一覧へ戻る


クソ暑くて忙しい夏休みが終わり、9月にもなれば、風も多少は涼しくなってくる。
そうなると、毎年恒例である研磨の夏バテもだいぶ軽くなってきて、部活帰りに寄ったファミレスでフツーに和食膳を注文すれば、テーブルを囲んでいた連中にどよめきが起きた。

「おお…!研磨さんが普通にご飯頼んだっ!」
「マジ!? …うおー!ホントだ!」
「夏バテ治ったんですかー?」
「よーやくか!オラ、研磨。ダンジキしてた分メチャクチャ食えよ!足りんのか? もっと頼んどけって!」
「よかった…。研磨がドリンクバーとかだけじゃないとか、それだけでスゲー安心できるわ…」
「もうそんな季節かぁ」
「…」

左右正面どころか後ろの席に座ってた一年二年も含め、それこそ360°の角度から言われ放題の研磨は、集まる視線も何のその。
ガン無視でスマホゲームを続けている。
真横で画面タップしながら黙々とゲームしてる研磨に、テーブルに頬杖付きながら何気なく問う。

「お前、食欲戻ったの?」
「すこしね」

研磨がぽつりと答えると、再び連中に「おー!」と謎のどよめきが起こる。
…無理もない。
夏場の研磨のバテさは伊達じゃない。
元々暑いのも寒いのも苦手な研磨だが、今年は特に暑かった。
感覚普通の俺らでも熱中症や夏バテになるしぶっ倒れる奴もいたんだから、研磨が無事なわけがない。
試合前はこれでもかという程、海や夜久が生活スケジュールや献立を練って俺が見張ってコンディションを無理矢理整えさせたが、それ以外はというと、お前それもう仙人にでもなれんじゃね?くらいの勢いで水分と少しの果物しか口にしなかったりした。
勿論、人間そうはいかないんで結局涼しい夜とかに夕飯は食べているわけだが、昼メシや帰りの買い食いが極端になくなり、俺は兎も角として連中の目には研磨がメシ食ってるところをなかなか見かけなかっただろう。
どうやら、暑すぎるとメシ食う気力が根こそぎ無くなり、その時間は寝に入るらしい。
どうにかして夏場の研磨に栄養を摂らせるというのは、ウチのチームの課題でもあったわけだ。
食事らしい食事を見て食欲が萎えるというのなら、アイスやスポドリや栄養ドリンクになるわけで、よくコーチや監督に栄養ドリンクを無理矢理押しつけられていた……というか、毎日の練習メニューの研磨の欄にだけ、三日に一度は「栄養ドリンク」という項目があった。
すげー微妙な顔で眉間に皺寄せて、体育館端でコーチに睨まれながらちびちび舐めるように茶色い瓶を傾けている姿もそろそろ見納めか…。
去年今年と人一倍研磨を気にかけていた夜久が、妙に浮かれたノリで俺に向く。

「研磨が食欲あるんじゃ、海鮮丼とか回転寿司とか行けばよかったな。次はそうするか、クロ」
「んー。そーだなー」

頬杖付いたまま気のない返事が口から漏れる。
夜久に返事をしながらも、目線はゲームを続けている研磨を見ていた。
最近、極端に涼しくなってきた。
暑さ寒さも彼岸まで…なんて、昔の連中はよく言ったもんだ。
暑い日々が終わる。
気温が下がるのに比例して、研磨の夏バテも食欲が戻るくらいには回復。

――となれば、だ。


猫二匹




「今日はセックスをします」

研磨が遊びに寄った部活帰りの休日。
早速遠慮無しに人のベッドにダイブして携帯ゲームを始めている研磨へ、部屋のドアのところに立ったまま両手を腰に添えて本日の予定を宣言すると、きょとんとした猫目が真っ直ぐ俺を見上げた。

「え…。やだけど」
「反論は受付けませーん」

真顔で拒否る研磨に、俺も俺で断言する。
暑いのが嫌いな研磨だ。
クーラーが効いていたとしても、他の季節よりも人にくっついてくる頻度が格段に落ちる。
ただ抱き締めるだけでも「あつい…」と一言で押し退けられる。
元々の好みもあり、大方の予想を裏切ることなく夏場に研磨に体を求めても他の季節の3倍くらいの頻度で拒否られるんで、精力有り余ってる通常高男の俺としてはかなりおあずけを喰らう季節だった。
これが別にどうでもいい奴相手なら多少強引に迫って発散できるしセフレ見つけるとかいう手もあるが、そっちの逃げ道が選択肢にないくらいには研磨が可愛い。
研磨とガチの関係になって以降は、どんなに拒否られて苛々しようが浮気の"う"の字すら思い立ちもしない。
だからこそ、言葉にならないコミュニケーション不足にいい加減我慢も限界だ。
後ろ手にドアを閉め、ベッドに乗り上げようと膝をあげれば、研磨が嫌そうに横にずれていく。
思わず、ぐわしっ…!とその頭を片手で掴んで止めた。

「逃ーげーんーな」
「…いたい」

ぐりぐりと指に力を入れたり入れなかったりを繰り返しながら、寝ている研磨の横に横たわる。
その手からゲームを取り上げてベッドヘッドに置くと、頭掴んでいる手を離してスポーツマンらしからぬ細い肩と腰を抱き寄せた。
研磨の匂いが鼻孔を通って一気に欲情する。
だが、額にキスしてやっても研磨の方は鬱陶しそうに腕の中から俺を見上げた。

「…なんで急に」
「ナンデって、お前夏バテ終わったんだろ?」
「終わってない。まだだるい」
「軽くなってんだろーが」
「この間したし」
「ざっくり三週間前だよな、ソレ。果たして"この間"かっつー話になるぞ」
「…。クロげんきだね」
「そーだよ。相手しとけ。仕舞いにゃグレんぞ」
「…」

頬やら首やら髪やらに鼻先を寄せてキスしまくっていると、最初こそ身動ぎしていたが次第に諦めがついてきたらしい。
大人しくなったかと思うと、すり…と一度俺の首筋に顔を寄せて擦り寄ってきた。
そんな些細な仕草でも久し振りで、ぐっとくる。
自然としたキスは嫌がりはしなかったんで、よしじゃあイケんなと思いながら研磨のシャツの裾から手を入れて肌を撫でる。
…が、たっぷり唾液混ぜて遊んだ舌を離せば、研磨が濡れた唇で告げる。

「…入れなきゃだめ?」
「あ?」
「だって疲れるし。合わせて擦ったりとか、それくらいがいい。…ていうかこのままでいい」
「…えー」

半眼で思いっきり不満たらたらの声を出してみる。
俺としてはホントそろそろ研磨切れ間近なんで充電したいところなんだが、相も変わらずのセックス嫌いだ。
ある程度涼しくなったとはいえ、いきなりごろごろ真冬な感じで甘え出す訳もない…か。
…てか、真顔でやだとか言われるとそれなりに傷付くんだっつーの。
こうやってくっついて寝転がってるのが嫌な訳じゃないが、この程度の接点はいつも通り過ぎて特別感なんざ何一つ無い。
むぎゅーっと力任せに研磨を抱き締めて足を両脚で挟み込み、背中を丸めて微妙に左右に揺らす。

「やりましょーよー、研磨くーん。可愛いお前が見たいなー」
「…。クロってさ」
「あ?」
「たまにツンデレっぽいよね」

俺の腕の間と胸にガッチリホールドされてる研磨が、ご自慢の濁り無い目で真っ直ぐ俺を見て言い切る。
…今更何を言いやがる。
真顔で、きりっと鼻先の研磨に返す。

「そりゃツンデレだろ。ドコをどー見ても」
「そうなの?」
「そ。お前とはタイプ違ェけどな」
「…みんなといると、その中でクロは大人っぽい気がするのにね」
「ま、その辺には定評があるからな」

裏のない素直な感想に、思わず小さく笑う。
確かに、集団の中にいる時は今とは随分違うだろう。それくらいの自覚はある。
まあ客観的に見ても落ち着いてる方っつーか、熱いは熱いが冷めてるっちゃ冷めてる方で、研磨程シャットアウトじゃあないが、アレコレ無闇やたらと興味を持つタイプでもない。
大凡、外からの印象としてはコワモテだが案外イイ奴的な人間なんだろう。
目付き悪ィしな、俺。
タッパもあるし。
今まで付き合った女子がいないわけじゃないが、そん時も女相手にそこまでベタベタ甘えたことは無い。
寧ろ引っ付いてくるのを受ける側だったんで、俺からってのは本気で無い。
大体、今の体勢だって傍目かなりキツイだろう。
身長190近いDKが、ベッドで相手抱き締めて「ヤりましょーよ」とか低い猫撫で声でじゃれついてる現状。
いつもの自分を知ってる手前、俺自身でも時々ウゼェなコレと思うようなことも、研磨相手だと躊躇いもなくなるからおかしな話だ。

「ツンデレがデレてんだから、構っとけ」
「うーん…」
「お前の前だけだぞ、おら。嬉しいだろ?」
「…」

ぼー…っとしている研磨の顔の左右に手を添えて、わしゃわしゃと髪を乱したり親指で目尻を左右に微妙に伸ばしてみたりする。
そのうちそれが気に入って、釣り目にしたり垂れ目にしたりしていると、もうやだとばかりに手から逃れて俺の胸に顔を押しつけて逃げに入る。
顔を弄られないように俺のシャツにぐりぐりしながら、研磨が更に背中を丸めた。

「…んー。…じゃあ、やろうかな」
「お」
「一回だけね」
「それどっちカウント?」
「おれもクロも一回ずつ」
「二回」
「やだ。一回」
「じゃあお前は一回で俺が二回」
「やだ、疲れる。クロが二回じゃどうせおれそれより多くなるじゃん」

妥協がねえなオイ。
俺の首筋にごろごろ甘えながらも妥協がねえところがスゲーよな…。
…まあ、面倒くさがり屋な研磨が、汗でベタベタんなって疲れるセックスを俺とだけならしてもいいってところに、既に愛は感じるわけだが。
は…と諦めた様子で冗談交じりにいかにも落胆めいた息を吐く。

「あっそ。…じゃ、しゃーねえ。お前をスゲー長引かせるか」
「…」
「何だよ。一回がいいんだろ?」
「一回で終わす気ないよね」
「俺がイかねーうちにお前に強請らせる自信はあるね」
「クロ不感症なんだよ、きっと」
「お ま え が、溜め過ぎてるっつーの。…つーかお前の条件呑んでやるから、今日は口でゴムつけて」
「別にいいけど…」

気怠そうな声とは裏腹に、ぽかぽか日和に寝に入る直前のような気持ちよさげな顔で丸まってる研磨に気分を良くして、俺も目を伏せてひとまずその体温を腕で感じる。
一応やると言ったからには付き合ってもらう気は満々で、もう逃がすつもりはない。
しばらく二人してくっついてごろごろしてやれば、やがて飽きたのか満足したのか、研磨がふいと顎を上げた。
他人の視線が苦手なくせに、自分が気に入って慣れた誰かを見る時といえば無遠慮に直視しやがる。
…とはいえ、十年来の付き合いだ。
瞬きせず、じっと俺を見上げる視線にも慣れたもんで、真正面から受けて立つ。

「…」
「何だよ?」
「クロって、ねこみたいだよね」

真顔で言うもんだから、思わず吹いた。
言わずもがな、見た目性格行動仕草と誰もがそれを連想するのは他ならぬお前自身だろうに、自分のことは棚に上げて人にくるか。

「俺が猫っぽいって?」
「…笑うとこ?」
「いや、笑うトコだろ」

にやにや笑っている俺に不思議そうに研磨は首を傾げる。
コイツが猫っぽいのは、ちょっと付き合えば誰だって分かるだろう。
勝手気ままは猫の本分。
例えば俺も幼馴染みとして研磨と当初から付き合ってなけりゃ、先輩だろうが部長だろうが関係なく、コイツから避けられていただろう。
コイツ以上に自由で気分屋な扱いづらい奴はなかなかいない。
だが有難いことに昔からの付き合いで、俺に気を張ることはない。
気を許した奴とそうでない奴との差が激しいそれ自体は性格の善し悪しだが、"気を許された側"からすれば、ある種特別階級みたいな気がして気分がいい。
人間だれしもそういうところがあるもんだが、研磨はそれが極端だ。
だからいい。
…因みに言っておくが、実のところ俺もそれが極端なタイプに属する。
だが、万人に分かり易い研磨と違って、俺は早々その辺の連中に"猫っぽい"などと例えられることはない。

「あー。そーだなー。俺が猫っぽいとして、だ。それを知ってんのは」
「…!」

研磨の脇下へ両手をそえて、身を起こしながら小さなガキをそうするようにぐいっと抱き上げる。
ベッドに胡座をかいた俺の足の中に足を下ろさせ、目線を俺の高さに合わせるようにした。
明るい色した瞳の中に俺だけが映ってんのが、案外好きでちょいちょいこうする。
顔を寄せて鼻先を合わせた。
一瞬触れるだけのキスをして、またその猫目を覗き込む。

「マジで地球上でお前だけだわ」
「…。そうなの?」
「そ」
「ふーん…」

興味の無さそうな声に再び苦笑する。
ヤってる最中でもない限り、研磨が恥ずかしいだとか何だとか感情的なもんで赤面するようなことは滅多にない。
だから本気で照れてる時やら嬉しい時なんかは、そりゃもう"何? 普通ですけど"ってな顔で、いつもは素直に見れるような奴相手に目線だけちらりと横へ逃げる。
丁度今みたいにだ。
…数秒間放置してみて、にやにやと研磨の珍しい照れ具合を楽しんでから、満足したあたりで腰を下ろさせた。
しつこく髪を撫で回してぐしゃぐしゃにしてると流石に鬱陶しくなってきたらしく、軽く手を払われてついでに爪先で手の皮膚を薄く引っ掻かれる。
ぴり…と奔る痛みは既に軽い快感ですらある。

「…」
「…」

特に促すわけでもなく、再び目が合うのをじっと待った。
反らしたときと同じように、ちら…と横目で交わった視線を、多少にやけて更にじっと見詰める。
…数秒後、再び研磨が脱力して視線を反らした。
それを一方的に合図と取って、にっと笑って頭を片腕で包むように撫でて、上からキスしてカーテンを閉める。
何度かキスした後、バンザイさせて服を脱がす。
ずぼっと首を抜いたところで、黒い布団の上にぺたんとやる気無く座り、ぽっかり浮いたような白い上半身で研磨がぼんやり口を開く。

「みんなには内緒なの?」
「あ? 何が」
「猫っぽいクロ」
「んー」

腕を伸ばして研磨の腰を抱き寄せ、組んだ胡座の上に座らせながら少し考える。
生まれもっての財産である長身のおかげで、研磨くらいの身長ならジャストフィットだ。
…たぶん、内緒とか内緒じゃねーとか、そういう話じゃねえだろ。
ただただ"大切なダチ"ってのは何人もいる。
幸い、今んとこいい人生で部分部分の分岐点においては七割勝ってる実感がある。
周りにいる連中も気のいい奴が多いし、チームメイトも相当いい奴らだ。
…が、そいつらが自分の意思で俺から離れようとすることがあるとして、追っていって捕まえるかと言われると、相手の人生邪魔するまで追いかけるつもりはない。
だが、目の前のコイツは…。

「…」
「…? なに?」
「内緒っつーか…お前相手以外で猫モードはなんねーから」
「そうなの?」
「そ」

横向きで少し倒れ気味に俺の胡座の中にいる研磨を見下ろし、にやりと笑う。
逃げたら、追いかけて追いかけて、意地と根性で何が何でも捕まえる。
つーか、まず逃がさねえ。
実際、逃がさねえように色々と詰めている。
そーゆー…プライド放り捨てられたりドン引くゲスさだったり、研磨相手だからこそ見せられる本性ってもんもある。
御託はいい。
とにかく今日は、一夏越えていい加減研磨切れだ。
ベタベタしたいし、キスしまくって舐め回してどろどろにさせた挙げ句に俺しかいないとばかりに助けを求めるよう名前連呼させてその後一緒に寝たい。
犬に例えられる程献身的ではなく、狼と呼ぶには甘ったるい。
日頃怠け者ぶってる、身近で小さな獣が的確だ。
…指先で研磨の鼻先をちょんと突く。

「だがまあ、俺もってんならお前と合わせて猫二匹だ。ごろごろすんのが普通だろ。…毛繕いしてやりますよー」
「えー…。クロ時々噛むんだもん」
「嬉しいだろ?」
「嬉しくないよ」
「お前だって人の背中で散々爪研ぎすんだろーが。夜久がキレっからやめたげて」
「クロが飛ばすからだよ」

胡散臭そうな顔で俺のことを見ている研磨に顔を寄せ、甘ったるいキスをする。
面倒臭そうなくせして、抵抗しないどころか乗ってくる三毛猫に気をよくし、何度か繰り返した後で早速首横に歯を立てず甘く噛み付く。

三週間越しの見知った皮膚は甘く感じて、それこそ舌で毛繕いでもするように細い首筋を上へのぼった。



一覧へ戻る


研磨くん夏バテしそう。
冬は冬でクロから離れなそう。
黒研は本当に何かもう…本当にいいですよね。何かが。
2015.10.6





inserted by FC2 system