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頭からかぶったタオル。
右手にはドライヤー、左手にはそのコードを持って、部屋へ戻る。
自分の部屋のドアをノックするのは変だし、今更そんな気遣いいらないから、ドアノブを握ってそのまま空けた。

「クロ。でたよ」

部屋に入りながら声をかける。
いつもならすぐに「おー」とか返事があるけど、今日は無い。
けど、理由はすぐに視覚で確認できた。
俺の部屋はたぶんちょっとだけ広い方。
けど、大体ゲームソフトの積んだやつとか、あと何気に漫画も含めて本が多いし、攻略本も基本厚いし。
積まれているそれらが一回り狭くしている部屋。
壁際にある俺のベッドに、クロが仰向けになったまま眠っていた。


スリーピングビューティ?




今日は、部活がいつもより遅く終わった。
遅くなると、何だか色々もういいやってなって、早く帰れる時より無駄な寄り道とかして帰ることが時々あって、今日はそれだった。
お腹が空きすぎて帰る時まで待てないからって、途中でクロはハンバーガー食べたし、俺もアップルパイ食べたし、そのまま飲み物片手に夜道をぶらぶら、帰り道に昔よく遊んだ公園をワザと通ってみたり、ベンチに座ってみたり、まるで散歩みたいにのんびり歩いておれの家までたどり着く。
ファストフードに寄った段階でクロは自宅に電話をしていて、夕飯はいらないって伝えていたから、きっとおれよりも更に帰ることが面倒になって、本当に近所過ぎるけど、おれの家で足を止めて寄ることにしたらしい。
どれもこれも、時々あるいつものこと。
うちの母さんもクロの家のおばさんも、おかえりっておれとクロを迎える。
そんな仲。

「…」

いつもの通り一番風呂でお風呂から出て、上がってきたらクロがベッドで寝てた。
本当は、クロに先に入ってもらうのがいいのかもしれないけど、クロが先に入ると温度が高くなってて、次におれがすぐ入れない。
熱くてもいや。冷たくてもいや。
ぬるま湯が好き。
…それにしても、お風呂入る前は参考書読んでたのに。
そんなに長湯でもないから、時間にすると十分ちょっとのはずだ。
取り敢えずドアを閉めて、ベッドの横へ歩み寄る。

「クロ。おふろ」

真横に立って言ってみるけど、クロは動かない。
天井を向いて、うっすら唇を開けて目はしっかり閉じている。
いつもよりずっとゆっくり上下する胸。
寝ているように見える…けど、クロは時々いたずらして寝たふりするから信用ならない。
微妙に距離を空けたまま、様子を窺う。

「おふろ空いたよ」

もう一度言ってみる。
無反応。

「ねえ。おふろ。…入らないの?」

更にもう一度。
けど、やっぱり何の反応もない。
そろそろと歩み寄って上から覗き込んでも、無反応。
大体、罠だったらこのくらいで抱きついてくるけど、それもない。
…本当に寝ているのかもしれない。
のろのろとその場に膝を付いて、ベッドの横にぺたんと座る。
ベッドのシーツに顎を乗せてじっと数秒待ってみても、やっぱりクロは動かない。
深い寝息が聞こえてくるだけだ。

「…」

どうやら、本当に寝込んでしまったらしい。
疲れてるのかもしれない。
おれのベッドで、狭くないかな…。
少し心配になりながらも、持っていたドライヤーを音を立てないようにテーブルの上に置く。
いつもやりたがるから髪を乾かしてもらおうと思ったし、おれの家に泊まる以上、いつもは自然乾燥にしているらしい自分の髪も絶対乾かしてもらおうと見張っているつもりだったけど、それ以前にお風呂に入らなそうだ。
夜中、途中で起きればいいけど、そうじゃなかったら朝シャンになるだろう。
ドライヤーをテーブルに置き終わって、そっとベッドに片足を乗せる。
大の字とまではいかなくても、それなりに片腕を開いて寝ているクロにベッドの半分以上は占領されているものの、その伸ばされた片腕の下あたりの空間が空いているから、そこでいいや。
クロを踏まないように移動して、クロと壁の間に場所を見つけ、こっそり横たわる。
場所といっても狭い。
横向きに寝ても殆どクロに密着する形だけど…。
おれのベッドだけど、クロ疲れてるなら、クロが優先。
…耳を澄ますと、すぅすぅと寝息が聞こえてくる。
触れる鼻先と体全体に、ほんのり体温。
ちらりと視線を上げると、クロの寝顔が見えた。
…髪、ぱさぱさ。
片手を伸ばして、そっとその髪に触れる。
頭に手を添えると、もふ…とした。
少し撫でて、手を引っ込める。
なんか…変な感じ。
大きなペットみたい。
…。
思い立って、一度シーツに手を添えてむくりと上半身を起こした。

「…。おやすみ」

聞いてないの分かってるけど、ぽつ…と呟いて、薄く開いている口に上から軽くキスする。
おやすみの挨拶のつもりだったのに、近かった顔を離した頃には、今まで微動だにしなかったクロが呻きながら顔を顰めた。

「…ん~……」
「…」

狭いはずの俺のベッドの上でもぞもぞ動いて、微妙な横向きに体勢を変える。
…体勢が変わるんじゃ、クロが落ち着いてからまた寝られそうな隙間を探そう。

「……」

じっと見守っていると、横向きになってから数秒後、ぱか…と不意にクロが半分くらい目を開けた。
…でも、絶対寝惚けてる。
目、死んでるし。
目の前のシーツ凝視してるし。

「…」
「…」

寝惚けるクロの横で、小さく正座して待つ。
たぶんまだ夢の中だろうから、特に何も反応しないでいると、ぼー…としていたクロの目が、ちらりと力なくおれの方を見上げた。
途端――。

「――!」

ぐおっ…!と片腕が勢いよく伸びて、ビクッと身が強張る。
逃げる間もなく背中に回って肩を掴まれ、まるで内側に突き飛ばされるような勢いで引き寄せられた。

「ぶぱっ…!?」

為す術もなく前方に倒れる。
受け身も取れず、横向きだったクロのもう片方の腕とシーツの間に頭を突っ込んで、少し鼻を打った。
肩から腕は離れない。
さすがに乱暴。
それに、さっき突然上がった腕が、不意打ち過ぎてちょっと怖かった。
遅れてどきどきしてくる。

「…クロ。痛い」
「…」

シーツに沈んでいた顔を上げて言ってみるけど、クロはまた目を伏せて爆睡。
また深い寝息が聞こえてくるだけ。
…。
…何、今の。
寝相…?
間を置いて、とびきり小声で聞いてみる。

「…。寝てる?」
「…」

返事はない。
本当に寝てるらしい。
少し強張っていた体から、ふっと力を抜いて脱力する。
…痛かったよっていうのは、明日にしよう。
仕方ないから、額をクロの脇腹に擦り寄せて、おれも眠ることにした。
…髪。
乾かしてないけど、まあいいや…。

 

 

 

 

 

 

朝練がある時の起床時間は早い。
けど、その日はセットしたアラームが鳴る前に、目が覚めた。
なんか、暑いのとお腹が寒かった。
ぽや…と目を覚ます。

「…」

見慣れた天井。
けど、お腹寒い。
寝惚け眼で目を擦りながら状況を確認すると、相変わらずクロがおれに抱きついて寝ていた。
普通に寝てくれればいいのに、両足の間におれの足を挟んで、片腕がおれのティシャツの中に入ってて、横腹を抱くようにぺっとり横にくっついて寝ている。
ちょうどおれの頭の上にクロの顎がある。
…。
…まあ、いいか。
別にいやじゃないから、そのままにしておく。
またうとうとして目を伏せようとした矢先に、ちょうどアラームが鳴った。
途端に、おれにくっついていたクロが身動ぎする。
もぞもぞ動いて、背中を丸めて離れるんじゃなくてもっとくっついてくる。

「…、ぁー…」
「…」

がらがら、上から寝起きの声。
呻きながらクロがおれをぎゅー…ってする。

「…なに。あさ?」
「朝だよ」
「…。…――? なんで研磨がいんだよ…」
「おれんちだから」
「ん~…?」

言いながらクロの重い腕を退かして、足をすり抜けてベッドから降りる。
降りてから振り返っても、クロはまだベッドの上で寝転がってぼーっとしていた。
がりがりと頭かいてる。
目を開けたり、かと思ったら閉じたり…。

「クロ起きないの?」
「…んー。おはチューしたら起きる…」
「エ…。やだけど」
「…。あ?」
「…」

据わった目で睨むから、面倒くさいけどまた三歩分くらい戻って寝ているクロのリクエストに応えておく。
キスしてあげると、何とか上半身は起こしたみたい。
それを確認してから、顔を洗いに部屋を出る。
少し遅れて、クロも廊下に出てきた。
並んで顔を洗おうとしていたけど、昨晩お風呂に入っていないことを思い出し、そのままクロだけ朝風呂にと浴室へ押し込んだ。
出てくる頃には、流石に目も覚めたみたい。

 

 

 

おれも仕度をしている間に、クロは一度家に帰った。
学校へ行く用意を調えて、クロんちの玄関の方へ向かっていると、目の前でクロが家から出てくるところだった。

「うぃー。おまたー」
「待ってない」

足を止めて、クロが傍に来るのを待つ。
来たら、並んで歩き出した。

「昨日悪ィな。お前んちで寝落ちして」
「別に。…ていうか疲れてるんじゃない?」
「あー。かもなー。時間あったらまた整体行くかー、研磨」
「絶対やだ。関節の音恐い。薬品の臭いきらい。…あ、そうだクロ」
「あん?」
「昨日痛かった」
「…? 何が」
「鼻打った」
「だから何が」

起きるの大変だけど、人が少ない早朝は好き。
駅あたりまでの道は、大体誰にも会わない。
世界にクロだけみたいな気になる。

スマフォを弄りながらいつもより少しクロと近いところを歩いて、片手が空いてたからクロの鞄の帯を掴んだ。
…学校まで、引っ張っててもらおう。



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一緒に寝るとか普通の仲です。
冬とか、寒ければ寒い程一緒にねてそうでほっこりします。
研磨君はキス程度じゃ起きなそうだ。
2014.10.30





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