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「ネ」
「ズ」
「ミー」
「ラーンド!!」

イェー!と、手を打ち合う音が、青空の下やけに響いた。


猫に鈴




門前で片腕上げてはしゃぐ一 二年。
それなりの数いる比較的長身の男子高校生の集団。
しかも私服。
内、何人かはずば抜けて長身だとかモヒカンとかパツキンとか、ぱっと見ガラは良くない。
そこにおふくろ役の夜久が指差して注意する。

「こらー!騒ぐなっつってんだろ!!まだ入ってもいねーってのに何なんだそのテンションは!」
「チケット配るよー。自由行動だけど、集合時間は必ず守ってね」
「リエーフは特に早く来てろよな。目印になるから」
「えー? それを言うなら夜久さんだって目印になりますよー。正反対の意味でですけ……ふごっ!?」

ズバシッ!とキレーに夜久の蹴りがリエーフの尻に決まる。
最近安定してきた一連の流れを見送ってから、肩を竦めて横を見た。
こんな時でも、研磨はスマフォだ。

「お前も、迷子になるなよー」
「ならないよ」
「けど一応、鈴つけとくか」

ポケットから、文字通り鈴を取り出す。
俺所有の銀色のごついキーホックに、金色の典型的な鈴が赤紐で一つ通してある。
それを片手に、左手でべろんと無造作に研磨のシャツの脇腹を一度上げ、パンツのベルト通しにカチリと通した。
シャツを元に戻す。

「ほいよ」
「んー」
「…。なにソレ」

いつの間にか俺たちの方を見ていた夜久が、ぽつりと聞いてきた。
その目が、やけに遠い目をしている。
奴の一言で、周りにいた連中の視線も一気に研磨の鈴に集まった。

「これか? 迷子防止装置」

少し得意気に、指先で研磨の腰横の鈴を揺らす。
チリン…と澄んだ音が響いた。

「装置って…鈴じゃん」
「研ママ直伝。…ちっさい頃、ここで盛大に迷子になったんだよなー?」
「覚えてない」
「あー…。なりそーだなオマエ…」
「そらもー探しまくってよー。今よりずっと細くてチビだったし、ほっとくと確実に攫われるか死ぬかしそーで…。俺まで半泣きだったぞ。そん時の夏の想い出といやァ"研磨が迷子で死ぬほど探した"オンリー」
「…クロ大袈裟」
「バカ、マジだって。律儀に日記に書いたかんね、俺」
「確かに、子供は迷うよね。大人でも迷う時あるから」
「しかも近場過ぎて、あんまり来ないもんなー。特に俺ら土日も部活だし」
「クロさんにあんま迷惑かけてんじゃねーぞ、研磨。…クロさん。たまにゃ俺らで面倒見ますか? …なあ?」

他人を気取って尻尾向けてる研磨の隣で、山本が俺に任せろと言わんばかりに自分を示す。
山本に同意を求められ、福永もじっと俺の方見て一度こくりと無言で頷いた。
更にリエーフが無遠慮に挙手する。

「ハイハイ! 俺も!俺も研磨さんと回りたいっス!!」

…いやいや。
ジョーダンじゃねーから。
気持ちはメチャありがたいが。
研磨もウザそうな顔してることだし、軽く片手を上げて拒否っとく。

「別にいーって。気にすんなよ。目の届く範囲にいてくれた方が俺も気ィ楽だしな」
「そーっすか?」
「…はあ」

夜久が俺の隣で密かにため息を吐く。
どっちかっつーと今回は俺にではなく、一 二年に向けてっぽい。

「とにかく、迷子になるなよー。研磨もクロから……て、あれ!? いねえ!」
「あっち」

本気で見失ったらしい夜久とその他数名がぎょっとするが、そんな連中より少し離れた場所にある花壇の方に移動していた研磨を親指で指差す。
慣れたもんで、俺はというと会話しながらも研磨の姿を目で追っていたんで見失うことはなかった。
辛うじてな、辛うじて。
油断するといなくなるが。
呆れるメンツを見回して、両手を腰に添えて吐き捨てるように間延びして言う。

「ほらみろーい。始まりましたよー」
「うわ…。お前ホント大変だな…」
「まあ、アイツの紐持ちは任せろ。お前らも集合時間遅れんなよ?」

解散の合図をして、散り散りになる。
分担してファストパス取りに駆け出す奴もいれば、のんびり近場から攻める奴も、いきなりショップに入る奴も、パンフ開いてルート確認からする奴も。
そんな連中を一瞥して個性を確かめてから…一応、今後の参考にもなるしな…、花壇の傍でぼーっと立って花を見ている研磨に歩み寄る。

「ぅおーい。どしたー、研磨ァ」
「卵がある」
「あん?」

近寄っていって研磨の横に立ち、花壇の植え込みを覗き込む。
葉っぱの影に隠れて、マスコットキャラクターの卵形したモノがそこに置いてあった。
…とはいえ、今はイースターではねえし。
第一、俺はこれを見たことがある。

「ああ…。こりゃ土産ものの空箱だな」

ひょいと取り上げて、卵の腹を開く。
中は空洞だが、元々はそこに飴だかチョコだか入っていたんだろう。
少し寄って、空洞を研磨に見せた。
俺的には、少し低めに腕を下げて見やすいようにしてやる。

「ほらな。ここに何か入ってたんだろ」
「ふーん」
「しかしよく見つけたなァ、お前」
「さっき、光って見えたから気になった」
「へぇ…。んじゃ、遊びついでにこの土産モン見つけたら、俺らも買っとくか。何かの縁だろ」

片腕でわしゃわしゃと隣の髪を撫でる。
指を離すタイミングで、真っ直ぐ俺を見上げた。

「そうする」
「おう。見つけたら俺にも言えよ?」
「分かった」
「つーわけで…。ぼちぼち俺らも行きますかー。研磨、今日SPS持って来てっか?」
「持ってる」
「んじゃ、並ぶのも平気だな。…つーことなら」

他の奴らからかなり出遅れて、パンフ広げながら歩き出す。
俺の後から、チリン…と小さく鈴の音が聞こえた。
歩く度に鈴の音。
街中じゃ目立つにしても、夢の国じゃあそこまで気にする奴もいない。
鈴付けは割と気に入っている。
行動の把握がしやすくてマジでいい。
それでも距離が開いて鈴の音が遠くなれば、振り返って目視確認する。

「おい、研磨。あんまうろちょろしてんな。こっち来い」
「ああ…。うん」

チリンチリンと音のする小気味いい紐を着けて寄ってきた研磨の首を、軽く片手で撫でてやった。
遅れて、にっと笑う。
不思議そうに研磨が俺を一瞥した。

「…何?」
「デートスポットど真ん中」
「その他大勢いるけど」
「あいつらはいないものと思え。…よーっしゃ。行くぞー」
「…。手は、たぶんいきすぎ」

ぐっと研磨のちっこい手を握ったが、揺れる尾のようにしなやかにその手が逃げた。
いきなりアウトで眉を顰める。

「あー? 別にいいだろ。兄貴と方向音痴の弟設定」
「高二だからね、弟。ブラコン過ぎる。兄貴とひとつしか違わないし」
「年子」
「似てない」
「どーでもいいよ。繋げよ」

少し強めに言ってみると、研磨が口を結んで迷惑そうに数秒考える。
それから、妥協点として細い指先で俺の袖を握った。

「これくらいならいいよ」
「つーかそれ結構腕上がってっから、二の腕疲れるぞ、お前」
「…」
「やりたきゃやれば? 筋トレ混じりで。偉いなー研磨~」

俺のアドバイスに諦めるかと思いきや、無言で、す…と研磨が袖から指を離し、今度は俺のシャツ後ろを抓む。
…いや、別の場所にしろって話じゃねーんだよ。
手を繋げよ。手を。

「…どーしてもアレか。拒否か」
「拒否」
「…」
「ホテルの部屋行ったら握ってもいいよ」

ホテルという単語にぴくっと耳を立てる。
普通に日帰り出来るが、そこは泊まってこそのネズミーランド。
一泊するのは始めから分かってることで、今更それがどーしたって話なんだが、それでも単語だけで何故かテンションが上がるんだから単純だ。
部屋割り担当の夜久がすげー嫌がってたけど、ごり押しで俺と研磨を相部屋にさせた。
当然だろ。
…ので、今夜は今夜でお楽しみがある。
ま、それ言われるとな。
片手を顎に添え、折れてやろっかなーという気になる。

「ふーむ…。そんじゃまァ、夜に免じてここは俺が妥協してやるか」
「そうして」
「んじゃ、近場から攻めますかねー」

改めて地図を持ち直し、歩き出す。
俺のシャツの後ろを掴んでいる研磨は、どうやら飽きるまで本気で俺の服を掴んだままでいる気らしい。
歩く度に適度な重みを感じつつ、取り敢えず最寄りのアトラクションから攻めることにした。

「…。あのさ」
「んー?」

二 三カ所、アトラクションを乗り終わり、早速過ぎるが移動ついでに軽く計画と腹ごなし。
歩きながら地図見て飲みもんのストロー咥えつつ曖昧に返答していると、両手でチュロスを持って傍にくっついてきている研磨が、食いかけのそれを見下ろしながらぽつりと口を開いた。

「前、心配させてごめん」
「あ? 前?」
「小さい頃」
「あー。入口ん時の話な。いーって別に。…つーかお前、ここ来る度謝ってね?」
「うん。思い出すから」
「ゲート前じゃ、覚えてねーって話だったよーな気がしますけどねー?」
「あれうそ。覚えてるよ。クロ泣いてたし」
「あーハイハイ。お前見つけた時だろ? あんまガキの頃から泣かねー方だったんだが…。なんかやたら怖かったしな、お前いなくなるとか。当時からお前がちょろちょろすんのは分かってたし、"面倒見ろよ"って言われてたはずなのに、目ェ離した俺が悪ィし」
「帰りとか、ずっと抱っこされた」
「抱っこは言い過ぎだろー。手ェ握ってただけだろ。…ま、気にすんな。てか、ちょいこれ持ってろ」
「ん」

地図を広げるのに邪魔な飲みもんを、研磨に手渡す。
片手で受け取って、ついでにそれを飲まれている間に、地図を裏返してまた折り畳む。
…で、また片手を差し出す。

「サンキュー」
「うん。…それでね」
「おう」

少し量の減った飲みもんを受け取ってストローを咥えた俺を、研磨がじっと俺を見上げた。

「おれ、もう大きいし迷子とかならないから…。クロ泣かないでね」
「…は?」
「ちゃんと、クロのとこいるから」
「…」

冗談でも何でもなく真顔で告げる研磨に、ストロー咥えて地図見たまま数秒固まる。
その猫目が曇りも無く澄んでいて、どうやら本気で言ってるらしい。
一通り飲み終わって喉が潤ってから、口を開けて離した。

「…。あー…」

なんと反応して良いやら…。
決めかねて、結局、感情ストレートに行くことにする。

「つーか迷子とか…。ならせねーし?」

怒るとこでも無いのだが、人曰く、真面目臭く言うといつも苛っとした声に聞こえるらしい。
ふとそれに気付いて、声質柔らかくしてフォローしとく。

「お前も、あんまちょろちょろすんなよ?」
「…ん」

研磨がどう聞いたかは知らないが、間を置いて、僅かに頷くのが横目で見えた気がした。
ついでに、ぼちぼちに空いていた距離を、研磨の方から少し詰めてくる。
…動きに合わせて、チリン…と鈴が鳴った。
無意識に片手を伸ばしてその髪を撫でると、擽ったそうに身を捩った。

「クロ。これ、一口食べる?」
「食う」

差し出されたチュロスを齧ろうと少し背を屈める。
近づいた顔。
チュロス齧る為につけた角度がまずかった。
無意識にそのまま研磨に顔を寄せそうになって、ぎくっとする。
…外だな。そういや。
つか、めちゃテーマパークど真ん中だ。
流石に無い。

「…、砂糖ついてんぞ。研磨」

胸中舌打ちしつつ、チュロスを研磨の手から奪って、入れ違いにまた飲みもんをその手に持たせる。
空いた片手の親指で、砂糖が付いてる口元を拭ってやった。
目を伏せてされるがままになってる研磨から指を離すと、また澄んだ猫目がじっと俺を見上げる。

「…。今、キスしようとしたよね」
「んー? してねーよー?」
「ぎくっ、てした」

ふ…と目元を緩ませて、珍しく研磨が笑う。
じゃれ合い半分に、とん…と軽く肩で肩を押してやる。
身長違うから、どっちかっつーと俺が当たるのは二の腕だが。
かなり加減したが、やっぱり研磨はよろ…と少し横に蹌踉けたが、すぐに体勢を立て直してやっぱり珍しく僅かに笑ってる。

「誰かさんがガキみてーに口に砂糖付けてっから、取ってやろーとしただけですー」
「舌で?」
「最初っから指ですよ。何を仰っているんですか研磨クン」
「うそ」
「ウソじゃねーよ」
「チュロス返して」
「やーだ」
「全部食べたら怒るよ」
「じゃあ残り一センチ残しゃいーんだな?」
「クロ。怒るよ」

苛つき顔が困り顔になられる前に返してやる。
突き返すように俺の飲みもんを寄こし、慌てて両手で受け取って残量を確認する姿が可愛くてにやけてきそうだ。
肩を竦めて、白状するようにため息を吐いた。

「ちょっと思ったけだっつーの。愛されてて嬉しいだろ?」
「時と場合弁えてね」
「お前がかわいーこと言ったりやらかしたりすっからだろ」
「何それ。意味分かんな……っ!?」

言ってる傍から転ける研磨。
反射的に左腕を伸ばし、ぐっとその後ろ首にあるフードを、なるべく"ぐえっ"とかならないように手のひら全体で大袈裟に掴んだ。
足下に残り少ないチュロスが落ちて、ぶらん…と研磨の腕が下がる。
一応ドキバクはしているらしく、ぱちくりしてた目が、数秒後にはおずおずと俺を見上げる。
にぃ…と得意気に笑ってやった。

「ほーらみーろ。かーわいーコケ方~」
「…」
「立て」

変な体勢でいる研磨を立たせ、掴んでいたフードから手を離してぱんぱんとまみれた砂糖と寄れた服を戻してやる。
ついでに、空になったばかりの飲みもんの入れ物に、落ちてダメんなったチュロスを入れ、ぐっと蓋を閉める。
力任せにゴミをまとめたところで、ふと気付いた。

「…研磨。手」
「え? …あ、砂糖……あー」
「来い」

見ると研磨の両手が砂糖でベタベタになっていたんで、その手をぐっと握って近くの水道へ歩き出す。
慌てた様子で、引きずられるように研磨も俺に引っ張られ歩き出す。

「ぁ、クロ。ごめ…。クロの手も汚…」
「いーよ別に。つーか、これは文句ねーだろ?」
「…? なにが?」
「手、繋ぐの。不可抗力」

ぎゅぅーとわざと握る力を強くすると、研磨が微妙な顔をして困惑する。

「…今だけだよ」
「はいはい」
「洗ったらもうやらないよ」
「はいはい。夜やりゃいいんだろ、夜」

砂糖とシナモンで飾られた、ざりざりした小さな手を握って、水道へ向かう。
最寄りでも距離があれば良かったってのに、近距離に満遍なく設置されているらしく、水道までの距離は十数歩分程度だ。
ここでも舌打ちし、かといって研磨の手をいつまでもベタベタにさせておくのも可哀想なんで、素直にそこへ向かう。

距離が近い分、手を握る力をもう少しだけ、強めておいた。



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小さい頃は迷子の常習犯。
そしてクロさんが後ろ首咥えて連れ戻す。
砂糖とシナモンふりかけて食べたら絶対おいしい、研磨君。
2014.10.5





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