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複数高が集まる合宿三日目。
…正直、ちょっと苛々している。

 

朝七時。
朝食。
複数校が入り乱れててんでバラバラに合宿所の食堂に入るが、既に用意されている食事のトレイを取って各々飯を盛って適当に広がってる席に着く。
ただそれだけだ。
ただそれだけのほんの数分で、もう早速朝一で苛つくこの瞬間。
無言で俺の後にトレイを持った研磨が、ととと…と傍を離れて、脇目も振らず窓際の席へ向かう。
…。

「…翔陽」
「ふぉう゛!う゛ぉふぁふぉー、ふぇんふぁ!!」
「うん。おはよ」

がつがつ人一倍飯をかき込んでいる小柄な影に近寄ると、その隣にトレイを置き、当然のように隣に座る。
昨日までの二日間。
朝昼晩と、決まって研磨はあのおチビちゃんにべったりだ。
…クソ。
面白くねーな。
しかも――。

「見ーっけ!今日は窓際っスね!!」

タッ…と、俺が座った席の目の前を、遅れて来た嬉しそうなリエーフの長身が通過していく。
同じように持っているトレイを、さっと研磨の正面に置く姿が視界の端に入る。

「研磨さん、ハザーっス!」
「…リエーフ、うるさい」
「日向も!」
「ふぉふぁふぉー、ふぇふぃーふ!」
「あははっ、米粒飛ぶし!」

ごろごろ喉でも鳴らしそうな勢いで、リエーフは席に着いた。
そのまま三人で仲良く飯タイムですか。
ガキども同士仲良く群れてて、実に微笑ましい光景だなクソったれー…って、いやいや流石に大人気ねえっつーの。
朝っぱらから、大概嫉妬深い自分の性格を再確認する。
研磨やチビちゃんや、他の連中と話す時、態度に出ねーよーに気ぃつけねーと。

「…」
「…? どうした、黒尾」

固まってた俺に流石に気付いて、隣に座ってた烏野の澤村がプリント片手に俺に声をかけた。
目線でそっち追ってた自分に気付き、これ見よがしに肩を竦めてにやりと笑ってみせる。

「何でもねーよ」

合宿は楽しい。
強い奴とやるとすげー面白いし勉強になる。
だけど…今年は、何かちょっと違う。
取られ感が半端ない。


双方向ジェラシー




最終日が無事通過して、各々地元に帰る。
それまでの三日間、研磨は烏野のチビちゃんにマジでべったりだったんで、バスの隣の席に座る研磨に少しの違和感を覚えた。
プレイ中や朝晩、宿泊部屋に行けば普通に話していたが、過去の合宿と違って今回は始終俺にべったりって感じじゃなかったしな。
何故か、「よっ、久し振り」って感じだ。
気のせいか、研磨も研磨で俺と目を合わせる回数が少ない。
たった三日で微妙な一線。
それでも気にすると余計に気になるから、敢えて通常を振る舞う。

「研磨、荷物」
「…」

窓際座った研磨が膝にリュックを置いたんで、通路側の俺が片腕でそれをヒロ上げて座席上の荷物棚に乗せてやる。
いつもの流れの筈が、やっぱりちょっとぎこちない。
荷物を置いて席に座り、暫くするとバスが動き出した。
三十分もしないうちにメンバーの大半が寝始め、俺もうとうとしてくる。

「…チビちゃんと会えてよかったな」

一口飲んだペットボトルの茶の蓋締めながら同じく窓際でうとうとしていた研磨に何気なく話題を振る。
嫌味だからな?
そこんとこ気付よ?
…などと思いながら聞いてみるも、ぼーっとしていた研磨は俯いて目を擦りながら頷いた。

「うん…まあ…」
「…」
「てゆーか、クロも」
「…あ?」
「クロも、会えてよかったね」
「…? 何が。誰と」
「烏野と梟谷の、部長の人と」
「…は?」
「だって、仲いいじゃん。すごく笑うし。…ずっとあっちにいた」
「…」

会話しながら正面の飲み物置きんとこにボトル突っ込んだ片手をそのままに、隣の研磨見て固まる。
敢えてだろうが、奴は窓の外を向いてぼーっとしていた。
この数日を振り返る。
確かに、俺は俺であいつらといる時の方が多かったかもしれんが…。
でもそれは部長としての決め事みたいなのがほんと多くて、朝晩は殆どその日の打ち合わせみてーなので潰れて、練習上がりの自主練はだってお前セッターで俺と強化するポイント違ェし、歯ぁ磨く時までチビちゃんと一緒なのはお前だろーが。
大体、夜は気紛れで自主練無視で寝に入るだろ。
…いや、確かに主将組は夜ミーティングあるから夜もっかい集まっちまうし、結果寝る時間も違ェけど。

「…」
「…」

沈黙。
二言三言の会話で、奥まで察せてしまうこの付き合いの長さ。
思わず半眼になって、自分に…つか、俺らに呆れた。
おい…。
マジか。
擦れ違い過ぎだろ、俺ら。
ならもっと甘えて来りゃいいだろ。
来たら来ただけ受け止めてやるに決まってんだろ、ナメんな。
…と思うが、恐らく今研磨も研磨で、似たようなことを考えているに違いない。
"おれといたいならいつもみたいに一緒にいればよかったじゃん…"とか思ってるのが見え見えだ。
そして自分も含めて"馬鹿みたい"と思っているはず。
シートに沈んで、目を伏せると肩から力を抜いた。
それから、ちらっと横を一瞥する。

「…寝るなら、寄っかかるか?」
「…」

間を置いて、のそのそ研磨が右肩に寄りかかってくる。
片腕が重たく温かい。
ほんと、久し振りの感覚に思えた。
くしゃくしゃと片手で露骨に髪を撫でると、研磨にしては珍しく意図的に俺の肩に擦り寄って額を寄せた。

 

 

 

「…。おう、研磨」

学校でバス降りて、解散して帰り道。
夕方っつーかもう夜なんで、辺りは暗くて住宅街じゃ人通りも少ない。
名前を呼ぶと、隣を歩いていた研磨はちらっと俺を見上げた。

「手でも繋ぐか」
「え、何で。やだけど。外だよ?」
「手とか繋ぐか」
「やだ」
「手ーとーかーつーなー…」
「クロしつ……!」

隣を歩く研磨の左手を、右手で野球ボールでもキャッチするように掬い上げつつ包む。
自分の意図せず中途半端に上がった左手にびくっとしたあと、本気なんだか誘いの抵抗なんだか、ゆるーい仕草で俺の手を引き剥がそうと腕を振るう。

「やだって」
「何でだよ」
「やだから」
「別にいいだろ。一緒に帰るとか、ちょっと久し振りじゃん。暗くて見えねーって」
「…」
「手くらいいいだろ。貸せよ」

カッコつけ止めて正直に言ってみると、研磨の抵抗が緩んだ。
久し振りとかって、まあ普通に三日間だけどな。
日常的な接触が習慣づいてる俺らからすれば、十分長い空白だった。
ちょっと強引でもいいから触れてたいと思うのは、たぶん俺だけなんだろうが。
…抵抗を止めた研磨は上げていた腕を降ろすと、じっと繋いだ手を見て、探るように上目に俺を見る。

「…手。あげたら、キスとかしない?」
「あ?」
「今日、帰るときとかずっとキスとかしたそうにしてるから。…目がぎらぎらしてて、なんかやだ」

鬱陶しそうに、ふい…と研磨が目を背ける。
冗談でなく、一瞬ひくっと頬が痙って呼吸がぐっと止まる。
ぞっと血圧が上がる言葉を無自覚に放りやがる。
そんっな分かり易いか?という疑問と、当然だろと突っ込みたい気持ちと…。
"んじゃーリクエストに応えますか!"という悪ノリと。
握ってた手そのままに、空いてるもう片方の腕伸ばして、研磨のフードを掴む。

「え? なに、や……っわ!」

腕振りかぶりつつ、歩いてる道を輪切りにしてる日陰の横道に連れ込むと、その場にたまってた野良猫が数匹一斉に逃げてった。
表の道からは見えねーなと思った段階で、顎を捉えてぱっとキスする。
口開けさせて舌引っ張って、俺のペースでするとすぐに研磨は呼吸が出来なくなるらしく、軽く酸欠になった時点でかくんと膝から落ちる。
落ちかけたとこを腕で受け止めて支え、見せつけるようにいつの間にか真上を向くような形になってる研磨から口を離してやった。
…が、せっかくこれ見よがしに糸引いてやっても、すぐにけほけほ咳してて全然見てる余裕はねーしで…。
研磨らしくてそこがいい。
頭良すぎて視点広くて、情報処理力ハンパなくでけェのに、極力狭い場所でこっそり生きていきたくてどうしていいか分からずに四苦八苦し、選り好んでクソ狭いこの腕の中に留まる。
弱くて、小さい。
小さくあろうとしている。
一本、悪意ある手を加えれば、あっという間に檻の中。
いつでも捻り堕とせる、手中にあるこの存在が堪らない。

「ひとまず、これで我慢してやる」
「…。次外でやったら怒るよ」
「キスで止まってる俺を褒めろよ」

にぃっと笑うと、掌半分包んだ袖で口を抑えながら研磨が疲れたように溜息を吐いた。
幸福感。
…やっぱ腕の中のこの重みが、カワイーなと思う。

 

 

カバンやらバッグやらを持ち直し、素知らぬ顔で表の道に戻る。

「お前だって、チビちゃんとばっか話してただろーが」
「だって翔陽とはたまにしか会えないじゃん」
「その理由俺もだから。…つーか、彼氏ソンチョーしてもらえますかぁー?」
「…。めんど…」

素っ気ない返答。
ぺいっと空かさず頭を軽く後ろから叩くと、ぽふっと軽い拳が横から肩に飛んできた。
にやにやしながらそれを受ける。
…つーか。
ああ、やっぱり…。
俺、こいつがいねーとダメだわ。

どうやら研磨にも嫉妬心なるものがあるらしい。
そいつの存在を確認できたのが、今回合宿一番の収穫かもしれん。



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合宿中は日向君と研磨君が仲が良くてほのぼのしますね。
あんまり露骨に誌面では研磨とベッタリしてない黒さんだけど、策略束縛家公式ですから。
妙に嫉妬深かったり研磨君と比べて子供っぽいところも好きです。
2014.9.13





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