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自分の妙な執着癖に気付いたのは、割と早い方だった。
良く言えば一つのことに継続して長く集中するタイプ。
周囲は割と好感的にそう取ってくれている。有難い話だ。
悪く言えば…まあ、要は偏執家なんだろう。
コレと決めたものは手放せない。
一度習慣付いたら止められない。

猫のピース



自分でも、よくもまあここまでバレー一筋で来たなと思う。
運動神経は悪くない方で、タッパもある。
小学校でメジャーなのはサッカーか野球か陸上だってのに、どうしてバレーなんか選んだのか、我ながら疑問だ。
テレビ着けてて格好良かったスポーツなんてのはザラにある、が…どう表現していいものか。
"カチッ"と填ったのだ。
バレーが。
填ったからには填るしかなく、翌日、早速ボールを買いに行った。
なめてかかって思った以上にボールが高くて家に舞い戻り、両親言いくるめて買ってもらった。
そっからは直線上。
体動かすっつったらバレー。
俺の"スポーツ"枠に音を立てて填ったのが、たまたまこのネットを挟む集団スポーツだった。
それだけだ。
たぶん、本気でたまたまだったろうと思う。
…けど、先述した性格上、填ったからにはもう捨てる気は無い。

 

 

人間の好みも似たようなもんで、填る奴と填らない奴がいる。
彼女はいないし、今んところ特に必要無い。
俺は俺の執着を注ぐ相手を、もうかなりガキの頃から見つけている。

「…。研磨どうした?」

移動中の新幹線。
疲れでも溜まってたのか、ふっと眠りに入っていたらしい。
時計を見れば、寝ていたのは十分間くらいのようだが、その些細な時間で隣の席がいつの間にか空白になっていた。
…さっきまで座ってたアイツはどこ行った。
誰かに特定して聞いたわけじゃねえが、向かい合わせにした座席に座ってた夜久が何でもない風に言う。

「研磨? トイレ行ったよ」
「…へー」
「でも、遅いかもね。ちょっと前に行ったっきりだよ」

夜久の隣に座ってる海が続く。
海の言葉に、思い出したように夜久も同意する。

「景色でも見てんじゃね?」
「まあ、新幹線の中じゃ流石に迷わないから」
「…」

寝起きのたるい頭で数秒間ぼーっとしてから、のそりと俺も席を立つ。
正面に座ってる二人が呆れた様子でこっちを見上げた。

「えー? 迎えに行く必要あるかぁ?」
「大丈夫だって、クロ。もうちょっと寝てれば? 疲れてるんだろ?」
「俺も便所だっつーの…」

告げて、席を離れる。
隣では一・二年組がUNOなんぞやってそこそこ騒いでいたんで、歩きざま軽く山本の頭を叩いて注意しておいた。

 

 

便所がある車両に出ると、ドアの窓際に研磨がぼんやり立って外を見ていた。
高速で移動しているせいで、窓の外の景色から光がこまめに反射し、鬱陶しいくらい前髪や目んところがチカチカしている。
やっぱり寝起きで光に慣れない目を少し細めて、たらたら奴に近づく。

「…おい」
「…? あ…クロ」
「便所済んだんならすぐ帰って来い。何見てんだ?」
「あれ。山」

覇気無く、研磨が視線を窓の向こうに戻す。
なるほど。山が見えている。
生憎、仙台行きなもので富士山ルートではないが、それでも都内では見かけない風景。
今日は晴れてるからか、確かによく見えているようだ。
…ここで俺のその偏執が悪質だなと感じるのは、対象物が景色だろうと、コイツが興味を覚える対象があること自体が、何となく面白くないところだ。
スタンダードな状態で、研磨が圧倒的に自分を取り巻く環境に対して無関心であることが良くない。
それが"通常"でここまで来ちまったから、普通の奴ならちょっと興味や好奇心を持って雑談にする程度のことが珍しく、俺からすればそれが何かコイツにとって特別に見えてしまう。
流石にガチで嫉妬はしないが、なるべく反らしたい。
しかし、それがどんだけ馬鹿らしいことかも承知してるんで、外を眺める研磨の隣で揺れる壁に頭の横を添え、数秒間同じように見てみる。
コイツが興味持つ対象を、自分も好感的に興味を持ってみようと思う…が、如何せん腹が立つ。
ダメだ。
無理だな。苛っとするわ、山。
どうでもいい。

「席でも見れんだろ」
「でも、窓際クロが座ってたから。席だと外見えなかった。おれも、さっきここ来て気付いて」
「起こせよ、普通に。交換してやる。…戻んぞ」
「…!」

一度肩を掴んで、窓から離させる。
しつこくならない程度にすぐに離し、そのまま座席に戻って歩き出す俺の後を、研磨は素直に着いてきた。

「…なんか、クロ怒ってる?」
「何で。怒ってねーよ。寝起きでぼーっとしてるだけだって」
「ああ…そっか。そういや寝てたね」
「そ。…つーか今の流れで怒る要素ねえだろ」
「確かに」

背後から同意する研磨に、また自分の悪質さを思い知る。
いや、あるんだっつーの。
俺には。

 

 

 

「おかえりー。あはは、回収されてきたー」
「遅かったね」
「うん…」

座席に戻ると、夜久と海が研磨を迎えた。
席の傍で一度立ち止まってちらりと横に立つ俺へ目線を寄こすんで、顎で奥の席を指してやると、どこか気後れしつつも今まで俺が座ってた窓際に入っていく。
並びを入れ替えて、俺は通路側に座った。

「外見てたの?」
「うん。山」
「ああ、景色だいぶ変わってきたからね」
「俺らんとこも都内っつってもかなり田舎だけど、流石に山ないもんなー」

夜久に答えてから窓を覗く研磨。
だが…。

「でも、こっち席じゃ、山見られないよ?」
「…え?」

さっきと同じように座席の窓から山を探す研磨に、海が言う。
そう。その通り。
顔色を変えず、胸中だけで頷く。
棒読みで、まるで台本の確認のように、聞き返すだけ聞き返しとく。

「あれ…。マジで?」
「通路の反対側じゃないとね。この路線なら何度か使ったことあるけど、こっちは街並みかな」
「…」
「ああ…、そうか。悪ィ、研磨。そこまで考えなかったわ」

それとなく体を前屈みにして俺の体越しに通路反対側の窓を様子を窺おうとしている研磨に、軽く片手を上げて詫びる。

「もっかい見に行くか?」
「え? …あー、いや……。別に、そこまでじゃない…」
「なら大人しくしとけ」
「…。うん」

山は諦めたようで、研磨は両手の指先を合わせて暫く何か考えていた後、携帯を取り出していつもの暇潰しに適当なものをプレイし始める。
タップ音とBGMが響き始めた。

「音消せ。車内」
「あ…。うん」

注意され、わたわたと研磨がスマフォを操作する。
そこまで見守って漸く何かが一段落ついて、肘当てに頬杖つくと、俺はシートに沈んだ。
そこそこの自己嫌悪が襲ってくるが、慣れたもんで軽くあしい、気にしないことにする。
ちらりと、このボックス席になった空間を一瞥する。
体格のいい俺や海が通路側にいるせいで、さっきと違ってそう簡単に出入りができない。
どっか行くには俺にぶつかるか、一声「どけ」と声をかける必要が出てくるから、今度は気付けばいないなんてことはないだろう。

「…」

安心すると、また眠くなってきた。
実は昨晩、練習試合に向けて色々考えてたせいで寝不足だ。
最後にもう一度横の席に座る研磨を見てから、目を伏せる。
仙台に着くまで、もう一眠りできそうだ。

 

 

 

人間不思議なもんで、目的地が近くなると自然と目が覚めたりする。
未だ嘗て、寝過ごすということをしたことがない。
仙台駅到着前にふと目が覚めた。
無意識だが、電子案内を見る前に、まず横を一瞥する。
…人間の不思議が通らない奴もいるらしい。

「寝ちゃってるよ、研磨」
「…」

窓側に寄りかかって寝てる研磨を見て、奴の正面に座ってる夜久が小さく笑った。
瞬時に、こっち側に寄っかかって寝ろよと思う。
…我ながらすげーとこに苛つくなと呆れていると、駅到着のアナウンスが流れた。

「…おい。起きろ研磨。着くぞ」
「…。んー…」
「おいお前らー。降りる準備しろー」

裏のボックスにも言ってやると、うぃーっすと声が返ってくる。
各々降りる準備をする中で、研磨がのろのろ目を擦って起きた。
その膝に、上から取ってやった荷物を置く。
ついでに、多少乱れてた髪を手櫛で雑ながら梳いてやる。

「起きろ。降りんぞ」
「…うん」
「仙台駅もでけぇからな。次バスだから。はぐれんなよ」
「…うん」
「…。おい、研磨。マジで起きてっか?」
「…うん」

一発、頭を叩いておいた。
フードを掴んで立たせた後、片方の袖を掴んで力ない体を引っ張るように下車する。
一応起きたんだろうが、まだ半分眠ってそうなんで俺の持つスポーツバッグのベルトを一本、掴ませておいた。

「ホント、研磨の保護者だよねー、クロって」
「冗談じゃねーよ」

けらけら笑いながら言う夜久に返す。
保護者なんて、冗談じゃない。
そんな生ぬるいのは、ぶっちゃけ性に合わない。
毎日"面倒見がいい"レベルでの寸止めがなかなかキツイ。

「でも、ちょっと過保護かもね」

海が言う。
この程度でか?
そーでもないだろ。
その実、"飼い主"レベルにまで詰めていきたいと思ってる。
どこまでも俺に頼り、閉鎖的でいりゃいーじゃんと思う。
これが恋かどうかは別として、填っちまったもんは仕方ない。
ピースが、音を立てて組み合わさる音を聞いたんだ。
もう、組んだ場所をバラす気は無い。
他人嫌いの研磨。
執着癖の俺。
相性的にも、俺たちはかなり上々だろうと思う。
傍目見りゃ、恋愛なんぞ、そもそもが填るか填らないかの一点だ。

 

 

駅からバスに揺られて、合宿所のある総合運動公園へ向かう。
一番後ろの席端に座った俺に、当然のように研磨も着いてきて隣に腰掛け、そのままうとうとし始める。
他の奴らはまだ元気そうだ。
公園着いたらすぐ練習できそうだな、これ。
研磨さえ起きてれば。

「…。おい、研磨」
「…?」
「寄りかかるならこっちにしろ。他の奴に迷惑かけんな」

携帯弄りながらそれとなく言うと、素直にのたのたと左肩に寄っかかってくる。
一度肩に寄っかかって、癖なのか何なのか、少し鼻先を押しつけるように落ち着ける場所を探してぐりぐり擦り寄り、気に入った体勢を見つけるとそこに安定して寝始める。
じんわり密着する体温が熱い。
男に"可愛い"の単語使っても違和感ないくらいガキの頃から一緒にいるせいか、コイツ相手に可愛いじゃんと思うことが、妙に癖になってて今も抜けない。
ここで、再度自分に呆れて窓の外を見る。
高三。受験生。
人相はいい方じゃねーけど、自分で言うのも何だが文武両道でハイスペックだ。
女子から告られることも少なく無い。
基本器用で、大体のことは苦労無しでそこそこいける。
…のに、俺はもうかなり早い段階でコイツに片足引っかけてて、コイツを填らせておくことにおいて馬鹿らしいくらい夢中になっている。
この歳で野郎の幼馴染み相手に束縛とか…。
すげーなと思う。

(…。終わってんな、俺)

窓枠に頬杖を着き、密かに息を吐く。
新幹線程、景色はぶっ飛んではいない。
たらたらとバスが走る。
新幹線より振動があって、ちょっと位置がずれる度に、夢見つつ研磨が鼻先を腕に擦り寄せる。

コレと決めたものは手放せない。
当面、俺はコレを手放すつもりはなくて、だからマーキングにしては弱いが、爆睡する研磨の腹に自分のジャージひっかけてから改めて窓の外を見た。



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黒さんは絶対束縛家。
研磨君があの性格のままっていうのは黒さんが要因だと思う。
萌えます。
2014.6.5





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