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「おい、研磨」
「…?」

片手を壁について、下で屈んでる研磨に告げる。
如何せん逆光だ。
スマフォを弄っていた奴は、急に暗くなったディスプレイに、俺が声を掛ける前に顔を上げていた。
眠たげな気怠い双眸が、上目にこっちを見上げる。
俺の影の中じゃ、こいつの瞳孔は僅かに大きく見える気がする。

「携帯、ちょい貸せ」


don't change today




部活前。
珍しくHRが早く終わったんでいつもよりだいぶ早い時間に部室に入ると、研磨が先にいた。
こいつのクラスは習慣的に終わんの早ぇし、いんだろーなとは思っていたが、他人がいようといまいと、結局いつもの定位置である部室の片隅で床に尻を着き、暇潰し以外の何ものでもねえどーでもいーアプリを弄っているようだった。
ぼんやりした表情を崩さないが、少し瞬いては首を傾げる。

「…おれの携帯?」
「そ」
「忘れたの?」
「いや」

部室入って軽い挨拶の後迫るようにそう告げてみても、研磨は焦り一つも無くプレイしてたゲームを中断させて俺に携帯を差し出した。
当然の顔でそれを受け取る。
因みに、携帯は忘れてない。
年季入ってる俺のガラケーはバッグの中のどっかに入ってる。
スマフォは持ってねえが研磨ので慣れてる。
タップして容量スッカスカのアルバムを適当に見た後で(全然増えてねえから意味無い)、横に流す。

「メール見ていいか?」
「いいけど」

一応許可は取るものの、返答の前に既に開いていた。
俺の場合毎日顔を合わせている手前、メール回数自体はかなり少ない。
お陰で受信一覧で他の部員に比べて自分の名前はあんま見かけねえし。
そんな受信履歴に誰よりも並ぶ名前に、苛っとする。
…ほらな、出たよ。
"日向翔陽"。
顔には出てねーとは思うが、胸中舌打ちだ。
つーか…うわ、マジか。
LINEなんぞと比べればだいぶマシだが、それでも日付を見れば一日一回程度の頻度でお互いやりとりしているらしい。
メル友かお前ら。
普通の奴なら少なすぎて話になんねーだろうが、研磨の場合、一日一回で習慣付いてること自体が奇跡に近い。
内容は、チビちゃんのメールを見る限り下らない話ばっかのようだが…つーか"俺の顔が恐ぇ"とかあるし。

「…」
「何見てるの」

流石に興味を持ったか、研磨が俺の制服のパンツをくいっと引く。
スマフォ越しに研磨を見下ろす。

「お前のメールチェック」
「何で?」
「さあな。何でだと思う?」
「ひまつぶしとスマフォの勉強」
「ちげーよ。昨日、テメーがチビちゃん宛てに送った気になってるメールが俺んとこに届いたからだよ」

自分の携帯取り出して突き付けるまではしないが、そうしてやりたい気分だ。
昨日の夜、風呂上がって出てきたら研磨からメールが入ってっから何かと思えば、明らかに誤送信。
しかも、なんかもーいっそ見慣れてきた"翔陽"の文字が並んでいて微妙にキレかけた。
電話でもしてやろうかと思ったが、結局文面の最後にある「もうねむいからねる。おやすみ」に免じて昨晩は許してやったが、今日絶対ェ帰りがけに二人んなった時に言ってやろうと思っていた。
多少語気が強くなった俺に気付いたかそうでないのか、研磨は、あー…と口を開けた。

「どんだけチビちゃんとメールしてんだと思ったんだよ」
「へえ…。気付かなかった。ごめん」
「ごめんじゃねーよ。返信押す前に画面スライドさせちまうくらい寝惚けてんだったら寝ろ」
「じゃあ昨日遅れてなかったんだ。携帯返して。翔陽に送り直す」
「…」

ひょろっちい腕を下から伸ばしてくる研磨を、半眼で数秒見下ろす。
…絶対分かってねーな、事の重要度が。
数秒沈黙して動かない俺に首を傾げ、制服掴んでる指を更に何度か引く。

「クロ。携……!」

その手を片足上げて軽く振り払い、数歩下がって距離を取った。
怒ってんぞオーラ出すと、ようやく俺の不機嫌を察したか、研磨がのろのろ立ち上がった。
…。

「…なに。怒ってんの?」
「まァな」
「ごめんて言ってんじゃん。次間違えないようにするし」
「そこじゃねーよ」
「なに」

母親同士が仲良すぎて近所過ぎて、いっこ差はあるもののこの若さにしてもう軽く十年来の付き合いだ。
十年にしたら俺らの喧嘩頻度は少ない方だとは思うが、俺は基本最初に折れないし、研磨も納得出来ない時はギリギリまで折れない。
だが、理由出して納得するかどうか怪しいもんだ。
嫉妬だなんて言ってみろ。
「クロ大変だね。いいから携帯返して」で終わりそうな気配がする。
研磨にその気が無いことは、勿論分かってる。
チビちゃんとはフツーにダチとして仲良くしたいんだろう。
ぶっちゃけアイツに俺以上の魅力があるとは思えない。
チビちゃんの方だって、あんな無邪気で未だにションベン垂れそうなガキに下心があるとは思えない。そこは分かってんだよ勿論。
だがそれでも、苛つくコトってあるだろ。
何だテメー、毎日欠かさずメールとか。
第一、あのチビちゃんは最初からイレギュラー過ぎて困る。
チビちゃんに会ったのなんかたったの二回だろーが。
研磨がたった二回で懐くってどんなだ。
しかも、帰り際はいつの間にかメアド交換してっし、手なんぞ振ってたぞ。あの研磨が。
実際話した会話なんて高が知れてるはずなのに。
とにかく面白くない。

「…」
「返してよ」
「見終わってからな」
「返信したらまた貸すから先に返して」
「…んだよ、苛つくな。大体お前な、あんなチビのどこ――」

「あー。クロが研磨いじめてるー!」

不意に声がする。
振り返れば、夜久が三番手で部室に来ていた。
研磨の携帯片手に伸ばして取られないようにしている俺と、その俺のシャツ軽く掴んでやっぱり片手を伸ばしている研磨の図は、確かにぱっと見ありがちな構図だろう。
夜久の登場に腕を伸ばすのを止めると、さっと研磨が携帯を取っていった。
ぎろりと睨むが、素知らぬ風で俺に背中を向けやがる。

「どうしたー? 何か珍しいことしてたね、クロ。早いし、今日」
「スマフォ貸してもらってただけだっつーの」
「ふーん…。ねー、研磨。どうかした?」

俺に相槌打ってから、続けて夜久が研磨に聞く。
信用ねえな…。
そして研磨はチビちゃんに返信送りながら普通に答える。

「別に。クロがおれのメール見たいっていうから見せた」
「へー。メールー…」
「…」

棒読みで応えつつ、何か言いたげに俺の方を見る夜久。
"いい加減にしとけ"という視線が来る。
…んだよ。
何か問題あるか、許可は得てんのに。
荷物を置いて、夜久が研磨に寄っていく。
舌打ちして俺は着替えることにした。

「誰とのメール?」
「翔陽」
「…誰?」
「烏の十番だとよ」
「あー。あーあーハイハイ。あの背の低いおチビちゃんね。すげー跳ぶ子」

夜久も思い至ったのか、パチンと指を鳴らす。
プレイ中なら俄然目が行くが、普通に試合前後だと気にもならない身長と存在感だ。
存在感が無いっていうのとは違うが、周りの連中が濃すぎてあの程度じゃ目に留まらない。
距離を開け背中を向けつつも、研磨と夜久の会話を耳が捉える。

「研磨、向こうの十番とメールしてんの?」
「そう」
「そうかそうかー。へえ~、良かったな!…で、そのメールをクロが見せろって?」
「そう」
「…」

背中に視線が刺さるが、無視する。

「何で見たいんだろーねー。やだよねー、束縛とか余裕無いよねー」
「…」
「うん。やだ」
「だァら!テメーが送り間違えしたからだろ!」

流石に露骨に言ってくるんで、着替えしつつ振り向き様に夜久に噛み付く。
奴は溜息を吐いて肩を竦めると、また研磨の手元を覗き込む。

「メル友できて良かったな、研磨」
「うーん…。まあ……うん…」
「て言うか、メール見られるのとか平気なんだ? …ね、例えばさ、俺が『どんなメールしてんの?見せて』って言ったら、俺にも見せてくれんの?」
「…? 別にいいけど」
「おお…。いいんだ?」
「…おい」

会話を聞いて、何となくぎくりとする。
ちょっと待て。
それって俺がこいつに送ったのも見られるってことか。
思わず呟いて一声かけた俺に、夜久が説教臭く告げる。

「ほら見ろ。送ったの他の奴に見られるの嫌だろーが。同じ事してんだからな、お前」
「いや、確かにそうかもしんねーけど…」
「クロ自己中」
「…お前に言われるとシマイ感ハンパねーなオイ」
「じゃ、見せてもらおうかな。ちょっと興味あるし。…あ、大丈夫。受信は相手いるし、見ないようにする。送信だけ見てもいい?」
「いいよ」
「わーい!」
「クロさっき受信も見てたけど」
「うーわ…。つーかお前ホント自制しろよな。かなりのレベルでダメ男だぞソレ」
「うっせー」

心底楽しげに夜久が研磨から携帯を受け取り、タップして暫く弄り始める。
その間に研磨は我関せずで立ち上がり、もそもそと着替えを始めた。
…。
う…クソ、何だこのもやもや感。
研磨の奴、別に俺には携帯見られてもいいとかそーゆーんじゃなくて誰でもいいのか…ち、図り違えた。
あーマジ苛つくわー。
着替えが終わり、何気なく閉めたロッカーがガンッ…!と音を立てる。
…あのチビ、研磨と特別仲良くなった気でいんじゃねーだろーな。
迷子中道端で引っかけられて、再会して一発でメル友とか無ェから。
奇跡過ぎだろ。
過去統計からいっても初めてのケースなんて厄介だ。先が見えない。
…いやまあ、研磨があのチビに出し抜かれることなんて無いんだろうが、自分が対人恐怖症的なとこあるからな。
これでもし次の対戦の為に情報得てやろうとかゆー下心でメールしててみろ、ぶっ飛ばすわマジで。
ウチは元々理解ある奴多いし、ようやくウチのチーム全体が研磨に慣れて来てんだ。
こいつの人見知りと能力を"個性"と受け取って好意的に見るのは、たぶん世間一般的になかなか難しいことなんだろう。
そこを何とか詰めて、今じゃ部内の連中だったら普通に話せるレベルになってんだぞ。
連中も研磨を司令塔として認めてる。
いい感じに"柵"は完成間近で、できればこのままじわじわ時間を取って進めていきたい。
急激に社交の幅を広げれば、研磨が傷付く機会が増える。
一度傷付くとガコンと自分の殻に閉じこもる癖があるせいで、それされると築き上げてきた数年が無駄になるから止めて欲しーんだよな、ガチで。

「…」

着替え終わって、両手を腰に添えて何となく右足を浮かせ、シューズの爪先で床を叩く。
あー…マジ止めてほしーわ、メールとか。
クソ。うぜえな。
中途半端に研磨に絡んで来んなよ…。

「…おい。クロ」

苛々していると、ちょいちょいと背中を突かれる。
肩越しに振り返ると、いつの間にか背後に来ていた夜久が片肘で俺の背を突っついていた。

「あんだよ?」
「お前、送信見てないんだろ。…これ。ほら」
「あん?」

半眼で振り返っていた俺の横に来ると、夜久が持っている研磨の携帯を見せる。

――『クロこわくないよ。
   小さい頃から一緒に遊んでくれるし。
   おれ、クロすき。一番くらい。』

「…」
「…」

二人して沈黙し、その画面を見下ろす。
さっきチラ見したチビちゃんの"俺の顔が恐い"という下りへの返信らしい。
…間を置いて、夜久がちらっと俺を横目に見て、ぽんと俺の肩に片肘を乗せた。

「…。機嫌直せ」
「…」
「バカみたいだぞ、お前。…おーい、研磨ー。クロにごめんて言ってみー」

夜久が振り返って研磨を見る。
ロッカー前に置いてある長椅子に腰掛けて気怠くシューズの紐を結んでいた研磨が、興味無さそうにちらりとこっちを見た。

「なんで。おれ悪くないし」
「じゃ、クロ好きって。棒読みでいいから」
「クロすき」
「…」
「俺も。クロ好き♪」

夜久が続く。
…いや、お前のは別にいらねーけどな。
微妙に黙り込む俺から離れ、夜久が研磨の方へ行く。

「携帯、サンキュー。悪いな」
「もういい?」
「ああ。でも、あんまり人にメール見せない方がいいぞ。たまには見せてもいいけど、相手は選ぶようにな」
「…わかった」

シューズ紐を結び終えた研磨が立ち上がって携帯をバッグに入れる。
たらたらと細い手がロッカーを閉めたところで、その後ろを通りながらそれとなく片腕伸ばして髪をわしゃっと撫でてから、着いてこいのサインで一瞬軽く肩を抱くように叩き、すぐ離す。

「…行くぞ」
「んー」
「ぶっはっ!何だそれ!!」

背後で夜久が吹き出した。
ドアに片手をかけて振り返り、着いてくる研磨の向こうで爆笑している夜久に舌打ちする。

「…何だよ。うっせーんだよお前はさっきから」
「い、いや…!だってお前がすげー露骨過ぎて…。ちょ、マジウケんだけど…!」
「…夜久、何で笑ってんの?」
「放っとけ」
「ティルルッル~ラルルッピ~…って、チョリーッス!!…お、クロさん今日早ェっすねー!」
「おう。まーな」

入れ違いに山本らがやってきて、にっと後輩に笑って賑わい出す部室を一足先に出る。
着いて出てくる研磨に気付いて、山本がそっちにも声をかけた。

「おぅ? 研磨も今日出んの早ェな。もう体育館行くのか?」
「クロが行くから」

何でもない調子で告げて、ふらりと尾を揺らす猫のように俺に着いてくる。
…いや、まあ…当然だな。
体育館への移動中、渡り廊下から何となく校庭の方を見る。
ちっと大人気なかったかもしんねーし、軽く反省する。
片手を伸ばして、横を歩く研磨のてっぺん辺りのプリン髪を一抓みして上に引っ張った。
迷惑そうな視線が投げられる。

「…なに?」
「お前今日、微妙に寝癖着いてるよな。毛先」
「クロにいわれたくない」

生意気な口調にわしゃわしゃ髪を撫でると嫌がり、片手で鬱陶しそうに払われた。
それでも、さも当然という感じで並んで歩いてくる研磨の頭を、最後に手の甲で頭上から下の喉横の髪先まで一撫ですると、ほんっとに僅かに、微妙に擽ったそうに目を細め、それに満足する。
…よし。
心配する必要なかったな。

今日も俺のだ。



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翔陽との仲は黒さん公認で。
研磨君の遠慮の無さが好きです。
2014.7.9





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