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「勝手にフラフラすんな」
「ごめん」

ちょっと道迷って困ってたけど、クロが見つけてくれて無事に体育館に戻れた。
迷子は面倒臭いから嫌だけど、今日は"翔陽"って変な子に会えたから、迷子もたまにはいいことがある。
また会った時、また向こうから話しかけてくれたら、友達になれるかもしれない…。
そんなことを考えて歩いていたら、いつの間にかクロとの距離がまた空いていた。
慌てて、足早にして追いつく。
…。
何か、今日クロ歩くの速いな…。
そんなに時間ぎりぎりなのかな…。

Friends again?



「…珍しく機嫌悪いねー」

体育館。
試合前の練習中、オーバーの壁当てしてたら夜久が言ったのが聞こえた。
海と並んでて、誰のことを言っているのかと思ったら目線の先にクロがいた。
…うん。
何か、今日はクロは少し力みすぎている気がする。

「さっき、試合相手に入口んトコで軽く喧嘩売ってたの見ちゃったんだよねー」
「どうしたんだろうな」
「ヤなんだよなー。クロ表だって顔に出さねーけど、苛っとしてると時々わざとアタックで相手の顔面ぶっ飛ばしにいく時あるじゃん」
「一試合に一回くらいだけどね。その後、ちゃんと慌てた振りして相手に謝るけど」
「バレなきゃいいって話じゃないだろ。スポーツマンシップどこいった」
「研磨が迷子になったからかな?」
「…」

不意に、背後にいたこっちを振り返われて、壁当てに戻ろうとしていたおれの方を見る。
おれがここにいるのに気付いていたらしい。
ボールを持ったまま瞬いていると、夜久が、にっとおれに笑いかけた。
海も肩越しにのんびり振り返る。

「何かあったか?」
「え…。…。別に…無い、けど」
「たぶん、試合前にふらふらしちゃったから、苛っとしちゃったんじゃないかな」
「クロが? だって研磨が迷子とか、ザラじゃん。そこ怒んねーだろ」
「…」
「それもそうか。…研磨。何か、いつもと違うことあった?」

もう一度、聞かれる。
…。
何かあったかな…。
というか、原因はおれなのかな…。
でも、確かにおれが迷子になる前はクロ普通だった気がする。
その間に何かあった可能性もある。
おれが原因って決まってはないけど、もしおれが原因であって、尚かついつもと違うこととか、は――…。

「…。烏野の、バレー部に会った…かも」
「あれ、そうなの? 烏野って…あれだよな。最終日にやるトコ」
「迷子中?」

こくんと頷く。
夜久と海は、ちらりと一度お互い目を合わせた。

「…ね、研磨。もしかして、その子と喋れたのか?」
「え? あー…。うん…まあ……。何か、急にあっちから話しかけてきて…」
「へえ…。すごいね。研磨相手に速攻お喋りとか。社交的な子だったんだね。いい奴そうだ」
「うん…。たぶん……」
「てゆーか、百パーそれだよ」

夜久が、両手を腰に添えて困ったように笑う。
…?
意味が分からない…。
解説を求めて海を見ると、いつもみたいに柔らかく微笑してくれた。

「嫉妬したんだね」
「…?」
「研磨が他の学校の子と、会ってすぐ仲良くなるなんて珍しいだろ? お前は仲良くなるまでに、少し時間がかかるタイプだから」
「けどさ、ほら。そこを初対面でいきなり通常会話できるくらい仲良くなってんの見ちゃったから、クロちょっと面白くないんじゃない?」
「…? なんで?」
「それがどれくらい珍しいことか、一番解ってるからじゃないかな」
「そーそー。あいつ、意外とナルシーだから」
「ナルシー…」
「んっとねー、だから…。絶対自分からじゃないと餌食わないと思って可愛がってる猫が、いきなり初対面の他所様からもらった安っぽい餌フツーに食ってんの見ちゃったしみたいな。しかも、撫で撫でとかされてっし、何か気持ちよさそうだし、どうしたお前いつもそんなんじゃねーじゃん的な」
「ああ、うん。近い」
「…」

人差し指立てて言う夜久に、海が頷く。
猫…?
餌…?
…ちょっとよく分からない。
翔陽と話してちゃいけなかったってことかな。
でも、そんなわけないと思う…。
両手に持っていたボールを一度見下ろし、少し考えて目線を上げた。
自分を振り返ってみても、やっぱり翔陽のことに関してはおれに非はないと思う。
でも、自分じゃ気付いていないだけなのかもしれない。
…。

「…おれ、何かやった?」
「いやいや。やってないやってない!」
「やってない」

両手の指先を腹の前で合わせてたり離したりしながら、恐る恐るちらりと下から見上げるように聞いてみると、何故か二人は否定してくれた。
話の流れ的に、おれが悪いって話かと思った。
けど、違うらしい。
ますますよく分からない。

「研磨は全然悪くない。クロの気持ちも分からなくはないけど、悪い奴無理矢理上げろって言われたら、クロの器の狭さ?」
「手厳しいな」
「だってそーじゃん」
「狭いわけじゃなくて、それが普通だと思うけど」
「…? クロ、自分に苛ついてんの?」
「んー。それもちょっと違う。…けど、珍しいよな? あいつにしては」

夜久が、海に同意を求める。
求められた方は、微かに口元を緩めた。

「うん。…でも、まあ仕方ないよ。許せないまではいかないけど、いい気持ちはしないだろうから。勿論研磨は悪くないの、ちゃんと本人分かってるし。だから結果、苛っとするしかないんだよ」
「そーそー」
「複雑な所だね。分かっていても、さ」
「…。よく分かんない…」

動いているクロを遠巻きに見る。
…自己嫌の一種だろうか?
心の中でそう思っていると、前に立っている海が同じようにクロの方を見ながら、妙に断言した。

「男心ってやつだよ」

 

 

 

アタックとレシーブ、サーブの練習が終わって、コート全面使用権が試合相手の学校に移る。
ボール入れを片手で引っ張りながら端に戻ってきたクロの方に歩いていく。

「…クロ」
「あ?」

呼ぶと振り返る。
普通そうに見えるけど、普通じゃないのはさっきのアタック見てて分かってる。
本当に微妙な違いだけど。
でも、クロは露骨に機嫌が悪い時よりも、水面下で機嫌が悪い時の方が厄介な奴…だし。

「さっきの。烏野の奴…。翔陽って言うんだって。一年で」
「あっそ。…つーかそれ今か? 縦ラインでレシーブやんだから、お前そこで打ち役やれ。後で聞いてやる。…おい!縦やんぞー。並べー!」

周りのみんなに声を張りながら、自分も並ぼうとする。
おれが今立つ場所と対峙しようと歩き出すクロのユニフォームを、指で抓んだ。
ぐん…とユニフォームの背中の布が延びて背中が見えたところで、クロが足を止め、面倒臭そうに振り返った。

「…あんだよ?」
「翔陽は、たまたま会っただけで…向こうから声かけてくれて…。たぶん、いい奴だと思うけど、話伸びなかったと思う」
「あ?」
「ごめん。何か迷って」
「いや…。だから今か、それ。後で聞くっつってんだろ。離せ、おら。…つーか、迷い癖とか大概にしろよお前。メンドイんだよ。いつもいつも」
「うん…。あんまりクロから離れないように、次気を付ける」
「そーしてくれ」

後ろ手におれの手を払い、クロはすたすた並びに向こう側に行ってしまった。
ぼうっと立っていると、呼びかけを聞いて背後から走ってきた夜久が、走りながらおれに目配せして親指を立てていた。

「いいと思うよ。上手だね」

拾ったボールを一個、おれに渡しながら海もそう言って向こうへ行く。
…。
…大丈夫かな?
機嫌、直ったかな?
ていうか、そんなんで直るものなのかな?
海とかに、"次はクロんとこ離れないから"的なこと言ってみろって言われたから、言ってみたけど…。
正面で、みんなが一列に並んだのを確認してから、手にしたボールを左手で持って、宙へ上げた。
クロもそうだけど、チームのみんなには、なるべくいいコンディションでいて欲しい。
おれは別に、どっちでもいいけど…みんな、頑張ってるし…。
今日も、みんなが勝てるといいなと思う。

 

 

試合が始まった。
アタックの時とか、サーブの時とか。
クロは、練習の時に感じた力みが無くなっていた。
おれの感覚からだと、普段通りに思える…というか、寧ろ好調だと思う。
…さっき変に見えたのは、何だったんだろう。
気のせいじゃないと思うけど…。
二人はどうだろう。

「…。直ってる?」
「ああ。直ってる」「超直ってる!」
「オイそこ!無駄口叩いてんじゃねーぞ!!集中しろ!」

こっちサーブの時の僅かな時間に二人に聞いてみると、揃ってビッと親指を立ててくれた。
ネット下で小さく頷く。
…うん。
それならよかった。

…でも、これ以上はクロに怒られるから、試合の後にしよう。



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黒さんが迎えに来たあのシーンだけで落ちました私。
「あ、絶対私この二人だ…」と思ってそのままスコーン。
距離があるから毎回は出ないけど、音駒が出てくるとキャー!ってなります。
2014.5.30





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