
…え?
何。
何っスか?
背中を向けた一瞬の間に何が?

「…。ぉ…」

数秒の静寂の後、猛虎さんが肩を震わせてぽつりと口を開いた。
…と思ったら。

「ぅぉぉお…っ」
「…? どしたんスか猛…」
「俺のッ!!ファーストキスがぁああぁあああああっ!!」
「…エ?」

さっきまでの硬直がウソのように、両手で頭を抱えて天に向かって絶叫する。
…両手?

「ぅあっ!猛虎さん、ボトルボトル!!」

一瞬前まで持っていたスポドリのボトルが、畳の上に転がっていた。
口が開いたままだったので、とくとく中身が流れ出していて、藺草に染みを作っている。
ビャッとその辺にあるタオルを拾うと、急いでそこに駆け寄ってボトルを拾い上げ畳みを拭いた。
拭き終わった後改めて猛虎さんを見ると、今度は四つん這いになってるし。
負のオーラが目に見えるっス…。
一人ダウンしてる猛虎さんと、お菓子で酔っぱらった研磨さんと、その傍に無言の招平さん…。
…何、このカオス。

「え、あの…。…どしたんっスか?」
「…」

ちょっと今猛虎さんは使いモノにならなそーなんで、素直に招平さんに聞いてみるも…招平さんが俺相手に喋ってくれるはずもなく。
けど、彼も曖昧な顔っスね。
困ってるみたいっスけど…。
ちょ、誰か…!
誰かヘルプ!
俺のコミュ力じゃ招平さんとの意思疎通はまだ無理っス!

「…。んー…」
「あっ」

どーしようか迷っていると、研磨さんがもぞもぞ身動ぎした。
いつの間にか閉じていた双眸が、またぽや~…と開く。
目を開いて、ジャージで半分まで覆ってある掌を丸めて、俯いて、そのままこしこし顔を拭うように目を擦る。

「け、研磨さん…? 大丈夫っスか?」
「…」

のそ…と顔を上げた研磨さんと目が合う。
…が、たぶん意識は向かい合ってない感じ。目ェ据わってるし。
しかも、ふい…とすぐに顔を反らされた。
ガーン!
シカトっスか!
微妙に傷心してショックを受けていると、顔を背けた先で自分の肩に置いてある招平さんの手に目先が止まったらしい。
頬に痒いとこでもあるのか、招平さんの指の背に頬を寄せててすりすりする。
当然、招平さんが硬直する。
だらだらと冷や汗が流れているのが見えたけど、別に焦るようなことだろうか。
羨ましいだけだ。
俺の方にすりすりしてくれればいいのに。

「…」
「あ、招平さんいーなー。研磨さん、俺の方にも――」

来てください!
…って、そんないつもの調子で冗談めいて言おうとした矢先。
顔を寄せていた研磨さんが、無造作にぺろ…と舌で招平さんの指先を舐めた。

「「――!?」」

ビクゥッ!と俺まで硬直する。
…ちょ、え?
ちょい待て。何だ今の!
何か見ちゃいけないスゲー妖艶な感じなの見た!
かーっと体が熱くなる俺の前で、バッ…!と勢いよく招平さんが舐められた右手を研磨さんの肩から離す。
体重預けられていた腕を離され、ぐら…と支えを失った研磨さんが傾いた。

「ちょぉー!?」

反射的に両手を伸ばす。
頭から向こう側の畳にぶっ倒れそうになっていた研磨さんを、ヘッドスライディングみたいな妙な体勢で滑り込みつつ抱きついて支える。
横からがばっと俺が抱きついたせいで余計に向こう側に倒れそうになるが、そこは力押し。
ぐっと手首と腕に力を込めて倒れないように踏ん張った。
俺の頑張りのおかげで、頭から畳にゴツンなんてことは、何とか避けられてほっと安堵の息を吐く。
やべー。
今落としてたら絶対顔面打ってたっしょ。
どきどきしていると、ちらりと研磨さんが俺を見る。
…ああ、やっぱり顔が赤い。
目が逝っちゃってるっス。
本気で酔ったんだな、この人。
猛虎さんはいつの間にか部室の片隅にしゃがんで膝を抱えているし、俺が飛び込んできたせいで招平さんも研磨さんから両手を離している。
…アレっスね。
多分予想だけど、猛虎さんは研磨さんにキスでもされたんだろう。
ファーストキス云々叫んでたような気がするし。
で、招平さんも指チューされたと。
…指チュというか確実に舐めてたけど。
これらの材料から予想するに…だ。

「ひょっとして…研磨さんって、キス魔なんっスか?」
「…」
「酒入るとキスしたくなる感じ? …あ、じゃ、俺相手します? 俺キス平気だし」

俯せにスライディングしていた体を起こして、研磨さんの細い体を横から抱きながら聞いてみる。
ロシアンテイスト出すのヤっスけど、やっぱじーちゃんばーちゃんとか親戚とかと会うと普通にキスするし。
たぶん、生粋の日本人がやられるよりも免疫あると思う(免疫皆無な猛虎さんにはショックが強すぎたであろう)し、研磨さんなら大歓迎。
首を傾げて尋ねる俺を、相変わらず据わっているぽんやりした目がじっと見つめ返した。
元々体温高いのかもしれないけど、シャツ越しに触れる体が熱い。

「…」
「…」

沈黙数秒。
だが、間を置いて、すり…と研磨さんが俺の首んとこに擦り寄ってきて、ビッとまた固まる。
うおーっ!
何だこの内側から来る感じ!
腕の中のすっぽり感。
温かい熱の塊が俺にすりすりしてくるんですけど!
コレハヤバイ…!

「はわわわ…っ!」

どうやら本格的に標的が俺になったらしく、腕の中に入ってきてくれたりなんかりする。
これダメだ!ダメなやつだ!
流石にこのぴっとり近距離は照れ臭くてどうしていいか分からない。
ああ畜生!ここに猛虎さんたちいなければ押し倒すのに…!
あぐらを掻いて座り込む俺の足の間にちょこんと横向きで腰を下ろし、ぺろぺろ鎖骨を舐めてくるこの可愛い生き物をどうしていいのか。
頭がパンクしそうだ…て、ヤバイヤバイ。
今スイッチ入れたらヲワる、俺。
…でも、こんな密着だ。
いつも素っ気ない研磨さんが自分から進んで俺だけに懐くっぽいとか、精神的にもかなりくる。
興奮するなって方が無理。
下半身にクる前に普通に愛でよう。
変な諦めで方向転換をさせ、ぎゅぅーっと両腕で研磨さんを抱き締める。
丁度顎の下に頭がくる高さだから、ホントすっぽり感なんですけど。
いつもは拒否られるけど、キス魔中の今なら人に抱きつかれるのは平気なのか、気持ちよさそうに目を細めてされるがままだ。
やばい、猫みたい。
喰いたい。

「本当にお菓子で酔っちゃったんスね~。かーわいぃ~」
「……」

だが、気付けば指チューの衝撃から覚めた招平さんが、ぎゅうぎゅう両腕で抱える俺を険しい目で睨む。
相変わらず喋らないが"ダメ"って言われてんのはよく分かる。

「ぅ…。ぁ…やっぱダメっスか? アウト?」

こくん…と一度頷いて、俺の腕に手を掛ける。
あぅ…。引き剥がされる…。
このフィット感をもう少し味わっていたいのに。
えー!と間延びした声をあげながら、何とか抵抗してみる。

「でもでもだって、研磨さん気持ちよさそーじゃないっスか!きっと誰かにくっついてたいんスよ。…はっ、それよりジュース!ジュース飲ませた方がいいんじゃないっスか!? 俺のバッグに紙パックのやつ入って――んむっ!?」
「…!」

話の途中で、口が塞がれる。
俺の首周りに腕をかけて微妙に背を伸ばした研磨さんが、何と下から俺にキスした。
再度、俺も招平さんも凍り付く。
…マジか。
緩くはあるが、つかみ合っているような体勢だった近距離での俺らの間で勝手にじゃれついてくる研磨さんという構図はなかなか目の毒。

「…!」

慌てた招平さんが、後ろから研磨さんの脇下に両腕を入れて俺から引き剥がした。
べりって勢いで膝の上から研磨さんが取り上げられる。

「ちょおっ!何するんスか招平さん!俺の極上サービスタイムが!!」

反射的に取り上げられた研磨さんのタイを掴まえ、片手を畳に着いて追った。
顔を詰めより、そのまま研磨さんにキスする。
二回目だし、そもそもキスしたそうだったし、普通に受けてくれたし。
招平さんが片腕に研磨さん抱いたままぐいぐい額押してくるけど、無視する。
ええい、邪魔っスね!
いーじゃないっスかキスくらい!
減るモンじゃないし、研磨さんがしたがってんだし!

「…っ」
「……ぁ…」
「は…。かわい、研磨さん…。あー」

口を開けて舌を出してみせると、研磨さんも真似してくれる。
ぐっと肩を掴んで顔を詰めた。
絡み合う舌とか生々しいが、やっぱ全然イヤじゃないっス俺。
普通にイケるわ。
可愛い。
…てか巧いな。案外。
超気持ちいい。

「やば…。クる、これ…」
「ん…。はぁ……ろ…」

キスの合間に、研磨さんが声を発する。
…あー。
今確実にクロさん呼んだし。
まあいいけど。
耳まで真っ赤で震えてて、目ぇとろんとしてて…。
感じてる顔とか、ホント可愛い。
いつもの拒絶感全然無いし。
寧ろ何その全身から溢れてる信頼感みたいなの。
好きにしてくれ的な?
据え膳とか耐えらんない。
目の前に好物の肉があるのなら我慢などせず美味しく頂きたい。当然だ。
唇から顔離して、真っ赤な耳の上に齧りつく。
形のいい耳の凹凸を、舌で辿る。
粘着音に、ぴくりと研磨さんが震えて肩を上げた。

「気持ちーっスか?」
「…っ、ん…」
「研磨さんエロ…。酒回ってんなら熱くないっスか? 脱いじゃえばどーっスかね」
「――、リエーフ」
「…!」

耳や頬にキスしながら研磨さんのシャツ脱がせちゃえ~とタイを解いた矢先、前のめりになっていた俺の真正面からぽつ…と声が聞こえた。
聞いたことのない奥から来るような低い声に思わず顔を上げると、ぎらりとこれまた据わった目をしている招平さんと目が合……ていうか怒るんだ、招平さん!?
いつも静かな人が怒ると恐いていうけど、今まさにそんな感じ。
急に理性が戻って、さー…と血の気が引いていく。
上から腹んとこまで外して、もうちょっとで全取りだった研磨さんのシャツのボタンからびくりと指を少し浮かせる。

「や、あの…。すんませんえっと…調子こきま――…」
「テェンメェエェエエこの変態野郎ぉおおおッ!!」
「グエッ!?」

更に後ろから首が取られる。
息を詰めながら振り返ると、復活した猛虎さんが俺の首を絞めていた。
確実にテンパっている。
真っ赤な顔で目元に地味に涙が見え隠れ。
しかしそのくせ首を絞めるこの圧。

「死ぬ死ぬ死ぬ!死にますって何すんですか猛虎さん…おえっ!」
「何もクソもあるかああっ!人がトンでる間にダチ襲ってんじゃねぇぞゴルァァア!!」
「勝手に凹んでただけじゃないっスかっ!しかも今も顔めっちゃ赤いし!」
「うるせえ!」
「キスくらいいいじゃないっスかあ!だって研磨さんしたそーだし猛虎さんだって一番にし…」
「うるせええええ!!野郎はノーカンに決まってんだろぅ…っラァッ!」
「ぎゃあああっ!」

首を後ろから絞められたまま、全身で横投げされる。
頭から畳に落ちた俺の尻に、追い打ちで蹴りが入った。
ガチで入れられると、いつも夜久さんがどんだけ手加減して蹴ってくれてるか分かる。
…うあぅ。超イテー。
絶対青痣になる。

「お前どんだけ許容範囲広いんだ!同じ部員に手ェ出してんじゃねえよ!!とっととジュース寄こせっつーんだよジュース!どこだオラ!!」
「ああっ、何もそんなバッグ逆さにしなくても…!」

俺のロッカー前まで行った猛虎さんが、俺のバッグの口を開けて遠慮無く逆さづりにして振る。
中のモノが全部床に落ち、その中の一つとしてオレンジジュース100%の紙パックもぼとりと落ちた。

 

 

…で、ひとまず。
原因のケーキは回収し、いそいそと荷物の中に隠す。
好意で持ってきたのに、とんでもないことになったなー。
まだ微妙に酔っぱらってる研磨さんには頭にタオルをかぶせ、視野を暗くして招平さんの胡座の上でぴったり抱っこされてジュースを飲んでもらうことで何とか落ち着いたけど…。
制服が未だによれよれで、これはこれでなんかヤバい構図な気ぃすんスけど。
写真撮っときたい…なんて思っていたら、正面から身を乗り出して猛虎さんが研磨さんのボタンをかけ直し、雑に制服を直してしまった。
…ちぇ。

「何で招平さんの上なんスかー。俺でよくないっスかー?」
「ざけんな!テメェが一番アウトなんだよ!」
「…」
「えー?」

何か不満っス…。
先輩二人いなければ、もっとあれこれしたかったっスけど…。
まあ、それは次の機会で。
酒が弱いって分かっただけでも、かなりめっけもんですからね。
不満顔をつくってみつつ、密かに喉を鳴らせてみせた。
…ああ、でもこの状態の研磨さんから離れるって、それだけで大損な気がする。

「それ飲ませたらまた横にさせとけ。いい加減俺たちも部活行かねーとサボりになんぞ」
「でも、研磨さん置いていくのヤバくないっスか? 介抱係必要だと思いまーす!」
「だとしてもテメェにゃ任せねーよ。芝山呼んで来い」
「えー」

結局、芝山を呼んできて介抱係交換。
俺たち三人は部活に戻ることになってしまった。
はあ…。
黙々と部活やってはいるものの、さっきと今の時間との格差が逆に興奮するっス。
研磨さん、やっぱ可愛いなー。
実際触ると、またぐっと可愛いっス。
小さくて柔らかくてあったかかった。
…。

「リエーフ!余所見してんじゃねえぞコラーッ!!」
「ん? …ぅおあうっ!!」

猛虎さんの声で振り返ると、明らか顔面狙いでボールが飛んできてて、反射的に後ろに一歩飛び退いてアンダーで受けた。
ボールが高く上がる。
おお…っ。
不意打ちだったけど、我ながらなかなか上手にあがった。
ぽーん…と孤を描いて、理想的にネット傍に落ちていく。
一瞬、いつもその場にぼんやり立っている小柄な先輩の影が、ふ…と目に入った気がして、思わず口端が緩んだ。

 

 

 

翌日。

「おい。昨日誰か、研磨に襲われなかったか?」

部室で無造作にクロさんが放った一言に、俺ら三人がぎく…と凍り付く。
芝山が、きょとんとした顔でクロさんに聞き返した。

「襲われ…ですか?」
「ああ」
「孤爪さん、誰かと喧嘩したんですか? 昨日、体調悪くて帰りましたけど…そこから?」
「つーか、キスされた奴いねえ?」
「キス? 孤爪さんがですか??」
「何でですか?」
「さあな。俺昨日部活来てねーし。何あったかは知んねーけど。たぶん酒入ったチョコか何かを…」

唐突な話に聞こえるらしい芝山に応えながら視線を外し、部室中に散っている部員達をぐるーっと見渡すクロさん。
他の二人みたいに視線を反らすこともできず、呆然としていた俺は、ばちっ…!とクロさんと目が合ってしまった。
何か直感的なもので気付いたのか何なのか、クロさんがはた…と俺で視線を止める。

「…」
「…」

硬直。
チッチッチ…ときっかり三秒後、クロさんがにやりと笑った。
ぞぞぞわっと背筋が震える。
こ、殺される…!?

「…ま、いいけどな。不可抗力だったんだろうから」

血液が硬直した数秒の後、急に興味を失ったみたいに視線を反らし、クロさんはタオルを左肩にかけると一足先に部室を出て行った。
ドッドッド…と心音が早まる。
妙に静寂する部室の中で、ふう…と溜息が三つ重なった。
青い顔をする俺のところに猛虎さんがやってくると、ぽん…と肩を叩いた。

「…今日だけでいい。お前、研磨となるべく喋んなよ。話しかけられた時だけ応えろ。今日だけは空気を読め。空気の存在を悟れないお前には、辛い一日になるだろうが…」
「何で俺だけなんスか…」
「いや。今日は俺も自制だ」

キリッとした顔で言う猛虎さん。
…え。そんなレベルっスか?
招平さん……は、元々喋らないか。
元々猫背な背中が、更に丸くなる気がした。

「うう…。今日って研磨さん先体育館行きましたよね…」
「ああ。行ったな」
「何で恨まれなきゃなんないんスかぁ…。俺ら介抱しただけじゃないっスか…」
「テメェはガッツリ奪ってただろーが!」
「いでっ!」

ガンッ…!と猛虎さんにぶっ叩かれた頭をさすりながら、納得できない頭のまま部室を出る。
体育館までの渡り廊下を歩きながら進んでいくと、進行方向の先に体育館の出入り口が見えた。
そこに研磨さんとクロさんが並んで背中を向けている。
…で、だ。
あの二人が並んでると、うずうずするんスよね、俺…。
何かこう…何かこう、どーしてもじゃれつきたいっつーか…。
自制って言ったけど、言ったけど…。
ぐっと両手で拳を握って、意を決する。
ダメだ。
どーしても構って欲しい…!

「…っ」

タッ…と床を蹴った。
二人の間に飛び込むつもりで駆け出して、そんで息を吸うと、元気よく挨拶をした。



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研磨くんは可愛い酔い方の人ですよね、きっと。
リエーフさんはたぶんお酒強い。
クロさんも大人になったらきっと酒豪。
2014.12.21





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